Quarterly Journal of Marketing
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Special Issue / Invited Peer-Reviewed Article
Value Co-Creation Marketing in the Age After-Corona and With-Corona:
From a Corporate Systems Perspective
Junichi MuramatsuAkira OyabuYasunori MiyawakiJing Zhang
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2021 Volume 41 Issue 1 Pages 41-53

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Abstract

コロナ禍によって,人々の行動は一変し,生活世界での価値創造はますます多様化・複雑化・高度化した。その結果,顧客との価値共創に取り組む企業においては,顧客から求められるナレッジ・スキルが個別企業の範囲を超えるようになり,価値共創マーケティングにも新たな対応が必要となった。そうした中,ローカルプラットフォームという新しい企業システムの形態をもって,顧客が求める様々なナレッジ・スキルを提供する企業が現れた。そこで本稿は,価値共創マーケティング研究の到達点を示すとともに,今日のコロナ禍における理論的・実践的課題を明らかにし,ローカルプラットフォームに対する事例研究を通じて,新しい企業システムの特性を明確に示し,今後の研究の方向性を展望した。

Translated Abstract

Coronavirus disease (COVID) related confusion has transformed people’s behavior. At the same time, value creation in the customer's lifeword has become more diverse, complex, and sophisticated. As a result, for firms engaged in value co-creation with customers, the knowledge and skills demanded by customers are now beyond the scope of individual firms. Based on this perspective, value co-creation marketing needs to respond in new ways to fulfill these demands. Under such circumstances, firms that offer a large variety of knowledge and skills required by customers have emerged through a new form of corporate system, which is called a local platform. Therefore, in this study, we discussed a further reach point of value co-creation marketing research, clarified the theoretical and practical issues in today’s coronavirus disaster, and demonstrated the characteristics of the new corporate system through a case study dealing with concern of a local platform. Based on these discussions, we looked forward to new directions for marketing research in the future.

I. はじめに

これまでのマーケティングが理論的且つ実践的に対象としてきたのは,主としてモノの市場取引であり,マーケティング研究は,それを円滑に進めるための理論と手法を示してきた。従って,こうした考え方に立つ以上,市場取引後に展開するマーケティングを新たに考えることなどはなかった。

しかし,近年,S-Dロジック(Vargo & Lusch, 2004),そして,Sロジック(Grönroos, 2006)が提唱され,市場取引後のいわばモノの利用段階に注目が寄せられるようになり,市場での交換価値ではなく,利用を通じて生まれる文脈価値或いは利用価値を高めるための新しいマーケティングに多くの関心が寄せられることとなった。そして,そのひとつとして示されたのが価値共創マーケティング(Muramatsu, 2017)であり,それは,いわば理論的要請に基づいたものといえる。この価値共創マーケティングが意味するのは,プロセスとして捉えるサービス概念を基軸とする,まさにモノ或いはサービスが利用される生活世界で行われるマーケティングであり,そこでは,企業と顧客の直接的な関係のもとでの相互作用に理論或いは実践の焦点があてられる。即ち,それは,生活世界における企業と顧客の価値共創に主眼を置くものであり,市場取引の貫徹をゴールとしてきたこれまでのマーケティングとは,まったく異なっている。しかし,一方で,この価値共創マーケティングは社会的要請を受けたものでもある。何故なら,第1に,今日,人々の多くは,物より心の豊かさを求めており(内閣府「国民生活に関する世論調査」),それが,モノ或いはサービスの利用を通じて満たされるとするなら,利用に直接的に関与するマーケティングが必要である。第2に,シェアリング経済が進む中で,これまでのような所有権移転を旨とするのではなく,いわば所有権保持のまま或いは所有権とは無関係のマーケティングが求められている。そして,第3に,その際に重要なことは顧客との接点を如何にして構築・維持するかにあるが,今日のICTの進展は,IoTという形で企業と顧客を結び付けたのであり,これまでのように企業と顧客が離れた状態ではなく,両者がいつでも,どこでも直接的につながるという新たな関係のもとでのマーケティングが不可欠となってきた。即ち,本稿が扱う価値共創マーケティングはそうした要請に応えるものといえる。

さて,今日,われわれ社会にあって喫緊の課題となっているのがコロナ禍への対応であり,感染拡大が人々の行動そのものを大きく変えたのはいうまでもない。即ち,ステイホームの名のもと,家庭での滞在時間が大幅に増加し,ネットショッピングやデリバリー等の利用が活気づく一方で,リアル店舗にあっては業種・業態間で大きな業績格差が生まれることとなった。そして,こうした状況への対応を伝統的なマーケティングに求めるなら,品揃え,販売方法,さらには,業種・業態そのものの転換によって如何に交換価値を高めるかというアプローチが示されるだろう。しかし,今日,重要なことは,増大した家庭での滞在時間において為されるモノ或いはサービスの利用という視点である。そして,S-DロジックやSロジックが主張するように,そこで文脈価値或いは利用価値が生まれるなら,市場を超えた生活世界で顧客との共創に取り組み,それを新たなビジネス機会として捉えるのは,創造を鍵概念のひとつとしてきたマーケティングにとって極めて自然なことといえる。

言い換えるなら,生活世界でのモノ或いはサービスの利用に焦点を置く新しいマーケティングにとって,コロナ禍によってもたらされた人々の行動の変化が,購買のみならず,利用段階に対する理論的・実践的関心を高めたのであり,この意味で利用に直接関与する価値共創マーケティングが,今日,強く希求されているといえる。そして,こうした価値共創マーケティングの核心をなすものは,顧客との直接的相互作用による価値共創であるが,直接的相互作用そのものは,ナレッジ・スキルの適用を意味するサービス提供によって為されるのであり(Vargo & Lusch, 2004),それは,ナレッジ・スキルという資源が顧客と企業によって統合されるプロセスに他ならない。これを企業側からみるなら,顧客との文脈価値或いは利用価値の共創をどのように行うか,また,そのための資源をマーケティング或いは企業システムとしてどのように獲得するかの問題ということになる。

そこで以上のことを踏まえ,本稿の目的を「顧客との価値共創及びそれを可能にする企業システムとは何かを明らかにすること」とし,次のような手順で論を進めていく。まず,理論的且つ社会的な要請に基づいて示された価値共創マーケティングの考え方とその到達点を示す。次に,コロナ禍のもとでの新たな課題を明らかにし,その解決を事例研究によって得られる知見によって図る。

II. 価値共創マーケティング研究の到達点と課題

1. 価値共創マーケティング

S-Dロジックの主張の中で,マーケティング研究者にとって最も衝撃的であったのは,価値は交換(販売)後に生み出され,顧客が独自に判断するとしたことだろう。顧客は単なる消費者ではなく,利用を通じて新たな価値を生み出す価値創造者,企業はそれを支える価値促進者であり(Grönroos, 2006),両者は価値共創に至るのである。従って,価値共創は「消費プロセスで企業と顧客が直接的相互作用によって文脈価値を生み出すこと」(Muramatsu, 2017, p. 14)として定義することができ,そこにおける中核概念こそが,直接的相互作用としてプロセス,ナレッジ・スキルの適用を意味するサービスである。

以上のように顧客と企業の関係,そして,価値共創を捉えるなら,マーケティングはどのようにビジネスを成立させることができるのか。この点,Grönroos and Gummerus(2014)は,顧客の価値創造に何らかの形で関与することでビジネスが成立するとしているが,そこでいう顧客の価値創造への何らかの関与を具体的にいうなら,顧客にとっての文脈価値或いは利用価値を如何に高めるかというマーケティングに他ならない。つまり,「消費プロセスで直接的相互作用によるサービス提供を通じた顧客との共創によって文脈価値を高めるマーケティング」(Muramatsu, 2017, p. 15)として価値共創マーケティングを定義することができる。若干の説明を加えるなら,ここでいう消費プロセスとは,購買後のまさに生活世界で繰り広げられる利用或いは使用プロセスそのものを指しているのはいうまでもない。

次に,こうした価値共創マーケティングは,4Cアプローチによって説明することが可能である。4Cアプローチは,contact,communication,value co-creation,value-in-contextからなり,それは,価値共創マーケティングにおける戦略手法かつ分析手法であるといえる。それによれば,まず,価値共創マーケティングにとって重要なことは,消費プロセス,即ち,顧客の生活世界への入り込みであり,如何にして顧客接点(contact)を構築するかである。そして,顧客接点が構築されたなら,そこで顧客との相互作用的なコミュニケーション(communication)が交わされるが,それは,顧客にとっての価値の「共創」(co-creation)に繋がる必要があり,その結果,文脈価値(value-in-context)に至ることになる。さて,何故,顧客は企業との共創を受け入れるかといえば,自身の価値創造において不足するナレッジ・スキルを他からサービス提供という形で取り込むためであり,このことを逆にいうなら,企業は求められるあらゆるナレッジ・スキルを用意することが肝要となる。そして,3番目の共創の段階においては,両者のナレッジ・スキルと企業のナレッジ・スキルがまさに交錯し,より高次元の価値の共創へとスパイラルアップしていく。

2. 若干の例示―島村楽器とコスモス・ベリーズの場合

それでは,こうした価値共創マーケティングは,実際にどのように行われているのか。それを具体的に示すには,総合楽器店の島村楽器株式会社(以下,島村楽器)及びボランタリーチェーン事業を展開しているコスモス・ベリーズ株式会社(以下,コスモス・ベリーズ)が最適事例といえる。何故なら,両社は,顧客の価値創造プロセス(消費プロセス)に入り込み,直接的相互作用を通して価値共創マーケティングを実践しているからである。そこで,両社がどのように顧客の価値創造プロセスを定義し,どのようなマーケティングを行っているかを,これまでの研究成果(Zhang, 2016, 2021)を踏まえ明らかにする。

(1) 島村楽器における価値共創マーケティングの展開

島村楽器は,顧客のミュージックライフを価値創造プロセスとして定義しており,ミュージックライフ全般をサポートするために,楽器小売事業(グッズの提供),音楽教室・スタジオ,音楽に関するイベントなどの事業を展開している。

ミュージックライフは音楽に関わる顧客の生活であり,いわゆる顧客の生活世界の一部である。企業にとって,そのほとんどの部分は目に見えず,そこに入り込むには顧客との接点(contact)を構築することが前提となる。島村楽器は音楽に関わる複数の事業を展開することで,顧客との最初の接点を構築する機会を多く有している。楽器購入を契機に島村楽器との関係ができた顧客もいれば,音楽教室やイベントを通して関係ができた顧客もいる。島村楽器はこの最初の接点を起点とし,進行中の顧客のミュージックライフをサポートする一連のマーケティング活動を展開している。

楽器購入のために小売店舗に来店している顧客に対して,従業員はミュージックライフを理解しようとするコミュニケーション(communication)をとる。楽器を購入する経緯や楽器を利用する場面に注目し,楽器というグッズを顧客のミュージックライフの中において理解する。楽器を販売することがゴールではなく,起点として捉え,そこからスタートする関係性を重視し,顧客一人ひとりの情報を経時的に記録する。このプロセスの中で,顧客のミュージックライフの進行をフォローし,必要に応じて音楽教室やイベントなどの情報を提供する。他方,音楽教室から接点を持ち始めた顧客に対して,定期的なレッスンはもちろんのこと,自宅での演奏や音楽を聴く行為にも目を向けている。楽器演奏のスキルを向上させることが目的ではなく,演奏を通して,ミュージックライフを楽しんでもらいながらそれを継続させることを目指している。このプロセスの中で,インストラクター(講師)は顧客の音楽全般に関する話し相手になり,自宅でのミュージックライフを理解する役割を担っている。グッズに関することなら,小売店舗が対応し,また,発表会を通して,定期的に楽器練習のモチベーションを維持させると同時に,多様な楽しみ方を提案している(co-creation)。

顧客のミュージックライフに入り込む切り口は最初の顧客接点であり,そこにおける従業員の対応は関係が続けられるかどうかのポイントになる。ミュージックライフの支援者として顧客が認めることができた場合,関係が継続し,プロセスとしてのサービスが成り立つ。そして,その後のプロセスにおいて,島村楽器が展開する他の事業の間の相乗効果が発揮される。その結果,自らのミュージックライフに島村楽器を取り込んでいる顧客は,島村楽器と相互作用をしながら,様々な文脈において音楽を楽しむことができる(value-in-context)。

(2) コスモス・ベリーズにおける価値共創マーケティングの展開

コスモス・ベリーズ株式会社は家電のボランタリーチェーンを運営する企業である。その前身は1971年に創業された豊栄家電であり,当時から家電の販売だけではなく,「協業」という構想を持っている。それを実現したのは2005年に事業分割方式によって設立されたコスモス・ベリーズである(ヤマダ電機51%/豊栄家電49%)。同社は地域に根ざしている地域店の魅力を認識し,地域店と量販店が共生できる環境づくりのボランタリーチェーン事業を運営している。加盟店と地域住民の強い関係性(絆)を軸に,価値共創マーケティングを展開している。

その代表的な事業は地域電気店(業種店)の業態化事業である。加盟店は電気製品を顧客に販売する業種店から,顧客の生活世界における様々なニーズに対応する,またはお困りごとをトータルに解決する業態店へと転換することを実践している。すなわち,コスモス・ベリーズは顧客の価値創造プロセスを日常生活として定義し,必要に応じてサービスを提供している。

地域店としての加盟店は電気に関わることをきっかけに顧客接点(contact)を構築しており,地域の顧客と長期的関係を維持している。既存の顧客接点を通して,顧客の生活世界をより深く理解しようとしているマーケティング活動を展開している。小売店舗を顧客とのコミュニケーション(communication)の場として捉え,顧客が来店しやすいように工夫している。店内の展示商品が少なく,代わりに商品のカタログや生活提案の資料などを置いている。来店している顧客と雑談している中で,従業員は顧客の日常生活に関する網羅的な情報を得る。商品を販売するというスタンスではなく,聞き手,相談相手の役割を果たしている。こうした中で,顧客は地域店を身近な相談相手として感じ,店舗との信頼関係を構築する。このように,顧客が日常生活の中で,お困りごとがあったら地域店に相談してくる。従業員は特定の商品やサービスの提供者ではなく,地域住民である顧客の生活のサポーターというスタンスで,「困り」を共感しながら,優れた傾聴力と対応能力で顧客と接し(co-creation),顧客のお困りごとの解決を図っている(value-in-context)。

そして,電気に関わるお困りごとについて従業員は専門のナレッジ・スキルを持って対応し,電気以外のお困りごとに対しても,業務範囲外という理由で断ることはなく,従業員は不足のナレッジ・スキルを補足しながら対応するようにしている。電気に関わらないお困りごととしては,水回りや住宅関連がもっとも多い。本業以外の仕事に対して,ナレッジ・スキルが足りないと実感している場合,他の地域店や協力店に協力をもらうことがある。その結果,事業領域は従来の電気製品の販売やアフターサービスから,お困りごとを対応する一連のサービスの提供に拡張している。

(3) まとめ

両社の事例から,プロセスとしてのサービスは,顧客が企業にナレッジ・スキルを求める際に,企業が様々な資源を統合し,顧客の価値創造をサポートする一連の活動からなると考えられる。このプロセスにおいて,島村楽器は自社の組織内に展開する多様な事業から,必要な資源を統合している。例えば,楽器に関するナレッジ・スキル,楽器を演奏するナレッジ・スキル,そして,音楽の楽しみ方づくりのナレッジ・スキルは,顧客のミュージックライフをサポートするというゴールに向けて統合され,機能している。顧客にとって,島村楽器は音楽に関するよろず屋のような存在であるといっても過言ではない。一方,コスモス・ベリーズの加盟店では,顧客の日常生活における様々なお困りごとを事業の対象とし,電気小売・サービス業の範疇を超えて活動している。本業を超えた部分に関して,従業員が不十分のナレッジ・スキルを自ら学んだり,他の業者に頼んだりする。いわゆる外部の資源をサービスのプロセスに取り入れており,顧客の日常生活におけるお困りごとに対するよろず屋として,ボランタリーチェーンの組織の中,もしくは組織外から資源を獲得している。

3. 課題

さて,コロナ禍にあって,まず,考えられるのは,顧客が生活世界,即ち,家庭での価値創造を強く求められていることであるが,価値共創マーケティングは,生活世界での顧客の価値創造を価値共創という形にして推進するものであり,その機会は大幅に増加している。しかしながら,今日の新たな状況を踏まえるなら,価値共創マーケティングには以下のような課題が表面化している。

前述したように,コロナ禍のもとで人々の行動は大きく変化したが,それは,市場及び生活世界の両面にまたがっている。そして,市場においては,それは購買行動の変化を指しており,前述したように購買する商品品種,購買する場所(リアルかネットか)において如実な変化が見られた。一方,生活世界においては,価値創造の方法における変化ということになる。即ち,人々は,比較的少ないモノを対象にその利用・使用に関しては多くの時間が与えられたのであり,これまで以上に創意工夫を伴う価値創造行動が求められることとなった,それを,例えば,衣食住の視点からいうなら,衣における持ち衣裳のコーディネート,食における献立のバリエーション,住における住まい方・働き方の捉え直しといった多様な課題が複雑に絡み合い,価値創造行動そのものがより高度化したといえる。前述したように,価値創造は人びとが自身のナレッジ・スキルを適用し,新たな価値を創造することをいうが,ナレッジ・スキルが不足する場合は,他者(例えば,企業)のナレッジ・スキルを取り込むのであり,その結果,価値共創に至る。これを企業の立場から言い換えれば,顧客と価値共創するには,それ相応のナレッジ・スキルを保有し,どのような要求にも迅速に対応できるようにしておく必要がある。コロナ禍のもとでの価値創造そのものが多様化・複雑化・高度化している今日,ナレッジ・スキル不足に悩む顧客が,企業からのナレッジ・スキルを受け入れ易い状況にあるといえる。しかしながら,こうした機会はあるものの,時に個別企業の範囲を超えてナレッジ・スキルを求められることもある。

即ち,今日,価値共創マーケティングは,顧客との多様化・複雑化・高度化した価値共創を実現すべく資源獲得において個別企業はその範囲をどのように超えるかという課題が突きつけられている。そうした中,前述のコスモス・ベリーズは新しい企業システムによって問題の解決を図っており,本稿では,以下,事例研究として取り上げ,知見を得る。

III. 事例研究

1. 事例を読み解く視点

前節では,価値共創マーケティングの課題として個別企業の範囲を超えるナレッジ・スキルの提供が明示された。ナレッジ・スキルとは資源と言い換えることができる。

この資源には,市場で取引されるものや,公的なもの,および私的なものがある。市場で取引される資源とは,市場交換を通じて獲得できる資源である。公的な資源とは,政府や市区町村から提供される資源であり,公共財や教育などの公共サービスが含まれる。また私的な資源とは,顧客自身が保有している資源および友人からの助言といったものである(Lusch & Vargo, 2014)。そして,多くの場合,顧客の文脈価値は,様々な企業や組織から提供される資源と,顧客自身が保有する資源が統合されることを通じて創造される。Lush and Vargo(2014)は,資源は利用されるときのみ資源となると主張する。そして,潜在的な資源は,評価され利用される場合にのみ資源となり,それは,多くの場合,他の潜在的資源との統合によって資源になるという。また,彼らは各アクターのナレッジ・スキルが潜在的な資源の品質と,その資源の実現性を反映する資源性を決定すると指摘する。特に,価値創造の主体が顧客であることを踏まえれば,資源を提供する役割を担う個別企業にとって,顧客が「どの潜在的資源」を「どのように組み合わせている」のかを理解することは重要である。さらに,文脈価値の最大化のためには,顧客が有する資源と他の資源との最適な組み合わせが欠かせない。また,個別企業は,顧客の資源を理解するだけでなく,文脈価値創造に貢献する潜在的資源を開発したり,自社で保有または開発できない資源を他のアクターから調達しなければならないかもしれない。さらに,それらの潜在的資源を効果的に顧客に提供したり調整したりすることも必要になると考えられる(Grönroos, 2007)。

以上のように,資源の提供に関わる問題は,いつくかの側面を有しているが,本稿の問題意識に基づき,以下の2つを事例を読み解く視点とし事例研究を行う。まず第1に,個別企業は,文脈価値最大化に貢献する潜在的資源をどのように見極めているのかという資源特定の視点である。第2に,自社に潜在的資源が不足している場合,企業はどのように他のアクターから潜在的資源を手に入れるのかという資源獲得の視点である。

2. コスモス・ベリーズにおけるローカルプラットフォーム

(1) ローカルプラットフォーム事業

ローカルプラットフォーム(以下,LPF)とは,コスモス・ベリーズが保有するインフラと加盟店の地域のネットワークを活用して,その地域の顧客が直面している「お困りごと」を解決しようとする事業である(図1参照)。

図1

ローカルプラットフォームのイメージ

出典:Berry’s Co., Ltd.(n.d.)

LPFにおいて,コスモス・ベリーズの加盟店は顧客のお困りごとに関する相談や解決の窓口となる。加盟店は,家電製品の宅配・設置工事や修理保証,リフォーム等のハウジング事業といったコスモス・ベリーズの持つインフラを活用しながら問題解決を図ることになるが,もし加盟店やコスモス・ベリーズのインフラだけで解決できない場合は,その加盟店が有する地域ネットワークを活用する。例えば,加盟店である地域電器店に,顧客から高齢者用の住宅リフォームに関する相談があったとしよう。しかし,リフォームというお困りごとは,電器店単独で解決することは難しい。そこで,その電器店は,リフォーム業者や水道工事店,電気工事店,便利屋といった自社が有する地域ネットワークを活用しながら顧客のお困りごと解決を目指す。もし,顧客との一連とのやりとりを通じて,お困りごと解決のために,バリアフリー・リフォームだけでなく在宅ケアサービスの提供が必要となれば,プラットフォームに参加しているケア・サポート企業の在宅ケアサービスを顧客に提案することになるであろう。このように,コスモス・ベリーズと加盟店は,LPFにより,地域の生活者を業際型ネットワークでサポートし顧客の全てのお困りごとを解決することを事業の目標にしている。

(2) 各LPFの概観

現在,コスモス・ベリーズは,4つのLPF(香川,長野,千葉,新潟)を展開している。香川LPFは,プラットフォームを通じた地域おこしを目指し2017年4月に設立された。高松市を中心に,電気店や家電修理,不動産といった8業種9事業者が参加している。また千葉LPFも2017年4月に移動スーパーと地元企業とのコラボレーションによる買い物弱者対策を目標に設立された。地元スーパーであるスーパーレオが窓口加盟店であり,その取引先等を含め12業種15社の協力企業がLPFに参加している。香川LPFとは異なり,いすみ市や夷隅郡,市原市など対象エリアは広い。スーパー6店舗のチラシや店内に相談窓口を設けることで,お困りごとの受付は順調に伸びている。

本稿で取り上げる長野LPFは,庭の手入れが出来ないなど自宅での一人暮らしが多い高齢者や様々な顧客が抱えているお困りごとを地元専門店同士の多彩なネットワークで解決することを目的に「なんでもかんでも長野」として2018年7月に発足した。株式会社グリーン・ハーモニック(以下,グリーン・ハーモニック)が,その窓口加盟店であり事務局となる。2021年4月現在,長野市を対象エリアとして,表1のように事務局を含め8業種8社がLPFに参加し,設立から2019年の2年間でのお困りごと受付は90件となっている。また,長野LPFの場合,設立当初より長野銀行が参加企業の紹介やお困りごとの紹介をサポートしている。

表1

長野LPFの参加企業

出典:Berry’s Co., Ltd.(2020)及び原田氏からのヒアリングをもとに作成。

3. なんでもかんでも長野における資源の特定と獲得

(1) なんでもかんでも長野に注目した理由

既に述べたように,コスモス・ベリーズのLPFは,香川,千葉,長野,および2020年12月に設立された新潟の4県で展開されている。本稿は,長野県で展開されているLPF「なんでもかんでも長野」に注目する。その理由は,大きく3つ挙げられる。

まず,コロナ禍に見舞われる以前の実績が,LPFとして成功しているといえる点が理由として挙げられる。Berry’s Co., Ltd.(2020)によると,家電販売とお困りごと解決を合計した2019年の売上高は,前年比200%にのぼる。しかも,「なんでもかんでも長野」事務局のリーダー原田氏1)によると,売上高のうちお困りごと解決が68%を占め,残り32%の家電販売を圧倒している。この実績を評価したコスモス・ベリーズは,加盟店を全国から集めて2019年に開催した「異業種交流会」において「なんでもかんでも長野」の取り組み事例を紹介するために,原田氏を登壇させている。

次に,コロナ禍に見舞われてからも,LPF内のコラボレーションが順調或いは新たな展開をみせている点が理由として挙げられる。「なんでもかんでも長野」では,参加企業の集まる定例会がその後続いて催される懇親会とともに定着している。ある定例会において,日本アクティブ株式会社(以下,日本アクティブ)が新型コロナウイルス対策商品として除菌・洗浄剤を紹介したことがあった。それに呼応して,ホクシンハウス株式会社(以下,ホクシンハウス)が自社の住宅展示場で使用している噴霧器に,株式会社エルズグランドアカデミー(以下,エルズグランドアカデミー)が訪問介護に,グリーン・ハーモニックが顧客への直接販売に,それぞれ活用している。また,コロナ禍は深刻な派遣切りをもたらしたが,その影響は株式会社三愛サービス(以下,三愛サービス)にも及んだ。そこで,同社はグリーン・ハーモニックと提携してお困りごと解決に取り組むことになった。派遣人材の活用とお困りごと解決ビジネスの拡大で,両社の利益が一致する関係となっている。

残る1つの理由は,顧客にとって必要な資源の特定および獲得において特筆すべき活動がみられる点である。前者については,参加企業の数だけ存在する顧客の生活世界との接点を最大限に活用している点や,お困りごと解決において顧客起点を徹底している点が注目される。後者すなわち顧客にとって必要な資源の獲得については,点と点をつないでいく発想がお困りごと解決にみられる点や,LPFの多様性を確保する一方でLPF間のネットワーキングを志向している点が注目される。以上について,次節以降で詳しく述べる。

(2) 顧客にとって必要な資源の特定

顧客にとって必要な資源の特定において注目される点が2つあることを既に述べた。その1つが,参加企業の数だけ存在する顧客の生活世界との接点を最大限に活用している点である。

「なんでもかんでも長野」におけるLPF内のコラボレーションについては,コロナ禍に見舞われる以前からいくつかの事例がみられる。ホクシンハウスは,自社が開催するスタンプラリーで条件を満たした顧客に,30万円相当の家電セットを景品として提供しているが,その設置工事を請け負っているのがグリーン・ハーモニックである。また,ホクシンハウスは,自社の住宅展示場の植栽管理において生活者支援NPO法人であるかがやきながのと受発注関係にある。長野銀行から,同行顧客の空き家管理や不動産処分に関する相談が事務局へ入ることもある。日本アクティブが紹介した除菌・洗浄剤の参加企業各社による活用やグリーン・ハーモニックと三愛サービスの連携を含め,LPF内の活発なコラボレーションが意味するのは,どのようなことだろうか。

LPFが解決すべきお困りごとを見いだすには,市場をみる視野で可能な場合もあるが,その多くは顧客の生活世界をみる視野を必要とする。しかし,そのような視野の拡大を個別企業のレベルではかろうとしても,自ら営むビジネスの及ぶ範囲に限られてしまう。顧客の生活世界との接点は,個別企業のレベルでは経営資源として限定的なものにならざるを得ない。異業種の参加企業が集まるLPFには,参加企業の数だけ顧客の生活世界との接点が存在する。LPF内の活発なコラボレーションは,個別企業のレベルでは経営資源として限定的な顧客の生活世界との接点の拡大を意味するのである。そうなれば解決すべきお困りごとを見いだすチャンスが増える。つまり,参加企業の数だけ存在する顧客の生活世界との接点を最大限に活用することにより,顧客にとって必要な資源を特定する可能性が高まるのである。

顧客にとって必要な資源の特定においてもう1つ注目されるのが,お困りごと解決において顧客起点を徹底している点である。

「なんでもかんでも長野」は,顧客起点を徹底している。そこには,原田氏の経験に裏打ちされた確信がある。コスモス・ベリーズの加盟店でもあった燃料店に在職していた過去がある原田氏は,その時代の経験を次のように語る。「お宅におじゃましてそこのお客様と仲良くなれば,ガスのこと以外にもいろいろなお仕事をいただけます。そういう土壌があったから,自然とお困りごとについて勉強できたのだと思います。」その確信は,グリーン・ハーモニックを経営するようになって,ますます強くなったようである。「まず考えるのは,お客様のお困りごとは何か。どうすれば解決することができて,お客様に喜んでもらえるのか。その1点を常に心がけていると,様々なお困りごとの相談が来るようになるのです。」

顧客起点の徹底は,参加企業間に発生する取引決済にも及ぶ。既に紹介したコラボレーションにみられるように,参加企業は互いの顧客を共有しているが,お困りごとを相談された参加企業がその解決を他の参加企業に委ねる場合は,両社の間に顧客紹介の手数料が発生する。「なんでもかんでも長野」の場合,受注金額の10%を基本としているが,実態としては柔軟な運用がみられる。お困りごとを相談された参加企業が,その解決を実際に請け負った参加企業から手数料の支払いを受ける場合もあれば,相談してきた顧客に受注金額を請求する一方で,その金額から手数料を差し引いて請け負った参加企業に支払う場合もある。コスモス・ベリーズでLPFを担当する前野氏(当時)によると,お困りごと解決に伴う費用の処理は,請求先をどこにするかを含め顧客にとって最善の形になるようにしているという。「LPFとしてお困りごと解決にあたるというのは表面上の話であって,参加企業が自社で対応しきれないお困りごとについては,その解決のアウトソーシングを各社が抱える取引先に依頼することも少なくありません。顧客にしてみれば,自分が相談した参加企業が対応窓口として責任をもってお困りごとを解決してくれれば,それで十分なわけですから。」

顧客起点の徹底は,まさに徹底することが難しい。なぜなら顧客が欲しいと思っているものよりも顧客に売りたいものが優先されがちであり,また取引決済をめぐる商慣習や事務手続の制度が顧客の要望を容れる形で柔軟に運用されることも考えにくいからである。しかし,顧客のお困りごとは顧客の生活世界で発生しているのであって,市場をみる視野に慣れ親しんでいる企業にこそ,意識的に顧客起点を徹底し,お困りごと解決に必要な資源を見極める努力が求められる。つまり,顧客起点を徹底することにより,顧客にとって必要な資源を特定する可能性が拡大するのである。

(3) 顧客にとって必要な資源の獲得

顧客にとって必要な資源の獲得において注目される点が2つあることを既に述べた。その1つが,点と点をつないでいく発想がお困りごと解決にみられる点である。顧客にとって必要な資源を特定することができたとしても,それを獲得することには直結しない。参加企業の数だけ存在する顧客の生活世界との接点において,しかも顧客起点を徹底することにより見極めた資源であって,1つの参加企業が既に保有する,或いは容易に入手可能な資源である確率が高くないからである。

「なんでもかんでも長野」の場合,お困りごと解決に必要な資源について,仕事の流れの中で1つずつ獲得していくことを最初の受注案件で学んだという。解決すべきお困りごとは,床下クリーニングを伴うハウスクリーニングだった。効果的な方法をインターネットで検索することから始めてたどり着いたのが,原田氏が相談した研究職の友人から提案された強アルカリ水の使用である。原田氏はさらに知人の工務店に相談し,使用上の安全確認をとった。強アルカリ水の使用は,床下クリーニングに脱臭や除菌の効果が加わるという予想以上の成果をもたらした。顧客から感謝されたことはいうまでもなく,新たなお困りごと解決に必要な資源を前もって確保しておくことにもつながった。この最初のお困りごと解決で得た学びは点と点をつないでいく発想にあると,独特の表現を用いて原田氏が語る。「うちはこれができますと言わなかったから,守備範囲が広がったのではないでしょうか。自分から枠をはめるようなことをしないから,点と点をつなぐことができるのだと思います。」

近年,増えているお困りごとの案件が,空き家の解体およびそれに伴う家財道具の処分である。産業廃棄物処理業者への依頼は,一般の個人にとって二の足を踏むものであるらしい。築80年の空き家を原田氏が請け負うことになって見積もりに行くと,そこは古道具の山だった。産業廃棄物処理業者に引き取ってもらうのは最終手段だから,その前に少しでも換金できる可能性を探ってみることを顧客に勧めて古物商に鑑定してもらったところ,戦前の電話機や高度成長期の未使用の炊飯器など愛好家垂涎の古道具がいくつも出てきた。ここでも予想以上の結果となって,顧客から感謝されることになる。この話がどのように伝わったのか,地元テレビ局の番組2)からの依頼があり取材に応じたところ,類似の相談案件が今後入った際に番組への出演を要望されたという。原田氏本人は乗り気でないようだが,お困りごと解決に向けて点と点を丁寧につないでいく先に何が待っているか予想がつかない醍醐味を経験したことはたしかである。

点と点をつないでいく実態は不足する資源を必要に応じて調達することにほかならないが,その資源調達において直ちに取引が発生するわけではない。お困りごと解決への協力を求めることが,まず先行する。したがって機会主義的な行動も危惧されるが,「なんでもかんでも長野」では,「3合」と原田氏が呼ぶ価値観を参加企業の間で共有することにより,そのような行動を戒めている。「3合」とは,助け合う,譲り合う,励まし合う3つの精神を指す。助け合う精神とは,お困りごと解決にあたる参加企業にとってのお困りごと解決に向けて助け合うことである。長野銀行が顧客から受けた空き家管理や不動産処分に関する相談に事務局が対応しているのは,その一例である。譲り合う精神とは,仕事を独占しようとするのでなく可能な範囲で他の参加企業に回して利益を譲り合うことである。派遣先を大幅に失った三愛サービスとグリーン・ハーモニックが連携して,余剰人材の活用とお困りごと解決ビジネスの拡大を両立させているのは,その一例である。励まし合う精神とは,LPFという集団のレベルで,お困りごと解決の輪を広げていくために励まし合うことである。日本アクティブが新型コロナウイルス対策商品として定例会で紹介した除菌・洗浄剤を,ホクシンハウスが自社の住宅展示場で使用している噴霧器に,エルズグランドアカデミーが訪問介護に,グリーン・ハーモニックが顧客への直接販売に,それぞれ活用しているのは,その一例である。

顧客にとって必要な資源の獲得においてもう1つ注目されるのが,LPFの多様性を確保する一方でLPF間のネットワーキングを志向している点である。点と点をつないでいくことが顧客にとって必要な資源の獲得に有効に機能するためには,LPF内におけるお困りごと解決の進め方がオープンな形でなくてはならない。「自分から枠をはめるようなことをしないから,点と点をつなぐことができる」という原田氏の発言を既に紹介したが,枠についての考え方をうかがわせる発言もある。「LPFの定義というのは非常に難しいです。自分なりに考えたのが,枠をなるべく取っ払うということ。枠というのは規則です。これを厳格にすると身動きがとりにくくなってしまうから,開放するのです。プラットフォームは字のごとく水平であって,上下関係がないものでなくてはならないと思います。」

オープンな形は,お困りごと解決の進め方にとどまらない。「なんでもかんでも長野」がさながらアメーバのように細胞分裂していくこともあってよいのではないかと原田氏は考えている。「三愛サービスなど他の参加企業が事務局となって,新たなLPFが生まれていけばよいのではないかと思います。そのようにして生まれたLPFとの間で助け合い,譲り合い,励まし合う関係を築いていかないと,この先LPFが生き残っていくこと自体,難しいのではないでしょうか。」

枠という規則を取っ払い,LPFを上下関係なく開放し,場合によってはアメーバのような細胞分裂も容認することによって,LPFの多様性を確保する。その一方で,多様なLPFの間で助け合い,譲り合い,励まし合う関係を築いていく,すなわちLPF間のネットワーキングを志向する。LPFにおける多様性の確保とネットワーキングの志向には,顧客にとって必要な資源の獲得においてLPFが単独で及ぶ範囲を超える可能性を感じさせるものがある。

IV. 考察

コロナ禍で注目した本事例は,コスモス・ベリーズという本部と加盟店からなるボランタリーチェーンの仕組みを超えて,加盟店と顧客における関係に焦点が置かれている。言い換えれば,顧客の価値創造(お困りごと解決)に加盟店が個別企業の枠を超えたLPFという新たな仕組みをもって価値共創という形で参画するのである。従って,その考察は,LPFの仕組みをこれまでにない新しい企業システムの形態として考察することを要求しているのである。

そこで以下,LPF内における個別企業,そして,LPF間を結び付けているものは何か,また,そのために必要とされるものは何か,そして,そうした加盟店と顧客の価値共創を可能にする本部の役割とは何か,という3つの視点から,顧客にとって必要な資源の特定と獲得のために,どのような企業システムが新たに求められているのかを考察していく。

島村楽器にみられるのは,顧客の生活世界の一部を占めるミュージックライフにかかわる多様な事業を自社の組織内で展開する企業システムである。即ち,顧客と最初の接点を持つ機会を最大化し,またその機会を楽器購入に限らず,音楽教室やスタジオの利用或いはイベントへの参加にまで広げる形で顧客起点を徹底する企業システムにより,顧客にとって必要な資源を特定する可能性を拡大している。さらに,顧客との最初の接点から彼らのミュージックライフを幅広くサポートしていく,例えば,楽器購入から音楽教室での楽器練習,その成果の発表会というイベントへの参加へと,いわば点と点をつなぐことで,顧客にとって必要な資源を獲得する可能性を拡大している。

コスモス・ベリーズとそのボランタリーチェーン加盟店にみられるのは,顧客のお困りごとによろず屋として対応する企業システムである。即ち,家電小売等の本業の範疇を超えるお困りごとに最初から対応する前提に立つ企業システムにより,顧客にとって必要な資源を特定する可能性を拡大している。また,不足する資源を加盟店が自ら備えるよう努力し,或いはボランタリーチェーン組織内外の事業者から調達することにより,顧客にとって必要な資源を獲得する可能性を拡大している。

顧客の生活世界へ入り込むほど,お困りごと解決に必要な資源は多岐にわたるようになり,ボランタリーチェーン組織外の事業者から調達する重要性が増していく。この組織外の事業者からの資源調達に関する機能の拡充をコスモス・ベリーズが目指しているとみられるのが,本稿の事例として取り上げた「なんでもかんでも長野」に代表されるLPFの企業システムである。そのめざす機能拡充は,顧客にとって必要な資源を特定し獲得する上で必要な企業システムについて,3つの特徴を明らかにした。

第1の特徴は,大幅な権限移譲である。コスモス・ベリーズのLPF担当者によると,お困りごと解決に伴う費用の処理は,請求先をどこにするかを含め顧客にとって最善の形になるようにしているのであるが,その具体的な判断はそれぞれのLPFに委ねられている。顧客にとって必要な資源を特定する可能性を拡大する顧客起点の徹底がうかがわれるが,加盟店への権限委譲を特徴とするボランタリーチェーンでも,これほど大幅な権限移譲はみられない。LPFのあり方についても,同じことがいえる。顧客にとって必要な資源を獲得する可能性を拡大するためにLPFの多様性を確保する必要があると,コスモス・ベリーズは認識している。そのために,枠という規則を取っ払って上下関係なくLPFを開放し,場合によってはアメーバのような細胞分裂も容認している点に,同社の企業システムにおける大幅な権限移譲をみることができる。

第2の特徴は,エフェクチュアル思考である。Lusch and Vargo(2014)によると,エフェクチュアル思考には,「我々は何者か」,「自社は何を知っているのか」,「自社は誰を知っているのか」,および望ましい将来を想像する仮説思考についての理解が求められる「企業にできることは何か」という4つの重大要素があるとされる。まず「我々は何者か」の視点からみると,「自分から枠をはめるようなことはしない」という原田氏の言葉が思い出される。このように自己規定を避けることによって,次の「自社は何を知っているのか」の視点において謙虚でいることができる。つまり,自社の持てる資源を起点に考えるのでなく,顧客起点を徹底して考えることができるのである。そのように考えることができるからこそ,顧客にとって必要な資源を特定する可能性が拡大する。当然自社の持てる資源でできることの限界が見えてくるので,次の「自社は誰を知っているのか」の視点が重要になる。ここで問われるのが,組織外の事業者からの資源調達に関する機能である。点と点をつないでいく発想によるお困りごと解決に必要な資源,即ち顧客にとって必要な資源を獲得する可能性を拡大していくにあたって重要な機能だからである。残る「企業にできることは何か」の視点からは,顧客にとって望ましい将来を想像する仮説思考に基づいて,まず顧客起点を徹底して考え,顧客にとって必要な資源を特定する可能性を拡大することになる。そして,顧客にとって望ましいものとして想像される将来,即ちお困りごとが解決される将来の実現に向けて,点と点をつないでいく形で顧客にとって必要な資源を獲得する可能性を拡大するのである。

第3の特徴は,弱いつながりの強さの活用である。顧客の生活世界へ入り込むほど,お困りごと解決に必要な資源が多岐にわたるようになることは既に述べたが,その調達を自社の強いつながりの範囲で賄うのは限界がある。強いつながりにない弱いつながりの強さは,Granovetter(1973)によると,ネットワーク全体への効率的な情報の伝播にある。参加企業の数だけ存在する顧客の生活世界との接点を最大限に活用するLPF内の活発なコラボレーションは,それぞれの参加企業が持つ強いつながり,即ち他社にとっては弱いつながりを参加企業が相互に活用して,顧客にとって必要な資源を特定する可能性を拡大するものである。また,顧客にとって必要な資源を獲得する可能性を拡大するためにLPFの多様性を確保する必要を認識しているコスモス・ベリーズは,LPFが場合により細胞分裂を起こすことを容認し,さらにそこから生まれた多様なLPF間のネットワーキングを志向している。それは,LPFの数だけ存在する顧客の生活世界との接点を最大限に活用するために,LPF間の活発なコラボレーションを志向していると言い換えることもできる。LPFの今後のあり方においても,弱いつながりの強さが一貫して活用されるといえるだろう。

以上の3つの特性を持つ企業システムとしてコスモス・ベリーズが拡充を進めているのが,LPFである。そこには,顧客にとって必要な資源の特定と獲得において,個別企業が単独で及ぶ範囲を超える試みをみることができる。さらにいえば,個別LPFが単独で及ぶ範囲を異なるLPFとのネットワーキングによって超える可能性もみることができるのである。

V. おわりに

マーケティングの理論と実践にコロナ禍が与えた影響のひとつが,市場ではなく生活世界で文脈価値或いは利用価値を高める価値共創マーケティングの重要性を再認識させるとともに,新たな進展の方向性が示されたことである。

価値共創マーケティングの提示は,理論的要請からなされたが,同時に,それは社会的要請に応じるものでもあった。しかし,コロナ禍によって人びとの価値創造が多様化・複雑化・高度化し,個別企業の範囲を超えるナレッジ・スキルが求められる状況となり,そこから,新たに生まれた企業システムこそが,本稿が取り上げたLPFという組織形態である。その特性として,大幅な権限委譲,エフェクチュアル思考,弱いつながりの強さの活用,の3つが指摘でき,それは,LPF同士のつながりを含む新しい組織間関係の誕生を示唆している。それらは相俟って,コロナ禍を契機とした新たな社会において顧客が求めるあらゆるナレッジ・スキルの要求に対応することになる。

当面,価値共創マーケティング研究としては,LPFに関する,さらなる調査研究を進めていくが,こうした個別企業の範囲を超えるナレッジ・スキルを提供する他の仕組みが生まれる可能性も考えられ,企業と顧客の関係を基軸としながらも,生活世界での顧客の価値創造及び企業と顧客による価値共創を包括する社会全体の動態に留意していく必要がある。

1)  株式会社グリーン・ハーモニック代表取締役社長の原田信治氏である。本稿は,2020年11月16日にホテルメトロポリタン長野で実施した原田氏へのインタビューに基づくものである。このインタビューには,株式会社三愛サービス長野支店課長の小山友弘氏とコスモス・ベリーズ株式会社ネットワーク推進部統括マネージャーの前野博文氏も同席している。いずれも肩書は当時のものである。

2)  テレビ信州『ゆうがたGet!』(毎週月曜から金曜まで15:50~17:53放送)に,「ザ・鑑定!」という月1回放送のコーナー枠がある。

村松 潤一(むらまつ じゅんいち)

岡山理科大学経営学部教授,博士(経営学,東北大学),広島大学大学院社会科学研究科教授を経て,2017年4月に現職。日本マーケティング学会リサーチプロジェクトである価値共創型マーケティング研究会のリーダー。

大藪 亮(おおやぶ あきら)

岡山理科大学経営学部教授,博士(マネジメント,広島大学),岡山理科大学総合情報学部准教授を経て,2020年4月より現職。日本マーケティング学会リサーチプロジェクトである価値共創型マーケティング研究会のメンバー。

宮脇 靖典(みやわき やすのり)

岡山理科大学経営学部教授,修士(経営学,東京都立大学),株式会社電通等を経て,2019年10月に現職,日本マーケティング学会リサーチプロジェクトである価値共創型マーケティング研究会のメンバー。

張 婧(ちょう せい)

金沢大学人間社会研究域講師,博士(マネジメント,広島大学),岡山理科大学経営学部専任講師を経て,2021年4月より現職。日本マーケティング学会リサーチプロジェクトである価値共創型マーケティング研究会のメンバー。

References
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  • Zhang, J. (2021). How companies can help customers in their value creation process: Marketing in the customer’s life world. In J. Muramatsu, & A. Oyabu (Eds.). Marketing research of the Nordic School (pp. 175–191). Tokyo: Hakutoshobo.(張婧(2021).「企業はどのように顧客の価値創造プロセスを支援するか:顧客の生活世界におけるマーケティング」村松潤一・大藪亮(編著)『北欧学派のマーケティング研究』pp. 175–191,白桃書房)(In Japanese)
 
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