2021 Volume 41 Issue 2 Pages 33-45
GAFAに代表されるプラットフォーマーが世界を席巻している。彼らは,クロスプラットフォーム環境下において,ビッグデータの分析に基づくパーソナライゼーションサービスを提供している。だが,ローカルエリアやニッチマーケットまで彼らに情報流通を委ねてしまって良いのだろうか。本研究では,地域情報ポータルを運営する企業はまぞうと連携し,地域リソース(ブログ記事)のテキストマイニング分析をおこなった。その結果を踏まえ,マーケティング3.0に基づく感性検索サービスを企画・開発した。そして,感性検索サービスを市場投入する試行実験で,A/Bテストなどから評価をおこなった。一連の取り組みを通じ,パーソナライゼーションとは異なる,オルタナティブな知的情報サービスの出現可能性を示すことができた。
Google, Amazon, Facebook, and Apple (GAFA) have expanded their platform businesses worldwide. However, alternatives to GAFA may be important for local areas and niche markets. This study was performed in cooperation with a local community platform “HamaZo”. Certain implications emerged from text mining of local resources. Based on these results, an affective search service was planned and developed from Marketing 3.0. Next, a trial market launch of this affective search service was evaluated by A/B test and interview. A series of activities showed the possibility of emergence of alternative intellectual information services that differ from personalization.
GAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)に代表されるプラットフォーマーがビジネスの世界を席巻している(Galloway, 2018)。Googleは,世の中で最も使われている検索サービスや,オンライン広告などの事業を展開している。また,AppleはiPhoneと併せて音楽などのコンテンツ事業を展開し,FacebookやAmazonも世界規模でプラットフォームを運営している。彼らのビジネスは,その成長過程で様々な企業・団体・個人がプラットフォームに参画していったことで,自社が有する経営リソースの限界を超えて成長した。
Shapiro and Varian(1998)は,プラットフォーマーたちが成功していった過程において,ユーザがある一定数を超えてくると,プラットフォームの価値が急速に高まり,それがさらに新たなユーザを呼び込むネットワーク効果を生じさせるのだと論じた。以降,限られた経営リソースをユーザの獲得に投入するのか,コンテンツやサービスの拡充に投入するのかというチキンエッグ問題と,その問題を同時に解消するネットワーク効果の発生方法に関する研究がおこなわれてきた。Eisenmann, Parker, and Alstyne(2006)では,芸能人などの看板ユーザを有することや,目玉となるコンテンツやサービスを提供してくれるプレイヤーを加えること,オークションサイトなどで出品者と購入者の両方を活性化させることなどによって,チキンエッグ問題が克服できると主張している。また,Evans, Hagiu, and Schmalensee(2008)では無料キャンペーンや安価な価格設定を入り口にして有料会員を獲得する方策が,Boudreau(2010)では知的財産のオープン化という方策が示された。さらに,Negoro and Kato(2010)では,事例研究から,技術が優れていても競争に勝つとは限らないと論じ,先発者優位やスイッチングコストなど競争に影響する非技術要因が整理された。
だが,GAFAが成功した謎を解明できれば,同じ道程を辿ることで日本から第2,第3のGAFAを誕生させられるのだろうか。1999年に登場したNTTドコモのiモードは,かつてプラットフォーマーとしての地位を確立していた(Natsuno, 2000)。2000年には同社の時価総額は約4,100億ドル(当時の為替レートで約43兆3,000億円)を超えて世界第5位に食い込み,iモードの世界展開が期待された。だが,2000年代後半にフィーチャーフォンからスマートフォンへのマイグレーションが始まり,2011年にリリースされたLINEにコミュニケーションツールとしての主導権が奪われると,プラットフォーマーとしての支配力が急速に弱まっていった1)。そして現在,日本のICT業界でプラットフォーマーとしての振る舞いができているのは,任天堂や楽天などわずかな企業に限られている。さらに,Appleの時価総額は世界第1位で約2兆150億ドル(約220兆7,321億円)だが,対して任天堂の時価総額は約685億ドル(約7兆5,025億円)となっており,ビジネスの規模において日本企業がGAFAに太刀打ちできる状況にはない(2021年5月現在)。一部の企業を除き,世界規模でのプラットフォーム展開は,ビジネスを構想するのに大き過ぎる。むしろ現在に至っては,GAFAに匹敵するビジネスを生み出すのではなく,ローカルエリアもしくはニッチマーケットでGAFAに対抗できるビジネスを探求するという方向性での知見が求められるのではないだろうか。
また,既にGAFAとはビジネスの規模が異なるため,非技術要因のみで競争優位を創り出すことも困難だと想定される。そこで改めて,GAFAのプラットフォームにおける価値創造システムを逆手に取った技術要因で,GAFAとは異なる価値を創造することができるかを検討する必要があると考えた。このような問題意識から本研究に取り組んだ。
GAFAのプラットフォームに共通する技術は,クロスプラットフォーム環境下において,一貫したサービス利用を実現するためのID管理,およびビッグデータの分析に基づくサービスのパーソナライゼーションである。クロスプラットフォームとは,パソコンやスマートフォンなど様々なデバイスを一意のIDでブリッジさせて利用できる情報環境のことである。Googleの検索サービスでは,IDで利用者一人ひとりを識別して,どのようなデバイスから検索しても利用者の嗜好性に合致した検索結果を提示する。Hannak et al.(2013)は,Googleの検索結果において,平均で11.7%の内容が利用者によって変えられていることを実験から明らかにした。
Ghose(2017)は,特にスマートフォンにおけるパーソナライゼーションの手法について,Webの閲覧履歴だけではなく,利用者自身や利用場所に関連した情報(コンテクスト,ロケーション,時間,兆し,混雑度,天気,軌跡,社会的ダイナミクス)を把握し,AI(人工知能)やウェアラブルデバイスなどの技術を組み合わせてサービスを個人向けにカスタマイズすることで,今以上に高度なビジネスが実現可能になると説明している。だが,そこまで複雑なサービスでなくとも,Accentureによれば,既にWeb検索サービス利用者の40%が正確な検索結果に奇妙さを感じているという2)。また,パーソナライゼーションされた情報の提示は,利用者が持つ信念や嗜好性に従った内容となる一方で,それから外れた情報の入手を阻害するフィルターバブルを生み出す(White, 2013)。
他方,GAFAのパーソナライゼーションは,AI(人工知能)などの高度なICTを利用しているが,マーケティングの観点からすると,1970~1980年代に主流であった消費者志向のマーケティング2.0のパラダイムに該当する。このパラダイム上で競争する限り,いかに革新的な技術を持つ企業であったとしても,既に世界中へリーチを拡げ,膨大な量の情報を処理できる施設・設備を持ったGAFAに太刀打ちすることは困難だろう。
マーケティングパラダイムのナンバリングは,ビジネスの優劣を意味するものではない。だが,それぞれのパラダイムでは追求すべき価値が異なってくる。マーケティング2.0と異なるパラダイムに立脚して発想したビジネスであれば,GAFAが存在する環境下にあっても,次元の異なる競争ができるのではないか。
Kotler, Kartajaya, and Setiawan(2010)は,ソーシャルメディアの発達や,社会課題の顕在化などのトレンドから,価値主導のマーケティング3.0というパラダイムを提唱した。製品・サービスを提供する企業と消費者との縦の関係で信頼が希薄化し,消費者同士の横の関係に信頼が置かれるようになってきた。この横の関係をビジネスに取り込むために,消費者との共創や,コミュニティへの貢献,一貫した経験価値の提供が,マーケティング活動の基盤となる。そして,これら基盤での活動を通じて,ブランド,ポジショニング,差別化のバランスを取っていくマネジメントが,マーケティング3.0のコンセプト「3iモデル」である。3iモデルのマーケティングにより,顧客の心理的側面が重視され,個人が持つ欲求の充足だけではなく,より良い社会3)の実現を目指した消費が志向されることになる。
ローカルエリアやニッチマーケットにおけるビジネスには,そのビジネスの拠り所となる地域社会やコミュニティが存在する。消費者同士の横の関係の中でおこなわれる共創を利活用することや,情報が蓄積されるタイプのコミュニティにおいて情報流通による新たな発見を促すこと,ローカルエリアやニッチマーケットの発展に寄与することで,GAFAとは異なる価値を創造できないだろうか。
以上のような考察から,本研究ではマーケティング3.0のパラダイムに基づき,ローカルエリアで展開されるビジネスにおいて,GAFAに対抗しうる新たな価値創造を志向したサービスの試行的開発に取り組むこととした。
2. 研究アプローチマーケティング3.0のパラダイムに基づく新たなサービスを試行的に開発するため,ローカルエリアで既にマーケティング活動の基盤を持つ企業と協力関係を結ぶこととした。執筆者がホームタウンとする静岡県浜松市は,人口が約79万3,500人で,中部地方の中枢である名古屋市まで100 km以上の距離に位置し,地域経済循環率が90.9%という独立性が高い地方都市である(2020年推計)4)。そして,浜松市を中心とした静岡県西部には,独自の地域情報ポータルサイト「はまぞう(HamaZo)」5)(以下,はまぞう)が存在する。ローカルエリアに限定したWebサイトでは,沖縄の「てぃーだブログ」に次いで,登録利用者数で国内第2位の規模となっている。このようなローカルエリアに実績のあるICT企業が存在することから,本研究では同サイトを運営する株式会社はまぞう(代表取締役社長:佐野憲)に研究への全面協力を仰いだ。
本研究は,2つのアプローチから構成されるリサーチデザインとなっている。時系列的に先行するアプローチ1では,試行開発するサービスのアイディアを掴むため,はまぞうが蓄積してきたブログ記事に対して探索的なテキストマイニングをおこなった。その上で実施したアプローチ2において,サービスを開発し,試行的に市場へ投入した。アクセスログによる定量的分析と,利用者に対するインタビューで定性的な評価をおこなった。
(1) アプローチ1:アイディアの探索はまぞうが静岡県西部で蓄積してきたブログ記事は,ローカルエリアビジネスにおける貴重な経営資源になる可能性がある。そこで,マーケティング3.0のパラダイムに基づくサービスのアイディアを発見するため,はまぞうに投稿されたブログ記事のテキストマイニング6)をおこなった。具体的には,ブログ記事に出現する頻度が高いワード同士の共起ネットワーク分析および多次元尺度構成法分析による考察で,蓄積されてきたブログ記事の全体傾向を把握した。この分析には,2017年4月29日から2017年5月7日7)に,はまぞうへ投稿されたブログ記事12,808件を利用した。
その上で,特定のワードを含むブログ記事に限定した共起ネットワーク分析をおこなった8)。これを3iモデルのフレームワークと照らし合わせて,サービスのアイディア発想につなげた。この分析は,2017年4月1日から2017年9月30日に,はまぞうへ投稿されたブログ記事を対象とした(場所毎にブログ記事件数は異なる)。
(2) アプローチ2:サービス開発および市場への試行的投入アプローチ1から得たアイディアを,はまぞうに組み込むための開発をおこなった。詳細は後述するが,人間の感性に基づいてレイティングする検索サービスを開発した。
そして,この感性検索とGoogleカスタム検索9)の両方を,はまぞうのポータルサイトトップページへ組み込み,A/Bテストを実施した。A/Bテストとは,Aパターンの情報と,それに変更を加えたBパターンの情報を用意し,交互に提示する中でどちらのパターンがより目標達成率が高いのかを比較する実験方法である。A/Bテストの実施期間は,2020年12月18日から2021年3月11日とした。Webサイトのアクセス解析ツールであるGoogleアナリティクスで各検索の利用ログを収集して定量的評価をおこなった。
また,感性検索機能の利用者からインタビュイーを募集し,年齢と性別の異なる6名(内訳:男性30代,40代,60代,女性20代,20代,50代)へのインタビューを実施して定性的評価とした(2021年3月15日実施,所要時間:一人約30分)。
(3) 研究協力企業「株式会社はまぞう」株式会社はまぞうは,「愛する遠州地方10)を,もっともっとシビれさせたい」をコンセプトに,地域情報ポータルサイト「はまぞう」を運営している。はまぞうは,同社が編集・運営するポータルサイトと,ブログシステムから構成されたWebサービスである。2005年にブログサービスを開始し,現在ではWebサイト内部に開設されたブログが3万8千種類以上,記事の総数は847万件を超えている(2021年4月末)。個人が作成したブログだけではなく,地元の企業や店舗がブログを開設していることが大きな特徴となっている。
また,メディアとしての能力は,月間のユニークユーザ数(UU)が約200万人,ページビュー(PV)が約1,000万件となっている。この規模は,2020年度の企業別Webサイト訪問者数ランキングと比較すると,ユニークユーザ数で国内23位の日本放送協会(NHK)とほぼ同等のポテンシャルとなっている11)。浜松市を中心とした静岡県西部における利用が中心であることを考えれば,いかに活発にコミュニケーションがおこなわれているWebサイトであるかがわかる。
アプローチ1として,はまぞうのブログ記事に頻出するワードの共起ネットワークを確認すると,浜松中心部に関する話題や,磐田・掛川・袋井といった浜松周辺の都市とその日常に関する話題,浜名湖の釣りに関する話題,店舗の営業情報,顧客の来店に対するお礼などで,共起関係の強いサブネットワークの出現が確認された。
また,多次元尺度構成法分析でブログ記事の内容と頻出ワードの関係を探ったところ,頻出ワードは,「次元1:イベント←→日常」と「次元2:客観↑↓主観」の軸に配置されることがわかった(図1,次元の意味づけは定性的解釈に基づく)12)。地域にまつわる話題がバランス良く扱われていると共に,特に浜松を中心とした当該地方のB2Cビジネス,および地域住民の趣味(特に釣りなど)に関する話題を得意領域としていることが判明した。
頻出ワードの多次元尺度構成法分析
はまぞうへ蓄積されてきたブログ記事は,概して,地域内の特定の場所にまつわる製品・サービス供給側の情報提供(次元1左側)と,需要側の特定の場所や製品・サービス利用に関する感想(次元1右側)であった。だが,図1の中央付近には両者を結びつけるような,ブログ記事は存在していなかった。はまぞうという同一のWebサイト内にありながら,別個の存在となっていたのである。製品・サービスの消費に対する態度は,認知・感情・行動13)の3つの要素から構成される(Solomon, 2019)。ブログ記事の存在を認知し,そこから何らかの消費行動へ結びつけていくためには,対象への感情形成が必要となる。そこで,この両者を結びつけるような感情にまつわる情報処理が,新たなサービスの手がかりと考えた。
2. 特定の場所に対する感情表現アプローチ1後半の分析として,特定の場所に関するブログ記事のみを抽出して分析をおこなった。場所の選定については,浜松市Webページで観光モデルコースとして紹介されている観光名所33カ所のうち,店舗ではない19カ所を取り上げた。その上で,その場所にまつわるブログ記事で使われている頻出ワードの共起ネットワーク分析をおこなうと共に,感情表現を数え上げた。なお,感情については,喜怒哀楽やEkmanの基本感情説などの分類方法が存在するが,Nakamura(1993)の基本感情10種類「喜・怒・哀・怖・恥・好・厭・昂・安・驚」では,日本語表現と共に感情を分類しているため,これをデータベース化して分析に用いることとした。以下,観光名所の例として龍潭寺を取り上げる。
龍潭寺は,NHKの大河ドラマ「おんな城主 直虎」で知名度の上がった井伊家の菩提寺で,日本庭園が国指定名勝となっている。この龍潭寺に関する記載があったブログ記事は,調査対象期間中に702件(感情表現:9,833カ所)であった。共起ネットワークからは,大河ドラマの主人公である井伊直虎への興味関心が訪問につながった様子が確認できた。
ブログ記事に出現する感情表現は,「喜」が最多の41%,「好」が18%,「厭」が11%という比率であった。「喜」の内容は,大河ドラマと関連して井伊家の歴史に触れたことが楽しかったという内容であった。また,「好」の内容は,大河ドラマの俳優・女優に対する感情や,庭の景色に関する好意であった。逆に,「厭」は,井伊家の歴史に対する反発や,観光客のマナーに関するものであった。ネガティブな感情表現は,観光地として改善すべき示唆が含まれている可能性を持つことが明らかとなった。
その他18カ所の観光地についても分析したところ,「感情」を手がかりに隠れた情報が見えてくることが明らかになった。「喜・安・昂」からは観光客が各観光地において魅力だと感じる点が,「好」からは観光客の傾向(どのような人が来るのか)が,「厭」からは観光客が感じる不満,観光地の改善点,「驚」からは観光客にあまり知られていない観光地の魅力を知ることができた。このように,特定の場所を感情表現と共に紐解くことで,それがどのような特徴を持った地域リソースなのかが判明する。
はまぞうは,サービス開始当初,ブログ記事の自然言語検索機能を備えていた。だが,蓄積されるブログ記事の増加によって,データベース(以下DB)の機能を使った全文探索では,実用に十分なレスポンスが出せなくなってしまった。そこで,長らく,Googleが提供するWebサイト内検索API「Googleカスタム検索」を利用してきた。
一方,アプローチ1から,地域リソースを感情表現と結びつけることで,価値ある情報を見い出すことができるのではないかという着想を得た。これを具現化するのが,ブログ記事の検索に感情表現についての評価を加える「感性検索」というアイディアである。マーケティング3.0観点からは,はまぞうの利用者が相互のコミュニケーションで蓄積してきたブログ記事の再利用であり,ブログ記事を主体に新たなつながりを創り出す試みとなる。利用者の感情的なニーズを満足させて好印象を与える3iモデルのブランド・イメージ向上につながる。そこで,アプローチ2として,はまぞうという地域に根ざしたブランドと,GAFAによるパーソナライゼーションサービスとの差別化の観点から,利用者の意向との合致度を判断できる感情価の情報を付与したブログ記事検索サービスの開発をおこなうこととした。
ブログに付与する感情価の情報は,アプローチ1の結果も踏まえて,「喜・好・安」の感情表現がブログ記事に出現する回数を合計したポジティブポイント,「怒・哀・怖・恥・厭」の出現回数であるネガティブポイント,「昂・驚」の出現回数であるインパクトポイントという3種類に集約することにした。また,ブログ記事から正確に感情表現を抽出するために,京都大学とNTTの共同研究から生まれた形態素解析14)エンジン「MeCab」を用いてブログ記事を形態素に分解した。そして,一部の品詞(名詞・動詞・形容詞・形容動詞・感動詞)を検索機能DBサーバに格納した。ブログ記事本文よりデータ量の少ない形態素を検索対象とすることで,検索サービスのレスポンスに期待した。
2. システム開発とA/Bテストはまぞうのシステム構成に,検索機能Webサーバと検索機能DBサーバ(含むMeCab)のオブジェクトを追加すると共に,はまぞうWebサーバにA/Bテストのプログラムソースを加えた。図2は,利用者からの記事投稿および,検索の前処理を,UML(Unified Modeling Language)15)のシーケンス図で表したものである。
投稿・検索準備のシーケンス図
ブログ記事の新規投稿を受けて,検索機能DBサーバは,はまぞうDBサーバから記事概要(タイトル,更新日時,URL,記事冒頭文)を取得し,検索機能DBサーバに登録する(プロセス⑥~⑦)。その後,記事本文に対してMeCabで形態素解析をおこない,名詞・動詞・形容詞・形容動詞・感動詞の品詞のみを抜き出してDBに格納する(プロセス⑧)。次に検索機能Webサーバにおいて,記事本文に使われていた形態素と感情表現リストを突合し,感情表現とマッチングした回数から記事毎の感情価を算出する(プロセス⑨)。
図3には,ブログ記事検索とA/Bテストのプロセスを示した。利用者がはまぞうポータルサイトへアクセスしてきた際に,本研究で開発した感性検索の検索ボックスとGoogleカスタム検索の検索ボックスを,ページビュー毎に交互に表示した(掲載場所はトップページ右上,プロセス⑩~⑪)。
検索とA/Bテストのシーケンス図
感性検索の検索ボックスにクエリーが入力された場合,検索機能DBサーバに格納されたブログ記事毎のタイトルおよび本文から抽出・保存された形態素から,クエリーと合致する文字列を探す(プロセス⑬~⑭)。そして,クエリーと合致する文字列を含むブログ記事リストを,感情価(デフォルトはポジティブポイントの降順)でソートしてランキングを生成し,検索結果を表示した(プロセス⑮~⑯)。
図4(左側)は感性検索の結果画面である。リストに挙げられたブログ記事には,顔のマークと共に各感情価(ポジティブポイント,ネガティブポイント,インパクトポイント)が数値で表示される。一方,図4(右側)はGoogleカスタム検索の結果画面である。画面上段にGoogleから広告(2~3件程度)が表示され,その下にはまぞうのサイト内検索結果が表示される。
感性検索の結果画面(左側)とGoogleカスタム検索の結果画面(右側)
アプローチ2の定量的分析として,開発した感性検索とGoogleカスタム検索を,はまぞうポータルサイトのトップページへ組み込み,ページビュー毎に交互に表示するA/Bテストをおこなった。この期間中,本研究で開発した感性検索が利用された回数(プロセス⑬の実行件数)は1,526回で,平均クリックスルーレート(プロセス㉑の実行件数/プロセス⑬実行件数*100)は49.1%であった。他方,Googleカスタム検索が利用された回数(プロセス⑰の実行件数)は2,092回で,平均クリックスルーレート(プロセス㉑の実行件数/プロセス⑰の実行件数*100)は66.3%であった(図5,6)。
A/Bテスト検索結果表示回数の比較
A/Bテスト週間クリックスルーレートの比較
両検索方法で,検索が利用された回数に566回の差があるのは,単なる偶然ではなく検索レスポンスに原因があったと考えられる。感性検索の機能は,試行実験用にシステム構成へ加えられたWebサーバ・DBサーバで提供していた。検索対象をブログ記事本文から,分解された形態素に絞り込んでいたものの,Googleカスタム検索のレスポンスと比較して,検索結果の提示までに手元ストップウォッチで約3~5倍の時間がかかっていた。後述するインタビューでも利用者からシステムへの改善要望が挙げられたが,利用者は日頃からGoogleカスタム検索の早いレスポンスに慣れており,感性検索の検索結果提示を待ちきれずにWebサイトから離脱した可能性が高いと思われる。
次に,クリックスルーレートについて説明する。図7は,週間クリックスルーレートの遷移を,検索方法間で比較したものである。クリックスルーレートは,検索結果を表示した回数を分母に,検索結果からブログ記事を表示した回数を分子にした百分率である。一般にWebページに表示されたリンク情報が有用であれば,高い値を示すことになる。なお,100%以上の数値は,1回の検索結果提示に対して,複数のブログ記事を閲覧したことを意味する。
感性検索は,サービスリリース直後の1週間で93.4%の高いクリックスルーレートを記録した。だが,その後はA/Bテスト期間中,Googleカスタム検索のクリックスルーレートを下回る結果となった。また,検索結果ページの閲覧時間は,感性検索が54秒間であったのに対して,Googleカスタム検索は28秒間であった。加えて,感性検索では検索結果をスクロールして閲覧する割合が41.8%であったが,Googleカスタム検索では0.0%であった。本A/Bテストにおいて,Googleカスタム検索の検索結果は,まったくスクロールされていなかったのである。
クリックスルーレートに対しては,2種類の解釈ができる。一つは,感性検索よりGoogleカスタム検索が適切な結果を提示できているため,検索結果の閲覧時間が短く,スクロールもされず,クリックスルーレートが高かったと考える解釈である。100%以上のクリックスルーレートが出ている週もあったことから,検索結果ページから上位のリンクを複数開き,後から読み比べて目当てのブログ記事を探すという情報行動が想定される。Googleカスタム検索のようなパーソナライゼーションされた検索結果を利用し続けることで,どのような検索結果が出ても,ひとまず上位をクリックする情報行動を学習してしまっていたのだとすれば,これもフィルターバブルの現れと言えるだろう。
もう一つの解釈は,感性検索では熟考的,Googleカスタム検索では反射的な情報行動がおこなわれていたと考えるものである。これは意思決定の二重過程理論に相当する(Kehneman, 2011)。感性検索では検索結果の閲覧時間が長く,スクロールもされていたことから,検索結果ページの閲覧中にリンク先の比較検討がおこなわれていたと想定される。感性検索機能は,利用者にとって興味深い検索結果を提示できていたのだとすれば,十分その可能性がある。なお,感性検索のクリックスルーレートが実用に耐えられないほど低いというわけではない。Advanced WEB RANKINGによれば,様々なWebサイトに組み込まれたGoogleカスタム検索の平均クリックスルーレートは40.3%16)(2021年4月)となっており,感性検索の平均クリックスルーレート49.1%は概ね遜色ない結果といえる。
上記の解釈は共に仮説であり,次の定性的評価によって事実関係を確認した。
2. 定性的評価アプローチ2の定性的分析として,感性検索サービス利用者へのインタビューをおこなった。A/Bテストの実施期間中,感性検索の結果画面の提示と同時にポップアップウインドウを表示してインタビュイーを募集した。10名からの応募があり,なるべく年齢と性別が偏らないようにインタビュイーを6名選定した。以下に,主要な意見を紹介する。
男性30代:ポジティブポイントを参考にして,楽しい,元気になるブログ記事を見つけることができた。だが,インパクトポイントの利用価値はわからなかった。
男性40代:ブログ記事の検索で探していたのは,正しい情報ではなく,面白い,元気になる情報だと自覚した。Google的な正しさとは異なる視点があるのだと気づかされた。
男性60代:感情価のポイント表示で,ブログ記事の重要性が判断できた。ブログ記事は,季節が関係する場合があるので同じ季節の過去記事を検索できるようにしてはどうか。
女性20代:ネガティブポイントの高いブログ記事を読んで共感を覚えた。「いいね!」の数より近隣店舗の評判が把握できそうだ。だが,検索スピードにストレスを感じた。
女性20代:感情価の表示で検索が面白くなった。この仕組みは,他の言語やサービスにも使えるのではないか。また,インパクトポイントは効果がわかりにくかった。
女性50代:ネガティブポイントが「Bad!」の意味だと誤解をしたので,自分が書いたブログ記事のネガティブポイントが高いことに驚いた。
以上のように,感情価で検索結果を並び替えることは,好印象の評価であった。また,感性検索の仕組みが熟考的な情報行動を引き出したことも確認できた。先の定量的評価で,Googleカスタム検索の機能・性能が優れており,感性検索は勝てなかったという見解もあるだろう。だが,インタビュイーは,揃ってその情報行動の変化を口にしており,少なくとも感性検索が人々の情報行動に変化をもたらしたことは事実である。
またサービス面では,ネガティブポイントの高い記事への共感が得られた。また,場所にまつわる情報の評価に使うというビジネス上の可能性を発見できた。その一方,インパクトポイントの効果は実感できなかったようである。加えて,感情価のネーミングや意味の説明には,改善の余地があることがわかった。
GAFA等のプラットフォーマーに対抗しうるローカルエリアのICTサービスとして,ブログ記事の感性検索サービスを開発し,試行的市場投入をおこなった。その結果は,試行実験という制約からGoogleカスタム検索に情報処理能力で力負けしたものの,利用者からは好印象を得ることができた。また,マーケティングパラダイムが異なるサービスの提供によって,利用者から熟考的な情報行動を引き出すことにも成功した。
ここでGoogleが,マーケティングパラダイムの異なるアプローチに対抗して,検索サービスで感情価を取り込んだパーソナライゼーションをおこなう可能性について考察しておく。Googleの検索サービスでは,概して,Webページへのリンク数や,自然言語処理から抽出した情報の量をもって有用性を判断している。一方,感情価は,Webページの有用性を左右する情報ではない。ポジティブな感情にあふれているからといって有用とは限らないし,ネガティブな感情が書き連ねられていても有用な場合がある。また,Googleにとっては,一つの感情を他の感情に優先させることで,これまで築いてきた有用性への信頼を失う危険がある。フィルターバブルへの社会的な懸念も踏まえれば,特定の感情を重視せず,検索結果のレイティングにおける感情の多様性は維持し続けると考えられる。マーケティングパラダイムの違いは,サービスの根幹で価値創造の方法に差を創り出すのである17)。
今後について,本研究では検索サービスの形態を採ったが,スマートフォンへの対応を考えれば,チャットボットを使ったコミュニケーションで,感情価の高い地域リソースを案内していくというサービス形態もあったであろう。このサービスの本質は,地域リソースの供給側と利用者を,感情を媒介として結びつけることにあり,それがまさに3iモデルのブランド・イメージに関する取り組みであった。今後,マーケティング3.0に立脚したICTサービスをさらに追求すると,はまぞうは静岡県西部という場所にまつわる情報の価値を増加させるための情報処理(感情価の付与)と,その応用サービスの展開をおこなっていく方向性になるだろう。
また,さらなる取り組みとして,マーケティングパラダイムのナンバリングを,4.0や5.0に上げてサービスを検討することも考えられる。例えば,地域社会には,多様なコミュニティの成員がいるので,利用者自身の定型的な行動パターンに合わない情報も多く生まれている。当然それらは,新たな発見を内包しているはずである。はまぞうのビジネスを地域リソースの蓄積・活用だと考え,マーケティング4.0(Kotler, Kartajaya, & Setiawan, 2016)のパラダイムに基づき,地域での多種多様な活動を,利用者との共創(Co-creation)でブログ記事以外にも様々な形式にデジタルコンテンツ化して,時間的(季節などを考慮),空間的(位置情報の活用)な,結びつけをおこなうサービスを提供すれば,生活のデジタルトランスフォーメーションを起こしていけるのではないだろうか。
最後に,本研究の学術的な貢献は,マーケティングパラダイムの違いによって,GAFAなどが進めるパーソナライゼーションとは異なる,オルタナティブな知的情報サービスの出現可能性を示すことができたことと考えている。
本研究は日本学術振興会の課題設定による先導的人文学・社会科学研究推進事業の実社会対応プログラム「忘却するWeb情報提示機構の実装と認知的・経済的価値の評価」の一環として実施した。また,研究の実施に全面協力いただいたはまぞう株式会社の佐野憲氏と金田聡氏,同社のグループ企業である株式会社シーポイントラボの青木悠樹氏にこの場を借りて深く御礼申し上げます。
遊橋 裕泰(ゆうはし ひろやす)
静岡大学大学院総合科学技術研究科 教授
2011年東京工業大学大学院社会理工学研究科修了。博士(学術),MBA,専門社会調査士。NTTおよびNTTドコモを経て,2015年に静岡大学准教授,2019年より現職。経営情報学会,日本マーケティング学会など各会員。共著に『災害に強い情報社会』NTT出版等。
森田 純哉(もりた じゅんや)
静岡大学大学院総合科学技術研究科 准教授
2006年名古屋大学大学院人間情報学研究科修了。博士(学術)。北陸先端科学技術大学院大学助教,名古屋大学特任助教を経て,2016年より現職。認知科学会,人工知能学会など各会員。認知の情報処理モデルの応用に取り組む。