Quarterly Journal of Marketing
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Review Article / Invited Peer-Reviewed Article
Certain Incentives vs. Uncertain Incentives
Naoya Mori
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2021 Volume 41 Issue 2 Pages 72-80

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Abstract

企業が実施するセールス・プロモーションとして,確定インセンティブおよび不確定インセンティブは共に頻繁に用いられている。一方の確定インセンティブとは,消費者がポイントなどの報酬を必ず獲得できる形態のインセンティブであり,他方の不確定インセンティブとは,消費者がポイントなどの報酬を抽選によって獲得できる形態のインセンティブである。これまで,インセンティブに関する研究の大半は,消費者のリスク回避性に着目し,必ずしも望ましい報酬を獲得できるとは限らないというリスクと結びついている不確定インセンティブは,確定インセンティブほど選好されないと主張してきた。しかしながら,近年では,不確定インセンティブに対して肯定的な研究が増加しており,注目を集めている。インセンティブに対する実務的および学術的な関心が高まっている状況に鑑みると,これまでのインセンティブに関する研究知見を整理し,残された課題を明確化することは,有意義な試みであると言いうるであろう。そこで本論は,確定インセンティブおよび不確定インセンティブに対して肯定的な既存研究を概観する。そして,今後の研究には,新たな研究潮流の形成が求められるということを指摘する。

Translated Abstract

Among sales promotion tools, both certain and uncertain incentives are frequently used by firms. On the one hand, certain incentives refer to incentives for which consumers can always get rewards. By contrast, uncertain incentives refer to incentives for which consumers can get rewards by lottery. Most studies on incentives have focused on risk-aversion among consumers and have claimed that consumers prefer certain incentives over uncertain ones, because the latter are associated with the risk of not always getting the desired rewards. However, in recent years, an increasing number of studies have shown more positive tendencies towards uncertain incentives. In view of the growing practical and academic interests in incentives, it is helpful to review the research findings on incentives to date, and to clarify the remaining problems. Therefore, this paper provides an overview of studies that show positive tendencies towards certain and uncertain incentives, pointing out that future studies are necessary to develop a new research stream.

I. はじめに

企業は,セールス・プロモーション(以下,SP)を実施することによって,製品およびサービスの購買を促進するインセンティブを消費者に付与している。実施されるSPの形態は,ポイントや値引き,クーポン,キャッシュバック,増量,プレミアムなど,様々である。しかしながら今日,こうしたSPは,不確実性の有無(uncertainty)という観点から,大きく分けて2種類の形態のインセンティブとして,企業に用いられている。

2種類の形態のインセンティブとは,すなわち,確定インセンティブ(certain incentives)および不確定インセンティブ(uncertain incentives)である。確定インセンティブとは,消費者がポイントや値引きといった報酬を必ず獲得できる形態のインセンティブのことを指す(Shen, Hsee, & Talloen, 2019)。例えば,2020年6月にQRコード決済サービスを提供する企業であるメルペイが用いた,「メルペイで支払いを行うと,1,000円分のポイントを必ず獲得できる」といったインセンティブが,この確定インセンティブにあたる(cf. Merpay, Inc., 2020)。一方,不確定インセンティブとは,消費者がポイントや値引きといった報酬を抽選によって獲得できる形態のインセンティブのことを指す(Shen et al., 2019)。例えば,2020年10月に同じくQRコード決済サービスを提供する企業であるPayPayが用いた,「PayPayで支払いを行うと,支払い金額の100%分のポイント,支払い金額の10%分のポイント,もしくは支払い金額の2%分のポイントのいずれかを3回に1回の確率によって獲得できる」といったインセンティブが,この不確定インセンティブにあたる(cf. PayPay Corporation, 2020)。

このように,企業が実施するSPとして,確定インセンティブおよび不確定インセンティブは共に頻繁に用いられている。しかしながら,上述したQRコード決済サービスを提供する企業が示すように,たとえ提供するサービスが同じであっても,確定インセンティブおよび不確定インセンティブのいずれを用いるか,という意思決定は企業間で異なっているのが現状である。

インセンティブに関する研究は,今から80年以上も前から,消費者の行動を促進するという企業の目的に照らして,確定インセンティブと不確定インセンティブのうち,いずれが有効であるかということについて議論してきている。さらに,こうした議論は,インセンティブに対する認知(cognition)に着目した研究,および,インセンティブに対する感情(affect)に着目した研究という2種類の研究によって展開されてきた。なお,ここでいう認知とは,客観的な事実に基づく評価のことを指し,感情とは,消費者の主観的な経験に基づく評価のことを指す(Breckler, 1984; Rosenberg & Hovland, 1960)。

着目すべきことに,1940年代から1990年代にかけては,インセンティブに対する認知に着目した研究を中心に,インセンティブに関する研究の大半が確定インセンティブに対して肯定的,言い換えれば,不確定インセンティブに対して否定的であったものの,1990年代から現在にかけては,インセンティブに対する感情に着目した研究を中心に,不確定インセンティブに対して肯定的な研究が増加しており,注目を集めるようになってきている。しかしながら,QRコード決済サービスを提供する企業をはじめ,多くの企業が確定インセンティブおよび不確定インセンティブを用いるようになり,インセンティブに対する実務的および学術的な関心が高まっているにもかかわらず,確定インセンティブおよび不確定インセンティブに関する研究知見を整理し,残された課題を明確化する試みは未だなされていない。その結果,インセンティブに関する研究は,確定インセンティブおよび不確定インセンティブのいずれを用いるか,という意思決定の課題を抱える企業に対して十分な示唆を与えられていない。

そこで本論は,確定インセンティブに対して肯定的な既存研究(第II節),および,不確定インセンティブに対して肯定的な既存研究(第III節)を,それぞれ,インセンティブに対する認知に着目した研究,および,インセンティブに対する感情に着目した研究に分けて概観する。そして,それらを踏まえた上で,今後の研究の方向性の提示(第IV節)を行う。

II. 確定インセンティブに対して肯定的な既存研究

1. インセンティブに対する認知に着目した研究

確定インセンティブに対して肯定的な既存研究の中でも,インセンティブに対する認知に着目した代表的な研究としては,von Neumann and Morgenstern(1947)によって提唱された期待効用理論(expected utility theory),および,Kahneman and Tversky(1979)によって提唱されたプロスペクト理論(prospect theory)という2つの古典的な意思決定理論が挙げられる。

まず,期待効用理論とは,不確実性を伴う意思決定において,消費者は,個々の選択肢の効用の期待値,すなわち期待効用(expected utility)を計算し,期待効用が最大となるような行動を選択するという理論のことを指す(von Neumann & Morgenstern, 1947)。例えば,消費者が報酬a,もしくは報酬bのいずれかを抽選によって獲得できるという不確定インセンティブの期待効用EUは,(1)式のように定式化される。なお,報酬aを獲得できる確率はp(0<p<1)であり,報酬bを獲得できる確率は1−pである。また,Uは報酬に関する効用関数(utility function)である。

EU=pU(a)+(1−p)U(b)   (1)

ここで,確定インセンティブおよび不確定インセンティブの期待効用を比較したい。まず,確定インセンティブを,消費者が報酬aを必ず獲得できる形態のインセンティブであるとすると,確定インセンティブの期待効用は,U(a)と表すことができる。ただし,U(a)は,一般的な消費者の効用関数と同様に,財から獲得できる効用は消費量の増加に伴って次第に低下していくという限界効用逓減の法則に従うため,表1に示されるような形状をとる。

表1

確定インセンティブの期待効用

次に,不確定インセンティブを,消費者が報酬a,もしくは報酬1/2aのいずれかを抽選によって獲得できる形態のインセンティブであるとする。そして,報酬aを獲得できる確率をp(0<p<1),報酬bを獲得できる確率を1−pとすると,不確定インセンティブの期待効用は,pU(a)+(1−p)U(1/2a)と表すことができる。この効用水準は,表2に示されるように,U(a)より必然的に低水準となる。

表2

不確定インセンティブの期待効用

さらに,たとえ不確定インセンティブと確定インセンティブの期待値と同じであっても,不確定インセンティブの期待効用の方が,確定インセンティブの期待効用より低水準となる。まず,確定インセンティブを,消費者が報酬aを必ず獲得できる形態のインセンティブであるとすると,確定インセンティブの期待効用は,U(a)と表すことができる。次に,不確定インセンティブを,消費者が報酬1/2a,もしくは報酬3/2aのいずれかを抽選によって獲得できる形態のインセンティブであるとする。そして,報酬1/2aを獲得できる確率と,報酬3/2aを獲得できる確率をいずれも1/2とすると,不確定インセンティブの期待効用は,1/2U(3/2a)+1/2U(1/2a)と表すことができる。このとき,両者のインセンティブの期待値は,同様に報酬aである。しかしながら,その期待効用は,表3に示されるように,不確定インセンティブの方が確定インセンティブのより低水準となる。

表3

期待値が同じ場合の確定インセンティブと不確定インセンティブの期待効用

von Neumann and Morgenstern(1947)は,このように,たとえ不確定インセンティブと確定インセンティブの期待値と同じであっても,不確定インセンティブの期待効用の方が確定インセンティブの期待効用より低水準となるのは,消費者が報酬の獲得に際してリスク回避的(risk-aversion)になるからであると指摘した。そして,一般的に消費者は報酬の獲得に際してリスク回避的になるため,必ずしも望ましい報酬を獲得できるとは限らないというリスクと結びついている不確定インセンティブは,確定インセンティブほど選好されないと結論づけた。

本節冒頭において言及したとおり,確定インセンティブに対して肯定的な既存研究の中でも,インセンティブに対する認知に着目した代表的な研究として,期待効用理論のほかに,プロスペクト理論が挙げられる。プロスペクト理論とは,不確実性を伴う意思決定において,消費者は,測定した選択肢の価値に,確率に対する主観的な感覚による修正を加えることで,期待評価(expected value)を計算し,期待評価が最大となるような行動を選択するという理論のことを指す(Kahneman & Tversky, 1979)。例えば,消費者が報酬a,もしくは報酬bのいずれかを抽選によって獲得できる際の期待評価Vは,(2)式のように定式化される。なお,報酬aを獲得できる確率はp(0<p<1)であり,報酬bを獲得できる確率は1−pである。また,vは,報酬に関する価値関数(value function)であり,gは,確率を意思決定に影響する重みに変換する確率加重関数(probability weighting function)である。

V=g(p)v(a)+g(1−p)v(b)   (2)

ここで,確率加重関数は,縦軸を消費者の主観的な確率,横軸を確率として,表4のように示される。この関数は,数値通りの線形確率ではなく,確率に非線形の主観的な重み付けを加えた非線形関数である。これは,消費者は,意思決定に際して確率を数値通りには受け取らず,主観的な重み付けを加えるということを意味している。例えば,消費者は,大きい確率を過小に評価し,小さい確率を過大に評価するという。そのため,事象の発生確率を全て足し合わせたとしても,確率は1にはならない。この性質は,劣加法性(subadditivity)と呼ばれ,(3)式のように定式化される。

表4

確率加重関数

g(p)+g(1−p)<1   (3)

ここで,期待効用理論における不確定インセンティブの期待効用,および,プロスペクト理論における不確定インセンティブの期待評価を比較したい。まず,不確定インセンティブを,消費者が報酬1/2a,もしくは報酬3/2aのいずれかを抽選によって獲得できる形態のインセンティブであるとする。次に,報酬1/2aを獲得できる確率と,報酬3/2aを獲得できる確率をいずれも1/2とすると,一方の期待効用理論における不確定インセンティブの期待効用は,1/2U(3/2a)+1/2U(1/2a)と表すことができる。そして,他方のプロスペクト理論における不確定インセンティブの期待評価は,g(1/2)v(3/2a)+g(1/2)v(1/2a)と表すことができる。このとき,g(1/2)+g(1/2)は劣加法性である。そのため,g(1/2)v(3/2a)+g(1/2)v(1/2a)<1/2U(3/2a)+1/2U(1/2a)という不等式が成立する。つまり,確率加重関数によって消費者の確率に対する主観的な感覚を考慮したプロスペクト理論における不確定インセンティブの期待評価は,期待効用理論における不確定インセンティブの期待効用より,さらに低水準となるということである。

このことを根拠として,Kahneman and Tversky(1979)は,不確定インセンティブと確定インセンティブの期待値が同じ,さらには,たとえ不確定インセンティブの期待値が確定インセンティブの期待値より高かったとしても,確定インセンティブの方が不確定インセンティブより選好されると結論づけた。

2. インセンティブに対する感情に着目した研究

確定インセンティブに対して肯定的な既存研究の中でも,インセンティブに対する感情に着目した研究は,不確定インセンティブは,消費者に対して否定的な感情をもたらすということを見出してきた(cf. Buhr & Dugas, 2002; Gao & Gudykunst, 1990; Loomes & Sugden, 1982; MacLeod, Williams, & Bekerian, 1991; Wu, 1999)。例えば,Gao and Gudykunst(1990)は,消費者は不確実性に直面すると,ストレス(stress)を感じると主張した。また,Wu(1999)は,不確実性は,消費者に対して恐れ(fear),欲求不満(frustration),悲嘆(regret),および,不安(anxiety)をもたらし,それらが消費者の行動を阻害すると主張した。さらに,不安に関して,それは,消費者に追加的な心理的負担を生み出し,獲得できる報酬のうち望ましくない報酬を獲得してしまう可能性を過大に評価させると主張した。

以上,確定インセンティブに対して肯定的な既存研究を,インセンティブに対する認知に着目した研究,および,インセンティブに対する感情に着目した研究に分けて概観した。第III節においては,不確定インセンティブに対して肯定的な既存研究を概観したい。

III. 不確定インセンティブに対して肯定的な既存研究

1. インセンティブに対する認知に着目した研究

第II節において概観したとおり,1940年代から1990年代にかけては,インセンティブに対する認知に着目した研究を中心に,インセンティブに関する研究の大半が確定インセンティブに対して肯定的,言い換えれば,不確定インセンティブに対して否定的であった。しかしながら,1990年代から現在にかけては,不確定インセンティブに対して肯定的な研究が増加しており,注目を集めるようになってきている。

不確定インセンティブに対して肯定的な既存研究の中でも,インセンティブに対する認知に着目した研究は,消費者の楽観性(optimism)が必ずしも望ましい報酬を獲得できるとは限らないという不確定インセンティブのリスクを抑制するため,不確定インセンティブも確定インセンティブと同様に消費者の行動を促進することができると主張してきた。

楽観性とは,多様な定義が存在しているが,代表的な捉え方としては,肯定的な結果を期待する傾向のことを指す(Scheier & Carver, 1985)。Ailawadia, Gedenk, Langer, Ma, and Neslin(2014)は,この楽観性のために,消費者は,肯定的な結果を獲得できる確率を過大に評価する一方で,否定的な結果を獲得してしまう確率を過小に評価すると主張した。こうした楽観性の要因の1つとなっているのは,消費者の自己評価(self-evaluation)である。まず,一般的に消費者は,自身の性格(character)や能力(ability)に対して肯定的に評価しているという(Greenwald, 1980)。そして,こうした肯定的な自己評価のために,消費者は,たとえ獲得できる報酬の内容が不確定である場合であっても,肯定的な結果を期待する傾向があるという(Taylor & Brown, 1988)。

既存研究では,実際にSPの文脈において,楽観性が消費者の不確定インセンティブに対する期待に及ぼす影響について分析されてきた。例えば,Goldsmith and Amir(2010)は,不確定インセンティブ(トリュフチョコレート1パック,もしくはチョコレートバー2本のいずれかを抽選によって獲得できる形態のインセンティブ)は,確定インセンティブ(トリュフチョコレート1パックを必ず獲得できる形態のインセンティブ)と同程度の訴求力を有しているということを見出した。また同様に,消費者は,獲得できる報酬の内容が不確定である場合,獲得できる報酬のうち最も望ましい値引き(Dhar, González-Vallejo, & Soman, 1999),および,最も望ましい無料クーポン(Mazar, Shampanier, & Ariely, 2016)を無意識のうちに期待するということが見出された。

2. インセンティブに対する感情に着目した研究

不確定インセンティブに対して肯定的な既存研究の中でも,インセンティブに対する感情に着目した研究は,不確定インセンティブが消費者に対してもたらす肯定的な感情が消費者の行動を促進すると主張してきた。

まず,獲得できる報酬の内容が不確定であるという不確実性は,興奮(excitement),驚き(suspense),および,それらからくる楽しさ(fun)といった肯定的な感情をもたらすという(cf. Abuhamdeh, Csikszentmihalyi, & Jalal, 2015; Bar-Anan, Wilson, & Gilbert, 2009; Lee & Qiu, 2009; Schultz, Dayan, & Montague, 1997; Vosgerau, Wertenbroch, Carmon, 2006)。そして,そうした肯定的な感情は,報酬を獲得するために,消費者が時間,金銭,および,労力といった自己の資源を投資するモチベーション(Touré-Tillery & Fishbach, 2014)を増加させるという(cf. Erez & Isen, 2002; Fishbach, Shah, & Kruglanski, 2004; Klein & Fishbach, 2014; Kuhl & Kazén, 1999; Shen, Fishbach, & Hsee, 2015)。さらに,肯定的な感情が想起される行動は,中立的な感情が想起される行動より選好されるという(cf. Czikszentmihalyi, 1990; Custers & Aarts, 2005; Ferguson, 2008; Fishbach & Choi, 2012)。

近年では,消費者が不確実性の解消を経験した際の心理的反応についても研究の焦点が合わせられている(Hsee & Ruan, 2016; Ruan, Hsee, & Lu, 2018; Shen et al., 2019)。例えば,Shen et al.(2019)は,不確定インセンティブを付与された消費者が製品およびサービスの初回購買の後に不確実性の解消(uncertainty resolution)を経験することに着目して,製品およびサービスの反復購買を促進するには,不確定インセンティブの方が確定インセンティブより有効であると主張した。

彼らによれば,確定インセンティブおよび不確定インセンティブは,消費者に対して認知的価値をもたらすという。ここでいう認知的価値とは,彼ら自身の用語によれば,報酬獲得効用(the outcome acquisition utility)であり,それは,それぞれ,確定インセンティブの場合には,消費者が必ず獲得できる報酬の価値のことを指し,不確定インセンティブの場合には,消費者が抽選によって獲得できる報酬の期待値のことを指す。両者の効用水準は,第II節において言及したとおり,不確定インセンティブの方が確定インセンティブより低水準となる。したがって,製品およびサービスの初回購買を促進するには,確定インセンティブの方が不確定インセンティブより有効である。

しかしながら,確定インセンティブが,消費者に対して認知的価値のみをもたらす一方,不確定インセンティブは,消費者に対して認知的価値に加えて感情的価値をもたらすという。ここでいう感情的価値とは,彼ら自身の用語によれば,不確実性解消効用(the uncertainty resolution utility)であり,それは,消費者が不確定であった報酬の内容を行動の後に知るという不確実性の解消を経験することによって覚える肯定的な感情のことを指す(Hsee & Ruan, 2016; Ruan et al., 2018)。不確定インセンティブを付与された消費者は,初回購買の前には,不確定である報酬の内容を知ることはできない。しかしながら,初回購買の後には,不確定であった報酬の内容を知ることができ,この不確実性の解消によって,感情的価値を獲得する。そして,反復購買に際して,消費者は,不確定インセンティブに対して認知的価値のみならず,感情的価値を期待するようになるのである。したがって,消費者が製品およびサービスの反復購買を行う際には,確定インセンティブが,認知的価値のみによって消費者の反復購買を促進する一方,不確定インセンティブは,認知的価値と感情的価値によって消費者の反復購買を促進する。そのため,Shen et al.(2019)は,製品およびサービスの初回購買を促進するには,不確定インセンティブの方が確定インセンティブより有効であると結論づけたのである。

以上,不確定インセンティブに対して肯定的な既存研究を,インセンティブに対する認知に着目した研究,および,インセンティブに対する感情に着目した研究に分けて概観した。第VI節においては,ここまでのレビューを踏まえた上で,今後のインセンティブに関する研究が進むべき方向性について議論したい。

IV. 今後の研究の方向性

以上のレビューを踏まえた上で,今後のインセンティブに関する研究が進むべき方向性としては,以下の2点が挙げられるであろう。

第1に,既存の研究潮流の拡大である。第II節および第III節において概観したとおり,インセンティブに関する研究は,今から80年以上も前から,消費者の行動を促進するという企業の目的に照らして,確定インセンティブと不確定インセンティブのうち,いずれが有効であるかということについて議論してきているが,統一的な見解は未だ得られていない。今後は,消費者の行動を初回購買と反復購買に区別し,確定インセンティブと不確定インセンティブがそれぞれ有効である場合を見出したShen et al.(2019)のように,確定インセンティブと不確定インセンティブがどのような場合に有効であるかということを特定することが望まれるであろう。

第2に,新しい研究潮流の形成である。これまで,インセンティブに関する研究は,確定インセンティブおよび不確定インセンティブを研究対象として取り扱ってきた。しかしながら,近年では,確定インセンティブにも不確定インセンティブにも分類することのできない,第3の形態のインセンティブが企業が実施するSPに導入されるようになってきている。そのインセンティブとは,確定インセンティブと不確定インセンティブを複合した形態のインセンティブである。例えば,2020年10月にQRコード決済サービスを提供する企業である楽天ペイが用いた,「楽天ペイで支払いを行うと,支払い金額の2%分のポイントを必ず獲得でき,さらに,10,000円分のポイントを抽選によって獲得できる」といったインセンティブが,この確定インセンティブと不確定インセンティブを複合した形態のインセンティブにあたる(cf. Rakuten Payment, Inc., 2020)。今後の研究では,このようなインセンティブをはじめ,これまで研究対象として取り扱われてこなかった形態のインセンティブの有効性を吟味することが望まれるであろう。

このように,インセンティブに関する研究には,多くの研究余地が残されており,今後の発展が期待される。マーケティング研究者には,確定インセンティブおよび不確定インセンティブのいずれを用いるか,という意思決定の課題を抱える企業に対して十分な示唆を与えるべく,本論が提示した今後の研究の方向性に基づいて,研究知見を蓄積することが求められているのである。

謝辞

本論の執筆に際して,慶應義塾大学商学部の小野晃典先生には,手厚いご指導を賜りました。ここに記して,心から感謝の意を表します。

森 直也(もり なおや)

2021年 慶應義塾大学商学部卒業,慶應義塾大学大学院商学研究科前期博士課程入学。論文“The Hybrid of Certain and Uncertain Incentives: The Reinforcing-Uncertainty Effect Revisited”にてKSMS International Conference 2019 Best Paper Award受賞。専門は,マーケティング論,とりわけセールス・プロモーション。

References
 
© 2021 The Author(s).
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