Quarterly Journal of Marketing
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Marketing Case
A Case Study of “The Very Hungry Caterpillar” Evolving from Picture Book into Brand:
Marketing Strategies Leading to Expansion of the Brand Market
Kaori Kato
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2021 Volume 41 Issue 2 Pages 90-99

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Abstract

本事例では,累計発行部数800万部を誇る大人気ロングセラー絵本「はらぺこあおむし」(エリック・カール作)がどのようにブランドとしてその市場を拡大していったのか,ブランド成長の変遷にそって要因を辿る。「はらぺこあおむし」は,日本では1976年に翻訳版絵本が出版された。しかし,ブランドビジネスはそれより遅れて2005年,ライセンスエージェントであるコスモマーチャンダイズィングがアメリカの企業と日本におけるエージェント契約を締結したことから始まった。今では約80社のライセンシーとともに様々な商品・サービスを提供するブランドに成長している。ライセンサーの方針の下,ライセンスエージェントとしてコスモマーチャンダイズィングのとってきたマーケティング戦略に注目しながら,ブランド市場拡大に導いた要因について考察していく。

Translated Abstract

This paper is a case study of how the popular picture book “The Very Hungry Caterpillar” by Eric Carle, which has an outstanding track record of a cumulative circulation of 8 million copies, has expanded its market as a brand, with examination of the factors associated with the brand growth. The translated picture book was first published in Japan in 1976. However, the brand business began much later, in 2005, when licensing agent Cosmo Merchandising signed an agent contract with an American company to represent them in Japan. Today it has grown into a successful brand through which about 80 licensees provide a variety of products and services to the market. The factors that led to expansion of the brand market included focus and consideration of the marketing strategies used by Cosmo Merchandising as a licensing agent under the policy of the licensor.

絵本『はらぺこあおむし』表紙

出典:株式会社偕成社

I. はじめに

絵本「はらぺこあおむし」はこれまで多くの人に読まれてきた。しかし最近では,絵本から認知したのではなく,ぬいぐるみやTシャツ,食器やステーショナリーなどグッズからはらぺこあおむしを知った人も少なくない。

はらぺこあおむしは,アメリカの絵本作家エリック・カール(Eric Carle)氏によって1969年に発刊された絵本である。子どもに興味を持ってもらうために施された仕掛けや,色彩の鮮やかさがエリック・カール氏の特徴である。現在,世界32か国で出版され,全世界累計発行部数は5,000万部を超えるベストセラー絵本として認知されている(Character Databank, 2019b)。日本では1976年に株式会社偕成社(以下,偕成社)より発行された。それから40数年たった今も変わらず人気を博している。絵本累計発行部数ランキングを見るとはらぺこあおむしは3位(図1)に位置している。さらに,年間販売部数は5位(図2)にランクされ,新作絵本や新鋭作家の登場にもかかわらず健闘が窺える。

図1

絵本の累計発行部数ランキング(2019年9月時点)

出典:出版月報2019年9月号より筆者作成

図2

児童書ここ1年間の売れ行き良好書「絵本」2018年9月~2019年8月

出典:出版月報2019年9月号より筆者作成

シリーズ作品は最新刊の発行年月を表示

はらぺこあおむしのブランドビジネスは,2005年からライセンスエージェントの株式会社コスモマーチャンダイズィング(以下,コスモ社)により展開されている。おなかを空かせたあおむしのキャラクターをブランドとして,様々な企業にライセンスすることにより,商品,サービスを市場に送り出してきた。

ブランドライセンスは,ブランド保有者である企業が製品・サービス等を特徴づけるために用いる名前,色彩,マーク,キャラクターなどブランドの使用を他社に許可し,その対価として使用料を得ることである。未着手のカテゴリーや地域を対象とすることが多く,既存ブランドの活用が新規参入の障壁を低くする。さらに他社との協業を通じて,ブランドの認知や連想の高度化も期待できる(Ishii, Kuriki, Shimaguchi, & Yoda, 2013)。

しかし,はらぺこあおむしと同様に販売数の実績もあり,認知度が高いと考えられる絵本すべてがブランドビジネスに参入できているわけではない。販売数は認知度の指標になるかもしれないが,絵本からブランドビジネスへ事業を拡大している絵本は限られている。

そこで,本ケースでは,コスモ社およびライセンシーへのインタビュー調査と二次データの検証に基づき,ライセンスによってブランド構築を実践するはらぺこあおむしがどのように市場を拡大してきたのかマーケティング戦略の変遷に着目し,その要因を探っていく。

II. ブランドの概要

1. 絵本『はらぺこあおむし』

『はらぺこあおむし』の作家エリック・カール氏は,グラフィックデザイナーとして活躍していた1968年にはボローニャ国際絵本原画展グラフィック賞を受賞するなど,絵本創作に専念し,数多くの作品を手掛けていた。その中でも,『はらぺこあおむし』は,エリック・カール氏の出世作として知られている。おなかを空かせた小さなあおむしが,おなかいっぱい食べて最後はきれいな蝶になるという,とてもシンプルなストーリーだ。

原書製作に関する興味深い逸話が残されている。絵本創刊の前年のことである。『はらぺこあおむし』は,ページサイズが均一ではなく,さらに各ページに穴が空いた変わった仕様であった。製作にコストが嵩んでしまうため,アメリカでは出版社を見つけられずにいた。ところが,『はらぺこあおむし』のラフスケッチを見た偕成社の当時の社長今村廣氏が,それを気に入り,印刷と製本を一手に引き受けると申し出た(Hakusensha, 2017)。それにより原書である「THE VERY HUNGRY CATERPILLAR」は日本で印刷,製本され発売へと繋がったのである。『はらぺこあおむし』はアメリカ発の絵本であり,日本語化されたのはその後ではあるが,原書はもともと日本で製作されていたのである。日本語版はシリーズ累計発行部数800万部に達している(Character Databank, 2019b)。

エリック・カール氏は,親日家としても知られる。来日中には多くのインスピレーションを日本の文化から受けた,とインタビューで答えている(Hakusensha, 2007)。さらに,アメリカ・マサチューセツ州にあるエリック・カール絵本美術館は,安曇野ちひろ美術館をはじめとする日本の絵本美術館を参考に設立された。「日本は,私にとって深い意味を持つ国」(Hakusensha, 2017)とエリック・カール氏が語るように,はらぺこあおむしは,日本との深いつながりと独自の戦略に支えられてブランドへと進化を遂げたと言える。

2. コスモ社とはらぺこあおむし

日本ではらぺこあおむしのライセンスビジネスを行っているコスモ社は,現在(2021年1月現在)の相談役石田哲郎氏が1984年に設立したライセンスエージェントである。『レオ・レオーニ』作品,『がまくんとかえるくん』,『こぐまちゃん』など国内外の絵本を中心に,様々なブランド育成を実現してきた。営業・マーケティング,クリエイティブ,管理のスタッフ14名の社員で構成されたコスモ社は,決して大きいとは言えない企業規模で運営されている。石田氏は設立当初,海外のライセンスショー,ブックフェア,トイフェアなどの各業界の展示会にブランドを探すため,しばしば足を運んでいた。石田氏の地道な努力の甲斐もあり,2000年頃には海外のライセンサーから一目を置かれるようになっていた。石田氏が展示会を訪れると,海外のライセンサーより日本でのエージェントにならないか,と打診を受けることも多くなっていたのであった。

そんな中,石田氏は,はらぺこあおむしの全世界でのライセンスエージェントとして活躍していたアメリカの企業より日本におけるエージェントの打診を受ける。最初提案を受けた時,海外絵本を幼少の頃に読んでいなかった石田氏は,全くはらぺこあおむしのことを知らなかった。さらに,あおむしのような昆虫のキャラクターは商品化に向かないとさえ思った。しかし,日本へ帰国後,はらぺこあおむしのエージェントの打診を受けたと社内で相談すると,絵本が日本でも大変有名であり,ブランド展開するべきだという意見が多数を占めた。社内での高評価に後押しされ,2005年8月,日本におけるエージェント契約を締結する。偕成社へは,エージェント契約締結後,ブランドビジネススタートの挨拶のために訪問した。そこから日本でのはらぺこあおむしのブランドビジネスが始まった。

III. マーケティング戦略の変遷

1. 導入期(2005年~2012年頃):大人の女性をターゲットに

ブランドビジネスをスタートするにあたり,コスモ社は,はらぺこあおむしのブランド力を計りかねていた。絵本としては販売実績もあり認知度も確認できている。しかし,絵本以外のカテゴリーでは実績もなく,ブランドとして知名度は低いと考えていたのである。様々な検討を重ねたすえ,ターゲットを「(20~30代の)大人の女性」と設定した。絵本の対象読者は4歳以上と設定されている。つまり,親ブランドである絵本のターゲットは「未就学児の子ども」だ。しかし,コスモ社はあえて大人の女性をターゲットとすることを選択した。ブランド力は不明確である中,ターゲットを大人の女性とした理由は三つあった。

一つ目は,未就学児の子どもをターゲットとすると,人気も実績もある多くのアニメキャラクターと競合することになり,はらぺこあおむしが市場参入を試みる時の高い参入障壁になることが予想されたからだ。コスモ社は,過去,子どもをターゲットとするブランドの取り組みに何度も挑戦していた。しかし成功した試しがなく,テレビや映画などの背景を持つアニメキャラクターと戦うのは至難の業だと実感していた。二つ目は,絵本の初期の読者をターゲットとしてブランド育成することが可能であると判断したことである。当時,はらぺこあおむしは絵本発売より約30年が経過していた。絵本を子どものときに読んだ世代が成長し,20代から30代の自らが親になるタイミングに差し掛かっていた。三つ目は,コスモ社がエージェントとして扱っていた絵本ブランド『オリビア』や『リサとガスパール』も大人の女性をターゲットにブランドビジネスを行っていたことである。石田氏によると,当時,絵本ブームと言われ,絵本をファッションのように持ち歩く女性が話題になっていたという。特に,コスモ社が手がけたリサとガスパールは,はらぺこあおむしがスタートを切る2005年には,25億円の市場を築くブランドに成長(Character Databank, 2006)していた。そのため,リサとガスパールのブランドビジネスを通して得た,経験,知識,ノウハウなどを生かした戦略を取ることが有効だと判断されたからだ。

しかし,ターゲットを大人の女性とすることに,アメリカ側からすぐに同意は得られなかった。彼らにとって絵本は子どものためのものであり,ブランド展開も子どもを対象に行わなければならないという方針を取っていたからである。一般的に,絵本のようにキャラクターを主な構成要素とするブランドは,子どもをターゲットとして展開されることが主流となっている。石田氏はその事情を理解したうえで,日本市場で子ども向けブランドを新たにスタートさせ育成していく難しさを説明した。自身のこれまでの経験,そしてリサとガスパールでの事例を挙げて,根気強く交渉を行ったのである。その甲斐もあり,完全ではないまでも,大人の女性をターゲットとすることへの一定の了承を得ることができたのであった。

親ブランドである絵本とはターゲットが異なる戦略を取り,はらぺこあおむしはまず5社の企業とライセンス契約を締結し,ブランドビジネスをスタートさせた。エリック・カール氏の特徴でもある,鮮やかな色彩とコラージュ技法を表現した商品開発が推進された。絵本のアートをそのまま表現した各商品はデザイン性が高く,ステーショナリー(学研ステイフル:図3),ぬいぐるみ(サン・アロー:図4),食器(ニッコー)など生活活雑貨を中心に構成された。

図3

2006年6月発売ステーショナリー

出典:株式会社学研ステイフル提供

図4

2006年7月発売ぬいぐるみ

出典:株式会社サン・アロー提供

コスモ社では,購買年齢が比較的高い生活雑貨のカテゴリーでは,一度商品化がスタートすると安定的かつ,長期的な展開ができると分析していた。石田氏も「はらぺこあおむしは,その世界観との親和性が高い商品が増えてきた」と,当時のインタビュー(Character Databank, 2012)に答えている。2010年頃のはらぺこあおむしのライセンス商品市場は10億円前後を横ばいに推移しており,この実績はコスモ社では,及第点の評価とされていた。しかし,2010年代に入りターゲットの再検討が始まった。これまでの大人の女性というターゲットを親ブランド(絵本)のターゲットである未就学児にも広げていくというのである。

2. 成長期(2012年~2015年頃):未就学児へのターゲット拡張

ターゲット拡張の背景には,2014年の絵本誕生45周年を控え,アメリカ側が当初から掲げる「子どもへの注力」という世界的な方針があった(Character Databank, 2014)。一方,コスモ社も大人の女性をターゲットに市場を拡大してきたが,ここにきて市場の成長が鈍化を示すようになっていた。そこで,安定的成長を支えてきた大人の女性市場は維持したまま,未就学児向け商品の拡充を目指すことになった。

最初にコスモ社が着手したのは,海外商品の輸入である。ターゲット拡張を実現するために,そのターゲットに合わせた商品開発を担う新規ライセンシーを見つけなければならない。それはコスモ社にとって,新規ライセンシー獲得および市場開拓という探索コストを伴うことを意味し,未知な市場でどのような商品が消費者に受け入れられるのかも不透明な不確実性を含んでいた。そこでコスモ社は,海外市場ですでに販売されている商品に注目した。海外では子どもターゲットにブランドビジネスが展開されており,絵本以外の様々な商品がすでに販売されていた。それらの実績のある商品をベースに日本でも市場を形成していくことが,子ども向け市場を短期間で創出し,不確実性の低減になると考えられた。

ベビー用品の製造・販売および輸入品の販売に実績のある株式会社日本育児(以下,日本育児)を海外商品輸入のパートナーとした。そして,日本で販売すべき商品の選定のために,海外のトイショーをコスモ社と日本育児で訪問することから始めた。最終的には数社の海外企業との取引を決定し,日本育児が輸入商品のライセンシーとなることで,海外の子ども向け商品が日本で販売できることになった(図5)。コスモ社は,日本育児の販売力と売り場構築の能力を高く評価していた。日本育児は海外商品でまずベビー・キッズ専門店など,子ども向け商品と親和性が高い小売店で売り場を形成していった。

図5

アメリカから輸入された最初の商品

出典:株式会社日本育児提供

次にコスモ社は,日本育児と他のライセンシーの連携を図った。日本育児によって形成された子ども向け新販路へ,海外輸入商品だけでは補えない日本で新たに開発される商品の導入を計画したのである。日本育児によって輸入された海外商品と,新たに開発された新規ライセンシーの商品によって「売り場を作る(実績)→ライセンシー同士をつなぐ(ネットワーク)→さらに販路を広げる(市場拡大)」というサイクルを繰り返した。よだれかけ,エプロン,靴下などのアパレル(ナカタ),ハンカチ,ナフキン(ニシオ),歯ブラシ(歯愛メディカル),ワッペン,ネームラベル,プリント生地(コッカ)などがこの時期に開発され,それにより,着実に市場が形成された。2012年はライセンシーの数は40社,2013年には45社を数えるまでになっていた。

そして,2014年はここ数年のターゲット拡張の取り組みが功を奏する年となった。2014年の市場規模は,前年比240%に拡大した。特にアパレルカテゴリーの貢献が大きくアパレルだけで前年比12倍を記録したのである。Tシャツ専門店「Design Tshirts Store graniph」(グラニフ)でメンズ,レディスからキッズまで,家族で楽しめるラインナップを展開できたことが売り上げに直結し,さらにその露出効果が,ファミリーイメージの定着に繋がった。これは,当初のターゲットであった大人から,ここ数年の課題としてきた未就学児までにターゲットが拡大したことを意味していた。また,ベビー・キッズアパレル(ナカタ)の量販店での展開が好調に推移した。アパレルの好調を受けて,アパレル以外の未就学児向け商品の需要も増加,大手GMSやベビー・キッズ専門店(西松屋,トイザらスなど)などターゲットに合致した販路が確立されていった(Character Databank, 2015)。

はらぺこあおむしは,海外商品の輸入を足掛かりに,アパレルカテゴリーがドライバーとなり,大人の女性市場を維持したまま,未就学児向け商品の拡充とそれらの商品に適した販路の開拓でターゲット拡張を実現させたのである。そのターゲット拡張の根幹にあるのはコスモ社の販路を重視するマーケティング戦略である。コスモ社は,ブランド育成において販路を重要な要因だと捉えている。しかし,ブランドライセンスでは販路の決定はライセンシーが最終的な意思決定者だ。コスモ社の意に反する販路ではらぺこあおむし商品が販売される可能性がある。それゆえ,コスモ社はブランド戦略を確実に実行するため,ライセンシーの選択は慎重を期す。コスモ社が考える基準を満たさない企業とは契約を締結しないのである。

コスモ社は,新たに参入したライセンシーと既存のライセンシーを結び付け,さらに商品開発や販路拡大を活性化させる。コスモ社は各ライセンシーとの関係をダイアディックな関係として考えるのではなく,ライセンシー間の横のつながりを重視したネットワークとして捉え,企業間の関係性を重視している。石田氏は,ライセンシー同士がネットワークを形成するために自身のとる行動を「combine(結び付ける)」と表現する。コスモ社とライセンシーがつながり,さらにライセンシー間を結び付けることをイメージしている。ブランド戦略を共有し,ライセンシーとの共同での取り組みが重要だという。

3. 成熟期(2015年~現在):イベントが果たす意味

2015年頃から,コスモ社は「消費者との接点」を次の課題(Character Databank, 2016)と考えるようになっていた。これまで商品拡充と販路開拓による市場拡大でターゲットを広げ,ブランドの成長を図ってきた。さらに,消費者との接点となるイベントの重要性を感じていたのである。原画展などの展示会は以前より開催されてきたが,それに加え,期間限定の物販催事,世界観を表現したカフェなどの多彩なイベントが,商品販売の機会となるだけでなく,ブランドを経験する場としても効果的であると想定されたからだ。

ブランド経験は,顧客満足やロイヤリティに影響(Brakus, Schmitt, & Zarantonello, 2009)を与えると言われる。ロイヤリティを形成,維持することは,ブランドにとってマーケティングコストを削減し,既存顧客をつなぎ留め,競争業者に対する参入障壁となりえる(Aaker, 1991)。顧客が経験を通じ,見聞きし,感じ,知りえたものがブランドの力であり,それは,顧客のマインドに何かを残すこと(Keller, 2013)なのである。

コスモ社はイベントの規模や種類に多様性を持たせ,いくつもイベントを実施した。2016年は「はらぺこあおむしわくわくガーデン」「はらぺこあおむしマーケット」と称する期間限定の物販催事を継続的に実施,2017年からは全国を巡回する原画展「エリック・カール展」も開催された。さらに,2018年は期間限定の「はらぺこあおむしカフェ」(サンデーブランチ銀座店)の展開,パンケーキショップ「J.S.PANCAKE CAFE」とのコラボレーションメニューの開発も行った。そして,2019年のはらぺこあおむし誕生50周年の年には,世界ツアーを繰り広げるパペットショー「はらぺこあおむし」が日本でも上演された。また,全国の幼稚園・保育園を対象に,「はらぺこあおむしフォトコンテスト」を開催し50周年を祝う写真を募集,エリック・カール氏も審査に参加した(Character Databank, 2017, 2018)。これらの多彩なイベントの開催は,子ども,ファミリー,大人の女性など,セグメントされたそれぞれのターゲットに対して,はらぺこあおむしを経験する機会となった。

こうして2018年には,はらぺこあおむしは,約80社のライセンシーが60億円の市場を形成するブランドに成長した(Character Databank, 2019a)。商品の充実と販路の拡大,そして様々なイベントを開催しながら,はらぺこあおむしはさらなる成長を続けている。

IV. 考察

以上,はらぺこあおむしのマーケティング戦略の変遷について見てきたが,改めて,他のブランドと差別化し,ブランド成長に繋がった要因を簡単に整理しておこう(図6)。

図6

はらぺこあおむしSTPフレームワーク

出典:Ikeo(2010)を参考に筆者作成

まず,標的市場について,コスモ社はその設定を2段階で行った。導入期は,大人の女性をターゲットとし,市場創出に専念した。確実に市場を形成するため,競合ブランドが存在する市場への参入を避け,自社内の資源(ノウハウなど)を活用することが可能となるターゲットを設定した。その後,成長期以降は,親ブランドである絵本のターゲットに合わせ未就学児へターゲットを拡張させた。

次に,ポジショニングについて考える。独自性と優位性を発揮するように価値の提供をしなければならず,いかなる価値を(提供価値),いかなる方法で提供する(提供方法)かという事がポジショニングで求められる(Ikeo, 2010)。はらぺこあおむしの提供価値はターゲットが異なっても,時間が経過しても変わらず一貫している。絶対的な発行部数に支えられた認知度と鮮やかな色彩とコラージュによるデザイン性の高さだ。一方,提供方法はブランドの成長にそって3つの施策を取っている。導入期は,これまで他のブランドで培ってきた経験,知識,ノウハウを活用した。ライセンシーの選択,商品カテゴリーや販路の決定など,彼らが他のブランドで実績を上げてきた前例に倣った施策を取った。成長期は,商品拡充とその商品に適した販路の開拓が行われた。それを実現させるため,ライセンシー間のネットワークの形成やその働きかけによるライセンシーとの関係性の構築が進められた。成熟期は,様々な形式のイベントを開催しブランドを経験する機会を創出した。イベントでのブランド経験を通して価値を実感し,さらに価値を生み出すものとして作用させたのである。

これら知識,ノウハウや企業間の関係性は,経営資源のひとつとして考えられている。提供方法が他社からの模倣が困難な独自資源や能力に基づくものであるほど,競争優位性の基盤として働く(Ikeo, 2010)ことができるのである。

V. おわりに

最後に,コスモ社のマーケティング戦略からブランドライセンスによるブランド構築について,実務的インプリケーションを二つ提示したい。

一つ目は,目に見えない経営資源を活用することの有効性である。コスモ社は小規模で運営されているライセンスエージェントであり,決して経営資源が豊富にあるとは言えない。ブランド認知度向上のために,広告宣伝費を大量投下するような取り組みも行わない。彼らは,これまで社内に蓄積してきた知識,経験,ノウハウからマーケティング戦略を立案し,ブランド構築のパートナーであるライセンシーとの関係性を重視する。経営資源はカネ(財務的資源)だけではない。本ケースは,知識,ノウハウ,他社との関係性など,独自の目に見えざる資源を活用することよりブランド育成が可能となることを示唆している。

二つ目は,絵本のブランド化の可能性である。はらぺこあおむしは,絵本から生まれたブランドである。出版市場は縮小傾向が続いているが,その中でも絵本分野は健闘している。2018年の出版市場は前年比3.2%減であるが,絵本は,前年比0.3%増とプラスを示した(Zenkokusyuppankyoukai, 2019b)。ベストセラー絵本は数多く存在するが,ブランド化に成功している絵本は数少ない。絵本をブランドとして展開することが,市場環境の変化に影響され,喫緊の対応を迫られている出版関係者にとって,ブランドビジネスが新事業となる可能性を示している。そして,そのブランドビジネスの成功は,親ブランドである絵本を息の長い展開へと導いていく。

謝辞

本ケースの執筆にあたり,株式会社コスモーチャンダイズィング相談役石田哲郎氏,代表取締役会長小杉勉氏およびスタッフの方々に多大なるご協力をいただいた。また,株式会社キャラクター・データバンク代表取締役社長陸川和男氏にはキャラクター市場に関するインタビュー,資料提供に快くご対応いただいた。この場を借りて厚くお礼を申し上げたい。

加藤 薫(かとう かおり)

東京都立大学大学院経営学研究科博士後期課程在籍。奈良女子大学文学部卒業後,出版社,IT会社,音楽会社,外資系ライセンス会社等で勤務。首都大学東京(現,東京都立大学)大学院経営学研究科博士前期課程修了(修士)。

References
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