Quarterly Journal of Marketing
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Book Review
Kikumori, M. (2020). Electronic Word of Mouth and Consumer Behavior. Tokyo: Chikura Shobo. (In Japanese)
Kazuyo Ando
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2021 Volume 41 Issue 2 Pages 100-102

Details

I. はじめに

筆者の菊盛真衣准教授(立命館大学経営学部)は,eクチコミについて,「筆者の知的好奇心を駆り立て続けている」とあとがきに記している。その言葉にあるように,筆者は,大学学部時代から今日に至るまでeクチコミ研究に精力的に取り組み,消費者行動に与える影響を明らかにしてきた。2020年に刊行された本書は,そうした研究の成果をまとめた研究書である。

本書ではeクチコミを「インターネットを介して,見知らぬ他人が発信するクチコミ」と定義づけている。そしてその特徴は,複数の情報源から発信された正と負,それぞれのクチコミを,1つのウェブページ上で同時に受信することができることにあると筆者は考えている。従来の研究ではこうしたeクチコミの特徴に十分に注意が向けられておらず,「異なるバレンス」の「複数」のクチコミを「同時」に受信することで,消費者の製品評価や情報処理行動に及ぶ影響が十分に解明されていないことが,残された研究課題であるとしている。

数少ない先行研究において,多数の正のeクチコミに負のeクチコミが(10%から20%程度)含まれることで,クチコミサイトへの態度やクチコミに対する信頼度が高まることが示されている。しかし,そうした影響が生起する条件の解明には至っていないため,本書では,製品,クチコミ内容,受信者,環境といった特性がもたらす調整効果を確認し,効果の内容を解明することに取り組んでいる。加えて,正と負,異なるバレンスの,複数のeクチコミに接することで,同一ページ上での情報探索を促進するのか,中止するのか。そうした現象の検証と条件の解明にもあたっている。

改めていうまでもなく,今日の情報環境において,eクチコミは消費者の購買意思決定に影響を与えており,実態に即した条件下で消費者行動にもたらされるeクチコミの影響を検証し,理解を深めることは,学術的知見を提示するにとどまらず,実務的な貢献にもつながるものである。

II. 構成と概要

本書は11の章から構成されている。第1章では目的や問題意識,研究課題について提示している。第2章ではeクチコミだけではなく,対面でのクチコミに関する既存研究をレビューし,成果と課題について論じている。その結果,抽出された研究課題は,冒頭で述べたとおりである。そして第3章から10章において個別課題を設定し解明に取り組んでいる。第3章から第9章では製品評価におよぶ影響が,第10章では情報処理におよぶ影響が検証されている。そして最終章である第11章で成果を振り返り,まとめとしている。

最初に,正のeクチコミだけでなく負のeクチコミが存在することが,受信者の製品評価にプラスの影響を与える条件の解明に取り組んだ。第3章では対象製品の種類(快楽財と実用財),第4章ではクチコミ・メッセージの訴求内容の種類(属性中心的と便益中心的)と受け手の特性(専門性の高・低),第5章では環境特性としてのプラットフォームの種類(マーケター作成と非マーケター作成)に注目し,検証が試みられた。その結果,対象製品が快楽財である場合,専門性の高い受信者が,訴求内容が属性中心的なメッセージを読む場合,そしてマーケター作成のプラットフォームである場合に,負のeクチコミの割合が0%あるいは40%の場合より20%の場合において,製品評価が高くなることがわかった。

続いて,負のeクチコミの掲載位置(先頭・ランダム・末尾)によって,eクチコミの正負比率の影響が調整されるのかが調べられた。第6章では,対象が快楽財である場合の製品評価が検証され,第7章では,受信者の専門性が高く,属性中心的なクチコミを読む場合の製品評価が検証されている。いずれの場合においても,負のeクチコミがまとめて先頭に掲載されているときのほうが,まとめて末尾に掲載されるときより,消費者の製品評価は高まることを仮定し,支持する結果を得た。先行研究では,情報の順番効果について相反する2つの効果が示されている。最初の情報の影響が大きいとする「初頭効果」と,最後に与えられた情報を記憶しやすいとする「親近効果」である。eクチコミを閲覧する消費者は,クチコミ対象製品に関心を抱き,クチコミ情報を処理する動機を持ち合わせている。連続的に掲載される情報を続けて処理することが想定されるため,「初頭効果」より「親近効果」のほうが生起しやすいためではないかと,筆者は述べている。

第3章から第5章では,負のeクチコミの存在が製品評価にプラスの影響をもたらす条件を調べた。一方,第8章・第9章では,負のeクチコミの存在が製品評価を高めるのではなく,負のeクチコミの存在が製品評価を低める影響を抑制する条件を見出すことに取り組んだ。言い換えると,増加割合に伴う評価の低下を抑制する条件の解明である。その結果,対象製品が探索財である場合と,受信者がブランドに精通している場合に,負のeクチコミのマイナスの影響が緩和されることを見出した。その理由について,品質を事前に評価できる探索財の場合,他人のeクチコミに頼らなくても自身で情報取得できるため,限られた数の負のeクチコミの影響を受けにくい。他方で経験財において,購買前に品質評価を自力で行えないため他者のeクチコミを受け入れやすく,影響も大きくなるのだと筆者は仮定している。

最後に,第10章では,eクチコミの正負のばらつき(大:正負5対5と小:正負9対1)とクチコミ・メッセージの訴求内容の種類(属性中心的と便益中心的の比較)が情報探索意図に与える影響が検証されている。便益中心的情報は主観に基づく評価であるのに対し,属性中心的情報は属性にまつわる事実に基づく評価であるため,前者より後者のほうが発信者によるばらつきは小さくなることが想定される。したがって,便益中心的情報のばらつきが大きい場合に読者は,自身の価値基準に照らし合わせて判断するため,情報探索意図を高める一方で,属性中心的情報のばらつきが大きい場合に読者は,発信者の信頼性に疑問をもち,情報探索意図を低めると筆者は仮定した。検証結果は仮説を支持するものであった。以上のとおり,先行研究を基に設定された仮説は概ね支持された。

III. 本書の貢献と課題

既に述べてきたとおり,本書の貢献は,クチコミの正負比率に焦点をあてて,受信者の対象評価への影響を丹念に確認したことにある。同一ウェブサイトにおいて,10%から20%の負のクチコミが正のクチコミに混在していることが受信者の態度にプラスの影響をもたらすことが,先行研究で示されていたが,本書の研究においても一貫して,20%の負のクチコミの存在が製品評価に正の影響をもたらすことが確認された。

こうした影響は,単一発信者のクチコミの正負比率においても同様に認められるのだろうか。Keller and Fay(2012)によれば,オンライン上のクチコミにおいて,正負混合のクチコミが全体の15%を占めるという。また全体の11%は中立のクチコミであることも示されている。正負混合のクチコミにおいて中立のクチコミは受信者に影響しないのだろうか。

また対面クチコミではどうなのだろうか。単一発信者が正と負,両方の内容を含むクチコミを発信することはしばしばある。中立的なコメントを加えることもよくあることだ。さらにいうならば,日常的なグループでの会話において正と負,異なる意見を持つ人々から同時に意見を聞くことも珍しいことではない。本書で得られた知見はeクチコミ特有のことなのか,対面クチコミにも展開可能なものなのか,興味深いテーマではないだろうか。クチコミのバレンスの影響を正か負かの2軸で検討することに異を唱える本書の今後の研究課題にこれら課題を含めてはどうだろうか。

負のeクチコミが消費者の製品評価を高める効果,および製品評価を低める影響を抑制する効果等の条件を提示したことも,本書の貢献である。先行研究を丁寧にレビューし,消費者の心理や行動の特性に注目し仮説を設定している。例えば本書では,受信者の覚醒水準や評価帰属に影響することで,正負比率が製品評価に異なる影響を与えると仮定している。今後の研究において,仮定した消費者心理を測定することで,影響のメカニズムを実証的に検証することを期待したい。eクチコミの正負比率の影響がより正確に,具体的に描き出されると考える。こうしたことが,本書が今後に残した課題として指摘されるであろう。しかしこれら課題は本書の貢献と価値を少しも損ねるものではなく,むしろ,今後の課題を浮き彫りにしたのは本書の貢献の一つと見なすことができる。

クチコミ研究が実務に果たす貢献の難しさは,クチコミの特性にある。クチコミは消費者の自発的な行動であり,企業や第三者には管理不能である。他方でeクチコミに接した消費者の心理や行動を理解することができれば,対応策の検討が可能になるだろう。今後も著者がクチコミ研究に取り組まれ,発展に貢献されることを期待したい。

References
  • Keller, E., & Fay, B. (2012). The face-to-face book: Why real relationships rule in a digital marketplace. New York: Simon and Schuster.(澁谷覚・久保田進彦・須永努(訳)(2016).『フェイス・トゥ・フェイス・ブック』有斐閣)
 
© 2021 The Author(s).
feedback
Top