Quarterly Journal of Marketing
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Review Article / Invited Peer-Reviewed Article
Consumer Sense of Power:
Five Research Streams
Jue Wang
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2022 Volume 41 Issue 3 Pages 57-64

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Abstract

消費者の認知,感情,行動に広く影響を与える重要な心理状態を示す概念として,勢力感という概念がある。近年,消費者勢力感の影響に関する研究が徐々に増えてきている。しかしながら,当該領域全体の俯瞰的なレビュー論文はまだ存在しない。そのゆえ,消費者勢力感に関する既存研究の知見を整理し,今後の研究課題を明らかにすることは重要なことである。本稿は,消費者勢力感に関する既存研究を(1)勢力感と補償的消費,(2)勢力感と広告コミュニケーション効果,(3)勢力感と観光,(4)勢力感とSDGs,(5)勢力感と社会的過密という5つの研究潮流に分けて概観する。その結果,今後の研究課題として,(a)補償的WOMの検討,(b)広告の掲載場所と広告の視覚的要素への注目,(c)過密環境セッティングの多様性の探究を抽出する。

Translated Abstract

As an important psychological state, the sense of power has a widespread impact on consumers’ cognition, emotion, and behavior. In recent years, there has been a gradual increase in research on the impact of consumer sense of power. However, despite this growing literature, there has been no systematic review of work in this field. Therefore, there is a need for organization of previous research findings and clarification of future research topics. This paper reviews previous research based on the following five streams: (1) sense of power and compensatory consumption, (2) sense of power and communication effects of advertising, (3) sense of power and traveling, (4) sense of power and sustainable development goals (SDGs), and (5) sense of power and social crowding. The paper proposes that future research should (a) examine compensatory word of mouth (WOM), (b) focus on the location and visual elements of advertisements, and (c) consider the diversity of crowded environment settings.

I. はじめに

勢力感とは,人が自分の持つ価値がある資源を用いて他者に影響を与えること(Keltner, Gruenfeld, & Andersson, 2003)や他者からの望まぬ介入を遮断することができると感じている心理的状態を指す(Weber, 1922)。勢力感研究は,初期には主に政治学,社会学,心理学などの分野で行われていた(cf. Galinsky, Rucker, & Magee, 2015)。消費者行動分野での勢力感研究は,より最近におけるRucker and Galinsky(2008)の消費者勢力感と商品選好に関する実証研究を源流に持つ。この研究は,地位商品に対する支払意図について,勢力感の高い消費者より,勢力感の低い消費者のほうが,水準が高いということを示した。その後の消費者行動研究を概観すると,勢力感は,消費者の商品選好(e.g., Dubois, Rucker, & Galinsky, 2012; Rucker & Galinsky, 2008),広告情報処理(e.g., Dubois, Rucker, & Galinsky, 2016; Newton, Newton, & Wong, 2017),ブランドスイッチ(e.g., Jiang, Zhan, & Rucker, 2014)などの様々な消費者行動に影響を与えると主張されている。しかしながら,当該領域全体の俯瞰的なレビュー論文はまだ存在しない。

本稿が消費者勢力感に関する研究のレビューを行うに際して,まず,マーケティング領域,管理学,社会心理学に関する消費者勢力感に関連する文献に対して計量書誌学分析を行った。テータは,Web of Scienceから取得した。「consumer」と「power」という2つのキーワードで検索をかけ,2007年から2021年までに収録されたデータから,トヒック検索を行った。無関係な主題の文献と無関係の領域の文献を取り除く一方,引用関係に基づいて検索範囲以外の文献を加えた結果,53件の文献が抽出された。これらの文献に対してCiteSpaceを用いて共引用クラスター分析を行った(Tan, 2020)。分析の結果,他と重複しているクラスター8およびクラスター11を除くと,11個のクラスターが生成された(図1)。

図1

共引用クラスターマップ:タイムラインビュー

本論においては,この11個のクラスターのうち,文献数の多いクラスター0からクラスター4までの4つのクラスターに注目しつつ,クラスター1(power shape consumer behavior)は,それに似たクラスター10(product size)をまとめて,研究潮流(1)「勢力感と補償的消費」として取り扱う。クラスター0(audience power)は,研究潮流(2)「勢力感と広告コミュニケーション効果」と研究潮流(3)「勢力感と観光」に分割して取り扱う。クラスター3(portion size preference)は,それに似たクラスター12(green consumption)をまとめて,研究潮流(4)「勢力感とSDGs」として取り扱う。最後に,クラスター2(social distance)は,単体で,研究潮流(5)「勢力感と社会的過密」として取り扱う。残りのクラスター4,5,6,7,および9は,論文数が少なく,かつ,上記の主要クラスター群と統合して取り扱いにくいため,今回のレビューから除外する。以上は,図2にまとめられるとおりである。

図2

研究潮流

II. 研究潮流①:勢力感と補償的消費

第1の研究潮流は,勢力感と補償的消費である。基本的欲求が満たされない時,消費者は,現状と欲求の一貫性を追求するために,別の行動をとって補おうとする。この行動は,「補償的消費」と呼ばれる(Gronmo, 1988)。なお,このときの消費には,実際の消費(食品を食べること,服を着ることなど)だけでなく,特定の商品への嗜好も含まれている(Rucker & Galinsky, 2013)。ここで,人間の基本的欲求の1つとして,自己および周囲の他者,および外的環境を統制したいというコントロール欲求(Rotter, 1966)が挙げられる。この欲求は,勢力感の低下(Fiske & Dépret, 1996)や自由の喪失(Levav & Zhu, 2009)などの理由で満たされなくなる場合がある。このような場合,消費者は,「補償的消費」をとる。既存研究によると,勢力感の低下は,(1)地位商品への嗜好,(2)大型商品への嗜好,(3)豊富な選択肢への嗜好という3種類の「補償的消費」を引き起こすという。

1. 地位商品への嗜好

Rucker and Galinsky(2008, 2009)は,勢力感が消費者行動に与える影響を検討するために実験を行った。実験の結果,地位商品(例えば,シルクネクタイや,ファーコート)に対する支払意思について,勢力感の高い消費者,および統制群よりも,勢力感の低い消費者のほうが,水準が高いということが示された。また,商品の地位を強調する広告への態度について,勢力感の高い消費者,および統制群よりも,勢力感の低い消費者のほうが,水準が高いということも見出された。彼らは,さらに,その背後にある心理メカニズムを解明した。すなわち,第1に,低勢力感は,忌み嫌われるべき心理状態なので,勢力感の低い人は,この低勢力感を補償するように動機づけられる。第2に,地位は,勢力の基盤の1つなので,地位を獲得したり示したりすることは,勢力感を回復するための手段となりうる。第3に,商品は,その所有者のアイデンティティに関する情報を伝えるので,地位商品は,所有者の地位を示すことができる。したがって,勢力感の低い消費者は,地位商品を嗜好することによって,低勢力感という心理状態から逃れることを望む。しかし,この傾向は,勢力感の低い消費者が自分のために地位商品を購入した場合に限って見られる。他者のために地位商品を購入する場合には,支払意思について,勢力感の低い消費者と勢力感の高い消費者の間に差は見られなかった(Rucker, Galinsky, & Dubois, 2012)。

さらに,この傾向は,「勢力への着目点」にも影響する。Rucker, Hu, and Galinsky(2014)は,「勢力体験(experience of power)」と「勢力期待(expectation of power)」という2つの「勢力への着目点」を提唱した。「勢力体験」は,身体的および心理的な傾向のことであり,勢力が人々にどのような感覚をもたらし,この感覚に基づいて人々がどのように反応するべきかということを指す。「勢力期待」は,認知的連想であり,異なる勢力レベルを持つ個人の行動に対する人々の期待ということを指す。彼らは,2つの「勢力への着目点」が勢力感の低い人の地位商品への嗜好に与える影響を検討するために実験を行った。その結果,消費者が「勢力体験」に注意を払う場合に,地位商品に対する支払意思について,勢力感の高い消費者よりも,勢力感の低い消費者のほうが,水準が高いということが示された。ただし,消費者が「勢力期待」に注意を払う場合には,勢力感の高い消費者は,より高い支払意思を示した。

2. 大型商品への嗜好

Dubois et al.(2012)は,大型商品も地位を象徴するので,低い勢力感を補償するために使用されると主張した。具体的には,まず一般論として,勢力感の高い消費者,および統制群より,勢力感の低い消費者のほうが,大型商品を好むということが示された。ただし,小型商品がより高い地位を象徴していると消費者に伝えると,勢力感の高い消費者,および統制群より,勢力感の低い消費者のほうが,小型商品を好むということも見出された。さらに,これらの傾向は,人前で消費される場合においてより顕著であるということも示唆された。

3. 豊富な選択肢への嗜好

低い勢力感は,豊富な選択肢(large assortment)によっても補償される。Inesi, Botti, Dubois, Rucker, and Galinsky(2011)は,勢力感の低い消費者は,豊富な選択肢を好むと主張した。彼らが行った実験において,15種類の選択肢と3種類の選択肢を提示したところ,勢力感の低い被験者は前者を,勢力感の高い被験者は後者を選択した。別の実験では,彼らは,被験者に小さな店舗(3種類の商品)と大きな店舗(15種類の商品)のどちらかを選んで買い物に行くように依頼した。ただし,大きな店舗で買い物をしたい場合,時間と努力の投資が必要であると説明された。実験の結果,勢力感の高い被験者より,勢力感の低い被験者のほうが,大きな店舗で買い物をするために,はるかに遠くまで運転し,かなり長く待つことをいとわなかった。

III. 研究潮流②:勢力感と広告コミュニケーション効果

第2の研究潮流は,勢力感と広告コミュニケーション効果である。広告コミュニケーション効果とは,知覚,記憶,理解,感情,行動傾向などの心理的特性への影響を含む,消費者に対する広告の提示がもたらす様々な心理的影響である(Lavidge & Steiner, 1961)。初期の研究は,消費者の勢力感が広告に対する知覚・認知反応に与える影響に焦点が合わせられていたが,研究が進むにつれて徐々に,広告メッセージと勢力感との相互作用が消費者の態度及び行動に与える影響に注目が集められるようになった。

1. 勢力感が広告注目と広告記憶に与える影響

勢力感は,広告に対する消費者の意図的な注意を駆動する。例えば,Mourali and Nagpal(2013)は,勢力感が消費者の広告情報処理に与える影響について実験を行った。その結果,勢力感の高い消費者が,「報酬の獲得」につながるポジティブな商品情報に対して注意を向けやすいのに対して,勢力感の低い消費者は,「罰の回避」のためにネガティブな商品情報を優先的に処理するということが見出された。

また,勢力感は,広告内容に対する消費者の記憶にも影響する。例えば,Min and Kim(2013)は,勢力感の高い消費者は,勢力感の低い消費者に比して,一般的には,広告への注意が低く,ブランド名と広告コピーの想起率も低いものの,特定の目標が設定された場合には,広告に対する注意量が高く,ブランド名と広告コピーの想起率も高いということを見いだした。具体的には,マラソンに参加するように指示して被験者の目標を活性化した上で,ミネラルウォーターの広告を提示したところ,広告への注意量と想起率について,マラソンに参加するように指示されなかった高勢力感の被験者と参加するように指示された低勢力感の被験者より,参加するように言われた高勢力感の被験者のほうが,想起率が高かった。

この研究によって,高勢力感が広告に対する消費者の記憶に与える影響は,特定の目標の活性化によって調整されるということが示されたわけであるが,文化も勢力感が広告記憶に与える影響を調整するということが,別の研究によって見いだされている。Torelli and Shavitt(2011)は,異なる文化圏の消費者は,勢力感を喚起した後の認知的情報処理が異なるか否かについて実験した。その結果,垂直的個人主義の優勢な文化圏の消費者が勢力感を高めるような操作を受けると,認知的情報処理における単純化が促進され,ステレオタイプに一致する商品情報の想起率が高かった。一方,水平的集団主義の優勢な文化圏の消費者が勢力感を高めるような操作を受けると,認知的情報処理における個別化が促進され,ステレオタイプに一致しない商品情報の想起率が高かった。

2. 勢力感と広告メッセージとの相互作用が消費者の態度及び行動傾向に与える影響

勢力感の作動性-共同性理論とは,勢力感の高い個人が,作動性志向を持っており,自己主張,自己拡張や,自己保護を重視するのに対して,勢力感の低い個人は,共同性志向を持っており,他者との関係や他者の意見を重視する,と主張する理論である(Rucker et al., 2012)。この理論の提唱が,当分野の研究に新たな方向をもたらした。すなわち,2015年以降,広告メッセージと勢力感との相互作用が消費者の態度,および行動に与える影響が探究されるようになったのである(e.g., Dubois et al., 2016; Wang & Zhang, 2020)。

Dubois et al.(2016)は,勢力感の作動性-共同性理論に基づいて,勢力感の高い消費者が,専門的能力に焦点を合わせた広告によって宣伝されたレストランを好むのに対して,勢力感の低い消費者は,暖かい雰囲気に焦点を合わせた広告によって宣伝されたレストランを好むと主張し,自らの主張を支持する実験結果を見いだした。

また,Wang and Zhang(2020)は,アサーティブな広告(assertive advertising)の効果に着目して実験を行った。彼らによると,作動性志向を持つ高勢力感の消費者にとって,「やるべきこと」より,「やりたいこと」のほうが重要であるから,彼らの購買意図は,「やりたいこと」を強調するWANT型商品(例えば,宝くじや,チョコレート)の宣伝に重要性を伝えるアサーティブな広告を用いた場合に高かったという。一方,共同性志向を持っていた低勢力感の消費者にとって,「やりたいこと」より,「やるべきこと」のほうが重要であるから,彼らの購買意図は,「やるべきこと」を強調するSHOULD型商品(例えば,スポーツジム会員カードや,サラダ)の宣伝に重要性を伝えるアサーティブな広告を用いた場合に高かったという。

IV. 研究潮流③:勢力感と観光

第3の研究潮流は,勢力感と観光である。この研究潮流は,消費者の勢力感が観光広告コミュニケーション効果に与える影響を注目している。例えば,Liu and Mattila(2017)は,広告訴求の帰属性と独特性に着目し,実験を行った。その結果,勢力感の低い消費者が,例えばアットホームなホテルのような「帰属性」を訴求する観光広告に対してよりポジティブな反応を示したのに対して,勢力感の高い消費者は,例えばユニークなホテルのような「独自性」を訴求する観光広告に対してよりポジティブな反応を示した。また,Huang, Liu, Kandampully, and Bujisic(2020)は,希少性訴求のフレーム(例えば,人気のため品薄や,一部店舗限定販売)に着目して実験を行った。その結果,勢力感の高い消費者が,供給フレームで希少性を訴求する(供給量が少ないと訴える)場合に比して,需要フレームで希少性を訴求する(需要量が多くて品薄であると訴える)場合の方が,より高い購買意図を示したのに対して,勢力感の低い消費者では,需要フレームと供給フレームの差は見られなかった。さらに,この研究潮流では,異なる種類の消費者勢力感が観光広告の効果に与える影響も探究されてきた。例えば,Jiang, Tan, Liu, Wan, and Gursoy(2020)は,喚起性の高い観光広告は,個人的勢力感の高い消費者により効果的であるのに対して,喚起性の低い観光広告は,社会的勢力感の高い人により効果的であることを示唆した。

V. 研究潮流④:勢力感とSDGs

第4の研究潮流は,勢力感とSDGsである。SDGs(持続可能な開発目標)への関心の高まりを受けて,近年,勢力感とSDGsに関する研究が増加傾向にある。その主たるテーマは,(1)健康,(2)グリーン消費,および(3)寄付の3つである。

1. 健康

Newton, Wong, and Newton(2015)は,健康推進広告の出演者の社会的地位と消費者の勢力感が組み合わさって,消費者の健康意図にどのような影響を与えるかを探究した。その結果,広告出演者の地位が高い場合(例えば,医者や弁護士の場合),出演者が健康関連の仕事に従事しているかどうかにかかわらず,勢力感の高い消費者より,勢力感の低い消費者は,健康増進行動を実践する可能性が高いということが示された。これは,勢力感の低い消費者が地位関連属性に敏感になり,地位の高い出演者に支えられた行動に対して,よりポジティブな態度をとるようになるからであるという。

また,Newton et al.(2017)は,擬人化キャラクターを用いた健康推進広告の説得効果を論じる際,消費者の勢力感に着目した。過食予防のためにポーションサイズ(食事提供量)を少なくする広告キャンペーンに関する実験の結果,勢力感の低い消費者は,擬人化キャラクターを用いなかった健康推進広告より,擬人化キャラクターを用いた健康推進広告に説得されやすく,ポーションサイズが小さい健康的な食事を選択した。これに対して,勢力感の高い被験者にとって,擬人化キャラクターを用いるかどうかは,健康推進広告の説得効果にほとんど影響を与えなかった。

2. グリーン消費

グリーン消費をテーマとした研究は,消費者の勢力感がグリーン商品の購買意図に与える影響に注目している。例えば,Yan, Keh, and Wang(2019)は,勢力感の高い消費者より,勢力感の低い消費者のほうが,グリーン製品を好むと主張した。同研究は,権力格差信念(PDB)の調整効果も指摘した。権力格差の弱い文化(例えば,アメリカ)では,勢力感の低い消費者のほうがグリーン製品をより好むのに対して,権力格差の強い文化(例えば,日本)では,勢力感の高い消費者のほうがグリーン製品をより好むということが示された。しかし,低勢力者のグリーン商品への嗜好について,根本的なメカニズムは,この研究では解明されていなかった。それに対して,Zhang, Ao, and Deng(2019)は,消費者の勢力感は,「自己意識(self-concern)」を媒介要因として,グリーン商品の購買意図に負の影響を与えると主張した。同研究は,また,「印象管理動機(impression motivation)」の調整効果も指摘した。印象管理の動機が強い場合,グリーン消費に対する意欲に両グループ間の差はなかった。つまり,勢力感の低い消費者も高い消費者も,グリーン商品の購入を好むということである。

3. 寄付

最後に,消費者の寄付意図に注目した研究も存在する。例えば,Mattila, Wu, and Choi(2016)は,感謝の効果を検討するために実験を行った際,勢力感に着目した。実験の結果,CSRメッセージに感謝の表現が含まれていた場合,勢力感の低い消費者は,寄付の要請に対してより好意的な態度を示し,寄付意図もより高いということが示された。また,感謝の表現は,社会的価値を媒介要因として,勢力感の低い消費者の寄付に対する態度,および寄付意図に正の影響を与えるということも見出された。

また,より最近においては,Jin, Zhu, and Tu(2020)が,勢力感の低い消費者は,勢力感の高い消費者に比して,外集団より内集団を助ける傾向が高いという興味深い結果を報告している。彼らによると,このような結果が生じたのは,勢力感の低い消費者が,次に自分が恩返しをしてもらえるようにという互恵的動機(reciprocity motive)に基づいて,よりそうってもらいやすい身近な人を助けようとすることから生じた現象であるという。それに対して,勢力感の高い消費者は,互恵性を必要とせず,自己強化動機(self-enhancement motive)に基づいて他者を助けようとするため,助ける対象が内集団の成員である必然性はないと彼らは指摘した。

VI. 研究潮流⑤:勢力感と社会的過密

第5の研究潮流は,勢力感と社会的過密である。人口と産業の集中に伴う都市の過密化により,勢力感と社会的過密に関する研究が近年登場した。この研究潮流は,主に,独りで外食した経験を着目している。その代表的な研究であるHwang, Shin, and Mattila(2018)は,勢力感の低い消費者が,隣に座る人との物理的距離が近いと,食事体験を悪く評価したのに対して,勢力感の高い消費者は,隣に座る人との物理的距離をあまり気にしていなかったと報告した。また,Hwang, Su, and Mattila(2020)は,人口密度の高い食事環境では,勢力感の低い消費者が,希少性メッセージを表示したメニューより人気度メッセージを表示したメニューを好むのに対して,勢力感の高い消費者は,2つの種類のメッセージの差をあまり気にしていなかったと報告した。

VII. 今後の研究課題

最後に,ここまでの議論を踏まえて,3つの研究課題を提示しておきたい。第1に,補償的消費について,購買以外の補償行動の研究が求められる。Rucker and Galinsky(2008)によって,低勢力感に陥った消費者は,特定の種類の製品を購買することによってその低勢力感を補償するということが示されたが,それ以外の行動によっても,低勢力感は,補償されるのだろうか。例えば,商品に対する自分の意見を積極的に他の消費者に伝えることによって低勢力感を補償するという「低勢力感ならば高発信意欲」という因果関係は,存在するのだろうか。この方向の研究には大きな意義があると考えられるだろう。

第2に,広告コミュニケーション効果について,広告の内容以外の広告要素の研究が求められる。例えば,広告の掲載場所は,消費者の勢力感に影響することを介して,特定の種類の広告に対する態度に影響を与えるのだろうか。物理的に高い場所にいる消費者は,どのような広告にひかれ,物理的に低い場所にいる消費者は,どのような広告にひかれるのだろうか。混雑した場所にいる消費者は,どのような広告にひかれ,混雑していない場所にいる消費者は,どのような広告にひかれるのだろうか。また,広告の視覚的要素は,消費者の勢力感との間に相互作用の関係にあるだろうか。例えば,勢力感の低い消費者は,コントロール感も低い傾向にある(Fiske, 1993)ので,コントロール感を抱かせる外枠付きの広告を,外枠なしの広告より好むと言いうるだろうか。このように内容以外の広告要素の研究は,勢力感が広告コミュニケーション効果に与える影響の全体像を理解するのに有用であるため,重要な研究課題と考えられるだろう。

第3に,社会的過密について,レストラン以外の社会的過密を想定した研究が求められる。例えば,満員電車や混雑した交差点での勢力感効果の研究は,実務的価値が非常に高いであろう。また,社会的過密の近接概念である社会的過疎,物理的過密,および物理的過疎の3つの概念が,勢力感効果に与える影響も,興味深い課題であると考えられるだろう。

謝辞

慶應義塾大学の小野晃典先生には,本誌へのご招待を頂くとともに,懇切丁寧なご指導を賜りました。この場をお借りして,深い感謝の意を表します。

王 珏(おう かく)

中華人民共和国湖南省岳陽市生まれ。2017年,西安外国語大学卒業,2020年,慶應義塾大学大学院商学研究科前期博士課程入学,現在に至る。

References
 
© 2022 The Author(s).
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