Quarterly Journal of Marketing
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Peer-Reviewed Article
The Study on the Attractiveness of “Ura-Harajuku” for Inbound Travelers through a Customer Journey:
As an Example of Chinese Visitors
Miyuki Egami
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2022 Volume 41 Issue 4 Pages 80-92

Details
Abstract

本論文では,銀座や竹下通りといった外国人に対する著名地区ではなく,裏路地に極めて多くのインバウンド旅行者が回遊する裏原宿に着目し,その誘引性を考察した。結果は,裏原宿への最も多い来街者は中国からの旅行者であり,裏原宿独特のストリートファッションブランドに誘引されて訪れていることが分かった。また,これらのブランドは,近年まで日本のファッションの主軸として語られてきた百貨店やSCを中心に販売するブランド群とは異なるものであり,当該エリアならではのカルチャーを有するユニークなブランド,そしてオリジナリティーや希少性ある商品が評価され,推奨の対象となっていることが,Kotler5Aモデルを修正したカスタマージャーニーにより示された。

Translated Abstract

This study focused on “Ura-Harajuku” where a considerably large number of inbound foreign travelers strolled around on its narrow streets, but not on areas well-known to foreign visitors, such as Ginza or Takeshita street, and then analyzed why such travelers are attracted to “Ura-Harajuku”. The study shows that the most frequent foreign visitors to “Ura-Harajuku” are travelers from China and that they are attracted by street fashion brands that are unique to “Ura-Harajuku”. It is also found clearly that these street fashion brands are perceived differently from other brands that have been considered to be the mainstream of fashion industry until recent years, and are mainly sold in department stores and SCs in Japan. The study also found through a customer journey modifying Kotler 5A model that such street brands are appreciated and recommended by such visitors for its uniqueness with “Ura-Harajuku”.

I. はじめに

インバウンド旅行者による買物行動は,政治的変化や自然災害,そして何よりもコロナ禍のような不可抗力的な影響を受けやすく,不安定な要素が内在する。しかし,インバウンド旅行者によるファッション製品の購買は,国内需要に活力を与えると同時に,販路のグローバル化の契機ともなり得ることから,その買物行動に対する期待は長期的視点からは消失させるべきではなかろう。このような中,少なくともコロナ禍以前までは,メディア等を通して頻繁に報告されてきた銀座などの大通りやデパートなどの大型店舗だけではなく,細街路である裏路地地区でさえも,ファッション製品の購買を目的としたインバウンド旅行者による非常に多くの回遊が散見されるようになっていた。そこで,本研究では1990年代~2000年代にかけてファッション・サブカルチャー発信地として国内のファッションマニアから注目を集めた裏原宿が,コロナ禍前まで外国人来街者のファッション製品購買で賑わっている現象に着目する。具体的には,外国人来街者の中でも圧倒的多数を占める中国人を事例として,当該エリアの誘因性を探る。そして,当該エリアを通して日本でのファッション製品がどのような魅力を有するのかKotler, Hermawan, and Iwan(2016)のカスタマージャーニー5Aモデルを修正した改5Aモデルを用いて考察を行う。

II. 研究の背景と問題意識

本稿には,問題意識として「近年の日本のファッション産業の停滞」,注目する背景として「インバウンド需要」,そして事例対象地域として「裏原宿」と3つの要点がありこれらを順に述べる。

まず,日本のファッションマーケットの規模を確認すると,日本国内のアパレル総小売市場はピーク時である1991年の約15兆円から,直近の調査結果である2019年において約9兆円まで縮小している1)。さらに,今後,少子化・人口減少による国内マーケットの更なる縮小や,越境ECなども加勢した海外ブランドとの販売競争の加速化などが予想される中,近年~コロナ禍まで急増した訪日外国人によるインバウンド消費は期待の対象であった。

次にインバウンド旅行者に関して既存データで確認をすると,訪日外客総数は約1,000万人であった2013年頃より増加し始め,コロナ禍前の年別データ2019年では3,188万2,049人で最高記録を更新した2)。また訪日外客による買物額においては2014年の総額1,526億円より,わずか5年の2019年,総額1兆5,922億円にまで達している。その中で,国別にみると,訪日外客数は中国人が959万人を超え総数の30%と最も多く,また,訪日中国人の買物額は8,698億円と全体の半分以上を占めており,本稿の研究対象として代表格である衣類に関しては,約2.5人に一人3)が購買を行っていた。これらのことから,中国人に焦点をあて調査を進めることが訪日外国人全国籍を対象とするよりも,より端的で深い考察を可能にするものであると判断した。

また,筆者は予備調査として東京のファッション系店舗4)が林立するエリアにて,2019年1月から同年7月にかけて,ファッション系店舗に対し訪日外国人の来街及び来店購買スタイル状況の聞き取りを行った。その中で,格別外国人来街者に着目して日本のメディアから取り上げられるわけでもない裏路地に多くの外国人の若者が闊歩し,その比率が東京のファッション系店舗の林立するエリアの中でもトップクラスであるエリアとして,「裏原宿」が浮かび上がった。

以上のことから,本研究は,来街外国人で賑わう裏原宿に焦点を当て,来街訪日中国人を事例に,当該エリアを通して日本でのファッション製品がどのような魅力を有するのか,その誘引性を考察する。そして,検討を行う上ではカスタマージャーニーに焦点をあて,2016年にKotler et al.によって提唱されたマーケティング4.0,5Aモデルに修正を加え考察を行う。

III. 先行研究

1. 細街路ファッションストリートとインバウンド消費

本研究の先行研究を捉える上で,まず,当該エリアの誘因性という視点から「細街路ファッションストリート」とでいう文脈に着目する。細街路ファッションストリートである裏原宿の研究は,1990年代後半から2000年代にかけて盛んになった経緯がある。90年代より裏原宿では,それまでのファッション業界から組織的に提案された流行とは一線を画した「ストリートファッション」が生成され(Fujita, Narumi, & Tsuji, 2017),隣接する大通りの「表舞台」とは異にした,レア物の溢れる「秘匿されたエリア」という特権的空間として,一部の若者達への熱狂的な受容性が創出されたという(Nakamura, 2006; Nanba, 2006)。このような背景から,この「ストリートファッション」を主とする下位文化に焦点をあて,それを担う人的ネットワーク(e.g., Mita, 2007; Nakamura, 2006),あるいは,それを担う店舗集積のメカニズム(e.g., Kyo, 2005; Yabe, 2012)に着目した研究が散見されるのであるが,近年賑わった外国人来街者に焦点を当てた研究は目下のところ非常に乏しい現状である。

次にファッション製品の誘因性という視点から「インバウンド消費」という文脈に着目する。この分野は訪日外国人の急増とともに散見されるようになった研究であり,マクロ的視野で包括的に消費動態を分析したものが多く(e.g., Fujii, 2017; Matsumoto, 2016),その中で訪日中国人の消費動態に着目したものは,本稿で注視する近年における訪日中国人の観光態度や消費動向の変化を部分的に指摘しているものの(e.g., Huang, 2017; Zhang, 2018),本稿で対象とするファッション製品を消費対象として触れてはいない。このような中で,ファッション・インバウンドに関連した数少ない研究の1つとして,Li and Kobayashi(2018)による考察が挙げられるが,これは訪日中国人のファッションへの知識水準に応じて参照する情報源が異なることを明らかにしたものであって,本稿の研究対象である地域やファッションブランドに関連したものとは異なっている。

以上のように,既往の研究では,本稿が目的とする細街路ファッションタウンにおけるインバウンド旅行者への誘因性,そして当該エリアを通しての日本でのファッション製品の購買の魅力を問う研究は今日までほぼ行われておらず,これらのことを明らかにすることは,ファッションマーケティング研究及びインバウンド消費研究への有用な知見に繋がると考えられる。

そこで,本研究はこれらの問を検討するために,Kotler et al.(2016)がマーケティング4.0で提唱したカスタマージャーニー5Aモデルを基に消費行動モデルを構築し考察を行うこととする。

2. カスタマージャーニー5Aモデルの確認と本稿における修正モデルの提示

カスタマージャーニーとは,顧客が商品やサービスの購買に至るまでのプロセスを描いたものであり,それを描く消費行動モデルとしては,1898年にE. St. Elmo Lewisによって示された「注意(Attention)」,「興味(Interest)」,「欲求(Desire)」の3段階のモデルに,1900年「行動(Action)」を加え4段階に修正されたAIDAモデルがマーケティング早期のものとして多くに知られている。その後,研究者や実務家によって多様な消費行動モデルが提起され,中でも,AIDAモデルの修正版として最後に顧客ロイヤルティの代用値として「再行動」(act again)を追加したDerek D. Ruckerによる4Aモデル,そしてHall(1921, pp. 205)により消費者へ商品情報を記憶させることへの重要性が指摘され,後に提唱されたAIDAのDと最後のAの間に「記憶の保持(Memory)を加えたAIDMAモデルは研究及び実務のフィールドで広く受け入れられてきた。また時代が進むとともに,カスタマージャーニーの描写はより複雑で専門的になり,購入前と購入後の両ステージに拡張がなされ(Hamilton, Ferraro, Haws, & Mukhopadhyay, 2021),近年では顧客体験の形成と影響の重要性(Puccinelli et al., 2009)から,複雑に絡み合うチャネルやメディアの複数のタッチポイントを通じた,より社会的なカスタマージャーニーも提唱されている(Lemon & Verhoef, 2016)。

一方,インターネット環境の発展に伴い,購買後の行動として共有(Share)を中核とするモデルが2005年電通によるAISAS(Attention, Interest, Search, Action, Share)を筆頭に複数提起されている。このようなデジタル化に対応する消費行動モデル形成の流れの中で,企業と顧客のオンライン交流を一体化させたマーケティングアプローチとして,最終目標に顧客の「推奨(Advocate)」5)を勝ち取ることとしたカスタマージャーニーが(Kotler et al., 2016)の提唱する5Aモデルであり,本稿の提起するモデルの基礎となっている。

この5Aモデルとは,上述の4Aモデル(Aware, Attitude, Act, Act again)を発展させたもので,ロイヤルティを4Aモデルの「再購入(Act again)」から「ブランドを推奨する意思(Advocate)」と再定義したものである。具体的には,認知(Aware):ブランドのことを知る・思い出すこと,訴求(Appeal):ブランドに惹きつけられること,調査(Ask):追加情報を得ようとする行為,行動(act):製品の購入や使用・サービスを受けること,推奨(advocate):他者への推奨,で順に構成されたフレームワークである。

しかし,このフレームワークを検討すると,以下二つの問題が提起される。まず一つ目として,スマートフォン等で場所を問わず瞬間に検索することが可能である今日,訴求と調査の垣根が低く分けがたいものと考えられる。それはKotler et al.,(2016, p. 84)の「顧客がインターネットでブラウジングや検索をしている時に,度々でくわして興味が惹かれ,更に検索し評価をするようになるかもしれない」という記述の通り,この「訴求」と「調査」には,調査を重ねながら良いと確信していく循環性があることにより,明確に分別するのではなく一つのステージとした方が本稿では自然と考えられる。二つ目に,「行動」から「推奨」へと直結している部分であるが,「行動」の結果そのブランドや製品,サービスから何も感じられなければ「推奨」へ移行できないことから,本稿では「行動」と「推奨」の間こそが中核と考え「評価(appreciate)」を加える。既往の研究としても,「推奨」即ちポジティブなクチコミは,高揚感がクチコミ動機を促進する主たる要素であり(Lovett, Peres, & Shachar, 2013),製品やサービスなど他者の助けとなる情報(Dichter, 1966),発信者のオリジナリティーの主張(Cheema & Kaikati, 2010)などがクチコミ動機として挙げられ,クチコミ要因の重要性が議論されている。そこで,消費者自らが発信者となる今日,効果的なクチコミ促進がマーケティング上重視されることも鑑み,「推奨」する動機としてその要因を強調する意味でも「評価」をモデルの一要素として加える必要があると考えた。

1がコトラー5Aモデルを基に修正した本稿の改5A,裏原宿でのカスタマージャーニーである。まずモデル内の「認知」であるが,これは「知る」という行為の上で,メディアや周囲からの情報ということが該当する。次に「訴求/調査」であるが,訴求とは「良い」と確信することであり,調査とは「周囲に聞く,またWEB・SNS等利用しながら調べる」であるが,これらは上述のように相互関係が深く互いに循環し調査を重ねながら良いと確信していく。次に「行動」とは,「店舗へ行く6),購入する」という行為が該当するのであろう。そして本稿で加えられた「評価(APPRECIATE)」は,街や店舗,商品が気に入った,珍しいから,オシャレだから,写真映えするからというような次の「推奨」に導く要因となり,本モデルの中核とされる。そして最後に「推奨」とは,オンライン上のクチコミ投稿や口頭での推奨発信である(Kotler et al., 2016)。そしてこれらは次の認知へと移行していく。

表1

改5A消費行動モデル

出典:Kotler(2016)p. 64を基として加筆作成

IV. 調査

1. 調査の種類

本調査は現地調査とインターネットアンケート調査で構成される。現地調査は,裏原宿に位置する店舗(調査I)と来街中国人に対する街頭インタビュー(調査II)で構成され,インターネットアンケートは,中国在住者を対象にしている(調査III)。

2. 調査対象地域

裏原宿という地域は通称であり,具体的には大通りである表参道や明治通りの裏道にあたる原宿地域を指す。一般的にはYabe(2012)が提示するように表参道より北側の神宮前3丁目及び4丁目のキャットストリートより西側地域であろう。しかし,裏原宿の主となる通りであるキャットストリートにおいては,表参道を渡り南側にもファッション系店舗が軒を連ねて伸びており,北側と南側で来街者の往来もある。本稿において重視する点は裏路地のファッション系店舗という観点から,調査Iでは,Yabe(2012)よりも範囲を広くとり,ファッション系店舗が密集している図5の黒実線の通りを調査対象とした。また,便宜上,この地域の通り名を,既に通称となっているノースキャットストリート(以下NキャットSt.),サウスキャットストリート(以下SキャットSt.),原宿通り,プロペラストリート(以下プロペラSt.)以外に,仮名として中央通り,東西通り,そして一部エリアをスポットと本稿では呼称する(図1)。尚,調査IIIではアンケート用紙に対象地域を地図に示したが,裏原宿地域の受け取り方として,回答者によって回答する上で認識に一定のぶれはあると感知されたが,筆者の探求の目的に影響はないとみて,そのまま分析対象の回答としている。

図1

裏原宿:調査対象エリア

出典:ハラジュクドアーズ取扱商品の対象性別地図を参考に筆者作成

3. 調査I ファッション系店舗への調査

調査期間:2019年3月~4月(予備調査)同年7月20日~8月30日(本調査)

※2021年7月20日(追加調査) 但しコロナ禍前の内容に対する質問

調査対象:上記調査期間において地図(図1)の黒実線の通り上1Fに構える,ほぼ全てのファッション系店舗150軒7)

調査内容:①店舗調査:取扱商品の確認(150軒を対象)

②店舗への半構造インタビュー調査(111軒より聴取) ※追加調査は62店舗より聴取

本調査では,裏原宿にどのような店舗が存立するのか,そして,裏原宿のファッション系店舗のスタッフ側からの視点で,どういった店舗にどのくらいの訪日外国人が訪れているのかという質問を中心に,インバウンド需要の実態を聴取し,その誘引性を探った。

まず,当該地区で調査をした通りごとの店舗数(図2a),取扱商品の対象性別(図2b)店舗を取扱商品ごとに分類したもの(図2c)であり,最大の取扱商品は衣料品となっている。次に,この衣料において,ファッションテイスト別で分類すると,図2dの通りストリートファッションが最多となる。そして,調査対象150店舗中,店長を主とする店舗スタッフから回答を得た111店舗において,各店舗に訪れる外国人の比率という質問に対して得た回答では,全店舗平均として来客の約5割が外国人であるということが明らかになった。またストリートファッションにおいては平均約6割,そしてストリートファッションのコーディネイト上欠かせないスニーカー店も外国人来店率が平均約6割であった。これらのアイテムを取り扱う店舗はプロペラSt.とスポット(図1)に集中して位置しており,プロペラSt.の平均は6割半,スポットは7割半であることから,多くの外国人はストリートファッションに誘引され裏原宿を訪れていると考えられる。尚,及び各店舗からのヒアリングによると,外国人来店者のうち各店舗最多が訪日中国人であると聴取を得た。そして,他の外国人来店者と比較した中国人来店者の特徴は,聴取できた62店舗より,来店に対する購買率が平均5.3割で日本人や他の外国人来店者より高く,一人当たりの購買量もお土産買いをする傾向があることから最も多いことがわかった8)。また,ストリートファッションブランドとスニーカーブランドの店舗を中心に,中国でも著名なブランドでは,そのブランドのアイコン的定番商品を好んで購入する傾向が強く,レアモデルや日本限定企画等の希少性ある商品が特に他の外国人より中国人来店者に人気を博していると聴取した9)

図2a

調査対象 通りごとの店舗数

図2b

調査対象 取扱商品の対象性別

図2c

裏原宿 調査対象 ファッション系店舗 取扱商品別店舗数

図2d

裏原宿 調査対象 衣料品店舗のファッションテイスト 店舗数

以上により,最多の来店率及び購買率等から中国人に焦点を当て次節で調査を行う。

ところで,ストリートファッションの用語の定義であるが,広義では「街や街路で見られるファッション」(Fujita et al., 2017)と言われるが,本稿ではNakamura(2006)の定義する,「ヒップホップスタイルやスポーツカジュアルの要素をベースに古着なども組み合わせたファッションテイスト」とする。

4. 調査II 来街中国人に対する街頭インタビュー

次節に述べるWEBアンケート調査の予備調査として,来街者対面式アンケート調査を51件行った。その中で,アンケート回答以外に5分以上の発話があった来街者の属性が表4となる。このインタビューは大変有用であることから,次章の改5Aモデルによる考察で使用する。

表2

来街中国人に対する街頭インタビュー 回答者属性

※・グループで来街している訪日中国人にインタビューしており,上記属性はグループ代表者のものを記載している。

・日本在住留学生のインタビューは,日中のファッション状況の相違,日本から中国への情報発信等を中心に聴取している。

5. 調査III 中国人を対象としたインターネットアンケート調査

調査期間:2020年8月20日~8月30日

調査対象者:中国在住者の中で,裏原宿を訪問した者或いは今後訪問したいと考える者633名10)

(1) 属性

本調査は中国調査サイト「問巻星」により,WEB上で,調査目的に対して該当する者に回答を依頼する方法をとった。回答者の属性は以下の通りである。

表3

インターネットアンケート調査 回答者属性

※単位:人数

(2) 裏原宿全体像への設問

本調査の設問は,調査I裏原宿店舗,及び調査II訪日中国人来街者インタビューから得た内容を参考にして作成したものである。設問は4項目「裏原宿の認知経路」「裏原宿への訪問理由」「裏原宿で興味のあるファッション系店舗」「裏原宿で興味のある商品」を設定し,各項目に記述された設問中,当てはまるものを上限3つ選択するよう依頼し,それらの合計得点を算出した。そして各設問上位5位をグラフ化したものが図3a~図3dである。尚,本アンケートは,次章(第V章)の消費行動モデルにおいて使用し考察を行う。

図3a

裏原宿の認知経路

図3b

裏原宿への訪問理由

図3c

裏原宿で興味のあるファッション系店舗

図3d

裏原宿での興味のある商品・サービス

(3) 自由記述 推奨対象の店舗

まず,「裏原宿で他者へ推奨したい店舗(ブランド)はありますか」という質問に対しては「有」134名,「無」が499名であった。そして,「有」と回答した中から,「どの店舗(ブランド)を,どのような理由で,どのような方法で推奨したいと思いますか」を自由記述で回答を得た内容から,出現回数2回以上を抽出したものが以下のグラフと表になる。

まず,推薦したい店舗(ブランド)名を抽出したグラフが図4であり,推薦したい理由として抜き出した単語をコーディングしたものが表4a,そして推奨手段図に関する単語を抽出したものが図4bとなる。尚,この自由回答の考察は,図4,表4a4bと自由回答のコメントを用いて,次章の改5Aモデルで考察を行う。

図4

自由回答「推奨対象の店舗」

表4a

自由回答 推奨要因:コーディングワードと出現回数

表4b

自由回答 推奨手段

※ウィチャットモーメンツとはウィチャットの一機能なので,ウィチャットと記入した人も,このウィチャットモーメンツで使用した可能性有

V. 改5Aモデルによるカスタマージャーニーの考察

ここからは,III-2(6頁)で提示した改5Aを使用し,前章の店舗インタビュー及びアンケート結果,そして来街中国人インタビューを用いて,カスタマージャーニーを検討する。尚,以下本文中の(int. No. ..)とは9頁表2のインタビュー回答者からのものであり(自)とは自由回答コメントから,(店)とは店舗インタビューから得た内容である。

1. 認知(AWARE)

図8aより,裏原宿の認知経路として,デジタル化が世界トップレベルで進んだ側面を有する中国と言えども,テレビや雑誌,ガイドブックなどのオールドメディアの効果は未だ大きい。また,特に日本に居住する知り合いからの情報源で裏原宿を知ることが多いことは,Yao, Li, and Li(2015)とも一致し日本在住者の本国への発信影響力の強さ,そしてSu(2015)の指摘する,中国人の「繋がりの強い人の情報を重視する」傾向を見出すことができる。例えば,写真は中国人留学生(int. No. 5自身)が,裏原宿の象徴的ストリートファッションブランドBAPEの一目でそれと分かるアイコン的図柄のパーカーを着用し,本国の中国人と交流しているSNSウィチャットモーメンツに投稿していた写真である(13頁図5)。このように裏原宿の代表的なブランドの洋服やグッズを着用した写真を見て,そのブランドの店舗を訪れようと,裏原宿への誘因へ繋がっているケースも多いと考えられる。芸能人による着用も同じ効果で,裏原宿で最も注目されるBAPEやSUPREME(図4)は特に中国の著名人,アイドルやラッパー,アーティストなどの着用で,そもそもの認知が高まったと言われている(図3a,int. No. 1, 4, 5)。また,同ブランド筆頭に裏原宿のストリートブランドといえば,音楽やスケートなどとの親和性が高く(Nanba, 2006),それらの文化への憧れから興味を持つ人もいるだろう(int. No. 4)。

図5

BAPEのパーカーを着用してSNSに投稿

出典:ウィチャットモーメンツ(int. No. 5自身)

2. 訴求/調査(APPEAL/ASK)

認知を経て,興味を持ったブランドを検索し,そのブランドが裏原宿に位置すると知る。又は裏原宿がストリート・カルチャー,ストリートファッションのメッカであると知る(図3b3c;int. No. 2)。流行のエリアであるらしいが,まだそれ程メジャーでないことから,海外旅行を何度か経験し旅慣れてきた個人旅行者にとって(表3),興味が湧くかもわからない(図3b)。裏原宿への検索が進むと,中国で著名な銀座は多くが高級品を扱う店舗によって構成されるが,裏原宿は若者に手の届く範疇の価格帯で(int. No. 1, No. 3),しかも旬なブランド,レアな商品が得られると知り,是非行ってみたいと思うかもわからない(図3d,表4a,int. No. 2)。これらの情報はSNSをのぞけば,裏原宿の潮牌店(流行ブランドの店)や街头潮流起源地(ストリートファッションの震源地)というタイトルで紹介されている。

3. 行動(ACT)

訴求/調査の循環を経て,裏原宿へ足を運ぶ。裏原宿らしさを体感しながら,軒を連ねるファッション系の店舗をのぞくであろう(3b)。中国には世界的なハイエンドブランドは揃っていても,ストリートファッションブランドの店舗は,まだそれ程進出していないことから,裏原宿は魅力的に映るようである(図3c,int. No. 1, 5)。裏原宿のストリートファッションブランドの先駆であったBAPEの大型店舗に行けば店舗の見栄えも良く豊富な種類が取り揃えてあり購買意欲も沸く(自)。他,アジアでは日本にしか出店していないSUPREMEや,その近辺には他のストリートファッションの店舗,そしてスニーカー専門店と並んでいる。それらの店舗で,中国で入手しにくい商品を中心に自身用と時に家族へのお土産を足して購入する(店)。そして週に一度の入荷日,又はコラボ商品などのレア性のある商品の入荷日には行列に並んで希少な商品を獲得したいかもわからない(店)。

4. 評価(APPRECIATE)

行動を経て,裏原宿の評価できるものを認識する。では,裏原宿において中国人はどのようなものを評価しているのか。まず,それは,オリジナリティーのあるもの,希少性のあるもの,オシャレなもの等が挙げられ,それが流行であると認識されている(図3d,表4a)。特にオリジナリティーという点では,デザインに特徴があるもので,例えばBAPEでは前出のパーカー(図5)やブランドのアイコン「猿」の図柄,SUPREMEではボックスロゴなどを中心に,それらブランドの象徴的な商品や,印象的なデザインのものとなる(int. No. 4, 5)(自)。そして希少性のある商品,特に著名なブランドコラボ商品,例えばOnitsuka TigerとGivenchyのコラボなど手に入れた高揚感は格別高い(自)。また,それらの商品を入手する点で,日本のストリート文化を楽しめるエリアである裏原宿,特にその象徴であり,海外でも著名な「BAPE」の発祥地の店舗を訪れること(自)自体に高揚感があるかもわからない。そして入荷日に並んで希少なものを購買獲得できれば満足感即ち評価が高まり,次の「推奨」へと繋がっていくであろう(図6)。ここがまさに「要」であり,裏原宿に来街しストリートファッションブランドを通じて評価できる要素があるからこそ,次の「推奨」へ繋がるのである。

図6

裏原宿はBAPE発祥の地であり,入荷日に並んで商品を購入獲得したと報告し,他者へ推奨の投稿をしている。

出典:小紅書Liese

5. 推奨(ADVOCATE)

商品や店舗,そしてそれを取り巻くファッションストリートである裏原宿への「評価」を経て,推奨へと移行する。多くの人々は中国系のSNSを利用し発信する(表4b)。例えば前節のBAPEの事例では,図6のように「小紅書」という中国のクチコミを中心としたSNSに写真を投稿し,自身の高揚をコメントするとともに推奨を行っている。そして,この「推奨」が次の循環の「認知」へと繋がっていく。

以上のように改5Aモデルを用いて,前出のインタビュー及びアンケートよりカスタマージャーニーを検討することができた。

ここで明らかになったこととして,裏原宿への中国人来街者はストリートファッションブランドが溢れるカルチャーを探訪に街を訪れ購買し,推奨する際は,裏原宿の象徴的ブランドであるBAPEを中心に,ストリートファッションに関連したものを対象としていることである。そして,この推奨を勝ち取る上で,裏原宿の店舗でブランドのアイコン的デザインや商品の希少性,またそれが流行であるなど,推奨する要因,即ち「評価(APPRICIATE)」が顕著であるからこそKotler et al.(2016)が唱えたカスタマージャーニーの最終目的である「推奨」に到達するのである。

VI. おわりに

本稿では,著名な大通りではない裏路地にもかかわらず,裏原宿に多くの外国人が回遊していることに着目し,その誘因性を考察した。コロナ禍まで,当該地区に来街する約半数は外国人であり,その中で最も多い来街者である中国人への調査によると,裏原宿ではストリートファッションが強固な誘引性を有していることが確認された。またこのエリアの軒を連ねるファッション系店舗の中で,「ブランドのアイコン的デザインがあるようなオリジナリティーがあり,オシャレで,希少性あるもの」が評価され推奨の対象となることが明らかになった。そして本稿で描いたカスタマージャーニーを通じて,Kotler5Aモデルより訴求と調査の循環性及び「推奨」を勝ち取る上で当該モデルに追加した「評価」への重要性を示し,修正モデル改5Aモデルを用いて考察することができた。

次に実務的インプリケーションとしては,以下のことが挙げられる。既に述べた通り,日本のファッション産業の停滞が問題意識としてあるが,この背景には一因として,長く日本の主流とされてきた百貨店やSC中心に展開するブランド群の不振がある。それらのブランドは世界3大コレクションが発信するトレンドを後追いしながら商品企画を行い,店頭では小売動向に密着し過ぎたMDの結果,商品の同質化が進んだと言われる(Baba, 2017; Ohara, 2016)。しかし裏原宿のブランドとは前出のようなメジャーとは異なるブランドの成り立ちが示すように,レア物を敬愛しながらオリジナリティーを追求し,そして服だけでなく音楽やスケート文化を包摂するようなブランド群なのである。同質化が問題とされるブランド群も,このような事例を学びの一つとすべきであろうと筆者は切に考える。

最後に,本稿で残された課題としては以下が挙げられる。まず,本稿では中国人消費者へのアンケートにおいて「裏原宿で推奨したい店舗(ブランド)はありますか」という問いに対して,「有」の回答への分析は行ったが,「無」へは行っていないことから,今後行う調査では推奨しようと思わない要因を追求する必要があると考える。また,本稿では日本における外資系ブランドも含まれるファッションマーケット全般の中から裏原宿を考察したのであって,日本企業としての日本のファッションブランドという視座では本稿では検討しきれていないことから,今後は日本企業のファッションブランドにフォーカスして,どのような価値があるのか詳細を吟味したい。そして,2020年1月末から始まったコロナ禍により現在インバウンド受容は消失しているが,本稿の記述が中国人によるインバウンド消費ピーク時の貴重な記述となり,コロナ禍から明けた後とどのような差異が生じるのかも今後の研究で考察をづけていきたいと考える。

3)  「訪日外国人の消費動向」2019年年次報告,国土交通省観光庁,18ページ“3.土産品の購入実態(1)費目購入率”によると訪日中国人による衣類の購入率が38.5%となっていることから,約2.5人に一人とした。Japan Tourism Agency(2019)

4)  本稿における「ファッション系店舗」とは,ファッション製品,即ち衣類を中心に鞄,靴類,アイウェア含むアクセサリー類を販売する店舗と定義する。

5)  AISASモデルのShareはポジティブ・ネガティブ両方のクチコミ含まれるであろうが,「推奨advocate」はポジティブなクチコミであることから,筆者は5Aモデルを基としている。

6)  Kotler et al.(2016, p. 65)によると,推奨者が必ずしも購入者だけではないという考えの下購入していない者もモデルに含めている。筆者もこの考えに倣い店舗に訪れて今回はたまたま買わなくとも推奨するかもわからないという来店者をモデルに含めて考えていることから,「行動act」に「購買」以外に「店舗に行く」も含めている。

7)  本稿の対象地域の店舗を調査する上で,Kyo(2005)が引用するように,渋谷区による商業統計があったが,平成21年以降廃止されている。これにより本研究では一定の地域を定め,現地を歩き目視で確認を行っている。

8)  爆買いのような大量買いではなく,自身以外にはお土産程度の買い物と見受けられたとのこと。但し一部転売用の大量購入はあったとのことである。

9)  裏原宿店舗への「インバウンド消費ピーク時の中国人来店者の特徴」の調査は追加調査(2021年7月20日)で行っている。尚,この時2019年の調査時対象とした150店舗は39店舗入れ替わりや閉店でなくなっており,その中から聴取を得られたのは62店舗であった。

10)  本来であれば,裏原宿訪問者だけを対象にアンケートをすべきであろうが,裏路地であることから,銀座や渋谷のように知名度が高くないことが予想されたため,サンプル数を確保するために,裏原宿への訪問経験はないが,今後訪問したいと考える者も加えた。

江上 美幸(えがみ みゆき)

2016年法政大学大学院 政策創造研究科 修士修了

現在,同大学院研究科博士課程学生

長年繊維関係の企業で企画職として従事し,2011年独立しSAKURA DESIGN CONSULTINGを立ち上げる。

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