Japan Marketing Journal
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Special Issue / Invited Peer-Reviewed Article
Effectuation and Business Models:
Connection of Individual Effectual Decision-Making Models to Collective Decision-Making Frameworks
Hiroyuki Miyai
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2022 Volume 41 Issue 4 Pages 42-52

Details
Abstract

本研究では,エフェクチュエーション研究とビジネスモデル研究を体系的に関連づけ,マーケティング・インプリケーションの導出につながる視角の提案を目的とし,両研究の接続可能性を検討した。特に,企業のビジネスプロセスとシステムの階層に着眼することで両研究の接続可能性を検討できることを示した。実践型研究から得られた3人の起業家へのインタビューを用いて,起業家個人のエフェクチュエーションによる意思決定を,「バリュープロポジション,ピヴォット,プロダクトマーケットフィット」などのビジネスモデル研究やビジネスモデル開発実務で利用されているフレームワークと対応付けて整理し,企業内の個人によるエフェクチュエーションによる意思決定を集団による意思決定へと接続できる可能性を示した。

Translated Abstract

The purpose of this study is to systematically relate research on effectuation with that on business models, and to propose a starting point for the derivation of marketing implications. The results show that possible connection of studies in these two areas can be examined by focusing on the hierarchy of corporate business processes and systems. Using interviews with three entrepreneurs obtained from practice-based research, this paper examines effectuation decision making of individual entrepreneurs in relation to frameworks used in business model research and development practice, such as value proposition, pivot, and product market fit. We discuss effectuation decision making by individual entrepreneurs in a company, and we show that effectuation decision making by such individuals can be connected to group decision making by utilizing the framework of business model research.

I. はじめに

エフェクチュエーションとは,バージニア大学で起業家個人の意思決定の研究を展開しているサラス・サラスバシー教授によって提唱された起業家による意思決定の論理(logic)である。サラスバシ氏自身のマーケティング分野での協同研究(Read, Dew, Sarasvathy, Song, & Wiltbank, 2009)や,著書におけるエフェクチュエーション概念とマーケティングSTPとの対比説明(Sarasvathy, 2009)なども伴い,近年マーケティング・マネジメントとエフェクチュエーションを関連づけた議論がなされ,ビジネスモデルとエフェクチュエーションがマーケティング・マネジメントの議論を補完する(Kuriki, 2021)との指摘もある。

そこで本研究では,ビジネスモデル,エフェクチュエーションの各議論をレビューし,その接続可能性を検討する際の着眼点を示す。加えて,筆者が実際に株主として起業家と接する形で行っている実践型研究を通じて収集した起業家の創業ストーリーを用い,より具体的な検討を行う。本研究の目的は,エフェクチュエーション研究とビジネスモデル研究が体系的に関連づけられ,マーケティング・インプリケーションの導出につながる端緒を提案することにある。

II. 先行研究のレビュー

ビジネスモデル,エフェクチュエーションについて,それぞれ先行研究のレビューを行う。その上で,本稿における以後の検討の着眼点を示す。

1. ビジネスモデルに関する先行研究

ビジネスモデル概念については,これまであまりマーケティング・マネジメントの議論の中では語られることはなかった。そこでまずは国内外のビジネスモデル概念の基本的な定義を紐解く。Inoue(2010)は,国内と海外におけるビジネスシステム概念研究の比較観点から,ビジネスモデル概念に関する定義を提案している。ビジネスシステム概念は,顧客に価値を届けるための仕組みとされ,海外では価値創造システム(Value Creation System: VCS)として研究されている。ビジネスモデルはVCSに関連する概念として研究が始まったとされており,多義的に用いられるが主に3つの捉え方があると言う。まず,「ビジネスモデル~収益の上げ方」とする立場である。実務界の理解に基づく立場とされる。次に,「ビジネスモデル~ビジネスシステムの設計図」という理解である。主に日本の学会で提唱されている考え方とされる。海外においても実務界ではOsterwalder and Pigneur(2010)を中心に,ビジネスモデルとはビジネスシステムの設計図であると提唱されている。最後に,「ビジネスモデル~複数の視角を統合した価値創造システム」とする立場である。米国の学会誌などでは一般的なスタンスとされる。以上が井上の整理である。

海外でのレビュー論文に目を向けてみると,Zott, Amit, and Massa(2011)によれば,ビジネスモデル研究の定義には曖昧さがあるものの3つの点で共通点があるという。まず,ビジネスモデルが,明示的にも暗黙的にも,企業やネットワークなどの伝統的な分析単位にまたがる,あるいはその橋渡しをする新しい分析単位として考えられている点。次に,ビジネスモデルの研究者は,ビジネスが何をしているか(例えば,どのような製品やサービスか)だけでなく,どのように製造やロジスティクスを構築しているかなども検討している点。つまり,ビジネスモデルの視点では,「ビジネスそのものの内容」と「プロセス」を同時に検討している。最後に,多くの研究者は,焦点企業,そのサプライヤー,パートナー,または顧客のいずれかによって行われる活動を概念化の一部として含めている。これはいわゆるエコシステム(Rinkinen & Harmaakorpi, 2018)という概念でも語られるが価値の創造は単一企業ではなし得ないことを踏まえている。その上で,Zottらは,ビジネスモデルの研究者が,価値という概念が重要であることを前提とした上で,単なる価値の保持(capturing)だけでなく,価値の創造(creation)へと議論の重点を移していることを指摘した。以上がビジネスモデルの定義に関する考え方とビジネスモデルのもつ特徴となる。

2. エフェクチュエーションに関する先行研究

エフェクチュエーションの先行研究については,国外においてはエフェクチュエーションとその対立概念であるコーゼーションの比較検討(Chandler, DeTienne, McKelvie, & Mumford, 2011; Fisher, 2012)やその概念妥当性(Read & Smit, 2009; Sarasvathy & Dew, 2008),または実証実験のデザインならびに測定尺度の同定が見られる(Perry, Chandler, & Markova, 2012)。マーケティング・マネジメントやビジネスモデルとの関連という本研究の問題意識に即した先行研究は日本国内の研究コミュニティから発展があり,Yoshida(2010, 2018)とKuriki(2015, 2018, 2021)の研究蓄積がある。

Yoshida(2010)はこれまでマーケティング・マネジメントで用いられていた,事前の環境分析とターゲット設定を出発点とし,市場環境を予測できるという立場に立つアプローチを予測的アプローチとした。一方,手持ちの手段からビジネス行動の実践をまず行い,状況への創発的な対応を通じて市場創造をコントロールしようとするエフェクチュエーションのアプローチを遂行的なアプローチと呼んだ。それぞれのアプローチは両立可能であり互いに補完性を持つことを指摘した。参照事例には伊藤園の緑茶飲料市場創造の事例が挙げられており,我が国のマーケターが価値を創造するプロセスにおいて,マーケティング・マネジメントにおいて中核的なアプローチであった予測的アプローチに加え,価値創造プロセスを違った局面から説明する見方としてのエフェクチュエーションが有効に説明力を持つ可能性を示唆した。ただしこの補完性の生じる前提として,伊藤園の事例で取り上げられた「KPIとしての飲料化比率」のような,マーケターが潜在的な市場の存在可能性について確信をもって取り組める状態の必要性を指摘した。Kuriki(2015)も起業家のマーケティング行動とヒット商品開発者のマーケティング行動にはともにエフェクチュエーションがロジックとして共通に存在することを指摘した。具体的には,予めマーケティングSTPの枠組みで対象市場の存在を同定し,反応を予測してから動き出すのではなく,手近なところで実行可能な行動を起こすことで,動き出した事態の中で,予測や分析を加えて獲得可能な市場の同定に至るという。一方で,ケーススタディなどにおいて,予め市場を予測するようなアプローチが用いられているように認識されるのは関係者への説得や巻き込みのプロセスで発生したリサーチを事後的に再構成して語る方が物語として納得を得やすいからであるとも指摘した。もちろん,すべてが遂行的なアプローチでマーケティング・マネジメントが構成されているとは栗木も言っていない。遂行的なアプローチが用いられる前提として市場の不確実性の存在を指摘した。特にその市場で事象(例えばニーズや当該ブランド選択確率)の生起する確率が起業家やマーケティング主体のとる行動から独立していないため,その確率分布が未知であるどころかその分布の形さえも一定ではないという「第3の不確実性」(Knight, 1921)にさらされる場合であるとした。ナイトは不確実性を3分類している。第1の不確実性とは,結果はわからないが,事象の生起する確率の分布はすでに知られているという状態である。第2の不確実性とは,事象の生起する確率の分布も未知な状態である。第3の不確実性とは,この未知の確率分布がそもそも一定であるのかもわからないという状況である。詳細はKuriki(2015)を参照のこと。

Yoshida(2018)では特に新市場創造プロセスにおける意思決定のプロセスという切り口で同様の問題を扱った。実験に新規事業のケーススタディに対する市場創造経験のあるマーケターの意思決定問題に関する発話プロトコルデータを用いた。データはSTPに代表される予測的アプローチを「コ―ゼーションに基づく意思決定」,「エフェクチュエーションに基づく意思決定」「それ以外」へと各々コーディングされた。分析の結果,市場創造の経験を持つマーケターはエフェクチュエーションに基づく意思決定を行っていたこと,同時にコーゼーションに基づく意思決定も行っており,コーゼーションとエフェクチュエーションは排他的関係にないと指摘した。Yoshida(2018)によれば,意思決定においてエフェクチュエーションとコーゼーションに基づく意思決定が補完的に生ずる条件として,第3の不確実性の存在だけでなく,マーケター自身が何をすべきかについて明確な目的や順序だった選好を持てない「目的の曖昧性(goal ambiguity)」や意思決定に際しどの情報に注目すべきかが必ずしも事前にわからない「等方向性(isotropy)」を伴う問題空間が出現している(Sarasvathy & Dew, 2008)という。市場調査については,社内外のステークホルダーへの説明や巻き込みという機能以外にもマーケター自身が複数の行動オプションから妥当な行動を選択するためにも不可欠であるとした。この点についてKuriki(2018)は,STP(Segmentation-Targeting-Positioning)に代表される予測的マーケティングに導かれた執行(マーケティング・ミックス上の打ち手)における自らの行動を「省察(reflection)」することにより,より有効なマーケティング・ミックスへの「洞察」が生ずると分析した。

Kuriki(2021)では,これまで述べてきたようなマーケティングにおけるコーゼーションとエフェクチュエーションの補完性について,ビジネスモデル研究の知見からその解明を試みた。Kuriki(2021)は,ビジネスモデルが必要となった背景はまず,課金方法(サブスクリプションなど)の多様化。次に,リ・インベンションへの関心(例えば,産業財としてのネスプレッソを一般消費向けの事業へとすることで成功を収めるなど)に集約されると整理した。ビジネスモデル研究が価値の創造(Value creation)から価値の保持(Value capturing)までを対象とすることを踏まえれば,エフェクチュエーションが主に活用されるのは価値創造の段階,創造した価値の保持につなげようという対応にコーゼーションが採用されるという。以上が国内研究コミュニティの研究蓄積の概要である。

3. 本稿における着眼点

これまでのレビューを表1に整理する。国内の研究コミュニティの推移を見ると,当初より各研究とも予測的アプローチと遂行的アプローチという概念の対比を用いながらも両者は補完的な関係にあることを一貫して結論づけている。これが2018年頃より「意思決定」に議論がフォーカスされ,意思決定のロジックとして遂行的アプローチはエフェクチュエーション,予測的アプローチはコーゼーションとして概念整理がされるようになった。意思決定ロジックとしてのエフェクチュエーションには,「What Can I Do」と呼ばれるマインドセットと5つの意思決定原則がある。サラスバシの原著に詳細な説明があるが,マーケティング・マネジメントと関係づけられた説明がすでに存在しているため,詳細は,Kuriki(2018)Yoshida(2018)を参照のこと。

表1

国内研究コミュニティの議論変遷

出典:筆者作成

次に,エフェクチュエーション研究とビジネスモデル研究を体系的に整理するためのフレームワークを提案する。始めに,接続の対象であるビジネスモデル概念そのものを定義しておく。これまで見てきたように,ビジネスモデル研究は,「企業をまたぐシステムや環境」か「企業単体」の階層で論じられていた。その「階層」とこれまでレビューしてきたビジネスモデルの特徴や定義を勘案し,「環境やシステムの視角が統合された,収益につながる価値創造と保持に至る組織的な意志決定プロセスとビジネスシステムの設計図」と定義する。この「階層」は同時に本研究の着眼点となる。エフェクチュエーション研究に目を向けると,基本的に「個人単体」の階層で論じられており,ビジネスモデル研究と論じている階層に差異がある。しかしながら,表1にて補完性の出現する前提として整理した命題に着眼すると個人の意思決定の階層での議論に留まっていない。エフェクチュエーションは個人による意思決定,コーゼーションは集団としての意思決定のロジックであるから,エフェクチュエーション研究において示された補完性の前提に関する命題は,個人による意思決定と集団による意思決定を関連づける試みと見立てることができる。

我が国のエフェクチュエーション研究コミュニティにおいては早い段階からこの起業家個人の意思決定研究をマーケターや企業のマーケティング活動に応用できないかという問題意識があった。各々のエフェクチュエーション研究で明言されているわけではないが,エフェクチュエーション研究をビジネスモデル研究やマーケティング・マネジメントと関連づけようとする中で「企業階層」や「システムや環境」の階層での議論が必要になったと筆者は考える。そこで,本研究では,両研究にて示される命題を「システム・環境単位」「企業(集団)単位」「起業家(個人)単位」の3階層で整理分析するフレームワークを提案する。

2は,エフェクチュエーション研究,ビジネスモデル研究において示された各命題を,筆者の着眼点である「階層」を用いて整理したものである。表中の【Z】は,前章におけるZott et al.(2011)らの研究,【I】はInoue(2010)の研究からの整理とする。

表2

ビジネスモデル研究とエフェクチュエーション研究の階層整理

出典:筆者作成

2を俯瞰すると,ビジネスモデル研究には,起業家(個人)単位の階層に属する命題は見受けられない。逆に,個人単位の意思決定を主に扱うエフェクチュエーション研究においては,補完性の前提に関して,システム・環境単位である「第3の不確実性概念」,企業単位である「価値の創造から獲得への推移段階」に関する命題を扱っていたことがわかる。実務的な側面から背景を考察すると,マーケター個人は往々にして企業や事業部などの集団に属していることの影響があると考えられる。この場合,マーケター個人の意思決定が,そのまま集団としての行動につながる割合は低く,最終的には,企業や事業部単位の集団での意思決定としてはどうするのかを検討することになる。いわゆる上申と呼ばれるプロセスである。するとマーケター個人の意思決定を集団としての意思決定や行動へと接続する分析視角が必要となる。筆者は,その視角が,価値の創造から獲得といった段階論や,第3の不確実性概念であると解釈する。特に,国内研究コミュニティで議論されてきた第3の不確実性概念は,マーケティングで言えば市場での事象(ニーズや当該ブランド選択確率)の生起する確率が起業家やマーケティング主体のとる行動から独立していないという状況を指しており,まさにこの「独立していない」という状況そのものが個人単位と集団単位の意思決定ロジックならびに行動を橋渡しするものと考えられるからである。Kuriki(2021)がビジネスモデル研究の知見を援用したことは,エフェクチュエーションとマーケティング研究を接続するために企業などの集団単位をまたがる分析単位である環境やシステムの視角も射程に入れる必要性の示唆とも解釈できる。

このように各研究が扱う階層を俯瞰したことで,マクロ(システムや環境)の階層を踏まえて企業単位の階層を論じ,集団としての意思決定へ貢献することができるビジネスモデル研究と,ミクロ視角であるマーケター個人の階層を踏まえて企業単位の階層を論じることができるエフェクチュエーション研究という整理が可能になる。そうなれば,本研究においては,ビジネスモデル研究とエフェクチュエーション研究が共有する概念の階層である企業単位の階層へ着眼することでさらなる接続可能性の具体化が可能になると考える。

スタートアップ企業であれば,起業家個人の意思決定をつぶさに分析することにより,概ね集団単位のビジネスプロセスやビジネスシステムに関する意思決定を分析したことにもなったと考えられる。しかしながら,マーケターが属する企業にはスタートアップ企業ではない企業も多く,マーケター個人の意思決定と,企業のビジネスモデルを形作るための集団による組織的な意思決定には乖離が生まれる。エフェクチュエーション研究とビジネスモデル研究を接続するために,個人としての意志決定ロジックを集団の階層に接続するための理論的検討や分析フレームワークの同定がマーケティング研究コミュニティに課せられた課題であることが見えてきた。

III. 実践型研究の概要と分析結果

本章では,実践研究のアプローチであるアクションリサーチ(Lewin, 1946)を通じて得られた3人の起業家に関する創業ストーリーの情報(Miyai, 2020a, 2020b, 2020c)を用いて,前章の着眼点に従った検討を行う。アクションリサーチは組織開発や教育の分野で主に用いられてきた研究アプローチで,アクションリサーチのレビューを行ったNakamura(2008)によれば,「現実の問題を解決することをめざした,または目標となる望ましい状態に向けて変革していくことを目指した実践と研究」とされる。宮井の一連のアクションリサーチは,2018年から3人の起業家にそれぞれ株主として関わる形で現在も行われているが,そのサイクルにおいて実践の記録を行う。本研究で用いるデータはその実践の記録である。具体的には,創業と経営という実践の振り返りについて,ZOOMを用いたビデオ会議にて宮井が各創業者にインタビューする形で収集された。インタビュー時間はそれぞれ90–120分程度である。インタビュー内容は書き起こしされテキストファイルとして保存された。

エフェクチュエーション研究に際してのデータ収集は特定のケースに対する起業家の発話プロトコルの収集により行われてきた。意思決定ロジックの研究という観点からは発話プロトコルは適していると考えられるが,本研究では起業家の意思決定ロジックだけではなく,起業家自身が直面した環境やシステム階層の要因,企業階層でのビジネスシステムとプロセスも含めて幅広くケースを捉えることで検討を深めることができると考えたため,起業家自身の数年に及ぶ経営全体の振り返りとなっている当該情報は有用であると考えた。

また,各ケースともに筆者が株主として株主報告会時の経営相談や取締役会へのオブザーブ参加を通じて主要な意思決定の現場にも立ち会っており,インタビュー内容の背景も含めて検討を行うことができる点からも貴重なデータとして活用できると考えた。

以降,創業期が新しい順に3人の起業家のインタビュー内容を紹介する。前章で示した着眼点に従い,創業ストーリーに存在するエフェクチュエーションによる意思決定を,ビジネスモデル開発実務において,集団的意思決定の際に利用されるフレームワークと関連づけて検討する。このことを通じて,エフェクチュエーション研究における起業家個人の意思決定とビジネスモデル研究ならびにビジネスモデル開発実務の接続を試みる。

1. クレイジーキルトの法則とヴァリュー・プロポジション

Miyai(2020a)では,ビーガンコスメのD2C(Direct to consumer)事業を立ち上げた株式会社ビューティーシンカー(以下,BT社)のカン・ハンナ代表にインタビューを行った。BT社は2019年に創業した。インタビュー当時は,エンジェルラウンドと呼ばれる,個人の投資家から初期的な資金調達を行って1年ほどが経過した段階であった。本研究で取り上げる検討ケースとしては最も若い段階にあるスタートアップ企業である。BT社のホームページ(https://www.beautythinker.com)によれば,ビューティーと関連する様々なビジネス展開を考えているとしており,創業時点では確固たるビジネスモデルを構想しているわけではないことが観察できる。ビューティービジネスというくくりではどのようなビジネスでも展開可能であり,意思決定における等方向性(isotropy)に直面し,エフェクチュエーションによる意思決定が有効な局面にいたと考えられる。結果として,創業してからの最初のプロダクトは,ビーガンコスメ(最初の商品は,フェイスマスク),付随する販売促進活動としてオフラインイベントでの対話会,iOSアプリを通じた肌診断サービス,自社ホームページを通じてRadioと銘打たれたライフスタイルを発信する音声サービスの実施となった。ハンナ氏はインタビューの中で,当初は肌診断サービスをメインのビジネスとして想定していたと語った。ある出資検討者との対話の中で,何を本当にやりたいのか?を厳しく問われ,自分がやりたいことはサービスではなくモノの提供であることに気づいたという。韓国出身であるハンナ氏は,モノの製造に際して自身が既に韓国で持っていたネットワークから数人のOEM製造業者と面会をする中で,自身に現状もっとも積極的に協力を申し出てくれた業者の得意分野であるフェイスマスクを当初のプロダクトにすると決めたと振り返った。これは典型的な遂行的アプローチであり,エフェクチュエーション研究で言えば,クレイジーキルトの法則と呼ばれる意思決定ロジックである。このようなエフェクチュアルな意思決定プロセスにより,BT社は,ステイクホルダー(株主やOEM仕入先)の視角が統合された価値の創造に至った。その後,最も重要なステイクホルダーであるファンとの対話の中で,コスメプロダクトの販売をビジネスシステムに据えた。診断サービスについては,新たに更新を行っていない。診断サービスのビジネス化は,現時点では諦めたと観察できる。これは,まずは遂行的に販促活動を含めてマーケティング・ミックスを執行し,その反応を省察するというエフェクチュエーションそのものである。以上が個人単位での意思決定ロジックでのケース説明である。企業階層視点でビジネスモデル設計の観点からBT社のビジネスプロセスとシステムを検討すると,本ケースはOsterwalder, Pigneur, Bernarda, and Smith(2014)らの提唱するヴァリュープロポジション(以下,VP)のデザインになっていたと考えられる。VPとは,ビジネスモデル開発の実務で頻繁に用いられる概念で,「顧客がある製品の購入を決めた時,企業が顧客に提供すると示した価値」(Betrax, 2019)などとされる。その設計の視点としては,競合,自社,ユーザーなど複数のステイクホルダーの視角を統合する。筆者から見れば,ハンナ氏のエフェクチュエーションのロジックで意思決定していく,ステイクホルダーの視角を統合した価値創造プロセスは,企業が集団でVPをデザインしていくプロセスに重なる。これまで企業におけるVPのデザインは,主にStrategyzer社が提唱するVPデザインキャンパス(https://www.strategyzer.com/)のような穴埋め式のシートを用いて検討するアプローチであった。検討プロセスはまずは机上で企業単位をまたがる環境分析を行い,ビジネスシステムとプロセス設計の内容をシートに記入し,組織的合意を図るプロセスとなる。ただし,どのように穴埋めのフォーマットを工夫しようとも所詮穴埋めであり,実践してみなくてはわからないことも多く,机上の空論になってしまいがちである。さらに,実際に担当する個人がどうやってその設計を実践し,振り返り,更新していけばいいのか,その処方箋はあまり示されてこなかった。ハンナ氏のケースを参考にすれば,一旦環境分析を踏まえた机上ベースにてVPをデザインし,まずは遂行的なアプローチで執行に向かい,すばやく省察を行いエフェクチュエーションのロジックでシートを更新し,VPデザインシートの更新内容に集団的に合意していくというような取り組みが想定できる。

2. what I can doとピヴォット

Miyai(2020b)では,ITエンジニア向けのニュース提供サービスであるTECHFEEDを運営する株式会社テックフィード(以下,TF社)の白石俊平代表にインタビューを行った。TF社の創業は2010年と古いが本格的に自社サービスの開発に力を入れるために資金調達を行ったのは2018年末であるため,創業から数年のスタートアップ企業とみなした。TF社は,インタビューの1年ほど前に,1億円の資金調達を行った。BT社に比べればすでにサービスをローンチし,7万人近い登録ユーザーを獲得しており,サービスの本格開発を目指すシリーズAと言われる段階での調達であった。白石氏はインタビューの中で,当時展開し,7万人規模の登録ユーザーを持っていたTECHFEEDというサービスをまったく違う考え方で作り直したTECHFEED PROへとリニューアルした経験を語った。具体的な改編の内容は専門的なため紹介を割愛するが,その背後には,コーゼーションの意思決定ロジックである「何をすべきか(what I ought)」ではなく,エフェクチュエーションの意思決定ロジックである「自分が誰であるのか(who I am)」,「何を知っているのか(what I know)」を基準に「自分は何ができるのか(what I can do)」という観点からの意思決定があった。当時白石氏はローンチしていたTECHFEEDについて登録ユーザー数は7万人程度あったものの,ユーザー継続率が高くなく,サービス自体に価値があるのはわかっていたが,収益につながる価値とビジネスシステムにつなげきれないことで悩んでいた。白石代表は振り返りの中で,「エンジニアに,いい情報を凝縮して提供するという僕の人生のこれまでやってきたことの延長線上」にあるサービスを追求したと,「自分が誰であるのか」について語った。続いて,「エキスパートの人が使ってくれるような,すごくマニアックでハイレベルな情報をサジェストしてくれるサービスを作りたかったんですが,その理想にどうしても届かなかったんです。」と「何を知っているのか」についても語った。このロジックに基づいてエキスパート層のエンジニアが閲覧している情報をその他のエンジニアがフォローできる形に大きくサービスを作り直した結果,当初想定していた多数のエンジニアユーザー数を背景にした広告メディアとしての収益化ではなく,エキスパートや学習意欲の高いエンジニアの人材紹介を行うHR(Human Resource)業としての収益化戦略にたどり着いた。エフェクチュエーションによる意思決定を通じて,ユーザーは多いが収益につながらないサービスを,収益につながる価値のあるビジネスシステム設計にまで磨き上げることができた。以上が個人単位での意思決定ロジックでのケース説明である。

企業階層視点で,ビジネスモデル設計の観点からTF社のビジネスプロセスを検討すると,それは「ピヴォット(Reis, 2011)」の実施になっていたと考えられる。ピヴォットはビジネスモデル開発実務の初期段階で意識される概念で,「顧客からのフィードバックを受けて,企業のビジネス仮説に反するような大幅な変更を行うこと」(Kirtley & O’Mahony, 2020)とされる。これまで実務の中ではY’combinator(2019)などの著名ヴェンチャーキャピタルがピヴォットの重要性を主張し,コンサルタントがピヴォットの事例について語ってきた(Applied Frameworks, 2016)。しかし,具体的に事業環境の中で目の前の事象を個人がどういうロジックで評価すれば組織としてピヴォットを実現できるのかについてはあまり語られてこなかった。新商品やサービスのローンチやリニューアル時のマーケティング・ミックスの執行において行き詰まりを抱えるケースは少なくない。マーケティング・マネジメントにおいてもピヴォットは有用な概念である。組織のなかで「ピヴォット」という概念が共有されていれば,市場や競合分析から得られた「何をすべきか」に基づく意思決定だけでなく,企業にとっての「who I am」であるパーパスやビジョンに基づき「何ができるのか」を検討ロジックにし,方向転換を集団的に合意していくという組織的意思決定プロセスが想定できる。

3. コーゼーションとプロダクト・マーケット・フィット

Miyai(2020c)では,株式交換型のクラウドファンディングサービスを手掛ける株式会社日本クラウドキャピタル(以下,JCC社)の柴原祐喜代表にインタビューを行った。2016年にサービスのローンチに必要な金融当局の許認可を獲得し,インタビュー時までに累計4回,合計8億円近い資金調達を成功させていた。BT社やTF社に比べれば,サービス規模や売上,社員数も大きく,あとはサービスのスケール拡大を推進するフェーズに入っていた。まさに価値の創造に成功し,その保持・拡大に向かう段階である。柴原氏の創業時からの振り返りの中ではエフェクチュエーションによる意思決定の場面が多数見られたが,インタビュー対象となった起業家の中では価値の創造から保持へと至るフェーズを経験しているため,価値の保持に至る境界線を中心に取り上げる。

柴原氏の振り返りの中で,「当時因数分解していった先のKPI(Key Performance Index)が細かすぎたりしたんですよね。そのパラメータ自体をいじりながらというのをずっと続けています。(中略)トップラインのところはもう少しわかりやすく,シンプルに直しました。誰も理解できないレベルまでいってしまっていたので。やっぱわかりやすいとみんなの頭に入るので良かったです。」といった発言があった。この発言は事業進捗を見ていく主要な指標であるKPI群を,当初は複雑にしすぎていて,事業進捗と共に変数を絞りシンプルにしていったという話である。創業当初は第3の不確実性に直面している。予測的アプローチが効きにくく,遂行的アプローチにより様々な施策を執行するため,予測的アプローチの代表格であるKPI管理をしようとするとKPIが多数かつ複雑になることは容易に想像できる。通常の起業家であれば複雑で多数のKPIを管理することに創業当初は意味を見いだせず,KPI管理を一時的に諦めることもあるが,柴原氏はMBA取得の経歴もあり,創業当初からコーゼーションによる意思決定ロジックを並行して用いる選好が強かったと考えられる。ここまでが,エフェクチュエーションによる個人としての意志決定としてのケース説明である。

筆者は,このKPIのシンプル化を,企業単位でのビジネスモデル構築における「プロダクト・マーケット・フィット(以下,PMF)」の獲得になっていると解釈した。PMFは著名な起業家でありヴェンチャーキャピタリストであるAndy Rachleefによって提唱された概念である。特にIT系のサービス開発において頻繁に参照され,「説得力のある価値仮説の特定(Identifying a compelling value hypothesis)」(Rachleef, 2013)とされる。マーケティング研究の用語で説明すれば,PMFとは,自社のターゲットしている顧客のウオンツが自社の製品やサービスに向けられていることが確認できる状態という意味である。PMFが達成された段階においては,価値仮説,つまり顧客が受容するマーケティング・ミックスの要素が特定されているため,顧客のファネルと呼ばれる,認知から実際の購買までの人数の逓減,その低減率に影響を与える変数が絞り込まれてくる。

これまで,Rachleef(2013)も指摘しているように,PMFに至ったかどうかの判断をするための数学的な検証が考案されてきたものの,結局その判断は質的にならざるを得なかった。しかしながら,KPI種そのものの減少(シンプル化)と,周囲も(つまり集団が)理解し運用できるようになったという2つの事象は外形的にも確認可能である。PMFが達成された段階では遂行的アプローチと比較して予測アプローチが有効に働き,PDCAによる改善が機能しやすくなっているという理解である。この段階で起業家は,第3の不確実性の減少を察知し,権限移譲を行い,予測的アプローチに比重を置いた集団でのオペレーションへと移行すると想定できる。スタートアップ企業であれば,価値の獲得から保持へ至るフェーズの見極めについては,起業家個人が察知し,エフェクチュエーションによる意思決定を減少させ,コ―ゼーションによるアプローチに移行していくだけでよいが,企業単位でのビジネスプロセスを遂行する場合には,PMFのフレームワークを活用し,KPI数の減少やKPI構造の集団による理解の有無といった外形的な基準によって,第3の不確実性の減少を集団で認識し,予測的アプローチを増加させていくタイミングの判断や新たな収益機会の検討というようなプロセスが想定される。

この,新たな収益機会の検討についてもう1つエピソードを取り上げる。柴原氏は当初の主要なサービスであった「株式交換型クラウドファンディング」に加えて未公開株を個人投資家同士が取引できる「セカンダリー・マーケット」と呼ばれるサービスの開発のために,第一種金融商品取引業への変更登録を目指していた。このような,自社がひとたびPMFを確立したマーケットから近接する領域での収益を上げるために行う活動を,ビジネスモデル開発の実務ではTAM-SAM-SOMと呼ばれるフレームワーク(François, 2017)で理解する。学術な定義に関する検討は少ないため,筆者が実務の中で使われる意味合いを以下に説明する。SOMとはShare Of Marketの略で,実際に商品やサービスを開発し,その商品やサービスで獲得できた市場規模を指す。JCC社の例で言えば,個人投資家による資金調達への参加である株式交換型クラウドファンディングが獲得する市場を指す。SAMとはServiceable Available Marketの略で,ターゲットとしている顧客の需要の範囲で獲得できる市場を指す。JCC社の例でいえば,「セカンダリーマーケット」の提供による市場獲得が該当する。TAMはTotal Addressable Marketの略で,ある市場の中で獲得できる最大の市場規模を指し,代替品や代替サービスの市場規模も含めた総需要が当てはまる。JCCの例でいえば,未公開株の流通市場全体,もっと広げれば上場株式を含めた個人投資家による様々な株式の流通ニーズ全体を指す。柴原氏はPMFの獲得と同時に,次なるSAMの獲得を意図していた。そこで再び第3の不確実性に直面するため,起業家はエフェクチュエーションを活用し再び第3の不確実性と戦っていくのである。集団での意思決定においても,PMFを獲得した後はSAMへの進出を再びエフェクチュエーションを重視した意思決定で検討するというプロセスが想定できる。

IV. 考察と今後の研究課題

本研究では,ビジネスモデルの基本的な定義や特徴を概観しながら,関連するエフェクチュエーション研究の蓄積をレビューした。また,ビジネスモデル研究とエフェクチュエーション研究の扱う概念が階層的になっていることを指摘し,両者がともに扱う企業単位の階層に着眼することで両研究の接続可能性を検討できることを示した。その後,実践型研究から得られた起業家へのインタビューを用いて起業家個人のエフェクチュエーションによる意思決定をビジネスモデル研究やビジネスモデル開発実務で利用されているフレームワークと対応付けて理解することを通じて,企業内の個人によるエフェクチュエーションによる意思決定を集団による意思決定へと接続できる可能性を示した。

本研究の貢献を3点挙げる。1つは,エフェクチュエーションによる意思決定をビジネスモデル研究へ体系的に接続するためのビジネスモデル概念の定義を導出したことである。先行研究の整理を通じて指摘したようにビジネスモデルの定義には多義性があるが,ビジネスモデル研究が扱う対象範囲の広さを考えれば仕方のないことであり,研究の目的に応じて適切に概念定義を調整する必要がある。環境やシステム,集団(企業),個人の階層性に配慮し導出された本研究のビジネスモデル概念の定義は,ビジネスモデル研究とエフェクチュエーション研究を体系的に検討するにあたって今後も活用され得ると考える。

2つめは,エフェクチュエーションによる意思決定ロジックを集団での意思決定に活用するために,ビジネスモデル研究やビジネスモデル開発で用いられているフレームワークが活用できることを,実践型研究により得られたデータを用いて示したことである。これまでエフェクチュエーションによる意思決定ロジックである「who I am」「クレイジーキルトの原則」やエフェクチュエーション研究の1つのテーマである「エフェクチュエーションからコ―ゼーションへの移行」などを「VP,ピヴォット,PMF」「TAM-SOM-SAM」といったフレームワークと対応づけて論ずることはなかった。これらのフレームワークは企業における集団の意思決定時には馴染みのあるものであり,集団に所属する各個人がエフェクチュエーションによる意思決定を遂行しながらも,各々の意思決定をこれらのフレームワークでまとめ上げて議論することで,集団での意思決定につなげるというビジネスプロセスを提案することができた。近年のマーケティング活動においては様々な課金手段を検討する過程でビジネスモデル開発を遂行しなくてはならない状況も増えており,そのようなケースへのインプリケーションがあると考える。

3つめは,ビジネスモデル研究において潮流となっている企業間をまたいだ価値創造システムの視角ではなく,企業単位での検討にもさらなる研究余地があることを示したことである。例えば,ビジネスモデルの設計や構築を個人,集団がどのように相互作用して実現しうるか等,新たな研究テーマの提示にもつながる可能性があり,ビジネスモデル研究コミュニティとの議論も活発になることを期待する。

本研究の課題は2つある。1つめは,エフェクチュエーションによる意思決定ロジックとビジネスモデル研究や実務で用いられるフレームワークの対応関係の網羅性である。本研究では実践型研究ならではの深い情報を得た上での分析ができたことに価値があったが,3人の起業家のケースにとどまっており,さらに数多くの起業家の情報を収集していくことで対応関係に網羅性を持たせることが必要である。またビジネスモデル研究の側でも様々なフレームワークが他にもあり,すべてを洗い出してエフェクチュエーションによる意思決定との対応関係を吟味していく必要がある。2つめは,メソッドの検討である。本研究に置いては実践型研究としてアクションリサーチのアプローチで得られた情報を利用したが,情報収集ならびに分析のメソッドについてその他のアプローチも網羅的に検討し,最適なメソッドを検討する必要がある。

宮井 弘之(みやい ひろゆき)

02年博報堂入社。ブランドイノベーションデザイン局を経て15年に未来洞察と事業開発支援を専業とする株式会社SEEDATAを創業。21年より博報堂の新規事業専門組織ミライの事業室にてチームリーダー。博士(経営学)(筑波大学)

References
 
© 2022 The Author(s).

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https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
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