Japan Marketing Journal
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Preface
Qualitative Comparative Analysis (QCA) in Marketing Research
Akinori Ono
Author information
JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2022 Volume 42 Issue 1 Pages 3-5

Details
Translated Abstract

This special issue contains five articles that analyze various marketing phenomena using qualitative comparative analysis (QCA). QCA is a relatively new method for testing complicated hypotheses in the social sciences. Several overseas journals have published special issues on QCA, but no issues with a focus on QCA have been organized by marketing journals in Japan. As the first of its sort on QCA in Japan, this special issue provides both high quality QCA articles and datasets that support the hypotheses in each of these articles.

本特集テーマの趣意

本号の特集テーマは,「マーケティングの質的比較分析」である。質的比較分析(QCA: Qualitative Comparative Analysis)は,Raginらがブール代数を基礎にして提唱した比較的新しいデータ解析ツールであり(Ragin, 1987, 2000, 2008; Rihoux & Ragin, 2008),後述するような様々な特長を有するがゆえに注目を浴び,現に,社会諸科学において援用され始めている。海外では,このQCAをデータ解析ツールとして用いた論文のみを集めた特集号が組まれてきたが,わが国においては―少なくとも,われわれの分野の邦文雑誌においては―そのような特集号が組まれているのを,編者は目にしたことがない。それは,Tamura(2006, 2015)が出版され,マーケティング研究の分野外においても広く読まれているということに代表されるように,マーケティング研究の分野においてこそ,他の諸科学に先駆けて,この新しいデータ解析ツールは注目されてきたのにもかかわらず,である。そうした意味において,本号は,本邦初のマーケティングの質的比較分析の特集号として重要な意味を持つであろう。

データ解析をめぐる方法論的課題とQCA

さて,われわれマーケティング研究者・実務家は,マーケティングリサーチを行ってデータを収集し,もしかしたら周辺諸学科より頻繁かつ巧妙に,データ解析を行ってきたと言いうるかもしれない。しかしながら,われわれは,ときとして,データ解析の方法論に縛られて,解析対象たる主張ないし仮説を,解析可能な範囲内に押し込めてしまってきた。例えば回帰分析という解析技法は,原因と結果の関係とみなしうる諸現象の結びつきのうち,「現象Aが生じるか,現象Bが生じたか,あるいは現象Cが生じたとき,現象Dが生じる(逆に,ABCも生じなければDも生じない)」といった主張を解析するうえで用いられてきたデータ解析技法のひとつであるが,この技法を用いてデータ解析を実施しようとしてきた研究者・実務家は,回帰分析によってモデル化することのできる単純なタイプの因果的関係しか主張しようとはせず,モデル化することのできない複雑なタイプの因果的関係を主張しようとはしてこなかった,という具合である。

QCAは,その点,従来の解析ツールより複雑なタイプの因果的関係を表現することのできるツールである。すなわち,従来の解析ツールが,現象Aまたは現象Bまたは現象Cといった十分条件の集合体を特定化することしかできない傾向にあったのに対して,QCAは十分条件を成す必要条件を細かく特定化することを得意とする。ほんの一例として,「現象Aが生じたとき,あるいは,現象Bが生じ,かつ現象Cが生じたときに,現象Dが生じる」といった主張や,さらには,「現象Aが生じ,かつ現象Bが生じるか,あるいは,現象Aが生じないときには,現象Bではなく現象Cが生じたときに,現象Dが生じる」といった主張を,解析対象に据えることができる。また,上記は「現象Dが生じるのは,どういうときか」という課題を解くための解析であるが,「現象Dが生じないのは,どういうときか」という課題について,従来の解析ツールが,現象Dが生じるときに生じる現象が生じないときであるとみなしてすませてしまっていたのに対して,QCAは,その課題を別途,解析して探究することができる。

QCAに関する誤解

ここで注記しておきたいことが2点ある。第1点目として,QCAは,小規模データしか収集できないような場合であっても使用することのできるデータ解析ツールであるという別種の特長が,提唱者や追随者によって,上記の特長にも増して強調されるきらいがある。しかし,近年,分析モデルの複雑性に比して小規模なデータしか収集できないような場合であっても,推定方法の改良に伴って従来型の統計解析技法を使用することもできるようになってきたし,逆に,マーケティング研究者・実務家は,多数の企業や消費者から収集された大規模データを活用することができることを常としており,自身が成す主張の経験的支持を得るうえで,単一ないし少数の特殊事例しか現実に見当たらないということは稀であろう。そもそも,小規模なデータを用いた分析によってしか支持されていない仮説は,大規模なデータを用いた分析によって支持された仮説に比べて,統計的にという意味合いではなくとも,より少数の数値としか照合していないという意味で,信頼性が低いとみなすべきであるため,QCAを使用する際にも,分析者は,ごく少数の事例を収集するに留めることなく,より大規模なデータを収集しようと試みるべきであろう。

第2点目として,QCAは,複雑な因果仮説の経験的支持を得るためのデータ解析ツールではあるものの,そうであるがゆえに,主張したい因果仮説に厳密に整合した解を分析結果として得ることが難しいため,QCAを用いる研究者たちは,分析前に仮説を設定するいわゆる「仮説検証型」の研究を断念し,分析前に仮説を設定しないいわゆる「探索型」の研究を志向するきらいがある。「分析の結果,~であることが分かった」と述べることに価値を置く探索型研究は,たしかに,経験則を発見する足がかりの1つとして一定の意義を有しはするものの,複数の探索的研究が,異なる矛盾した因果仮説の存在を「分かった」と報告する,という事態に陥りがちである。そうした事態を避けるために,QCAを使用した実証分析を行うのに先立って,いかに困難を伴うものだとしても,事前に設定された仮説群の論理的妥当性の検討を行おうと試みるべきであろう。

本特集号の貢献

今回,このQCA特集号に寄稿いただいた特集論文5篇は,小規模データを解析する目的でQCAを使用した論文であるというより,複雑な因果的関係を主張する目的で,従来と変わらない規模のデータを用いてQCAを実施した論文であるという点に特徴がある。そして,QCAに頼って複雑な因果的関係を探索的に発見しようとするのではなく,QCAを実施する前に仮説を設定しているという点も,5篇に共通した特徴である。実際,いずれの論文も,従来型の統計解析技法によっては実証不可能な複雑な因果的関係を仮説群として提唱した上で,それらの仮説群を,統計解析技法を使用する際に匹敵する規模のデータを用いて実証することに成功しており,その意味において,マーケティング学界への貢献の高い知見を提供した秀作論文と言いうるであろう。

そのほかにも,本号の特集論文5篇には,いくつかの特筆するべき点がある。第一に,本号以前に国内外にて公刊された,QCAを使用したマーケティング論文の中には,QCAの実施手続きや分析結果の記述について,欠損をきたした論文が目立っていた。その点,本特集論文は,いずれも,目下のところ最も妥当と考えられる手続きを採用し,それを詳細に記述しながら,論文執筆を行っていただいた。

第二に,本号以前に公刊されたQCA論文は,従来のデータ解析ツールには見られない独特な英語の専門用語の日本語訳について,互いに異なってしまっていた。QCA開発者Raginの著作の訳本の中においてさえ,分担訳者ごとに異なる訳出方法で翻訳されるような有様であった。その点,本特集論文も,投稿直後には例外ではなかったものの,全ての著者と査読者の意見を集約して,最善と思われる専門用語とその対訳語のリストを作成し,それに基づく論文の書き直しによって用語統一を図っていただいた。

第三に,本号の特集論文について,論文本体が公開されるのは無論のことであるが,QCAを実施する上で使用したデータも公開していただいた。実証分析に用いたデータの公開は,そのデータを用いてメタ分析等を実施したいと考える読者に便宜を図るため,また,そうした読者とのやりとりの煩雑性から著者を解放するために,海外においては一般的になりつつある。しかし,わが国においては未整備であり,本号に掲載された特集論文の実証データの一括公開は,『マーケティングジャーナル』における初の試みであるだけでなく,マーケティング分野の雑誌全体を見渡しても初の試みであろう。

以上のような様々な貢献によって,本特集号が,わが国のマーケティング研究の高質化の一助となれば,担当編集者としては幸甚である。

References
 
© 2022 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
feedback
Top