Japan Marketing Journal
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Review Article / Invited Peer-Reviewed Article
Effects of Crowding in Marketing:
Progress and Future Directions of Perceived Crowding Research
Takanori Suda
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2022 Volume 42 Issue 1 Pages 73-80

Details
Abstract

本研究では,過去10年においてマーケティング研究で行われた混雑感知覚(Perceived Crowding)に関する研究をレビューする。混雑感知覚の研究を,混雑感が消費者の認知・感情に及ぼす影響,消費者の功利的・価値表出的行動に及ぼす影響,推論の手がかりとしての混雑感の3つの視点に分けて整理した。レビューの結果として,混雑感知覚の研究は店舗内購買行動研究から消費者の情報処理や意思決定を対象とした研究に,領域が拡張されていることを確認した。また今後の課題として,推論の手がかりとしての混雑のより詳細な議論の必要性,今日的な店舗研究と混雑感知覚を取り上げた研究が少ない,混雑感知覚の研究が購買意思決定の段階に沿って進められて議論がなされていない,の3点を指摘した。本研究の結果は,マーケティングにおける混雑感知覚の概念を説明し,この分野の実証研究を網羅的にレビューすることで,混雑した小売店環境や消費者行動の理解に役立つ知見を整理している。

Translated Abstract

This article reviews studies on perceived crowding conducted in marketing research over the past decade. The findings of these studies are organized into three perspectives: the effects of perceived crowding on consumers’ cognition and emotion, the effects of perceived crowding on consumers’ utilitarian and value-expressive behaviors, and perceived crowding as a cue for inference. The review confirmed that studies on perceived crowding have been extended from in-store behavior research to consumer information processing and decision making. We also point out three issues for future research: the need for more detailed discussion of crowding as a cue for inference, the limited number of studies that address today’s in-store research and perceived crowding, and the lack of discussion of perceived crowding research through the stages of purchase decision making. This comprehensive review of empirical studies on perceived crowding explain this concept in marketing and summarize findings that are useful for understanding crowded retail environments and consumer behavior.

I. はじめに

マーケティング研究では,社会的他者や店舗の雰囲気が消費者の意思決定に影響することが古くから知られている。それぞれを対象とした研究は多種多様であるが,そのひとつに,消費者が知覚する混雑感(Perceived Crowding)に着目した研究がある。

マーケティングにおける混雑感とは,商業施設などの空間において,消費者が混雑している状況に対して知覚する主観的な評価であり,購買における満足度などに影響を与える変数の一つである(Blut & Iyer, 2020; Mehta, 2013)。混雑感は消費者の評価に影響を与えるにのみならず,その後の行動にも影響する。例えば,混雑した店舗を「繁盛している」と評価する消費者もいれば,「人混みを避けよう」と行動する消費者もいるだろう。以上のことから,混雑感知覚は店舗研究のみならず消費者行動研究にも示唆を与えるリサーチトピックであり,その研究数も過去20年で増加傾向にある(Blut & Iyer, 2020; Eroglu, Machleit, & Barr, 2005)。

そこで本稿では,消費者が知覚する混雑感を対象とした研究をレビューする。特に,過去10年間にマーケティング研究におけるトップジャーナルに掲載された論文をレビュー対象として,研究の動向を整理したうえで今後の課題を確認する。

本稿の構成は以下の通りである。まず第2章では,消費者が知覚する混雑感の基礎を確認する。続いて,第3章において対象論文の選定を行い,第4章において近年の混雑感知覚を取り上げた主要研究をレビューする。最後に第5章では,本論のまとめを行うとともに,今後の課題を提示する。

II. 混雑感知覚の基礎

1. 密度と混雑感

混雑に関する研究は,環境心理学や社会心理学を中心に取り組まれてきた。初期の研究では,人口密度の高まりと,医学や社会的な指標(e.g. 犯罪率など)との相関を調査した研究が進められている(Stokols, 1972)。Stokols(1972)は,混雑研究で用いられてきた概念である密度(Density)と混雑感(Crowding)とを整理し,密度は「空間的な制限を伴う物理的で客観的な状況」であるのに対し,混雑感は「空間的・社会的・個人的要因の相互作用によって認識される主観的な動機づけの状態」であると定義した。またMcgrew(1970)は,密度には社会的密度と空間的密度の2種類があり,社会的密度とは「ある空間における人の数」であり,空間的密度とは「一人当たりの空間の大きさ」であるとした。

社会的・空間的密度の高まりにより混雑感を知覚すると,人は心理的ストレスを経験する。これは,人が空間に対して抱く需要が,利用可能な空間の供給を上回る場合に発生し(Stokols, 1972),その結果として環境に対するコントロール感の欠如や(Schmidt & Keating, 1979),パーソナルスペースの侵害を認識することで(McDowell, 1972),ネガティブな感情および評価が生じるとされている。

2. マーケティングにおける混雑感

マーケティング研究における混雑研究は,スーパーやショッピングセンターの人気が高まり始めた1970年代に,小売店舗での混雑を対象として研究が始まる(Bellenger, Robertson, & Greenberg, 1977; Mehta, 2013)。

環境心理学や社会心理学の先行研究に準じ,マーケティングにおける混雑感は社会的密度と空間的密度の2次元で構成されると指摘されている(Machleit, Kellaris, & Eroglu, 1994)。店舗内の客数の増加や陳列などの影響により,店内で消費者が利用できるスペースや移動の自由が制限されると,消費者は心理的ストレスを経験する。その結果として,消費者はコントロール感の低減や(Van Rompay, Galetzka, Pruyn, & Garcia, 2008),ネガティブ感情の想起により(Harrell, Hutt, & Anderson, 1980),購買における満足度が低下することが確認されている(Machleit, Eroglu, & Mantel, 2000)。さらに,混雑した店舗ではレジを早く通過するために購買の抑制・延期や,買い物リストの遵守,探索行動の減少など,ネガティブな行動との関連が取り上げられている(Eroglu & Harrell, 1986; Harrell et al., 1980)。

一方で,混雑感が購買評価に与える影響は個人的・文化的・状況的要因等によって複合的に調整され(Mehta, 2013),正負の両効果が存在するとも指摘されている。例えば,功利的な購買環境(e.g. 食料品店や書店など)では混雑感の負の効果がより顕著であるのに対し(Pons & Laroche, 2007),快楽的な購買環境(e.g. ディスコやレストラン)では混雑感への肯定的な反応が得られている(Tse, Sin, & Yim, 2002)。以上を踏まえ,今後の課題として,混雑感と評価に関係する調整要因の精緻な検討が指摘されている(Blut & Iyer, 2020)。

また近年では,社会的密度と空間的密度による混雑感知覚への影響を区別して議論が進められている。理由として,社会的密度による混雑(社会的混雑:Human Crowding)は,店舗内における他者の数の増加で発生するのに対し,空間的密度による混雑(空間的混雑:Spatial Crowding)は,消費者自身の周囲の他者が増加し,行動可能な空間が減少することで発生するため,混雑の意味合いや影響のメカニズムが異なるからである。特に空間的混雑の場合,その影響が他者の数の増加によるためか,他者の近接性(パーソナルスペースの侵害)によるためかの弁別が付きにくい。そこで,近年では,社会的混雑が消費者の意思決定に与える影響を中心とした研究が盛んに進められている。

以上の議論を踏まえ,次章では近年の混雑感知覚研究を確認するにあたり,レビュー対象とする論文の選定を行う。

III. 対象論文の選定

本章では,本研究においてレビュー対象とする論文の選定を行う。既存のレビュー研究として,Mehta(2013)は1976年から2012年までの小売文脈における混雑研究をレビューしている。そこで本研究では,2012年以降においてマーケティング分野のトップジャーナルに掲載された論文をレビュー対象とした。

対象論文の選定は,Paul and Criado(2020)を参考として以下の通りに実施した。論文検索ツールはWeb of Scienceを使用し,“social density”,“spatial density”,“spatial crowding”,“human crowding”などのキーワードを含む,2012年以降に発行された論文を検索した。次に,Association of Business Schools(ABS)のJournal Quality List 2021から,マーケティング分野におけるランク3以上のジャーナルに絞り,再検索をしたところ,125本の論文が確認された1)。さらに,タイトルや要約を確認し,混雑感との関連性が低い論文を除き,13本の論文を選定した2)。また,上記の論文において引用が見られる,混雑感知覚との関連性が特に高い論文1本を加え,全14本の論文をレビュー対象とした。次章では,レビューした結果について整理していく3)

IV. 近年の混雑感知覚研究

本稿では近年の混雑感知覚の研究をレビューするにあたり,3つの視点から整理を行う。1つ目は,混雑感知覚が消費者の認知・感情に及ぼす影響に着目した研究である。2つ目は,混雑感知覚が消費者の功利的・価値表出的行動に及ぼす影響に着目した研究である。3つ目は,混雑した状況を手がかりとして,消費者が店舗や製品の品質を推論することに着目した研究である。以下では,3つの視点から先行研究を概観していく。

1. 消費者の認知・感情に及ぼす影響

高い混雑感を知覚した場合,消費者はコントロール感が低減することで(Van Rompay et al., 2008),ネガティブ感情が想起されることは既に知られている(Harrell et al., 1980)。近年の研究では,混雑感の知覚が消費者の感情のみならず,認知的な処理能力を低下させる可能性が指摘されている。Hock and Bagchi(2018)は,6つのフィールド実験と実験室実験により,混雑感の知覚とカロリー消費量の関係性を検討した。Hockらによれば,混雑度の高い空間は消費者に認知的な負荷をかけ,その気晴らしを行うために,カロリーの低い製品(健康的な食品)よりも,カロリーの高い製品(非健康的な食品)の選択傾向が高まることを明らかにした。また,これらの効果は社会的密度と空間的密度のどちらが高い状態でも発生することもあわせて確認している。

またAydinli, Lamey, Millet, ter Braak, and Vuegen(2021)は,混雑が消費者の認知的処理能力を低下させるほど,相対的に店舗内において感情的な意思決定が行われることに着目している。Aydinliらは,オランダの食料品市場における7つの小売チェーンを対象としたフィールド調査の結果,混雑した状況において,消費者は購入する商品やブランドの選択を変えることを確認した。具体的には,混雑感を高く知覚した消費者は,相対的に感情との結びつきが強い快楽的な製品や,ナショナルブランドを購入する傾向が高まることを明らかにした。

混雑感は負の感情と密接に結び付くと指摘されてきた一方で,近年の研究では,混雑感は消費者の覚醒度を高めるだけであり,負の感情のみならず,正の感情も想起させることも指摘され始めている。Baker and Wakefield(2012)は,混雑感と感情との関係は,消費者の買い物志向の種別に依存すると主張している。Bakerらは,消費者の買い物志向を「タスク志向」と「社会的志向」に分け,社会的志向を持つ消費者は,買い物時に社会的な繋がりに楽しみを見出すため,混雑に対して正の感情を抱くと仮定した。実験の結果,タスク志向を持つ消費者は,混雑をネガティブに認識し,ストレスを感じていた一方,社会的志向を持つ消費者は,混雑をポジティブに捉え,正の感情を抱いていたことを確認した。

またPons, Giroux, Mourali, and Zins(2016)も,全ての混雑状況が負の感情に結びつかないことを検証している。Ponsらは,混雑状況に対する事前の期待と感情の関係を取り上げ,功利的環境(書店)と快楽的環境(バー)での評価を分析した。その結果,事前に高い混雑が期待されていた場合には,期待されていない場合に比べ,功利的環境では負の感情が低くなり,快楽的環境では正の感情が高まらないことを確認した。これらの結果は,混雑状況に対する消費者の感情評価においては,混雑感の絶対的な知覚だけではなく,混雑感の相対的な知覚(事前の期待)が重要であることを示唆している。

混雑感により生じた負の感情は,覚醒の原因を誤帰属させることで緩和できる可能性もある。Knoeferle, Camillus, and Vossen(2017)は,店内における混雑とBGMの関係に着目し,ヨーロッパの小売店6店舗において,店内BGMのテンポを操作するフィールド実験を行った。その結果,店内が混雑すると顧客の消費金額は低下したものの,テンポの速いBGMを流した場合においては負の効果が緩和されることを確認した。また,負の効果の緩和は消費者がより高額な商品を購入するのではなく,より多くの商品を購入することでもたらされるとしている。密度の負の効果が減少する原因として,消費者は高密度により発生する負の興奮の原因を,速いテンポのBGMにより発生したものと誤帰属させることによると考察している。

2. 消費者の功利的・価値表出的行動に及ぼす影響

混雑感知覚に関する研究の多くは,混雑を社会的他者の増加による影響として捉え,社会的他者と消費者の相互作用の結果としての行動に焦点を当てた研究が多く行われている。社会的他者が消費者に与える影響は様々な視点で分類できるが,本節では混雑による影響として功利的影響と価値表出的影響の2つを挙げ,両影響に関連した消費者の行動に焦点を当てる。功利的影響は集団への帰属によって報酬を得ることや罰を避けるなどの帰属欲求と関連しており,価値表出的影響は自己概念や自己イメージを肯定的に管理したい欲求と関連している(Argo, 2020; Park & Lessig, 1977)。

混雑は消費者のコントロール感の低下やパーソナルスペースの侵害を知覚させるため,その環境にいる他者の存在を嫌悪し,社会的相互作用への動機を低下させる可能性がある。Huang, Huang, and Wyer(2018)は,消費者が高い社会的混雑を知覚した場合,よく使うブランドへの愛着が高まることを明らかにしている。上述の効果は,混雑感が高まることで社会的交流を避けたいという欲求が高まった結果,ブランドへの帰属意識(愛着)を代わりに高めることで,欲求充足を満たそうとするために発生すると述べている。さらに,対象となるブランドへの経験や個人属性等が調整変数として作用することも複数回の実験により明らかにしている。

またPuzakova and Kwak(2017)は,社会的交流を避けようする欲求が,擬人化されたブランドの選好にも影響する可能性を指摘している。Puzakovaらは,消費者が社会的混雑を経験している状況では,インタラクション志向の擬人化ブランドに対する評価が低下することを明らかにしている。また,上述の効果は擬人化への知覚ではなく,擬人化されたブランドが消費者とのインタラクションを求める意図を消費者が知覚した場合に起こるとも述べている。

さらに,社会的交流を避けたい欲求は,消費者をより内向きな行動にシフトさせる。Andrews, Luo, Fang, and Ghose(2016)によれば,空間的混雑な状況において身動きが取れなくなると,消費者はより内向きとなることを確認した。Andrewsらは,フィールドデータを分析し,混雑している地下鉄の乗客は,混雑していない時に比べて,広告に掲載された商品の購入率が約2倍に高まることを明らかにした。広告効果が高まる原因は,混雑感知覚による空間侵害が消費者をより内向きにさせた結果,地下鉄の車両内においてスマートフォンの使用を促し,モバイル広告の影響を受けやすくなるためと結論づけている。

一方で,既に社会的排除の状態に置かれた消費者においては,混雑した状況は社会的交流を生み,帰属意識を回復する機会にもなる。Thomas and Saenger(2020)は,社会的に排除された消費者は,混雑した小売店を選択する傾向が高く,混雑した店舗で商品を見たり,支払い金額が高まる傾向があることを明らかした。また社会的排除状態の消費者は,集団への所属動機を高めることで,混雑度の認識をより高めることも示された。

人は肯定的な自己観を持ちたいという欲求を有しているが(Steele, 1988),社会的・空間的混雑は消費者の環境に対するコントロール感や,自己イメージを低下させる脅威となり得るため,消費者は必要に応じて自己概念を保護,回復しようとする。空間的密度の高まりにより,消費者のパーソナルスペースが侵害された場合,消費者は自己概念に対する脅威を認知する。Maeng, Tanner, and Soman(2013)は,実験室実験とオンライン実験を行い,混雑感の高まりがパーソナルスペースの侵害を知覚させた結果,消費者は防衛/回避反応を起こすことを確認した。その結果として消費者は予防焦点(vs 促進焦点)型の広告メッセージへの評価や,安全志向の製品選好が高まることを明らかにしている。ただし,上述の効果は,混雑感を知覚させた集団が外集団によって構成されている場合のみに発生し,内集団の場合においては効果が確認されなかった。

パーソナルスペースへの侵害は,自己イメージの損失を連想させる可能性もある。Xu, Shen, and Wyer(2012)は,混雑感が高まり,他者との物理的距離が近くなると,消費者は自身の独自性に対する認識が脅かされ,個性を取り戻す方法として,よりユニークな製品を選択する傾向が高まることを示した。ただし,上述の効果は,消費者が他者に自ら近づいた場合など,パーソナルスペースが侵害されたと認識されない場合には確認されなかった。

製品選択のみならず,口コミなどの情報共有行動によって自己イメージを回復する可能性も指摘されている(Consiglio, De Angelis, & Costabile, 2018)。Consigilioらは,消費者は情報共有行動により自身の印象管理を行うことに着目し(Berger, 2014),6つの実証実験,実験室実験,オンライン実験を通じて社会的密度の高さが消費者のコントロール感の低下を促すことを確認したうえで,コントロール感の低下が口コミ意向や,SNSでの情報共有を高めることを明らかにした。また消費者は口コミを行うことでコントロール感の低下を回復することもあわせて確認している。

混雑感が自己イメージを低下させる可能性がある一方で,所属欲求が強い消費者には,社会的他者が多い混雑した状況は自己イメージの強化に繋がる場となり得る。Van Rompay, Krooshoop, Verhoeven, and Pruyn(2012)によれば,所属欲求が高い消費者は混雑感知覚による負の影響が見られないだけでなく,他者にポジティブなイメージを与えるために,混雑した状況では買い物での支払い金額が高まることを確認している。

3. 推論の手がかりとしての混雑感

店舗等における環境的・社会的要因は,消費者が推論を行う際の手がかりとなる(Baker, Grewal, & Parasuraman, 1994)。消費者は,自身が訪れた店舗が混雑していた場合,混雑を手がかりとして利用し,店舗や製品の品質を推論する可能性がある。社会的混雑の手がかりが消費者の推論に影響することを明らかにしたものとしては,O’Guinn, Tanner, and Maeng(2015)の研究がある。O’Guinnらは,社会的地位とテリトリーの概念に着目し,社会的密度が高くなると,消費者はその空間にいる他者への社会階級と収入を低く推論するとともに,社会階級の低い他者が多くいる店舗(混雑している店舗)への評価や製品の品質を低く見積もると仮定した。8つの実験を通して,社会的地位の推論が社会的密度と製品評価を媒介し,消費者は混雑していない状況に比べ,混雑している状況で提示された製品に対して,WTPと製品評価が低くなることを確認した。

V. 結論

本稿では,消費者が知覚する混雑感に着目した研究について,2012年以降にマーケティング分野のトップジャーナルに掲載された論文をレビューした。近年,混雑感知覚研究は研究数が増加傾向にあり(Blut & Iyer, 2020; Eroglu et al., 2005),初期の店舗内購買行動研究から,消費者の情報処理や意思決定を対象とする研究に,領域が拡張されたことが見て取れる。混雑感の知覚は,消費者の認知的・感情的な情報処理や(Aydinli et al., 2021),コントロール感覚の低下(Consiglio et al., 2018),社会的交流の低減(Huang et al., 2018),社会的地位の推論などに影響し(O’Guinn et al., 2015),混雑は消費者の意思決定や行動に幅広く影響することが確認された。

研究領域の拡大により,新たな混雑感知覚の効果が明らかになる一方で,当該領域における今後の研究課題も少なからず存在する。本稿のレビューによる結果として,以下3点の課題を挙げる。1点目は,推論の手がかりとしての混雑のより詳細な議論の必要性である。過去の研究では,店内に他の客がいることは,その店の評判が良く,高品質の製品を提供していると評価する手がかりになると考えられていた(Tse et al., 2002)。一方で,O’Guinn et al.(2015)の研究では,他の客の存在が低品質な製品評価を推論する際の手がかりになると指摘されており,先行研究の結果との不一致が見られる。以上の結果の不一致は,混雑が消費者にとって何を意味するのかを改めて議論する必要性を高めると共に,今後の研究では正負の効果の違いを生む要因の検討が望まれる。

2点目は,今日的な店舗研究と混雑感知覚を取り上げた研究が少ない点である。オムニチャネルへの移行とともに,実店舗での経験価値や機会を競争優位の源泉とするための研究が進められている(Verhoef et al., 2009)。例えば,センサリーマーケティングに代表される五感への感覚訴求と混雑感知覚を扱った研究として,本稿ではKnoeferle et al.(2017)の研究を取り上げた。また,本稿では選定対象外となったが,Madzharov, Block, and Morrin(2015)は,香りと密度の関係に着目し,温かさと関連する香り(バニラやスパイス)は,涼しさと関連する香り(ユーカリやミント)に比べ,他者との物理的距離をより近く知覚させることから,温かい香りは社会的密度を高く知覚させると指摘している。一方で,散見した限りでは,視覚や味覚と混雑感を対象とした研究は行われていない。今後は,実店舗が持つ特性と混雑感知覚を対象とする研究や,混雑の負の効果を低減させるための施策などを検討する研究が望まれる。

3点目は,混雑感知覚の研究が購買意思決定の段階に沿って議論がなされていない点である。先行研究の多くは,購買段階における混雑感知覚と,その後の消費者の評価・反応に焦点を当てて研究が進められている。しかしながら,消費者の混雑感に対する評価は購買前・購買後時点で変化する可能性がある。例えば,Pons et al.(2016)の研究は,消費者の感情評価は事前の混雑に対する期待によって変わることを明らかにしている。また,混雑感知覚研究ではないものの,同じく社会的他者の増加に焦点を当てている行列の研究では,行列で待っている消費者が後ろを振り返り,自身の後ろに待つ人を見ると,消費者は自身が目標に向かって進んでいることが分かり,商品をより価値があると推論したり,期待する商品の楽しさに正の影響を与えることが指摘されている(Koo & Fishbach, 2010)。であるならば,自身の入店後に混雑が発生した場合などにおいては,混雑感の負の効果が減衰する可能性もある。以上を踏まえながら,時間軸や意思決定順の視点からも理論の精緻化が望まれる。

最後に,本論文における研究の限界と課題について言及する。本研究は2012年以降における研究を網羅的に整理したものの,過去からの研究潮流や結果の不一致等を見出すには,2012年以前の研究成果とのさらなる比較が必要である。また本研究では,マーケティング研究のトップジャーナルをレビュー対象としたが,心理学研究やその他領域で蓄積された知見を統合・レビューし,混雑感知覚のより網羅的な理解が望まれる4)

謝辞

本稿の掲載にあたり,レビュワーの先生より建設的なコメントを頂戴いたしました。ここに記して感謝申し上げます。また,本研究は早稲田大学特定課題研究(研究課題番号:2021C-720)の助成を受けて進められた成果の一部です。

1)  2022年2月20日時点の検索結果。

2)  混雑感知覚の研究において混同されやすい,視覚的密度(visual density)などを対象とした研究等を除いている。またレビュー論文やメタ分析を実施している論文をレビューの対象外とした。

3)  最終的に,本論文では Journal of Marketing, Journal of Marketing Research, Journal of Consumer Research, Journal of the Academy of Marketing Science, Marketing Science, Journal of Consumer Psychology, Journal of Retailing, Journal of Business Researchより発行された論文を取り上げる。

4)  現状における社会的・空間的混雑と調整要因の検討については,Blut and Iyer(2020)によるメタ分析の結果を参照されたい。

須田 孝徳(すだ たかのり)

早稲田大学商学学術院助手。成蹊大学経済学部を卒業後,早稲田大学大学院商学研究科修士課程を修了。現在,同大学大学院商学研究科博士後期課程に在籍。修士(商学)。専門は,消費者行動。

References
 
© 2022 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
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