Japan Marketing Journal
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Special Issue / Invited Peer-Reviewed Article
What is Sport Marketing? Consideration of the Specificity
Junya Fujimoto
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2022 Volume 42 Issue 2 Pages 6-16

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Abstract

スポーツマーケティング研究は,国内外のスポーツマネジメント学の主要研究分野として,スポーツビジネスを対象としたマーケティング研究として経営学や商学においても取り組まれている。これらの学問分野はオープンイノベーション的に考えると共創相手であり,スポーツマーケティング研究の発展のためには,共に「スポーツマーケティングとは何か」について問い続けることが重要である。本論では,その一助とすることを目指し,スポーツビジネスと学問としてのスポーツマーケティングの発展の背景を示し,日本のスポーツ界の現状を考慮したスポーツマーケティングの定義について議論する。そして,スポーツマーケティングの特徴はスポーツプロダクトとスポーツ消費者にあることを指摘し,それぞれの特異性について論じ,今後のスポーツマーケティング概念の発展の方向性について述べる。

Translated Abstract

Sport marketing research is pursued in both business administration and commercial science as marketing research related to the business of sport and as the primary domestic and international field of research in sport management studies. These areas of study are co-creation partners in innovation, and it is important to consider the definition of sport marketing to develop sport marketing research. The aim of this study is to assist in this inquiry by presenting the background to the development of sport marketing as sport business and as an academic field. Sport marketing is defined by taking account the current state of the sporting world in Japan and is identified as being characterized by a “sport product” and a “sport consumer.” The specificity of each of these and future directions toward development of the concept of sport marketing are also discussed.

I. はじめに

「スポーツマーケティング」という言葉が初めて用いられたのは1979年に発刊された“Advertising Age”とされている(Mullin, Hardy, & Sutton, 2014)。その後,スポーツの急速なビジネス化とグローバル化を背景に「スポーツマーケティング」は学問そして実践活動として発展し,学術界とビジネス界において世界的に市民権を得た言語となった。今日まで,学術界はビジネス界が実践したスポーツマーケティングを科学的に分析し,ビジネス界は学術界が科学的に実証したスポーツマーケティングの効果や構築した理論を援用・応用する取り組みをそれぞれが充実させながらシナジーを生んできた。そして,その相互関係を通してスポーツマーケティングの学問と実践活動を担う人材育成も発展と充実を続けている。

本論の問いは「スポーツマーケティングとは何か」とシンプルである。この問いには,学問分野として時代や環境,ビジネス,消費者の変化に応じて問い続ける必要がある。また,「○○・マーケティング」と称される事象への「これらの大部分がテンプレート(こいつは使えそうだ!)に終始しているといった観はぬぐい得ない。こうした背景には,ほとんどが,『マーケティングとは何か』という問いに明確な答えを出さないで使っていることに原因がある。」(Kuroda, 2012, p. 27)という指摘に対するスポーツマーケティングの対応でもある。その答えはこれまでのスポーツマーケティングの歩みと議論の延長線上にある。つまり,先人たちの研究と実践の成果,そして議論の足跡を辿り,体系化を図ることで答えに近づき,その理解に繋がる。本論は,その一助とすることを目指し,まずスポーツビジネスと学問としてのスポーツマーケティングの発展の背景とプロセスを示し,スポーツマーケティングの定義について議論する。そして,スポーツマーケティングの独自性がスポーツプロダクトとスポーツ消費者にあるとしてそれぞれの特徴についてまとめ,今後のスポーツマーケティングと研究の方向性について述べる。

II. スポーツビジネスの発展とスポーツマーケティング関連学会の設立

スポーツマーケティングの発展の背景には,1980年代後半に北米から急速に進展したスポーツのビジネス化がある。その起点となった出来事は1984年のロサンゼルスオリンピックである。旅行会社の社長であったピーター・ユベロス氏は,大会組織委員会委員長に就任すると,それまで開催都市の公的資金で賄われていた大会経費を一新し,放送権とスポンサー権,商品化権を収入源の柱とする大会運営の商業化を図った。そして,大会組織委員会のスポンサー収入は1976年のモントリオールオリンピックの約10倍の1億5,700ドルに,放送権料は約7倍の2億3,600万ドルに達した(Harada, 2013)。オリンピック大会終了後,ユベロス氏は当時赤字球団が多いといわれていた大リーグ(MLB)のコミッショナーに就任し,同様のビジネスモデルで数年後にリーグと全球団を黒字化させた。この放送,スポンサー,そして商品化の「権利」を売るビジネスモデルは,現在のオリンピックや国際競技団体,そして世界のプロスポーツのビジネスに採用されている。

スポーツのビジネス化と共に関心が高まったのがスポーツマネジメント研究である。スポーツビジネスの急速な発展はマーケットの拡張・拡大・創造を生み,スポーツに特化したマーケティングとマネジメントの実践を支える学問的知識体系の整備が急務となった。そして,1985年に北米スポーツマネジメント学会(NASSM)が発足,1993年にヨーロッパスポーツマネジメント学会(EASM),1995年にオーストラリア・ニュージーランドスポーツマネジメント学会(SMAANZ),そして2002年にアジアスポーツマネジメント学会(AASM)が発足した。スポーツビジネスのグローバル化とともに,北米,ヨーロッパ,オセアニア,アジアの4地域にスポーツマネジメントの学術組織が形成された。

日本のスポーツビジネスに大きな進展が見られ,スポーツマーケティング研究発展の契機となったのは1993年に開幕したJリーグである。この時期以前の日本のスポーツマネジメント関連研究は,日本体育・スポーツ・健康学会(1950年に日本体育学会として設立2021年に名称変更)の体育経営管理領域と,日本体育・スポーツ経営学会(1952年に体育管理学会として設立,1984年に名称変更)において主に取り組まれていた。1990年になると日本スポーツ産業学会(JSSI)が設立された。設立のきっかけは通商産業省(現:経済産業省)による「スポーツ産業研究会」の報告書「スポーツビジョン21」(Ministry of Economy, Trade and Industry, 1990)である。その中で日本独自のスポーツマネジメント概念確立の必要が指摘され,その研究推進のために「スポーツ産業学会(仮称)の設立」が明記された。現在,日本スポーツ産業学会の学会大会における研究発表やスポーツ産業学研究の掲載論文の多くがスポーツ消費者を対象とした研究となっている。

2007年,国内外においてスポーツマネジメント研究が推進される中,海外の学会との連携・交流と日本におけるスポーツマネジメントの学問としての確立を目指して日本スポーツマネジメント学会(JASM)が設立された。その背景には,国際的に活躍する研究者の増加がある。1990年代後半から国内の関連学会で活躍する研究者の中でNASSM,EASM,SMAANZ,そしてAASMの学会大会で研究成果を発表する者や,北米を中心に海外でスポーツマネジメント学の学位を取得して帰国する者が徐々に増えていった。そして,2006年AASM第3回学会大会の日本開催後,大会実行委員を担ったメンバーが中心となってJASMを設立した。この学会は「スポーツマーケティング(スポンサーシップ,消費者行動)」「マネジメント・リーダーシップ」「スポーツ政策」「ファイナンス&エコノミクス」など9つの研究分野を掲げており,その中でスポーツマーケティング研究は大きな割合を占めている。そして,この分野を牽引する海外の研究と比べてもクオリティの高い研究も増え,今後も我が国のスポーツマーケティング研究の中心的学会として発展が期待される。

III. スポーツマーケティングの定義

1. スポーツマーケティング研究における定義

スポーツマーケティングは,その発展過程においていくつかの定義が議論そして提示されてきた。Harada(2018)によると,日本では対象として「するスポーツ」か「みるスポーツ」のどちらかを強調する考え方が存在した。その背景には,1980年代頃までのスポーツ消費者行動研究の対象が,学校での体育活動や地域スポーツ,フィットネス活動など生活の中でスポーツや運動を「する」人が中心であったこと,1990年代に入りスポーツ大会の放送権やスポンサー権を売るビジネスが加速する中,スタジアム観戦やテレビ視聴など直接的または間接的にスポーツを「みる」人や「応援する」人を対象とするマーケティングが注目を集め始めたこと,がある。マーケティング対象が「する」と「みる」の違いはあるが,共にスポーツ事業または組織とスポーツ消費者との関係性を示した定義であった。

現在,スポーツマーケティング研究で広く受容されているのは,Mullin et al.(2014)の定義である。彼らは「スポーツマーケティングとは,交換プロセスを通じてスポーツ消費者のニーズと欲求を満たすためにデザインされたすべての活動である。そして,スポーツマーケティングには,スポーツ消費者への直接的なスポーツ製品とサービスのマーケティングと,スポーツ組織とのパートナーシップやプロモーションを利用した製品・サービスのマーケティングの主要な2つの側面がある。」(p. 13)としている。

この定義に記された2側面は,「スポーツのマーケティング(marketing of sport)」と「スポーツを利用したマーケティング(marketing through sport)」として知られており,スポーツビジネスの2面性とスポーツマーケティング研究のふたつの視点を示している。例えば,前者はスポーツ競技団体やスポーツ施設,スポーツ用品企業などのスポーツ関連組織がスポーツ消費者を対象として展開する諸活動であり,研究ではスポーツファンやスポーツ実施者,スポーツグッズ購入者,スポーツメディア利用者などを対象としたスポーツ消費者行動研究が中心である。後者は,一般企業や地方自治体などスポーツを活用して展開する諸活動であり,研究では一般消費者や地域住民への影響やスポンサーシップ,まちづくり,そしてスポーツツーリズムなどがこれにあたる。

Mullin et al.(2014)の定義は,「するスポーツ」や「みるスポーツ」のどちらかに重きを置くのではなく,スポーツ消費者が関わる多様な消費行動を対象としていることから,「する」「みる」に限らずスポーツに関連した「買う」「支える」「着る」「履く」「読む」「閲覧する」「共感する」などを包含している。しかし,Harada(2018)は,スポーツウェアの購入やフィットネスクラブ入会などの消費行動はスポーツを「する」行動に付随し,チケットの購入や応援グッズの購入はスポーツを「みる」行動によって生起するという見解を示し,新たな定義を示した。彼は,我が国におけるスポーツマーケティング定義の議論とその変遷,その研究の発展を考慮し,「するスポーツ」と「みるスポーツ」というスポーツ経験の中核となるの場面(シーン)を定義に表記した。この定義は,Mullin et al.(2014)によるスポーツビジネスの2面性を援用し,スポーツ消費者(sport consumer)と「する」「みる」の消費行動(sport consumption)に直接焦点を当てたことによって,スポーツマーケティングの学問と実践の両面において有用といえる。

現在,日本では2011年にスポーツ基本法が交付されて国策としてスポーツ振興が定められ,文化としてのスポーツ推進とスポーツの成長産業化,そしてスポーツを活用した社会課題解決への取り組みが推進されている。この政策と関連するビジネスや自治体の取り組みにおいても「スポーツのマーケティング」と「スポーツを利用したマーケティング」が展開され,関連するスポーツ消費者に焦点を当てた研究も広く取り組まれている。そこで本稿では,Harada(2018)の定義に一部加筆(下線部)して下記のように定義する。

スポーツマーケティングとは,「するスポーツ」と「みるスポーツ」で生起するスポーツ消費者のニーズと欲求を満たすために行われるすべての活動であり,「スポーツそのものの価値またはスポーツ用品・サービスの価値を高めるマーケティング(marketing of sport)」と「スポーツを利用して,製品やサービスの価値を高めるまたは社会課題の解決に取り組むマーケティング(marketing through sport)」を含む。

この定義には,「する」「みる」そのものと関連する製品・サービス,それを消費することでニーズと欲求を満たそうとするスポーツ消費者,そして,2つのマーケティング活動の側面が示されている。つまり,スポーツ関連組織やスポーツを活用しようとする組織が「何を」「誰に」「どうやって」届けるのか,という3つの要素が含まれている。スポーツ消費者行動が中心のスポーツマーケティング研究にとってその対象の範疇が明確であり,スポーツビジネスの民間事業と公共事業の両面においても活動の方向性が理解しやすい定義と思われる。

2. マーケティングとスポーツマーケティング

前述のように,スポーツマーケティングの定義の議論はスポーツマネジメント関連の学問分野で展開されてきた。一方,本論の定義にも示した「スポーツのマーケティング」と「スポーツを利用したマーケティング」は,「スポーツの」であれ「スポーツを利用した」であれ,その活動が「マーケティング」であることを意味している。また,日本マーケティング協会(JMA)によるマーケティング定義の報告書には「マーケティングが地域文化の振興を目的に,各地に博物館やスポーツ・レクリエーション場など,各種の公共施設が作られているのに,その利用状況となると,必ずしも十分に活用されているとは限らない。」(Japan Marketing Association [JMA], 1990)と示され,スポーツ・レクリエーションを視野に入れて検討されたことが記載されている。したがって,スポーツマーケティングは,学問としての発展と充実,定義,実践活動への応用から独自性を持つことは理解されているが,併せて「マーケティングの原理とプロセスの特定の応用」(Shank & Lyberger, 2015)であるという視点を持つ必要がある。

マーケティングの概念や定義の議論は,古くて新しいトピックである。最初の定義は,1935年,アメリカマーケティング協会(AMA)の前身である全国マーケティング教師協会によるものとされている。その後,多くの研究者がAMAやフィリップ・コトラーの概念や定義を社会状況の変化との関連から議論を重ねてきた(e.g., Kaminuma, 2014; Katayama, 2018; Sekine, 2018; Wakabayashi, 2010)。AMAの現在の定義は「マーケティングとは,顧客,得意先,パートナー,そして社会一般にとって価値ある提供物を創造し,伝達し,交換する活動であり,一連の制度であり,プロセス」である(Kaminuma, 2014)。

日本では,JMAが1985年のAMA定義を基に議論し,日本の現状や研究者と実務家の意見を集約して1990年に定義をまとめている。それは「マーケティングとは,企業および他の組織がグローバルな視野に立ち,顧客との相互理解を得ながら,公正な競争を通じて行う市場創造のための総合的活動」(JMA, 1990)である。AMAとJMAの定義の違いに関する詳細な議論はこの分野の研究者にゆだねるが,Kuroda(2012)が指摘するように,両者間には類似点があるものの「全体として,アメリカでは,マーケティングを全社的なもの,ビジネスそのもの,企業そのものと考える傾向がある。日本では,経営の一つの機能として見ている傾向が強い」ことは両定義の文面からも解釈できる。

ここでは,スポーツマーケティングの定義とAMAそしてJMAのマーケティングの定義の文章構成内容を比較することで,前者の独自性を確認する。広辞苑によると定義とは「ある概念の内容やある語の意味を,他と区別できるように明確に限定すること」である。この3つの定義はそれぞれの社会的,環境的,歴史的な背景を考慮し,学問的な議論を経て明文化されたものである。したがって,その文章構成内容を直接比較することはスポーツマーケティングの特徴を確認するひとつの手法として有用と考える。

1は,3つの定義の構成要素の比較を示している。Kuroda(2012)が指摘したように,マーケティングを企業経営の一つの機能とみる傾向の強いJMAの定義は,マーケティング活動の「誰が(主体)」と「どのスタンスで(領域・視野)」を重視して明記している。一方,マーケティングをより全体的あるいはビジネスそのものとするAMAの定義にはこの2要素は見られない。スポーツマーケティングの定義においても活動主体や対象者における守備範囲の広さ(Harada, 2018)から,AMAと同じ「何を」「誰に」「どうやって」の3要素で構成されている。定義内容の構成においては,スポーツマーケティングとAMAの定義は同様の視座にあると解釈できる。

表1

マーケティングとスポーツマーケティングの定義の構成要素とその表現

出典:筆者が作成

一方,スポーツマーケティングとAMAの定義の違いは明白である。それは,スポーツマーケティングが「何を」と「誰に」をスポーツに限定している点である。しかし,これだけではKuroda(2012)の「○○・マーケティング」と称される事象への批判的指摘に対する「スポーツマーケティング」の説明とはならない。スポーツマーケティングが社会の変化とスポーツのビジネス化に対応しながら独立した学問として発展を続けている理由,すなわち,スポーツマーケティングの独自性を読み解くには,「何を」と「誰に」の特異性を理解する必要がある。

IV. スポーツプロダクトの特異性

スポーツマーケティングでは,本論の定義の構成要素である「何を」は「スポーツプロダクト」と称されている。「する」「みる」スポーツプロダクトの本質は「満足を超えた感動や幸福感などの経験的価値」といえる(Harada, 2018, p. 53)。一方,その特性については多くの研究者が複数の視点から説明している。例えば,プロダクトの構造と構成要素(Harada, 2018; Mullin et al., 2014),可視性と非可視性(Mullin et al., 2014; Pitts & Stotlar, 2007),サービス財の基本要素(Harada, 2018; Matsuoka, 2010; Nara, 2020),サービスクオリティ(Harada, 2018; Shilbury, Westerbeek, Quick, Funk, & Karg, 2014),スポーツ消費者が得られる便益(Harada, 2018; Pitts & Stotlar, 2007; Shank & Lyberger, 2015)と経験(Harada, 2018),スポーツ組織・経営の特性(Nara, 2020),そしてスポーツ産業の構造特性(Adachi & Matsuoka, 2018; Harada, 2021; Matsuoka, 2010; Watanabe, 2001)などである。しかし,これらの多くは既存の枠組みに消費財としてスポーツを当てはめて説明したものであり,スポーツそのものが持つ本質的な特徴を軸とする議論ではない。

スポーツの概念と定義に関する議論は,社会や産業,文化の時代的変遷と共に継続的に展開されきた。Seki(2020)は,これまでの「スポーツとは何か」の議論を概観し,その構造的視点から「完結性」「競争性」「規則性」「自主性」「完備情報性」の特性を示した。また,スポーツのビジネス化が進む中でスポーツの「文化性」(Nakanishi, 2012; Yoshida, 2012)や「公共性」(Kiku, 2017; Suzuki, 2018),「公益性」(Kasano, Shimizu, Mogi, & Naruse, 2019; Kikuchi, 1999),そして「空間的・時間的消費」(Kikuchi, 1999; Watanabe, 2001)なども指摘されてきた。本論では,今日までのスポーツプロダクトとスポーツの両方の概念に関する議論,そしてスポーツマーケティングの独自性を示すもうひとつ要素であるスポーツ消費者との関連を踏まえ,「公共性・公益性」「競争性」「自発性・自主性」「時間的制約性」の4つをスポーツプロダクトの特異性として示す。

1. 公共性・公益性

スポーツは,「スポーツ基本法」として基本事項が法律で定められている(Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology, 2011)。「スポーツは,世界共通の人類の文化である」から始まるその条文の内容から,スポーツはMurakami(2007)Hashizume(2000)が指摘する公共性の条件を十分に満たしている。そして,スポーツ振興の担い手として国,地方公共団体,学校,スポーツ団体,そして民間事業者など幅広い組織の責務または協力,そして連携の重要性が指摘されており,公共セクターが担う領域の広さからもスポーツプロダクトとしての公共性は高いといえる。

また,スポーツは「人格の形成」「地域社会の再生」「長寿社会の実現」「国民経済の発展」「国際平和」「国際的地位の向上」などの社会課題解決に重要な役割を果たす,と記されている。これはスポーツの公益性を意味しており,スポーツは官民を問わず国民生活の充実と発展に貢献する社会的使命・責任を有しているといえる(Kikuchi, 1999)。本論のスポーツマーケティングの定義からみると,「公共性の高いスポーツ」の振興を推進して多くの公益を生み出すこと,あるいは,「公共性の高いスポーツ」を使って社会の課題解決に貢献すること,これがスポーツマーケティングの特徴といえる。一方,日本のスポーツ競技団体には公益財団法人が多く(Kasano et al., 2019),税制の優遇や助成金・補助金を受けることができる(Yatsuka, 2018)ことも特徴といえるが,そのために組織にマーケティング志向やその活動が根付きにくい実態もある。

2. 競争性

「する」「みる」スポーツプロダクトには,勝敗を競い合うあるいはパフォーマンスを追求して高めるという競争性が存在する。この特性はサービス財としての「異質性」「消滅性」やサービスクオリティの「信頼性」に関連し(Harada, 2018),スポーツマネジメント研究でも「予測不可能性」(Matsuoka, 2010; Nara, 2020)や「非一貫性」(Mullin et al., 2014)として理解されている。スポーツプロダクトの構造的特性としては,その中枢要素(core elements)の中にマーケターが制御困難な「勝敗」や「パフォーマンス」が含まれていることが大きな特徴である。したがって,スポーツマーケティングでは,スポーツ消費者の経験価値に繋がる施設の雰囲気,設備,アパレル,音楽,物販,関連イベント,ハーフタイムショーなどの拡大要素(extension elements)に注力すべきとされている(Mullin et al., 2014)。

一方,競争性は前項で示した様々な公益との関連も強い。例えば,「する」スポーツで得る人格の形成や健康増進などの個人的便益は,勝敗やパフォーマンスを追求することに関連する全ての消費行動の創造物の一部であり,それを得ることを目指すスポーツの教育的・精神的・身体的な目的でもある。また,「みる」スポーツ振興で醸成される社会的価値や誘発される経済的価値は,勝敗や順位をかけて戦う試合の観戦や応援に関連する全ての消費行動から期待される公益である。競争性は,勝敗が決まるまたはパフォーマンスが評価される場面だけでなく,そこに至るまでのプロセスとその後の行動も含めて,スポーツ消費者に大きな影響を及ぼすことがスポーツプロダクトの特異性のひとつといえる。

3. 自発性・自主性

スポーツの自発性・自主性は,スポーツ消費者の態度と行動に関する特性である。スポーツ基本法の条文には「全ての国民がその自発性の下に」と記され,自主性はスポーツの構造的特性である(Seki, 2020)。スポーツ消費者行動は自らの意志によって積極的に展開される消費行動であることから,サービス財の基本要素である「不可分性(生産と消費の同時性)」においてスポーツ消費者への依存が大きい(Harada, 2018)。つまり,求めるニーズと欲求を満たすことができるか否かは,スポーツ消費者自身に大きく委ねられている。例えば,スポーツ実施によるトレーニング効果や出場した試合の勝敗は実施者が投資した時間や努力の程度に左右される。また,スポーツ観戦は主催者が提供したエンタテインメントよりも,観戦者が自ら積極的に応援に参加し,他者と交流し,楽しい時間を過ごそうと努めた程度によって観戦経験の質は大きく異なる。

さらに,スポーツ実施者が自発的・自主的に努力するストーリーや,スポーツ観戦者が自発的・自主的に応援する場面(シーン)は,それ自体がスポーツプロダクトの価値そして特異性となる。特定のチームや選手が活躍に至るまでのストーリーに触れて「あのチームで活躍したい」「あの選手のようになりたい」人が現れるのはその典型である。また,スタジアムで観客が一体感を持って応援し,楽しみ,盛り上がっているシーンを見て,「私も行ってみたい」という欲求が高まって観戦に行くのもその例である。特筆すべき点は,このストーリーやシーンの機会を設定したのはマーケティング活動の主体組織であるが,人が憧れ,人を魅了したストーリーやシーンの価値を創造しているのは,自発的かつ自主的に行動している選手や観戦者というスポーツ消費者であることだ。スポーツ消費者の自発性と自主性という特性がスポーツプロダクトの価値を高め,新たなスポーツ消費者を創造する。スポーツマーケティングの役割はこのプロセスを創造そしてコントロールする事ともいえる。

4. 時間的制約性

スポーツプロダクトの時間的特性は,実践フィールドであるスポーツ産業の特性として指摘されてきた(Harada, 2021; Kikuchi, 1999; Matsuoka, 2010)。「する」「みる」スポーツプロダクトの多くは場所を移しての提供が難しいため,場所(立地・アクセス)は重要な要素であり,在庫が持てない(消滅性)ために提供できる日時(スケジュール)も限定される。例えば,民間フィットネスクラブでは会員が利用できる施設,選手が出場する大会が開催される施設,観戦する試合が開催されるスタジアムやアリーナは限定されている。そのため,日常的にその場所まで移動するには経済的・時間的コストがかかる。さらに,施設の利用時間には制約があり,出場する大会までに残された時間は刻々と短くなり,選手生命といわれる時間も減っていく。Jリーグなどのスポーツ観戦の場合,クラブが主管する年間試合数は多くても30試合程度であり,シーズン期間中にスケジュールされた日時でしか開催されない。このようにスポーツプロダクトには時間的制約が付随する場合が多い。

スポーツ消費者が直面する時間的制約は,その消費行動に対する「時間的圧力」となる(Mitomi & Abe, 2022; Sasaki, 2002)。これは,引退までに好成績を残したい,健康のために運動やスポーツを継続しけなければならない,売り切れる前に応援選手の新発売グッズを買わなくては,などの一種の心理的ストレスである。また,「時間的圧力」が製品やサービスの「希少性の知覚」と「購買意図」に影響を及ぼすことが報告されている(Mitomi & Abe, 2022)。スポーツに当てはめると,大学の学生スポーツ選手の活動は,通常4年間に限定される。したがって,活躍への思いが強い学生ほど人生における「大学スポーツ」プロダクトの希少性を認識し,自発的かつ自主的にスポーツ活動に打ち込む。また,プロ野球公式戦が年に1回しかない地方では「プロ野球公式戦」プロダクトの希少性が高く,集客につながる。スポーツプロダクトの多様な時間的制約がスポーツ消費者の時間的圧力とスポーツプロダクトに対する希少性の知覚を高め,消費行動に影響を及ぼすことはスポーツプロダクトの特異性のひとつといえる。

V. スポーツ消費者の特異性

スポーツマーケティングの定義における「誰に」とは「スポーツ消費者」のことである(表1参照)。スポーツ消費者とは,「何らかの便益(ベネフィット)を得ることを目的としてスポーツに参加する,またはスポーツを観戦するために,時間,金,個人的エネルギーを投資する人びと」と定義することができ(Harada, 1998),その特異性はその態度と行動にある。

スポーツ消費者行動とは,「スポーツプロダクトの消費前,消費中,消費後において生起する心理的(態度的)そして身体的(行動的)な反応」であり(Funk, Alexandris, & McDonald, 2016),具体的な反応としては,スポーツへの「社会化」,「関与」,「コミットメント」がある(Mullin et al., 2014)。社会化とは,スポーツに関して気づき,知識を習得し,態度を形成し,社会的役割を得ていくプロセスとその成熟度であり,関与とはスポーツとの行動的,認識的,情緒的結びつきの強さである。そして,コミットメントはスポーツ活動や観戦の頻度,期間,好意度,使用金額,時間,エネルギーの程度などである。これらは,いずれも態度と行動の2側面を含んでおり,相互に関連していると考えられる(Fujimoto, 2012)。

スポーツ消費者の態度と行動の相互関係の強さもその特徴といえる。例えば,スポーツファンのファン歴(年数)や年間観戦回数はチームに対する態度との関連が強く,動機にも違いがみられる(Fujimoto, 2020)。また,前述したスポーツプロダクトの4つの特異性を見ても,「する」人がスポーツ活動を好きになって定期的実施や長年継続をすること,「みる」人が選手やチームに魅せられて長年ファン人生を送ることは,一般消費財のように「刺激・反応」や「交換」そして「関係」だけでは理解が難しい。スポーツ消費者は,「する」「みる」スポーツ活動の消費前,消費中,消費後の場面において態度と行動が相互に影響し合い,それを長期間にわたって繰り返している。

スポーツ消費者の特異性は,スポーツ消費者研究の動向からも読み取れる。筆者は,海外の主要なスポーツマーケティング研究誌のひとつである「International Journal of Sports Marketing and Sponsorship」に2012年(Vol. 13, 2)から2022年(Vol. 23, 1)に掲載された270本の学術論文のアブストラクトとキーワードを使って内容分析を行った。その結果全体の72.6%がスポーツ消費者を対象とした調査研究であり,その中の71.9%が態度要因に関する研究であった。この態度要因は,「消費者動機関連」「社会的アイデンティティ関連」「顧客満足関連」「顧客ロイヤルティ関連」に大別することができ(Yoshida, 2011),それぞれ構成概念の検討や要因間関係の実証が進んでいる。スポーツ消費者行動は,「する」「みる」の行動やスポーツ種目,チーム,選手,仲間,イベントなどに対する多様な態度とその変容によって強く規定されるという特徴がある。

一方,スポーツプロダクトの特異性のひとつである「競争性」にスポーツ消費者の態度や行動が影響を受けることも大きな特徴である。スポーツファンの例を表2に示した。応援するチームが勝利または好調の場合,多くのファンはチームグッズ購入や情報収集を増やすが(BIRGing: Basking in reflected glory),次の試合での敗北や不調に陥った時に落ち込まないように事前に目立った行動を控えるファンもいる(COFFing: Cutting off future failure)。一方,応援するチームが敗北または不調の場合,周りから不誠実なファンと見られるのを避けるために観戦やグッズ購入を維持するファンもいるが(BIRFing: Basking in spite of reflected failure),不快感から抜け出すために観戦や情報収集を控えるファンもいる(CORFing: Cutting off reflected failure)。

表2

応援するチームのパフォーマンスとファン行動の関係性

出典:Wann and James(2019)Funk, Alexandris, and McDonald(2016)を参考に筆者が作成

これらの行動は,スポーツ消費者行動研究における態度要因の主要変数であるチームアイデンティティのレベルとの関連で起こることが指摘されている(Funk et al., 2016)。チームアイデンティティは,スポーツファンが特定のチームに対して持つ愛着や帰属意識を意味する。例えば,BIRGingはチームアイデンティティのレベルに関係なく起こるが,BIRFingはチームアイデンティティの高いファンに,COFFingとCORFingはチームアイデンティティの低いファンに見られる現象とされる。一般に,消費者は「信頼性」や「確実性」のクオリティが高くて安定している消費財に対して愛着を持つ。しかし,スポーツファンは,勝敗や好不調によってそれらが不安定なことがわかっている「特定のチーム」に対してアイデンティティを持ち,その不安定さに心を揺さぶられながらもそのアイデンティティを維持しようと自発的かつ自主的に行動する消費者,という特徴がある。

VI. まとめ

本論では「スポーツマーケティングとは何か」の問いに答えるため,その特異性について論じた。スポーツマーケティングの独自性がスポーツプロダクトとスポーツ消費者にあることを確認し,それぞれの特異性を示すことで,その問いに対する回答の一助となったと考える。今後のスポーツマーケティング概念の体系化に向けて,本論から見えてきたポイントを示してまとめとしたい。

まず,スポーツプロダクトとスポーツ消費者と「関係・関連」である。前述のように,スポーツプロダクトの「競争性」「自発性・自立性」「時間的制約性」にはスポーツ消費者の関連がかなり強い。彼らがその価値創造に大きく関与している現象も多く,中には彼らの存在や態度そして行動がスポーツプロダクトの魅力となって社会や一般消費者に受容される現象もある。これは,「不可分性」をはじめとするサービス論とサービスクオリティの概念では説明が困難である。本論は,定義においてスポーツプロダクト(何を)とスポーツ消費者(誰に)を異なる要素として提示し,その特異性を示したに留まっている。体系化に向けては両者の関係・関連について議論を深める必要があり,そのためにはスポーツ消費者の特性と態度・行動の解明において基礎的・応用的研究の推進が不可欠である。

次に,ソーシャル・マーケティングへの概念拡張である。マーケティング分野では,コマーシャル・マーケティングから公共・非営利組織のマーケティング,そして,ソーシャル・マーケティングへとその議論が行われてきた(e.g., Haga, 2014; Mizukoshi & Hidaka, 2017)。一方,日本のスポーツ分野ではYamashita(1985)がスポーツマーケティングの概念検討の中で紹介したが,その後,公共・非営利組織の議論(e.g., Nakanishi & Yukizane, 2006)に留まっている。スポーツマーケティングの独自性は,Mizukoshi and Hidaka(2017)が指摘するソーシャル・マーケティングの独自性と類似している。現在,スポーツとCSR(企業の社会的責任)活動,CSV(共有価値の創造),SDGs,地域づくり,地域活性化など,社会変革への貢献が産官学に期待されており,その研究推進のために概念の整理は重要である。

最後に,スポーツ消費者の「Well-being」である。Wellbeingは「幸福感」のことであり,学術的には「主観的Well-being」と「心理的Well-being」の2側面で議論されている(Tov, 2018)。スポーツ消費者は,一般的に知られている身体的,精神的,社会的にpositiveとnegativeの効果に常に直面し,双方から影響を受け続ける。例えば,前述のBIRGing,BIRFing,COFFing,CORFingはスポーツファンが自身の心理的Well-beingを保つための行動としても捉えられている(Wann & James, 2019)。スポーツマーケティングがマーケティングすべき価値の定義を「スポーツ消費者のWell-being」とした概念検討も必要であり,その基となるスポーツ消費者Well-being研究の推進が望まれる。

藤本 淳也(ふじもと じゅんや)

大阪体育大学教授。専門はスポーツマーケティング。イリノイ大学客員研究員,フロリダ州立大学客員研究員を経て現職。著書に「スポーツマーケティング改訂版」(大修館書店,2018,共編著)「スポーツビジネスのキャズム」(晃洋書房,2021年,分担執筆)など

References
 
© 2022 The Author(s).

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