Japan Marketing Journal
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Special Issue / Invited Peer-Reviewed Article
Challenges of the WE League, the First Women’s Professional Football League:
Collective Impact by Strength of Weak Ties Driving Purpose-Based Management
Yoshihiro Oi
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2022 Volume 42 Issue 2 Pages 29-40

Details
Abstract

2021年9月に日本初の女性プロ・サッカーリーグであるWEリーグが誕生し,初年度は11クラブが参画した。サッカーの一般的なリーグ構造である昇降格制ではなく,クローズドなリーグ構造であり,また東アジアでは初となる秋春シーズン制を採用した。このリーグではサッカー事業の成長だけでなく,女性活躍社会の実現をはじめとした社会課題解決をもその理念に掲げ取り組んでいる。リーグ経営ではリーグ,クラブ,選手,マーケティングパートナー企業,メディア等のステークホルダーが弱い繋がりの強さによって一体となるコレクティブ・インパクトを形成し,リーグの存在意義であるパーパス経営を推進することにより,WEリーグの成長・発展を達成しうる可能性があることを明らかにした。

Translated Abstract

The WE League was founded in September 2021 as the first professional women’s football league, with 11 participating clubs. The WE League did not adopt a promotion/relegation system, but instead has a closed league system and, for the first time in East Asia, a fall/spring season schedule. The WE League has the mission of both growing the game of football and solving social issues, include gender equality and women’s empowerment. This study shows that the WE League has achieved a collective impact, in which stakeholders such as the league, clubs, players, marketing partners and media are connected by the strength of weak ties, enabling purpose-based management to support the growth and development of the league.

I. はじめに

2021年9月12日,日本では女性初のプロ・スポーツリーグであるサッカー「WEリーグ」が開幕した。1993年のサッカーJリーグ設立,2016年のバスケットボールBリーグ設立以来のプロ・スポーツリーグ誕生である1)

WEリーグの前身であるなでしこリーグは,2011年にサッカー日本女子代表(なでしこジャパン)がFIFA女子ワールドカップで優勝し,2012年にはロンドンオリンピックで準優勝したことを受けて注目を集め平均観客動員数が急激に伸びたがその後低迷していた。また,スポーツのグローバル化の波に押され,女子サッカーもトップ選手の欧米への流出が相次いだこともその低迷の要因の大きな一つとなっていた。そこで日本サッカー協会では2020年6月に新プロ・リーグの設立を発表し,2021年東京オリンピック後の開幕を計画した。コロナ禍において延期も危惧されたが,予定通り新リーグが誕生した。

リーグ名称の「WE」は「Women Empowerment」の略で,WEリーグでは「女子サッカー・スポーツを通じて,夢や生き方の多様性にあふれ,一人ひとりが輝く社会の実現・発展に貢献する」という理念を掲げ,リーグが「女性活躍社会実現」を牽引する組織となるという高尚なパーパス(存在意義)を掲げた(JFA Women’s Committee, 2021)。

WEリーグへの参加チーム数は当初6~8クラブ程度を想定していたが,結果として初年度は11クラブリーグが参加した(表1)。

表1

WEリーグ初年度参加クラブ一覧

出典:WEリーグ公式サイトより筆者作成

そのリーグ構造はリーグおよびクラブ経営が成長し安定するまでの数年間はサッカー界では一般的なシーズンの成績によって昇降格を行うオープンなものではなくクローズドなリーグとし,今後は新規参入の基準をクリアしたクラブのみを受け容れるエキスパンション型(拡大型)を採用することとした。

リーグ開催シーズンもヨーロッパに合わせ秋開幕春閉幕の秋春制を採用するという東アジアの気候を考慮するとサッカーでは春秋制が一般的なものであったものからは画期的なものとなった(JFA Women’s Committee, 2021)。

設立初年度のシーズンは2021年9月12日に開幕し,2022年5月22日に最初のシーズンは閉幕した。設立当初に掲げた1試合当たりの平均観客動員数の目標である5,000人には及ばなかったが,平均1,560人の集客を達成した。2022年5月14日にはINAC神戸レオネッサ対三菱重工浦和レッズレディースの試合がWEリーグで初めて新国立競技場で開催され,観客数は1万2,330人を集め大成功を収めた。前身であるなでしこリーグの2020年度の1試合当たりの平均観客動員数が715人という数字からは大きく進捗し,コロナ禍において観客動員に大きな影響を受けたことを考慮すれば順調な滑り出しとなった(図1)。

図1

なでしこリーグ1部からWEリーグの1試合当たりの平均観客動員数

出典:WE LEAGUE Data Site(2022)より筆者作成

マーケティング面では2022年5月31日現在で11社のマーケティングパートナーが参画し収益においても大きな飛躍を達成している(表2)。初年度はWEリーグの設立理念に賛同した多くのマーケティングパートナーの獲得等によりWEリーグを運営する一般社団法人日本女子プロ・サッカーリーグの初年度2021年度の経常収益(収入)の計画では12億5,000万円となっており,その前身であるなでしこリーグを運営する一般社団法人日本女子サッカーリーグの経常収益(実績値)3億3,256万2,451円の4倍近い数字を見込んでいる(Nadeshiko League, 2022)。

表2

WEリーグマーケティングパートナー一覧

出典:WEリーグ公式サイト(WE League(2022))より筆者作成

コロナ禍においてスポーツ産業は大きな打撃を受けているが,WEリーグはその中にあっても大きな注目を集めるとともにビジネス的な成果も見え始めている。本稿では昨年誕生したばかりのWEリーグの相対的な成功をテーマにその革新的な取り組みという視点から読み解き,今後のスポーツリーグのあり方について学術的な貢献と実務的な示唆を与えることを目的とする。

II. 先行研究

1. プロ・スポーツリーグ

日本のプロ・スポーツに関する研究の領域は未だ発展途上で特に「スポーツマーケティング」と「スポンサーシップ」の2つのテーマに関した研究に集中してきた傾向があり,プロ・スポーツリーグやクラブをスポーツサービス商品を産み出す経営組織として捉えた研究が今後必要であるとしている(Matsuoka, 2007)。Uno(2018)は2000年以降プロ・スポーツ経営研究は増加傾向にあるとしているが依然プロ・スポーツの経営主体に関する研究は不十分であると指摘している。Hirose(2005)は他産業とプロ・スポーツリーグ産業との大きなビジネスモデルの違いはリーグを取り巻くステークホルダーの多様性と複雑性であり,これらのステークホルダーは様々な機能やお互い複数の利害関係があるため,これらのステークホルダーをどのように位置づけるかが戦略を構築する際には重要であるとする。Ono(2010)はプロ・スポーツクラブはそのステークホルダーの数の多さと産出するプロダクトの特異性のため,今後はクラブだけではなくステークホルダーと連携しながら社会性をもった戦略を策定する必要があるとする。

2. ビジネス・エコシステム

ステークホルダーの理論的研究ではビジネス・エコシステムがあげられる。Moore(1993)はその概念として企業間の協調関係や組織間関係を重視し,その特徴は第一に単一産業ではなく複数産業として捉える視点が重要であり,第二に企業間の競争や協調による相互作用により,企業が互いに共進化していく進化論的視点を掲げている。その概念は近年ではプラットフォーム企業を中核とした多様な主体から構成されるネットワークとして捉えるようになり(Iansiti & Levin, 2004),プラットフォームとなる企業とそれ補完する企業を全体としてビジネス・エコシステムと定義している(Gawer & Cusumano, 2002)。

Teece(2007)は変化が激しく先が読めない経済環境においては,ビジネス・エコシステムの概念による戦略構築が必要であるとし,それは複数の企業がパートナーシップを組み,お互いの企業が持つ技術やリソースを活かして業界の領域を越えて広く共存共栄する枠組みであるとする。Iansiti and Levien(2004)は,現代のビジネス競争は企業間ではなくビジネス・エコシステム間で起きており,企業の成長は企業内部のコンピタンスに焦点を当てるものではなく,エコシステム全体によりそれを構成する企業のダイナミックな相互作用が重要であるとする。

3. パーパス経営

企業のパーパスとは,企業が存在する意義や世界で果たす役割を明文化したものであり,企業として何をするか,それをすることでだれが恩恵を受けるかを考えることである(Johnstone-Louis & Love, 2021)とし,パーパスには「コアコンピタンス」,「文化」,「大義」の大きく3つの異なる意味がある(Knowles, Hunsaker, Grove, & James, 2022)。

Joly(2021)は企業の最大のパーパスは利益の最大化であるが,それは社会から隔絶して存在しているわけではないとする。すなわち,企業はそのビジネスや社会の持続的な繁栄のために,すべてのステークホルダーに貢献すべきとしている。また,Gulati(2021)は事業成長とパーパスは同時に両方を追い求めることが可能であり,それにより組織の内外に好循環が産まれるとする。

4. コレクティブ・インパクト

ステークホルダーに関する戦略の分野の研究として最近注目されているのがコレクティブ・インパクト(Collective Impact)である。Kania and Kramer(2011)はこれまでの課題解決に向けて個々の組織がそれぞれ努力するものとは一線を画す新しいアプローチであり,「異なるセクターから集まった重要なプレイヤーたちのグループが,特定の社会課題の解決のため,共通のアジェンダに対して行うコミットメント」(p. 36)と定義した。また,このアプローチでスケールの大きな社会変革を実現するために,①共通のアジェンダ,②成果の測定手法の共有,③それぞれの活動が互いに補強しあう活動,④恒常的なコミュニケーション,⑤活動に特化した「支柱」となるサポートの5つの要素をそろえる必要があるとしている。

Kramer and Pfitzer(2016)はコレクティブ・インパクトの根底にある考え方は,「社会問題はあらゆるセクターの行為者による作為や不作為が複雑に絡み合って発生・持続するため,それらの行為者の連携した努力があって,初めて解決できる」(p. 33)ものであるとしている。Buffett and Eimicke(2018)は共通価値を追求してコレクティブ・インパクトの取り組みに参加する企業は,自社の長期的な利益は健全な社会があってこそ実現できると考え,ビジネスの最大の目的は利益を追求することだけではなく,それよりも社会的な価値を創出することであるべきだとする。

5. 弱い繋がりの強さ(Strength of Weak Ties theory)

ビジネス上の付き合いや企業間連携等の人や組織の繋がりを総称して「ソーシャルネットワーク」と言い(Iriyama, 2019),ソーシャルネットワーク論から生まれてきたのは「ストラクチャーホール(構造的空隙)」(Burt, 1992)と「弱い繋がりの強さ(SWT)理論」(Granovetter, 1973)である。ストラクチャーホール理論の示唆するところでは,従来のリーグ構造が中央組織であるリーグがその結節点となってエコシステムを形成してきたと言える。すなわち,リーグがステークホルダーに対して情報や知識をコントロールしてきたことによりその利益を獲得してきた。一方弱い繋がりの強さ(SWT)理論の前提では,より多様な情報・知識を拡散するには,弱い繋がりの方がより効率的であるとし,知識創造(イノベーション)はこの弱い繋がりの強さからこそが創出されやすいとしている(Granovetter, 1973; Iriyama, 2019)。

本稿では上記の先行研究で議論されてきた理論を中心に援用することにより,WEリーグで取り組む新たなビジネスモデルの研究を進める。

III. 研究手法

1. 定性的研究

本稿では昨年から始まったWEリーグにおけるビジネスモデルを取り扱う研究であり,ビジネス・エコシステムの観点から,WEリーグをプラットフォームと見立てステークホルダーである補完企業がどのように相互機能し,その成長に関与しているかを解き明かすものである。スポーツ経営学の研究分野においては定まった研究手法はなく,今後はある一定の統一尺度を持った研究方法の検討が必要である(Uno, 2018)。ビジネス・エコシステム論の研究領域は発展途上かつ現在進行形であるため,理論として確立したものがあるわけではない。昨年リーグが開始したWEリーグは新しい組織であり,現段階では定量的に検証できる指標が限られているため,確立された理論的解釈から仮説を導き出して定量的に検証する研究方法ではなく,ビジネス・エコシステム研究方法においてこれまでも多く採用されている質的データ分析により理論構築を図る定性的研究方法を採用する。

Hoshiro(2015)は最新の経営現象の分析には定性的研究が相応しい研究手法であるとしており,それは経営学の研究分野においては新しい現象が時代の流れに応じて続々と生まれてきており,また因果関係を分析するにはデータが限定的であるからとする。

そこで本稿ではChristensen and Carlile(2009)の思想に依拠したTanzawa and Miyamoto(2017)が示すアブダクションによって記述的理論から規範的理論への移行による理論構築の方法を採用し,分析で得られた命題から現象に関する解釈モデル(因果メカニズム)の構築をめざす。

2. 公表された文献とインタビュー

すでに公開されている文献資料・報告書等に併せて,WEリーグ関係者9名に対してインタビューを実施した。インタビューにおいては半構造化した面接で行い,質問によるインタビューの状況に合わせて対応するものとした。インタビューの対象者は特定されることを避けるため及びある特定の関係者による偏向を回避するために,WEリーグに関係するリーグ,所属クラブ,所属選手,マーケティングパートナー企業等など幅広く選定した。

IV. データ分析

1. パーパス(存在意義)を第一に置いた経営

WEリーグにおいてはその設立意義が大きな意味を持ち「女子サッカー・スポーツを通じて,夢や生き方の多様性にあふれ,一人ひとりが輝く社会の実現・発展に貢献する」の理念の元に,その設立意義として4つを掲げている。具体的には①日本の女性活躍社会を牽引する,②日本に「女性プロ・スポーツ」を根付かせる,③日本の女子サッカーの発展に貢献する,④なでしこジャパンを再び世界一にする,の4つである。

リーグ名称の「WE」は「Women Empowerment League」の略称でネーミングにも4つの思いを込めている。①女子のプロ・スポーツがなかなか定着していない日本にサッカーを女性の「職業」として定着させる,すなわち女子が「サッカー選手」を夢見ることができる未来,②サッカーを超えて,女性が活躍しやすい社会の象徴となるといったこのリーグならではの目標,③それをさまざまな人々と協力・共創していくといった意志,④WE,すなわち関わる「わたしたち」みんなが主人公になる,の4つである。

上記の理念を推進する象徴的なアクションとして2020年10月23日,日本サッカー協会(JFA)と日本女子プロ・サッカーリーグ(WEリーグ)は,国連グローバル・コンパクトとUN Womenが共同で作成した「女性のエンパワーメント原則(Women’s Empowerment Principles/WEPs)」に参画した。日本国内のスポーツ競技団体からの参加はJFAとWEリーグが初めてのことであり,WEPsに参加することによって女性が力を発揮できる労働環境・社会環境を整備することへの強い意思を示すとともに,サッカー界からも女性活躍社会を推進しスポーツ界を牽引していきたいと考えている。「女性のエンパワーメント原則(WEPs)」とは,「企業がジェンダー平等を経営の核に位置付け,自主的に取り組むための行動指針である。持続可能で包摂的な経済成長に不可欠であるジェンダー平等を達成すると同時に,企業の経済的・社会的価値を高めること」をめざしている(JFA Women’s Committee, 2021)。

またリーグの理念を推進するために,参画を希望するクラブに対して表3の参入基準を設定した。

表3

WEリーグの主要な参入基準

出典:JFA Women’s Committee(2021)

3からわかる通り,WEリーグを設立するにあたり「日本の女性活躍社会を牽引する」ことを第一の存在意義とするパーパスを掲げ,参加全クラブはWEステートメントと称して,このリーグにかける思いを各々策定した。また,マーケティングパートナー各社も,このパーパスに基づくWEリーグ参画の思いを各々表明しステークホルダーに共有している。インタビュー結果によればWEリーグでは「女性活躍社会の一端を自らが担いスポーツ界を牽引していく」とするパーパスがその経営の根幹をなし,ステークホルダーの共通認識としリーグにコミットメントしている。以上のデータから,下記の命題が導出される。

命題1:リーグがスポーツ競技の発展と社会課題解決をするというパーパスを掲げ,ステークホルダーがパーパスを認識しリーグにコミットメントする。

2. 女子サッカー競技としての成長

2010年代に入り世界の女子サッカーが大きく発展を遂げ,ヨーロッパを中心にプロ化が進み,代表チームのパフォーマンスにも影響し始めていた。それに伴い世界中で女子サッカーへの投資が進み始めている。FIFAは2018年10月にWomen’s Football Strategyとして,全世界の女子の競技人口を2026年までに6,000万人とすること,女子サッカーの商業的価値の向上,女子サッカーを取り巻く構造の強化と基盤づくりをその中で発表した。

日本では女子サッカーリーグの活性化については継続的に議論されていたが,今後の女子サッカーの発展のため,日本の女子サッカーが世界のトップレベルに位置づけるためには「プロ化へのチャレンジが必要」という機運が高まった。

日本サッカー協会(JFA)は,1989年にアマチュアである日本女子サッカーリーグ(現在のなでしこリーグ)を設立し昨年までは3部構成で運営してきたが,これを発展分離し女子のプロ・リーグを新規に設立することを構想,2020年6月に新リーグの設立を発表した。2020年7月には新リーグの初代の代表理事に岡島喜久子氏の就任を発表し,女性の代表理事のため呼称を「チェア」とした。当初2020年夏の東京オリンピックを経て,2021年9月にリーグを開幕する計画とした。しかしながら,新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けてオリンピックが1年延期し,日本サッカー界も大きな影響を受けたが,計画を遅らせることなく初年度参入の11クラブを決定し,2021年9月12日に開幕を迎えた。

WEリーグではリーグやクラブの経営が安定するまでの最初の数年間は昇降格を行わず,新規参入クラブのみを受け入れるエキスパンション型(拡大型)を採用した。スケジュールは秋開幕・春閉幕の秋春制で,全チーム総当たりによるホーム&アウェイ方式としヨーロッパのシーズンに合わせて開催するという画期的なものとなった。

WEリーグのプロ化にあたってクラブの参入要件を定めているが,競技面での主なものは3つある。具体的には①プロA契約選手5名以上およびプロB・C契約選手[最低年俸270万円]10名以上と契約を締結すること3),②U-18,U-15,U-12チームを保有すること(ただし,U-18チームの保有は入会より3年以内。U-12についてはスクールまたはクリニックで代替可),③スタジアムは椅子席で5,000名以上収容可能な施設であること,の3つである。この中でも特に1クラブあたりプロ選手契約は15人以上とし最低年俸270万円と設定されたプロ・リーグ化の根幹となる要件はチャレンジングなものであった。以上の要件からわかる通り,非常に厳しい要件を求めリーグを高い運営水準に保つことを意識した。

WEリーグ設立の大きな理由の一つに女子サッカーの「普及」がある。これは女子サッカーの最大の課題でもある。2015年に発表した「なでしこvision」のなかで,JFAは「2030年までに女子の登録選手数を20万人にする」と目標を立てたが2019年時点で約50,000人の数字からは容易ではない。国際サッカー連盟(FIFA)はその加盟協会に対し世界の総登録選手数の10%以上が女子選手にする目標を掲げている。

日本においてこれまで女子の登録選手が増えてこなかった大きな要因の一つには,中学校に「女子サッカー部」がほとんどないことである。それは指導教員や活動を行うグラウンドの不足等により女子サッカー部をつくれず,また男女の体格差が大きくなり小学生世代と違って中学生では男子に交じってクラブ活動をするということもできず,よって女子はこの世代において断絶があり,また将来を見据えたときに女子サッカー選手の活躍の場が限られていた。

インタビュー結果によれば,WEリーグができ女性でもプロ選手としてサッカーを仕事としてできるようになったため,新しい「女子サッカーブーム」を生み出すことを期待している。以上のデータから,下記の命題が導出される。

命題2:グローバル競争を意識したリーグ構造の設計とリーグ参画には高いハードルを設け,その基準をクリアしたクラブのみの参加を認めることによりリーグの水準を高める。

命題3:ユース世代の女子サッカーの普及に努め,プロ・リーグだけではなく競技全体の底上げを行う。

3. 社会課題への取り組み

日本初の女子プロ・サッカーリーグとしてWEリーグは,「ジェンダー平等」「多様性社会の実現」に向けてジェンダーを取り巻く日本の課題解決を図ることを大きな目標として掲げている。世界経済フォーラムが2021年に発表したジェンダーギャップ指数ランキングでは日本は156か国中120位と低迷しており,またSDGsのジェンダー平等の指標では,主要な課題が残っているとして低評価となっている。

WEリーグではこの長年つづいた日本の価値観を壊し,「未来の可能性の象徴」「エンパワーメント」を象徴する新しいトロフィーを制作した。実力があるのにもかかわらず女性が昇進できない,いわば「目に見えない壁に阻まれている」状況を表すのに欧米では「ガラスの天井」としてガラスは女性の障壁として例えられ,サッカー界でも女性は数々の壁にぶつかってきていた。WEリーグのトロフィーは,岡島チェアや日本の女子サッカーを代表する様々な世代の選手が,自身でぶつかってきた見えないガラスの壁をサッカーボールで壊すことから製作を始めた。この壊れたガラスの破片を使って女性のガラス職人/デザイナーがトロフィーを完成させた。シーズンのチャンピオンチームがトロフィーを手にすることで,日本をはじめ世界中の人をエンパワーすることで女性活躍の象徴となる,という願いを込めている(JFA Women’s Committee, 2021)。

リーグ・各クラブにはWEリーグの理念推進担当を配置し,定期的にミーティングを重ね様々な取り組みを始めている。初年度のWEリーグは,11クラブでスタートしたため毎節1チームは試合がなく,その日を「WE ACTION DAY(理念推進日)」として,各クラブが理念推進活動を行うこととしている。各クラブがさまざまな活動を検討して行っており,インタビュー結果によれば,社会課題へのアプローチ,地域密着,サッカーにこれまで関わりのなかった人々に触れる機会となっているなど,成果を感じながら実施している。開幕節の2021年9月12日はジェフユナイテッド市原・千葉レディースが当該チームとなり,「一人ひとりが輝く社会とは」と題しホームタウンである千葉市とタイアップしサポーターとのオンラインディスカッションやホームスタジアムのフクダ電子アリーナ周辺での清掃活動などを行った。これ以降,各クラブは試合がない日にホームタウンの自治体と共同でサポーターや市民を巻き込んだWEリーグの理念を推進する活動を続けている。以上のデータから,下記の命題が導出される。

命題4:日本社会が遅れている社会課題に対してその解決に向けリーグのみならず,理念推進担当をクラブにも設置しサッカー競技以外の社会課題への取り組みも推進する。

4. コレクティブ・インパクトによるリーグ経営の推進

WEリーグでは社会事業を推進していくために,リーグ,選手,クラブ,マーケティングパートナー企業,メディア等のステークホルダーの活動を「WE ACTION」として発足した。WE ACTIONとは,WEリーグに所属するすべてのステークホルダーがフラットに繋がり,リーグの理念の実現のために輪となり,WEリーグの関係者がみな(WE)で起こす行動(ACTION)である。

WE Actionに参加するにあたって5つの規約を設けている。具体的には①ジェンダー平等,多様性社会実現を推進したいというパートナー企業各社からジェンダーの異なる2名の参加,②その想いに賛同して,積極的に会議やアクションに参加,③各社の取り組みやノウハウなども積極的に共有し,各社の活動内容をきちんと持ち帰って共有,④目標に向けて,全員が協力(自社短期最適ではなく,全体長期最適のルール),⑤会社や業界の壁を越えて,オープンマインドで協力の5つである。

このような規約のもと,WE ACTION MEETINGとしてリーグ,選手,マーケティングパートナー企業,メディア,日本NPOセンター等が一堂に会し,2021–2022年度は,ジェンダーにまつわる「課題の発見とリスト化」をテーマに,様々な方向から課題を収集し表4に示すディスカッションを行った。

表4

WE ACTION MEETINGの概要

出典:インタビュー結果より筆者作成

来シーズン以降も継続的にミーティングを開催し,抽出された課題に対する解決策の実現化へ向けて動き出している。

また,WEリーグを構成する全11クラブの選手によるWE MEETINGを実施した。第1回目は2022年3月8日の国際女性デーに開催し,選手11名+チェアによりプロとしての自覚や女性活躍への貢献などを議論した。第2回目は全11クラブから292名の選手が参加し,選手視点からのWEリーグの盛り上げ等を議論した。

またWEリーグに所属する選手の行動規範としてWEリーガークレドを制定した。制定にあたっては,11クラブの代表選手たちによる全3回のミーティング,全選手参加型のクラブ別ミーティングを行い,実際に議論を重ねるなかで選手たちから湧き出た言葉によって生み出された。

上記のようにWEリーグではあらゆるステークホルダーが参加するコレクティブ・インパクト構造によってWEリーグを皆で成長させる取り組みを行っている。それは従来のリーグ主導で行うものではなくあらゆるステークホルダーが参加し,その課題を皆で共有,補完しあい,定期的なコミュニケーション機会を設け,それらを選任のメンバーが構成するコミュニティとなってリーグの活動を推進している。以上のデータから,下記の命題が導出される。

命題5:ステークホルダーが一体化したコレクティブ・インパクトにより課題を共有する場を設け,課題解決に取り組む。

5. 弱い繋がりの強さによるコミュニティ

これまでのプロ・スポーツリーグのビジネスモデルはリーグが結節点となって,リーグがそれぞれのステークホルダーと個別に関わりながらリーグ経営を進めてきた。しかしWEリーグでは,リーグ,クラブ,選手,マーケティングパートナー企業,メディア等のあらゆるステークホルダーがフラットな関係のコミュニティを形成しリーグ運営を進めることに挑戦している。

これらのステークホルダーの関係は普段あまり接点がなくそのため強いものではなく,お互いがWE ACTION MEETINGをはじめとした活動においてゆるやかなコミュニティとして繋がっている。Granovetter(1973)はビジネスにおいて弱い繋がりが決定的に重要なのは,お互いの持つ情報や知識が多様性に富むため,イノベーションの起点になるからであるとする。イノベーションが起こる出発点は新しい知を創造することであり,その新しい知とは既存知と既存知による新しい組み合わせで産まれる。インタビュー結果によれば,WEリーグでは実際,業界の垣根を超えたステークホルダー間の議論では活発な意見が交わされ,普段自分たちだけでは意識されない社会課題が抽出されたことにより最初のシーズンではジェンダー課題50のリストBOOKが作成された。来シーズンはこれらの課題を具体的に解決していく実行段階に移る予定である。WEリーグの弱い繋がりで構成されるステークホルダー間のソーシャルネットワークは知の探索には有効である。以上のデータから,下記の命題が導出される。

命題6:普段関係の薄いステークホルダー間のフラットな弱い繋がりによるコミュニティにより新たな知(イノベーション)を創造する。

V. ディスカッション(解釈モデル)

従来のスポーツリーグはリーグの中央組織をプラットフォームとして,そこはハブとなり各ステークホルダーを繋げてきた。いうなればリーグがストラクチャーホール(結節点)となりリーグのビジネス・エコシステムを構築してきた(図2)。このビジネスモデルではプロ・スポーツリーグ中央組織が中心となり,各ステークホルダーと個々にその関係を構築するものとなっていた。そのためステークホルダー同士の接点は限らており,またステークホルダーがリーグの経営に主体的に関与することはほぼ皆無であった。

図2

従来のスポーツリーグのビジネス・エコシステム

出典:筆者作成

一方,WEリーグではあらゆるステークホルダーが緩やかに繋がりをそれぞれ持ちながら,集合体としてリーグの発展に推進していくこととなり,リーグのパーパス(存在意義)を意識し(命題1),従来の競技の成長・発展というコンピタンス視点だけではなく(命題2.3),社会課題の解決(命題4)という大義の両輪をステークホルダー皆(WE)が一体となったコレクティブ・インパクト(命題5)で解決していこうとしている。またその関係はイノベーションを産む源泉となる弱い繋がりの強さ(命題6)であると言えよう。

ステークホルダーが個々にではなく,集合体としてWEリーグの価値創造に取り組みその経済価値の創造をめざしている点が従来のスポーツリーグのビジネスモデルとは大きく異なっている点である(図3)。

図3

WEリーグのビジネス・エコシステム

出典:筆者作成

VI. 終わりに

WEリーグは今年5月22日に設立初年度のシーズンを終えた。この新たな試みの成果がより具体的に見え始めるのは数年後のことである。企業が短期成長から持続的成長にその視野を変更し,経営の中身も定量的な業績だけでなく,社会へ貢献をも重要視している中,プロ・スポーツリーグも従来の競技面の成長・発展だけでなく社会を健全にしている役割を担うことも重要な経営の柱となってきている。WEリーグの競技としてのサッカー事業の成長・発展と女性活躍社会を牽引するとする社会事業の両輪をリーグの設立目的に掲げ,弱い繋がりの強さによるコレクティブ・インパクトによってリーグ経営を図るこのリーグの今後の成長に期待しつつ,更なる学術的な成果を得るべく研究を進めたい。

1)  卓球のTリーグやラグビーのリーグワンはプロ・スポーツリーグではない。

2)  なでしこリーグは,現在もアマチュアのトップリーグとして存続している。

3)  WEリーグでは選手契約にて年俸及び出場試合時間等に応じて3段階に分けている。

大井 義洋(おおい よしひろ)

慶応義塾大学卒業,中央大学大学院戦略経営研究科博士課程修了(DBA)。

現在,株式会社電通フットボールビジネス局サッカー事業室長,電通スポーツアジア取締役,電通スポーツベトナム取締役,株式会社フロムワン取締役,Team twelve(韓国)取締役,公益財団法人日本サッカー協会国際委員,東アジアサッカー連盟マーケティング委員,公益財団法人ヤマハ発動機スポーツ振興財団理事。日本スポーツ産業学会理事。

References
 
© 2022 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
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