Japan Marketing Journal
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Review Article / Invited Peer-Reviewed Article
Compensatory Consumption:
Review and Future Research Agenda
Kengo Hayamizu
Author information
JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2022 Volume 42 Issue 2 Pages 54-62

Details
Abstract

近年,自己不一致によって生じる脅威に対する消費者の反応に着目した研究が注目を集めている。こうした自己不一致による脅威と消費者の反応は消費者行動研究の領域において,補償的消費という概念で捉えられている。本稿では,2017年から2022年の間に発表された補償的消費に着目した研究をレビューした。これにより既存研究の知見を統合し,既存研究に残された「対処方略の決定要因」に関する課題,「逐次的な補償的消費」に関する課題,企業や社会にとって「ネガティブな消費者の行動を導く対処方略を回避する方法」に関する課題の3つの課題を明らかにした。また最終節では既存研究の課題をもとに今後の研究の方向性を議論した。

Translated Abstract

In recent years, research focusing on consumer reactions to threats due to self-discrepancy has received growing academic interest. These threats and consumer reactions are discussed in terms of compensatory consumption in consumer research. A synthesis of the findings in a review of studies on compensatory consumption published between 2017 and 2022 identified three issues related to: (1) determinants of coping strategies, (2) successive compensatory consumption, and (3) ways to avoid specific coping strategies. The future research agenda is discussed based on these issues raised in prior research.

I. はじめに

1. 研究の背景と目的

COVID-19の世界的な感染拡大以降,脅威と消費者反応に着目した研究に注目が集まっている。特に2020年には“Journal of Consumer Research”誌(47巻3号)において,脅威に対する消費者の反応に関する特集が組まれている。また今日では消費者が抱く理想的な自身の姿と現在の自分自身の姿の不一致である自己不一致によって生じる脅威に対する消費者の反応を明らかにすることが重要とされる(Liu, Gao, Liu, & Gao, 2021)。そして既存研究では自己不一致と消費者反応の関係を補償的消費(compensatory consumption: Gronmo, 1988; Woodruffe, 1997)という概念で捉えている。補償的消費では自己不一致を経験した消費者はその脅威を相殺ないし低減するために製品やサービスを消費することが知られている。例えば,自身の知能の高さに疑問を感じた消費者は知能の脅威を経験し,この脅威を相殺するために,万年筆などの知性と関連製品を選好する(Gao, Wheeler, & Shiv, 2009)。

補償的消費については2つのレビュー論文(Koles, Wells, & Tadajewski, 2018; Mandel, Rucker, Levav, Galinsky, 2017)が既に存在している。しかし既存のレビューは2017年以降に発表された研究のほとんどを対象としていない。2017年以降の研究は既存研究をもとに研究の大きな進展がみられる。したがって本稿では2017年以降に発表された研究の成果を整理することで,既存研究の課題を明らかにするとともに,今後の研究の方向性を示す。

2. レビューの対象と構成

本稿では,以下の方法でレビューの対象を選定した。はじめにWeb of Scienceで“compensatory consumption”,“compensatory consumer behavior”,“retail therapy”,“compensation”という単語が本文中に含まれる学術論文を検索した。検索結果のうち2017年から2022年の間に,Charted Association of Business SchoolsのAcademic journal Guideで3スター以上かつAustralian Business Deans CouncilのJournal Quality ListでA以上のマーケテティング領域の論文誌に掲載された論文を対象とした。なお論文誌の絞り込み方法はPaul and Criado(2020)を参考にした。その後,レビューの過程で関連論文を追加・削除した結果,計27本の論文をレビュー対象とした。

本稿の構成は以下の通りである。はじめに第2節で補償的消費の定義を整理した。次に第3節から第5節はMandel et al.(2017)の補償的消費者行動モデル(compensatory consumer behavior model;以下,CCB)をもとに既存研究を整理した。CCBは補償的消費の動因となる自己不一致の類型から対処方略による心的帰結までの一連のプロセスを示す。図1の上部はCCBの略図であり,図の下部は本稿の構成を示している。第3節ではCCBにおける自己不一致の源泉となる脅威の分類に対応し,補償的消費の動因を整理した。また第4節ではCCBにおける対処方略を基に,脅威を低減するために消費者がとる対処方略について既存研究を整理した。さらに第5節はCCBを拡張し,対処方略を決定づける要因について整理した。最後に第6節では既存研究の課題と今後の研究の方向性について議論した。

図1

補償的消費者行動モデルをもとにした本稿の構成

Mandel et al. (2017), p. 135, fig1をもとに筆者作成

II. 補償的消費の定義

本節では既存研究をもとに補償的消費の定義を整理する。初期の研究では補償的消費を「一般的なニーズの充足の欠落に対する反応であり,ある種の失敗や弱点を補う」ための消費パターンであるとしている(Woodruffe, 1997, p. 3)。

またRucker and Galinsky(2013)は,補償的消費を「心理的な欲求や欠落に対処するために,製品を使用ないし取得すること」とし,補償とは「個人のアイデンティティや好ましい心理状態に対する脅威を相殺するための,暗黙的ないし明示的な消費」とした(p. 207)。

さらにMandel et al.(2017)は補償的消費を,「自己不一致(self-discrepancy)を相殺する欲求に動機づけられる,製品・サービスの購入,使用,消費」であるとしている(p. 134)。また同研究では,自己不一致を「現在の知覚される自分自身と理想的な自分自身の不一致である」としている(Mandel et al., 2017, p. 134)。しかしMandelらが,消費者が属する社会集団に関する不一致も自己不一致としてとらえている点には注意が必要である。例えば,Mandelらは極端な場合,個人と深く関係する「政治」,「宗教」,「社会システム」に対する不一致も自己不一致にあたるとしている(Mandel et al., 2017, p. 136)。すなわちMandelらが意味する自己不一致の源泉には個人的な要因から社会的な要因まで多様な要因が含まれている。

上述した研究をまとめると,既存研究では補償的消費には大別して次の2つの定義がある。1つ目は,「ニーズや欲求の未充足や何らかの失敗の経験」などの心理的な脅威を相殺するために導かれる消費行動とする広義の定義である。2つ目は,Mandel et al.(2017)による補償的消費の動因を「自己不一致」とする定義である。上述したように,Mandelらが示す自己不一致は広範な意味を持ち,1つ目の定義における「ニーズや欲求の未充足や何らかの失敗の経験」などの脅威を具体化したものといえる。したがって,補償的消費とは,個人的および社会的な自己不一致の源泉となる欲求の未充足や脅威を相殺するためにとられる消費行動をさすといえる。

III. 補償的消費の動因

本稿では補償的消費の動因を脅威の領域によって3つに分類した。1つ目は自己概念に対する脅威である。この脅威は全体的な自己概念や自己概念の個別の領域に対する脅威である。2つ目は所属集団に関する脅威である。この脅威には消費者が所属する集団に対する脅威や集団内での他者との関係性における脅威が含まれる。3つ目は心的資源の不足や心理的不快感による脅威である。

1. 自己概念に対する脅威

自己概念に対する脅威には2つの側面がある。1つ目は「全体的な自己概念」に対する脅威である。これにはアイデンティティ(Mende, Scott, van Doorn, Grewal, & Shanks, 2019; Rank-Christman, Morrin, & Ringler, 2017)やセルフイメージ(Song, Huang, & Li, 2017)に対する脅威が含まれる。例えば,Rank-Christman et al.(2017)は消費者の名前がサービス供給者に間違えられるとき,消費者はアイデンティティの脅威を感じるとした。またMende et al.(2019)は人型ロボットがサービスを提供する場合,消費者が不気味さを感じることによって,アイデンティティの脅威を経験するとした。さらにSong et al.(2017)は消費者が羞恥感情を感じるとき,セルフイメージの脅威が生じるとした。

2つ目は個人の能力,外見の魅力など「自己概念の個別領域に対する脅威」である。この脅威には,知能や学業能力(Batra & Ghoshal, 2017; Liu et al., 2021; Rustagi & Shrum, 2019; Zheng, Baskin, & Peng, 2018 実験1),外見の魅力(Argo & Dahl, 2018; Kurt, 2022; Nagpaul & Pang, 2017; Otterbring, 2020),社交性やコミュニケーション能力(Liu et al., 2021 実験2; Rustagi & Shrum, 2019 実験4),知覚コントロール(Chen, Lee, & Yap, 2017; Huang & Dong, 2019; Su, Jiang, Chen, & DeWall, 2017; Yoon & Kim, 2018)倫理的な自己認識に対する脅威(Saenger, Thomas, & Bock, 2020)が含まれる。

知能や学業能力に関する脅威は,消費者がこれらの能力が劣っていると感じる場合に生じる。例えば,一般常識に関するテストの成績が一般的な水準よりも低い場合や,大学生が自分よりも成績が良い学生と学業能力を比較する場合に生じる(Batra & Ghoshal, 2017; Zheng et al., 2018)。

また外見の魅力に対する脅威は,消費者が自身の容姿の魅了が低下したと感じるさいに生じる。例えば,魅力的な異性の顔写真を見る場合や,自身の外見の不満について想起するとき脅威が生じる(Nagpaul & Pang, 2017; Otterbring, 2020)。

さらに知覚コントロールに対する脅威は,消費者が周辺の環境をコントロールする能力が低下していると感じる場合に生じる。例えばYoon and Kim(2018)は社会経済的地位の低さと経済地位の流動性の低さを消費者が感じるとき知覚コントロールの脅威が生じるとした。また対人関係で他者の行動が予測困難である場合や他者に対する統制力が低下するとき消費者はこの脅威を経験する(Huang & Dong, 2019; Su et al., 2017)。

この他にも社交性の脅威は消費者が他者に対して社交的でなかった経験を想起するとき生じ(Rustagi & Shrum, 2019),消費者が自身の過去の非倫理的な行動を想起する場合に倫理的な自己認識に対する脅威が生じる(Saenger et al., 2020)。

2. 所属集団に関する脅威

所属集団に対する脅威は次の2つに分けられる。1つ目は「消費者が所属する集団に対する脅威」である。この脅威には社会的アイデンティティに対する脅威(Batra & Ghoshal, 2017 実験4)や社会システムに関する脅威が含まれる(Han & Newman, 2022)。

例えば,Batra and Ghoshal(2017)による実験4では,性別に関するネガティブなステレオタイプによって社会的アイデンティティに対する脅威が生じるとされる。またHan and Newman(2022)は,米国の消費者は米国の政治や市民生活の質の悪化が進行しているとする新聞記事を目にするとき社会システム脅威を経験するとした。

2つ目は「所属集団内で消費者が経験する脅威」である。これには社会的地位や社会的パワーに対する脅威(Goor, Keinan, & Ordabayeva, 2021; Rustagi & Shrum, 2019 実験2,3B; Stuppy, Mead, & Van Osselaer, 2020; Thomas, Fowler, & Saenger, 2020),社会的孤立や社会的帰属感の脅威(Mourey, Olson, & Yoon, 2017; Yan & Sengupta, 2021)が含まれる。

例えば,社会的地位や社会的パワーに対する脅威は,他者が自分よりも社会的・経済的に成功していると感じ自身の社会的地位を低く見積もる場合や,他者が自身にパワーを持った経験によって生じる(Goor et al., 2021; Rustagi & Shrum, 2019; Thomas et al., 2020)。また社会的帰属感や孤立の脅威は,社会的に重要なイベントで排除された経験や日常生活で孤立した経験によって生じる。(Mourey et al., 2017; Yan & Sengupta, 2021)。

3. 心的資源の不足や心理的不快感

3つ目の心的資源の不足や心理的不快感も消費者の脅威を引き起こす。例えば,Kapoor and Tripathi(2020)は時間資源の不足が脅威となるとした。また心理的不快感による脅威では,不安や退屈がある(Taylor & Noseworthy, 2020; Trump & Newman, 2021)。例えば,Taylor and Noseworthy(2020)は消費者が有する既存のスキーマと大きく異なる製品(e.g. 白ではなく黒い色のフェイシャルテッシュ)が消費者の不安を導くとした。

IV. 補償的消費の対処方略

本節では消費者が経験した脅威に対する対処方略を整理する。Mandel et al.(2017)は対処方略を「直接的解決(direct resolution)」,「象徴的自己完結(symbolic self-completion)」,「乖離(dissociation)」,「逃避(escapism)」,「流体補償(fluid compensation)」の5つに分類している(pp. 137–140)。本節でもこの5つの分類に従って既存研究を整理する。

1つ目の直接的解決では,消費者は脅威を直接的に低減させる製品を消費する(Mandel et al., 2017)。近年の研究では直接的解決として,消費者は脅威を相殺する機能をもつ製品や脅威を受けた領域を高揚させる機能を持つ製品を選択することが明らかにされている。

例えば,Trump and Newman(2021)は不安を経験した消費者がこうした感情を相殺するために,穏やかなブランドパーソナリティを有する製品を選好するとした。またChen et al.(2017)は知覚コントロールの脅威を経験した消費者は,知覚コントロールを高める機能的な製品(e.g. 機能性が高いスニーカー)の選択によって脅威に対処するとした。

2つ目の象徴的自己完結では,脅威の克服や脅威を経験した領域での成功を象徴する製品を選択することで脅威に対処する(Mandel et al., 2017)。近年の研究では脅威を受けた領域での象徴的な成功を示す製品の選択に止まらず口コミ行動やサービス選択による対処も明らかにされている。

製品選択による象徴的自己完結に関する研究では,製品選択を通じた様々な領域における象徴的な対処が明らかにされている。例えば,知覚コントロールに対する脅威を経験した消費者は,自身の選択の多様性を象徴的に示すことを目的にバラエティーシーキング傾向や代替的な製品の選択傾向が高まるとされる(Huang & Dong, 2019; Su et al., 2017; Yoon & Kim, 2018)。また外見の魅力に対する脅威を経験した消費者は,外見の魅力を象徴的に高める宝飾品を選択する(Kurt, 2022)。さらに社会的帰属感の低下を経験した消費者は,擬人化された製品や社会的つながりが強い製品に接触することで脅威に象徴的に対処する(Mourey et al., 2017; Yan & Sengupta, 2021)。加えて社会システムに対する脅威を経験した消費者は,安定性の感覚や文化的連想を強める集団内で共有されたノスタルジアと関連する製品(e.g. レコードプレイヤー)を選択することで脅威に対処する(Han & Newman, 2022)。

口コミによる象徴自己完結に関する研究では,消費者が口コミを発信することで脅威に対処することが明らかにされている。例えば,脅威を受けた領域を象徴的に高揚させるブランドに対する口コミ発信によって脅威が低減するとされる(Saenger et al., 2020)。また社会的パワーの脅威を経験した消費者が,社会的なステータスが高い有名人が推薦する製品を口コミすることで社会的パワーを高めるとされる(Thomas et al., 2020)。

さらにサービス利用による象徴的自己完結に着目した研究では,アイデンティティの脅威を経験した消費者は,製品に自身の名前を記す製品パーソナライズサービスを利用することで脅威に象徴的に対処することが明らかにされている(Rank-Christman et al., 2017)。

3つ目の逃避では脅威を経験した消費者は,脅威について考えないようにすることや,気を紛らわせるために製品を選択する(Mandel et al., 2017)。近年の研究は,脅威に対する思考や思考の反芻を避けるために,消費者が高い覚醒水準を導く製品を選択することを明らかにしている。

Batra and Ghoshal(2017)は知能に関する脅威を経験した消費者は,脅威と関連する思考の反芻を抑制するために,高い覚醒水準を導く強力な感覚的刺激を有する製品を選好するとした。またアイデンティティや外見的魅力の脅威を経験した消費者は,脅威から注意をそらすために,高カロリー食品の選好や食品選択量が増加する傾向にあるとされる(Liu et al., 2021; Mende et al., 2019; Otterbring, 2020)。

4つ目の乖離では消費者は脅威と心理的な距離を取るために脅威に関連する製品の購買を避ける(Mandel et al., 2017)。近年の研究では脅威を経験した消費者は,脅威と関連する製品の評価や購入意向が低下することに加えて,製品との物理的な距離の乖離が生じることが明らかにされている。

例えば,自己イメージの脅威を経験した消費者は社会的関心を避けるためにブランドロゴが目立つ顕示的な製品に対する評価が低下するとされる(Song et al., 2017)。また外見の魅力に対する脅威を経験した消費者は外見と関連する製品(e.g.スカーフ)を低く評価する(Argo & Dahl, 2018)。さらにアイデンティティ脅威を経験した消費者は,脅威と関連する製品の購入意向が低下することに加えて,消費者が製品を自身から物理的に遠い位置に配置することが明らかにされている(Rank-Christman et al., 2017)。

5つ目の流体補償では,消費者は脅威を受けた領域とは無関係な領域を高揚させ,全体的な自己評価を高めることで脅威に対処する(Mandel et al., 2017)。例えば,Taylor and Noseworthy(2020)は不安を感じた消費者は環境に配慮した製品や自身の文化と関連する製品を選択することによって,不安とは無関係な倫理観や文化を強化することで,脅威に対処するとした。またKapoor and Tripathi(2020)は時間資源の不足を消費者が認識するとき,消費者は脅威と無関係な領域の資源を充足するために高カロリーな食品が選好するとした。加えてZheng et al.(2018)は学業能力が他者よりも劣っていることによって,嫉妬心が生じるとき,消費者は社会的地位を高めるハイステータスな製品を選好するとした。

V. 補償的消費の対処方略の決定要因

第4節で議論したように補償的消費の対処方略は既存研究によって5つに類型化されている。しかしどのような条件下で特定の対処方略が適用されるかは未だ明らかでない(Mandel et al., 2017)。そこで本節ではCCBを拡張し,対処方略を決定づける要因について検討する。対処方略を決定する要因には次の2つがある。1つ目は消費者の自尊感情レベルであり,2つ目は脅威の直接的対処可能性である。

1つ目の消費者の自尊感情レベルについて,近年の研究では自尊感情レベルが高い消費者は自己評価を高揚する動機が強く,同時に脅威を直接的に低減させる能力があると認識するため,直接的な対処方略をとる傾向にある。一方,自尊感情レベルが低い消費者は脅威を直接的に低減させる能力を低く見積もっているため,脅威と直接的に関わる対処法略はとらない傾向にあることが示唆されている。

例えば,Saenger et al.(2020)は「自尊感情レベルが高い消費者は自己改善に関するタスクに成功する可能性が高い」ため,脅威に対して直接的な対処行動をとる可能性があると指摘している(p. 675)。またSong et al.(2017)は自己イメージの脅威を経験する場合,自尊感情レベルが高い消費者は自己イメージの回復を動機づけられ,顕示的な製品を選択することで,自己イメージの象徴的な回復を試みる(i.e.象徴的自己完結)。一方,同研究は自尊感情レベルが低い消費者は社会的注目を回避することが動機づけられるため,顕示的な製品に対する評価が低下するとした(i.e. 乖離)。さらにStuppy et al.(2020)の実験5では,社会的パワーの脅威を経験した消費者のうち,自己高揚動機を有する自尊感情レベルが高い消費者のみハイステータスな製品を選好するとされる(i.e. 象徴的自己完結)。

2つ目の脅威の直接的対処可能性について,近年の研究では脅威を直接的に低減できると消費者が認識する場合,直接的解決や象徴的完結がとられる。一方,脅威を直接的に低減することが困難であると消費者が認識する場合,逃避や流体補償がとられる可能性が示唆されている。

例えば,Kapoor and Tripathi(2020)は失った時間資源は直接的に取り戻すことができないため,消費者は他の領域の資源の充足を図るとしている。またBatra and Ghoshal(2017)は,消費者が象徴的自己完結する手段を持たないとき,逃避によって脅威に関する思考の反芻を避けるとした。

さらにLiu et al.(2021)は感情の持続性に関する消費者の信念に着目し,感情がはかなく持続性が低いと信じる消費者は直接的解決をとる傾向にあり,感情が不変的で持続性が高いと信じる消費者は逃避をとる傾向にあるとした。同研究によると,感情が持続しないという信念は,脅威と関連する感情も同様に持続しないという信念を形成するため,消費者は脅威を直接的に解決可能であると認識する。一方,感情が持続的であるする消費者は脅威がより強固であると信じるため,逃避によって脅威から注意をそらすとされる。

加えてGoor et al.(2021)の実験4では,社会的地位の脅威を経験した消費者のうち,社会的地位の向上が可能であると考える消費者はステータスと関連する製品を選好する(i.e. 象徴的自己完結),一方で社会的地位の向上が望めないと考える消費者は流体補償を可能とする製品を選好することが示されている。

上述した議論から,消費者は脅威に対して直接的解決を試みる。しかし消費者自身が脅威に直接的に対処する能力を持たない場合や,脅威が直接的に対処不可能なほど強大であると認識する場合に,消費者は直接的解決以外の方法を選択すると推察される。さらにこの場合,象徴的自己完結によって脅威に対処することが試みられる。しかしこの方法が効果的でない場合,消費者は脅威そのものを低減することを諦め,脅威に対してより回避的な対処法略である逃避,乖離,流体補償によって対処すると推察される。なお表1は第3節から第5節で議論したレビュー対象論文を整理したものである。

表1

既存研究の整理

VI. 既存研究の課題と今後の研究

本節では,既存研究に残された課題と今後の研究の方向性について議論する。既存研究には3つの課題が残されている。1つ目は,「対処方略の決定要因」に関する課題である。2つ目は「逐次的な補償的消費」に関する課題である。3つ目は「ネガティブな消費者の行動を導く対処方略を回避する方法」に関する課題である。

1つ目の対処方略の決定要因に関する課題について,第5節で議論したように,自尊感情レベルや直接的対処可能性によって,直接的な対処と回避的な対処法略の決定について一定の示唆が得られている。しかし回避的な対処方略内の乖離,逃避,流体補償がどのように選択されるか明らかにされていない。今後の研究ではどのような条件下で乖離,逃避,流体補償が選択されるのかを明らかにする必要がある。したがって直接的解決と逃避のように脅威に対する直接的な対処と回避的な対処を比較するにとどまらず,回避的な対処方略内の比較が可能な調査設計で研究を実施する必要がある。

2つ目の課題について,既存研究では脅威と対処方略の関係が特定の一時点でしか捉えられておらず,逐次的な対処方略の可能性が十分に検討されていない。既存研究の多くは特定の脅威が補償的消費の動因となり,それによって特定の対処方略が導かれるとしている。しかし特定の対処方略の後にまた別の対処方略が逐次的にとられる可能性がある。すなわち消費者は一度目の対処方略によって脅威を十分に低減できない場合,別の対処方略を連続してとる可能性がある。この議論と関連してPyszczynski, Greenberg, and Solomon(1999)は,死の脅威と心的防衛に関する理論である存在脅威管理理論において,死の脅威を経験した個人は,はじめに脅威から注意をそらすことで死の脅威に関する思考を意識から除外するが,時間経過ともに脅威に関する非意識的な思考が高まることで再び脅威への防衛が動機づけられるとする。そのため,特に逃避による対処では脅威の低減は一時的なものにとどまり,一定の時間経過とともに脅威が高まることが予想される。その場合,消費者は再び脅威に対処する必要性が生じる。しかしこの逐次的な補償に着目した研究はない。したがって今後の研究では,自己不一致による脅威と対処方略の関係を逐次的な視点で捉える必要がある。

3つ目の課題について,既存研究の多くは脅威と対処方略そして脅威を受けた領域内の回復という観点から議論を進めている。しかし特定の対処方略が生じることを防ぐという観点の研究は極めて少ない。特に逃避と乖離は社会的・実務的な観点から望ましくない消費者反応を導く。例えば,逃避は非健康的な食品の選択や食品選択量の増加を導く。また乖離では消費者は脅威と関連する製品を低く評価し,製品の選択を避ける。そのため企業にとっては乖離による消費者のネガティブな反応を避けることが重要になる。したがって今後の研究では,逃避や乖離を抑制する方法に注目した研究の蓄積が重要となる。例えば,Ulqinaku, Sarial-Abi, and Kinsella(2020)は消費者にヒーローを想起させることで,消費者の個人的なパワーが促進される場合,脅威によって非健康的食品が選択される傾向が低下するとしている。このように逃避と乖離による非健康的食品の選択や製品・サービスに対するネガティブな反応を避ける方法を明らかにする研究の蓄積が社会的・実務的に望まれる。

謝辞

本稿の作成にあたってレビュアーの先生より貴重なコメントをいただきましたこと,心より御礼申し上げます。

速水 建吾(はやみず けんご)

2021年早稲田大学大学院商学研究科修士課程を修了。現在,同大学大学院商学研究科博士後期課程に在籍。専門は消費者行動,マーケティング。

References
 
© 2022 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
feedback
Top