Japan Marketing Journal
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Marketing Case
Sharing as a Customer Value:
The Challenges and Purpose of Laxus
Takuya NomuraReo Fukuda
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2022 Volume 42 Issue 2 Pages 73-83

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Abstract

本稿では,シェアすること自体の価値を,同じ製品を他の消費者と共同で利用する行為そのものに対して消費者が評価する価値とする。モノのシェアリング・サービスを提供する企業がシェアすること自体を顧客価値として訴求することは,一見当たり前のことに思える。しかし,積極的に取り組んでいる企業は決して多くない。本稿ではまず,シェアすること自体の価値を定義したうえで,多くの企業が訴求に対して積極的でない理由を先行研究から検討する。次に,多くの企業とは対照的に,徹底してシェアすること自体を顧客価値として訴求している事例として,ブランドバッグのシェアリング・サービスを展開するラクサス・テクノロジーズ株式会社の取り組みを紹介する。その後,同社の取り組みの意義を示す。最後に,本稿の示唆をまとめる。

Translated Abstract

The value of sharing is defined as the value that customers evaluate for the practice of using the same product with others. It may seem natural that providers of goods-sharing services promote value of sharing. However, few companies are engaged in this activity. We first define value of sharing and discuss why only a few companies actively promote this value based on previous studies. Next, as a case study of a company that, in contrast to many firms, strongly promotes the value of sharing, we introduce the challenges of Laxus Technologies, Inc. and its social raison d’etre. Finally, we outline the implications of this case study.

ラクサスのブランド・ステートメント

出典:Laxus Technologies Inc. (2022)

I. はじめに:モノのシェアリング・サービス

シェアリング・エコノミー市場の拡大が着実に進んでいる。2019年から2020年にかけては,コロナ禍により一時的に鈍化したものの,シェアリング・エコノミー市場は今後も持続的に成長するとの予測が複数の機関によって報告されている(Sharing Economy Association, Japan, 2020; Yano Research Institute, 2021)。モノのシェアリング・エコノミーにおいては,コロナ禍にあっても堅調に市場規模を拡大している(Sharing Economy Association, Japan, 2020)。モノのシェアリング・エコノミーは,主にオンライン・プラットフォームを通じて,同じ有形の製品を複数のユーザーが共同で利用するシステムを指す。日本におけるモノのシェアリング・エコノミーを提供するサービスには,自動車ではタイムズカーやエニカ,傘ではアイカサ,自転車ではドコモバイクシェアなどがある。その他にも,ベビーカー,スマートフォンの携帯式充電器,高級腕時計などさまざまなモノのシェアリング・サービスが次々に登場している。

モノのシェアリング・サービスには,製品の所有者と利用したい消費者をマッチングさせるためのプラットフォームのみを提供するサービスもあれば,プラットフォームに加えて,所有者から製品を一時的に預かり保管し,利用したい消費者に配送する機能を有するサービスもある。また,モノ自体をサービス提供者である企業が所有し,消費者に貸し出すサービスもある。このように,モノのシェアリング・サービスと一口にいっても,消費者個人間のやりとりを実現するものから,従来のレンタルに該当するものまであり,サービスの内容は一様ではない。しかし,複数の消費者が同じ製品を利用するという点では共通している。

II. シェアをすること自体の価値

複数の消費者で同じ製品を利用する,つまりシェアをすると,消費者一人ひとりが所有するよりも必要になる製品の数が少なくなり,その分廃棄される製品も減る。このような特徴から,シェアをすることは,比較的に環境負荷が少ないエシカルな消費形態といえる。地球環境や社会の持続可能性に対する関心が高まる今日では,企業だけでなく消費者の行動にも責任が問われる時代になってきている。環境に配慮した消費を行える点で,シェアをするという選択肢は顧客価値のひとつとなりうる。

シェアをし合う消費者同士のつながりも,顧客価値のひとつとして訴求することができる。モノのシェアリング・サービスのサービス・クオリティを最大化するためには,利用時における製品の状態の保全や,利用した製品の返却期限の遵守などのように,消費者同士が互いにサービスを快適に利用できるように協力的な行動をとる必要がある(Schaefers, Wittkowski, Benoit, & Ferraro, 2016)。消費者同士の互恵的な関係性を構築するためには,サービスを利用する消費者同士のコミュニティを形成することが推奨される(Shultz & Holbrook, 1999)。そして,コミュニティへの参加は,消費者の所属欲求や関係性欲求を充足するための手段にもなりうる。

シェアすること自体の価値とは,同じ製品を他の消費者と共同で利用する行為そのものに対して消費者が評価する価値を意味する。シェアをすると,本来であれば経済的制約により買うことができないような高価な製品でも安価で利用することができるようになったり,さまざまな種類の製品を次々に試したりすることができるようになる。このような消費者個人の経済的な便益や連続的な獲得を目的としたシェアリングは,購買・所有に代わる次善の策としての行為である。この場合,シェアすることそのものとは直接関係のない別の目的を達成するための手段であるため,シェアをすること自体は顧客価値になっていない。一方,環境保護に貢献することやコミュニティでの他者とのつながりを目的とする場合においては,同じ製品を他の消費者と共同で利用することが,目的を達成するために重要な意味のある行為となる。この場合,シェアすること自体が顧客価値になる1)

III. モノのシェアリング・サービスのリアル

モノのシェアリング・サービスを提供する企業が,シェアすること自体の価値を訴求することは,一見当たり前のことに思える。そのため,そのような企業の取り組みについて,あえて注目する必要があるのかと疑問を持たれるかもしれない。しかし,先行研究は,シェアすること自体を顧客価値として訴求することには困難やリスクが伴うことを示唆している。

Bardhi and Eckhardt(2012)は,ボストン在住の自動車シェアリング・サービス(Zipcar)の利用者40人(21~38歳)をインフォーマントとし,サービスを利用する動機や,企業や他の利用者とのコミュニティ意識などについて半構造化インタビューを実施した。その結果,シェアすること自体が顧客価値になるという発想とは対照的な知見が得られた。まず,インフォーマントの大半が自家用車を所有したいと望んでおり,あくまで次善の策としてシェアリング・サービスを利用していた。それだけでなく,利用するサービスや自動車に対して愛着を持たず,シェアしている自身の消費行動と自己のアイデンティティが結びつくことを拒絶していた。そして,サービスのコミュニティに所属することも拒否しており,他の利用者を信頼していないことがわかった。以上の知見からは,モノのシェアリング・サービスを使用する消費者の一定数は,製品を利用するための手段としてシェアをしてはいるものの,シェアをすること自体には価値を見出さず,むしろ否定的な評価をしていることがうかがえる。加えて,インフォーマントは,自動車に貼られたシェアリング・サービスのロゴなどによって,自身がシェアしていることを他者に知られることが恥ずかしいと感じていることもわかった。Magnani and Re(2020)の調査結果も同様であった。Magnani and Re(2020)は,アムステルダムとミラノでの6ヶ月にわたるエスノグラフィーと24人の若年成人(23~35歳)へのインタビュー調査を実施した。その結果,インフォーマントは,シェアリング・サービスを利用していることに対して合理的な選択をしていると誇らしく思っている一方で,同時に世間的には恥ずかしいとも思っていたことがわかった。

実際の企業の取り組みを俯瞰してみると,上記の先行研究の知見に即するようなメッセージや表現の工夫が垣間見える。例えば,高級車やバイクのシェアリング・サービスのホームページ上では,貸渡用車両用として知られる「わ」ナンバーではなく,比較的知られていない「れ」や「ろ」ナンバーの車体を用意していると記されている場合がある。これは,シェアした車であることが他者に知られるかもしれないという消費者の懸念を払拭するための施策である。

サービス利用者同士のコミュニティを形成するための取り組みについては,筆者が散見する限りほとんどない。むしろ,企業は同じ製品を使う他者の存在を想起させることによるリスクを恐れているかもしれない。先行研究では,消費者が主観的に自身の所有物だと感じている製品に対して,他の消費者も同様に所有感を感じていると判断した場合,その消費者は他の消費者をネガティブに評価し,サービスの利用をやめる傾向が強くなることが報告されている(Kirk, Peck, & Swain, 2018)。つまり,消費者がシェアリング・サービスを利用して,一時でも自分のモノのようにシェアした製品を楽しもうとしても,その製品を同じように所有し利用する他者が過去にも未来にも無数にいると感じると,利用意向が低下する可能性がある2)

シェアリング・エコノミーは,環境にやさしく,近年希薄になっている人と人とのコミュニティを再活性化させるエシカルな経済システムであると無批判に賞賛されることがある。モノのシェアリング・サービスに関する先行研究は,そのようなシェアリング・エコノミーに対するロマンチックな見方とは異なる消費の実態を浮き彫りにしてきた(Bardhi & Eckhardt, 2012)。また,一定数の企業は,上記のような先行研究の知見に沿うような行動をとっているようである。

これに対して,シェアをすることそのものをサービスの中核的な顧客価値として位置づけ,一貫して訴求し続けているのが,ラクサス・テクノロジーズ株式会社である。図1は,同社ホームページのトップ画面を表示した際に中央に出てくるポップアップ・ウインドウである。「レンタルなんてダサい」や「見栄を張っている」といった,シェアをすることに対する恥感情を喚起するような文言をあえて出し,そのうえで「良いものを大切にシェアして使う」ことを,価値ある消費のあり方として提案している。同社による,シェアすること自体を顧客価値に変革するための取り組みは,ポップアップ・ウィンドウの例にとどまらない。そして,同社の価値訴求の一貫性や工夫は注目に値する。以降では,企業の概要,背景,取り組みの内容,効果,意義を紹介する。

図1

HPトップ画面に表示されるポップアップ・ウィンドウ

出典:Laxus Technologies Inc. (2022)

IV. ラクサスの概要

ラクサス・テクノロジーズ株式会社(以下,ラクサス)は,広島県広島市に本社を置く95名以上の従業員を擁する企業である。同社が展開する「ラクサス(Laxus)」は,月額税抜6,800円を支払うことで,4万種類を超えるブランド・バッグを何度でも利用することができるシェアリング・サービスである。ブランド・バッグは,ラクサスが所有するものも用意しているが,個人が有償で貸し出しているものもあり,それらを広島県内にある倉庫で保管し,配送している。ラクサスの利用者は,主にスマートフォンのアプリを通じて利用したいバッグを選び,返却期限なしで利用することができる。利用が済むと,配送時に届いた段ボール箱にバッグを入れてコンビニなどで返送すると,再び新たなバッグを利用することができるようになる。往復配送料は無料である。

現在ラクサスは,日本を代表するシェアリング・サービスになっている。無料会員を含む累計会員数は55万人,公式アプリのダウンロード数は全世界で160万以上を誇る。有料会員の継続率は90%以上あり,サービスを開始した2015年2月に登録を開始した利用者のうちの20%が現在もサービスを利用している。サービスを開始した2015年から2022年現在までの7年間,ラクサスは自社が保有するバッグをひとつも廃棄していない。以上のことが評価され,日本サービス大賞優秀賞や,ニッポン新事業創出大賞最優秀賞など数多くの賞を受賞し,テレビや雑誌をはじめとするさまざまなメディアでも取りあげられている。国内市場での好調を期したラクサスは,2019年10月にアパレル関連事業のホールディング・カンパニーである株式会社ワールド(以下,ワールド)の傘下に入った。これにより,600万人規模のアパレル関連の顧客データをはじめとするワールドの経営資源を活用し,国内市場の成長基盤をさらに盤石にした。これを受けラクサスは,2020年12月にアメリカでのサービスの開始を表明し,グローバル展開を精力的に進めている。

ラクサスが日本でサービスを開始したのは2015年であるが,創業は2006年である。サービス開始前,創業者である児玉昇司氏は,複数回の起業を経て,社会をよりエシカルに変革するための事業を展開しようと検討していた。その中で,「ファッションが社会のお荷物になってしまっている」という問題意識を強く持つようになった。そして,この問題の解決に貢献すべく,現在のサービスの考案に乗り出した。当時はまだSDGs(持続可能な開発目標)も採択されておらず,ESG(環境・社会・ガバナンス)投資という言葉もほとんど普及していなかった。むしろ,地球環境問題や社会課題を掲げて事業を行うことに対する偏見が強かった。ベンチャー・キャピタルなどからは,「印象が悪くなるから環境問題とかは言わない方が良い」などと言われることもあったという。しかし児玉氏は,ファッションにまつわる社会課題は必ず無視できなくなると確信していた。また,シェアリング・エコノミーが今後急速に普及し,その後所有する時代に逆行することはないと予測していた。そのため,シェアリング・サービスによる社会課題への取り組みに向けて歩みを止めることはなかった。リーマンショックによる資金調達の遅れを経て,2015年に満を辞してラクサスのサービスを開始した。シェアすること自体を顧客価値にすることを目的とした一貫した取り組みの背景には,事業の考案当初から続く,児玉氏の社会課題に対する思いと強い信念がある。

V. ラクサスの挑戦:シェアすること自体を顧客価値にする

ラクサスの取り組みからは,はじめはシェアすることを不本意に感じていても,徐々にシェアすること自体の価値を理解し,重視するよう利用者の価値観を変えていくためのさまざまな工夫が見てとれる。本稿では,それらの工夫を「日常化」,「達成感」,「自己発信」の3つの観点に分けて紹介する。

1. 日常化

ラクサスによる,シェアすること自体を顧客価値にするための取り組みは,ホームページだけでも,図1で示したポップアップ・ウィンドウやブランド・ステートメント,コミュニティ・ガイドラインなど多岐にわたる。図2は,コミュニティ・ガイドラインのページの一部である。当該ページは,利用者同士が配慮し合い,サービス・クオリティを利用者自身でも高めることを求めている。そして,協働を通じて,持続可能な未来の実現というひとつの目標を共に目指そうと呼びかけていることがわかる。冒頭の文章では,「できれば読みたくないというユーザーの心理」と記されている。コミュニティに関する表現によって消費者に義務感を負わせたり,他の利用者の存在を強調したりすることの負の側面を十分に理解しながらも,それ以上に企業を含む関わるすべての主体でつくる,ラクサスのコミュニティを重視すべき価値観として位置付けていることがわかる。

図2

ラクサスのコミュニティ・ガイドライン

出典:Laxus Technologies Inc. (2022)

このようなホームページ上での説得的コミュニケーションは,主に消費者がアプリをダウンロードしてサービスを利用する以前に接触することが多いコンテンツといえる。一方ラクサスは,日常の中で利用者がアプリを使い,バッグを手に取るまでのプロセスにも,シェアすること自体の価値を埋め込んでいる。ラクサスのアプリでは,利用したいバッグを選択する画面の上部に「ものを捨てない社会へ」などといったコンテンツが表示されている(図3左)。この部分をタップすると,シェアをすることの意義や環境保護につながるメカニズムについての説明を見ることができる(図3中央左)。これは,利用者がバッグを選ぶ途中や,ふとアプリを起動した際などに,何気なくシェアすること自体の価値に触れることができるように設計されている。ラクサスは,上記のコンテンツの効果をABテストで検証した。その結果,コンテンツが表示されている群の方が,非表示の群よりも有料会員になる人の割合が高かった。施策としての一定の成果も得ている。

図3

ラクサス公式アプリの画面

出典:著者撮影・加工

シェアすること自体の価値を日常に埋め込む施策は他にもある。バッグを配送する際に使用する段ボール箱は,新品のものと,再利用の「エシカルBOX」があり,利用者がどちらかを選択することができる(図4)。現在,約8割の利用者がエシカルBOXを選択している。利用者は,日々送られてくる段ボール箱をエシカルBOXに変えることで,CO2排出量の削減に貢献することができる。段ボール箱を再利用すると,その過程で傷や汚れが生じるが,エシカルBOXはその箇所にハートなどの形をしたシールを貼り付け,再利用する。シールの数や重なり具合は,多くの利用者がエシカルBOXを受け継いできた証となり,ラクサスのコミュニティ全体で環境保護に取り組んでいるという実感をもたらす3,4)

図4

再利用配送段ボール箱「エシカルBOX」

出典:Laxus Technologies Inc. (2022)

2. 達成感

ラクサスは,利用者がとった行動によって,どれだけ環境保護に貢献したのかをアプリ上で具体的に提示している。たとえば,利用者がバッグを選択した際には,そのバッグをシェアしたことによって,どのくらいのCO2の排出量を削減できたのかが表示される(図3中央右)。配送用の段ボール箱を選択する画面でも,エシカルBOXを選択すると,何グラムのCO2が削減されるのかが分かるようになっている(図3右)。利用者個人の行動のひとつひとつがもたらす環境への良い影響を,その都度成果として示すことで,利用者に達成感を感じさせることが期待できる。達成感を味わうことで,利用者はシェアという選択をすることで得られる喜びや意義を実感することができると考えられる。

ラクサスは,コミュニティとしての成果も定期的に発信している。ラクサスがこれまでに廃棄したバッグがひとつもないことは,企業だけの成果ではなく,大切に利用してきた利用者らの成果としても捉えることができる。ラクサスは,環境保護に関するさまざまな成果を「お客様と一緒に積み重ねてきたラクサスの今」として,ホームページなどで大々的にアピールしている。そこでは,累計のCO2削減量を「38,000本の木が1年間かけて吸収する量」と表したり,シェアすることによって廃棄せずに済んだバッグの数量を「並べると宇宙まで届く(274.76 km)」と表現したりと,成果をより直感的にわかりやすくするための細かな表現の工夫も徹底している。

3. 自己発信

ラクサスは,シェアすること自体の価値を,利用者自身からも発信してもらえるように取り組んでいる。具体的には,利用データなどを元に候補となる利用者に声をかけ,公式アプリのコンテンツである「ユーザーの声」を主な媒体として,そこで利用者自身がサービスを利用するに至った経緯や,満足している点,気に入ったおすすめのバッグなどについて語ってもらっている。発信の方法は,動画で利用者が自身の顔を撮影しながら語る場合や,チャット形式でのやり取りを表示する場合などがある。ここでは,バッグを利用できる喜びやサービスの使い勝手の良さなどとともに,環境保護に貢献できていることの喜びや,SNSを使って他の利用者やラクサスの社員と親密なやりとりができることによる充実感について数多く語られている。こうした施策の目的は,口コミとして新規利用者の獲得に活用することでもあるが,別の狙いもある。児玉氏は,自己発信は「学習プロセスと似ている」と話す5)。一度教えられたことは,教える立場になって話すことによってより定着する。同様に,ラクサスが提供するコンテンツを通じて学んだ,持続可能性を重視するライフスタイルや,利用の経験を通じて変化したシェアをすることに対する価値観も,利用者自身に言葉にさせ,他者に発信させることことによって,定着を図っている。

VI. 挑戦の意義

関連する法律の整備や技術の発展により,シェアリング・サービスは今後ますます利用しやすくなることが見込まれる。これにより,所有するよりも安く,かつ多くの製品を利用することができるモノのシェアリング・サービスは,消費者がシェアすること自体の価値を評価していなかったとしても,所有に代わる手段として利用され,一層普及が進むことが予想される。また,シェアすること自体に不本意な気持ちを抱いていたとしても,シェアをする消費者の数が増さえすれば,過剰生産や大量廃棄の抑制を通じて,地球環境を保護できる可能性がある。そして,地球環境や社会状況が改善することによる恩恵が,シェアリング・サービスを利用した消費者にも及び,結果的に消費者のウェルビーイングが向上することが期待できる(図5の左ルート)。このような,消費者の目的や価値観に関係なく,地球環境や社会の課題を解決しうる点は,シェアリング・エコノミーのもっとも重要な特徴といえる。それでもラクサスは,環境保護やコミュニティへの参加といった,シェアすること自体の価値を一貫して訴求し続けている。その意義を検討したい。

図5

モノのシェアリング・サービスが消費者ウェルビーイングを高める2つのルート

出典:著者作成

まず,一般的なマーケティングの観点からである。消費者がシェアをするという行為そのものを顧客価値として評価すると,本当は所有したいと思いながらシェアをするよりも,サービスの利用による満足度が高まることが考えられる。また,仮に消費者の経済的制約が緩和され,所有することができるようになったとしても,シェアリング・サービスの利用を継続してもらえる可能性も高くなりうる。モノのシェアリング・サービスの市場は成長し始めたばかりであり,競合他社の参入や成長が見込まれる。加えて,所有という選択肢との競争関係も続く。児玉氏は,「ラクサスでなければいけない理由を作る必要がある」と語る。環境保護に着実に取り組め,達成感を得られることや,つながり,共にサービスを支え合うコミュニティの存在は,ラクサスを利用する理由のひとつとなり,ロイヤルティの形成に寄与している。

消費者ウェルビーイングの観点からみても,ラクサスの取り組みには意義がある。まず,社会への貢献や他者との親密なつながりの重視は,消費者の基本的な心理的欲求を満たし,ウェルビーイングを高める要因として知られる(e.g., Kasser & Ryan, 1993)。加えて,行為の重要性を消費者自らが肯定的に評価し,自発的に行う場合,不本意ながら行ったり,直接関係のない別の目的のために行ったりするよりも,ウェルビーイングが高まり,行為の持続性も高まると言われている(e.g., Ryan & Connell, 19896)。自ら進んで持続的にサービスを利用する消費者が増えると,CO2排出量の削減がさらに進み,地球環境の保護につながる(図5の右ルート)。

このように,ラクサスはサービス利用者のロイヤルティを高め,競争優位のさらなる確立を図りつつ,シェアをする結果と過程の2つのルートから,消費者ウェルビーイングの向上に貢献している。

VII. まとめ

“ほとんどの場合,サステイナビリティはコラボ消費の偶然の産物だ。”

Botsman & Rogers, 2010, p. 126)

モノのシェアリング・サービスの最も主要な利用動機は,消費者個人の経済的便益の追求であるという見解は,ほとんどの研究や調査の間で一致している。上記の引用文が象徴するように,環境保護はあくまでも,所有に代わる次善の策としてサービスが利用されてきた結果の副産物である場合がほとんどなのが実情であろう。この見解や先行研究の知見に基づけば,シェアすること自体の価値が,これまでのモノのシェアリング・サービスの普及要因であったと評価することは難しい。しかし,今後起こりうる企業間の地位や,シェアをすることに対する意識の変化をもたらす要因にはなるかもしれない。

ラクサスは,シェアすること自体の価値を一貫して訴求し続けることで,サービスの利用やロイヤルティの形成を促進し,継続利用率の向上を図っている。そして,それらの取り組みは一定の成果を出している。ラクサスによる,シェアすること自体を顧客価値に変革していくためのさまざまな工夫は,多くの企業にとって参考になりうる。研究者が得る示唆も多い。たとえば,ラクサスが行っていた「日常化」,「達成感」,「自己発信」に分類した取り組みの効果やそのメカニズムについては,まだ十分には研究対象になっていない。さらに,ラクサスが行っているような取り組みを,さらに効果的にするための示唆をもたらす研究も待たれるところである。

謝辞

本稿の執筆に際して,ラクサス・テクノロジーズ株式会社,創業者の児玉昇司様,ならびに常務執行役員の川本康博様より取材の協力を賜り,貴重な情報を提供していただきました。心より感謝を申し上げます。なお,本稿でありうべき誤謬はすべて筆者の責に帰するものです。

1)  シェアすること自体の顧客価値には,快楽的消費に位置付けられるような,シェアすること自体が純粋に楽しいと感じる場合も含まれる。有機的統合理論によれば,行為自体が目的になっている場合が,もっとも強力に動機付けられる状況とされる(cf. Ryan & Connell, 1989)。しかし,シェアすること自体が目的になることは,頻繁に生じることではないと判断したため,本稿では割愛している。

2)  シェアしていることを他者に知られることにリスクを感じたり,同じ製品を利用する他者の存在によって利用意向が低下したりするといった反応は,扱う製品カテゴリーによって程度が異なってくることが考えられる。例えば,消費者の社会的なステータスを表し,一般的に所有欲の対象になりやすい製品カテゴリー(高級自動車,ブランドバッグ,腕時計など)では相対的に顕著に現れることが考えられる。対して,傘や自転車(ママチャリ),充電器といったコモディティの場合は,反応が軽微になる可能性がある。後者の場合は,相対的にシェアすること自体の顧客価値を訴求しやすいと考えられる。

3)  ラクサスによる分析の結果,エシカルBOXを選択する利用者は通常の段ボール箱を選択する利用者に比べ5%ポイント継続率が高いことが明らかになっている。複雑な交絡要因が考えられるため因果関係の特定は容易ではないが,興味深い相関関係である。

4)  このプロジェクトを主導したのは入社1年目の若手の女性社員である。ラクサスでは,児玉氏の信念を反映する経営理念「世界中を笑顔に」のもとに,年齢や性別を問わず,すべての社員が自らアイデアや施策を考案し,挑戦することが求められている。同社における社員個人のKPIは,一定期間のあいだにいくつ「失敗」できるか,となっている。

5)  本稿における児玉氏の発話内容は,筆者が行ったインタビュー(2022年2月3日実施)基づく。

6)  目標内容理論(e.g., Kasser & Ryan, 1993)と有機的統合理論(e.g., Ryan & Connell, 1989)に基づく。

野村 拓也(のむら たくや)

星槎道都大学経営学部助教

2020年より学習院大学大学院経営学研究科博士後期課程に在籍。2022年より現職。

福田 怜生(ふくだ れお)

亜細亜大学経営学部専任講師

2016年学習院大学大学院経営学研究科博士後期課程単位取得退学。同年学習院大学経済経営研究所客員所員。2018年より現職。

References
 
© 2022 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
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