Japan Marketing Journal
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Preface
Sensory Marketing
Hiroaki Ishii
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2023 Volume 42 Issue 3 Pages 3-5

Details
Translated Abstract

This special issue focuses on the latest findings and contributions of sensory marketing. In the past decade, the number of studies on sensory marketing has increased markedly. This work has included development of theoretical implications and practical implementations. However, a problem of reproducibility has been suggested in the field of psychology, which strongly influences sensory marketing research. Additionally, revelations of research misconduct by a few researchers have partly undermined the credibility of sensory marketing research. Therefore, in this special issue, we reconsider the value and contribution of sensory marketing by presenting leading work in this area. Each of the five invited peer-reviewed studies includes excellent academic findings and practical suggestions. As such, we believe that this issue will make an important contribution to progress in research on sensory marketing.

近年,消費者の五感への影響を考慮したセンサリー・マーケティングの研究数が増えている。Google Scholarで“sensory marketing”のヒット数を調べてみると,当該分野の啓蒙書的な存在でもあるKrishna(2010)Sensory Marketing:Research on the Sensuality of Productsが発刊された2010年には65件のヒットだったものが,2021年には791件にもなっている(2022年11月20日アクセス)。研究の黎明期からこの10年あまりで論文数が10倍以上にも増えていることがわかる。実際,本誌においても,いくつかの視点からセンサリー・マーケティングに関連した議論が進められてきている(e.g. Ishii & Hiraki, 2016; Wang, Hayamizu, & Onzo, 2021)。

改めてセンサリー・マーケティングとは,「消費者の感覚に強く影響を与え,彼らの知覚,判断,行動に影響を与えるマーケティングのこと(Krishna, 2013, 邦訳p. 5)」として捉えられている。消費者の感覚(いわゆる五感)に注目した議論は必ずしも新しいわけではなく,視覚や聴覚への影響に関する議論は古くから進められてきた(e.g. Milliman, 1982)。しかしながら,個別に進められてきた議論を統合し,それぞれの研究にセンサリー・マーケティング研究としての位置づけを与えたことで,より活発な議論が進められるようになったと考えられる(Ishii & Hiraki, 2016)。

その一方,センサリー・マーケティング研究の知見に対して,やや疑いの目が向けられることも増えているようだ。心理学分野においては,2011年ごろから既に公開されている研究と同様の調査を実施しても同じ結果を得られない再現性の問題が大きな課題となっている(Motoki, Yonemitsu, & Ariga, 2021)。こうした課題は心理学の知見を幅広く援用してきたセンサリー・マーケティング研究も無縁ではない。

たとえば,センサリー・マーケティング研究に大きな影響を及ぼした心理学研究の一つとしてWilliams and Bargh(2008)がある。同研究は,事前に温かいコーヒーカップを持った実験参加者が他者を心温かい人物として評価することを報告し,大きな反響を呼んだ。こうした刺激的で興味深い研究結果に魅了され,多くのマーケティング研究者が五感の影響に目を向けるようになったものの,その後に行われた追試研究では,想定された結果が得られなかったという(e.g. Lynott et al., 2014)。

近年のマーケティング研究や消費者行動研究において明らかにされたいくつかの研究不正や疑わしい行為も研究知見に対する疑念に拍車をかけているであろう。たとえば,センサリー・マーケティングに関連した研究を進めていた有望な若手研究者が研究不正により職を追われたり1),トップ・ジャーナルに掲載された興味深い研究結果に誤りが含まれる可能性があるとの警告が加えられたりするなど2),驚くような出来事が相次いで生じている。

もちろん多くの知見は,それぞれの著者が真摯に研究を進めてきた結果であり,不正が行われた研究というのはごく一部であろう。また,セグメンテーションを重視するマーケティング研究領域においては,追試で研究結果が再現できなかったとしても,どのような条件や個人特性の消費者において,先行研究の知見を応用することができるのかを検討することも有用な議論の視点となりうる。だからこそ,こうした疑念や懸念からこれまでに導出されてきたセンサリー・マーケティング研究の知見が軽んじられてしまう事態は避けなければならない。

そこで本特集では,日本を拠点とする研究者が進めている先進的な知見を紹介することで,改めてセンサリー・マーケティングの価値や貢献を検討したいと考えた。収録したのは以下の5本の研究論文である。

第一論文は,朴宰佑氏,外川拓氏,元木康介氏による「センサリーナッジ:感覚要因が健康的な食行動に及ぼす影響の文献レビュー」である。同論文では,2000年以降の関連論文のレビューから,センサリー・マーケティングと健康的な食行動との関係が検討されている。本論文で取り上げられている先行研究を辿っていくと,タイトルにもある「ナッジ」という言葉が示す通り,センサリー・マーケティングの活用により,我々消費者が様々な食行動を無意識的にとっていることを実感できる。また,センサリー・マーケティングが営利企業のマーケティング活動だけでなく,多様な文脈に応用できることを示唆している点も興味深い。

第二論文は,有賀敦紀氏による「パッケージデザインに基づく重さの推定と知覚」である。同論文の実験1と実験2では,先行研究で示されてきた視覚的重さに関する知見に注目した追試が行われている。また,実験3では,先行研究や最初の二つの実験で得られた効果が消失する条件も明らかにされており,近年の再現性の危機に正面から対応した非常に興味深い議論が展開されている。マーケティング研究においても追試研究への注目が高まりつつあることを考えると(Bradlow et al., 2020),本論文で進められている議論の展開や厳密な実験操作は,今後,追試研究に取り組もうと考えている読者にとっても大いに参考になるであろう。

第三論文は,外川拓氏,磯田友里子氏,鈴木凌氏,恩藏直人氏による「顧客の名字がブランド選択に及ぼす影響―視覚情報としての文字に注目して―」である。同論文では,顧客情報と実際の売り上げデータを突き合わせることで,これまで議論がされてこなかった漢字のネームレター効果が検討されている。特に,同じ読み方でも複数の表記方法のある漢字の特徴に注目し,ネームレター効果が生じるのが読み方も表記方法も一致した場合であることを明らかにしている。日本市場特有の条件から新たな知見が導出されている点は,学術的にも実務的にも極めて価値が高い。

第四論文は,河股久司氏,守口剛氏による「ブランド・ロゴ変更時の彩度の変化が消費者のブランド態度に与える影響」である。同論文では,有力企業のブランド・ロゴ変更が相次いだことを問題意識として,色の彩度の変更による影響が検討されている。行われた3つの実験からは,ブランド・ロゴの彩度の向上が,ブランドの活力感を通じて好ましいブランド態度に結び付くこと,また,こうしたブランドの活力感がブランド態度に結び付くのは国際的なブランドにおいて顕著であることが示されている。彩度とブランド態度との関係のみならず,調整変数の存在が示唆されている点は,ブランド・ロゴの変更を検討している実務家にとって有用な示唆をもたらすものと考えられる。

第五論文は,權純鎬氏,河股久司氏,須田孝徳氏による「電子媒体の画面接触が決済サービスのコントロール感と心理的所有感に及ぼす影響」である。同論文では,消費者行動研究やマーケティング研究で大きな注目を集めるようになってきた心理的所有感やコントロール感などの概念を用いながら,決済サービスの操作方法とその後の利用意向の関係が議論されている。本論文では決済サービスが対象として取り上げられているが,画面への接触回数がコントロール感知覚を高め,心理的所有感に結び付くという知見は,関連分野の製品開発を進めるうえでの一つの方向性を指し示している。また,実務的にも学術的にも先進的なテーマが取り上げられており,多くの読者の興味をひくものと思われる。

いずれの論文からも,学術と実務の両面から豊富な示唆を読み取ることができる。本特集により,改めてセンサリー・マーケティングの面白さや有益さが多くの読者に伝われば幸いである。

本号には以上の5つの招待査読論文のほかにも,2本のレビュー論文,1本のマーケティングケース,3本の書評が収録されている。いずれも質の高い学術的議論が展開されており,豊富な実務的示唆が提供されている。是非,お目通しいただきたい。

1)  Norswestan UniversityのAssistant ProfessorであったPing Dong氏は,研究不正によりいくつかの論文がJournal of Consumer Research誌などから撤回され,大学を退職することとなった。

2)  たとえば,Sinha and Bagchi(2019)など。

References
 
© 2023 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
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