Japan Marketing Journal
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Special Issue / Invited Peer-Reviewed Article
Effect of Customers’ Names on Brand Choices:
The Role of Letters as Visual Information
Taku TogawaYuriko IsodaRyo SuzukiNaoto Onzo
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2023 Volume 42 Issue 3 Pages 27-38

Details
Abstract

人は,自身の名前に含まれた文字を,含まれていない文字に比べて好ましく評価する。この傾向はネームレター効果と呼ばれ,ブランド選択をはじめとする様々な意思決定にも影響を及ぼす。例えば,先行研究によると,Lで始まる名前の消費者(例えば,Lundy)は,他の文字で始まる名前の消費者(例えば,Thomas)に比べ,名前の頭文字が一致するLexusを購入する傾向がある。本研究では,ブランド・ネームが漢字で表記されている場合,ネームレター効果がどのように生じるのかについて検討した。先行研究によると,漢字は聴覚情報ではなく,視覚情報として処理される。この言語的性質を踏まえ,漢字のネームレター効果は,ブランド・ネームと顧客の姓における表記(vs. 読み)の一致によって生じると予測した。総合胃腸薬の購買データを分析した結果,表記と読みが太田胃散と一致する太田姓の消費者は,読みのみが一致する姓(例えば,大田姓や多田姓)の消費者や,読みも表記も一致しない姓の消費者に比べて,太田胃散を購入する確率が高かった。本研究の結果は,ブランド・ネームに関する重要な理論的,および実務的示唆を提供している。

Translated Abstract

People perceive letters included in their name more favorably than those not included in their name. This tendency is called the name letter effect, and it can affect various types of decision-making, including brand choices. For instance, a consumer named Lundy is more likely than one named Thomas to purchase a Lexus car, as it shares the same initial. This study examines how the name letter affects consumers’ brand choices when brand names are written in Japanese Kanji script. Previous studies have shown that Kanji are processed as visual rather than auditory information. Based on this linguistic nature, the authors predicted that the name letter effect in Kanji would be elicited by congruence between a brand name and a consumer’s name in both spelling and pronunciation (vs. only in pronunciation). An analysis of actual purchase data concerned with the OTC stomach medicine Ohta-Isan (太田胃酸) revealed that consumers with names that matched the brand name (太田) in both pronunciation and Kanji spelling were more likely to purchase the medicine than consumers whose name was pronounced the same but written with different Kanji (e.g. 大田 and 多田, both pronounced Ohta) and consumers with names neither spelled nor pronounced the same way.

I. 導入

毎年,市場では膨大な数のブランド・ネームが開発されている。2021年,日本では174,098件もの商標が登録され,その数は10年前の約2倍に及ぶ(Japan Patent Office, 2022)。企業がブランド・ネームの開発に注力するのは,不思議なことではない。ネームは,消費者の知覚や記憶に影響を与える重要なブランド要素として位置付けられているからである(Keller, 2008; Onzo & Kamei, 2002)。ブランド戦略にまつわる失敗事例のなかには,ネーミングに起因するものが少なくないともいわれている(Hartley & Claycomb, 2013)。

ブランド研究においては,ネームの特性がブランドに対する消費者反応に及ぼす影響について,様々な角度から検討されてきた。例えば,ネームに含まれる韻(Argo, Popa, & Smith, 2010)や,母音の種類(Park & Osera, 2009)は,ブランドに対する知覚やイメージに影響を及ぼすことが明らかになっている。こうしたなかで,本研究が注目したのは,ネームレター効果(name-letter effect)である。

ネームレター効果とは,「自身の名前に含まれた文字を好ましく評価する傾向」(Jones, Pelham, Mirenberg, & Hetts, 2002, p. 170)を指し,結果的にその文字を含んだ別の対象(例えば,ブランド)にも好意的態度が形成される(Pelham, Mirenberg, & Jones, 2002)。例えば,“H”で始まる名前の人物(例えば,Herbert)は,“H”以外で始まる名前の人物に比べ,頭文字が一致するHershey’sのチョコレートを好む傾向がある(Brendl, Chattopadhyay, Pelham, & Carvallo, 2005)。同様に,“L”で始まる名前の人物(例えば,Linda)は,“L”以外で始まる名前の人物に比べ,自動車ブランドのLexusを購買する傾向にある(Coulter & Grewal, 2014)。

先行研究では,ブランド選択(Brendl et al., 2005)に加え,職業や居住地の決定(Pelham et al., 2002),投資先の選択(Nelson & Simmons, 2007),価格に対する選好(Coulter & Grewal, 2014)など,様々な文脈においてネームレター効果の発生が確認されてきた。また,ネームレター効果は,英語のみならず(Nelson & Simmons, 2007; Pelham et al., 2002),フランス語やドイツ語(Nuttin, 1987),日本語の平仮名(Kitayama & Karasawa, 1997)など,様々な言語において生じることも明らかになっている。

しかしながら,漢字のブランド・ネームによってネームレター効果が発生するのか,という点については未だ検討されていない。漢字を対象としてネームレター効果を検証することは,理論的に重要な意義を有する。これまで着目されてこなかった新たな言語で検証を行うことで,ブランド選択におけるネームレター効果の頑健性や一般化可能性を確かめることができるためである(Nuttin, 1987)。また,漢字では,同じ読み(例えば,「おおた」)に対して複数の表記(例えば,「太田」と「多田」)をとりうる。漢字を研究対象とすることで,視覚情報である表記と聴覚情報である読みが,ネームレター効果でどのような役割を果たすか,という新たな課題についても検討することができる。さらに,漢字は日本のみならず,中国,韓国,ベトナム,シンガポール,マレーシアなど,アジア圏の国々で広く使用されている(Schmitt, Pan, & Tavassoli, 1994)。漢字のネームレター効果が検証されれば,これらの国々でブランドを展開する企業に対して,実務的に有益な示唆を提供できるであろう。

そこで,本研究では心理言語学の知見を引用し,漢字によるネームレター効果がどのようなときに生じるのか,という点について検討する。具体的には,総合胃腸薬である太田胃散の購買履歴データを分析し,読みと表記がブランドと一致する「太田」姓の消費者は,読みのみ一致する姓(例えば,「大田」や「多田」など)の消費者や,表記も読みも一致しない消費者と比べ,太田胃散を購入する確率が高いことを示していく。

II. 理論的背景

1. ネームレター効果

ネームレター効果は,社会心理学,とりわけ自己に対する無意識的な評価に関する一連の研究のなかで発見された(Greenwald & Banaji, 1995)。ネームレター効果を最初に実証的手法で明らかにした研究は,Nuttin(1985)である。Nuttinは,自己愛や自己への愛着による結果として,自身の氏名だけでなく,氏名に用いられている文字に対しても好ましく評価する傾向を実験で明らかにした。

同様の結果は,後続の研究においても確認されてきた。例えば,全アルファベットから最も好ましいと思う6つの文字を選択させる実験を行ったところ,参加者は,自身の氏名に含まれた文字を,他の文字に比べて高い確率で選択することが明らかになった(Nuttin, 1987)。さらに,この傾向は英語のみならず,フランス語,ドイツ語,イタリア語など,欧州の12言語においても確認された(Nuttin, 1987)。

日本語によるネームレター効果の検証も行われている。Kitayama and Karasawa(1997)の実験では,英語のアルファベットと同様,日本語の平仮名においても,参加者たちは自身の名前に含まれる文字に高い選好を示した。また,男性参加者は名字に含まれる文字,女性参加者は名前に含まれる文字を好意的に評価した。

ネームレター効果は,一般的に「好ましくない」とされる成果にも波及する。例えば,野球の打者にとって,三振は好ましくない。つまり,接近ではなく回避すべき対象である。しかしながら,メジャー・リーグに所属する打者の戦績を分析したところ,名字が“K”(英語圏で,“K”は三振を表す)で始まる選手は,他の選手に比べて,三振する割合が高かった。この結果から,本来回避すべき三振(“K”)でさえ,名字のイニシャルが一致すると人は無意識のうちに接近傾向を示してしまうことが示唆される(Nelson & Simmons, 2007)。

ネームレター効果は,文字への選好にとどまらず,様々な状況での意思決定にも影響を及ぼすことが明らかにされている。例えば,Pelham et al.,(2002)は,居住地選択と職業選択において,ネームレター効果が生じるのかという点について,10の実験を通じて検討した。

実験1~5では,人は自身の名前に類似した居住地を選択する傾向が明らかになった。例えば,Louisという名前の人物は,“L”以外で始まる名前の人物に比べて,居住地としてSt. Louisを選択する傾向がみられた。実験6では,ネームレター効果の対象が,人名から誕生日へと拡張されている。例えば,誕生日に「2」が含まれている人は,それ以外の人に比べて,居住地にミネソタ州のTwo Harborsを選択する確率が高かった。

実験7~10では,居住地選択と同様の傾向が,職業選択でも確認された。すなわち,人は自身の名前の一部を含む職業を選択する傾向がある。例えば,Dennisという名前の人物は,他の名前の人物に比べて,高い割合で歯科医(dentist)という職業を選択していた。

2. ネームレター効果のメカニズム

ネームレター効果は,なぜ発生するのだろうか。一見すると,単純接触効果がもっともシンプルな説明を提供しそうに思われる。単純接触効果は,同じ対象に繰り返し接することで,その対象への態度が好意的になることを示している(Zajonc, 1968)。この効果にもとづくならば,一般的に,人は自身の名前を目にする機会が多いため,名前に含まれる文字を好むようになるという説明が可能となる。

しかしながら,ネームレター効果を発見したNuttinは,単純接触効果による説明を否定し,異なるメカニズムを主張した(Nuttin, 1985, 1987)。彼はネームレター効果を,無意識的な自己愛の現れとして捉えている。一般的に,人は自身のことを「良い」,「優れている」と感じたいという欲求を有する(Allport, 1961)。このような,人が自己に対して有する肯定的な信念や態度(例えば,自己への愛着や自尊心など)が,無意識のうちに,自身を表す別の対象(例えば,名前に含まれる文字)への態度に波及した,という説明である。

Hoorens and Todorova(1988)は,実験結果をもとに,Nuttinの主張を間接的に裏付けた。Hoorensらの実験はブルガリア人を対象に行われた。ブルガリア人は,キリル文字を最初に習得し,その後,語学教育を通じてローマ字を学ぶ。もし,ネームレター効果が,単純接触効果のように,自身の名前に含まれる文字を頻繁に読み書きすることへの「慣れ」によって発生しているとするならば,ローマ字が示されたときより,先に習得するキリル文字が示されときにネームレター効果が強く生じるはずである。しかしながら,実験では,ローマ字においても同様に,ネームレター効果が確認された。

自尊心を直接的に測定し,メカニズムを明らかにした研究も行われている。Jones et al.(2002)の実験では,自尊心を尺度で測定したうえで,参加者にとっての自己脅威(self-threats)を操作した。自己脅威条件では,自尊心が傷つくような事柄(例えば,自らの欠点),統制条件では自尊心を傷つけないような事柄(例えば,自身の大切なもの)を書き出すように指示された。続いて,アルファベット文字への選好を測定した結果,統制条件では,自尊心が低い回答者がネームレター効果を示した一方,自己脅威条件では,自尊心が高い回答者がネームレター効果を示した。つまり,もともと自尊心が低い人や,本来は高かった自尊心を傷つけられた人は,自身の名前に含まれる文字を好むことにより,低水準の自尊心を回復させようとしていることが示唆される。この実験結果から,Jonesらは,ネームレター効果のメカニズムとして,自尊心が重要な役割を果たしていることを主張した。

3. マーケティングにおけるネームレター効果

先行研究では,ネームレター効果がブランド態度,製品評価など,マーケティングの成果変数においても生じることが明らかにされてきた。例えば,Hodson and Olson(2005)は,職業や居住地などの重要な意思決定ではなく,ブランド・ネームをはじめ,動物,食品,レジャー活動,国,文字など,日常的に触れるものに対する態度への影響に注目した。分析の結果,動物,食品,レジャー活動への態度において,ネームレター効果は生じなかった。一方で,ブランド・ネームにおいては,ネームレター効果が発生しており,自身の名前を含むブランド・ネームに対して好意的な態度が示された。

Brendl et al.(2005)は,飲料や食品のブランド・ネームとして,実験参加者の名前の一部を含んだものと,含んでいないものの2種類をペアで提示し,好ましいと思うほうのネームを選択させた。その結果,参加者の名前を含むブランド・ネームは,含まないブランド・ネームに比べ,選択される確率が高かった。

彼らは,消費者が自身の名前を含むブランド・ネームを好むプロセスを2つの段階に分けて説明している。第一段階では,自己高揚動機(self-enhancement)によって自身の名前に含まれる文字(ネームレター)を好ましく評価し,第二段階で,この評価がネームレターを含むブランドの特定の属性(飲料の味など)に転移する。そして,第二段階では,消費者が持つニーズの水準が調整変数の役割を果たすという。渇望感を操作した実験を行った結果,中程度に喉が渇いた条件ではネームレター効果が確認されたものの,極端に喉が渇いている条件,および喉が全く渇いていない条件では確認されなかった。

先行研究によると,ネームレター効果は消費者だけでなく,投資家の意思決定を左右することもある(Knewtson & Sias, 2010)。ネームレター効果にもとづくならば,投資家は自身の名前に類似した名称の企業に好意的な評価を示し,投資するであろう。結果的に,人名で頻出する文字が名称に含まれている企業のほうが,人名として希少な文字が名称に含まれている企業より,株主数は多くなるはずである。この予測は,株式市場データの分析結果によって支持された(Knewtson & Sias, 2010)。すなわち,創業からの年数や月間平均配当額など,株主数に影響を与えうる他の変数を統制した分析において,アメリカ人の名前に頻出する文字(例えば,“J”や“M”)を名称に含む企業ほど,株主数が多くなる傾向が示された。

企業や製品の名称だけでなく,ネームレター効果は価格に対する選好にも及ぶ。Coulter and Grewal(2014)は,実験室実験とフィールド実験の結果,消費者は自身の名前や誕生日に含まれる文字と,価格に含まれる文字や値が一致したとき,価格に対して好ましく評価することを明らかにした。例えば,FredやFrankなど,“F”で始まる名前の消費者は,$55(“fifty-five dollars”)という価格を他の価格よりも好んだ。同様に,4月15日生まれの消費者は,$49.15という価格を他の価格よりも高く評価した。

4. 文字の種類による影響

すでに述べたとおり,ネームレター効果は,英語をはじめ様々な言語で生じることが確認されてきた(Kitayama & Karasawa, 1997; Nuttin, 1985, 1987)。ここでは,日本語や中国語で用いられる漢字の場合,ネームレター効果が同様に生じるのかという点について,心理言語学の知見にもとづき考察していく。

言語の処理に関する研究において,文字は2つの種類に分けて検討されてきた(Hoosain, 1995; Tavassoli & Lee, 2003)。1つは,アルファベット文字である。アルファベット文字は,英語,ドイツ語,スペイン語など,幅広い言語において用いられており,日本語の平仮名や片仮名,韓国語のハングルもこれに含まれる(Hashida, 2012; Tavassoli & Han, 2001)。アルファベット文字は,発音や音韻を表している(Hoosain, 1995; McCusker, Hillinger, & Bias, 1981)。

もう1つは,ロゴグラフィック文字である。ロゴグラフィック文字には,中国語や日本語で用いられている漢字や,韓国語のハンチャなどが含まれ,いずれも意味内容を表象していることが多い(Hoosain, 1995; Perfetti & Zhang, 1991)。

アルファベット文字は,発音を表しているという特性から,聴覚情報として処理される傾向がある。例えば,実験において,ROSE(バラ)と発音が類似するROWS,見た目が類似するROBSのいずれかを提示し,それがFLOWER(花)カテゴリーに含まれるか否かを瞬時に判断させる課題を行ったところ,ROWS(聴覚的に類似した単語)のほうがROBS(視覚的に類似した単語)に比べ,誤ってFLOWERカテゴリーに分類される率が高かった(van Orden, 1987)。アルファベット文字を目にしたとき,人はそれを聴覚情報として処理しているがゆえ,本来はFLOWERカテゴリーに含まれないにもかかわらず,聴覚的に類似したROWSをROSEと混同し,誤答してしまったと考えられる。

対照的に,ロゴグラフィック文字は,視覚情報として処理される傾向がある(Wang, 1973)。例えば,中国語を対象とした実験で,「視」という文字を瞬時(40~120ミリ秒)に提示し,これと同じ漢字を選択させると,外見的に類似した「現」のほうが,発音的に類似した「事」(中国語では,「視」と「事」はいずれも/shi/と発音する)よりも選ばれやすい(Perfetti & Zhang, 1991)。同様に,「感嘆」は,聴覚的に一致する「簡単」よりも,視覚的に一致部分の多い「感激」のほうが似たものと認識される(Hashida, 2012; Hiraki & Hashida, 2007)。

文字のこうした違いを広告の文脈で議論した研究も行われてきた。例えば,広告にアルファベット文字で記された情報は,聴覚的に処理されるため,広告の音楽によって記憶が妨げられる。一方,広告にロゴグラフィック文字で記された情報は,視覚的に処理されるため,広告の画像によって記憶が妨害されていた(Tavassoli & Han, 2001; Tavassoli & Lee, 2003)。

以上の知見は,日本語の漢字を用いた名前において,どのようなときにネームレター効果が生じるのかという点について示唆を与えている。日本語の姓には,同一の読みでも,異なる漢字表記をとる場合がある(例えば,「伊藤」と「伊東」,「太田」と「大田」など)。ロゴグラフィック文字である漢字が,視覚情報として認識されているならば,たとえ聴覚情報である読みが同じであっても,視覚情報である表記が異なっている場合,「同一」とは認識されないであろう。したがって,ブランド・ネームに含まれる人名と,読みに加えて表記も一致した姓を有する消費者は,読みは同じだが表記は異なる姓を持つ消費者や,表記も読みも一致しない姓を持つ消費者に比べ,当該ブランドに対して高い選好を示すと予測した。

III. データ分析

1. 対象カテゴリーおよびブランド

前述の予測を検証するため,本研究では,株式会社太田胃散から販売されている総合胃腸薬「太田胃散」の購買履歴データを分析することにした。総合胃腸薬市場においては,特定の製品による寡占が生じておらず,第一三共胃腸薬,キャベジンコーワなど,太田胃散以外にも複数の有力製品が展開されている。このことから,総合胃腸薬の購買行動を分析対象とすることで,消費者の自然な選択傾向を探ることができると判断した。

複数のブランドのなかから太田胃散を分析対象に選定した理由は,以下のとおりである。1つ目は,ブランド・ネームに含まれる人名が,複数の表記をとりうるからである。本研究は,読みだけでなく表記が一致したときに,漢字のネームレター効果が生じると予測した。この予測を検証するには,同じ読みでも表記が一致する条件と一致しない条件での比較を行う必要がある。「おおた」という読みは,「太田」のほか,「大田」「多田」などの表記をとりうるため,本研究の分析対象として相応しいと考えた。

2つ目は,パッケージにブランド・ネームが明記されているためである。仮にブランド・ネームに人名が含まれていたとしても,そのことを顧客自身が認識できない場合,本研究の予測を検証することはできない。つまり,顧客が自身の姓と一致するブランドを選好したか否かを確認するためには,ブランド・ネームに含まれた人名が,購買選択時点で容易に認識できる状態であることが望ましい。太田胃散のパッケージ正面には,ネームが大きな文字で明瞭に表記されているため,この条件を満たしていると判断した。

3つ目は,ブランド・ネームに含まれている姓が一般的なためである。すでに議論したとおり,ネームレター効果は,潜在的な自尊心が,自身の名前から同名の対象に転移することで生じる。極端に希少な姓が,顧客とブランドとの間で一致していた場合,自尊心の転移効果だけでなく,驚き感情や特定の思い入れなど,他の要因が交絡してしまう恐れがある。これに対処するため,一部の先行研究では,氏名に使われることが少ない文字を実験刺激から除外している(Nuttin, 1985)。約2,300万世帯の情報を収録したデータベースによると,「太田」姓は43番目に多く,全国に広く分布していることから(Nippon Software Service, 2007),太田胃散を研究対象とすることで,前述の交絡を回避できると考えた。

2. データの概要

分析対象となるデータは,北海道内にスーパーマーケットを108店舗(2015年時点)展開する生活協同組合コープさっぽろより提供を受けた。このデータには,2015年1月1日から12月31日までにおける,総合胃腸薬の購買履歴が記録されている。具体的には,当該期間において,総合胃腸薬を購入した顧客15,967人(男性=3,569人:女性=12,398人)の姓と,購入した総合胃腸薬のアイテム名,および購入点数が記録されている。なお,提供されたデータには顧客の姓,年代,性別に関する情報は含まれているが,個人を特定可能な情報(例えば,顧客の名,具体的な年齢,住所,電話番号,メールアドレスなど)は含まれていない。

3. 変数の定義

(1) 説明変数

ブランド・ネームに含まれる「太田」と視覚的,聴覚的に一致しているか否かという観点から,顧客の姓を3つの群に分類した(表11)。1つ目は,漢字表記(すなわち,視覚情報)と読み方(すなわち,聴覚情報)2)のいずれもブランド・ネームと一致している「太田」姓である。本研究では,太田姓の顧客を完全一致群と称する。

表1

説明変数の定義

2つ目は,読み方がブランド・ネームと一致していると思われるものの,漢字表記が異なる「大田」姓と「多田」姓である。これらの姓の顧客を,読み仮名一致群と呼ぶ。

3つ目は,「太田」「大田」「多田」以外の姓を有する完全不一致群である。なお,姓の珍しさを完全一致群や読み仮名一致群と同程度にそろえるため,完全不一致群には,北海道内で多い姓として上位100位にランクインした姓の顧客のみが含まれている(Nippon Software Service, 2007)。

(2) 被説明変数

本研究では,2つの被説明変数について検討した。1つ目は,太田胃散の購入/非購入である。2015年1月1日~12月31日の期間中に,太田胃散の購入履歴が有るか否かを集計し,すべての顧客に値を割り当てた(購入=1,非購入=0)。

2つ目は,購入点数シェアである。これは,上記の期間中に購入した総合胃腸薬の総点数において太田胃散の購入点数が占める割合を,顧客ごとに算出したものである。たとえば,ある顧客が当該期間中に総合胃腸薬を合計10点購入し,うち5点が太田胃散であったとするならば,その顧客の購入点数シェアは5/10=0.5となる。本研究では,すべての顧客の購入点数シェアを算出し,分析に投入した。

4. 分析結果

(1) 購入/非購入

2015年の1年間で,総合胃腸薬を購入した15,967人のうち,太田胃散を1回以上購入したのは5,388人,購入しなかったのは10,579人であった。また,姓の分類別に集計したところ,完全一致群は136人,読み仮名一致群は41人,完全不一致群15,790人であった。表2は,太田胃散の購入有無を表頭,顧客の姓を表側に配置したクロス集計表である。

表2

顧客の姓ごとにみた太田胃散の購入者数

注:表中の%は,①~③各群の総数(100%)に占める太田胃散の購入者数と非購入者数が占める割合を示している。

2の結果をもとに,顧客の姓の各群に占める太田胃散選択者の割合を比較した。その結果,完全一致群(n=136)のうち,49%の顧客が太田胃散を選択していた。この割合は,読み仮名一致群(n=41)の割合(32%),完全不一致群(n=15,790)の割合(34%)に比べて高かった(χ2=14.85, p<.01)。

加えて,顧客の姓を説明変数(ダミー変数),太田胃散の購入有無を被説明変数としたロジスティック回帰分析を行った(表3)。ダミー変数の作成に際しては,表1の定義にしたがい,「太田」姓の顧客を,完全一致ダミーで「1」,他のダミー変数で「0」とコード化した。同様に,「多田」および「大田」姓の顧客は,読み仮名一致ダミーで「1」,他のダミー変数で「0」,その他の姓の顧客は完全不一致ダミーで「1」,他のダミー変数で「0」という値を割り当てた。分析の結果,顧客の姓が完全一致(すなわち,「太田」姓)である場合,太田胃散が「購入あり」となる確率は有意に高かった(b=0.65, p<.01)。読み仮名一致が太田胃散の購入/非購入に及ぼす影響は非有意であった(b=−0.09, p=.80)。

表3

ロジスティック回帰分析の結果

注:ダミー変数は,「完全不一致」をベースラインとして,該当する場合を1,該当しない場合を0とした。

以上の結果は,漢字を用いた名称の場合,読み仮名だけが一致するだけでなく,表記が一致したとき,ネームレター効果が発生する,という予測を支持するものである。

(2) 購入点数シェア

完全一致群,読み仮名一致群,完全不一致群の購入点数シェアを比較した。群間においてサンプル・サイズや分散が大幅に異なるため,比較を行う際には,群間での等分散性を前提としないWelch法の分散分析を用いた。分析の結果,顧客の姓によって購入点数シェアが有意に異なることが明らかになった(F(3, 16)=5.66, p<.01, η2p<.01)(図1)。Bonferroni法による多重比較を実施したところ,完全一致群(M=0.43, SD=0.48)の顧客は,読み仮名一致群(M=0.25, SD=0.42, p=.04),および,完全不一致群(M=0.31, SD=0.45, p=.01)の顧客に比べて,購入点数シェアが高く,その差は有意であった。なお,読み仮名一致群と完全不一致群における購入点数シェアの差は非有意(p=.40)となった。したがって,購入点数シェアにおいても,本研究の予測が支持された。

図1

顧客の姓ごとに見た購入点数シェア

注:エラーバーは標準誤差(平均値±1SE)を表している。

IV. 議論

1. 結果のまとめ

本研究では,漢字が有する表記(視覚的特徴)と読み(聴覚的特徴)という2つの属性に注目し,どの属性が一致したときにネームレター効果が生じるのか,という点について検討を試みた。太田胃散の購買履歴データを分析した結果,ネームレター効果は,読みも表記も一致した「太田」姓の消費者においてのみ生じており,読みだけが一致した姓の消費者や,表記も読みも一致しない姓の消費者では生じないことが明らかになった。したがって,ロゴグラフィック文字である漢字の場合,読みに加えて表記が一致したとき,ネームレター効果が発生するという本研究の予測は支持されたと結論付けられる。

2. 理論的意義

本研究の結果は,複数の理論的な意義を有する。1つ目は,ブランド研究における意義である。過去の研究では,ブランド・ネームと顧客の名前との一致がブランド選択に影響を及ぼすことが明らかにされてきた(Brendl et al., 2005)。しかしながら,先行研究の数は限られているため,ネームレター効果がブランド選択の文脈にどの程度の範囲で適用可能か,という点について深く検討されていなかった。本研究では,主なサンプルをアメリカの消費者から日本の消費者へ,ブランドの言語を英語から日本語へ,製品カテゴリーをチョコレートや飲料から医薬品へ拡張することによって,ネームレター効果がブランド選択の広い文脈において適用可能であることが示された。

また,ブランド選択におけるネームレター効果を検証した研究では,主に実験室実験が行われてきた。例えば,Brendl et al.(2005)は4つの実験を行っているものの,いずれも学生または一般の消費者を対象に,ブランドへの選好を自己報告式で測定するものであり,フィールドでの購買行動を観測した研究は見当たらない。マーケティング研究において,フィールドから得られた行動的変数を分析することは,発見事項の信頼性を高めるうえで重要な取り組みであるといわれている(Morales, Amir, & Lee, 2017)。筆者らが把握する限り,本研究はブランド選択におけるネームレター効果を,フィールドでの行動的変数から検証した最初の取り組みであり,現実の購買場面に即した信頼性の高い知見を提供することができた。

2つ目は,ネームレター効果研究における意義である。社会心理学の領域を中心に,ネームレター効果は,英語(Nuttin, 1985),フランス語(Nuttin, 1987)など,様々な言語において生じることが確認されてきた。日本語においても,ネームレター効果が発生することは明らかにされている(Kitayama & Karasawa, 1997)。しかしながら,これらの研究では,処理モードを考慮にした検討は行われていない。すなわち,視覚情報として処理される文字と,聴覚情報として処理される文字で,ネームレター効果の生じ方に違いがあるのか,という点については未解明のままであった。本研究は漢字に注目することによって,ネームレター効果の一般化可能性を示すとともに,ロゴグラフィック文字では視覚的な一致がネームレター効果を発生させる条件であるという新たな知見を追加することができた。

3. 実務的示唆

本研究の結果は,マーケターやブランド・マネジャーなどの実務家に対しても有用な指針を提供している。1つ目は,ネーミングに対する示唆である。具体的には,ブランド・ネームに人名を含ませるか否か,という決定に関して示唆を与えている。実際のブランドを見てみると,小林製薬,山崎製パンといった企業レベルから,太田胃散,サトウのごはんなどの製品レベルに至るまで,ブランド・ネームに人名を含ませるケースは珍しくない。一方で,言うまでもなく,人名を含んでいないブランド・ネームも多数見受けられる。読みに加えて表記まで一致したとき,漢字でもネームレター効果が発生するという本研究の結果を踏まえるならば,ブランド・ネームに人名を含めるべきか否かは,その人名がどれくらい一般的か,という点に依存していると考えられる。すなわち,当該の人名が,ターゲットの消費者に広く一般的に見られ,かつ漢字の表記も一致するのであれば,ブランド・ネームに名前を入れることにより,多数の消費者から好ましく評価され,選択されやすくなると考えられる。

2つ目は,販売促進に対する示唆である。多くの小売店は,自社の会員顧客にチラシやクーポンを送付することで,来店や製品購買を促している。こうした販促活動を設計する際,対象製品のネームを考慮することが有効であろう。具体的には,製品のネームに人名が含まれている場合,その人名と漢字表記まで一致する顧客に対して,クーポンなどのオファーを重点的に提供することで,より効果的な販売促進を実施できる可能性がある。

3つ目は,マス・カスタマイゼーションに対する示唆である。近年,デジタル技術の進展に伴い,マス・カスタマイゼーションが急速に普及している(Ono, Matsuura, Endo, & Nakagawa, 2016)。これに伴い,例えば,顧客が製品に文字を印刷,または刻印することも今までより容易になった。その際,好みのフレーズに加え,自身の名前を製品に入れるよう促すことが,実務的に有効である可能性がある。先行研究によると,自己への好ましい信念や態度が,自身の名前の文字に転移し,その文字が含まれた別の対象(例えば,製品,価格など)まで波及する(Brendl et al., 2005; Coulter & Grewal, 2014)。本研究は,この効果が日本語の漢字でも生じることを確認した。したがって,漢字が多用される日本市場においても,製品に自身の名前を入れることを推奨すれば,製品への愛着や満足を高められる可能性がある。

4. 本研究の限界と今後の課題

本研究は複数の理論的,実務的な意義を有するが,一方で限界と課題の存在も指摘しておかなければならない。1つ目は,読みに関する精緻な検討である。注釈2でも述べたとおり,本研究で用いたデータには,顧客の姓は記録されているものの,正確な読み方についての情報は含まれていない。そのため,太田,大田,多田はいずれも「おおた」と読むことを仮定して分析し,議論を進めた。一般的に,太田や大田は「おおた」と読むと考えられるが,多田に関しては「おおた」ではなく「ただ」と読むこともある。今後は,表記と読み方の情報を含む一次データを収集し,読みの一致,不一致について精緻な分析を実施することが求められる。

2つ目は,名前の一致,不一致に関する詳細な検討である。本研究では,ブランド・ネームと顧客の姓の一致について,完全一致,読み方のみ一致,完全不一致の3群に分類した。その際,ブランド・ネームと表記は同じだが,読み方が違う姓,すなわち,表記のみ一致条件を考慮に入れなかった。しかしながら,日本語の姓には,東(「ひがし」と「あずま」),上村(「かみむら」と「うえむら」)など,表記は同じものの複数の読み方をとるものが多数存在する。漢字のネームレター効果において,表記の一致が重要な役割を果たすとするならば,たとえブランド・ネームと読み方が異なっていたとしても,漢字表記が同じであれば,ネームレター効果は生じるのか,という点は,検討すべき重要な課題となるであろう。

また,2文字以上の姓の場合,一部の文字が一致しているだけでもネームレター効果は発生するのか,頭文字と末尾の文字など,いずれかの文字が一致したときにネームレター効果が発生するのか,といった点も検討する必要がある。

3つ目は,姓の希少性を考慮に入れた分析である。本研究では,先行研究に従い(Nuttin, 1985),希少な姓ではなく,一般的に見られる姓を対象として検討を行った。しかしながら,姓の希少性によって,自身の姓に対する愛着や認識が異なっている可能性もある。今後の研究では,一般的な姓と希少な姓で,ネームレター効果の現れ方にどのような違いが生じるのか,という点について検討する必要もあるだろう。

謝辞

本研究を実施するにあたり,生活協同組合コープさっぽろ理事長の大見英明氏には,多くのご支援を頂きました。また,同マーケティング部の米田敬太朗氏,店舗本部マーケティング部の星野浩美氏(所属と肩書は,いずれもご協力いただいた2016年当時のもの)には,データ分析にあたり多くのご協力や助言を賜りました。ここに記して感謝申し上げます。

1)  ブランド・ネームに含まれる「太田」と,表記は同じだが読み仮名が異なる姓は極めて稀であるため,「表記のみ一致群」の分類は設けなかった。

2)  ただし,聴覚的な一致度については,さらに厳密に検討する余地がある。本研究で使用したデータには,顧客の姓の読み仮名に関する情報は含まれていないため,正確な読み方を判別できない。例えば,顧客の姓が「太田」の場合,「おおた」以外の読み方をする可能性は低いと思われるが,否定はできない。本研究では,太田,大田,多田はいずれも「おおた」と読むという仮定を置き,分析を行ったため,聴覚的な一致の効果に関する知見の妥当性については限定的に捉える必要がある。

外川 拓(とがわ たく)

上智大学経済学部准教授。早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得。博士(商学)。早稲田大学商学学術院助手,千葉商科大学商経学部専任講師および准教授を経て,2020年より現職。専門は,マーケティングおよび消費者行動。

磯田 友里子(いそだ ゆりこ)

高知大学人文社会科学部講師。法政大学大学院経営学研究科修士課程修了後,早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程へ進学。早稲田大学商学学術院助手を経て,2019年より現職。修士(経営学)。専門は,消費者行動。

鈴木 凌(すずき りょう)

株式会社リクルート所属。早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了後,2017年より現職。

恩藏 直人(おんぞう なおと)

早稲田大学商学学術院教授。早稲田大学商学部卒業後,同大学院商学研究科に進学。早稲田大学商学部専任講師,助教授を経て,1996年より教授。博士(商学)。専門は,マーケティング戦略。

References
 
© 2023 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
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