2023 Volume 42 Issue 3 Pages 63-71
消費者に新たな体験を提供する技術としてバーチャルリアリティ(VR)が着目されている。本研究では,消費者を対象としたVRに関する近年のマーケティング研究の動向を把握することを目的とした。2019年以降に出版された実証的論文49篇を抽出し,これらを「コミュニケーション」,「空間設定」,「体験」,「デバイス受容」のテーマに分類した。「コミュニケーション」,「空間設定」,「体験」をテーマにした研究については,VRやVRデバイスが及ぼす影響を明らかにした。また,「デバイス受容」については,VRデバイスが消費者に受容されるための要因を明らかにした。最後では,各テーマに共通した最も重要な課題点として,各研究が対象とするVRデバイスやコンテンツの特性が不明確である点が指摘された。具体的な解決策として,各研究がVRの構成要素を測定し,報告することが指摘された。またこの他の課題として,VRの効果を説明する理論の整理,サンプルサイズの事前設計も指摘された。
Virtual reality (VR) is gaining attention as a technology that offers new experiences to consumers. The purpose of this study was to identify current trends in marketing research on VR targeting consumers. Forty-nine empirical papers published since 2019 were extracted and categorized into themes of “communication,” “spatial setting,” “experience,” and “device acceptance.” For the studies on “communication,” “spatial setting,” and “experience,” we clarified the effects of VR and VR devices. For “device acceptance,” we clarified the factors that led to the acceptance of VR devices by consumers. Finally, as a critical issue common to each theme, it was pointed out that the characteristics of the VR devices and contents targeted by each study were unclear. As a specific solution, it was pointed out that each study needed to measure and report the components of VR. Other issues noted included organizing theories that explain the effects of VR and pre-designing sample sizes.
今後,製品,サービス,顧客体験の一部あるいはその多くがリアルから仮想空間(Virtual Reality; VR)に移ることは,避けられない(Marketing Science Institute, 2020)。VRにおいて,消費者は視点を移動したり,物体を仮想的に触ったりするなど環境と相互作用できたり,鮮明に感覚情報を得られたりする。その結果として,消費者は仮想空間に存在するという感覚(テレプレゼンス)をもつことができるため,実空間と類似した消費者行動が生じうる。またVRは,実空間での移動を不必要としたり,他者との相互作用に伴うストレスを緩和したりするなど心理的,肉体的コストを低下させることができる。さらにVRは,実空間では実現できない体験を提供することもできる。例えば,広告にVRを活用すれば,消費者が広告のストーリーの登場人物として存在することができる。このようなVR広告により企業は,製品の体験価値をより鮮明に消費者に伝達することもできる。マーケティング実務においても,観光,体験マーケティング,感覚マーケティング,マーケティングコミュニケーション,企業内教育,市場調査などの領域でVRが活用されている。近年,PCへの接続が不要なスターンドアローン型のVR機器も発売されており,一般消費者のVR利用環境も整いつつある。2021年における世界のVR市場規模は218億ドルにものぼり,2030年には現在の約4倍の870億ドルとなる見込みである(GrandViewResearch, 2021)。
VRは学術的にも着目されており,Marketing Science Institute(2020)が指摘する2020年~2022年の主要な研究課題6点のうち2つにVRが含まれている。Journal of Business Research誌では,2019年の100号に「Virtual Reality in Marketing」の特集が組まれている。この特集号におけるLoureiro, Guerreiro, Eloy, Langaro, and Panchapakesan(2019)では,1990年から2019年の30年間のマーケティングにおけるVR論文150篇のうち3分の1以上が2015年から2019年までに行われていることが明らかにされている。本研究では,これらの背景をもとに,近年のマーケティングにおけるVRの影響を明らかにするためにレビューを行う。この際,特にVRに関する研究数が多い消費者を対象とした研究を対象としていく。
VRは,没入的でリアルな体験をシミュレートするコンピュータ生成の空間である(Deng, Unnava, & Lee, 2019)。VRは,テクノロジーと消費者の体験の2つから特徴づけられる(Steuer, 1992)。テクノロジーとしては,ヘッドマウントディスプレイ(HMD)や全方位型スクリーンに加え,360度映像を表示する場合にはPCやスマートフォンも含まれる(H. J. Kang, Shin, & Ponto, 2020)。消費者の代表的な体験としては,テレプレゼンス(Steuer, 1992)が該当する。プレゼンスは心的プロセスを通じて知覚される「特定環境の中に存在する感覚」(Steuer, 1992, p. 75)である。このプレゼンスには,物理環境に存在すると知覚するローカルプレゼンスと,仮想環境に存在すると知覚するテレプレゼンスとがある(cf. Rauschnabel, Felix, Hinsch, Shahab, & Alt, 2022)。VRと拡張現実(Augmented Reality; AR)との関係の捉え方には様々あるが(cf. Rauschnabel et al., 2022),VRはテレプゼンスを促進するのに対し,ARはローカルプレゼンスを促進するものであるため,異なる技術として捉えられる(Rauschnabel et al., 2022)。またマーケティング研究では,ARとVRは,その効果に質的な差異があることも指摘されており(Hilken et al., 2022),本研究においても異なる技術として位置づける。
本研究で対象とする論文の検索方法は2つであった(詳細な検索方法の詳細は付随データ1参照)。一つは学術雑誌ランキングサイト(SCImago Institutions Rankings)にもとづき,マーケティング領域のランキング上位50雑誌を対象とした各出版社からの検索であり,もうひとつの方法は,電子ジャーナルデータベースEBSCOhostにもとづいた検索であった。抽出された合計123篇が精査され,最終的に対象となった論文は51篇であった。これらの内訳は,実証的49篇(量的48篇,質的1篇),フレームワーク2篇であった。研究テーマによってVRの位置づけも異なることからVR研究の分類(Loureiro et al., 2019)を参考としながら,研究目的,実験課題,材料,従属変数にもとづき4つのテーマが作成され,各論文が分類された。その結果,「コミュニケーション」(15篇),「空間設定」(14篇),「体験」(13篇),「受容」(7篇)となった。各研究のテーマ,実験課題,独立変数,従属変数,HMD利用の有無などの詳細の一覧やサンプルサイズ等の分析は,付随データ2に示す。
以降では,研究の目的と方法にもとづき,さらにサブテーマを作成し,各研究を分類する。そのうえで,「コミュニケーション」,「空間設定」,「体験」については,実験課題と材料を踏まえながらVRやVRデバイスがマーケティング効果指標に及ぼす影響を明らかにする。また,「受容」については,VRデバイスが消費者に受容される要因を明らかにする。
1. コミュニケーション当該テーマに関する研究は,360度映像(広告,ウェブやアプリ)の効果について2Dやデバイス間で比較したもの,VR体験中のプロダクトプレイスメントの効果について体験内容やデバイスで比較したものが主であり,これらの2つのサブテーマを作成した。
360度映像の効果に着目した研究は,寄付行動の促進を目的とした非営利的な説得的情報と,ブランド態度,購買意図をポジティブに導くことを目的とした営利的な説得的情報で,その効果に関する知見が異なっている。非営利情報では360度映像の説得効果が2D映像よりも高いことが安定的に示されている。寄付意図を高めるためには共感が有効である(Kandaurova & Lee, 2019; Moriuchi & Murdy, 2022)。360度映像は,2D映像よりも視聴者がその場にいるような感覚が促進され(Barnidge et al., 2022),その結果として共感が促進される(Kandaurova & Lee, 2019; Moriuchi & Murdy, 2022)。このことから,非営利団体の広告の研究において360度映像が効果的であることが安定的に示されていると考えられる。また,Kandaurova and Lee(2019)では,社会的に排除されていると感じている参加者では,360度映像が寄付意図に及ぼす影響が強化されるなど360度映像の効果を調整する要因も示されている。さらに360度広告の効果をデバイスで比較したものもある。Kristofferson, Daniels, and Morales(2022)では,非営利団体の360度広告を材料として,HMDで閲覧した場合とPCで閲覧した場合では,HMDで閲覧した場合のほうが寄付意図が高まることが示されている。
一方,営利情報に関する360度映像の説得効果を検討した研究では,360度映像が2D映像よりも効果をもつとする知見(Chen & Yao, 2022; Cowan, Spielmann, Horn, & Griffart, 2021 Study 1; de Regt, Plangger, & Barnes, 2021 Study 1; Spielman & Orth, 2021)や効果がなかったり,むしろ効果が低いとする知見(Cowan et al., 2021 Study 2; Mishra, Shukla, Rana, & Dwivedi, 2021; Shen, Wang, Chen, Nelson, & Yao, 2020)が混在している。効果があるとした知見として,例えば360度映像の広告は,2Dの広告よりも視聴者が広告ストーリーに関与することができることから,ストーリーへの移入を促進させ,その結果としてブランドの他者への推奨意図が促進されること(de Regt et al., 2021)や,製品を紹介する360度アプリは,消費者が現在いる環境の感覚を忘れさせ,仮想空間に消費者がいる感覚を促進することから,ブランド態度をポジティブに導くこと(Cowan et al., 2021 Study 1)などが指摘されている。ただし,Cowan et al.(2021 Study 2)では,製品を紹介する360度アプリを製品の購買地点(小売店舗)で視聴した場合,むしろ2D映像よりもブランド態度が低下することが明らかにされている。他の研究においても,VRを使用している消費者に対する質的な調査から,購買意思決定における実店舗来店の段階では,VRの使用率が急減に低下していることや,この段階では消費者が実際に製品を見たり触ったりすることができることから,VRが購買に効果的ではない可能性が指摘されている(Farah, Ramadan, & Harb, 2019)。また,快楽的製品を対象に360度広告と2D広告でその効果を比較した結果,広告態度は360度広告のほうが高いものの,購買意図は同等であること(Mishra et al., 2021)や,営利目的の360度映像を対象に,HMD,スマートフォン,PCの3つのデバイス間でその効果を比較した結果,これらのデバイスによってブランド態度に差がないこと(Song, Kim, Nguyen, Lee, & Park, 2021)など,非営利目的の情報とは効果が異なるとする結果が多く報告されている。非営利目的の情報と営利目的の情報では,消費者の説得意図への知覚が異なっており,共感以外にもこれがVRの効果を調整する要因として関わっている可能性もある。
もう一つのサブテーマであるVRでの体験中のプロダクトプレイスメントの効果については,VRゲーム(van Berlo, van Reijmersdal, Smit, & van der Laan, 2021; Wang & Yao, 2020)か360度映像(Wang & Chen, 2019)を対象に検討されている。VRゲームを対象とした研究では,VRゲームに登場する製品にブランド名がつけられていた場合に,その製品の魅力度が,現実のブランドの評価に影響すること(van Berlo et al., 2021),ゲームをプレイしているとプロダクトプレイスメントのブランド認知が低下すること(Wang & Yao, 2020)が明らかにされている。一方の360度映像について検討した研究(Wang & Chen, 2019)では,360度映像においてプロダクトプレイスメントとされているブランドが様々な角度から視認できたり,その視認の可否を視聴者が能動的に決められるかどうかといった対話的エンゲージメントがブランド再生に及ぼす影響が検討されている。分析の結果,プロダクトプレイスメントされているブランドが目立った箇所に登場する360映像においては,対話的エンゲージメントできるほうがブランド再生率が高まるのに対し,目立たない箇所に登場する360度映像においては,むしろブランド再生率が低下することが示されている。また,コミュニケーションをテーマとしたその他の研究では,360度映像の効果をARと比較し,360度映像はブランド態度を高めるのに対し,ARは製品態度を高めること(Hilken et al., 2022 Study 1, 2; Petit, Javornik, & Velasco, 2022),360度映像の特徴を伝達する広告の暴露が,その後の360度映像の効果を高めるとするもの(Uhm, Lee, & Han, 2020)などが明らかにされている。
2. 空間設定空間設定のサブテーマは,仮想空間小売店の効果をHMDと他のデバイスで比較したものと,現実小売店と仮想空間小売店の購買意思決定の類似点を検討したものの検討に分けられる。仮想空間小売店の効果をHMDと他のデバイスで比較した研究では,製品の購買意図(H. J. Kang et al., 2020; Martínez-Navarro, Bigné, Guixeres, Alcañiz, & Torrecilla, 2019)や,当該空間の再利用意図(Peukert, Pfeiffer, Meißner, Pfeiffer, & Weinhardt, 2019),実際の当該ブランドの店舗への来店意図(G. Kim, Jin, & Shin, 2022)などの意図が従属変数の中心とされているものが多い。また,いずれもHMDは他のデバイスよりも高い意図を直接導いたり(Martínez-Navarro et al., 2019),フローや楽しさ,テレプレゼンスなどの心理的反応を介して導くこと(H. J. Kang et al., 2020; G. Kim et al., 2022; Peukert et al., 2019)が明らかにされている。また,このようなVRが意図に影響する他の要因として,仮想空間での身体的所有感(Han, An, Han, & Lee, 2020),ポジティブ感情や情動,VR酔いに関わる不快感(Martínez-Navarro et al., 2019),現実逃避傾向(Loureiro, Guerreiro, & Japutra, 2021)なども指摘されている。このサブテーマの研究では,従属変数として,バラエティーシーキング(Meißner, Pfeiffer, Peukert, Dietrich, & Pfeiffer, 2020)や店舗での快楽的買い物体験の価値(Alzayat & Lee, 2021),製品の心理的所有感(Luangrath, Peck, Hedgcock, & Xu, 2022)をも用いられており,HMDが他のデバイスと比較して,これらの要因を高めることが示されている。
現実小売店と仮想空間小売店の購買意思決定の類似点を検討した研究の多くでは,現実に類似した購買意思決定が生じることが示されている(Harz, Hohenberg, & Homburg, 2022; Schnack, Wright, & Holdershaw, 2020)。例えば,プライベートブランドの選択条件や製品棚における製品配置が購買数量に及ぼす影響や,性別が製品検討時間に及ぼす影響などが現実と類似していること(Schnack et al., 2020),新製品の販売予測モデルに,仮想空間の小売店舗での購買行動を変数として組み込むと,予測精度が非常に向上すること等が明らかにされている(Harz et al., 2022 Study 1)。この理由は,VRが,テレプレゼンスを高めたり,より鮮明にその仮想空間を認識したり,仮想的状況を想像できるためである(Harz et al., 2022 Study 2)。この理由により,VRそれ自体を研究対象とするのではなく,実験環境として用いる研究(Esteky, 2022; Ringler, Sirianni, & Christenson, 2021)も登場してきている。また,リアル店舗とVR店舗とを比較した研究では,VRが買い物体験を高めるため,VRのほうが店舗ロイヤルティや口コミ意図が高まる可能性も指摘されている(Pizzi, Vannucci, & Aiello, 2020)。
3. 体験体験のサブテーマは,仮想物件ツアーや,実際の旅行に先立った仮想体験といった実際の体験の意思決定を行うための事前の情報探索ツール(インストゥルメンタルまたは道具)としての体験と,VRゲームや仮想旅行などVRでの体験それ自体を目的とした(コンサマトリーまたは目的)ものの2種類に分けられる。
道具としての体験に関する研究では,VRのポジティブな効果だけでなくネガティブな効果についても注目が向けられている。この理由の一つは,事前のVRによる体験により,実際の体験に対する満足が充足され,実際の体験に対する行動意図が低下してしまうためである(Deng et al., 2019)。Deng et al.(2019 Study 1)は,美術館を対象として,館内の360度映像と公式Webとを閲覧した参加者で,リアルの来館意図を比較した結果,360度映像をみたほうが来館意図が低くなることが報告されている。この研究では,このようなVRのネガティブな効果は,VRでの体験が実際の体験と類似していないと判断された場合(Study 3)や,他者に推奨する場合(Study 4)には生じないことも明らかにされている。また,VRでの体験が実際の体験に対する期待値を超えた場合にも,このようなVRの負の効果が生じることが明らかにされている(Li & Chen, 2019)。
他のVRのネガティブな効果としては,記憶に対するものがある(Chen & Yao, 2022; Shen et al., 2020)。Shen et al.(2020)では,HMDや,VRグラス,スマートフォンを視聴デバイスとした大学の仮想キャンパスツアーを材料として,テレプレゼンスと体験中に登場した建物の名前の自由再生数を測定した結果,テレプレゼンスが自由再生数に負の影響を及ぼしていることが示されている。また,Chen and Yao(2022)では,仮想物件ツアーの360度映像を材料として,音声ガイドの形式と,視聴デバイス(HMD/PC)を操作し,当該ツアーに登場する家電用品の補助想起数を測定した。音声ガイドの内容は,主人公が登場し,その主人公が話題の中心となる物語形式と,当該物件の各特徴が説明される情報提供形式の2種類が用いられた。実験の結果,テレプレゼンスが高いHMDでは低いPCよりも補助想起の数が少なくなり,さらにこの傾向は物語形式においてより強化されることが明らかにされている。このようなVRが記憶に対して負の効果が生じる理由の一つとして,テレプレゼンスに必要となる認知負荷が指摘されている(Shen et al., 2020)。テレプレゼンスには多くの認知不可が必要となるため,注意が特定の対象に集約される。つまり,当該対象の周辺情報に注意が向けられなくなるため,それらの情報についての記憶が阻害されるとされている(Shen et al., 2020)。テレプレゼンスは直接測定されていないもののプロダクトプレイスメントで参照したVRゲームをプレイすることがブランド再生に負の影響を及ぼすとした結果(Wang & Yao, 2020)も,テレプレゼンスの知見に一致するものと思われる。一方,注意が向けられている特定の対象については,テレプレゼンスによってむしろ記憶が向上する可能性も指摘されている(T. Kim & Biocca, 1997)。
道具としての体験をテーマとした他の研究では,VRのポジティブな効果を報告するものもある。例えば,VR物件ツアーにおいて360度映像は写真よりもテレプレゼンスを高め,当該物件に対する態度を高め,さらには当該物件への訪問意図も高めること(Pleyers & Poncin, 2020),VR観光において,HMDはPCよりも感覚刺激(sensory stimulation)に対する意識を高めるため,観光地のイメージをポジティブに導くこと(Flavián, Ibáñez-Sánchez, & Orús, 2021)が指摘されている。また,Flavián et al.(2021)では,HMDが感覚刺激に対する意識に及ぼす影響は,当該観光地のイメージに一致した香りが呈示されるとより強化されることも明らかにされている。
一方,コンサマトリーなVR体験を対象とする研究では,VRのポジティブな効果や,ポジティブな効果を高める要因に着目した研究が多い。例えば,VR体験が没入を促進してVR体験の満足度を向上させること(Hudson, Matson-Barkat, Pallamin, & Jegou, 2019)や,VR観光への動機づけが環境保護行動を促進させること(Talwar, Kaur, Escobar, & Lan, 2022),VR体験中に感じる情報の質や感情がテレプレゼンスなどの心理的反応を通じて満足度を高めること(An, Choi, & Lee, 2021),没入ゲームモードやHMDが感情反応を通じて,ゲームの楽しさを高めていること(Bender & Sung, 2021)などが明らかにされている。
4. デバイス受容デバイス受容のテーマに該当する研究では,VRの購買や利用を促進するための要因を解明することが目的となっているため,従属変数としてVRの購買意図や利用意図など,VRデバイスに対する意図が用いられている。また,このテーマでは,実験による360度映像の視聴やHMDの体験などが必ずしも必要とならないことも特徴の一つである。具体的には,当該テーマの7篇のうち3篇において,HMDでの体験やVR映像の視聴などが行われずに調査がなされている(S. Kang, 2020; M. J. Kim & Hall, 2019; Manis & Choi, 2019)。本テーマのサブテーマは,技術受容に関する代表的なモデルである「技術受容モデル(Technical Acceptance Model; TAM)」を理論的背景としているかどうかとした。TAMの中核的な要素は,当該技術の有用性と使用容易性であり,これらの要因に対する知覚が利用意図を高めることが仮定されている。Sagnier, Loup-Escande, Lourdeaux, Thouvenin, and Valléry(2020)では,参加者に航空機の組立作業のVR体験を材料とした実験が行われ,VRデバイスの使用意図,有用性と使用容易性などが測定された。分析の結果,使用意図に対する直接的な影響は有用性のみであったことが明らかにされている。また,他の研究においても使用容易性が影響しないことが報告されている(M. J. Kim & Hall, 2019)。M. J. Kim and Hall(2019)では,VR観光を対象として,従属変数をVR観光に対する継続使用意図,媒介変数をVR体験に集中した程度を表すフロー,独立変数を使用容易性,利便性,楽しさの知覚の3つとした分析を行った結果,利便性は没入を通じて継続使用意図を高めているのに対し,知覚容易性はフローに影響しないことが示されている。ただし,VRデバイスの使用容易性がVRデバイスに対する態度やVRデバイスの購買意図を高めるとした知見(Manis & Choi, 2019; Moreira, Luna-Nevarez, & McGovern, 2021; Vishwakarma, Mukherjee, & Datta, 2020)もあり,安定した知見は得られておらず,実験材料の内容や360度映像やHMDを使用した実験実施の有無などによっても異なるものと考えられるから,より多くの研究蓄積が必要なものであると考えられる。
上記したVRの受容をテーマとした研究は,少なくとも1度以上VRを使用した消費者の継続的な利用意図や購買意図を分析するものであるが,VRの非使用者にも焦点をあて,使用経験の有無で消費者の差異を分析した研究もある。S. Kang(2020)では,VR非使用者は使用者よりも,新的技術に対する積極性や,VRに関する政策への態度,VRに対する道具的(instrumental)動機や儀礼的(ritualistic)動機が低いことが示されている。
また,その他の研究として,VRの購買や利用を促進する要因の解明という目的でありながらも,VRのネガティブな効果を扱った研究もある。Pala, Kapitan, and van Esch(2022)では,体験の飽和(satiation)と呼び,同様のVR体験を行うことで,VRそれ自体の利用意図が低下することが明らかにされている。この研究では,360度映像のジェットコースター体験が材料とされ,その体験回数(1回/5回)が操作された。また体験回数が主観的幸福感に及ぼす影響が検討された結果,5回体験した参加者は,1回参加者した消費者よりも主観的幸福感が低下することが明らかにされている。体験の飽和といった概念は,VR観光が実際の訪問意図を低下させるといった体験をテーマとした研究におけるVRのネガティブな効果も説明しうる重要な概念であると思われる。
本研究では,消費者を対象としたVRに関する近年のマーケティング研究の動向を把握するため,実証的論文49篇を抽出し,4つのテーマに分類したうえで,それらの研究をレビューした。最後に各テーマに共通した3つの課題を指摘したい。1つ目は,最も重要な点であり,対象とするVRデバイスやコンテンツの特性が不明確であり報告されていないものが多いことである。VRといっても,その様式は多様であり,デバイス(PC,HMD,VRグラス,スマートフォン)と,コンテンツ(視点のみ移動可能な360度映像,環境との相互作用や移動までも可能である1人称視点ゲームのようなコンテンツ)によって,その効果は大きく異なると思われる。VRの構成要素として,自己投射,相互作用,3次元空間や,自律性,相互作用,プレゼンスを指摘する研究(e.g. Zeltzer, 1992)などがある。例えば,各研究が対象とするVRデバイスやコンテンツが,これらをそれぞれどの程度有しているのかを測定し,それを論文内で報告したり,それぞれの効果を分析したり,整理したりすることで,対象とするVRやその効果が得られる境界条件が明確になるであろう。
2つ目は,VRの効果を説明する理論が多様化していることである。具体的には,VRの効果を媒介する要因としてテレプレゼンス以外にも,移入,フロー,没入などが扱われていた。それぞれの要因は提唱された領域や背景が異なっている。これらを扱う理論を整理し,その異同を明確にし,各概念が利用されるべき適切な条件を示す必要があるだろう。また,テレプレゼンスについても,その測定尺度は多様である。統一的な尺度を利用することにより,得られた知見の頑健性が適切に評価できると考えられる。
最後の点は,サンプルサイズ設計の問題である。VR研究において,HMDを用いる場合には,実験実施前の説明や使用練習が必要となり,参加者1人あたりにかかる実験実施時間は長くなるうえ,比較的高価なHMDも必要となるため,同時に複数の実験を実施することが難しい(利用されたHMD機種は付随データ1参照)。したがって,実験実施にかかる時間的,金銭的コストは他の研究よりも大きく,大規模サンプルのデータを取得することも容易ではない。そのため,事前にサンプルサイズ設計を行うことが望ましいが,本研究で参照した量的研究が行われた論文47篇のうち,この手続がなされていたものは,3篇のみであった。また事後的な検出力分析がなされているものは5篇のみであった。本研究の付随データ1では,HMDを用いたVR研究の1群あたりのサンプルサイズの平均値が算出されている。これらも参考としながら,検出力分析も行うことで,実験実施コストを下げたり,信頼性の高い研究結果が得られたりすると思われる。
VRは我々に新たな価値を提供し,生活をより豊かにするものの一つである。本研究でみてきたようにマーケティング領域においてもその研究数は年々増加しており,今後もこの傾向は継続するであろう。本研究は,近年の研究結果を明示するとともに,今後VR研究を実践していく上で考慮すべき課題を先駆的に提示した研究として位置づけられる。
本研究はJSPS科研費JP19K13828の助成を受けたものです。
福田 怜生(ふくだ れお)
亜細亜大学経営学部専任講師。2016年学習院大学大学院経営学研究科博士後期課程単位取得退学。同年学習院大学経済経営研究所客員所員。2018年より現職。
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