Japan Marketing Journal
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Peer-Reviewed Article
Being Old Doesn’t Mean “All the Same”:
Understanding Senior Market Diversity
Yuriko IsodaRei KudoNaoto Onzo
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2023 Volume 42 Issue 4 Pages 75-86

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Abstract

シニア市場は同質な単一セグメントではなく多様な消費者の集まりであり,この多様性に応じたマーケティング戦略が必要であるという認識が広まりつつある。しかし,シニア市場内の多様性を捉える具体的な枠組みを提示する既存研究は少なく,消費者間の差異を十分に捉えきれていない。そこで本研究では,シニア市場内の多様性を表す指標として未来展望(FTP)と将来自己連続性(FSC)を用い,シニア女性を対象として,実際の購買データを用いて探索的な調査を行った。その結果,FTPは非消耗品の購買活動に負の影響を与え,FSCが正の影響を与えることが明らかになった。また,FTPとFSCの交互作用が観察され,購買活動がもっとも活発なのは「将来の自分とのつながりは強いが,残された時間は長くないと感じているシニア女性」であり,「将来の自分とのつながりが強く,残された時間も長いと感じるシニア女性」は,金銭的支出を控える傾向が示された。

Translated Abstract

It has dawned on marketers that the senior market is not a single homogeneous segment, but a diverse group of consumers, and that marketing strategies should be tailored to this diversity. However, existing research has not provided a sufficient framework for capturing heterogeneity in the senior market. In this study, we used future time perspective (FTP) and future self-continuity (FSC) as indicators of diversity in the senior market and conducted an exploratory survey among senior women. The results showed that FTP had a negative impact on purchasing activity for non-consumable goods, while FSC had a positive impact. An interaction effect of FTP and FSC was also observed, indicating that the most active consumers were “senior women who have a strong connection with their future selves, but feel that their remaining time is not long.” On the contrary, “senior women who have a strong connection with their future selves and feel that their remaining time is long” tended to refrain from financial expenditures on the aforementioned goods.

I. 研究の背景と目的

2021年,日本の総人口における65歳以上人口の割合は28.9%を記録した1)。拡大するシニア市場は100兆円規模とも言われ(Nikkei Business Daily, 2017),魅力的なマーケットとして企業の関心を集めている。シニア市場が注目を浴び始めた当初は,これを団塊の世代を中心とした単一のマス・マーケットと捉え,その購買力に期待する傾向が強かった。しかし,シニア消費者を同質な単一セグメントとして捉えることの限界に気づいた企業は,ライフスタイルごとに分析し適切な訴求法を提案するなど,細分化の粒度を引き下げたマーケティング戦略を展開し始めている。一方,学術研究では,シニア市場内での多様性を指摘する議論は試みられているものの,具体的にその多様性を分析するための枠組みは限られている(Aoki, 2015a)。数少ない研究枠組みの一つとしてライフコース・アプローチが挙げられるが,方法論的ハードルが高く,実務への援用は容易ではない(Aoki, 2015b)。

そこで本研究では,ライフコース・アプローチの特長をふまえたうえで,シニア層内における多様な「老い方」という時間的文脈を反映した,測定可能で実務に援用しやすいセグメンテーション指標を提示することを目的とする。具体的には,シニア女性の未来展望と将来自己連続性という未来に対する知覚に着目し,探索的に,これらの指標とシニア女性の非消耗品における購買行動の関係性を分析する。買い物は将来への投資(Bartels & Urminsky, 2011)であり,その結果は一定期間消費者に影響を及ぼすものであるという視点を改めて提示することにより,「今,ここ」での消費者の状態や消費行動を前提とした,これまでのセグメンテーションの議論を進展させることが期待される。

II. 既存研究

1. シニア市場に対するアプローチ

ターゲット・セグメントの実態を把握する方法の一つは他のセグメントとの比較であり,最も単純なセグメンテーションの軸は生物学的年齢である。加齢は心身に様々な変化をもたらし,若年層とは異なる購買行動を生起させるきっかけとなる。なかでも身体機能の低下に伴って生じるニーズは,シニア消費者の購買行動を特徴づけるものの一つであり,社会の高齢化が進むとともに,ヘルスケア製品や介護の市場規模は拡大を続けている2)

学術分野では,加齢による認知機能の低下という視点からの研究も多数蓄積されている(Kuppelwieser & Sarstedt, 2014)。消費者行動研究では,情報処理プロセスや意思決定におけるシニア層の特徴を捉える実験が重ねられてきた。例えば,シニア消費者は若年消費者に比ベて満足しやすい傾向があること,考慮集合が小さくリピート購買しやすいこと,感情的情報に注目しやすく,そのために感情ヒューリスティックを採用しやすいこと等が報告されている(Carpenter & Yoon, 2011)。しかし,こうした研究のほとんどは「シニア層は若年層とどのように異質か」が議論の中心であり,シニア層内での多様性は無視されている場合が多い。マーケティング研究においては,生物学的年齢や知覚年齢のほかにも,ライフスタイル(e.g., Sorce, Tyler, & Loomis, 1989),ジェロントグラフィックス(Moschis, 1993),社会活動性と雇用状況(e.g., Weijters & Geuens, 2002)のように複数の要因を掛け合わせたものなど,シニア市場をより正確に捉えるためのセグメンテーション指標が多数提唱されてきた。しかし,これらの多くはある一時点での消費者の状態を捉えるものにすぎず,消費者行動を時間的・文脈的に説明できるものではない(Moschis, 2012)。この問題に対しMoschis(2019)は,年齢等の個々の要因をライフコース・アプローチという,より包括的な理論の一部として位置付け,広範な視点で捉え直すことを提案している。

2. シニア消費者研究とライフコース・アプローチ

ライフコース・アプローチは社会学を起源とするが,現在は幅広い研究成果を統合し,人間の発達過程を学際的に理解することを目的に,様々な研究分野で活用が広がっている(Bynner, 2016)。ライフコースとは「人が一生をかけて歩む道筋の総体」(Aoki, 2015b)を指し,分析では,就職や結婚,配偶者との死別等,人生のターニングポイントとなるようなライフイベントと呼ばれる出来事に注目する。なぜなら,ライフイベントによる社会的役割の獲得や喪失,これらが生起する順序,間隔等が,ライフコースのパターンを規定する一因となるからである(cf. Giele & Elder, 1998)。

ライフイベントを通じた役割変化は,消費のニーズと優先順位を定義しなおす契機となり(Moschis, 1994),購買行動に影響を与えるとされる。例えば,退職前の人は衣服に対する支出を減らしたり(Wagner & Hanna, 1983),妊娠中の女性はベビー用品等の購買を通して母役割の獲得を実感したりするという(Sevin & Ladwein, 2008)。シニア消費者は,長い人生において,こうしたライフイベントを量・質ともに様々なタイミングで経験してきたはずである。これらの違いがシニアのライフコース,すなわち「老い方」を多様なものにし,さらに現在の購買行動にも影響を与えていると考えられる。そのため,人の行動を人生全体の文脈で捉えようするライフコース・アプローチは,シニア消費者に対する考察をより豊かなものにすることが期待されている(Moschis, 2007)。しかし,ライフコース・アプローチは縦断的データの収集が必要になるなど方法論的なハードルが高く(Aoki, 2015b),金銭的・時間的コストや質的分析といった専門スキルの必要性から,実務への援用は容易ではない。

そこで本研究では,ライフコースを規定するライフイベントが消費者に与える影響,なかでも個人の未来に対する知覚に着目し,セグメンテーション指標としての有用性を探る。ライフイベントは,社会的役割とともに消費者の未来に対する知覚を変化させることが報告されている。近年シニアに定着しつつある「終活」を始めるきっかけとして,「親戚・家族の死」や「自分・配偶者の健康状態悪化」等が挙げられるが3),これは身近な人の死や病気というライフイベントを通じて,自分に残された人生,すなわち未来に対する知覚が変化した結果と考えられる。この知覚は過去または現在の経験に基づいて形成されるため,過去・現在・未来という時間的広がりを持つという点でも,シニアの「これまで」と「これから」の多様なライフコースを反映したセグメンテーション指標となることが期待される。以下では,この未来に対する知覚である「未来展望」と「将来自己連続性」について概説する。

3. 未来展望(FTP: Future time perspective)

買い物は将来への投資(Bartels & Urminsky, 2011)であり,未来に向かって時間的広がりを持つプロセスである。しかし,認知心理学をベースとした従来の消費者行動研究では,こうした側面はあまり重視されてこなかった。実務においても,シニア消費者は過去志向で懐古的である点が強調されてきた経緯もあり(cf. Havlena & Holak, 1991),シニアの買い物も(それがポジティブなものにしろ,ネガティブなものにしろ)未来を見据えたものであるということは忘れられがちである。Nuttin(1984)は,時間的展望の未来の側面(Future time perspective;以下「FTP」)が,動機づけを説明する重要な要因であると指摘している。

FTPは「現在の行動に影響を与える未来の時間的展望」と定義される(Lewin, 1939, p. 879)。発達心理学の分野では重要な概念として位置付けられ,とりわけ近年は,Carstensenらによって提唱された社会情動的選択性理論とともに注目を集めている。社会情動的選択性理論によれば,残された人生の時間を無限と知覚するか有限と知覚するかにより,行動の動機や目標の質が大きく変化する(Carstensen, Isaacowitz, & Charles, 1999)。具体的には,残された時間が長いと感じる人は知識の獲得や将来への備えを重視する傾向にあり,反対に,残された時間が短いと感じる人は「今ここ」での感情的満足を重視する傾向にあるとされる。特筆すべきは,FTPによる動機づけや目標の変化は加齢によってのみ引き起こされるのではなく,失業や引っ越しといったライフイベントによっても観察される点である(Carstensen et al., 1999)。つまり,ライフコースを規定するライフイベントがFTPに影響を与えているといえる。また,FTPは教示文によっても操作が可能であり,Wei, Donthu, and Bernhardt(2013)Williams and Drolet(2005)は,FTPと,広告訴求や製品評価との関連性を探る実験において,被験者のFTPの操作に成功している。

上記の議論は,①多様なライフコースを反映しうるFTPという指標によって,シニア市場の多様性を捕捉し,②FTPと購買行動の関係を捉えられると同時に,③訴求メッセージの工夫により,直接消費者のFTPを操作できる可能性を示唆している。本研究は,このうち①と②の解明を目的としている。そこで,以下のリサーチ・クエスチョンを設定した。

RQ1:FTPは,シニア消費者の多様性を反映したセグメンテーションの指標となるか

Carstensenらが開発したFTP尺度は,「この先,いろいろな機会が私を待ち受けている」「私の将来は無限だと感じる」「私には残された時間がもうほとんどないと感じる」などの10項目から構成される4)。社会情動的選択性理論では,FTPは10項目1次元で構成される概念として扱われるが,因子構造については議論が続けられており,未来を機会に満ちた時間(time of opportunity)と捉える「機会焦点」と,可能性が限られた時間(time of limitation)と捉える「制約焦点」の2因子から成るとする研究もある(cf. Cate & John, 2007; Ikeuchi & Osada, 2014)。そこで本研究では,FTP尺度の因子構造の確認も併せて行う。

4. 将来自己連続性(FSC: Future self-continuity)

FTPと同様に,現在の行動を規定する要因として注目されているのが将来自己連続性(Future self-continuity;以下FSC)である。FSCは将来の自分と現在の自分の心理的つながり(連続性)をどの程度強く感じられるか,つまり,「自分の将来や,現在の行動によって将来もたらされる結果をどの程度大事だと考えるか」を示す(Bartels & Urminsky, 2015)。

先行研究によると,FSCが高い人ほど時間割引率が低く,忍耐強く,現在の小さな報酬より将来の大きな報酬を選ぶ傾向にある(Ersner-Hershfield, Garton, Ballard, Samanez-Larkin, & Knutson, 2009)。換言すると,将来のために現在の便益を我慢できるかどうかは,将来の自分と現在の自分の間にどの程度強いつながりを感じられるかによって影響を受ける。なお,FTPと同様に,FSCも操作が可能である(cf. Bartels & Urminsky, 2011)。

シニアのFSCについての研究も進められており,例えばLöckenhoff, O’Donoghue, and Dunning(2011)の実証研究では,シニア層の時間割引率は若年層の時間割引率よりも低く,生物学的年齢と時間割引率の関係が将来自己連続性によって媒介されていることが示された。また,Rutt and Löckenhoff(2016a)は,生物学的年齢と自己連続性には正の相関があり,この傾向は,より遠い時間的距離を想定した場合に強まることを報告した。つまり,若年層よりもシニア層の方が自己連続性が高く,その差は1か月後よりも10年後においてさらに大きくなる。彼らは,こうした傾向が生じる理由の一つとして,晩年は社会的役割や性格の大きな変化がないことを挙げた。これは,ライフイベントによる社会的役割の獲得や喪失とFSCとの関係を示唆している。つまり,ライフイベントは,単なる時間の経過以上に人々の心理構造を変化させ,FSCにも影響を与えるのである(Bartels & Rips, 2010)。

シニア層のFSCに関する研究は蓄積されつつあるが,これらの先行研究も,若年層との比較によってシニア層全体の傾向を捉えようとするものであり,やはりシニア層を同質な集団として扱っている。確かに就職や結婚,出産といった特定のライフイベントは晩年には起こりにくく,若年層に比べると安定した生活を送るシニア消費者も多いだろう。しかし,孫の誕生や配偶者との死別,自身や身近な人の病気など,シニア特有のライフイベントも起こりうる。こうしたイベントの生起の有無やタイミングがFSCに影響を与えることに鑑みれば,FSCがシニア層内の多様性を反映する指標となる可能性は十分にある。そこで本研究では,FTPと同様に,FSCに関して以下のリサーチ・クエスチョンを設定した。

RQ2:FSCは,シニア消費者の多様性を反映したセグメンテーションの指標となるか

5. FTPとFSCの関係

FTPは人生の残り時間に対する主観的評価であるのに対し,FSCはその残り時間を生きていく将来の自分と現在の自分の間にどの程度つながりを感じるかを指す。いずれも未来に対する個人の思考を表すものであり,先行研究ではFTPとFSCが相関関係にあることを示唆するものもある。例えばIshii(2015)は,Carstensenらの「機会焦点」因子に類似した時間的展望体験尺度の「希望」因子(Shirai, 1994)と,FSC概念に近い時間的連続性尺度の「現在と未来の連続性」因子は,正の相関関係にあることを報告している。一方,Rutt and Löckenhoff(2016b)が時間知覚に関する実証研究を行ったところ,FTPとFSCの間には有意な相関がみられず,主成分分析においてそれぞれ異なる概念として抽出された。さらに,LöckenhoffとRuttは,FTPとFSCの間に負の因果関係を想定している(Löckenhoff & Rutt, 2017; Rutt & Löckenhoff, 2016a)。

上記のように,FTPとFSCの関係については様々な見解があるが,本研究では互いに独立した概念であるとの前提で議論を進める。既に述べたとおり,FTPとFSCは共にライフイベントの影響を受けることが明らかにされている。例えば,卒業を控えた大学生はFSCが低くなる可能性がある(cf. Bartels & Urminsky, 2011)。しかし,将来の自分とのつながりが弱いと感じる学生の多くが,同時に人生の残り時間が短いと感じているとは考えにくい。Ishii(2015)も,「現在を否定し,現状とはかけ離れた希望を未来に抱く人の存在(p. 41)」を認めている。つまり,自分の将来や,将来起こりうる結果をどのくらい「自分事」として捉えられるかは,その将来がどの程度時間的広がりを持っているかとは本質的に異なると推測される。以上より,本研究ではFTPとFSCは独立した概念として扱う。

FTPとFSCを独立した概念とした場合,例えば「人生の残り時間は長いと感じつつ,漠然と他人事として捉えている」シニア消費者と,「残された時間は短いと感じ,これを自分事と受け止めている」シニア消費者では,購買行動が異なる可能性がある。そこで,以下のリサーチ・クエスチョンを設定した。

RQ3:FTPとFSCは,シニア消費者の購買行動に交互作用を与えるか

III. 対象とする製品群,購買行動,被験者

本研究では,シニア層の多様性と購買行動との関係性を捉えるにあたり,非消耗品を分析対象とする。なお,ここでの非消耗品とは,洋服や靴,バッグ等の服飾品や,家電などを指す。消費頻度が高く手軽に処分できる消耗品と比べ,非消耗品は数年から数十年の継続使用が前提とされるうえ,処分に手間がかかることが多い。つまり,購買から使用そして廃棄に至るまで,「今ここ」での購買意思決定の影響が長期に及ぶ。したがって,消費者は購入によって将来起こりうる結果をより慎重に予測する必要があり,非消耗品の購買には未来に対する個人の思考が強く反映されると考えられる。

被験者は,65歳以上のシニア女性とする。女性は男性よりも平均寿命・健康寿命が長く,様々なライフイベントが異なるタイミングで発生しやすいと考えられる。また,「老い方」を方向付ける重要な要因である高齢期の社会的ネットワークは,男性に比べて女性の方が大規模・広領域であるため(Shishido, 2006),シニア層内の多様性がより強く反映されるだろう。実際にシニア女性に対するインタビュー調査5)を実施したところ,終活を意識して家具等は増やさないように心がけつつ,これを実行に移している人がいたり,買い控えや処分は特に意識していない人がいたりする等,多様な購買行動が観察された。

IV. 調査

1. 目的と方法

有意味なセグメンテーションの軸とは,同質のニーズを持つ消費者群を特定し,購買行動のパターンを浮かび上がらせるものである。したがって,FTPやFSCの高低と実際の購買行動の関係を精査することにより,これらがセグメンテーション指標としての適性を持ちうるか否かを検証できる。そこで本調査では,シニア女性のFTPとFSCが購買行動に与える影響を,購買データを用いて明らかにする。

まず,2018年7月31日から4日間,株式会社ハルメク6)の通販顧客のうち,過去に50万円以上の購買実績がある65歳以上の女性199名を対象にWeb調査を行った(M=70.58, SD=3.74)。50万円以上の購買実績を条件とした理由は,分析に十分なデータが得られると考えたためである。なお,累積購買額50万円以上かつ10年以上の購買経験がある通販顧客は,株式会社ハルメクにおける全通販顧客の約20%に該当する。利用頻度や購買金額が低い顧客は,他店舗で購買する割合が高い可能性があるため,当該消費の消費実態をつかむことが難しく,ヘビーユーザーを分析対象とすることが望ましいと判断した。

FTPの測定では,Ikeuchi and Osada(2014)の日本語版FTP尺度に若干の語句の修正を加え使用した7)。FSCについては,Bartels and Urminsky(2011)を参考にユーラーサークルを用いて測定した(図1)。健康状態,経済状況,生活スタイルについて,現在の自分と5年後の自分の心理的つながりをそれぞれ回答してもらい,反転処理のうえ,これら3つの回答の平均を求めて分析に使用した。したがって,FSCの値が大きいほど将来の自分とのつながりが強いことを示す。次に,Web調査に回答した顧客の,2018年8月~2018年10月の購買データ(3ヶ月分)を収集した。このうち,当該期間中に非消耗品8)を1つ以上購入した96名(M=70.31, SD=3.70)を対象として,非消耗品の購買種類数,購買個数合計,購買金額合計,購買金額平均(購買金額合計/購買個数合計)を顧客ごとに算出し,顧客IDによってWeb調査の結果と紐づけしたうえで,重回帰分析を行った。

図1

FSCの測定に使用したユーラーサークル

2. 分析結果

まず,Web調査に回答した顧客のデータ(n=199)を対象としてFTP尺度の因子構造を確認した。1因子モデルと2因子モデルの確証的因子分析を行い,モデルの適合度を評価したところ,2因子モデルの方が適合性が高いという結果となった(表1)。ただし,RMSEAの値は2因子モデルにおいてやや改善が見られるものの,依然として高い値を示している。しかしながら,サンプルサイズや自由度が小さいほどRMSEA値が高くなりやすいため,RMSEA値のみで当該モデルの適合度は判断されるべきではないとされる(Chen, Curran, Bollen, Kirby, & Paxton, 2008; Ikeuchi & Osada, 2014)。以上の理由から,本分析では2因子モデルを採用することとした。

表1

FTP尺度の1因子モデルと2因子モデルの比較

(n=199)

続いて,FTPの潜在変数(機会焦点と制約焦点)の収束妥当性指標(AVE),信頼性指標(CR),および将来自己連続性を含めたクロンバックのαの値を算出した(表2,表3)。因子負荷量はすべての項目で.60を上回っていた。FTPの機会焦点は,いずれの指標も基準値(AVE>=.50, CR>=.60)を満たしており,クロンバックのαと併せ,収束妥当性と信頼性は十分であると判断した。一方で,制約焦点はAVEの値が基準値を若干下回っており,α係数もやや低かった。機会焦点と制約焦点の弁別妥当性は,各AVEの平方根と当該2変数の相関係数(−.57)の二乗を比較して検証した。機会焦点は√AVE=.80,制約焦点は√AVE=.69となり,いずれも相関係数の二乗よりも大きい値を示した。なお,FSCのα係数は.82と十分な値を示した。

表2

質問項目とクロンバックのα係数・因子負荷量

(n=199)

機会焦点と制約焦点は7点リッカート尺度(1:非常にあてはまる~7:全くあてはまらない)

表3

FTP尺度の信頼性と妥当性

(n=199)

※太字=AVEの平方根

以上の結果から,FTPの機会焦点尺度については,収束妥当性,信頼性,弁別妥当性が確認されたものの,制約焦点尺度については,収束妥当性およびα係数による信頼性にやや問題が残る結果になったと言える。日本語版FTP尺度を開発したIkeuchi and Osada(2014)では,確証的因子分析による2因子モデルの適合度の確認と,α係数による信頼性は検討されているものの,1因子モデルとの比較,および弁別妥当性や収束妥当性については言及されていない。FTP尺度は,①尺度開発の論文が未刊行で開発プロセスの確認が困難であること,②因子構造についての議論が続けられていること,③日本語版尺度において弁別妥当性と収束妥当性について確認されていないことから,制約焦点の質問項目は尺度として不安定である恐れがある。そのため本研究では,上述の分析結果に鑑み,信頼性,収束妥当性,弁別妥当性が確認されたFTPの機会焦点と,FSC,およびこれらの交互作用のみに焦点を絞り分析することとした。

まず,従来のセグメンテーションの指標として一般的な年齢を含め,独立変数間の相関を確認した(表4)。機会焦点とFSCの間には弱い正の相関が認められたが,それ以外の変数間はほとんど相関関係にないことが示された。

表4

独立変数間の相関

両側検定,**p<.01,*p<.05,†p<.10

対角線の左下:全サンプル(n=199)

対角線の右上:期間中に非消耗品を1つ以上購買したサンプル(n=96)

続いて,独立変数を機会焦点,FSC,および機会焦点とFSCの交互作用,従属変数を対数変換した非消耗品の購買種類数,購買個数合計,購買金額合計,購買金額平均とし,年齢をコントロール変数として,それぞれ重回帰分析を実行した。

重回帰分析の結果を表5に示す。すべての説明変数は,多重共線性について問題のない値を示している(All VIFs<1.17)。そして,すべての分析において,モデル全体が5%水準または10%水準で有意となった。各独立変数が与える影響は以下のとおりである。

表5

購買データを従属変数とした重回帰分析の結果

(n=96)

**p<.01,*p<.05,†p<.10

機会焦点は,購買種類数,購買個数合計,購買金額合計に1%水準で負の影響を与えていた。これに対し,FSCは購買種類数と購買個数合計に正の影響を与えていた。このことから,「人生に残された時間が長い」と感じるほど非消耗品の購買を控え,一方で,将来の自分とのつながりを強く感じるほど,購買する非消耗品の種類や個数が増加する傾向が見て取れる。機会焦点とFSCの交互作用が購買金額合計と購買金額平均において有意となったため,それぞれ16パーセンタイルおよび84パーセンタイルを基準とした単純傾斜分析を実施し,FSCが高いシニア女性と低いシニア女性における機会焦点の効果を検討した(図2)。その結果,将来自己連続性が高いシニア女性(84th)の場合,機会焦点が購買金額合計と購買金額平均に負の影響を与えることが示された(それぞれb=−.06, s.e.=.02, p<.01, 95%CI: −.09, −.02; b=−.03, s.e.=.01, p<.05, 95%CI: −.05, −.01)。以上の結果から,将来の自分とのつながりが強いシニア女性において,人生の残り時間が長いと感じる場合は非消耗品に対する金銭的支出(i.e., 購買金額合計,購買金額平均)を控える傾向にあるが,反対に,人生の残り時間は長くないと感じる場合は非消耗品への金銭的支出が高い傾向にあることが明らかになった。

図2

購買金額合計(log)および購買金額平均(log)を従属変数とした単純傾斜分析の結果

本研究のRQ1とRQ2に照らして結果を解釈すると,機会焦点およびFSCは実際の非消耗品購買行動に影響を与えることから,これらはシニア消費者の多様性を反映したセグメンテーションの指標となりうると考えられる。RQ3については,購買金額合計と購買金額平均といった,金銭的支出に関する行動において交互作用が認められた。

V. 考察

購買データを分析したところ,長期的な未来展望を持つシニア女性ほど,非消耗品の購買活動はむしろ低調な傾向にあるという結果が得られた。また,これらの購買活動に正の影響を与えていたのは,機会焦点ではなく将来の自分とのつながりであるFSCや,より複雑な機会焦点とFSCの交互作用であった。

非消耗品の購買は,「今ここ」で金銭を支払い,数年から十数年単位でモノを所有し,最終的に責任を持って処分するという,長期的な思考を必要とする。その際,未来展望の長短に関わらず人生の残り時間を意識するシニア消費者は,「将来に備えて節約すべきではないか」「自分がいなくなったら誰がモノを処分するのか」といった複雑な問題を考える必要がある。こうしたリスクや責任,つまり現在の意思決定によって生じる将来の結果をどの程度「自分ごと」として捉えられるかを表す指標がFSCだと言える。

実際の購買データの分析結果からは,非消耗品の購買活動がもっとも活発なのは「将来の自分とのつながりは強いが,残された時間は長くないと感じているシニア女性」であることが読み取れる。他方,「将来の自分とのつながりが強く,残された時間も長いと感じるシニア女性」は,金銭的支出を控える傾向にあった。これは,シニア女性が長生きをリスクと考えている結果として捉えることができる。2016年の内閣府による調査9)によれば,65歳以上のシニア女性の貯蓄目的として最も多いのは「万一の備えのため」である。人生100年時代と言われる昨今,「将来の自分とのつながりが強く,残された時間も長いと感じるシニア女性」は,現在の消費を控えて将来のために備えていると解釈できる。ところが,「将来の自分とのつながりは強いが,残された時間は長くないと感じているシニア女性」は,将来の自分や結果を大切にしつつも長生きリスクは小さいと考えるため,必ずしも支出を減らす必要はなく,非消耗品の購買に抵抗感が小さいものと思われる。

ただし,今回は購買に影響を与えると考えられる経済的指標のデータを取得できていない。そのため,例えば貯蓄額の影響をコントロールした場合には,機会焦点の負の効果が正の効果に転じる可能性もある。つまり,「将来の自分とのつながりが強く,残された時間が長いと感じるシニア女性」においても,十分な蓄えによって将来の金銭的不安が解消されている状態であれば,「残された時間が長いと思うほど購買活動が活発になる」という結果も考えられるだろう。この点については,引き続き考察が必要である。

なお,購買金額合計と購買金額平均という金銭的支出についてはFTPとFSCの交互作用効果がみられたものの,購入した商品の種類や数にはFTPとFSCの主効果のみが影響を与えていたことから,シニア女性は「金銭的支出の増加」と「モノの増加」に対して,それぞれ異なる意識を保有している可能性があると言える。

VI. おわりに

本研究の学術的貢献は,以下の3点にあると言える。第一に,シニア消費者の多様性を捉える上で有効なセグメンテーション指標として,ライフコースの視座を包含するFTPとFSCという概念を導入した点である。既存のマーケティングや消費者行動研究では,シニア層を同質な集団とみなし,若年層との比較によって,シニア層の特異性を強調するものが多かった。これに対し,本研究では,FTPとFSCによる購買行動への影響を明らかにし,これらがシニア消費者の多様性を捕捉する指標となり得ることを示した。第二に,日本語版FTP尺度において1因子モデルと2因子モデルを比較し,尺度の頑健性を確認した点である。分析の結果,2因子モデルの当てはまりの良さが導かれたが,本尺度については課題も残されている。この点については,詳細を後述する。第三に,FTPとFSCの交互作用を検討した点である。FTPとFSCは,先行研究においてその関係性が議論されてきた。本研究では,将来の自分とのつながりの強さと,人生の残り時間に対する知覚は本質的に異なると考え,これらを互いに独立した概念として議論を進め,購買行動への影響を調査した。その結果,非消耗品の金銭的な支出に対し,FTPとFSCが交互作用を持つことが示された。

本研究の実務的貢献は,学術的貢献の一点目と重複するが,実務において援用可能な,FTPとFSCというシニア市場における新たなセグメンテーション指標を提示した点にある。ライフコース・アプローチは多くの資源やスキルを必要とし,実務への援用ハードルが高い。他方,ライフコースを規定する,ライフイベントからの影響を反映するFTPとFSCは,比較的低コストで測定できる。これらをセグメンテーションの軸とすることは,実務上有益であろう。

一方で,本研究は探索的な調査であるために,大きく3つの限界を有している。第一に,サンプルについてである。本研究では,65歳以上の女性に対象を限定して調査を行った。しかし,男性サンプルでは異なる結果が得られる可能性もある。シニアの男女を比較した場合,社会的ネットワークの規模や領域(Shishido, 2006),消費支出の中で大きな割合を占める項目等が異なる10)ことが報告されている。こうした男女差は,FTPやFSCが購買行動に与える影響に違いをもたらすかもしれない。第二に,データについてである。被験者が買い物を特定企業の通販サイトで完結させているとは考えにくく,別の通販サイトやリアル店舗を利用していることが十分ありうる。また,今回は取り扱う商品カテゴリーにも限りがあった。今後は,通販以外の小売業態を含めた,より広範なデータを用いた分析が求められる。さらに,経済的指標のデータを取得できなかったため,これらの影響を一定とした場合の,FTPとFSCが実際の購買行動に及ぼす影響を検証することができなかった。第三に,日本語版FTP尺度についてである。1因子モデルに比べると,2因子モデルの適合度は高かったが,RMSEAの値が高く,改善の余地があると考えられる。また,制約焦点は十分な妥当性を得ることができなかった。これは,第一の限界であるサンプルの影響を受けているとも考えられる。日本語版FTP尺度を開発したIkeuchi and Osada(2014)では,男女を対象として調査を行っているのに対し,今回は女性のみを対象としたことに加え,普段から情報収集をしてパネルに登録したり,通販で買い物をしたりしているシニア消費者を対象としている。彼女らは,一般的なシニア消費者に比べて活動的で,拡張的な未来展望を持つシニア消費者であると推測され,制約焦点尺度が不安定になった可能性がある。

以上の限界があるものの,本研究は探索的調査として,今後の研究に一定の指針を与えたと言える。今回は,非消耗品を調査対象とし,FSCの測定に5年という年数を用いた。しかし,マイホームのように数十年単位での所持・使用が見込まれる買い物と,消費者の未来に対する知覚の関係性を検討する場合,5年後のFSCの測定は必ずしも適切とは言えない。したがって,製品の耐用年数(想定される便益享受期間)と,FTPおよびFSCが購買行動に与える影響の関係解明は,引き続き興味深いテーマであると言える。さらに,FTPとFSCは,企業のコミュニケーション戦略にも援用することができる。先行研究によって,これらの指標は,加齢やライフイベントだけでなく教示文による操作が可能であると示されている。つまり,広告などで適切なメッセージを発信すれば,消費者のFTPやFSCに影響を与え,より説得的なコミュニケーションを展開することが期待できる。

謝辞

本研究を行うにあたり,ハルメクのモニター(ハルトモ)の皆様に調査へのご協力をいただきました。ここに感謝申し上げます。

本研究はJPSP科研費19K13836の助成を受けたものです。

3)  Halmek holdings(2021)より。

4)  先行研究では尺度開発の論文としてCarstensen and Lang(1996)が挙げられているが,未刊行論文のため確認できていない。そのため本研究では,Carstensen が所長を務める,スタンフォード大学のLife-span Development Laboratory(n. d.)が提供するFTP 尺度を参照した。

5)  2018年3月1日,61歳~81歳の女性12名を対象に実施。

6)  株式会社ハルメクホールディングスの持ち株会社。

7)  具体的には,「~するだろう。」という文言を「~する。」という言い切り型に変更した。

8)  研究者2名と株式会社ハルメクの社員1名で購買された商品名のチェックを行い,耐用年数が5年以上と考えられる商品を抽出した。

9)  Cabinet Office(2016)より。

10)  Cabinet Office(2020)より。

磯田 友里子(いそだ ゆりこ)

法政大学経営学部卒業。同大大学院経営学研究科修士課程修了。早稲田大学商学研究科博士後期課程研究指導終了。修士(経営学)。早稲田大学商学学術院助手を経て,現在,高知大学人文社会科学部講師。専門は消費者行動。

工藤 玲(くどう れい)

東京女子大学文理学部心理学科卒業。お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士後期課程修了。博士(人文科学)。現在,株式会社ハルメクホールディングス生きかた上手研究所に勤務。

恩藏 直人(おんぞう なおと)

早稲田大学商学部卒業。早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程修了。博士(商学)。現在,早稲田大学商学学術院教授。専門はマーケティング戦略。

References
 
© 2023 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
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