Japan Marketing Journal
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Special Issue / Invited Peer-Reviewed Article
A Comprehensive Framework for Pop Culture and Consumer Behavior in the Context of Multiculturalism
Chunji Jin
Author information
JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2023 Volume 42 Issue 4 Pages 6-15

Details
Abstract

ポップカルチャーは消費者の行動やライフスタイルに幅広い影響を与える重要な要素として知られている。特に近年,インターネットの普及やソーシャル・メディアの発達,定額型配信サービスの台頭に伴い,消費者は常にさまざまな国や地域からのポップカルチャーに触れられるようになっており,その影響はますます大きくなっている。しかし,これまでのマーケティング・消費者行動領域においてポップカルチャーの影響を直接扱うことはあまり多くない。本稿では,多様なポップカルチャーが同時に受け入れられている現状に注目し,そうした多文化のコンテキストにおいてポップカルチャーが消費者行動に与える影響について考察する。研究方法としては,マーケティングとツーリズムにおける先行研究を整理した上で,東・東南アジアを中心に実施したインタビュー調査を用いた定性的アプローチを用いる。これらの作業を通して,多文化時代におけるポップカルチャーと消費者行動に関する包括的な分析フレームワークを提示する。最後に今後の展望について述べる。

Translated Abstract

Pop culture has a huge impact on consumers’ lifestyles, attitudes, and behaviors. Due to development of the Internet and modern media, as well as new business models such as Subscription Video on Demand (SVOD) in the culture industry, consumers have unprecedented easy access to a vast and diverse range of cultural products from different parts of the world. However, this multicultural reception of pop culture has yet to be adequately discussed in the marketing field. This study attempts to bridge this gap. After a brief review of literature on marketing/consumer behavior and tourism, a qualitative approach is used to investigate the relationship between pop culture reception and consumer behavior. Data were obtained through an interview survey conducted mainly in East and Southeast Asia. A comprehensive framework on pop culture reception and consumer behavior in the context of multiculturalism is presented and the prospects for future studies are discussed.

I. 研究の背景と目的

文化は消費者行動やライフスタイルを規定する重要なファクターの一つとしてよく知られているが(Hofstede, 1983),中でもポップカルチャーは特に幅広い影響を及ぼす(Jin, 2022)。特定の外国からのポップカルチャーが好きな人々は,関連する商品やグッズを買い集めたり,現地の料理に興味を示したり,言語を学習したり,休暇で現地を訪れたりし,時には社会現象になることもある(Whang, Yong, & Ko, 2016)。

近年はインターネットの普及や現代メディアの発達,定額型配信サービスの台頭などにより,ポップカルチャーの消費スタイルが大きく変わってきている。さらに,2020年から始まった新型コロナウィルスの世界的大流行によりこの流れが後押しされた。現代の消費者は,容易く世界各国からの文化商品にアクセスできるようになっており,消費する文化の多様性がかつてなく進んでいる。

本稿では,特に東・東南アジア地域に焦点を当てる。過去数十年間における同地域のポップカルチャーのシーンを振り返ると,言うまでもなく,西洋(特にアメリカ)文化は未だ強い影響力を有しているが,それと並んで地域内のさまざまなポップカルチャーも同時に広く受容されてきている。代表的なのが,香港,日本,韓国発のポップカルチャーである。

例えば,Chua and Iwabuchi(2008)では,1970年代のシンガポールを例に,東南アジアで巻き起こった香港ブームを紹介している。日本でも一定のファンがいるアクション系だけでなく,トレンディドラマ,時代劇,音楽などを含めて,香港発のポップカルチャーは,当時シンガポール,マレーシア,タイなどの東南アジアで絶大な人気を誇っていた。中国本土における香港ブームは,東南アジアより一足遅れて,改革開放後の1980年代に始まった。この香港ブームと同時に中国で熱狂的な支持を集めたのが,日本発のコンテンツであった。映画,TVドラマ,アニメなどの日本のポップカルチャーに全国民が夢中になっていたのである。1990年代に入ると,今度は日本のトレンディドラマが都市部の若者の洗練されたファッションとライフスタイル,美しい景色,最新の音楽などの絶妙な組み合わせで,アジアの若者の間で大人気になった(Creighton, 2009)。こうして,1990年代後半までに日本のポップカルチャーは東・東南アジア地域で大きな存在感を放っていた(Iwabuchi, 2004; Jung, 2009)。

一方で,1990年代に入ってから,同地域の経済発展に伴ってローカルの文化産業が急成長し,さまざまなポップカルチャーが生み出されるようになった。それに加えて,メディアの技術革新や各国における文化コンテンツの流通規制の撤廃などにより,域内におけるメディア文化交通が一層多方向へ向かった(Iwabuchi, 2004)。その中で,特に影響力が急拡大したのが韓国のポップカルチャーである。1990年代後半からアジアを席巻した韓流は,ある韓国ドラマをきっかけに1997年の中国本土から始まった(Jung, 2009)。当初の韓国発のポップカルチャーは日本と似ていると認識され,両国のコンテンツを合わせて「日韓流」と呼ばれることも多く,当時の書店やレンタルビデオ店では欧米,日韓,港台(香港と台湾),国内,といった分類が一般的であった。韓流はその後東南アジア地域,2000年代初頭には日本にも波及し,東・東南アジア全域で大きなブームとなっていたのは周知の通りである。

こうした多様な文化の受け入れの歴史と現状は,これまでメディア研究やカルチュラル・スタディーズで度々指摘されてきたが,マーケティング・消費者行動分野においてはあまり考察されていない(e.g., Cleveland, Laroche, & Takahashi, 2015)。本稿では,関連分野における先行研究をレビューした上で,筆者が東・東南アジアの消費者を中心に行ったインタビュー調査を通して,外国からのポップカルチャーと消費者行動の関係に関する包括的な分析フレームワークを提示することを目的とする。

II. 先行研究

ポップカルチャーの受け入れが消費者行動に与える影響については,これまでおもにマーケティング・消費者行動とツーリズム分野で行われてきた。詳細なレビューはJin(2022)で行っているが,ここでは全体の概要のみ簡単に整理する。

1. マーケティング・消費者行動分野

これまでマーケティング・消費者行動研究において,外国からのポップカルチャーの影響を直接扱った研究はあまり多くない(Cleveland et al., 2015)。例えば,グローバル・マーケティング分野で膨大な研究が蓄積されている国のイメージにおいて,文化は重要な構成要素の一つとしてよく知られているが,その影響に対する直接的な考察は少ない。2000年代後半から始まったコンシューマー・アフィニティ(consumer affinity)研究では,外国に対するポジティブな感情は関連製品やサービスに関する消費者の心理や行動に積極的な影響を及ぼすことを明らかにしている(e.g., Oberecker & Diamantopoulos, 2011; Oberecker, Riefler, & Diamantopoulos, 2008)。Jin(2020)によれば,日本市場におけるコンシューマー・アフィニティ形成においてポップカルチャーの存在が大きいことが示唆された。

ポップカルチャーは,国のイメージや消費者の感情を短期間で劇的に変え,消費者行動に大きく影響しうるパワーを持っているのにもかかわらず(Creighton, 2009),その影響を直接的に扱ったのは,Cleveland and Laroche(2007)のグローバル消費文化変容(acculturation to global consumer culture, AGCC)概念が初めてであった。同概念は,100年前から始まった社会学における文化変容(e.g., Berry, 2008)と,マーケティングにおけるグローバル消費文化(global consumer culture, GCC)(e.g., Alden, Steenkamp, & Batra, 1999)の二つの流れを汲んだもので,消費者がグローバル消費文化の知識,スキル,および行動を獲得することを意味する(Cleveland & Laroche, 2007, p. 250)。計53項目による測定尺度を用いた実証研究から,7つの因子――コスモポリタニズム,多国籍企業のマーケティング活動への露出,英語への露出と使用,社会的相互作用(旅行,移民,および外国人との接触など),グローバル・外国のマスメディアへの露出,グローバル消費文化を真似しようとする願望や開放性,GCCへの自己意識(self-identification)――が浮かび上がった。AGCCは,ローカル文化の影響を表すエスニック・アイデンティティ(もしくはナショナル・アイデンティティ)とともに,外国製品に対する消費者行動を規定するとされている。

同概念はその後複数の国や地域で検証されているが,おもな課題として,そもそも「グローバル消費文化=英語圏(特にアメリカ)発の文化」といった前提の上で,「グローバル文化vs.ローカル文化」といった単純な図式を用いていること,さらに英語圏以外の文脈での議論が少ないことが指摘されている(Cleveland, 2018; De Mooij, 2019)。冒頭で述べた通り,東・東南アジア地域における文化交通の多方向化・複雑化の現状を踏まえると,こうした前提は現状から多く乖離しており,ポップカルチャーの消費者行動への影響を適切に捉えることは難しいと言わざるを得ない。

2. ツーリズム分野

ツーリズム分野において,ポップカルチャーによって誘発されるツーリズム(以下,ポップカルチャー・ツーリズムと呼ぶ)に関する研究は1990年代から始まった。当初はおもに,高額予算の欧米映画を題材にしたニッチな研究テーマであったが(e.g., Riley, Baker, & Van Doren, 1998; Riley & Van Doren, 1992),2000年前後から多くの学術関心を集めるようになった。その背景としては,1990年代後半から東・東南アジア地域で広がった韓流人気が指摘されている(e.g., Connell, 2012; Kim, Long, & Robinson, 2009)。そして,その韓流人気がもっぱらTVドラマに頼っていたため,TVドラマからの研究視点が取り入れられ始めたのである(Beeton, 2006; Kim, 2012c; Kim et al., 2009)。

これまで発表された膨大なポップカルチャー・ツーリズム研究は,おもに観光地と観光客の二つの視点から行われている。前者はおもに,ポップカルチャー・ツーリズムがもたらす地域への経済・社会的効果やリスク,地域のマーケティング戦略についての定性的考察が多い(e.g., Jones & Smith, 2005; Larson, Lundberg, & Lexhagen, 2013)。それに対して,後者は観光客の心理や行動に関する定量的な研究が大半となっている。その際,観光客の心理や行動を説明するために主な結果指標として用いられるのは,観光客の訪問意向,現地での旅行経験(on-site touristic experiences),訪問後の満足度やロイヤリティなどである(e.g., Kim, 2012b; Teng & Chen, 2020)。そして先行指標としては,関与,動機,知覚価値,(デスティネーション)イメージ,経験,セレブリティなど,一般的な消費者行動研究でも馴染みの深い概念が多い。同時に,ポップカルチャー自体が多様なメディアにわたって行われる社会文化的実践であることから,メディア・コミュニケーション研究やカルチュラル・スタディーズなどの関連分野とも密接につながっている。例えば,関与については映画やTVドラマなどへの関わりの度合いを示す視聴者関与(e.g., Kim, 2012a; Kim & Kim, 2018),またポップカルチャーの知覚価値についてプロダクション・バリューといった概念が用いられることが多い(e.g., Kim & Kim, 2018; Yen & Teng, 2015)。

一方で,日本国内ではこうしたポップカルチャーに誘発されたツーリズムを「コンテンツ・ツーリズム」と呼ぶことが多く,2000年ごろから研究が増えてきている。なかでもアニメがおもな研究対象となっており,代表的な研究としてOkamoto(2018)Otani, Matsunaga, and Yamamura(2018)などがある。これらの研究により,アニメ・ツーリズムの特徴や観光客の行動パターンなどが明らかになっている。同時に,観光客だけでなく,地域活性化の視点からの研究も盛んで行われてきており,アニメ・ツーリズムが地域にもたらす効果や課題などについて検討されている。

Jin and Kamata(2022)では,こうした日本におけるアニメ・ツーリズム研究と,海外における映画・TVドラマをおもな題材にしたツーリズム研究を照らし合わせながら,ジャンル間で共通する消費者行動のパターンと相違点を指摘し,それらの違いの理由について,メディアでの表現方法,審美的価値やコミュニティ内外におけるインタラクションなどの側面から検討している。

3. 先行研究の課題

以上で見てきた先行研究から,多文化時代におけるポップカルチャーの消費者行動への影響を考察するにあたって,いくつかの課題が浮かび上がった。

まず,ポップカルチャーのジャンルによって消費者行動への影響メカニズムや度合いが異なることが想定されるが,体系的な比較検討はこれまであまりされていない。前述の通り,国内外におけるポップカルチャー・ツーリズム研究は,映画,TVドラマ,アニメなどをおもな研究対象として取り上げているが,当然ながらメディア表現の方法や幅,審美的価値,視聴者との関係構築のプロセスや関係の深さなどはジャンルによって異なる。さらに,おもな受容層がジャンル間で異なることがたびたび報告されている。例えば,アニメ・ツーリズムの場合は20~40代の男性が多いが(Okamoto, 2018),韓流ドラマの場合は逆に女性がメインの視聴者層になっており,これまで韓流に誘発されたツーリズムに関する数々の実証研究においても女性サンプルが全体の6~9割を占めている(e.g., Kim, 2012c; Kim & Wang, 2012; Teng & Chen, 2020; Whang et al., 2016)。こうしたセグメントの偏りも,ポップカルチャーの影響を考察する際に念頭に置かなければならない。

つぎに,外国文化の受け入れの影響は,国・地域によって異なることがいくつかの研究から示唆されているが,国際比較研究はまだ少ない。例えば韓流ツーリズムにおいて,Kim(2012c)によれば中国本土とタイの消費者は日本と台湾の消費者に比べてよりポジティブな経験を持つ上,因子構造でも違いがみられている。一方で,Whang et al.(2016)は中国とロシアの比較調査を通して,韓国のデスティネーション・イメージの形成において,ロシアでは状況的な視聴者関与,中国では持続的な視聴者関与がより重要だと主張している。こうした受信する側だけでなく,発信する側の比較研究も必要である(Iwabuchi, 2004)。同じ国や地域において,アメリカと韓国のポップカルチャーは,それぞれ消費者行動にどのような影響を与えているだろうか。これには,当該地域における歴史や社会文化的背景が関係すると考えられるが,これまであまり考察されておらず,今後より体系的な比較研究が望まれる(Huat & Iwabuchi, 2008)。

さらに,ジャンル間や国・地域間の違いを明らかにするだけでなく,その背後のメカニズムの解明も必要である。例えば,上述のKim(2012c)は中国本土・タイと日本・台湾の消費者の間の違いを指摘しているが,なぜそのような違いが生まれているかは検討していない。こうしたメカニズの解明のためには,先行研究の知見に基づきながら,今後詳細な検討を加える必要がある。例えば,ツーリズム分野で多く議論されている視聴者関与や経験,セレブリティ,ポップカルチャーの知覚価値などは,観光行動だけでなく消費者行動全般に重要な影響を及ぼすことが考えられる。

以上のような議論を踏まえながら,次節では多文化時代におけるポップカルチャーの影響に関する包括的な分析フレームワークの構築に向けて,独自に収集した定性データを用いて検討していく。

III. 研究方法

1. 調査の概要

本節では,筆者が過去2年間に東・東南アジアを中心に断続的に実施したインタビュー調査に基づきながら,多文化時代における外国のポップカルチャーの受け入れと消費者行動に関する包括的分析フレームワークを構築するためのヒントを探る。この調査は,東・東南アジア地域における国のイメージと消費者行動の実態を把握する目的で行ったものである。本稿ではその中でもポップカルチャーとその消費行動への影響にフォーカスして考察を進める。

具体的な調査期間は2020年12月~2022年11月である。インタビュー対象者の人数は,日本8名,台湾10名,フィリピン22名のほか,香港とアメリカの消費者も1名ずつ含まれ,合計42名である。うち,男性が11名(26%),女性31名(74%)となっている。インタビューはすべて一対一で行われ,インタビュー時間は30分~1時間である。

新型コロナウィルスによるパンデミックの影響で国内外の移動が困難な時期が長く続くなか,言語の問題もあり,東南アジアの消費者28名(台湾10名,フィリピン18名)については,現地協力者を通して実施した。その場合は,事前に現地協力者と調査の目的や質問内容,注意点などについて詳細な打ち合わせを行った。そして,調査終了後はインタビュー記録に基づきながら,再度打ち合わせをして,データの確認を行うとともに,必要に応じて補足調査を実施した。残りの14名は筆者が直接インタビューを行ったが,パンデミックのため,日本の(8名のうち3名)と香港(1名)を除いて,すべてオンライン(Zoomミーティング,もしくはGoogle Meet)で実施した。

以下では,インタビュー調査で得られた発言を抜粋しながら,多文化時代におけるポップカルチャー受け入れの現状と消費者行動との関係について考察していく。

2. 調査の結果

まず,同地域における多文化受け入れの現状が確認された。

例えば,フィリピンの消費者は日常的に,欧米,韓国,日本,中国本土や台湾などのポップカルチャーに接していることが確認された。同国では英語を公用語としており,政治・軍事上アメリカとの結びつきが強いためアメリカのポップカルチャーの影響を強く受けているが,同時に若い世代を中心に他の東南アジア地域同様,日本のアニメや韓国ドラマも熱烈に支持されている。さらに,中国(香港を含む)のポップカルチャー(日本では「華流」と呼ばれる)も広く受け入れられている様子が見られたほか,タイのドラマ(特にボーイズラブ系)についても複数の消費者から言及された。ともに韓流ドラマのファンを自称するフィリピンの女性二人は次のように述べている。

「高校時代に友達の間でアニメがすごく流行っていて,私も影響を受けて見始めました。最初に見たのが『デスノート』,『鋼の錬金術師』など。『デスノート』はダークすぎるという人もいるけど,驚くほどクリエイティブで,意外性があって,本当に面白いです。」(フィリピン,女,20代,PH20)

「小さいごろから,テレビで中国ドラマをよく見てました。毎朝学校に行く前とか,日曜も毎週やってましたね。『十面埋伏』(邦題:LOVERS)とかに出てたチャン・ツィイーという女優が大好きです。母は今も毎日テレビで見てますよ。カンフーや時代劇もそうだけど,トレンディドラマも結構やってますね。」(フィリピン,女,40代,PH17)

中国本土の時代劇は,一部の台湾消費者にも人気のようである。欧米,日本,韓国などのさまざまなポップカルチャーに日常的に触れていながらも,もっとも好きなのは中国本土の時代劇だとしている台湾の男性は,次のような理由を挙げている。

「本土の時代劇は,歴史を忠実に再現していてクオリティが結構高いんですよね。父も好きなのでよく一緒に見てます。」(台湾,男,20代,TW02)

東・東南アジア地域の文化交通の複雑さを代表する一例が,日本の漫画が原作の『花より男子』である。2001年に制作された台湾版が東南アジアや中国本土で大ヒットし,一大ブームとなり,その後さまざまな国でリメイクされている。

「10年ぐらい前,『花より男子』が大人気でした。街中の若者がドラマ中の人物の髪型を真似してましたね。あれは日本の漫画が原作で,日本,台湾,韓国,タイなどでドラマ化されていて全部みたけど,台湾と韓国版が一番いいですね。」(フィリピン,女,20代,PH01)

こうした多様なポップカルチャーの受け入れにより,AGCCで想定している英語圏発の消費文化だけでなく,ほかの外国の消費文化への変容も起きている。具体的には,その国のライフスタイルや文化に興味を持ち,日常生活で真似したり,言語への関心が高まったり,関連メディアや企業のマーケティング活動への露出が増えたりしていることが,特に各国の韓流ファンの間で広く観察された。

「元々私たちはお箸を使う習慣があまりなくて,手で掴んで食べるか,フォークとスプーンを使っていたのですが,韓流が入ってきてからお箸を積極的に使うようになりましたね。あと,韓流ドラマでよくみるお鍋から直接食べるという食べ方も,実は昔からの言い伝えだと女の子はお嫁さんに行けないと言われてて,いまもおばあちゃんに見られたら怒られます。」(フィリピン,女,20代,PH01)

コロナ禍の初期に韓流ファンになった日本人女性の発言からは,韓国企業のマーケティング活動への露出も多くなっている様子が伝わってくる。

「(韓流ファンは)好きなスターが出てる広告にすごく反応しますね。バク・ソジュンが出てるbibigoは,日本でTV広告出してるし,アンテナショップを作ったり,スーパーでも売ってたりしてます。彼が出るからその番組をみるとか,広告の商品を買うとかね。キム・スヒョンは日本の広告にあまり出ないですね。中国やシンガポールのほうが韓流スターの広告が多いそうです。ファンなら,広告をみると嬉しいですね。韓国に旅行に行ってテレビをつけたら広告にまで出てきて嬉しいよと仲間が言ってました。」(日本,女,50代,JP07)

言語への露出と使用に関しては,日本で特に顕著にみられており,複数の韓流ファンがハングルの勉強を始めたと述べているが,これは言語の近さが影響しているかもしれない。

実際の消費行動を見てみると,製品カテゴリーによって,そして国によって異なるようである。特に韓流ファンの間では,国に関係なく韓国グルメへの言及が多い。また,フィリピンでは食がメインであったが,日本では食以外に,化粧品やファッション,雑貨などにも及んでいる。年齢層によっても消費行動が異なってくる。

「韓国ドラマを見ていると,韓国の食べ物を食べたくなります。キムチやラーメン,サムギョプサルなど。あと焼酎も。いつも韓国スーパーで買って常備しています。」(フィリピン,女,30代,PH22)

「食べ物はもちろん。キムチや辛いラーメン,大好きです。bibigoはみんな知ってます。・・・化粧品は,ほとんど韓国のを使っています。服も韓国の通販サイトをよく利用します。韓国のインスタグラマーが着てる服とかみると,スリットの入り方もデザインが入っててかわいいです。)(日本,女,20代,JP06)

「化粧品はね,買ってみたりもしました。韓国のドラマに出ている人は,男性も含めてみんなめっちゃ肌いいから,興味は出ます。そもそもドラマにPPL(プロダウトプレイスメント)も多いからね。『愛の不時着』でもヒョンビンが宣伝してるパックをみんなしてたし。そうすると,使ってみたいなぁと思いますね。いまは,ドラマみてると,これPPLだとわかるようになりました。子供の飲み物やスワロフスキー,ティファニー,洋服など。けど,化粧品は肌に合うとかあるからね。やっぱり日本のに戻ってきます。ファッションだと,ヒョンビン・ファッションというので,彼が着たものをすぐ特定してインスタに上げる人もいます。私も通販で買ったことあるけど,結構良かったですよ。日本で市販してないものを,向こうにいる人に代理で買ってもらうけど,多少手数料がかかります。オシが着てるから欲しいという人も多いですね。イム・シワンが着てたブラウスか気になって調べたら韓国のもので,私も買いました。」(日本,女,50代,JP07)

これらの消費行動の形成にはどのような要素が影響するだろうか。ポップカルチャー・ツーリズム研究で議論されていたいくつかの概念が浮かび上がった。例えば,ポップカルチャーへの関与,すなわち視聴者関与がまず挙げられる。

「最初に見たのが『愛の不時着』です。連続2回見て,ヒョンビンにハマり,それからヒョンビンの作品をいっぱい見ました。『シークレット・ガーデン』とか。アマゾンプライムで1話ずつレンタルして,毎日お風呂で見てました。でもいまはただで見れる,悔しい。ヒョンビンのDVDも,カレンダーもポスターも結構買いました。韓流ショップというサイトで。それからはほかの韓流ドラマも次々と。『キム秘書はいったい,なぜ?』も,何回も見ました。」(日本,女,40代,JP08)

このように特定の作品から俳優へ,その後別の作品と俳優へ,といったサイクルで徐々に韓流全体に関心が広がる様子はフィリピンの消費者からも複数観察された。これはポップカルチャー・ツーリズムでよく取り上げられているセレブリティとの関係性の問題にもつながる。

視聴者関与とセレブリティは,日本アニメのファンからも挙がっている。二次元のポップカルチャーの場合のセレブリティに関して,アニメ好きが嵩じて現在日本に留学中の香港の男性は次のように述べている。

「香港にはアニメ専門チャネルがあって,大学生になってから一日中ずっとみてました。いまはおもにネットですね,ネットフリックスとか。・・・大人になってからは,声優さん目当てで見ることも多くなりました。その人が出ているアニメだからみるとか。水瀬いのりさんが特に好きです。彼女のユーチューブのチャネル,もちろんフォローしてますよ。」(香港,男,20代,HK01)

こうして視聴者関与が高まり,その世界にどんどんのめり込んでいく理由として,どの国からも豊富な題材,斬新な切り口,物語の完成度,映像の美しさや迫力,俳優や声優の演技力,音楽などが挙げられている。アメリカ人の父とフィリピン人の母を持ち,両国の間を行き来しながら育った20代の女性は,日本アニメのファンでもありながら,韓国ドラマにも深く魅了され,これまで数えきれないほどの韓国ドラマを見てきたと述べている。

「韓国ドラマの一番の魅力は,人物の成長を丁寧に描くところとストーリーの面白さですね。人物を丁寧に描くので,納得したり共感したりすることができます。・・・どんな題材でも,韓国ドラマは人々の生活とその置かれた環境の中で人物の成長をきちんと描いてて本当に素晴らしいです。西洋のドラマに比べて,テンポは遅いが,その分キャラクターの成長により関心を持たせられます。」(フィリピン,女,20代,PH20)

上記のようなポップカルチャー自体の知覚価値以外に,日本からは自国との文化の近さを指摘する声も複数上がっている。

「私たちの世代は,昔アメリカやヨーロッパかぶれだった世代ですよね。向こうの料理を食べたいとか,旅行したいとか。それがいま韓国になったと思います。しかも,私もそうだけど,今までドラマとか俳優にハマったことなかった人たちがハマってるわけです。飛び抜けて美しいではあるけど,東洋人として,見た目や情緒,メンタルの部分で近い部分があって,いい感じにリアルと夢が融合してますね。欧米は,見た目も文化もやっぱり遠い」。(日本,女,50代,JP07)

「そもそも,あまりドラマをあまり見ない人ですが,コロナで時間ができて,韓国ドラマのほかに,アメリカのヒットドラマもいくつか見ました。『プリズンブレーク』とか,『24』とかね。感想としては,欧米の人は感情表現が結構雑で,大雑把だなぁということ。に対して,韓流はすごく細やかで,そこがアジア人同士共感できますね。ちょっとした嫉妬とか,親子の確執とか。」(日本,女,40代,JP08)

こうした文化の心理的距離については,これまでメディア研究やカルチュラル・スターディズなどの分野で度々指摘されている。例えば,東アジア地域で日本や韓国のポップカルチャーが広く受け入れられているのは,文化的近似性(cultural proximity)によるものだとの指摘が多い(Jung, 2009)。一方で,アメリカの東海岸に住む女性は韓流の魅力として文化の違いを挙げている。

「(韓国ドラマで)まず魅力的なのは音です。音楽がシーンやキャラクターにフィットしているし,とても美しいです。ハングルの響きもステキですね。アメリカの俳優にはない声です。・・・人物の関係性や愛情表現なども(本国に比べて)全然違いますが,すごく好きです。よりやさしいというか,とってもロマンチックだと感じます。もしかしたら,自分が住んでいる国と違うスタイルは,目の前の日常から離れさせるので,より魅力的に映るかもしれませんね。」(アメリカ,女,50代,US01)

以上のようなインタビュー調査から,東・東南アジア地域において多様なポップカルチャーが受け入れられている現状が確認できたと同時に,その消費者行動への影響を説明する上で重要ないくつかのキーワードが浮かび上がった。

次節では,多文化時代におけるポップカルチャーの影響を考察するための包括的分析フレームワークについて検討する。

IV. 多文化時代における文化変容と消費者行動の包括的分析フレームワークと今後の展望

本稿では,マーケティング・消費者行動論とツーリズム・マーケティングにおける先行研究を振り返った上で,東・東南アジア消費者を対象にインタビュー調査を実施した。これらの作業に基づいて,多文化時代におけるポップカルチャーの消費者行動への影響を考察するための包括的な分析フレームワークを図1で提示する。

図1

多文化時代における文化変容と消費者行動の包括的分析フレームワーク

このフレームワークは,おおむねマーケティング分野におけるグローバル消費文化変容に関する議論に基づくものであるが,大きな特徴として,つぎの2点が挙げられる。

1点目は,複数の国や地域からのポップカルチャーを念頭においているため,英語圏(おもにアメリカ)発のポップカルチャーの影響を示すグローバル消費文化変容の代わりに,外国消費文化変容といった概念を用いることである。ここで外国消費文化変容とは,消費者がさまざまな外国の消費文化の知識,スキル,および行動を獲得することを意味する。この外国消費文化変容と,自国文化の影響を示すエスニック・アイデンティティの2つの要素から,外国製品をめぐる消費者の態度や行動が規定される。

2点目は,こういったプロセスは,ポップカルチャーに関連する諸概念から影響を受ける。例えば,ポップカルチャーへの視聴者関与,セレブリティ,知覚価値,心理的距離など挙げられる。これらの要素はポップカルチャー・ツーリズム研究において,観光客の心理や行動に影響することが明らかになっていたが,本稿でのインタビュー調査から,観光だけでなく幅広い製品やサービスカテゴリーで影響を及ぼすことが示唆された。視聴者関与やセレブリティ,知覚価値は,外国消費文化への変容を促し,外国製品をめぐる消費者行動に重要な影響を与えているとみられる。また,これらの要素は互いに影響を及ぼす。一方で,文化の心理的距離の影響はやや複雑だとみられる。なぜならば,文化には社会文化や言語,宗教,経済,政治などさまざまな要素があり,心理的距離を簡単に測ることができないからである(Kim et al., 2009)。また,距離が近い方が文化を受け入れやすい側面もあるが(e.g., Jung, 2009; Ryoo, 2009),遠い方がエンターテイメントとしての価値が高まることも,これまでのメディアやツーリズム研究で度々指摘されている(e.g., Han & Lee, 2008; Ravina, 2009)。この点は,本稿で紹介したインタビュー調査でもみられており,消費者行動への影響についてはより注意深く検討しなければならない。

以上のように,本稿では先行研究の整理とインタビュー調査に基づいて,多文化時代におけるポップカルチャーの受け入れと消費者行動に関する包括的な分析フレームワークを提示した。今後は,この分析フレームワークのもとで,様々なポップカルチャーや国・地域を念頭に定量的考察を加えながら,理論と分析モデルの精緻化を図る必要がある。また,ポップカルチャーの発信側と受信側の両方の視点から国際比較を行うことを通して,現代社会において文化の多様性が消費者行動に与える影響についてより体系的に捉えることができ,独自の学術的貢献が得られると同時に,国・地域や企業の海外マーケティング戦略に向けて,実務レベルのインプリケーションを導き出せると期待される。

謝辞

本稿は成城大学特別研究助成による研究成果の一部である。

金 春姫(きん しゅんき)

成城大学経済学部教授。専門はマーケティング,消費者行動論。(中国)北京大学光華管理学院卒業後,一橋大学大学院商学研究科で博士号取得(2007年)。

References
 
© 2023 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
feedback
Top