Japan Marketing Journal
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Special Issue / Invited Peer-Reviewed Article
Art Place as Media:
Function of Art Support in Public Relations
Makiko KawakitaYasushi Sonobe
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2023 Volume 42 Issue 4 Pages 27-38

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Abstract

日本では長年にわたって企業が芸術支援をしている。近年では資金提供だけでなく,アートプレイス(アートが存在する場所)を企業自らが運営し,関係者のコミュニティを支える事例が注目されている。そこでは,アートプレイスを通じて,企業はステークホルダーとの関係を深め,企業への好意的な態度を獲得している。そこで,本稿の目的は,アートプレイスのメディアとしての役割をパブリック・リレーションズの視座から示すこととする。最初に企業の芸術支援に関する学際的な研究群を整理した。そのうえで,それぞれのコミュニケーション上の特徴を期間,到達範囲と深さ,コンテンツの編集権に関して提示した。これにより,企業が多様なステークホルダーとの関係構築を目指すための手がかりが得られただけでなく,芸術組織にとっても,資金提供者との交流の場を共有する意義が示された。

Translated Abstract

Corporations have been supporting the arts in Japan for many years. However, recent attention has focused not only on funding, but also on cases in which companies themselves operate art places, in which art exists to support communities with stakeholders related to the art activities. Based on the assumption that companies can strengthen relationships with their stakeholders through art places, the purpose of this paper is to examine the roles of art places as media from the perspective of public relations. A review of previous studies of corporate support of the arts was performed, and then art places were categorized based on two criteria: ownership (owned/paid) and interactivity (high: interaction type; low: appreciation type). Further, their communication characteristics were organized in terms of duration, reach and depth, and content editorial rights. This analysis provides clues for companies seeking to build relationships with diverse stakeholders, and also demonstrates the significance for arts organizations of sharing opportunities to interact with funders.

I. はじめに

1. 企業を取り巻く環境の変化とアートへの注目

アートは企業が直面する様々な課題の解決に寄与する可能性がある。その課題一つにコモディティ化が挙げられる。また,SDGsの概念が世界的に浸透していることにより,世間のソーシャルグッドへの要求も高まり,不祥事に対する監視の目も厳しくなってきている。さらに,インターネット環境が飛躍的な発展を遂げたことにより,不祥事などに対する企業活動への監視の目がより厳しくなってきた。これらへの対応に,アートが寄与する可能性が指摘されている(Kawakita & Sonobe, 2022)。

一方,インターネット社会の到来は,不祥事対応だけでなく,マスメディア広告を中心とした従来のコミュニケーションが効きにくい状況をも招いている。これに対して,アートプレイスは,そのコミュニケーションの一部を補完できるのではないだろうか。アートプレイスとは,「アートが存在し人々が触れることができる場」(Kawakita & Sonobe, 2022, p. 4)を指す。企業が運営する美術館やコンサートホール,企業が協賛する芸術祭やコンサートなど,期間限定で行われるイベントもアートプレイスに該当する。

一般的に,マス広告は,ブランドの認知率を向上したり,製品を説明したりするなど,プロモーションに用いられることがほとんどである。一方,アートプレイスにおけるコミュニケーションでは,そうしたハードセルの色合いが限りなく弱まる。だが,その分だけかえって,支援企業の関係者が様々なステークホルダーとの交流を通じた関係が深めやすくなり,当該企業やそのブランドに対する好意的な態度を醸成することが期待できるのである。

2. 企業の芸術支援の変化

これまで,様々な企業が有名オーケストラによる公演や有名美術展など,数々の芸術支援を行ってきた。バブル期には企業のプロモーションの性格の強い華やかな冠イベントが行われ,資金提供の見返りとしての強烈な宣伝,ギャラの高騰,スポンサーによる良い席の占領など課題も指摘された(Fukuhara, 1998)。ところが,近年では企業がアートプレイスを自らの手で運営し,社員が参加し,人々のコミュニティを支えるなど,資金提供だけでなく手間をかけてアートを支えている取り組みが注目されるようになってきている。

近年,メセナアワードで表彰される活動でもそれが見て取れる。たとえば2022年には,凸版印刷株式会社の「可能性アートプロジェクト」が大賞を受賞している。障がいをもつアーティストから作品を募集し,その作品のうち社員投票で選定された数十点が高精細な画像データに変換され,独自技法によるデジタルリトグラフとなり「可能性アートプロジェクト展」として社内外に展示される。新入社員研修でその価値が議論され,作品が販促物のデザインなどに採用されると,アート使用料が対価としてアーティストと支援団体へ支払われる仕組みである。また,優秀賞を獲得したのが,おおさか創造千島財団による「MASK―見せる収蔵庫―の運営」である。工場・倉庫跡では,場所の制約を受けやすい大型作品の制作から保管,展示をワンストップで行い,工場地帯の地域の人々と現代アートとの鑑賞機会を提供している。京都芸術大学と鑑賞プログラムをつくり,近隣小学校に授業に訪れている(KMK, 2022)。これらの例に共通するのは,企業が支援するアートのある場所がコミュニティを生み,ハブとして機能するということである。

本稿で捉えるアートプレイスでの交流は,物理的空間でなされることを前提としており,ネット上のコミュニケーションは付随的なものであることを想定している。なぜならば,参加者たちにとって,アート体験を共有し,コミュニケーションをする場がリアルでなければ,対象となる芸術や場そのものへの関与が飛躍的には高まりにくいからである。アートプレイスは,そこで様々な人が参加し交流するため,企業にとって関係構築のつなぎ役として機能を有する可能性がある。さらに,そうした人的交流は広く社会に向けて作用していくことも考えられるだろう。

それらの疑問に対する答えを導出するべく,本稿の目的はアートプレイスのメディアとしての役割をパブリック・リレーションズの視座から示すこととする。具体的には,先行研究レビューをもとに,アートプレイスの構造による類型化フレームを提示する。各タイプの特性が異なることを示しながら,コミュニケーション効果を明らかにすることで,「なぜ企業が芸術支援をするのか」という問いに対する答えを探っていく。

本稿は,Kawakita and Sonobe(2022)の内容を元に,本フレームの学術的背景を明らかにし,そこから本フレームが導出されるプロセスを理論的に述べたものである。ここで取り上げた事例については,Kawakita and Sonobe(2022)に詳しいので参照いただきたい。

II. 先行研究

1. 企業の芸術支援に関する先行研究

企業の芸術支援を扱う研究領域は,非常に幅が広く学際的である。広告文脈でのスポンサーシップ研究,社会貢献に関する研究,共通価値に関する研究,アートと経済に関する研究,パブリック・リレーションズ(広報)研究,メディア研究,芸術支援のコミュニケーション効果に関する研究など,幅広い領域で扱われている。それぞれについて以下で整理していく。

(1) スポンサーシップ研究

スポンサーシップとは,あらゆる企業目的あるいはマーケティング目的を伴って支援を実施するコーズやイベントに関する投資である(Gardner & Shuman, 1987)。すなわち,支援によって見返りを求めることを前提としており,広告やブランドへの投資においても同様である。ブランド研究において,ブランド・イメージは企業が訴求したい内容だけでなく,ブランド使用経験によって,ブランド知識として消費者の記憶に蓄積され個人的な意味を持つようになる(Keller, 2003)。さらに,スポーツや芸術などのスポンサーシップでは,イベントのイメージがブランドに転移して二次的連想としてブランドに追加される(Keller, 1993)という波及効果を及ぼすと考えられている。

スポンサーシップ研究では,スポーツへの支援(Kwon & Cornwell, 2021; Speed & Thompson, 2000)に比べて,芸術への支援に関するものは少ない。Sonobe and Kawakita(2020)がEBSCOで2000年以降の論文を検索したところ,“sports and sponsorship”が37件だったのに対して,“art and sponsorship”は7件だった。これは企業が実際にスポンサーシップを行うときに,芸術よりもスポーツのほうが行いやすいこと(Walliser, 2003)と関係すると言えるだろう。これは,スポーツに比べて,芸術はオーディエンスの年齢層が高くて裕福であり,対象者が少ないことから,マスメディアで取材されて番組や記事で取り上げられるなどのパブリシティになりにくい(Quester & Thompson, 2001)ためであると考えられる。こうした視点で捉えた研究の多くは,スポンサーシップの効用を,メディアを介した一方向コミュニケーションの効果に限定している。

しかしながら,近年では芸術支援の「場としての機能」にフォーカスした研究が出てきている。たとえば,金融機関の銀行とグッゲンハイム美術館とのパートナーシップに関する定性研究(Lund & Greyser, 2015)によると,銀行は富裕層向けサービスを差別化でき,また銀行とクライアントとの非公式な場でのコミュニケーション機会が得られることを示した。また美術館は,潜在的な寄附者のネットワークを拡大できることが示された。このように,旧来型の個人が抱くブランド・イメージ転移だけにとどまらない,複数の人々の間で生じるネットワーク上の効果についても注目が集まってきている。

(2) 社会貢献としての芸術支援

次に,CSRやSDGsの観点から芸術支援を捉えていく。CSR(企業の社会的責任)とは,企業活動のプロセスに社会的公正性や倫理性,環境は人権への配慮を組み込み,ステークホルダーに対してアカウンタビリティを果たしていくこと(Tanimoto, 2004, p. 5)を指す。労働問題や公害問題を背景にしてきた歴史を持ち,経済・社会・環境を背景に企業の責任を問うということをベースにしている。

Carroll(1991)は,CSRが下から①経済的責任,②遵法的責任,③倫理的責任,④社会貢献的責任の4層のピラミッド状に形成されていると述べている。その中で,社会貢献的責任は,社会の要請に応えたり先んじたりして社会に配慮した行動をとることを意味し,芸術支援も含まれる。他の責任に比べて,④は果たす義務はなく,社会貢献活動は比較的自由に内容を選択でき,ポジティブな評価を受けやすいといった特徴がある。

日本において,バブル景気(1986年から1991年)が訪れると,企業による芸術作品の収集やマーケティング利用が盛んになった。しかし,企業は社会の中で生かされている存在であるとして,取り巻くステークホルダーに貢献することが清く正しい姿であり,見返りを期待して実施するものではないという立場であることが求められていった。

そのため,1990年にメセナ協議会が設立された際に,それまで企業がマーケティング目的で実施し過ぎたことで生じた芸術財団からの不信感を払拭するために,芸術支援をメセナと呼ぶようになった。さらに,2015年にはSDGs(持続可能な開発目標)が国連から提示されたことで,企業が社会課題に取り組む重要性はますます高まっている。そのため,芸術支援もその一つとして組み込まれはじめている。

(3) 経済と芸術の共通価値

Kotler and Lee(2005)が示した社会的責任のマーケティングは,事業の成功とCSRを両立するという視座を持ち,企業が社会的課題へ取り組むことが,多様なステークホルダーに対して,様々なプラスの影響を与えるという立場である。この立場をより明確にして,経済的価値と社会的価値はトレードオフなのではなく,同時に達成できるはずだと説いたのが共通価値(creating shared value: CSV)である(Porter & Kramer, 2011)。これに依拠すれば,企業は芸術を支援するという社会的価値を追求しつつ,自社の事業上の経済的価値も同時に追求することが期待できる。

一方で,芸術運営主体には商業的な利用への抵抗も少なくないと言われている。政府が芸術支援をする際に「金は出しても口は出さない」ことを「アームズ・レングスの原則」といい,芸術文化支援での最も重要な原則となっている(Sakamoto, 2019)。芸術支援の商業利用においても同様の考え方を持つ芸術組織は多く,特に,ファインアートやハイアートと呼ばれる高尚なアートにおいて,過度の商業利用は芸術サイドから厭われる傾向が見られる。

このような中,アートの内容には干渉しすぎずに企業にとってのリターンを得ようとすることが模索されている。たとえば,Anastasio(2018)が示したパートナーシップモデルでは,スポーツやアートなどのスポンサーシップイベントの準備や実施段階において,支援側と被支援側が互いにメリットがある形で関わり,協力していくものであるという。これにより従業員のスポンサーシップに関するエンゲージメントが,インターナル・マーケティング効果をもたらすことが示されている。

2. アート自体が企業活動にもたらす3つの機能

コミュニケーション・メディアとしての役割を果たしうるスポンサーシップの対象は,アートだけではなくスポーツによっても可能である。だが,アートには固有の機能がある。それは,真正性を表現する機能,イノベーションを誘発する機能,倫理センサーとしての機能の3つである(Kawakita & Sonobe, 2022)。

1つ目は,真正性を表現する機能である。真正性(Authenticity)とは,対象に対してどれくらい「本物であるのか」を示す概念(Tanaka, 2013)である。真正性をどのように作り出せばよいかというと,アートを製品に直接組み込むだけでなく,アートをブランドの世界観に利用することでブランド価値を作り出すことができるとされている(Gilmore & Pine II, 2009)。アートはブランドや製品・サービスの世界観を作り出すことができるのである。

2つ目は,イノベーションを誘発する機能である。アート(芸術)の多様な定義の中に「未知のもの」を強調する立場がある。Akimoto(2019)によると,芸術体験は「常識からの逸脱行為」であり,現代アートにとっては「わからない」ことはむしろよいことであるという。なぜなら「わからないもの」に接することで鑑賞者の思考が促されるからである。

3つ目は,倫理センサーとしての機能である。たとえば多様な価値観や視点を持つ現代アートの鑑賞は,従業員に多元的な視点をもたらす。それにより,従業員は自社内の常識と世間の常識とのズレを認識できる。倫理的には良くないにもかかわらず,組織のためと信じて実行してしまう非倫理的組織行動(Umphress & Bingham, 2011)が存在する。組織がこうした行動を抑止するためには,「倫理的におかしい」と感じるセンサーが重要である。

3. パブリック・リレーションズの視座

本稿はパブリック・リレーションズの視座から,ステークホルダーとの関係をつくるアートプレイスに焦点を当てている。「パブリック・リレーションズとは組織体が社会とのよりよい関係性を構築し維持すること」(Sekiya, 2022, p. 5)であり,日本語では広報と訳される。ステークホルダーとの関係構築の目的は,組織を広く認知してもらうことや,自社への投資や資金援助,レピュテーションの獲得,採用など組織によって様々なものがある(Sonobe, 2022)。

マーケティング・コミュニケーションの場合は顧客を相手にした認知や好意獲得といった短期的な目標を持つことが多いが,パブリック・リレーションズの場合は取引先や従業員,企業が拠点とする地域の人々など,多種多様なステークホルダーからのレピュテーションの獲得を目標とする(Sekiya, 2022)。つまり,前者は消費者の心理変容を求める短期的・直接的な効果に,後者は長期的・間接的な効果に重きが置かれている。アートプレイスに集う人々は,直接製品を購入する顧客以外にも,企業を取り巻く様々なステークホルダーを含んでおり,それぞれとの関係を深めていくことによって,次第に企業への好意的な態度を持つステークホルダーが増えていくことが考えられる。

4. メディアの変化

本稿で取り上げるアートプレイスは,ステークホルダーとのコミュニケーションの場であり,ハブとしての機能を有する場合もある。このメカニズムを考えるために,場(プレイス)のメディア機能について整理していく。最初にメディアの位置づけを整理し,次に近年の使い方によるメディア分類PESOモデルについて述べ,本稿のメディアの分類の基礎とする。

(1) ビークルから場(プレイス)へ

インターネットが普及する以前,マーケターが利用してきたコミュニケーション・メディアは,テレビや新聞などのマスメディアが中心であった。インターネットが普及してからは,ネット上のメディア利用が増加しその影響力が高まっている(Kawakita, 2022)。2020年に発生したコロナ禍で人々を繋いだのはSNSなどインターネットメディアであった。そこでは双方向コミュニケーションが可能になったものの,やはりウエブマガジンや動画配信では一方向の性格が強いといえるだろう。

その一方で,これまで空間系メディアは,マスメディアの存在感と比較すると注目度は高くなかった。空間系メディアとは,劇場,競技場,映画館,コンサートホール,イベント会場など(Mikami, 2004)を指し,人々が直接出会う場である。しかし,コロナ禍によって,人々が出会う機会が大きく制限を受けると,ネット上のコミュニケーションだけでは不十分であるという認識が広がり,同じ空間にいる意味が改めて認識されてきた。実店舗やイベント会場などのリアルな場所で人々が実際に出会うことで,人々が共創し,コミュニティが生まれるといった価値を生み出すことがあるからだ。こうしたコミュニケーションを行う場は,マスコミ4媒体の登場よりもはるか昔から存在する(Mikami, 2004)。

マーケティング・コミュニケーションでは,マスコミやインターネットなどのマスメディアに注目した研究が数多くある(たとえばRossiter & Bellman, 2005)。その一方で,情報過多の世の中で自分が関わる場(プレイス)が,人々にとって特別な場となり,そこに参加する企業とのつながりが育まれてきていることに,それほど注目してこなかった。企業がプレイスでステークホルダーと丁寧につながっていくことは,企業ブランドへの好意を高め,愛着を深めることに繋がるため,企業にとってその利用を検討する余地があるだろう。

(2) PESOモデルとメディアのコントロール可能性

近年,テレビ,新聞,ラジオ,雑誌という4媒体というメディア分類が利用しにくくなった。広告出稿だけではなくパブリシティ提供やタイアップなど,多様な使い方をするからである。そこで,マーケティングの世界では,利用の仕方を基にした分類が使われるようになってきている。その1つが,メディアをペイド(Paid),アーンド(Earned),シェアード(Shared),オウンド(Owned)の4つに分類したPESOモデル(Bartholomew, 2010)である。有料で時間やスペースを買う広告をペイド,報道や番組で取り上げられることをアーンド,生活者によるSNSでの露出や対面でのクチコミをシェアード,企業やブランドによって管理されたウエブサイトや企業アカウントなどをオウンドと呼ぶ。

この中で,マーケティングサイドが露出をコントロールできるのは,媒体料を支払うペイドメディアと自社で運営するオウンドメディアだけである(Kawakita, 2022)。アーンドとシェアードをコントロールしようとすることは無理があり,それをすると,ステルスマーケティングと呼ばれ批判を受けることもある。そのため,本研究では露出のコントロールが比較的容易なペイドとオウンドという2つのメディア形態に着目する。

(3) オウンドメディアとペイドメディア

ペイドメディアの一つであるテレビ広告について考えてみよう。テレビ番組に広告出稿する場合は,番組というコンテンツに惹きつけられたオーディエンスに対して自社CMを見てもらうことになる。CM内の表現は自社で制作できるが,番組全体の内容をコントロールすることは通常できない。一方,オウンドメディアとして自社のHP上に動画などの番組を制作してアップロードする場合,番組内容をコントロールすることは可能である。もちろん,自社で制作するための手間やスキル,コストが必要となるが,自社が目指す世界観を表現するコンテンツを作りあげることができる。

ただし,そうしたオウンドメディアにアップロードした番組は,自社が目指す世界観にこだわり過ぎてしまうと,オーディエンスにとっての魅力が低下する可能性もある。その場合,オーディエンスにとってコンテンツ自体への魅力がよほど高いものでなければ,そこへ訪れる人数を増やすことは困難となるだろう。このように,ペイドメディアとオウンドメディアは,いずれも露出のコントロールが可能ではある(Kawakita, 2022)が,コンテンツのコントロールという点では異なる。オウンドメディアは,設備投資や維持費などのコストが莫大にかかるものの,コンテンツのコントロールが可能なのである。

第三者による推奨効果が期待されるアーンドメディアやシェアードメディアと比べた場合でも,オウンドメディアには優れた点がある。企業の広報担当者がプレスリリースや記者発表で情報提供したとしても,その意図した視点とは異なる切り取り方をされ報道されることは少なくない。専門家の記者や制作担当は,自社の視点から報道するからである。アーンドメディアで偏見なく報道してもらうことが難しくなっているのである。また,企業は衆人環視にさらされておりSNSで炎上する例も少なくない。それゆえ,企業の立場から発信し,さらに他のステークホルダーの声を聴くオウンドメディアは,ますます重要になっていると言えるだろう。

5. 企業の芸術支援のコミュニケーション効果

前述したように,芸術支援は広告としてのスポンサーシップと,見返りを求めない純粋な社会貢献との間で揺れ動いてきたが,その両方を同時に満たすこともあり得ることが示された。実際に,ビジネスにもたらす効果が具体的にどのようなものなのかを,外部への効果と内部への効果という2つに分けて考えていく。

(1) 外部のステークホルダーへのインパクト

外部のステークホルダーに対する影響は,ブランドのイメージ転移の考え方に依拠している。消費者ブランド・イメージとは消費者の記憶に蓄積されるブランドに関する個人的な意味のことであり,ブランドは他の事象と結びつくことによって,二次的連想をもたらす(Keller, 2003)。アートには,地位や富のシグナルを意味するプレステージ(Vigneron & Johnson, 1999)が備わっていると考えられる。

このプレステージがブランドなどの他の事象のイメージ変容をもたら影響は波及効果(spillover effects)の一種である。波及効果は,店舗内の音楽(Gorn, 1982)や香り(Spangenberg, Crowley, & Henderson, 1996)のほか,ビジュアルアートも該当する(Hagtvedt & Patrick, 2008)。アートは真正性に関わっているため,アートの高品質なイメージと結びつけることによって,自社製品やサービスを差別化し(Lund & Greyser, 2015),プロモーションに活用することなどが可能となる(たとえば,Cornwell, 2020)。

(2) 内部資産に影響するアートへの投資

アートとビジネスとの関係を研究したLewandowska(2015)は,単なるスポンサーシップではない,芸術組織とのコラボレーションは,創造性と学習を促し,コミュニティとステークホルダーとの良好な関係を生み出すことを明らかにした。

また,Comunian(2009)は,芸術支援の目的が,製品そのものや製品の付加的な価値,生産プロセスに影響する可能性を指摘している。スポンサーシップによる直接的な競争優位を第1レベル,差別化をベースにした市場における持続的な競争優位とそれによってもたらされる優れた業績を第2レベル,そして,生産,研究開発,人的資源など組織内の資産への影響を第3レベルとしている。特に,組織内部への影響については,近年,組織内の人々とアーティストとの相互作用を生み出すことを意図的に作り出そうとする動きを,アートベースのトレーニング,あるいはアーティスティック・インターベンションとして研究されている(たとえば,Berthoin Antal, 2012; Meisiek & Barry, 2018)。これら内部への効果に関する研究は,アートが持つイノベーションの誘発材としての役割に言及するものが多く,アートのある場での交流が重要となってくることを示唆している。

(3) アートへのビジネス投資の類型化

Comunian(2009)はアートへの投資の事例を分析するために2つの中心的次元を用いて四象限の類型化を試みている(図1)。1つ目の次元は空間的焦点「外部/内部」であり,2つ目は時間的焦点「長期的/短期的」である。AとBは外部のステークホルダーに対してよいイメージを持ってもらい,ブランディングにつなげていくことに焦点をあてるものである。Aはイベントや展覧会のスポンサーシップなど比較的短期的な視座に立っているのに対して,Bは文化組織やアート組織とのパートナーシップなど長期的な視座に立っている。CとDは,内部のステークホルダーに注目している。Cが一定期間特定の芸術家を支援するアーティスト・イン・レジデンスのような短期的なものであるのに対して,Dがミュージアムの運営や企業によるアートコレクションのような,長期的なものである。

図1

Comunianのアートへのビジネス投資戦略の類型化

出典:Comunian(2009)に加筆

ただし,この分類軸はアプリオリには決定できない。なぜならば,この識別は厳格なものではなく,一つのプロジェクト投資が外部と内部の両面に関わる場合はあり(Comunian, 2009),期間についても短期間のものが長期になる場合や逆もありえる。つまり,2つの軸の両方が,ある程度プロジェクトが行われたあとでしか識別できず,分類フレームとして事前に利用することは難しい点が課題となる。

III. 本稿のモデル

1. アートプレイスの類型化

アートプレイスのメディアとしてのコミュニケーション効果を検討するために,多様な取り組みを一律に考えることには無理がある。そこで,アートプレイスの形態によって分類することで,その特性を識別し,コミュニケーション効果の違いを説明するモデルが必要となる。Comunianの分類における課題を踏まえ,アプリオリに分類をすることができるよう,構造的な側面から分類をする。所有形態(オウンド/ペイド)と相互作用性(高/低)の2つの次元により,4つのアートプレイスへと分類する(図2)。

図2

アートプレイスの類型化

出典:Kawakita and Sonobe(2022)より

1つ目の次元は,所有形態である。企業が自ら所有し運営するものをオウンド・アートプレイスとし,他の芸術組織が運営しているものに支援する場合をペイド・アートプレイスとした。先に述べたように,PESOの中でも,アーンドメディアやシェアードメディアは企業側で内容をコントロールしにくいのに対して,オウンドメディアやペイドメディアにおいて露出は,企業側でコントロールができる。これは空間系メディアであるアートプレイスにおいても同様である。ただし,コンテンツを編集できる権利が企業側にあるのはオウンド・アートプレイスであり,ペイド・アートプレイスの場合コンテンツ部分にまでは踏み込みにくい。オウンド・アートプレイスの場合は,美術館やコンサートを自ら運営するものであり,その手間だけでなく美術展をキュレーションする能力やコンサートを企画する能力も必要となる。そのため,比較的長期的な取り組みとなりやすい。

2つ目の次元が,相互作用性である。相互作用性が高いものを交流型,低いものを鑑賞型としている。近年のメセナの取り組みを見てもわかるように,様々なステークホルダーがそこに居ることで,相互作用が生まれていく状況を作り上げている場合が見られる。伝達範囲は狭く,限られた人数となってしまうが,そこで人々の交流を促すことで得られるコミュニケーション効果がありそうである。一方,鑑賞型の場合は大勢のオーディエンスが一度にコンサートを聴いたり美術館を訪れたりといった場合である。相互作用は低いものの,伝達範囲は広くなっていく。

2. 4つのタイプのアートプレイス

(1) 鑑賞型オウンド・アートプレイス

美術館やコンサートホールなどを,企業自ら所有し運営する形をとるのが,鑑賞型アートプレイスである。オーディエンスが芸術を鑑賞しにくるタイプの場所であり,比較的多くのオーディエンスへのリーチが可能である。企業によってキュレーションされたオリジナルコンテンツによって,企業らしさを人々に提示することができる。ブランド価値の表現や企業理念の伝達といったことも可能だろう。

企業が所有することになるため,長期にわたる支援の覚悟が必要となる。また,運営の手間がかかり専門性の高い人材の雇用も必要となる。サントリー美術館などがこの鑑賞型にあたる。そこでは,企業独自のオリジナルコンテンツが披露され,オーディエンスはそれを鑑賞することで,企業ブランドや企業理念への親しみを深めていくことになる。

(2) 交流型オウンド・アートプレイス

一般の鑑賞者だけでなく地域の人々,社員,アーティストなどが集まる場を,企業自らが運営する形をとるのが,交流型オウンド・アートプレイスである。そこでは,アートを中心にした交流を通じて,企業と地域の方と来館者の間で様々な関係が生まれる。パブリック・リレーションズが求める「関係をよくする」ことに寄与する場である。

交流が生まれる場であるためには,多くの運営側の手間がかかる上に,一度に多くの人々へのリーチは望めないものの,より深い関係を作り出すことができるだろう。また,企業自らがコンテンツをキュレーションできるため,自社らしい取り組みへの支援が可能となる。たとえば,トヨタ・コミュニティ・コンサートは,アマチュア・オーケストラを支援する場であるが,その支援活動中にトヨタ自動車と地域の販売店とが協働することでつながりが作られる(Kawakita & Sonobe, 2022)。

(3) 鑑賞型ペイド・アートプレイス

アート組織あるいはイベントを支援する形が,鑑賞型ペイド・アートプレイスである。従来型のスポンサーシップの多くがこの形であり,専門人材を自社に抱えず資金援助により専門性の高いアートに関わることができる。企業からの支援で,多くの芸術組織が生存可能になっている点でも,芸術組織にとっても重要な支援のタイプである。

比較的広いオーディエンスへのリーチが可能であり,また,そこに訪れるオーディエンスは芸術を好む知識層が多く,企業独自のルートでは接触が難しい層にアプローチできるという点も指摘されてきた(Lund & Greyser, 2015; Quester & Thompson, 2001など)。たとえば,大和証券グループ presents ウイーンフィルハーモニーウィークジャパンなどがそれに当たる。そのチケットがプロモーションに使われることもあった。

(4) 交流型ペイド・アートプレイス

アートを専門とする組織へのスポンサーとなり,そこでの交流に社員が参加していく形を,交流型ペイド・アートプレイスとする。鑑賞型をベースにしている美術館や文化施設の交流型プログラムがこれにあたる。また,近年では企業人材にアーティストの刺激を提供する研修目的のプログラムが運営されており,これも交流型ペイド・アートプレイスにあたるだろう。

限られた人数との交流となるが,自社だけでは接触しえないアーティストや他組織の人々との交流ができる。自社で運営する必要がないため,専門人材も必要ではなく,比較的短期的な取り組みも可能となる。たとえば,大原美術館は基本的には鑑賞型をベースにしながらも,多くの後援企業が協賛することで美術館を支えており,美術館をハブとした交流が地域の力となっている(Kawakita & Sonobe, 2022)。これらの特性については,表1にまとめている。

表1

アートプレイスの形態による特性の違い

出典:Kawakita and Sonobe(2022)より

IV. まとめ

本稿では,これまでの研究では明らかにされてこなかったアートプレイスという空間系メディアの特性を整理することができた。所有形態(オウンド/ペイド)と相互作用性(高:交流型/低:鑑賞型)の2つの次元による類型化は,アートプレイスの構造からの分類でありそこからメディア特性が導き出された。鑑賞型は一方向に向かって発信していく要素があるためより広いリーチが可能であるのに対して,交流型は限られた範囲であるが深い交流が可能である。オウンド・アートプレイスは手間がかかり長期的な取り組みとしての覚悟が必要となるが,オリジナルのコンテンツによりその企業ブランドらしさや経営理念を伝える手段ともなりうる。ペイド・アートプレイスは,専門性の高い芸術に関わることができ,自社だけではアプローチできない層との接点を持つことができる。また,短期間での取り組みもしやすい。これらにより,多くのステークホルダーとの関係構築の多様な可能性が導き出された。

本稿の貢献は,人々との関係を大切にするパブリック・リレーションズの視座から,アートプレイスを新たなメディアとして位置づけ,その特性や効果を理論的に整理した点にある。また,このフレームからは芸術組織のファンドレイジングにおいても,様々な可能性を導き出せる。これまでのように資金をもらうだけでなく,資金提供者との交流の場を提供していくということの意義を提示できた。

本研究の限界は,このフレームを用いての実際のコミュニケーション効果についての詳細な事例や定量的な結果を提示できていないことである。さらなる検討が必要であろう。これまでの事例研究(Kawakita & Sonobe, 2022)だけでなく,さらに多くの事例をもとに具体的な効果の検証が待たれる。たとえば,消費者のブランド態度や組織内人材の態度などを従属変数にした定量分析を行うことが考えられる。さらに,アートとビジネスの関係について海外での事例,政府の文化政策と企業による支援の関係,芸術組織の資金獲得,企業とコミュニティにとっての芸術祭など,学際的な研究へと発展が可能である。

謝辞

本研究は科研費20K01946の助成,ならびに南山大学2022年度パッへ研究奨励金I-A-2,南山大学経営研究センター2022年研究プロジェクトの助成を受けたものである。心からの感謝を申し上げたい。

川北 眞紀子(かわきた まきこ)

筑波大学芸術専門学群卒業。慶應義塾大学経営管理研究科博士課程修了。博士(経営学)。学部生時代は日本画を専攻。リクルートに入社後,広告事務所を主宰。豊橋創造大学准教授,中部大学准教授,南山大学准教授を経て現職。

薗部 靖史(そのべ やすし)

早稲田大学商学部卒業。一橋大学大学院商学研究科博士後期課程修了。博士(商学)。同研究科ジュニアフェロー,高千穂大学商学部助教,准教授,東洋大学社会学部准教授を経て,現職。専門はマーケティング・コミュニケーション,広告およびPR。

References
 
© 2023 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
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