Japan Marketing Journal
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Review Article / Invited Peer-Reviewed Article
Secret Consumption:
Review and Future Research Agenda
Shunta Rokushima
Author information
JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2023 Volume 42 Issue 4 Pages 58-66

Details
Abstract

本論文は,秘密消費に関する既存研究を整理し,それらの貢献と限界を提示した上で,今後の研究の方向性を検討する。秘密消費とは「他者に対して情報を隠そうとする意図を持っている状態での消費」のことを指し,本論文では特に,そこで意図的に隠される情報を指す「秘密内容」概念について議論する。具体的には,まず,既存研究を「秘密消費の動機」「秘密消費が消費者に与える影響」「秘密消費の実践的側面」の3つに分け,それらの貢献と限界を整理する。次に,これらの限界を克服することを妨げる可能性のある,「秘密内容」概念の概念的混同という課題について説明する。そして本論文では,その解決のために2つの下位概念「個人的秘密内容」と「集団的秘密内容」を区別した上で研究を進める必要があることを述べる。最後に,上述した2つの下位概念を峻別することによって発展が見込まれる,今後の研究の方向性を提示する。

Translated Abstract

This paper presents a literature review that organizes studies on secret consumption and evaluates their contributions and limitations, in order to consider directions for future research. Secret consumption is defined as “consumption with the intention of concealing information from others.” The paper particularly focuses on the notion of “secret,” which refers to the information itself that is intentionally concealed. The paper is structured as follows. First, studies are divided into three categories: “motives for secret consumption,” “effects of secret consumption on consumers” and “practical aspects of secret consumption,” and each of their contributions and limitations is summarized in turn. The following section addresses the conceptual confusion of “secret” as a challenge that may prevent overcoming the identified limitations in the literature review. More specifically, the paper argues for further theoretical development with regard to the need to distinguish between two sub-concepts of “secret”: “individual secret” and “collective secret.” Finally, the paper suggests directions for future research by making a distinction between these two sub-concepts.

I. はじめに

本論文の目的は,「他者に対して情報を隠そうとする意図を持っている状態(secrecy)での消費」である秘密消費(secret consumption)の研究の発展のために,(1)これまでの研究を概観し,その貢献と限界を整理した上で,(2)「秘密内容」概念に関する課題を議論することである。そして,(3)今後の秘密消費の研究の方向性を検討することである。

「人々が,他者に対して情報を隠そうとする意図を持っている状態」を指すsecrecyと,そこで「意図的に隠されている情報」自体を指すsecretは,消費者の行動・態度・性向に影響すると指摘されており(Lane & Wegner, 1995),その影響や活用方法はマーケティング領域で検討すべき重要なテーマである。secrecyとsecretは,日本語では,同じく「秘密」と翻訳されることが多いため,本論文では前者を「秘密意図(secrecy)」,後者を「秘密内容(secret)」と呼ぶ。

秘密意図や秘密内容に関する体験は,人間にとって一般的なものあり(Vrij, Nunkoosing, Paterson, Oosterwegel, & Soukara, 2002),これまで宗教,政治,心理状態,対人関係,家族といった様々な分野で研究されてきた(e.g. Easterling, Knox, & Brackett, 2012; Khara, Riedy, & Ruby, 2020; Lane & Wegner, 1995; Simmel, 1906, 1908; Vangelisti, 1994)。マーケティングや消費者行動研究の領域では1990年頃から研究されるようになり,近年研究が増加している(e.g. Dretsch, & Raid, 2021; Slepian, Chun, & Mason, 2017; Rodas, & John, 2020)。しかしながら,マーケティング領域においては依然として研究の蓄積が豊富にあるとは言えない状況であり,秘密消費の理解と,それらの研究成果のマーケティング実践への応用のためには,さらなる研究が必要である。

また,第III節で詳述するように,秘密消費の既存研究は,個人レベルの秘密内容と集団レベルの秘密内容を区別できていないという概念的混同の課題がある。この2つの秘密内容は「消費者と他者の関係の有り様」という観点で,正反対の意味を持っている。そのため,これらを区別せずに用いることは,研究者に事例やアプローチの選択を誤らせたり,また,関連する領域への貢献を曖昧にしたりする可能性がある。そこで本論文は,それらを概念的に峻別することが秘密消費の研究の発展に寄与することを述べる。

本論文の構成は以下である。まず第II節では,これまでの研究を概観し,それらの研究の貢献と限界を整理する。次に第III節では,秘密内容に関する概念的課題について議論し,この課題解決のためには「個人的秘密内容」と「集団的秘密内容」を区別する必要があることを指摘する。第IV節では,この秘密内容に関する2つの下位概念に基づきながら,今後の研究の方向性を検討し,本論文のまとめとする。

II. これまでの秘密消費の研究の整理

マーケティングおよび消費者行動領域では,心理学や社会学を応用して,1990年頃から秘密消費の研究が行われ始めた。これまでの研究は(1)秘密消費の動機,(2)秘密消費が消費者に与える影響,(3)秘密消費の実践的側面を明らかにしようとするもの,の3つに大別することができる。以下ではそれぞれの研究を概観し,その貢献と限界を説明する。

1. 秘密消費の動機

第一の研究潮流が「秘密消費の動機」に関する研究である。この研究潮流は,自由形式の質問票調査や深層インタビューを実施し,定性的に分析するもの(Goodwin, 1992; Rokushima, 2022),またサーベイ実験などを通して定量的に分析するものがある(He, Jiang, & Gorn, 2022; Thomas & Jewell, 2019; Thomas, Jewell, & Johnson, 2015)。

消費を隠す動機の先駆的研究であるGoodwin(1992)は,質問票調査を実施し,「当該消費者や他者が抱いている自己イメージの間の矛盾」を低減・回避したいという願望が消費を隠す動機になることを明らかにした。具体的には,他者の批判・失望・心配,自身の動揺・恥ずかしさ・罪の意識といった「否定的な結果を回避したい」という動機(以下,「ネガティブ動機」と呼ぶ)が主に提示されたが,体験的な喜び(e.g. 音楽をヘッドホンで一人きりで聴く)のような「隠していることで受けられる恩恵を保護したい」という動機(以下,「ポジティブ動機」と呼ぶ)についても一部言及された。Rokushima(2022)はこのような示唆に基づいて深層インタビューを実施し,ネガティブ動機の再認に加え,付加価値・消費ペースの管理・安定供給の確保(独占)・自己概念といったポジティブ動機を補完した。上述した2つの研究は定性的なアプローチによる研究であるが,定量的なアプローチによる研究においても,社会的注目を回避するため(He, Jiang, & Gorn, 2022),所属集団の嗜好と個人の嗜好が対立する場合に,制裁から逃れながら自身の消費行動を存続させるため(Thomas et al., 2015)といった動機が確認されている。これらはネガティブ動機とポジティブ動機の両方を含んだ表現であると解釈することができる。

以上のように,既存研究は,秘密消費の動機には,大きく,ネガティブ動機とポジティブ動機の2つがあり,さらに消費者はそれらを同時に複数有している可能性があることを明らかにしてきた。すなわち,秘密消費は消費者に「望ましくない他者を遠ざけながら,同時に心地よい消費環境を整える手段」として認識されている可能性がある。秘密消費の動機の研究は,このような消費者の内面を明らかにし,秘密消費が意図的に活用される消費形態であることを明らかにした点に貢献が認められる。ただし,後述する「秘密内容の概念的混同」という課題が意識されていないため,アプローチや手法の選択,それから結果の解釈の妥当性といった点に,限界があると指摘できる。

2. 秘密消費が消費者に与える影響

第二の研究潮流が,近年,秘密消費の研究において盛んに研究されている,「秘密消費が消費者に与える影響」に関する研究である。この研究潮流は,心理学の研究を基盤に発展しており,実験室実験やサーベイ実験といった手法によって,秘密消費と消費者心理や消費者行動の因果関係を明らかにしている。この研究潮流のきっかけとなった代表的な研究が,認知心理学領域で秘密意図と人間の意識の関係を研究したLane and Wegner(1995)である。この研究は,(a)隠蔽のために秘密内容を意識しないようにすることが,(b)むしろその秘密内容に意識を向けることになり,その結果(a)と(b)のサイクルを繰り返してしまうという秘密の没頭モデル(preoccupation model of secrecy)を提唱した。すなわち,秘密意図がある場合,消費者の秘密内容への関与が高くなる。

既存研究を概観すると,秘密消費が消費者に与える影響には,ポジティブなものとネガティブなものの両方があることが示唆されている。ポジティブな影響として,Rodas and John(2020)は,秘密意図が,肯定的な製品評価や製品選択に正の影響力を持つことを明らかにしている。またBrick, Wight, and Fitzsimons(2022)は,秘密消費と対人関係の関係を研究し,恋人に対して消費を隠すことは罪悪感を高めるが,その罪悪感を抑えるためにプレゼントへの支出を増加させ,結果的に満足度の高い対人関係の形成につながることを明らかにしている。また,Thomas and Jewell(2019)は秘密の没頭モデルのプロセスによって,消費者の自己とブランドの結びつきが促進されることを明らかにしている。

ネガティブな影響については,まだ消費の文脈では十分に検討されているとは言えないが,認知心理学や健康心理学領域の研究において,その影響が検討されてきた。既存研究では,秘密意図があることは精神的・身体的な幸福感(well-being)を低下させる可能性があることが指摘されている(Kelly, 2002; Slepian, Halevy, & Galinsky, 2019; Slepian, Masicampo, & Ambady, 2014; Uysal, Lin, & Knee, 2010)。秘密内容が何であるかに関係なく,それを他人に隠すことは認知的・感情的資源を必要とするため(Kelly, 2002; Lane & Wegner, 1995; Pennebaker, 1989),秘密消費は消費者に重荷として知覚される可能性がある(Slepian, Camp, & Masicampo, 2015)。Slepian et al.(2019)の研究では,単に伝えない個人情報と比較して,秘密について考えることが,孤立と所属の願望を対立させ,間接的に消費者の疲労体験を増大させることを明らかにしている。また,Slepian and Bastian(2017)は,罪の意識を伴う秘密意図は,個人に自己処罰(快楽の否定と苦痛の追求)を増加せることを明らかにしている。ただし,このようなネガティブな影響は,秘密内容を共有することで軽減されると考えられる(Rodriguez & Kelly, 2006; Slepian et al., 2014)。

以上のように,秘密消費が消費者に与える影響の研究は,定量的に消費者の認知プロセスや,消費者行動との因果関係を明らかにしてきた。心理学を研究の基盤としているため実験室実験やサーベイ実験によるものが多く,実際の「文脈」を想定した研究の不足が限界として挙げられる。その一方,秘密意図や秘密内容といった概念を消費文脈で検討することの意義を提示し,近年の消費研究の増加に貢献していることが認められる。

3. 秘密消費の実践的側面

第三の研究潮流が「秘密消費の実践的側面」に関する研究である。この研究潮流は,深層インタビューや,自由記述の質問票調査などによって,実際どのような消費やブランドが秘密内容の対象となっているのか,消費者はその秘密内容をどのように認識しているのか,どのように秘密内容が隠され,どのように管理するのかといった消費実践(consumption practice)に着目している。

消費者とブランドの間に形成される心理的な結びつきに関心を寄せるブランド・リレーションシップ研究においては,注目すべき心理的な結びつきの1つとして秘密の関係性(secret affair)がしばしば言及される(Alvarez & Fournier, 2016; Fournier, 1998; Fournier & Alvarez, 2013; Miller, Fournier, & Allen, 2012)。Fournier(1998)は3人の女性に長期インタビューを行う中で,職場のデスクに隠して食べるキャンディ(Tootsie Pops)が,愛着を感じながらも,一時的な関係性とみなされている様子を記述している(p. 354)。Miller et al.(2012)では,秘密の関係性とみなされる具体的なブランドやその傾向を調査し,マルボロ(タバコ),バドワイザー(ビール),トロジャン(避妊具),ペレスヒルトン・ドットコム(芸能ゴシップブログ)1)といった「特定の社会でそのようなものの消費が否定的な属性に結びつけられる傾向があるもの」や,タンパックス(生理用品),クリニカル・ストレングス(体臭消臭剤)といった「恥ずかしさなどを引き出すプライベートなもの」が挙げられる傾向にあることを明らかにしている。

この研究潮流の研究によって,近年,認識されるようになってきたのが,秘密が共有されている他者の存在である。Dretsch and Reid(2021)は,ブランド秘密内容(brand secret),すなわち「ブランド(企業)やその消費者によって生み出される,特定の消費者に共有することを意図しながらも,その他の一般の人々には隠されている情報」(p. 462)に注目し,それを中心に形成される消費集団2)を「ブランド秘密内容小集団(brand secret micro-collectives)」として概念化した。非顕示的消費に関する研究によると,多くの人々が知らない・認識できない微妙なシグナル(subtle signal)を理解していることは,消費者にとってステータスとなる(Eckhardt, Belk, & Wilson, 2015)。このような微妙なシグナルは,全く知る人がいない状況では無意味であるが,特定の人々の間でだけ共有されている場合には,価値あるものとみなされる。そのため,目立ったロゴのないシンプルなシャツ(Berger & Ward, 2010)や,限られた人しかアクセスできないオンライン・ショップや裏メニュー(Dretsch & Raid, 2021)なども秘密消費の対象になりうる。

以上を踏まえると,秘密消費の対象となるものは多種多様であり,秘密消費においては製品・サービス・ブランドそのものの特徴よりも,「どのような消費者が,どのような状況において消費を行っているか」といった文脈(context)が重要になることが分かる。例えば,日本の飲食店において友人と飲酒していたとしても,通常,秘密消費になることはないが,感染症対策のために会食を控えるようにと所属組織から自粛を要請されている場合には,隠すべきこととみなされる。このように秘密消費の理解における文脈の重要性を示した点で,この研究潮流の貢献が認められる。ただし,この種の研究は上述した2つの研究潮流に比べ量が少なく,今後はさまざまな文脈(e.g. オンライン/オフライン)の違いを意識しながら研究を積み重ねる必要がある。

4. まとめ:既存研究の貢献と限界

本節では秘密消費に関する既存研究を概観し,その貢献と限界の整理を行なった。3つの研究潮流からは,秘密消費が単純な購買,使用,処分のプロセスではなく,複雑な心理状態を伴って行われることが読み取ることができる。そして自己・動機・他者の存在・社会規範といった文脈を踏まえ,現象を分析する必要があることが明らかになった。

ここで,上述した研究全体に共通する限界として,以下の発見を提示する。それが「既存研究のほとんどは,一部の研究(e.g. Dretsch & Raid, 2021)を除いて,暗黙的に個人レベルの秘密内容を想定している」という限界である。本論文は個人レベルの秘密内容を扱う研究が多いことを批判するものではないが,人々が「秘密である」と語るものの多くは,実際はほとんどの場合,1人以上の他者に共有されているという研究結果があり(Vrij et al., 2002),これを踏まえると,既存研究は「秘密が複数人で管理されている」という側面を議論できていない,と指摘することができる。

次の第III節で詳述するが,秘密内容が,完全に個人の内でとどまっているか,それとも特定の人々に対して共有しているかは,「消費者と他者の関係の有り様」という観点で正反対の意味を持つ。これらの混同は,秘密内容とは何なのか,という研究の根本を揺るがす懸念がある。そこで第III節では,秘密内容の概念的課題について述べ,個人レベルの秘密内容と集団レベルの秘密内容を峻別する必要があることを説明する。

III. 秘密内容の概念的課題と下位概念

前節では既存研究の多くは,暗黙的に,個人レベルの秘密内容を想定していることを指摘し,秘密が複数人で管理される側面を議論できていないと指摘した。以下では,このような既存研究の想定と現実のギャップから生じる概念的課題を説明し,この課題を解決するためには「秘密内容」概念の下位概念である「個人的秘密内容」と「集団的秘密内容」を峻別する必要があると指摘する。

1. 秘密内容の概念的課題

「意図的に隠されている情報」である秘密内容(secret)を取り扱う秘密消費の研究に対して,「隠されているから秘密内容なのであって,研究対象として取り上げ,それを明かすことができる時点で,秘密内容はもはや秘密内容ではないのではないか」という指摘を受けている。このような指摘には,既存研究では,匿名性が担保された自由記述の質問票調査を実施したり(Miller et al., 2012),深層インタビューを行う場合には,過去の体験について尋ねたりすること(Rokushima, 2022)で対処してきた。このような指摘を受ける原因と本論文が考えているのが,既存研究にみられる「概念的混同」である。秘密内容概念には性質の異なる2つの下位概念,「個人的秘密内容」と「集団的秘密内容」があるにもかかわらず,既存研究ではこれらを概念的に区別して用いられることはほとんどない。これらの混同による問題は,上述したような読み手の混乱を招くだけでなく,例えば,第II節2項で概観した「秘密消費が消費者に与える影響」を検討する際に,消費者によって何が秘密内容であるかの認識が全く異なっており,その結果,異なる影響が表れたりする可能性がある。以下では2つの下位概念について説明し,それらを概念的に峻別することが秘密消費の研究の発展に寄与することを述べる。

2. 秘密内容の2つの下位概念:個人的秘密内容と集団的秘密内容

1つ目の下位概念が「個人的秘密内容」である。本論文においては,個人的秘密内容を「意図的に他者に隠している,個人の行動・状態・経験に関する情報」と定義する。もう1つの下位概念が「集団的秘密内容」である。本論文においては,集団的秘密内容は「特定の消費者に共有することを意図しながらも,その他の人々には隠している,個人または集団の行動・状態・経験に関する情報」と定義する。

社会学分野において「相互作用」に注目し,社会科学における定性的研究の発展に影響を与えたゲオルク・ジンメル(Georg Simmel)は,その主要著書のひとつである『社会学(Soziologie)』の第5章において,秘密(secrecy, secret)の性質とそれに基づく集団について論じている。Simmel(1906, 1908)は,社会学領域における秘密意図や秘密内容に関する古典的文献であるが,今日の秘密消費の研究はSimmel(1906, 1908)の秘密内容概念に対する洞察を考慮できておらず,前述のような課題が生じている。そこで本論文は,Simmel(1906, 1908)の中で説明された秘密が持つ異なる性質を2つの下位概念として整理し提示する。

Simmel(1908)において,秘密の2つの異なる性質は「消費者と他者の関係の有り様という観点で,正反対の意味を持つ」(p. 68)と述べられている。個人的秘密内容は,利己的な個人主義の追求であり,すなわち「個人が他者から距離をとること」を意味する。個人的秘密内容は,それを有する個人が適切な管理を行っていた場合は,暴露しない限り,公になることはない。したがって,個人的秘密内容の終着点は「完全な隠蔽」であり,静的な性質を持っている。他方,集団的秘密内容は,その情報を知っている人間同士の相互関係を規定するものであり,すなわち「特定の他者と交流」を意味する。概念的には2人以上の人間の間で個人的秘密内容が共有された時点に始まり,それ以降は「隠されていない状態」に向かって進んでいく。したがって集団的秘密内容の終着点は「公開」であり,その状態に向かう過程の一時的な状態にすぎない。そのため,動的な性質を持つと考えられる。

集団的秘密内容をマーケティングおよび消費者行動領域で研究する場合は,さらに2つのタイプがあることを意識するべきである。1つは「消費者間秘密内容」である。このタイプは消費者だけによって管理3)が行われる秘密内容で,文脈の例としては,ブラジル人女性から構成されるセクシャリティ交流コミュニティ4)Mesquita & Pinto, 2020)が該当する。もう1つは「ブランド秘密内容」である。このタイプは集団的秘密内容の管理にブランド・マネージャーなどの企業側の人員が関わっているもので,文脈の例としては,スターバックスの裏メニューや,ナイキの秘密のオンライン・ショップ(Dretsch & Reid, 2021)が当てはまる。これらの違いについて検討した研究はまだ存在しないが,消費集団に関する研究(e.g. Arnould, Arvidsson, & Eckhardt, 2021; Canniford, 2011; Dretsch & Reid, 2021; Muniz & O’Guinn, 2001; Schouten & McAlexander, 1995)を踏まえると,目的・権威構造・持続期間などが異なる可能性があり,区別するべきだと本論文は考える。

これまでの秘密消費の研究においては,個人的秘密内容と集団的秘密内容がほとんど区別されていないが,「消費者と他者の関係の有り様」という観点で正反対の意味を持つため,秘密内容概念にひとまとまりにして研究を進めるべきではない。本論文は,両者を区別せずに研究を進めることは,適切なアプローチや分析手法の選択や,貢献できる関連領域などに曖昧さを生じさせ,秘密消費の研究コミュニティ内で学術的な議論が阻害されたり,隣接する領域の研究者や実務家に研究の貢献が不明瞭だとみなされたりする可能性を懸念する。2つの下位概念を峻別することは,このような懸念を緩和するだけでなく,また,秘密消費の文脈の判断についても,より概念的な根拠のあるものになると考える。

IV. 今後の研究の方向性

第III節では,秘密消費研究の発展を阻害する可能性のある秘密内容概念の課題を議論した。以下では,前節で峻別するべきだと指摘した個人的秘密内容と集団的秘密内容に基づきながら,今後の秘密消費の研究の方向性を検討する。

1. 個人的秘密内容の研究

個人的秘密内容の研究に関する強調点は,適切に集団的秘密内容を排除することである。集団的秘密内容と捉えることができるような可能性をできるだけ小さくすることによって,個人的秘密内容と消費者行動の因果関係や,個人的秘密内容の消費者心理への影響をより良く検討できるようになり,一般化可能性を高めることができる。

第II節2項でも述べた通り,個人的秘密内容のネガティブな影響についてはマーケティングおよび消費者行動領域では未だ研究されていない。罪の意識を伴う秘密意図は自己処罰的な消費を増加させる可能性があるため(Slepian & Bastian, 2017),例えば,秘密意図の保持や秘密内容への関与が,身体的・精神的な苦痛を伴うことが予想される過酷なレース,タフマダー5)Scott, Cayla, & Cova, 2017)などへの自発的な参加を促すかもしれない。このように,秘密意図や秘密内容によってもたらされたネガティブな影響を,消費者が消費を通してどのようにして解消するのかを明らかにすることは,既存研究の心理プロセスの理解以上に,マーケティングに寄与するものになると考えられる。

また,ポジティブな影響に関しても,既存研究は実験的手法によるものが多く,現実の文脈に即した経験的研究はほとんど行われていない。したがって今後の研究は,個人的秘密内容と集団的秘密内容と峻別した上で,現実の文脈に即した研究を定性的・定量的なアプローチの両面から進めるべきである。

2. 集団的秘密内容の研究

「秘密内容は多くの場合,特定の他者と共有されている」という側面は多くの人々が経験していることであるが,これまでの消費研究では検討されてこなかった。この側面は,秘密消費の研究におい未開拓の領域であり,今後研究が進められるべきである。以下では2つの方向性を提示する。

第一に「集団的秘密内容の発展プロセス」に関する研究である。第III節で述べた通り,(1)秘密内容は特定の人々の間で共有される場合があり,(2)そのような秘密内容(集団的秘密内容)は時間の経過によって意味や価値が変化する。秘密消費の研究においては,個人的秘密内容がどのように共有され,集団的秘密内容として広まり,そして最終的に,もはや秘密内容と言えない自明のことになるのか,といったことが検討されるべきである。この方向性は,これまでの静的な性質が想定されていた「個人的秘密内容」とは結びつかなかった文献(e.g. 製品ライフサイクル理論)と秘密消費の研究を結びつける可能性があり,秘密消費の研究の発展に寄与する可能性がある。

第二に「秘密内容が共有される他者」に関する研究である。既存研究は暗黙的に個人的秘密内容を想定してきたため,特定の他者へは共有されているという側面はほとんど注目されてこなかった。この点に言及する一部の研究では,家族,親友,パートナーといった親しい間柄の場合もあれば(Goodwin, 1992; Khara et al., 2020),イベントで一時的に出会った人やオンライン上で結びついている人のような比較的希薄な人間関係の場合もある(Dretsch & Reid, 2021)。比較的希薄な人間関係が形成される傾向にあるオンライン上のコミュニティとして,前述のセクシャリティ交流コミュニティでは,「一般の参加者」と,新たな参加者の承認や交流内容の監視を行う「管理者」が存在した(Mesquita & Pinto, 2020)。しかし,このような内部組織の形成は,メンバー同士の結びつきが比較的強いコミュニティに見られる特徴である(Schouten & McAlexander, 1995)。このように集団的秘密内容によって結びついている他者を当該消費者がどのように認識するのかは整理されておらず,さらなる研究が必要である。

3. 結論

秘密消費は,他者の批判・失望・心配,自身の動揺・恥ずかしさ・罪の意識といったネガティブな結末が連想されてきたが,近年では消費者行動へのポジティブな影響や,他者との交流のきっかけとなる可能性を示す研究が散見されるようになっている。今後の研究は,個人主義の追求を意味する個人的秘密内容と,当該情報を知っている人々の関係を規定するものとなる集団的秘密内容を区別して研究し,事例の選択,適切なアプローチや手法の選択,結果の解釈の仕方などに慎重になる必要がある。

謝辞

本論文の執筆にあたり,一橋大学・松井剛教授には,海外調査でお忙しい中,本文への細かなフィードバックをはじめ,懇切丁寧なご指導・ご鞭撻をいただきました。また,一橋大学・福川恭子教授には文献レビューの実践的な側面に関する指導だけでなく,執筆に関する相談にものっていただき,本論文を書き上げることができました。心より感謝申し上げます。

1)  アメリカ合衆国の男性ブロガー,ペレス・ヒルトン(Perez Hilton)が設立したウェブサイト。芸能人の恋愛事情,非難される言動,プライベートの写真や動画を中心に取り扱う。(『perezhilton.com』https://perezhilton.com/

2)  消費集団とは,「消費財,ブランド,その他の商業的シンボル,デジタル・プラットフォームの周囲に生じる社会的関係のネットワーク」を指し(Arnould et al., 2021),製品,ブランド,活動,消費イデオロギーへのコミットメントを共有する消費者から構成される(Cova & Cova, 2002; Muniz & O’Guinn, 2001; Schouten & McAlexander, 1995)。

3)  ここでの「管理」とは,「秘密内容が他者に容易に伝わらないように,仕組みや取り決めを意識的・無意識的に作り上げることによって,集団の外の人々には隠されている状態を維持すること」を指す。

4)  12,000人以上のブラジル人女性から構成される「セクシャリティ交流コミュニティ」では,12人の管理者によって参加者の選定,投稿内容の監視,コミュニティ内のルール設定が行われている。

5)  タフマダーは,100~150 kmにもわたって,火・水・電気・高所などの危険な障害物を超えていくアドベンチャー・レースである。参加費は140米ドル(約2万円)程度で,これまでに脊椎損傷,心臓発作,そしてときには死亡事故も起きている危険なレースである。それにも関わらず,2022年のイベントには10万人が参加している(https://onl.la/3ebRSdK)。

六嶋 俊太(ろくしま しゅんた)

2019年3月 大阪経済大学 経営学部 ビジネス法学科 卒業

2021年3月 一橋大学大学院 経営管理研究科 修士課程 修了

2022年12月 一橋大学大学院 経営管理研究科 博士後期課程 在籍中

References
 
© 2023 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
feedback
Top