Japan Marketing Journal
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Book Review
Kawakami, M. (2021). Strategies for Revenue Diversification: New Logic of Monetization to Change Existing Businesses. Tokyo: Toyo Keizai Inc. (In Japanese)
Takaho Ueda
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2023 Volume 42 Issue 4 Pages 108-110

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I. 本書の構成と内容

本書の構成は,283頁,7章から構成されている.第1章は,企業の利益環境,利益獲得多様化(収益源の多様化)の必要性,その多様化こそが価値創造イノベーションのきっかけとなっていることなどを説明する.工具メーカーのヒルティが販売から利用そのものに特化したリースへとサービス化を通じて成功した事例,コミックス出版社であったマーベルがキャラクタービジネス,さらには映画スタジオへと変貌を遂げ,物販利益だけから映画への知財利益,ライセンス利益,さらには映画製作利益などへの多様化した事例を用いて利益イノベーションを説明している.第2章では,この利益イノベーションの先進事例を示し,アップル,アマゾン,テスラ,コストコ,ネットフリックスの事例を財務データも用いて,詳しく説明している.特にテスラの事例はユニークである.長く続いた赤字を補填するために,電気自動車製造ならではの温暖化ガス排出枠の販売(自動車規制クレジット)を通じて2020年12月期にやっと黒字に転換することができた.第3章では,具体的な収益源多様化のポイントを30ほど挙げ,それぞれについて図解を交えながら解説している.そして第4章,5章では具体的なプロセスの進め方について実践的に解説している.特に5章の利益スイッチと名付けられた工夫は実践段階に進む際の重要な工夫である.これについては後述する.次の第6章は,マーケティングのプライシング論においても割と最近登場したサブスクリプションに絞って,その利益イノベーションにおける重要性と活用方法について説明している.その後,第7章のまとめへとつながっていく.

II. 本書の特徴と貢献

ビジネス界の現在の状況を見るとコロナ禍,円安によるコスト増もあり,業界に偏りがあるが,企業は低利益に苦しんでいる.その中にあり,本書は「利益化(profiting)」を重視し,またデジタルによる既存事業の破壊という劇的変化の到来にそのデジタル化も逆手にとって活用している.

本書における著者の主張は,企業にとって福音となる可能性を持っている.従来,プライシングが利益を生む力強いツールという考えを,価格研究に取り組んでいる評者は持ち続けているが,それよりもっと広い,より有効な方法を本書は提示している.昔,ある学会の講演で『心理学者が種を播き,社会学者が水をやり,マーケティング学者が刈取りをする.』というような話を聞いたことがある.つまり最後の美味しいところを持っていくのはマーケティングだという指摘である.しかしながら,この話を一歩進めているのが本書である.先ほどの話に,『利益イノベーション学者がそれを売る.』と付け加えるとこの話が完結する.

つまり,本書の本質は収益源の多様化であり,『どれくらい大きく儲けるかをイメージして,それに最適な価値獲得へと変革すれば,アイデアの制限を取り払い,頭一つ抜けた価値創造を誘発する』と著者は述べている.加えて『価値創造を受け止める価値獲得,そして価値獲得が価値創造を後押しするという,双方の関係性』とも述べる.価値創造型プロモーションについては評者も取り組んだことがあり(Ueda et al., 2011),消費者の深層心理から商品等の価値を引き出し,より売上高を高めるセールス・プロモーションを追求した.本書ではさらにその先の利益獲得方法を提示している.おそらくそこまで利益獲得を徹底的にやり抜いてこそ著者の主張するビジネスモデルは完成するのだろう.これまさに目から鱗だった.これが第一の,そして最も大きな本書の貢献である.

第二に,著者は「価値獲得のデザイン方法」を提示しており,誰に課金するかという課金プレーヤー,何に対して課金するかという課金ポイント,そしていつどのようなタイミングで課金するかという課金タイミングの3つの掛け合わせで具体的な価値獲得のモデルを提示している.この3つそれぞれにも種類があり,たとえば課金タイミングでは「直ちに」利益を得るか「時間をかけて」利益を得るかの選択肢があり,3つそれぞれの選択肢の組み合わせ別の利益スイッチ(001~111まで7つの組み合わせ)と呼んで利益を得る方法を提案している.これで利益イノベーションの操作性が高まり,実に具体的で実践的となっている.

第三に,現在のプライシング論で流行りであるサブスクリプションを利益獲得イノベーションの主要領域として捉え,1章を割いた上に大いに活用している.特に利用継続の拘束力のある定額制サブスクリプションは企業に利益をもたらしてくれる.このサブスクリプションは従量制サブスクリプション,フリーミアムとともにリカーリングモデル(継続収益モデル)として位置づけられる.これらはデジタル時代ならでは急速に進展した利益イノベーションである.それゆえ本書の利益イノベーションはプライシング論との相性も抜群なのである.

第四に,読んでいて実にわかりやすい.表現に工夫があり,必ずわかりやすくまとめが入っている.たいがいの書籍では説明して,簡単に図解して終わるが,本書ではこれでもかと表や図解で理解を深めるための工夫が凝らされている.その一つが上記の利益ロジックである.さらに利益イノベーションの豊富な事例を提示している.ヒルティやアップルの事例などかなりわかりやすく,理解を促進してくれる.

III. 本書の課題を探る

本書の収益多様化の戦略がさらに進化するための課題があるかもしれない.それを順に見ていこう.

1. プライシング分野との融合

その前にプライシング分野との重なりを見ておく.本書で用いられている価値獲得方法30の1つ「レーザーブレイド」とはcaptive pricing(虜プライシング)と呼ばれ,本体を安くして付属品で利益を得る方法である.剃刀本体と剃刀の刃という例でよく説明されるが,電動歯ブラシ本体と替ブラシなど利益を上げるために非常によく用いられる方法である.新たな概念というより,すでにあるネーミングを利用した方が良いかも知れない.同様に「スノッブプレミアム」はプライシングでいうプレミアム・プライシングであり,価格の3つの意味である支出の痛み,品質バロメーター,プレステージのうち,プレステージの意味を利用したものである.この辺りの重なりが見られる.

そして「メンバーシップ」ではコストコの年会費の例が用いられているが,フィットネスクラブの事例に面白いものがある.フィットネスクラブの場合,小売と異なり,定額料金が通常である.しかし,あるフィットネスクラブは会員が月々支払う会費を従来の半分以下の3,500円~4,500円に抑え,そして1回ごとに520円を徴収するという制度を取り入れた.このことにより,仕事などの都合でクラブに足を運びづらい会員から好評を博している(Nikkei MJ, 2008).この事例も本書のメンバーシップによる利益イノベーションとなる.またコストコのような小売の場合,会費と商品の値段のバランスを考え,メンバーによっても変化をつけるというのはプライシングの領域であろう.このように本書はプライシング領域と重なることが多く,分野の融合によりこの領域が豊かとなる可能性がある.

またサブスクは本書の1章を割くほどに重要度が高いが,値獲得方法30の1つとして扱われているダイナミック・プライシングと組み合わせることも可能である.そしてダイナミック・プライシングは人によって価格を変えることも含まれるので,サブスクリプションとの組み合わせ方は多様となる.これらは大いに利益イノベーションにあらたな展開を見せるだろう.

2. 利益イノベーションと価値創造イノベーションの好循環におけるマーケティング・ツールの利用

ここではコミック出版のマーベルがキャラクタービジネス,映画製作へと変貌を遂げ,収益源の多様化から価値創造イノベーション行った事例が取り上げられている.しかしながら,この価値創造イノベーションを実践する枠組みが不足しているかも知れない.たとえば次の表1を見られたい.これはアンゾフの成長マトリクスの製品「現」と「新」の間に「既存成分抽出利用」を入れ込んだものである(Ueda et al., 2020).この枠組みを利用すれば,マーベルのような価値創造イノベーションに必然的に取り組む勢いが生まれる.活用する価値はあろう.

表1

成長の方向性

出典:Ansoff(1965),翻訳(広田(1969))p. 137を基に筆者が作成

つまり本書の利益イノベーションがさらに進展を遂げるためには,他領域の知見を取り入れることにつきる.しかしながら,本書の主張は非常に有用であり,低収益に悩む企業,さらなる成長を望む企業に福音となるのは間違いない.

References
  • Ansoff, H. I. (1965). Corporate strategy. New York: McGraw-Hill. Inc.(広田寿亮(翻訳)(1969).『企業戦略論』産業能率大学出版部)
  • Nikkei MJ. (2008). Nikkei MJ, November 9.(日経MJ(2008).『日経MJ』11月9日号)(In Japanese)
  • Ueda, T., Kaneko, Y., Hoshino, H., & Moriguchi, T. (Eds.). (2011). Kaimonokyaku ha sono keyword ni tewonobasu. Tokyo: Diamond, Inc.(上田隆穂・兼子良久・星野浩美・守口剛(編著)(2011).『買い物客はそのキーワードで手を伸ばす』ダイヤモンド社)(In Japanese)
  • Ueda, T., Shibuya, S., & Nishihara, A. (Eds.). (2020). Graphic keiei librari 4: Graphic marketing (p. 33). Tokyo: Shinsei-sha.(上田隆穂・澁谷覚・西原彰宏(編著)(2020).『グラフィック経営ライブラリ④ グラフィックマーケティング』p. 33,新世社)(In Japanese)
 
© 2023 The Author(s).

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