Japan Marketing Journal
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Book Review
Honjo, S. (2022). Innovation by Consumers: The Impact of Distant Search for Information. Tokyo: Chikura Shobo. (In Japanese)
Manabu Mizuno
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2023 Volume 42 Issue 4 Pages 115-117

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I. ユーザーイノベーション研究の忘れ物

本書は,製品の利用者であるユーザーが自ら製品革新に取り組むという,ユーザーイノベーションに関する研究書である。評者もこの領域を専門としているが,師匠である小川進先生(当時神戸大学大学院)のもとでこのテーマに取り組みだした2002年頃は,ユーザーイノベーションという現象はもちろん,言葉すらあまり知られていなかった。それどころか,トヨタやソニーなどメーカーによるイノベーションを対象とした研究が主流の時代では,ユーザーに革新などできるわけがない,市場調査と何が違うのかなど懐疑的,批判的反応が多かったことをよく覚えている。

それから20年。この分野を取り巻く環境は大きく変化している。例えば,研究蓄積の急速な増加である。Google Scholarで“User Innovation”で検索すると,1万6千件近くの学術文献がヒットするが,ユーザーイノベーション研究がはじまった1976年から2006年までの30年間の業績はわずか1千件ほどである。つまりこの15年ほどで一気に研究が進んでいることがわかる。さらにその内容も多彩である。コミュニティやネットワーク,アントレプレナーシップ,価値共創など,周辺領域の知見を取り込みながら学際的研究も活発におこなわれている。

ところがこれら豊富な先行研究をよく見てみると,リード・ユーザー論以来ユーザーイノベーション研究の「ど真ん中」であったはずの個人の消費者イノベーションに関する研究が進んでおらず,その結果としていくつかの重要な問題が残されていることに気づく。本書は,このユーザーイノベーション研究の忘れ物とも言える重要な課題を,憎らしいまでに「美しく」「隙のない」手順で解き明かしている。以下では,それを順に紹介していきたい。

II. 本書の概要

本書ではまず,消費者イノベーションに関連する先行研究レビューをおこない(第2章,第3章),消費者イノベーションと情報の関係に関する3つの研究課題を導き出している(第4章)。問題意識の根底にあるのは,共創手法によるイノベーションとの比較である。共創手法とは,企業と消費者が共同で製品イノベーションに取り組むことである。この製品開発の方法では,最終的に製品を創り,世に送り出すのは企業であるが,消費者が持つ問題解決能力を利用するという点では消費者イノベーションとその特徴は近いはずである。ところが消費者イノベーション,共創手法それぞれの先行研究で得られた知見は相反するところが多い。それはなぜなのか。本書における議論は,これら2つの知見の整合性を探ろうとするところから始まる。

研究課題の1つ目は,研究対象に関するものである。消費者イノベーターを理解するための知見は多数存在するものの,そのほとんどはスポーツ用品など「特定の製品領域」に関する「コミュニティ」を研究対象として得られたものである。ところが日本の消費者イノベーターを対象とした調査結果によれば,コミュニティに属しているイノベーターは7.4%に過ぎず,9割以上はコミュニティに属さない独立イノベーターである(Ogawa & Pongtanalert, 2013)。つまり,消費者イノベーションに関する先行研究によって得られた知見が,大多数を占める独立イノベーターにも適用できるか否かは不明なのである。

例えば共創手法研究では,消費者の能力を活用することが新奇性を生み出すとされるのに対し,消費者イノベーション研究では,逆に消費者が生み出すイノベーションは新奇性が高くなく,既存製品を改良する「漸進的イノベーション」になりがちだとの指摘がなされている。ただこの知見はコミュニティを対象とした研究から導かれたものである。個人の消費者イノベーションの場合,新奇性の高いイノベーションを生み出すことができるのか,できるとすればそれに寄与する要因は何なのか。これが1つめの問いである。

2つめは,消費者イノベーションの実現要因についての課題である。ユーザーがイノベーション実現にあたっておこなう情報探索には,局所検索と遠方検索の2つが存在する。前者はすでに持っている知識に関連する情報利用であり,後者は既存知識から離れようとする活動であるが,消費者イノベーションに関する先行研究では,遠方検索の有効性は認められていない。ところが共創手法に関する先行研究では遠方検索が有効であるという,またしても相反する知見が示されている。この問題を理解するために本書では,先行研究において遠方検索を実現させる手段として有効とされる,①ユーザーが持つ知識や経験の多様性と,②分野外も含めた幅広い情報探索の2点について,個人の消費者イノベーションの実現に寄与するのか,寄与するならばどのような形態なのか,という問いを立てている。

つまり本書では,①日本のユーザーイノベーターの大部分を占める「個人の消費者イノベーター」に対して,②イノベーションを実現させる際に情報が果たす役割について,③解決しようとする問題と解決者(イノベーター)が持つ専門性との距離および,④情報探索行動の幅広さ,から明らかにしようとする。そしてこの問題を解き明かすために,本書では内的多様性の有効性(第6章),分野外情報の探索に寄与するネットワーキングの有効性(第7章)について,調査データをじつに丁寧に統計処理することで,結論を導き出している。そのプロセスにおいて,本書はユーザーイノベーション研究者にとっては常識となっているリードユーザーネスの再検討にも果敢に挑戦している(第8章,第9章)。消費者イノベーターの特徴はこれまで,リードユーザーという概念で説明されることが一般的あった。リードユーザーとは,①重要な市場動向に関して先行し(ニーズの先進性),さらに②そのニーズを自ら解決することができれば高い効用を得る(高便益期待)という特徴を持つユーザーであり,消費者イノベーションに取り組む傾向が強いと言われている。この概念や定義は,多くのユーザーイノベーション研究者にとってもはや所与とも言えるもので,誰も「またがない」領域であった。しかし本書は,従来の研究がニーズの先進性と高便益期待を統合してしまっていることに疑問を呈し,2つを分けて測定することを試みている。

III. 本書の結論と貢献

本書では興味深い結論と示唆が多く提示されているが,紙幅の関係からここでは2点だけを紹介しておく。1つめは,消費者イノベーションと共創手法それぞれの知見に整合性をもたせたことである。とりわけ分野外情報の探索はイノベーションの実現可能性を下げる一方,イノベーションにおける新機能の実現性を高めるという発見は,開発する製品の目的に合わせて情報探索行動を変化させることの重要性を示唆しており,学術面だけでなく実務の面でも大きな貢献と言える。

2つめは,リードユーザーネスに関する質問項目を標準化していることである。リードユーザーという概念は,ユーザーイノベーション研究にとって中心となる重要なものであるが,その測定はニーズの先進性と高便益期待が合算されてしまっていた。本書ではこれを明確に弁別することで,消費者イノベーションが持つ商業的魅力の有無だけでなく,情報収集におけるネットワーキングの影響という先行要因の違いを指摘するプロセスの中で,先進性と高便益2つの項目を別々に測定するための質問項目を開発した。これは今後の消費者イノベーションやユーザーイノベーションの研究を進める者にとって非常に価値のある貢献である。そもそも消費者イノベーションに関する研究がコミュニティに偏ってきた原因の1つが,リードユーザーの特定や発見,さらには行動特性の把握が難しいことであった。本書が示したリードユーザー概念の操作化をより容易に,より確実にしたこの質問項目の開発は,地味ではあるが大きな価値のあるものであると言えよう。

IV. 今後への期待

以上,本書の概要と結論,そして貢献を述べてきたが,このような書評では最後に「本書の限界」について触れることが通例である。しかし,評者はそれを見つけることができなかった。前述のように本書では,明確な問題意識に対して,適切な研究課題の設定とそれを解き明かすための適切なリサーチと分析をおこなっている。さらにそれを説明する文章もわかりやすい。まさに社会科学の論文や研究書はかくあるべき,というお手本である。冒頭で「このユーザーイノベーション研究の忘れ物とも言える重要な課題を,憎らしいまでに『美しく』『隙のない』手順で解き明かしている」と本書を紹介した理由がここにある。

その上で最後に,本書ではなく筆者に対して,期待を込めたリクエストを1つだけ述べたい。それは本書の知見をベースとした啓蒙書の執筆である。筆者の研究者としての実力は,本書を通じてすでにいかんなく発揮されている。まるで一流の総合格闘家のように,正確な技術と一瞬の決め技で研究課題をいう相手を仕留めているからだ。しかし総合格闘技を深く楽しむには,観客にもそれらの技術や流れを理解できる専門的な知識が必要となる。それと同じく本書で繰り広げられる洗練された研究テクニックや魅力的な知見は,普段このような研究書に触れていない読者にとっては理解がなかなか難しいのではないかと危惧する。

そこで啓蒙書である。プロレスラーのように,しっかりとした技術の土台の上に,観客を惹きつけるための工夫,感動させるための演出を盛り込んだ魅力ある啓蒙書をぜひ執筆して欲しい。これからの時代,消費者イノベーションは社会にとってますます重要な存在になっていくだろう。そのことを,活用する企業だけでなく消費者自身にも気づいてもらうためにも,ダイナミックな「大技」を期待したい。

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© 2023 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
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