Japan Marketing Journal
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Special Issue / Invited Peer-Reviewed Article
Psychological Ownership in Marketing:
A Review of Recent Studies
Saori Kanno
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2023 Volume 43 Issue 1 Pages 7-17

Details
Abstract

近年,マーケティングにおいて,心理的所有感が注目されている。心理的所有感とは,対象に対して人が抱く所有感のことであり,その対象が「私のもの」であるという感覚のことである。デジタル化やシェアリング・エコノミーの拡大の影響によって,消費者が消費する対象は,物質的なモノとは限らず,デジタル財やシェアリング財など,多様な形を取るようになった。心理的所有感は,これらの非物質的な対象や実際には所有を伴わない対象に対しても生じる感覚であり,複雑化する消費者とモノとの関係を解明する鍵概念として捉えられている。本稿では,近年のマーケティングにおける心理的所有感の研究の動向を把握することを目的として,マーケティング領域の有力学術誌に掲載された近年の論文48本のレビューを行うことで,心理的所有感の研究の現状と今後の方向性について検討を行う。

Translated Abstract

In recent years, the concept of psychological ownership has garnered significant attention in marketing. Psychological ownership refers to the sense of ownership that individuals feel towards an object and the feeling that the object is “mine.” With the rise of digitalization and the sharing economy, consumers’ consumption patterns have expanded to include immaterial and sharing goods. Psychological ownership has emerged as a crucial concept for understanding the increasingly complex relationship between consumers and objects. This paper reviews 48 recent articles published in leading academic journals in the marketing field to analyze the latest trends in research on psychological ownership in marketing. The aim is to gain insights into the current status of research on psychological ownership and identify future directions for exploration.

I. はじめに

近年,マーケティングにおいて,心理的所有感が注目されている。心理的所有感とは,「個人が所有の対象(物質的または非物質的であっても)またはその一部が‘自分のもの’であるかのように感じている状態」である(Pierce, Kostova, & Dirks, 2001, p. 299)1)。私たちは,所有する対象に対して心理的所有感を持つことはもちろん,法的所有をしない対象にも心理的所有感を持つことがある(例えば,幼少期から利用している公園を「私の場所」と感じることなど)。また,心理的所有感は,所有を伴わない有形財だけでなく,ブランドやデジタル財などの無形財にも生じる(例えば,特定のブランドを「私のブランド」と感じることなど)。

マーケティングにおいて,心理的所有感が注目されるようになった社会的背景には,消費者を取り巻く環境の変化—デジタル化によるデジタル財の増加とシェアリング・エコノミーの進展がある(Morewedge, Monga, Palmatier, Shu, & Small, 2021)。かつて消費者は,実際に形のあるモノを購入,所有することで,所有感や愛着を醸成したが,現代の消費者が消費する対象は,実際に形があるとは限らず,形があったとしても所有するモノとは限らなくなった。このような時代に,消費者はどのようにモノやブランドに対して所有感や愛着を感じるのであろうか。その鍵概念として注目されているのが,心理的所有感である。

マーケティング研究において心理的所有感が注目されるようになったのは,2010年前後であるが(Nishimoto, 2020),その契機は,組織マネジメント研究を発端とする学術的潮流である。同分野において心理的所有感の研究を牽引していたJon L. PierceとIiro Jussilaらが,マーケティング研究者らと共に当該概念をマーケティングに適用した研究を進めたことが,マーケティングにおける心理的所有感の研究潮流を作ることにつながったといえる。学術誌Journal of Marketing Theory and Practiceが,2015年に心理的所有感の特集号を出した際に,Iiro Jussilaらは,心理学,社会学,経営学など多様な分野で議論されてきた心理的所有感の概念モデル(Pierce et al., 2001; Pierce, Kostova, & Dirks, 2003)をマーケティングに適用した論文(Jussila, Tarkiainen, Sarstedt, & Hair, 2015)を執筆している。また,2018年には,触覚経験と心理的所有感を研究していたJ. PeckとS. B. Shu編集による書籍Psychological Ownership and Consumer Behaviorが出版され(Peck & Shu, 2018),Jon L. PierceはJ. Peckと共に論文を執筆している(Pierce & Peck, 2018)。2021年には,JM-MSIの特集号にMorewedge et al.(2021)の論文“Evolution of Consumption: A Psychological Ownership Framework”がJournal of Marketingが掲載されたことによって,より多くのマーケティング研究者が心理的所有感に注目することにつながっていったと考えられる。

その注目の度合いは論文数にも現れている。EBSCOhostを用いて,サブジェクト語に‘psychological ownership’をキーワードとして検索してみると(査読付学術誌対象),2006年に10件であった論文数は,2015年に133件,2020年に514件,2022年に793件と,その数を大幅に増やしている。マーケティングにおける心理的所有感の先行研究については,Peck and Luangrath(2022)が包括的なレビューを行っているが,多様な分析視点によって先行研究が細かく分類されていることもあり,近年の研究動向を掴むことが難しい。そのため,本稿では,近年のマーケティングにおける心理的所有感の研究動向を把握することを目的として,マーケティング領域の有力学術誌に掲載された2015年以降の論文のレビューを行うことで,心理的所有感の研究の現状と今後の方向性について検討を行う。

II. レビュー対象論文の選定と概要

1. 対象論文の選定

マーケティングにおける心理的所有感の研究は,先のJussila et al.(2015)の研究以降,国際的な有力学術誌おいて関連論文の掲載数が大幅に増えていることから,2015年以降の論文を検索対象とした。レビュー対象の論文の選定は3段階で行った(2023年2月末検索)。1段階では,EBSCOhostを用い,‘psychological ownership’または‘perceived ownership’をサブジェクト語として含む2015年以降の論文896本を抽出した。第2段階では,第1段階で特定した論文のうち,SCImago Institutions Rankingsが提供する「SJR(SCImago Journal Rank)2021」上位50位の学術誌に掲載された論文64本を抽出した。第3段階では,第2段階で抽出した論文の内容を個別に確認し,組織や従業員を対象とした論文11本,実質的に心理的所有感の議論がされていない論文5本を除外し,最終的に48本の論文をレビュー対象として選定した。

2. 選定論文の概要と分類

レビュー対象論文の概要は,表1の通りである。まず,学術誌名で見ると,最も掲載論文数が多いのは『Journal of Business Research』(18.8%)であり,次いで『Journal of Retailing and Consumer Services』(10.4%),『Journal of Marketing Research』『Journal of Consumer Psychology』『Psychology and Marketing』(いずれも8.3%)であった。心理的所有感の研究は,消費者行動をベースとした幅広い学術誌で掲載されていることが分かる。

表1

レビュー対象論文の概要

また,論文の形式は,概念的考察に関する研究1本,実証研究および/または現象学的研究47本(実証研究43本,定性調査による現象学的研究3本,実証研究と現象学的研究の混合1本)であり,多くの研究において,実証研究が用いられている。

論文の分類については,まず,論文の形式(①概念的考察の研究,②実証研究および/または現象学的研究)によって分類した。さらに②については,Peck and Luangrath(2022)およびMorewedge et al.(2021)を参考にしながら,③心理的所有感の対象の特性に着目した研究と,④心理的所有感の影響要因(先行要因と帰結)に着目した研究に分類した。③は,デジタル財,AIロボット/AR,シェアリング財,コミュニティ,ブランド/ブランド・コミュニティ,公共財,食品,金銭,中古品/オークション品,ペットの10項目に分類された。また,④は,感覚,言語/ネーミング,価値共創,製品設計,利他的行動/不正行為,テリトリーの6項目に分類された。

III. 心理的所有感に関する先行研究のレビュー

1. 概念的考察の研究

対象論文はMorewedge et al.(2021)のみであるため,本論文の概要を述べていく。先に述べた通り,本論文はJM-MSIの特集号(テーマ:From Marketing Priorities to Research Agendas)の一論文としてJournal of Marketingに掲載されている。この特集号には,本論文を含め7つの異なるテーマの論文が収録されており,心理的所有感がマーケティングにおいて注目すべき概念の1つとして位置づけられていることが分かる。

本論文では,デジタル社会とシェアリング・エコノミーが,消費者の心理的所有感に与える影響が検討されている。彼らは,心理的所有感に関連するデジタル技術主導による消費は,2つの次元(①法的所有型から法的アクセス型,②マテリアル型から体験型)に沿って進化していることを指摘している。さらに,これらの消費の次元ごとに,心理的所有感に与える3つの影響(①心理的所有感に対する脅威,②心理的所有感の移転,③心理的所有感保持のための機会)についてフレームワークを提示している。このフレームワークは,デジタル化とシェアリング・エコノミーが進展する時代において,企業が心理的所有感のポジティブな影響を得ながら,負の影響を回避するために取るべきマーケティング戦略検討の機会を提供している。論文の最後には,今後検討すべきリサーチ課題が挙げられており,心理的所有感の研究に取り組もうとするリサーチャーにとっては,課題設定のヒントとなるだろう。

2. 実証研究および/または現象学的研究

(1) 心理的所有感の対象の特性に着目した研究

デジタル財

デジタル財を対象とした研究として,Atasoy and Morewedge(2018)は,有形財とデジタル財に対する消費者の価値評価について検討し,同じ商品の場合,デジタル財の方が物理的な財よりも価値が低く見積もられることを実験によって明らかにしている。彼らは,消費者がデジタル財よりも物理的な財に価値を感じるのは,物理的な財は身体的感覚が高いなどために心理的所有感が高くなり,結果として評価が高くなるからであると説明している。Sinclair and Tinson(2017)Danckwerts and Kenning(2019)は,音楽ストリーミングサービスの心理的所有感を検討している2)Danckwerts and Kenning(2019)では,ストリーミングサービスと楽曲に対する心理的所有感を2つに分けて測定し,これらの心理的所有感が,無料版から有料版のサービスへの切り替え意向とどのように関連しているかを明らかにしている。調査の結果,楽曲ベースの心理的所有感が有料版への切り替え意向に影響していることが示されている。また,Mishra and Malhotra(2021)は,ゲームに対する心理所有感がゲーム内広告の評価に与える影響について,ゲーム・コミュニティでのサーベイ調査によって検討している。彼らは,ゲームに対する心理的所有感が高い場合,ゲーム中のポップアップ広告が侵入的であっても広告に対して好意的な態度を示すことを明らかにしている。Demmers, Weihrauch, and Mattison Thompson(2021)は,個人データに対する心理的所有感に着目した研究を行っている。彼らは実験によって,proself志向の人は,prosocialな人々に比べて,他人の個人データを第三者と共有する可能性が低いことを示している。彼らはその理由として,proself志向の人は自己と他者を区別して捉えており,自己が保有する他者の個人データに対する心理的所有感が低いため,共有の意向が低くなると説明している。Niu, Wang, and Liu(2021)は,ソーシャルメディアに対する心理的所有感と,ソーシャルメディア広告(SMA)の空間的侵略性の関連について検討している。彼らは,SMAの空間侵入性が,広告に対する苛立ちと広告回避につながること,心理的所有感はこれらの関係を調整することを示した。また,Xiao and Spanjol(2021)は,デジタル製品の利用者が,更新アップデートの採用を先延ばしする心理メカニズムについて,心理的所有感を調整変数としたモデルを検討している。彼らは,アップデート更新による知覚変化は,更新時のいらつきや不作為による後悔につながること,さらにこれらの影響は心理的所有感によって調整されることを示している。

AIロボット/AR

AIロボットを対象とした研究として,Kang and Shao(2023)は,SiriやAlexaなどの音声アシスタントの知的属性が,消費者の知覚作用としての心理的所有感と知覚侵入性,さらに主観的幸福に及ぼす影響について検討している。彼らは,AIロボットの知的属性が消費者の知覚作用に影響を与えること,さらに知覚作用は主観的幸福感に影響を与えることを明らかにしている。Smith, Rose, Zablah, McCullough, and Saljoughian(2023)は,ロボット掃除機などの自動化された製品と心理的所有感の関連について検討している。彼らは,製品の自動化が心理的所有感に負の影響を与えること,さらにこの効果は,消費者のアイデンティティの動機や製品設計の特徴によって,強化,弱化,または反転することを明らかにした。AR(拡張現実)に着目したCarrozzi et al.(2019)は,ホログラムが,消費者の心理的所有感を高める方法について検討をしている。彼らは,ホログラムをカスタマイゼーションすることで消費者は心理的所有感を高めることを明らかにしている。また,Yuan, Wang, Yu, Kim, and Moon(2021)は,ARのフロー体験と心理的所有感,ブランド・アタッチメントとの関連について検討している。バーチャル試着ARアプリケーションの利用者に対する調査の結果,ARの消費者知覚が,消費者のフロー体験を高め,さらにブランドの商品に対する心理的所有感を高めることを明らかにしている。

シェアリング財

Bagga, Bendle, and Cotte(2019)は,所有のタイプ(所有/レンタル/借用/非所有)ごとのWTPと評価(WTA/WTP),心理的所有感の要因の違いをフィールド実験によって検討している。調査の結果,レンタルの利用者は,借用や非所有よりも評価が高いこと,また,心理的所有感は所有のタイプによって異なり,心理的所有感の要因とWTPや評価の関係を媒介することなどを明らかにしている。また,Pino, Nieto-García, and Zhang(2021)は,AirbnbなどのPeer-to-peerサービスでの顧客ロイヤルティと心理的所有感の関連について検討している。彼らは,サービス提供者と利用者との同一性の認識が,サービス環境に対する心理的所有感を醸成し,その結果,顧客のロイヤルティを高めることを示している。Wei, Jung, and Choi(2022)は,シェアリングサービスにおけるブランド・アタッチメントの影響を実験によって検討している。調査の結果,ブランドに愛着が高い消費者は,ブランドを拡張自己の一部とみなし,商品を他者と共有することで自己が毀損すると感じるため,シェアリングサービスの利用が低くなることを明らかにしている。加えて,この効果は共有される商品に対する消費者の心理的所有感が高い場合に低減することも明らかにしている。

コミュニティ

スポーツチームのサポーター・コミュニティを対象とした研究として,Cocieru, Delia, and Katz(2019)は,サポーターによって所有されるスポーツクラブの数が増えている状況において,サポーターが,なぜスポーツチームを所有するに至るようになるかについて,心理的所有感の視点から検討している。サッカーチームのサポーターを対象とした定性調査の結果,サポーターがクラブ・オーナーになろうとする理由は,チームに対する心理的所有感であり,不満感や変化の欲求によってオーナーシップ活動を開始することを明らかにしている。また,Palau-Saumell, Matute, and Forgas-Coll(2022)は,サポーターのチームに対する心理的所有感がチームやサポーター企業のグッズの購買意向に与える影響について検討している。FCバルセロナのファンを対象としたオンライン調査の結果,選手,ファン,国への愛着がチームに対する心理的所有感とチーム・アイデンティティに正の影響を与えていること,心理的所有感がグッズの購買意向に正の影響を与えていることを明らかにしている。

オンライン・コミュニティを対象とした研究として,Xu, Du, Shen, and Zhang(2022)は,ゲーミフィケーションのアフォーダンス知覚が心理的所有感とゲーム内のシチズンシップ行動に与える影響について,MiniAppsの利用者を対象とした調査によって明らかにしている。彼らは,ゲーミフィケーションのアフォーダンス知覚は,心理的所有感を高め,ゲーム内でのシチズンシップ行動に正の影響を与えることを示している。また,Huvaj, Darmody, and Smith(2023)は,クラウドファンディングのオンライン・コミュニティ支援者が支援企業とどのように心理的なつながりを形成し,そのつながりが時間の経過とともにどのように変化するかについて検討をしている。彼らはネトノグラフィーを用いて,どのように心理的所有感を感じるようになるのかについて,また,心理的所有感の低下と心理的離反について明らかにしている。

ブランド/ブランド・コミュニティ

ブランドに対する心理的所有感に着目したKumar and Kaushal(2021)は,オンライン調査によって,社会的排除感の強い人は,ブランドに対する心理的所有感やコントロール感を高めることを明らかにしている。また,Thürridl, Kamleitner, Ruževičiūtė, Süssenbach, and Dickert(2020)は,消費経験におけるポジティブ感情とブランドに対する心理的所有感の関係について検討している。彼らは5つの実験を通して,消費経験でのポジティブ感情は,消費したブランドに対する心理的所有感を高めることを明らかにしている。

ブランド・コミュニティを対象とした研究として,Kumar(2019)は,オンライン・ブランド・コミュニティに対する個人的心理的所有感(IPO)と集団的心理的所有感(CPO)が,コミュニティの参加意向に与える影響を検討している。サーベイ調査の結果,IPOとCPOは参加意図に正の影響を与えること,さらにブランド購入意向とコミュニティに関するポジティブな口コミを誘発することを明らかにしている。また,Kumar(2021)は,ブランドとブランド・コミュニティに対する心理的所有感が,コミュニティのエンゲージメントに与える影響を検証している。彼らは,ブランドとブランド・コミュニティに対する心理的所有感はコミュニティのエンゲージメントに正の影響を与えることを示した。また,Chi, Harrigan, and Xu(2022)は,サーベイ調査によって,ソーシャル・キャピタルが,ブランド・コミュニティに対する集団的心理的所有感を媒介して,顧客のブランド・エンゲージメントを高めることを明らかにしている。Kuchmaner, Wiggins, and Grimm(2019)は,ブランドのトランスグレッションに対するブランド・コミュニティのメンバー反応について,心理的所有感の視点から検討している。彼らは,XboxとPlayStationのブランド・コミュニティを対象とした調査によって,ネットワーク中心性の知覚が高く,ブランド・コミュニティに対する心理的所有感が高いメンバーは,トランスグレッションを起こしたブランドに対して罰する行動が弱まり,逆にブランドの援助行動が高まることを明らかにしている。

公共財

Peck, Kirk, Luangrath, and Shu(2021)は,公共財に対する心理的所有感がスチュワードシップを促進することを明らかにしている。彼らは,フィールド実験で被験者の心理的所有感を高めるために湖に名前をつけてもらった後,カヤックのアクティビティの際に湖に浮かぶごみを拾うかどうかを実際の観察および自己申告の調査によって測定している。結果,湖に名付けした(心理的所有感が高い)被験者の方が(名付けしなかった被験者に比べて)ごみを拾う(スチュワードシップが高い)ことを明らかにしている。また,Lin, Wong, Zhang, and Chen(2022)は,歴史文化遺産のツーリズムと心理的所有感の関連について検討している。彼らは,歴史文化遺産に対する心理的所有感が,回想の楽しさや場所のアイデンティフィケーションを自己実現や再訪意向に橋渡しする媒介変数であることを明らかにしている。

食品

Ilyuk(2018)は,食品ロスの問題に注目し,食品の購入チャネルが食品廃棄の可能性に異なる影響を与える可能性について検討している。本研究では,消費者が食品をオンラインで購入した場合,店舗で購入した場合と比べて,廃棄の可能性が高くなることを実験によって検証している。彼らはこの理由について,オンライン・チャネルは購入努力の認識が低く,食品に対する心理的所有感を減少させるため,消費者の購入食品の廃棄意向を増加させることを実験によって明らかにしている。

金銭

Sharma, Tully, and Cryder(2021)は,「借りた金銭の心理的所有感」(消費者が借りた金銭を自分のものと感じる度合い)について検討している。彼らは,借りた金銭の心理的所有感には,個人レベルと文脈レベルがあり,この次元の変動が裁量的な購入のためにお金を借りる意思を予測することを明らかにしている。彼らは,借りたお金の心理的所有感が,負債回避,金融リテラシー,所得,時間間割引,物質主義,計画性,自制心,余裕資金,堅物・浪費家傾向などの個人要因とは別の概念として区別されること,そして,これらの要因以上に消費者の借入意思を予測する変数であることを明らかにしている。

中古品/オークション品

Kim(2017)は,中古品に前所有者の痕跡がある場合,潜在購入者とその対象との知覚所有距離を拡大することを実験によって検討している。4つの実験の結果,中古品に,顕著な前所有者による痕跡がある場合,潜在購入者と対象との所有距離が遠く知覚されるため,対象に対する評価が低くなること,心理的所有感が所有距離を媒介することが示された。一方で,特定の状況(例:無料クリーニングサービス)や前所有者の痕跡が購買者の消費目的を達成するために有益であると捉えられた場合(例:テキストに有益なコメントが書かれている)に,この負の効果は減少することを示した。また,Pyo, Kwon, Gruca, and Nayakankuppam(2021)は,オークションにおける保有効果の伝播性について検討を行っている。彼らは疑似的保有効果(pseudo-endowment effect)に着目し,オークションのデータを用いて,ある取引で創出された個人の疑似的保有効果が単一の取引に限らず,後の取引に持ち越されるという仮説を検証している。結果,仮説は支持され,疑似的保有効果は後の取引に持ち越されること,さらにその取引の対象物が異なる場合においても買い手のWTPを上昇させることを明らかにしている。

ペット

Kirk(2019)は,ペット所有者の心理的所有感とペットの経済的評価について検討している。3つの実験の結果,消費者は,猫よりも犬に対して,高い経済的価値を置き,救命手術や医療費,特殊なペット用品に高いお金を払う意思を示すと共に,ペットに関する口コミが増加することが明らかになった。この影響は,消費者がペットに対して心理的所有感を持つことで,感情的な愛着が高まるために起こることを説明している。

(2) 心理的所有感の影響要因に着目した研究

感覚

触覚経験が心理的所有感を高めることは,多くの先行研究によって示されている(e.g., Peck & Shu, 2009)。Liu(2023)は,インターフェースの違い(接触型vs. 非接触型)の違いが心理的所有感に与える影響について,心象イメージを媒介変数とした仮説モデルの検証を行っている。調査では,被験者を2種類のインターフェース(スマートフォンvs. PC)に分け,食べ物の写真をSNSでブラウジングしてもらった後,心理的所有感や心象イメージの程度を測定している。調査の結果,接触型のインターフェースを用いた被験者の方が非接触型よりも,心象イメージによって媒介された心理的所有感が高く,且つ製品評価が高いことが示された。また,Maille, Morrin, and Reynolds-McIlnay(2020)は,触覚経験が不可能な製品やサービスにおいて,触覚刺激を視覚的に与えることで心理的所有感を高めることは可能かについて,実験によって検討している。結果,触覚体験が不可能な対象であっても,その広告媒体の中で触覚刺激を視覚的に付与することで,心理的所有感が高まり,さらに対象の購入意向が高まることを明らかにしている。また,Luangrath, Peck, Hedgcock, and Xu(2022)は,デジタル環境における代理触覚効果を実験によって検討している。彼らは,画像広告において,手が製品に触れていない広告と比べて,手と製品が触れている広告の方が,心理的所有感が高まることを明らかにした。Ruzeviciute, Kamleitner, and Biswas(2020)は,消費者の臭覚に着目し,香りと心理的所有感の関連について検討している。実験の結果,香り付き広告は,広告製品に期待される香りと一致している場合に,近接性の感覚を誘発することで,広告の魅力度とWTPを高めることを示した。また,Zhao and Xia(2021)は,消費者の視覚に着目し,商品の視覚的な提示方法(別々に表示/共に表示)の商品評価への影響について検討している。先行研究では,商品を分けた提示の方が有用性が高いことが示されてきたが,本研究では,商品を共に提示する方が(例:ノートとペンを共に提示),消費のイメージが容易となり,心理的所有感が高まることを明らかにしている。

言語/ネーミング

Karataş(2020)は,言語(母国語と外国語)による情報処理が保有効果に与える影響について実験を行っている。この研究では,売り手と買い手が外国語で情報を処理した場合,売り手の商品評価が低下するため,通常は買い手よりも売り手の商品評価が高くなる保有効果が減衰することが示された。彼らは,この保有効果の減衰のメカニズムについて,売り手が外国語で考えることによって売り手の感情的な反応が減少し,その結果,心理的所有感が低下することで,製品評価が低下することを指摘している。また,Stoner, Loken, and Stadler Blank(2018)は,3つの実験を通じて,消費者が商品に名前を付けることが,その製品の評価を高めることを明らかにしている。この効果は,製品とネーミングの適合性,創造性が高い場合(消費者自身が考えた名前をつけるなど),効果的であること,心理的所有感がネーミングと製品の評価を媒介する重要な変数であることを明らかにしている。ネーミングと心理的所有感の関連については,Peck et al.(2021)でも示されている。

価値共創

消費者が自分で組み立てた製品に対して高い評価を持つことはよく知られているが,Köcher and Wilcox(2021)は,3つの実験を通して,消費者が自分で組み立てた製品を使用した場合(既製品の使用と比較して),その製品を使った課題のパフォーマンスが向上することを明らかにしている。実験では,被験者をゴルフのパターを自分で組み立てたグループと既製品のパターを利用したグループに分け,パターのスコアを比較している。結果,自分で製品を組み立てた場合,製品に対する心理的所有感が高まることで,自己効力感が高まり,結果として課題のパフォーマンスが向上することが示された。また,Wiecek, Wentzel, and Erkin(2020)は,3Dプリンターを消費者の共創の一形態として捉え,消費者が自ら3Dプリンターで製品を作成すると,その製品に対する心理的所有感が高まり,製品に対する評価が高まることを示した。また,この効果は印刷のプロセスを見ることができない場合においても生じること,このポジティブな効果は,印刷される製品の感情的な質によって調節されることが示された。Sembada(2018)は,消費者参加型のサービス・デザインが,新たなサービス・イノベーションに対する消費者のエンゲージメントにどのような影響を与えるのかについて,実験によって明らかにしている。彼らは被験者に対して,ホテルと共同で滞在を楽しむ体験プランを提案する仮想の消費者参加型のイノベーションに参加してもらった後,イノベーションに対する評価や推奨する意向などを測定した。結果,消費者参加型によるサービス・デザインは,コントロール感や心理的所有感を媒介して,エンゲージメント意識を引き起こすことが明らかとなった。また,この効果は,サービス・イノベーションが失敗した場合には,ネガティブな評価になることが示された。Kokkoris, Hoelzl, and Kamleitner(2020)は,顧客は自ら発見した対象に対してより強い絆を感じると考え,フィールド実験とサーベイによって検証している。この研究で心理的所有感は,顧客との絆の測定項目の一部に取り入れられている。結果,顧客自身による発見の感覚は,顧客との絆を強化し,推奨意向やWTPなどを高めることが明らかとなった。

製品設計

Liu, Wei, Chen, and Chen(2022)は,製品設計思想(ユーザー/プロのデザイン)と社会的排除のタイプ(無視/拒絶)が消費者の購買意向に及ぼす影響について検証を行っている。実験の結果,無視された消費者は,ユーザーによるデザインの製品の購買意向が高いことが明らかとなった。また,製品設計思想と購買意向は,心理的所有感によって媒介されることも明らかにしている。また,Gineikienė, Schlegelmilch, and Auruškevičienė(2017)は,心理的所有感が,国産と外国製品の品質評価・購買意向との関連を検討している。彼らは,サーベイ調査によって,国産製品に対する心理的所有感が高いほど,国産製品の評価が高くなり,逆に心理的所有感が低いほど,外国製品の評価が高くなることを明らかにしている。

利他的行動・不正行為

Jami, Kouchaki, and Gino(2021)は,心理的所有感と人々の利他的行動の関連について検討している。彼らは7つの実験を通じて,心理的所有感が高い人は,協力や寄付などの向社会的行動を選択する可能性が高くなること,自尊心の向上が心理的所有感と向社会的行動の関係を媒介していることを明らかにしている。また,Viglia, Tassiello, Gordon‐Wilson, and Grazzini(2019)は,製品のタイプ(快楽的/功利的)と支払いタイミングの組み合わせが,製品に対する心理的所有感にどのような影響を与え,それが消費者の不正行為にどのような影響を与えるかを検討している。3つの実験から,消費者が製品を快楽的な製品であると感じている場合,より不正を行う可能性が高くなることが示された。この効果は,支払いが延期された場合においてより大きく,また,快楽的な製品の場合,心理的所有感の知覚が低いために不正行為の可能性が高くなることが示されている。

テリトリー

Kirk, Peck, and Swain(2018)は,心理的所有感のネガティブな影響としてのテリトリー反応(縄張り意識)に注目している。5つの実験の結果,消費者は対象に対して心理的所有感を感じていて,他者が同じ対象に対して心理的所有感を感じていると推測した場合,侵害認識およびテリトリー反応を起こしやすくなること,テリトリー反応は,心理的所有感の対象が有形財,無形財いずれにおいても生じることを明らかにしている。

IV. 考察

本稿では,近年のマーケティングにおける心理的所有感の研究の動向を把握することを目的として,2015年以降にマーケティング領域の有力学術誌に掲載された論文48本を抽出し,論文の形式,心理的所有感の対象の特性,心理的所有感の影響要因によって分類してレビューを行った。近年の研究動向としては,テクノロジー(デジタル財,AIロボット/AR)(23%),ブランド/ブランド・コミュニティ(13%),感覚(10%),コミュニティ(8%),価値共創(8%)に関連する研究が多くみられた。

今後の研究の方向性としては様々な研究課題が考えられるが,以下では取り組むべき課題として,3つ指摘する。1つは,AIロボット,AR,仮想通貨,NFT,アバターなどの新しい技術に関連するデジタル財の研究はもちろんのこと,シェアリング財に関する研究が求めれる。特に,アクセス型且つ有形のシェアリング財に関する研究は,デジタル財に比べて少ない。これらのシェアリング財は,所有を伴わず,心理的所有感の対象が個々の製品,ブランド,プラットフォームと多様で複雑であり(Wei et al., 2022),対象間の複雑な関係を明らかにすることが求められる。2つは,社会問題やウェルビーイングに関連する研究である。先行研究では,公共財(Peck et al., 2021)やフードロス(Ilyuk, 2018),利他的行動や不正行為との関連(Jami et al, 2021; Viglia et al., 2019),借金の問題(Sharma et al., 2021)など,社会問題や消費者のウェルビーイングとの関連を検討する研究も増えている。心理的所有感の概念は,心理的所有感の概念は,環境や資源,金融,コミュニティとも親和性が高いため,今後の研究が期待される。3つは,心理的所有感の変化や負の側面の研究である。先行研究の多くは,心理的所有感のポジティブな側面に着目しているが(Peck & Luangrath, 2022),テリトリー反応(Kirk et al., 2018)や心理的所有感の変化と低減(Huvaj et al., 2023)といった負の側面についても明らかにすることが求められる。

最後に,本稿の限界と課題として,先行研究のレビュー範囲の限定性が挙げられる。本稿では一定の基準によって48本の先行研究を抽出したレビューを行ったが,心理的所有感の研究動向を把握するためには,本稿で対象としなかった関連論文を精査する必要がある。

謝辞

本研究は,JSPS科研費(基盤研究(C)課題番号:18K01889)の助成を受けて進めた研究成果の一部であり,研究支援に対して心から感謝申し上げます。また,本稿に対して有益なフィードバックをいただいた山本晶先生(慶應義塾大学)にも心から感謝申し上げます。

1)  心理的所有感は‘知覚された所有感(perceived ownership)’とも呼ばれる(e.g., Peck & Shu, 2009)。

2)  音楽や映画のストリーミングサービスなどのデジタル化されたアクセス型消費財の場合,デジタル財に分類している。

菅野 佐織(かんの さおり)

駒澤大学経営学部市場戦略学科教授。

学習院大学大学院 経営学研究科博士後期課程 単位取得退学。千葉商科大学商経学部商学科専任講師,駒澤大学経営学部市場戦略学科准教授を経て,現在に至る。カリフォルニア大学バークレー校客員研究員(2015–2017年)。専門は消費者行動,ブランドマネジメント。

References
 
© 2023 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
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