Japan Marketing Journal
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Marketing Case
Service Creation by Users:
Crowdsourcing by Mineo to Implement 1,100 User Ideas
Arisa HirukawaHidehiko NishikawaRyohei Yonemitsu
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2023 Volume 43 Issue 1 Pages 83-91

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Abstract

ユーザーからアイデアを集め,製品開発に活用するクラウドソーシングが注目されている。しかし,クラウドソーシングを活用する企業の多くが,アイデア募集に苦労している。たとえユーザーからアイデアを集められたとしても,そのアイデアを上手く活用できず失敗する企業や,継続できていない企業も多い。その困難克服の好例が格安スマホのmineoである。mineoはこれまでに約9,100件のアイデアをユーザーから集め,約1,100件ものアイデアを実現している。本稿では,まずmineoのコミュニティサイト「マイネ王」にて,ユーザーからアイデアを集める場として中心的に機能している「アイデアファーム」について紹介する。次に,ユーザーのアイデアをもとにサービスの創造やアップデートが行われていることを確認する。最後に,ユーザーのアイデアを数多く実現し,魅力的なサービスへと進化しているmineoの優れている点,すなわち1.アイデアの量の確保2.アイデアの質の向上3.役職者による全アイデアの検討と実現化の促進について述べる。

Translated Abstract

Crowdsourcing refers to gathering of ideas from users and utilization of these ideas for product development. This approach has garnered significant attention, but despite its advantages, many companies that utilize crowdsourcing face difficulties in gathering user ideas. Even if ideas are obtained from users, many companies fail to utilize them effectively or are unable to continue to do so. Mineo, a low-cost smartphone company, provides a good example of overcoming these difficulties. The company has been able to collect about 9,100 ideas from users and has implemented roughly 1,100 of these ideas. In this paper, we first introduce the “Idea Farm,” which serves as a centralized platform for collection of ideas from users on the Mineo community site “mineo-ou”. Next, we show that new services have been created and existing services improved based on user ideas. Finally, we discuss three outstanding aspects of the approach taken by Mineo in collecting numerous user ideas and evolving these ideas into attractive services: 1) securing the quantity of ideas, 2) improving the quality of ideas, and 3) consideration of all ideas by executives and facilitation of the realization of user ideas.

mineoのコミュニティサイト「マイネ王」

出典:Figma Mockupsおよび著者撮影・加工

I. はじめに

近年,インターネットを通して,多数のユーザーからアイデアを集め,製品・サービスの創造に活用するクラウドソーシングが注目されている(Howe, 2006)。レゴや良品計画,スターバックス,デルなどの先進企業がクラウドソーシングを活用し,成果をあげている(Nishikawa, 2020)。ユーザーのアイデアによる製品開発が,内部の専門家のアイデアによる製品開発に比べて新規性が高く,売上高も高いためである(Nishikawa, Schreier, & Ogawa, 2013; Poetz & Schreier, 2012)。それだけでなく,クラウドソーシングを実施しているという事実が,消費者(参加していないユーザー)に,製品品質が高いと知覚させ,その製品の売上高を押し上げたり(Nishikawa, Schreier, Fuchs, & Ogawa, 2017),実践する企業の革新能力や顧客志向を高いと認識させたりすることにもつながる(Okada, 2019)。

だが,こうした効果があるにも関わらず,ユーザーのアイデアが集まらず,そもそもクラウドソーシングを開始することすらできないという企業も多い。実践した企業の約90%は,月に1件しかユーザーのアイデアを収集できないからだ(Dahlander & Piezunka, 2014)。こうした大きな壁を乗り越えても,ユーザーのアイデアを上手く活用できず失敗する企業や,継続できていない企業も多い(Arai et al., 2015; Dahlander & Piezunka, 2020)。

このような中で,7年で約9,100件のアイデアをユーザーから集め,約1,100件ものアイデアを実現しているのが,本稿で取り上げる格安スマホのmineoである。mineoはユーザーのアイデアをベースにして魅力的なサービスを創造し,格安スマホサービスの中で独自の位置付けをもつ。

以下では,mineoのサービスについて概観し,mineoのクラウドソーシングである「アイデアファーム」や,ユーザーのアイデアをもとに生まれたサービスの事例を確認した上で,約1,100件ものユーザーのアイデアを実現している優れたマネジメントを明らかにしていく。

II. mineoについて

1. 格安スマホ市場の概況

格安スマホの事業者は,無線通信設備を大手キャリア(au,ドコモ,ソフトバンク)から借りて,通信サービスを提供している。設備投資やショップ運営費が少なくて済むため,格安でサービスを提供できる。格安スマホの利用率は,2014年の1.6%から2019年の13.2%まで成長を続けた一方で,2020年に大手キャリアがそれぞれpovo,ahamo,LINEMOという低価格なオンライン専用プランを立ち上げたこともあり,2021年は9.3%,2022年は9.9%とその成長は停滞している(Mobile Marketing Data Labo, 2023)。

こうした市場において成長するには,他社との差別化を図る必要があるが,価格や通信速度といった機能価値では差別化が難しい市場である。その中で,ユーザーから多くのアイデアを集め,魅力的なサービスの創造につなげているのが,本稿で紹介するmineoである。

2. mineo,マイネ王とは

mineoとは,株式会社オプテージが2014年より展開する格安スマホサービスである。2023年3月時点での契約数は約125万回線で,格安スマホの事業者シェアは,IIJmioやBICSIMを提供する「インターネットイニシアティブ」,OCNモバイルONEなどを提供する「NTTレゾナント」に次ぐ,3位のポジションにいる(MM Research Institute, 2022)。「Fun with Fans!」をブランドステートメントに掲げ,「共有して,共感して,仲間と一緒に創っていこう」,「シンプルに,正直に。みんなに誠実であろう。」といった行動指針(mineo way)のもとサービスの提供を続ける。格安スマホの事業者の中で,顧客満足度1位(Japan Productivity Center, 2022)や,NPS(推奨度)第1位を獲得するなど(Mobile Marketing Data Labo, 2023),ユーザーから高い評価を得ているブランドである。そのことを裏付けるように,mineo新規契約者のうち20%強が,既存契約者の紹介による新規契約である(2020年12月現在)。

mineoは,マイネ王というコミュニティサイトを運営する。それは,ユーザー同士のみならず,ユーザーとmineo運営事務局がつながれる場所である。格安スマホ市場への新規参入が相次いだ2015年当時,予算が限られているなかで,ユーザーの口コミによるサービスの拡散を目的として立ち上げられた。mineoが新しい取り組みを発信し,ユーザーがコメントする「スタッフブログ」や,ユーザー同士が質問・回答しあえる「Q&A」,後述する「アイデアファーム」など,テキストやリアクションボタンを通じてコミュニケーションがとれるコンテンツが多く用意されている。mineoを契約しているか否かに関わらず,誰でも無料で利用可能だ。2023年3月時点でのマイネ王ユーザー数は約80万人であり,mineo契約者の半数以上がマイネ王のユーザーとなっている。図1のようにmineoの契約者数の伸びとともにマイネ王のユーザー数も年々増加している。

図1

mineoの契約者数とマイネ王ユーザー数の推移

出典:株式会社オプテージからのデータをもとに著者作成

III. ユーザーのアイデアが,サービス創造につながる

1. アイデアファーム

マイネ王には,スタッフブログやユーザーを招いたオフライン/オンラインイベントなど,ユーザーの意見を聞くことができる場がさまざまある。ここでは,ユーザーからアイデアを集める場として中心的に機能している「アイデアファーム」について説明する。

アイデアファームとは,マイネ王ユーザーからmineoやマイネ王についての新サービスや改善点の提案を受けつける場のことである。なお,mineoのサービスに関するアイデアは,mineoを契約しているユーザーに限定される。これまでに約9,100件のアイデアが投稿され,約1,100件ものアイデアが実現されている。

アイデア投稿から実現までの流れは,次のとおりである。まず,アイデアファームにある提案フォーム(図2参照)に,タイトルと提案するカテゴリー,提案内容,その背景・きっかけや,提案によってもたらされるメリット・デメリットをテキストで入力する。テキストでの入力に加え,画像や動画を添付することも可能だ。提案するカテゴリーは,通信サービス,mineo端末,mineoサービスサイト,mineoアプリ,マイネ王,サポート,プロモーション,おもしろアイデアの8つがある。フォームを送信したら,アイデア投稿完了である。投稿されたアイデアは,アイデアファームのサイトトップに並び,他のマイネ王ユーザーから「ナイス!」ボタンやコメントでのリアクションを得ることができる。運営事務局が毎週の会議ですべての投稿アイデアを確認し実現可否を議論,その後アイデアが実現されるという流れである。

図2

アイデアファームの投稿画面

出典:photoACおよび著者撮影・加工

こうしたアイデア実現までの状況(ステータス)は,適時,ユーザーに伝えられる。まだ運営事務局が確認していない場合は「新着」,確認したら「確認済み」,実現を検討し始めたら「検討中」,さまざまな準備・開発を経てそのアイデアが実現されると「実現済み」というステータスに更新される。

2. アイデアファームから創造されたサービス

mineoでは,アイデアファームを通して,約1,100件ものユーザーのアイデアが実現されている。同社によると,実現済みのアイデアは「より楽しむためのアイデア」,「魅力をより分かりやすく伝えるためのアイデア」,「通信サービスに関するアイデア」の大きく3つに分類されるという(図3参照)。

図3

ユーザーのアイデアのカテゴリー別実現済み割合

注:アイデア実現率=実現済み件数/投稿件数

出典:株式会社オプテージからのデータをもとに著者作成

以下では,3つの分類の内容について解説し,ユーザーのアイデアによってmineoが魅力的なサービスへと進化していることを確認していく。

(1) より楽しむためのアイデア

まず,mineo・マイネ王をより楽しむためのアイデアは,実現済みアイデアの50%を占め,アイデアの実現率も15%と他のカテゴリーに比べて高い。

その事例として,グリーティングカードをとりあげる。ユーザーから,「【来年は卯年】マイぴょんからのお年賀が欲しい」というアイデアが投稿された。マイぴょんとは,ユーザーからの公募で選ばれたmineoの公式キャラクターである。この投稿から,マイぴょんがユーザーから親しまれている様子がうかがえる。

アイデアが投稿された約3週間後には,マイネ王のメッセージで,マイぴょんの動くクリスマスカードや年賀状といったグリーティングカードを贈れる機能が実装された(図4左参照)。このように,短期間にユーザーのアイデアを実現していることがわかる。この機能は感謝や挨拶などユーザー同士のコミュニケーションを促し,mineo・マイネ王での体験をより良くすることにつながる。

図4

ユーザーのアイデアをもとに創造されたサービス

出典:著者撮影・加工

(2) 魅力をより分かりやすく伝えるためのアイデア

次に,mineoの魅力をより分かりやすく伝えるためのアイデアは,実現済みアイデアの24%を占め,アイデアの実現率が11%となっている。

その事例として,新サービスの伝え方についてのアイデアをとりあげる。ユーザーからmineoサービスサイトに関して,「通信速度に詳しくないmineo契約予定者にサービスをわかりやすく伝えるために,できることを表でまとめたほうがいいのではないか」という主旨のアイデアが投稿された。

最大通信速度が32 kbpsと制限される代わりに月額250円で利用できる「マイそくスーパーライト」という新サービスを提供開始した際に,ユーザーのアイデアをもとに,各通信速度でできることを表でまとめた(図4中央参照)。これにより,わかりやすくサービスの魅力を伝えることができた。

(3) 通信サービスに関するアイデア

最後に,mineoの通信サービスに関するアイデアは,実現済みアイデアの25%を占め,アイデアの実現率が8%となっている。

その事例として,「パスケット」をとりあげる。パスケットとは,手持ちのパケット(データ通信容量)をいつでも好きな時に出し入れすることができるオプションサービスのことである(図4右参照)。「パケットを余らせてしまうから,自分のパケットを貯めておけるタンクのようなものが欲しい」という主旨のアイデアが複数のユーザーから寄せられ,実現したサービスである。利用したユーザーからは「とにかく『使う時』と『使わない時』が両極端な私にとって便利」,「無意味にパケットを貯めたくなる。そしてmineo沼にハマる」といった声があがっている。

さらに,パスケットのサービス提供開始から約7か月後,「投資感覚でパケットを増やしていけるような仕組みをつくる」というユーザーのアイデアをもとに,パスケットに貯めたパケット容量に応じてパケットのボーナスをプレゼントする,「パスケットボーナス」という機能が追加された。貯めているだけで配当がつくような,お得感のあるユニークな機能である。こうしたユーザーのアイデアでサービスが進化している。

IV. ユーザーによるサービス創造の鍵

このようにmineoでは,アイデアファームを中心とした場で集めたユーザーのアイデアを約1,100件も実現し,魅力的なサービスを創造している。mineoが数多くのユーザーのアイデアを実現し,サービスの創造につなげることができている理由は,「アイデアの量の確保」,「アイデアの質の向上」,「役職者による全アイデアの検討と実現化の促進」という3つに整理できる。

1. アイデアの量の確保

第1に,多くのアイデアを実現するためには,アイデアの量の確保が不可欠である。そのため,mineoは,次の2つのことを実践している。

ひとつは,ユーザーにアイデア活用の状況を適時伝えていることだ。すでにみたように,mineoでは,新着,確認済み,検討中,実現済みというステータスを丁寧にユーザーと共有している。こうしたアイデア活用の情報共有は,ユーザーのアイデア投稿のモチベーションにつながる。

アイデアファームのWebページには,「提案いただいたアイデアは,通常1~2週間以内に事務局がすべての内容を確認」と記載されている。こうした具体的な宣言は,他の事例ではみられない丁寧な対応である。たとえ自分のアイデアが採用されなかったとしても,自分の投稿した内容が必ず運営事務局に届くということは,アイデア投稿の経験者だけでなく,初投稿のユーザーにとっても,アイデア投稿のモチベーションとなり,アイデアの量を増やすことにつながっているといえる。

もうひとつは,ユーザー同士のコミュニケーションを促す仕組みの存在である。ユーザー同士のコミュニケーションが,アイデアの投稿を促進するのである。マイネ王のユーザーは,「他ユーザーとのやりとりが魅力」,「他のユーザーが優しい。仲間意識を強く感じる」といった声をあげている。2022年12月の1か月間に投稿されたアイデア91件について調べてみると,アイデア1件あたり平均して約15件のナイスボタンと約8件のコメントがついている。また,ほとんどのアイデアについて,投稿されたその日のうちに他のマイネ王ユーザーから何かしらのリアクションが行われている。これはベテランのユーザーの投稿に限った話ではない。マイネ王では,「ビギナー」「ルーキー」「レギュラー」「エース」など活動量に応じてさまざまな称号が用意されているが,上述の91件のアイデアの投稿のうち,約20%はビギナーとルーキーといういわゆる初心者ユーザーが占めている。

ユーザー同士でのコミュニケーションが活発に行われる背景には,最初に低いハードルでコミュニケーションができるような設計がある。具体的には,マイネ王に登録すると,「ミッション」が与えられる。ミッションとは,誰かにチップ(感謝や賛同の気持ちを表した,10 MBのパケットのプレゼント)を送る,スタッフの書いたブログにコメントを送るなどの簡単な任務のことで,ミッションを行うだけで,特典としてパケットをもらうことができる。さらに,ブログへのコメント書き込みに関して,「すごい」などの簡単なコメントを送るだけで,他のマイネ王ユーザーからナイスボタンがつくという。まずはブログにコメントするというハードルの低いアクションを行い,他のユーザーから反応をもらえるという体験を経て,初心者のユーザーが,他のユーザーへのリアクションやアイデア投稿のようなハードルの高いアクションも行うようになる。このように,すでにいるユーザーの力を借りながら,初心者のユーザーをマイネ王内でアクティブにするための流れが設計されている。

ここでのポイントは,ハードル低く参加できる場があるだけでなく,コアユーザーによる温かい反応があることである。運営事務局の岡本真治氏は,コアユーザーが積極的にリアクションや返信を行う背景として,マイネ王を立ち上げた2015年から続けている密なコミュニケーションを指摘する。2015年の立ち上げ初期は,運営事務局側がマイネ王ユーザーに積極的に声をかけ,マイネ王で行うイベントへの集客を行っていた。運営事務局の地道な働きかけによって,マイネ王に参加するユーザーが徐々に増えていき,互いの顔がわかるほど人数の少ないコミュニティで密なコミュニケーションが行われる中で,信頼関係が築かれていったという。このような経緯からマイネ王の中でコアユーザーが育ち,さらにそのコアユーザーとのコミュニケーションの中で初心者ユーザーが育っていくという流れができているといえる。

2. アイデアの質の向上

アイデアの量だけでなく,サービス創造につなげるためには,アイデアの質が重要である。もちろん,集めるアイデアの量を増やすこと自体が,ユーザーの多様性をもたらし,いままで見落としていたような優れたアイデアを増やす可能性をあげることから,アイデアの質を高めることにつながるが(Nishikawa & Honjo, 2011; Page, 2007),さらに質を高めるために,次の2つの工夫が実践されている。

ひとつは,アイデアの質を向上させるアイデア投稿のフォーマットである。すでにみたように,アイデアファームの投稿フォーマットには,タイトルと提案したいカテゴリー,提案内容,背景・きっかけ,提案によってもたらされるメリット・デメリットの5つの項目がある。このうち背景・きっかけや,提案によってもたらされるメリット・デメリットの記入は任意だが,「提案に至ったきっかけ(不満点・困った点など)があれば入力して下さい」,「この提案の,考えられる利点・難点があれば入力して下さい」など,投稿するユーザー自身がアイデアをより具体的に考えたり,精緻化したりするうえで思考の補助となる文章が添えられており,質の向上に影響を与えているといえる。

また,画像や動画,TwitterやFacebookの投稿を添付できる仕様になっており,言語化が難しい想いやアイデアも視覚的に伝えやすい形式になっている。自身の頭にあるアイデアを視覚表現化することは,実現可能性や実際に自身が使いたいものになっているのかというニーズについてセルフチェックを行うことにもつながり,ユーザーのアイデアの質を高めることができるといえる。

もうひとつは,不採用の理由を説明していることである。mineoでは,投稿したアイデアが採用されない場合には,運営事務局が採用しない理由を個別にフィードバックしている。具体例として,通信が混雑する昼間の時間帯に通信を控えることで特典がもらえる「ゆずるね。」というサービスに関する運営事務局の対応が該当する。「毎日自動でゆずるね。できる機能がほしい」というユーザーからの提案に対し,「ゆずるね。は,回線のゆずり合い・助け合いをコンセプトとしたサービスのため,皆さんの『今日はゆずってもいいよ。』というお気持ちを大切に考えています。そのため,ゆずっていただける際は毎回宣言いただきたく,本提案の検討は見送っています。」のように,採用に至らなかった理由を運営の想いとともにフィードバックしている。mineoでは,約9,100件のアイデアのうち約1,100件を採用と,アイデアの採用率は高いが,約8,000件のアイデアは不採用である。そのため,不採用だった理由を丁寧にフィードバックすることは,ユーザーのアイデア投稿に対するモチベーションの維持だけでなく,mineoのサービスに対するユーザーの学習につながる。こうしたユーザーへのフィードバックは,アイデアの質を向上させる(Wooten & Ulrich, 2017)。

3. 役職者による全アイデアの検討と実現化の促進

ユーザーのアイデアの質が高くても,意思決定者によりアイデアが検討されないと実現は難しい。そのために,誰がどのようにアイデアを検討するかが重要である。

以前のmineoでは,アイデアファーム(当時の名称は「アイデアラボ」)への投稿に対しユーザー投票が行われ,可決されたアイデアだけを運営事務局で検討していた。しかし,投票の結果,見送られるアイデアが多数発生し,その中には魅力的なアイデアも含まれていたという。そこでユーザーの投票結果によらず運営事務局で採用可否を判断するという形式に変更した。

この採用可否の判断について,mineoでは,役職者が毎週の定例会議で,集まったユーザーのアイデアすべてに目を通している。具体的には,毎週約20数件のアイデアを確認することとなる。意思決定ができる役職者が直接アイデアを検討することによって,組織内でユーザーのアイデアを起点に製品開発を行う環境ができている。さらに,サービス開発担当,コミュニティ運営担当という具合に役職者の分野が多様で,多様な領域で,アイデアを採用することが可能となる。

すべての製品開発がユーザーのアイデアをもとに行われているわけではないが,7年で約1,100件ものユーザーのアイデアを実現し,サービスの創造につなげている背景には,ユーザーのアイデアすべてに目を通すという役職者の地道な取り組みがあるといえる。

V. おわりに

本稿では,7年で約1,100件ものユーザーのアイデアを実現し,サービスの創造につなげているmineoの優れた取り組みについてまとめてきた。mineoの優れた3つのポイント「アイデアの量の確保」,「アイデアの質の向上」,「役職者による全アイデアの検討と実現化の促進」に共通しているのは,丁寧に一人一人のユーザーと向き合う姿勢だ。

また,ユーザーのアイデアを数多く実現することは,ユーザーのアイデア投稿のモチベーションとなり,さらにアイデアの投稿数を増やすことにつながる。そしてアイデアの投稿数が増えることで,より多くのユーザーのアイデアを実現できるという良い循環が生まれている。このように,多くのアイデアをユーザーから集め,サービスの創造につなげているmineoの取り組みから,研究者や実務家が学ぶべき点は多い。

謝辞

本ケースの作成にあたって,株式会社オプテージ コンシューマ事業推進本部の岡本真治氏から多大なご協力をいただいた。さらに,本研究は,法政大学西川英彦研究室と博報堂により設置された,生活者イノベーターと企業の価値共創を産学で研究するUSER INNOVATION LAB.の支援および,JSPS科研費JP20K01972,中国科学技術部DL2022035001Lの助成を受けたものである。ここに記して感謝申し上げる。

比留川 ありさ(ひるかわ ありさ)

株式会社博報堂 ブランド・イノベーションデザイン イノベーションプラナー,USER INNOVATION LAB. 研究員。

西川 英彦(にしかわ ひでひこ)

2004年神戸大学大学院経営学研究科修了,博士(商学)

現在,法政大学 経営学部 教授,USER INNOVATION LAB.共同代表。専門は,ユーザー・イノベーション,デジタル・マーケティング。

米満 良平(よねみつ りょうへい)

株式会社博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センター 上席研究員(本務),USER INNOVATION LAB. 研究員,亜細亜大学(非常勤講師)。

References
 
© 2023 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
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