2023 Volume 43 Issue 2 Pages 54-62
本稿は,マーケティング及び消費者行動の分野で注目を集める価格公平感(price fairness)ないし価格公平性知覚(price fairness perceptions)に着目したレビュー研究である。マーケティング分野の主要誌をターゲットとし,価格公平感の先行要因を中心にレビューを行った。このレビューは,Xia, Monroe, and Cox(2004)のフレームワークをベースとして実施することで,研究の傾向を掴むとともに,不足している分野を明らかにしている。また,消費者が価格公平感を知覚する状況を想定したゲームモデルなどを用いて,企業が実行する価格戦略の帰結(均衡,利益)を明らかにした研究についても簡単にまとめた。これらのレビューにより,価格公平感の先行要因には特定カテゴリの研究が多くを占める傾向があることや,その傾向には,時勢に合わせた変遷が見られることが明らかになった。この研究は,近年広がりを見せる消費者の個人情報を利用した価格差別や,パーソナライズド・プライシングに対する消費者の反応とそれらが企業にもたらす利益について貢献することを目的としている。
This paper is a review of research focusing on price fairness or perceptions of price fairness, which have attracted attention in the marketing and consumer behavior fields. Using articles from major marketing journals, the review focuses on factors that influence price fairness perceptions. A review of these factors was conducted based on the framework of Xia, Monroe, and Cox (2004) to capture research trends and identify areas of deficiency. We also briefly summarize studies of the consequences of pricing strategies implemented by firms using game models and other methods that assume a situation in which consumers perceive a sense of price fairness. This review revealed that factors that influence price fairness tend to be dominated by specific categories of studies and that these trends have changed over time. The purpose of this study is to examine consumer reactions to price discrimination and personalized pricing using personal information of consumers, which has become increasingly prevalent in recent years, and the benefits they bring to firms.
近年,インターネットやデジタルデバイスの普及により,個人情報を利用した個人単位の価格差別や個別のニーズを捉えたダイナミック・プライシングが広がりを見せている。例えば,日本マクドナルドは購買履歴に基づいた個人仕様のクーポンを発行し,間接的な価格差別を実施している(Nihon Keizai Shimbun, 2011)。他にも,企業はCookieを利用することで,消費者個人のWeb上における行動履歴データを取得し,パーソナライズされた価格を提示することができる。しかし,こうした試みは必ずしも企業と消費者に良い結果をもたらすとは限らない。過去,Amazon.comは,顧客の購買履歴を活用した価格を設定した疑惑により,謝罪を要求されている(Streitfeld, 2000)。価格は今日の企業にとってより複雑で重要なマーケティング要素になったといえるだろう。しかし,このような価格戦略を実施した場合の消費者の反応や,企業が得られる利益に関して,統合的な結論は出ていない。例えば,伝統的な経済学では価格差別が各プレイヤーの余剰を改善し,厚生を最大化することが示されているが,Amazon.comのように,消費者の心理的抵抗の存在から企業と消費者の両者が十分な利益を得られない状況が観察されている。本稿は,この状況に着目している。すなわち,個人情報を利用した価格差別に対する消費者の心理的抵抗の存在を明らかにし,その抵抗が企業と消費者に対して与える利益について文献を横断したレビューを行う。
そこで注目すべきは,消費者が知覚する価格公平感(price fairness),価格公平性知覚(price fairness perceptions)に関する研究群である。文献や語の使用タイミングにより,この2つは区別されずに用いられることが多いため,本研究では便宜的に価格公平感に統一して議論している。価格に対する公平感や公平性の知覚を,価格公平感(price fairness)として初めて包括的に概念化し,明確な定義をもとに議論したのはXia, Monroe, and Cox(2004)である。これによれば,それ以前の研究では,価格公平感は明確に定義されてこなかった(Xia et al., 2004, p. 10)。ここで定義された価格公平感について,Xia et al.(2004)以後の研究を整理することが本研究の主たる目的である。また,今日では環境の変化に伴う新たな文脈での研究が存在する。さらに,消費者行動分野だけではなく,マーケティング戦略等の分野でも価格公平感の存在が企業の価格戦略の帰結に対して与える影響について議論した研究が蓄積されている。価格戦略の帰結とは,企業がその戦略を実行した結果得られる利益や,社会,消費者が獲得する利益,あるいはその均衡のことを指す。そして,1.消費者の価格公平感の先行要因2.消費者が価格公平感を知覚することを想定した場合に,特定の価格戦略が企業や消費者の利益に与える影響,の2つを整理することが本稿のより具体的な目的である。
2. 価格公平感と過去のレビュー研究価格公平感(price fairness)は,「売り手の価格と,比較対象となる他者・集団への価格との間の差が,合理的と言えるか,あるいは許容可能か,正当化可能かという,消費者の評価とそれに関連する感情」と定義される(Xia et al., 2004, p. 3)。消費者が,自身が提示された価格と参照価格との差について公平感,あるいは不公平感を知覚する理由については,これまで複数の理論によって説明されてきた。たとえば,Adams(1965)の公平理論では,自身と他者のインプット・アウトプット比の違いが,取引の結果に対する分配的公平感を導くことが説明されている。一方で,Thibaut and Walker(1975)による手続的正義に関する議論では,消費者が価格設定の過程に対して知覚する手続的な公平感が説明される。さらに,価格公平感の文脈で多く援用される理論にKahneman, Knetsch, and Thaler(1986)の二重権利の原理が存在する。Kahneman et al.(1986)によれば,とある基準取引から得られる価値を基準に,それぞれ売り手と買い手はその価値を享受する権利を同時に持ち,その価値が脅かされる場合には取引要素の変更が許される一方で,価値を拡大するために取引要素を変更することは不公平だとみなされる。この理論は,値上げであってもコスト増による値上げであれば高い公平感が知覚されることを示す研究(Albrecht, Neumann, Haber, & Bauer, 2011)など多くの研究で援用されている。
Xia et al.(2004)では,価格公平感を知覚させる要因が体系的にまとめられている。そのフレームワークは図1のように整理され,本研究もこのフレームワークを参考している。すなわち,価格公平感の先行要因を,価格比較自体を除く4つのカテゴリに分類している。また,レビューの中では,先述のような価格公平感を前提とした企業の戦略の帰結を議論した研究や,特定の価格戦略にフォーカスした研究などこのフレームワーク内では捉えられない研究も存在した。それらは,別にカテゴライズしている。
Xia et al.(2004)によるフレームワークの一部
出典:Xia et al., 2004, p. 2, Figure 1を元に筆者作成
3. レビュー対象本稿では,Paul and Criado(2020)を参考にレビュー対象論文を選定した。はじめに,ジャーナル選択基準としてCharted Association of Business SchoolsのAcademic Journal Guideで3以上という基準を設けた。また,検索キーワードとして“price”と“fairness”を用い,Web of Science上で検索を実施した。具体的には,検索クエリ“price* AND fairness”によって,Web of Scienceに登録された「すべてのテキストフィールド」を対象として検索した。加えて,レビュー期間はXia et al.(2004)以後の2005年1月から,検索を実施した2023年4月を対象とした。結果として,36本の論文が抽出されたが,本文を確認し価格公平感を直接モデル化していない研究や,変数として利用していない研究,取引全体に関わる公平感を主題にした研究,コメンタリー等の非原著論文を除外した結果,15本の論文が最終的なレビュー対象となった。さらに,この15本のうち,価格公平感の先行要因について議論した論文は12本,価格公平感が存在する場合の価格戦略の帰結に関する論文は3本であった。さらに,価格公平感の先行要因について議論した論文について,図1のXia et al.(2004)のフレームワークに基づいて分類した結果,「コスト・プロフィット配分と責任の帰属」カテゴリに属すると考えられる論文と,「知識・信念・社会規範」カテゴリに属する論文に分けられた。すなわち,取引類似度や,売り手と買い手のリレーションシップに着目した研究は,今回のレビュー対象の中には存在しなかった。また,1本の研究はフレームワークの中ではどこにも分類することができなかった。これらの点は,本分野のリサーチ・ギャップとして指摘できる。以降の頁では,これらの研究の概要について順を追って紹介している。
今回のレビュー対象の中でこのカテゴリに属する論文は8件存在した。その中で,製品に追加的要素を与えることによるコスト増が,価格の上昇に繋がったことを示す研究(Albrecht et al., 2011)や,価格上昇の原因を自身に帰属させることで価格公平感が増加することを実証したSchmidt, Bornschein, and Maier(2020)のように,コスト・プロフィット配分と責任の帰属に関連した条件が変化することで価格公平感が変化することを直接的に示した研究は6件であった。残りの2件は,分割価格(Sheng, Bao, & Pan, 2007)や,ドリップ・プライシング(Totzek & Jurgensen, 2021)のように,特定の価格戦略が価格公平感に影響を与えることを議論しながら,その影響を与える理由としてコスト・プロフィット配分と責任の帰属のロジックを援用しているものであった。したがって,本稿ではこれらの2種に分けて研究の概観を示している。
(1) コスト・プロフィット配分と責任の帰属を直接的に議論した研究Albrecht et al.(2011)は,本レビュー対象となった研究の中でこのカテゴリに属する研究として最も早く出版されたものである。ここでは,ブランド間の差別化がごくわずかな成分の追加など些細な違いを訴求することで実施されている現状が注目された。すなわち,シャンプーに効用不明の成分が添加されているような,その製品の中核価値から見て重要でない(irrelevantな)要素の追加が,ブランド評価や態度を向上させることを実証したのである。Albrecht et al.(2011)では,そうした重要でない要素の追加は,ブランド態度や評価だけでなく,価格公平感を上昇させることが示されている。これは,要素の追加が,中核価値と関連の薄いものであっても,製品の製造コスト増加シグナルとして働き,二重権利の理論によって高価格が正当化されるためである。これは,製造コストの増加によって,企業・消費者間のコスト・プロフィット配分を改善させるための値上げやプレミアム価格が正当化されるという点で,このカテゴリに属する研究の1つであるということができる。また,Ratchford(2014)では,値上げが発生した状況において,値上げの理由がコストの上昇に依存するものであれば,二重権利の理論からその値上げが公平であると判断されるという過去の研究(Bolton & Alba, 2006など)を拡張している。具体的には,コストの種類に着目し,チャネルコストの増加やメーカーのコスト増加による値上げは,小売のコスト増加による値上げと比較してより公平であると知覚されることを実証している。また,小売店の価格に対する不公平感は,値上げ原因が小売以外のチャネルメンバーにあることで軽減されることを示している。この研究は,消費者は通常,より強い価格決定の権利と責任を小売店に帰属させているため,小売店が操作できないサプライチェーン上流のコスト増が値上げ原因であることを示すことで,より高い価格公平感を獲得できることを示唆している。
続いて,Delgado-Ballester, Hernandez-Espallardo, and Rodriguez-Orejuela(2014)は,スーパーマーケットなどの小売店のストア・イメージが,小売店の名を冠したストア・ブランド製品と,メーカーの名を冠したマニュファクチュア・ブランド製品の評価に対して与える影響を調査している。通常,プライベート・ラベルのようなストア・ブランド製品は,マニュファクチュア・ブランド製品よりも低価格で販売される。そこで,消費者のマニュファクチュア・ブランド製品に対する価格公平感が低下することが考えられる。Delgado-Ballester et al.(2014)によれば,この不公平感は肯定的なストア・イメージにより増加するが,その影響はストア・ブランド製品に対する機能的・財務的知覚リスクが減少することによって媒介されることが明らかになっている。これは,マニュファクチュア・ブランド製品の価格プレミアムは,その比較対象となるストア・ブランド製品に対して知覚されるコストとして理解されることでより価格公平感が高まることを示しており,ここでも二重権利の理論がこの仮説をサポートするために援用されている。一方で,Ratchford(2014)のように,消費者に価格の理由となるコスト情報を公開することが価格公平感に与える影響を議論した研究として,Simintiras, Dwivedi, Kaushik, and Rana(2015)が挙げられる。Simintiras et al.(2015)は,製品のコスト透明性(cost transparency)が価格公平感に与える影響に着目した研究である。ここで透明化され消費者に提示される情報は単価情報(unit cost information)すなわち製品製造のために企業が負担するコストであり,Simintiras et al.(2015)はこの公開によって消費者価格公平感を通じて消費者の取引満足度が向上し,市場の効率性が向上することを提案している。
ここまでの研究は,Ratchford(2014)やSimintiras et al.(2015)のように,コスト・プロフィットの中で企業が支払うコストに着目した研究が主であった。この一方で,Lastner, Fennell, Folse, Rice, and Porter(2019)は,消費者が支払うコストに着目し価格公平感との関係を実証している。この消費者のコストとは情報収集など取引上のエフォートである。Lastner et al.(2019)では,他者が自身より安い価格で取引を成立していることに気づいた消費者が知覚する価格不公平感に焦点を当てている。そこで,Lastner et al.(2019)では,取引の参照先となる他者のエフォートが可視化されている場合,怒りの感情の減少や参照先のふさわしさの感覚(referent deservingness)の増加を通じて,自身の不利な価格に対する不公平感が減少することを実証している。ここでは,他者がエフォートを支払ったことを消費者に伝えるために,シナリオ上で直接他者が価格検索に多大な時間をかけたことを伝えた他,小売店で貯めたポイントの存在を示している。すなわち,貯めたポイントが他者が支払ったエフォートのシグナルとして働くことを示しているのである。この研究は,取引上のコストが価格公平感に与える影響を調査した研究として,消費者の,かつ参照相手のコストを主眼に置いた点でこの一連の研究の文脈に貢献したものであるといえる。最後に,この項に分類される研究として,Schmidt et al.(2020)がある。この,Schmidt et al.(2020)では,価格の変更に対する責任を消費者が自身に帰属する状況では,価格公平感が高まることが実証されている。この研究は,近年見られる消費者の個人情報を利用した価格差別,あるいはパーソナライズ価格に焦点を当てたものであり,その焦点を当てた現象から近年の研究対象が現実の事象に合わせて変化していることを読み取ることができる。具体的には,消費者がwebサイトを訪問した際に,価格パーソナライズのためのCookie通知へ同意することで,その企業の価格変更に対する内的帰属(internal attribution)が高まり,価格公平感が向上することを実証している。
(2) 特定の価格戦略の枠組みで議論した研究特定の価格戦略が価格公平感に影響を与えることを議論している研究としては,Sheng et al.(2007)のような研究がそれにあたる。Sheng et al.(2007)が着目した価格戦略は,分割価格(partitioned pricing)である。これは,価格を基本料金と追加料金に分割して提示するものであり,例として,オンライン店舗での,製品価格と送料の分割が挙げられる。Sheng et al.(2007)は,こうした分割価格が,製品やサービスをまとめて価格をつけるバンドル価格と比較して優位に立つ条件を検証した。そこで焦点が当てられたのが価格公平感であり,基本料金に対して追加料金が高いほど価格公平感が低下することを実証している。これは,十分に追加料金が低い場合,その料金は円滑な取引を行い,製品を享受するために必要なものとしてコストが過小評価,あるいは無視されるためである。この,価格戦略の効果に価格公平感を取り入れた初期の研究は,価格戦略の評価に公平感という視点を取り入れた点でこの研究の文脈に貢献したものであるといえる。続いて,ドリップ・プライシングに着目したTotzek and Jurgensen(2021)が存在する。ドリップ・プライシングとは分割価格の一種であり,最終価格が提示されないまま,追加サービスと追加料金が次々と提示されるという価格戦略である。Sheng et al.(2007)が追加料金の大きさに着目していたのに対し,Totzek and Jurgensen(2021)は追加料金の回数に着目した。すなわち,追加料金の回数が多いことが価格公平感を低下させることを実証したのである。この2つの研究からは,分割価格戦略という広い枠組みの中で,近年になって登場したドリップ・プライシングにも価格公平感に対する類似した効果が見られることを示す,という研究の流れを窺うことができる。また,Totzek and Jurgensen(2021)は追加料金の発生回数が価格公平感を低下させる理由として価格の透明性知覚が低下することを議論している。この点から,Simintiras et al.(2015)から続く価格設定方法の透明性に関する研究の流れを確認できる。
2. 知識・信念・社会規範に関する研究このカテゴリの研究も,前項と同様に,知識・信念・社会規範を直接的に議論した研究と価格戦略の枠組みを導入した研究に分けられた。従って,以下それぞれ別々に概説している。
(1) 知識・信念・社会規範を直接的に議論した研究Anderson and Simester(2008)では,衣服を購入する文脈に焦点を当て,大きいサイズの服にプレミアム価格が付された場合,消費者は高い不公平感を知覚することを実証している。大きいサイズの服は小さいサイズの服と比較して明らかに大きなコストをメーカーが支払っているのにも関わらず高い料金に不公平感が知覚される理由として,Anderson and Simester(2008)では「サイズによって価格が異なることは小売業では常識的ではない」(Anderson & Simester, 2008, p. 499)ことを指摘し,社会規範によって公平感が低下していることを議論している。一方で,Sipilä, Alavi, Edinger‐Schons, Müller, and Habel(2022)では,企業のCSRの取り組みが価格公平感に与える影響について,消費者の信念や知識に注目して議論している。この研究では,企業のCSRへのエンゲージメントが,価格の上昇に対する公平感を減少させることを仮説として立て,実証している。しかし,CSRの取り組みは明らかに企業のコストを増加させるため,過去の研究と照らし合わせれば値上げは正当化されるべきだと考えられる。この予想に反して価格公平感が減少する理由として,Sipilä et al.(2022)では,CSRに取り組む企業は公正であり,価格についても公正な取り組みをするはずである,というイメージが消費者の中で形成されることを挙げている。この,ある種の信念が,企業の期待価格を下げてしまうため,価格が増加した場合により大きな不公平を感じるのである。
これらの研究を概観すると,どちらもコスト・ベネフィット配分の面から見れば公平感が増加するはずの状況であっても,知識・信念・規範の存在によって公平感が減少する場合が見られることがわかる。しかし,どちらの研究にも,企業のコストが増加していることによる価格公平感の増加メカニズムと,それぞれの研究の公平感減少メカニズム両方の効果を総合した議論はない。これら相反する効果の関係性の議論は,今後の研究課題である。
(2) 特定の価格戦略の枠組みで議論した研究Lee(2019)は高割引価格訴求(tensile price claims,以下 TPC)の戦略が価格公平感に与える影響を議論している。TPCは,「最大80%OFF」のように,消費者を惹きつけるために最大の割引率を示す戦略であるが,Lee(2019)では最大値のみを示すシングル・アンカーTPC(「最大Y%OFF」)と最小値と最大値の両方を提示するデュアル・アンカーTPC(「最大X-Y%OFF」)の効果が比較された。この中で,TPCの値が極端である場合,シングル・アンカーTPCではより低い価格公平感が導かれることが実証されている。なぜなら,シングル・アンカーTPCでは下限が設定されていないことからより高い期待価格が参照価格となることが多いためである。加えて,この効果は消費者のTPCに関する知識によって軽減されることも示されている。従って,この研究は価格戦略が価格公平感に与える影響について,知識・信念・社会規範をそのロジックに援用した研究としてカテゴライズできる。
3. その他の研究Lee-Wingate and Corfman(2011)は,Xia et al.(2004)のフレームワークでは分類できないものだった。これは,感情開示(emotional disclosure)が価格公平感に与える影響を議論した研究である。感情開示とは,否定的な感情を口頭あるいは書面で表現することであり,現実では取引で否定的な感情を知覚した消費者が,口コミやレビューで感情開示を行う様子を見ることができる。Lee-Wingate and Corfman(2011)によれば,感情開示には,ネガティブな感情を緩和する効果がある。したがって,ネガティブな感情である価格に対する不公平感は感情開示により緩和される。この研究は,公平感の感情としての側面に着目した唯一の研究であり,研究の枝葉の広がりを窺うことができる。
ここでは,価格公平感の存在を前提として,企業の実施する価格戦略が企業や消費者に対して与える影響と帰結に関する研究を紹介する。企業は,価格公平感を前提とすると価格戦略の実行からどのような利益を得ることができるのか。また,企業と消費者の間にはどのような均衡状態がもたらされるのか。これらを包括的に調査するのがこの章の目的である。
このカテゴリに属する研究は合計で3本存在した。初めに,Chen and Cui(2013)がこのカテゴリに分類できる。Chen and Cui(2013)では,企業が製品に均一価格を設定する理由を,価格公平感の概念を用いて説明している。Chen and Cui(2013)によれば,サイズの違う靴や,フレーバーが異なるヨーグルトには,それぞれ異なる需要があるために,標準的な経済学の理論から考えればそれらに価格差が生じることが自然である。しかし,この例のような価格差を設ける企業は多くない。このパズルを説明するために注目されたのが価格公平感である。すなわち,価格差別を実行した場合には,消費者は不公平感を感じるために,需要に差が生じ,均一価格設定が肯定されるのである。Chen and Cui(2013)では,消費者の価格公平感を想定した企業間における価格競争のモデルにより,公平感への懸念が均一価格を企業に強制するコミットメント・デバイスとして働き,公平感によって均一価格が企業に高い利益をもたらすことが示されている。
続いて,Allender, Liaukonyte, Nasser, and Richards(2021)による価格難読化(price obfuscation)戦略が挙げられる。価格難読化戦略とは,価格の透明性を低下させる戦略であり,Allender et al.(2021)によれば,「価格差別を行う売り手が同じ製品について他の消費者に提示した価格を買い手に観察できないようにすること」と定義されている(Allender et al., 2021, pp. 122–123)。この研究では,現在のオンライン店舗で見られるパーソナライズされた価格設定に焦点を当てている他,実際に企業がアプリやセルフチェックアウトシステムを通じて実施している価格難読化戦略の効果を測定することを目的として行われている。ただし,ここで言及されている価格の透明性は,これまでに言及したSimintiras et al.(2015)などで議論されている透明性と意味が異なることに注意が必要である。すなわち,Allender et al.(2021)では他者に提示された価格がわかることを透明性が高いとしているが,Simintiras et al.(2015)では自身に提示された価格の設定方法がわかることを透明性が高いとしている。さて,Allender et al.(2021)では,価格に対する分配的公平感と,他者と比較したときの結果の公平感を表すPIF(peer-induced fairness)の懸念を持つ消費者を組み込んだゲーム理論モデルと実験により,価格難読化がPIFを軽減するために,均衡戦略として維持されることを実証した。結果として,価格難読化により売り手の価格決定力が増加することを示した一方で,価格難読化は分配的公平感に関する懸念を高めるため,その決定力には制約があることを示している。
最後に,Diao, Harutyunyan, and Jiang(2022)では,価格の公平感が存在する場合の,市場に新製品を導入する際の小売の価格戦略に着目した研究を実施している。この研究はメーカーと小売がそれぞれ価格を決定する2期間のゲームモデルを用いて実証されているが,第一に,新製品の導入時に高い価格を設定し,その後の需要増が発生した場合の値上げを避ける戦略が,メーカーと小売が同一というチャネル構造の場合に成立することを示している。これは,初めに安い価格で製品を投入し,需要増に伴って価格を上昇させた場合,価格公平感によって需要減少が招かれるためである。しかし,メーカーと小売が分かれている場合,小売は低価格で新製品を販売することが有効な戦略となる。なぜなら,端的にいえば,小売での低価格がメーカーに次期の卸売価格を低下させるように誘導するためである。一方で,メーカーは第2期の卸価格をわずかに下げるだけで大きな販売数の増加を得られるために,この均衡は小売がコスト減,メーカーは販売数増加,消費者は低価格をそれぞれ享受するwin-winの関係を築くことが結論づけられている。これは,価格公平感が存在するために達成される均衡であるため,Diao et al.(2022)では,価格公平感を減少させるような,これまで研究されてきた取り組みは,必ずしも最適な結果を招かないことを指摘している。
以上,マーケティング分野の主要誌における価格公平感研究の概観を説明した。レビューから,傾向として価格公平感研究は大きく2つに分けられることがわかった。すなわち,価格公平感の先行要因に関する研究と,価格公平感が存在する状況での,価格戦略の帰結に関する研究である。また,Xia et al.(2004)のフレームワークに沿って先行要因を分類する場合,コスト・プロフィット配分と責任の帰属を中心に議論する研究が多く見られた。さらに,この研究群の中には,企業あるいは消費者が取引のために支払うコストに関する議論を中心とした研究がほとんどであった。そのコストは,製造コスト(Albrecht et al., 2011),チャネルコスト(Ratchford, 2014),コスト透明性(Simintiras et al., 2015),取引上のエフォート(Lastner et al., 2019)など多岐にわたっていたが,この傾向の中にもコストの負担者がメーカー・小売店から消費者へと変遷があることが確認できた。
また,研究の変遷として,着目する現象の変化が挙げられる。Albrecht et al.(2011)やRatchford(2014)ではプレミアム価格や単純な値上げを取り上げていたが,近年のSchmidt et al.(2020)ではCookie通知への同意が現象として取り上げられている。価格戦略に関する研究の中にも,単純な分割価格を取り扱ったSheng et al.(2007)の研究から,ドリップ・プライシングを取り扱ったTotzek and Jurgensen(2021)からは時勢に合わせた研究の流れを窺うことができる。この点は,本稿の問題意識と一致している。
本稿の貢献は,Xia et al.(2004)で初めて定義された価格公平感研究を整理したことである。先行要因と価格戦略に関する研究の整理により,本稿は先述した2つの目的を果たした。また,この整理により,価格公平感という価格差別に対する消費者の心理的抵抗の存在を明らかにし,これが企業や消費者の利益に影響を与えることを示した点も貢献の一つである。
2. 研究課題今回のレビューで明らかになった1つ目の研究課題として,価格公平感の先行要因について,研究対象に偏りがあることが指摘できる。たとえば,Xia et al.(2004)で指摘された買い手と売り手のリレーションシップのステージが価格の公平感に与える影響についての研究はこれまで主要誌のなかでは拡大されていない。価格公平感の先行要因を,より多角的な視野をもって検討することはこの分野の研究課題である。
2つ目の研究課題として,価格公平感に影響を与える要因の,相反する効果についてより精緻な分析が必要なことが挙げられる。今回のレビューによって,コスト・ベネフィット配分の面から見れば公平感が増加するはずの状況であっても,知識・信念・規範の存在によって公平感が減少する場合があることがわかった。これら複数の要因の検討が必要である。また,これまでの研究は価格公平感が消費者や企業の利益を損なうことを前提としていたが,Diao et al.(2022)を見れば,価格公平感の減少が企業や消費者に良い影響を与える可能性があることも考えられる。いずれにしても,価格公平感はさまざまな要素を併せ持つ複雑な概念であるため,今後の精緻な分析とそれによるメカニズムの解明が必要である。
最後に,本研究の課題として,レビュー範囲が十分な広さを持たないことが指摘できる。価格の問題は,経済学分野などでも広く議論されていることから,マーケティング主要誌に限らず,より広くレビューすることでより包括的な議論をすることが望まれる。
本稿の執筆にあたり,レビュワーの先生から建設的なコメントを多数いただきました。ここに記し,感謝を申し上げます。
芳賀 悠基(はが ゆうき)
早稲田大学商学学術院助手。2022年,早稲田大学大学院商学研究科修士課程を修了。現在,同大学大学院商学研究科博士後期課程に在籍。専門はマーケティング戦略・消費者行動。