2023 Volume 43 Issue 2 Pages 123-126
本書は,日本発のポップカルチャーが世界市場で人気を博している今日的現象を,6名の研究チームが分析した野心的な研究成果である。2000年代以降,日本では「クールジャパン政策」が注目されるようになった(Mihara, 2014)。国内市場で育まれてきたマンガ,アニメ,ゲームなどが海外市場で人気を博すようになったことに着目して,さらなる市場拡大やそれを通じた日本のソフトパワーの向上を目指す中央官庁による様々な政策である。
本書は,このクールジャパン政策が注目してきた文化製品,すなわち「マンガ,アニメ,映画,ゲーム,ライトノベル,音楽,テレビ番組等」(p. 2)のジャパニーズ・ポップカルチャー(本書にならい以下JPC)のグローバル展開を分析対象としている。本書が目指すのは,JPCの創造,普及促進,消費者行動,マーケティング戦略に関する総合的な分析である。特にユニークなのは,ジャパニーズ・ポップカルチャー・イベント(本書にならい以下JPCE)に注目していることである。アジア(バンコク,名古屋,東京)とヨーロッパ(パリ,ライプツィヒ,デュッセルドルフ,ロンドン,バルセロナ),アメリカ(ロサンゼルス)で開催されたJPCEにおいて現地調査を行っている。
以下ではまず本書の概要を確認する(II.)。その上で,本書の貢献について論じる(III.)。最後にポップカルチャー研究の今後の発展に向けて何が必要か検討する(IV.)。
本書は4部構成であり,序章,終章を含めて12章からなる。序章(なぜ今「ジャパニーズ・ポップカルチャー(JPC)」に注目するのか[川又啓子])では,JPCの定義,JPCEの分類について説明されている。
1. 第1部 JPCの創造戦略:いかにJPCが生まれたか?第1部は,第1~3章からなる。第1章(日本マンガ・アニメの創造戦略:鉄腕アトムから,「鬼滅の刃」まで[三浦俊彦])は,両者が一体となって発展してきた日本産のマンガとアニメのストーリーやフォーマット,ターゲットなどが,アメリカやフランスのそれとどのように違うのか整理している。第2章(参加型創作文化の形成と発展[石川ルジラット])では,1975年以来の歴史を持つ同人誌即売会「コミックマーケット」や,ニコニコ動画というバーチャルな場で近年発展してきた「同人文化」に注目している。消費者ではなく制作者として創作文化に参加する日本独自のコミュニティの歴史と現状が明らかされる。第3章(キャラクターへ共感するコスプレーヤー[黒岩健一郎])では,自分が扮したキャラクターにコスプレイヤーがなりきることができる理由を「視点取得」と「共感」という概念を用いて分析している。
2. 第2部 JPCの展開戦略:いかに世界の文化となり,マーケティング戦略を革新するか?第2部は,第4~7章からなる。第4章(JPCの世界での展開:JPCEの発展プロセス[田嶋規雄])では,JPCEが形成され発展するモデルとして,市場形成モデル,市場変容モデル,市場連結モデルの3つに類型化し,市場のライフサイクルの各局面において採用すべき「基本戦略」について論じている。第5章(メガマーケティングによるJPCの正当化戦略:JPCEを活用したイベント・マーケティングへの示唆[川又])では,Japan Expo(パリ)と世界コスプレサミット(名古屋)に注目している。一部の好事家のサブカルチャーとされてきたJPCが世の中に受容されるプロセスを「正当化」と呼び,メディアによる承認やイベントによる可視化など正当化を促す要因を明らかにしている。
第6章と第7章は訪日外国人客に着目している。第6章(英独仏の潜在的旅行者によるジャパニーズ・ポップ・カルチャーに対する情報探索行動[中川正悦郎])では,消費者への質問票調査を行っている。デュッセルドルフとパリで開催されたJPCEの来場者に対する調査と,イギリスとフランスで実施したオンライン調査から,訪日旅行について必要な情報源の使い分け方が国ごとに違うことを明らかにしている。第7章(JPCを活用したインバウンド戦略:『ラブライブ! サンシャイン!!』を事例として[田嶋])では,アニメなどの「舞台」となった場所にファンが実際に訪れる「聖地巡礼」の実態について明らかにしている。静岡県沼津市を50回以上訪れているファンへのインタビューから,聖地を繰り返し訪問する理由が多様であり,地域や地方自治体の関与も重要であることが明らかにされている。
3. 第3部 JPCの消費者行動:いかにJPCは消費者・市場から評価されたか?第3部は,第8~9章からなる。第8章(マンガ・アニメの消費者行動:コンサマトリーで,優劣の客観的判断基準がない製品の消費者行動分析―[三浦])では,マンガ・アニメの購買時点ではなく購買後の使用(鑑賞)時点に着目して,個人としてどのように消費するのか,さらにはコミュニティにおいてどのように消費されるのか,ということを概念的に分析している。第9章(日本人の美意識とJPC:美意識,美術・芸術感,社会意識が生み出したJPC[三浦])では,「うつくしい」や「かわいい」という形容詞の意味的変遷などに着目して,西欧には見られない日本の美意識や社会への意識について検討し,それらを反映したものとしてのJPCの世界市場における独特なポジショニングについて論じている。
4. 第4部 JPCとマーケティング戦略:いかにJPCはマーケティング戦略を革新したか?第4部は,第10章と終章からなる。第10章(JPCマーケティングの体系:戦略の特徴とその革新性[三浦])では,JPCの市場拡大のためのマーケティングには,消費者の深いコミットメントなど,従来型のマーケティングにはない特徴や革新の方向性があることを論じている。終章(JPCはいかにマーケティングを革新するのか[田嶋])では,JPCのマーケティングで見られた戦略や戦術のマーケティング一般への応用可能について論じている。その事例として日清食品のカップヌードルのブランディングを取り上げている。
本書の貢献として次の3点が指摘できるだろう。
第1に,政策的にもビジネス的にも重要なJPCの世界展開という今日的問題について,創造(第1部),普及促進(第2部),消費者行動(第3部),マーケティング戦略(第4部)に関する総合的な分析を行っていることである。過去には,特定のコンテンツの海外展開(Mihara, 2010)や特定の製品カテゴリーの海外展開(Matsui, 2019)についての研究書はあるものの,JPCEを含めてJPC全体のバリューチェーンを見る研究は存在しない。そのため,JPCの海外展開についての見取り図を知りたい読者にとって有用な内容となっている。
第2に,多様な方法論を組み合わせることで,この現象の様々な側面に光を当てていることである。JPCEでの現地調査やイベント主催者や消費者へのインタビュー調査に加えて,外国人消費者に対する質問票調査を行っている。フィールド調査やインタビュー調査のような解釈的なアプローチと質問票調査のような実証的なアプローチを組み合わせることで,当事者の主観的な意味世界を深掘りできると当時に,異なる消費者集団についての定量的な比較も可能になる。以上の2つの貢献は,共同研究が故に実現したと考えられる。
第3に,本書は研究書であり難解な議論が一部あるものの,JPCについての深い造詣があることを伺わせる記述が多くあり,平易な文章表現も相まって,研究者のみならず,JPCのコアなファンや実務家も満足して通読できる内容となっていることである。本書をきっかけとして,研究者がファンや実務家と対話する機会がより増えると期待される。
本書が試みたようなポップカルチャーの海外展開についての研究をより発展させるためには,何が必要か。本書の貢献を踏まえて,次の2点が重要であると評者は考える。
第1の課題は,学問分野間の対話を通じた理論的な統合である。本書では,社会心理学をベースにした消費者行動論や社会学の制度理論など,様々な学問分野の理論枠組みや概念を活用している。こうした理論的な多様性は,上述の方法論的な多様性と同様に,現象を解釈する上での多様な視座を提供するという強みがある。その一方で,例えば方法論的個人主義を前提としがちな社会心理学と方法論的集団主義を前提としがちな社会学では,同じ土俵に上げて議論しても齟齬が生じる可能性がある。こうした理論間の対話についての建設的な議論が望まれる(例えばDiMaggio, 1997を参照)。
第2の課題は,現地適応化と標準化というグローバル・マーケティングの古典的議論についての理論的,経験的貢献の追究である。教科書Marketing across Cultureでは,「アメリカ映画の成功は,その文脈性の低さ,単純化されたキャラクター,暴力,愛,富といった普遍的な魅力への依存,そして善が悪と闘うという単純な道徳的二分法に基づいている」が,それでも「吹き替えの過程で,その土地にふさわしい文脈を加えるように修正される」と,ポップカルチャーの海外展開においては現地適応化と標準化の同時進行が珍しくないことが指摘されている(Usunier & Lee, 2013, p. 142)。JPCを輸出する際には,この2つの方向のどちらに向かうべきなのか,どのように組み合わせるべきか,どのように使い分けるべきか,という問題は,理論的にも実務的も重要な問題である。