2024 Volume 43 Issue 3 Pages 44-54
人間と人工知能が連携しイノベーションを促進する枠組みが「ハイブリッド・インテリジェンス」(Dellermann et al., 2019; Piller et al., 2022)である。その実現にむけての要件を,対話の視点によって明らかにすることが本研究の目的である。ハイブリッド・インテリジェンスは枠組みの提示がなされているものの,共働の内部については十分な議論が進んでいない。ある領域で豊富な開発知識,経験を有する開発者をここでは「スペシャリスト」と呼ぶ。本研究はAIとスペシャリストが共働し製品を開発するプロセスを調査し,対話の枠組みによって考察をする。AI生成情報と開発者だけで思いついた情報が,一致する場合もあれば,思いつかなかったがAIによる生成情報によって新たな製品の開発につながる場合がある。一方で,開発者がAI生成情報を理解できないためその情報が開発に結びつかない場合も存在する。本研究ではAI生成情報の中でもスペシャリストが「意外な関係」と認識する情報が新らたな「関連づけ」を創造する「きっかけ」と「手がかり」を提供することを示す。
“Hybrid Intelligence” (Dellermann et al., 2019; Piller et al., 2022) is a framework in which humans and artificial intelligence work together to promote innovation. The purpose of this study is to identify the requirements for its realization from a dialogue perspective. Although a framework has been proposed for hybrid intelligence, there has not been sufficient discussion about the internals of co-working. Developers who have extensive development knowledge and experience in a certain domain are referred to here as "specialists". This study investigates the process of product development through the collaboration of AI-generated information and specialists, and discusses it within the framework of dialogue. On other cases, the AI-generated information and the information created by the developer alone match, while in other cases, the AI-generated information may lead to the development of a new product, even though it has not been imagined. On the other hand, there exist cases where AI-generated information does not lead to development because the developer cannot understand the AI-generated information. This study shows that among AI-generated information, that recognized by specialists as an “unexpected relationship” provides “triggers” and “clues” for realizing innovation.
AI(人工知能1),以下,AI:Artificial Intelligence)の社会への普及によって,人間と人間,人間と物理的環境や社会との関係あるいは相互の対話のあり方が変化することが予想される。そのためAIそのものの研究に加えて,人間とAIとの連携よる価値創造についての研究蓄積が求められる。AIは人間の思考活動を置き換えるものとしての理解が存在する一方で,人間とAIとの連携によって価値創造を行う「ハイブリッド・インテリジェンス」(Dellermann, Ebel, Söllner, & Leimeister, 2019; Piller, Wil van der Aalst, & Verena, 2022)の領域にも注目する必要がある。ハイブリッド・インテリジェンスとは,人間とAIのそれぞれの創造能力の特性を補完的に活用することによって,個々が単独よりも優れた成果を生み出すことを言う(Dellermann et al., 2019)。本研究ではハイブリッド・インテリジェンスにおける人間とAIが生成する情報との対話に焦点をあてる。特定分野での広く深い知識を有する人間を本研究では「スペシャリスト」と呼ぶ。AIが生成した情報の中で,スペシャリストが当初,思いつかなかった「意外な関係」と認識される情報が,スペシャリストとの「対話」(Ishii, 2009; Schön, 1983; Verganti, 2016)を促進し「意図していなかった発見」(Goldschmidt, 1991; Suwa & Purcell, 1998)につながることを考察する。
AI(人工知能)は一般に,理解,学習,推論,対話などの人間のような認知機能を機械に実行させる技術である(Rammer, Gastón, & Dirk, 2022)。AIの社会への浸透は,AIが人間のアイデアを生み出すプロセスを変え,複雑な問題の解決や創造能力を拡大することが期待されている。そして社会の多様な分野でのイノベーションの実現を通じて(Rammer et al., 2022),経済成長につなげる(Aghion, Jones, & Jones, 2017)。
AIへの期待が高まる一方で,AIは比較的新しい技術であるため,注目度は高いものの社会への普及や活用による成果も限定的であり,活用領域も不透明である。その理由として,既存のITシステムとの互換性,AIの学習のための質の良いデータの入手の困難性,AIが生成した情報を活用する人間のスキルの課題2)が指摘されている(Rammer et al., 2022)。社会や企業がAIによる生成情報を有効に活用するためには,生成した情報と人間が連携し新たな価値を生み出すことが必要である。
2. AIによる思考の拡散効果新たな価値を生み出すデザイナーの行動は「デザイン行動」と呼ばれ,問題発見と問題解決の2つの行動によって構成される(Buchanan, 1992; Norman, 2013)。そして問題発見,解決のそれぞれの行動において拡散行動により選択肢を広げ,収束行動によって特定の問題や解決を評価,選択する。このモデルは「デザインのダブル・ダイヤモンド」と呼ばれ,拡散行動と収束行動の繰り返しは,解決すべき正しい問題を適切に定めるために重要である(Norman, 2013)。ただし社会で活動する人々の多くの行動は収束行動を採る傾向にある(Hirota, 2023)。イノベーションに必要となる異質な要素の組み合わせ(Schumpeter, 1926)を得るには,広く可能性を探索する拡散の行動が伴う必要がある。AIの活用は,拡散範囲を人間単体より広げることが可能となり,より多くの知識にアクセスすることが可能となる。そしてより多くの問題と解決の組み合わせの生成が可能となる。そのため結果として質的に高い解決と高いイノベーション成果に結び付けることができる(Bouschery, Blazevic, & Piller, 2023)。
3. 「ハイブリッド・インテリジェンス」人間が活動する社会は不確実性と脆弱性が高く,かつ直面する問題はオープンエンドであるため拡散的な探索を継続する必要がある。人間の知識は限界があるため,人間とAIが連携して価値を生み出すことが必要である。そして,そのためイノベーションにおいて人間とAIにどのようなタスクを割り当てるかが重要なテーマとなる(Bouschery et al., 2023)。「ハイブリッド・インテリジェンス」は,人間とAI,それぞれの特性を補完的に活用することよって,単独よりも優れた創造的な成果を生み出す3)(Dellermann et al., 2019)。表1に示すようにまず,開発行動のそのもの分類と,行動の主体者が人間かAIのどちらか,あるいは連携するのかによって分類する。そして開発行動を,決定準備行動(Decision preparation)と決定行動(Decision)の2つに分類する。それぞれの行動の主体を人間かAIかのどちらか,あるいは連携して担うのかによってさらに3つに分類する。ハイブリッド・インテリジェンスは人間とAIが開発行動を連携する3つの分類が該当する(Piller et al., 2022)。しかしハイブリッド・インテリジェンスの概念は示されているものの,その実態やイノベーションにつなげるための要件に関する議論は充分でない。特に,人間とAIの共働の領域については,そのプロセスの調査と分析が求められる。
そこで本研究はPiller et al.(2022)が示した人間とAIが連携して開発行動を行うハイブリッド・インテリジェンスの3つの分類における,人間とAIが決定準備と決定を連携する(表1における「2-3」)に注目する。この領域では開発者はAIによる生成情報(以下,生成情報)を手がかりにして新たな問題発見や解決を生み出すことが求められる。そこで,開発者のAI生成情報との「対話」(Ishii, 2009; Schön, 1983)行動に注目し,ハイブリッド・インテリジェンスにおける共働領域の調査,考察を進める。
開発行動の分類とハイブリッド・インテリジェンス
出典:Piller et al. (2022), p. 9, Figure 2をもとに筆者作成
ハイブリッド・インテリジェンスの実態を確認するため,AIが生成した情報と人間(スペシャリスト)が,どのように対話しているかを確認するためインタビュー調査を実施した。インタビュー対象者は,日本電気株式会社(以下,NEC)のAI開発エンジニア,コミュニケーション担当,共働パートナーである,株式会社カゴメ(以下,カゴメ)のマーケティング担当,および最終製品であるプリンの開発を担当するデザート開発のスペシャリストである株式会社 菓子道 代表取締役所浩史氏である。NEC担当,カゴメ担当には,AIへの学習情報およびリンク予測AIの生成特性とそのプロセスを確認した。その上で開発者である所氏には,AI生成情報との対話を理解するため,生成情報に対する既知・未知,自身の知識との関連づけの有無と内容,生成情報を手がかりにした開発者の情報創造のプロセスについて確認した。インタビューの音声記録はテキストデータに変換し,センテンス毎にコード化(キーワード付け)した上でケース資料を作成した4)。加えて開発者とAI生成情報との対話に注目し,KJ法を使った分類と関連づけを行い考察につなげた。
「AI(愛)のプリン」(以下,「AIのプリン」)は,NEC,カゴメ株式会社,株式会社 菓子道 代表取締役であり「プルシック」オーナーシェフでもある所浩史氏6)が連携し開発したデザート製品(プリン)である。2022年9月2日から「プルシック」の店舗とオンライン販売を通じて6種類7)が発売された。
日本では多くの世代で野菜摂取が不足している8)。そこでカゴメはこの問題を解決するため2020年1月から「野菜をとろうキャンペーン」を展開している9)。2019年にカゴメが実施した調査10)によると,野菜が好きな子どもでも,そのうちの74%は嫌いな野菜があることが確認された。カゴメがNECと連携したのは,NECのAI(人工知能)技術を使い,子供が苦手な野菜と相性の良い食材の組み合わせを導き出すためである。苦手な野菜と相性の良い食材の情報をもとに所氏が試作を繰り返し6種類のプリンを開発し販売した。「AIのプリン」の特徴は,子供の苦手な野菜を使って開発している。そしてこのプリンを食べる子供はどのような野菜が使われているかを目で見て確認できる。そのためこのプリンを食べた子供は「苦手である野菜」について,食べることができたことを実感できる(Hirota, 2022)。
「AIのプリン」は,AIが生成した食材の組合せ情報と,長年プリン開発に携わってきた日本トップのパティシエ(スペシャリスト)の知識が連携し誕生した。
「AIのプリン」開発の全体像
出典:インタビュー,資料をもとに筆者作成
2. 子供の苦手な野菜の存在と「プリン」への注目小学校の給食はかつて残さず食べることが推奨された。そのため苦手な料理や食材があっても食べる機会が存在した。しかし現在は給食で提供される料理の中に苦手な食材があれば,無理をして食べる必要はない制度に変更されている。そのため苦手な料理や食材は食べる機会がないまま大人になってしまうこともある。自身の小学生の娘のそのような状態を見て,自身が携わるAI技術によって苦手な野菜を食べることができる体験を実現できないかと考えた。これがAIプリン開発のスタートである。
子供に嫌いな野菜が存在する問題を解決するために,野菜が入っていても子供が食べてくれる可能性のある料理分野がデザートだった。その中で次のような条件を満たすのが「プリン」だった。第1に,年間食べることが可能である。第2に学校給食のメニューとして採用されている。第3に,日常の家庭の食事に追加しやすい。第4に,子供以外に年齢性別問わず好まれている。そして第5に,病院などで提供される医療食として採用されている。
3. AI学習データとリンク予測AI11)今回のプロジェクトでは,世の中に存在しないプリンの食材の組合せを探すため,独自収集した50万件の料理レシピデータ12)を元に,AIによる情報を生成した13)。レシピデータには食材,調理方法,調理手順,料理に関するジャンルタグ14)などの情報が含まれている。学習したレシピデータを使ってカゴメが調査した子供が嫌いな野菜ランキングの上位20の野菜に対して,その野菜をおいしく食べることができる食材の組み合わせを合計100パターン提示させた15)。使用したAIは「リンク予測AI」と呼ばれNEC独自の技術である。ものごとの関係性を分析し隠れた関係性を発見する。そして発見した関係性の根拠を説明することができる特性も持っている16)。例えば,トウモロコシが苦手な野菜の場合,単にトウモロコシをおいしく食べることができる食材の組み合わせを「ヨーグルト」と表示するだけではなく,ヨーグルトが導かれたプロセスも情報として表示する。例えば,トウモロコシとヨーグルトの組み合わせがAIから出力されたとする。その場合リンク予測AIでは,次のような情報が出力される。トウモロコシと一緒にスープなどに使用される食材としてタマネギがある。さらにタマネギはサラダ料理として使用される場合も多い。サラダ料理に欠かせないのがドレッシングである。サラダには多くのドレッシングが存在するが,鶏肉のパスタサラダの食材にはタマネギが使用され,そのドレッシングにはヨーグルトが使用される場合がある。このような情報をもとに料理としてトウモロコシと相性の良い食材の1つとしてヨーグルトを提示する17)。
4. スペシャリスト(所氏)による商品化プリンの選択2022年3月末~5月初旬,100の食材組合せをNECの「AIのプリン」専用サイトで公開した18)。そして商品化して欲しい組合せを投票してもらった19)。投票は約1,000票集まりうち上位25種類の組み合わせを選択した20)。
選択した投票上位25種類を所氏に提示した。所氏はこの中から6種類の組合せを製品化している。表2はその6種類の組合せの内容を示している。所氏はプリン開発のスペシャリストでありデザート以外にも他の料理に関する知識と経験を一般の人々と比較して多様,多数に有している。そのため多様な問題に対して多様な解決手段の組合せを生み出すことができる。AIが生成した組み合わせを確認した所氏は「長年,スィーツ(デザート)を作り続けているからこそ,逆に思いつかないような組合せがあった21)」と述べている。つまりAIによって生成された情報には自身で考えた組み合わせには存在しない「意外な関係」が存在していた。例えば,製品化された6種類のプリンの1つである「ほうれんそうとココナッツ」はAIの生成情報が出力されるまで所氏は「思いつかない組み合わせ」だった。この情報を目にした所氏は,ほうれんそう,ココナッツが入ったカレーの存在を自身の知識と関連づけた。そして,ほうれんそうとココナッツと相性の良さを理解したのである。
同じく製品として採用された「にんじんと白ワイン」の組合せは,一般の人々にとっては「意外な関係」である。当初,NECのエンジニア間では,子供を対象とした製品のためお酒が含まれる組合せを所氏に提示すべきか議論になった。もちろんプリンは加熱調理の工程が入るためアルコール成分は蒸発することが想定されたのだが,自身の知識と関連づけられなかったため関係の良さが理解できなかった。
しかし「にんじんと白ワイン」の組合せを提示された所氏はすぐに理由を理解できた。自身の知識から「キャロット・ラペ22)」を思い浮かべることができたからである。この組合せならば,「白ワインが(にんじん固有の)臭みを消してくれる」ため,にんじんが苦手な子供も食べてくれるではないかと考えたのである。さらにこの組合せならば,にんじんそのもの色,食感は残るためにんじんが苦手な子供でも「にんじんを食べることができた」体験を実現できると考えた。
このように所氏は,デザートカテゴリーに存在しない食材組合せであっても,AIが生成した情報と所氏の知識が関連づけられることにより,根拠を持って積極的に採用できた。
AIが生成する情報には開発者が理解できない場合もある。NECのエンジニアは,「AI(愛)のプリン」のプロジェクトの前に,「蒸し料理」と相性の良い食材の組み合わせをAIによって生成した。そして生成情報を栄養士に提示した。提示した組合せは,例えば「はちみつ」と「バニラエッセンス」や「醤油」と「タマリンドジュース23)」などである。AIによる生成情報には栄養士が思いつかなかった「意外な関係」が存在した。だが栄養士はすぐにはその組合せの良さが理解できなかった。組み合わせの情報だけを得てもその組合せによって成り立っている料理に関する知識が結びつかないと,その組合せの良さを理解するには時間が必要となり,場合によってはその良さを理解できない場合がある。
プリンのスペシャリストが選択した「苦手な野菜」とAIが提示した相性の良い食材
出典:NEC,カゴメの資料をもとに筆者作成
製品およびサービスは人工物(Simon, 1969)と呼ばれる。人工物を開発するは人間である(Simon, 1969)。人工物は人間による知識の組合せによって成り立っている。イノベーションには新結合(Schumpeter, 1926)であり,従来とは異なる知識の「関連づけ」(Dyer, Gregersen, & Christensen, 2011; Von Hippel & Von Krogh, 2016)が求められる。ハイブリッド・インテリジェンスでは,AI生成情報が提示されることによって,開発者が生成情報と対話し従来とは異なる知識の「関連づけ」を生み出す可能性がある。そこでAI生成情報と開発者との対話と,新たな「関連づけ」につながる生成情報の特性に注目し考察を進める。
1. イノベーションと「すぐに思いつく知識」先に確認したようにイノベーションには従来とは異なる知識の「関連づけ」が必要なため一見,無関係に見える知識を関連づける行動が必要となる。しかし従来とは異なる知識との組合せを創造することは容易ではない。人間の知識構造はネットワーク構造をしており,関連性の高いとその人間が判断する知識ほどそのネットワーク内の近くに存在し,関連性が低くなると判断する知識ほどネットワークからは離れたところに存在する(Yamakawa & Kiyokawa, 2020)。製品開発研究の分野でも開発者あるいは開発組織が熟知している分野の知識とは離れた分野の知識から,アイデアや具体的な解決方法を得ることの有効性が指摘されている(Lüttgens, Pollok, Antons, & Piller, 2014; Piller et al., 2022; Pollok, Lüttgens, & Piller, 2018)。人間にはある分野の知識のネットワーク内の近くに存在し「すぐに思いつく知識」と,ネットワークから離れた「すぐに思いつかない知識」の2つのタイプの知識が存在する24)。そのため離れたところに存在する知識と関連づけることができれば,イノベーションにつながる可能性が高まると考えられる。
2. 遠隔探索と近接探索開発者の特定の分野に関する知識は「すぐに思いつく知識」である。同じ分野の知識の探索は「近接探索」(Local search)と呼ばれる。一方,分野の境界を越え異なる産業分野や製品・サービス分野,学問分野における知識を探索する体系的取り組みは「遠隔探索」(Distant search)と呼ばれる(Leckel, Veilleux, & Piller, 2022; Lüttgens et al., 2014)。遠隔探索は「(開発者に存在する)領域を超え異なる分野や学問領域における既知の知識を探索する体系的な行動25)」である(Leckel et al., 2022; Lopez-Vegaa, Tell, & Vanhaverbeke, 2016; Pollok et al., 2018)
遠隔連想パフォーマンスと創造性パフォーマンスには正の相関があることが示されており(Mednick, 1962)。離れたところにある知識を組み合わることによって斬新な製品を開発すことができる(Mednick, 1962)。そして遠隔探索によって「すぐに思いつかない知識」との関連づけが促進される。そのため創造的な問題解決には遠隔探索が重要である(Kenett, Anaki, & Faust, 2014)。デザイン行動における拡散行動をより広域に行うためには遠隔探索を促進することが必要である。
一般に人間は膨大な量の知識を抽出することは容易ではない(Bouschery et al., 2023)。全ての動物は物体の一般的物理的類似性を認識でき,それを利用して環境に適応的に反応することができる(Holyoak & Thagard, 1995)。そのため一見,無関係に見える知識を使用して発想することが創造的な成果になる場合がある(Holyoak & Thagard, 1995)。
AIが生成した情報は,問題発見と問題解決の2つの行動において,近接探索だけに陥ることを避ける(Bouschery et al., 2023)。そして,遠方探索による拡散行動が促進されるきっかけと手がかりを提供し,より多くの知識にアクセスすることが可能となる。その結果人間だけで思考する場合に比べ,より多くの問題と解決の組合せを生み出すことが可能となり,イノベーションに結び付けることができる(Bouschery et al., 2023)。
3. スペシャリストとAI生成情報ある分野の製品やサービスの開発において一般の人々よりも多くの知識と問題発見,解決に関する経験を有する人々を,ここでは「スペシャリスト」と呼ぶ。スペシャリストはその分野の多様な知識や経験を有している。そのため一般の人々に比べ広域な「ソリューション・ランドスケープ」(Von Hippel & Von Krogh, 2016)や多様な「(問題と解決の)ペアリング(関連づけ)の体験」(Von Hippel & Von Krogh, 2016)を持っている。所氏はデザート開発分野のスペシャリストと言えるだろう。
AIが生成した情報に対しスペシャリストは評価をする。例えば,その情報を有効であると判断し開発する製品へ採用する,あるいはその情報を手がかりにして新たな情報を創造するなどである。一方で,生成された情報に対して何故,問題が解決するのか理解できないため採用できないことも考えられる。その中には,意外な組合せとして,驚きがあるがすぐには理解できないものもあれば,いくら考えても理解できないものもあるはずである。
4. スペシャリストとAI生成情報との対話と「意外な関係」情報の効果図2はスペシャリスト(開発者)の知識とAIが学習した知識との関係を示している。人間とAIが連携して創造活動をする場合,両者の知識には重なる部分と重ならない部分が存在する。AIはある領域の知識を学習する。その学習をもとに提示された問題に対する解答を生成する。AIがある問題に対する解決として生成した情報は「1」,「2」,「5」の領域のどこかに示される。「1」の領域は設定された問題に対してAIから出力された知識とスペシャリストが予想した解答が重なる領域である。つまりこの領域はある問題に対して開発者の「すぐに思いつく知識」が該当する。この領域は開発者に対するAIの貢献は少ない。一方,「2」および「5」は,開発者がすぐに思いつかなかった「意外な関係」である。「意外な関係」は2種類存在する。スペシャリストが保有していながらすぐに思いつかない知識「2」と,知識を保有しないため決して思いつかない知識「5」である。
ハイブリッド・インテリジェンスにおける「意外な関係」情報
出典:筆者作成
「意外な関係」はAIが生成した情報とスペシャリストが有する知識との関係によって変化する。開発者の創造行動であるデザインプロセスは,状況の中にある材料(情報)との対話である(Ishii, 2009; Schön, 1983)。そのため,図3に示すように「意外な関係」が出力されることによってスペシャリストはその情報と対話し「遠隔探索」を行う「きっかけ」を提供する。そしてスペシャリストが保有していながら問題と関連づけられなかった「すぐに思いつかない知識」(図2の「2」)とを関連づける「手がかり」を提供する。つまりAIの生成情報は,スペシャリストに問題解決に関する情報そのものを提供するだけではなく,「スペシャリストが有する知識を活かす」役割を果たす場合がある。スペシャリストが有する知識を活かす役割とは,スペシャリストが「意外な関係」情報と認識した場合に発生する。「意外な関係」情報はスペシャリストがこの情報との対話を通じて遠隔探索を促進する。そして知識として保有していながら単独では活用することが難しい「すぐに思いつかない」知識との組合せに気づかせる役割をはたすのである。
ハイブリッド・インテリジェンスにおける「遠隔探索」
出典:筆者作成
イノベーションに必要な異質な要素の組み合わせに向け,一見,無関係に見える知識を使用して発想すること(Holyoak & Thagard, 1995)が重要とされている。そして従来の研究では,ハイブリッド・インテリジェンスにおける,人間とAIとの共働の存在は指摘されていた。しかし共働の議論は充分では無い。また,AI生成情報は,問題発見と問題解決の2つの行動において,近接探索に陥ることを解決する(Bouschery et al., 2023)とされ,遠隔探索を通じた拡散行動が促進されることは明らかになっていた。一方で,開発者が自身の知識に不足する知識に出会うことと,問題発見や解決に結びつくこととの関係については説明が不十分である。新たな知識に出会うことができても,それを問題としてあるいは問題の解決につながる知識として認識できることは限らないからである。
本研究では,一般の人々と比べて豊富な知識を持つ「スペシャリスト」とAIが生成した情報との製品開発事例をもとに考察をした。そしてハイブリッド・インテリジェンスの共働領域として,イノベーションを生み出す上で開発者にとって有効なAI生成情報について次の2点を明らかにした。
第1に,AI生成情報が開発者にとって有効であるのは,開発者が事前に予想しなかった「意外な関係」情報である。そして「意外な関係」情報は開発者との対話のきっかけと手がかりを提供する。さらに開発者が持っていながら「すぐに思いつかない知識」を探索する「遠隔探索」を起動する役割を果たす。以上によって異質な要素の組み合わせを発見する拡散行動につなげイノベーションの可能性を高める。
第2に「すぐに思いつかない知識」は開発者の保有する知識に依存することである。「意外な関係」情報が提供され開発者が「遠隔探索」を起動しても「意外な関係」情報の有効性を自身の知識と関連づけて説明できなければイノベーションにつながらないのである。一方で,「意外な関係」情報を自身の知識と関連づけられない場合でも,開発者に何らかの有益な効果が存在する可能性がある。この領域は本研究の発展領域として示しておく。
本研究を進めるにあたり,日本電気株式会社 志村典孝氏,遠藤雄也氏,矢島成人氏,原明日香氏,株式会社カゴメ 宮地雅典氏,株式会社菓子道 所浩史氏には取材対応頂いた。この場をお借りしてお礼申し上げます。
またレビューアーの先生より有益なコメントを多くいただきました。お礼申し上げます。
なお,本研究は,科学研究助成金(課題番号19K01974,19K01969)の助成を受けている。
廣田 章光(ひろた あきみつ)
博士(商学)神戸大学,スタンフォード大学 客員教授,カリフォルニア大学 客員研究員,近畿大学デザイン・クリエイティブ研究所 所長。著書として『デザイン思考 マインドセット+スキルセット』(日本経済新聞社),『1からのマーケティング』(共編著,碩学舎)など。