2024 Volume 43 Issue 3 Pages 68-75
広告音楽は,広告の非言語的手掛かりとして,消費者の反応に影響を与える重要な広告構成要素である。広告研究の分野では,1980年代から,広告音楽に関する研究が盛んに行われてきた。本論は,これらの膨大で多様な広告音楽研究を整序するに際して,依拠している理論基盤に着目し,広告音楽研究を,3つのカテゴリー,すなわち,(1)古典的条件付け理論を援用した研究,(2)精緻化見込みモデルを援用した研究,および,(3)処理流暢性を援用した研究に分けてレビューする。そして,レビューの結果として浮上する今後の研究の方向性として,(A)インターネット広告の音楽の効果に関する研究や,(B)消費者個人の要因やマーケティング情報の要因など,様々な要因の適合による処理流暢性の向上,すなわち,無意識的な情報処理に焦点を合わせた研究が,求められるということを指摘する。
Advertising music is an important component of advertisements that influences consumer responses as a non-verbal cue. Extensive research on this music has been conducted since the 1980s. This paper reviews these advertising music studies by focusing on the theoretical foundations upon which they rely. The review classifies research on advertising music into three categories based on: (1) classical conditioning theory, (2) elaboration likelihood model, and (3) processing fluency. The findings suggest potential future research directions, including (A) research on the effects of music in internet advertising and (B) research focused on improving processing fluency through the congruence of various factors such as consumer factors and marketing information factors, with an emphasis on unconscious information processing.
広告は,多様な要素で構成されている。例えば,Stewart and Furse(1986)は,356ブランドの1,059本のテレビ広告を分析し,153種類の広告構成要素を列挙しながら,それらが消費者の「再生」,「理解」および「説得」にどのような影響を及ぼすか吟味した。広告を構成する諸要素をいかにデザインすべきかということは,広告主にとって重要な意思決定事項であり,このことについて,広告研究の分野では数多くの論文が刊行されてきた。これらの構成要素の中で,広告音楽は,消費者の反応に影響を与える重要な構成要素の1つである。実際,アメリカのABC,CBS,FOXおよびNBCで1週間のプライムタイムに放映された3,456本のテレビ広告を調査した結果,94%の広告に音楽が使用されていたという(Allan, 2008)。また,Ono and Ono(2023)によれば,CM総合研究所が発表した2022年1年間の月別銘柄別CM好感度トップ10にリストアップされた120本のテレビ広告のうち,111本の広告に音楽が使用されていた。
ところで,Tellis(2004)は,広告表現の要素を3種類に分類している。すなわち,論理を使って説得する広告メッセージなどの言語的要素,感情を刺激して説得する音楽や色彩,広告写真の配置などの非言語的要素,および,有名人や専門家などの広告エンドーサである。広告音楽のような非言語的要素は,主に,周辺的で感情的な説得ルートにおいて重要であり,中心的なルートにおける説得的メッセージを補完する役割を果たすと指摘されてきた。その一方で,感情はむしろ,メッセージ受信者を高い関与状態に導いたり,理性より効果的に購買行動を起こさせたりすることがあると指摘されており,その役割は極めて複雑である。このような複雑な役割を持つ広告音楽は,およそ40年前から,広告研究における重要な研究トピックスの1つとして,多くの広告研究者によって取り扱われてきた。
広告音楽研究は,概ね,いかなる音楽を広告に使用すると,消費者としての広告視聴者が,広告ひいては広告対象製品に対して好意的な反応を示すか,という因果的関係を,心理学的に探る研究である。そのような広告音楽と消費者反応の間の因果的関係を取り扱った先駆的な研究として,Gorn(1982)が挙げられる。Gornは,古典的条件付け理論をベースにして,好ましい音楽と共に広告された製品の方が,好ましくない音楽とともに広告された製品より,消費者から選択されやすいと主張した。この先駆的な研究は,2023年9月1日現在,Google Scholarで1,661件もの引用が確認されるほど,広告音楽の研究に多大な影響を与えている研究である。そして,それ以来,広告音楽に関して数多くの様々な研究が行われてきた。その中には,Bruner(1990),Allan(2007),Oakes(2007),North and Hargreaves(2008),Shevy and Hung(2013)といった,本論と同じく広告音楽に関するレビュー論文も含まれている。これらのレビュー論文は,異口同音に,広告音楽研究は,その研究対象も,研究アプローチも,多様であると述べている。例えば,Oakes(2007)によれば,広告音楽研究が取り扱ってきた音楽要素は,「スコア」,「ムード」,「リピート」,「体験連想」,「感情的表現」,「歌詞」,「ジャンル」,「イメージ」,「テンポ」,「音色」の10種類に及び,また,Allan(2007)によれば,それらの影響を受けて変容する被説明変数についても,「広告に対する態度」,「広告の知覚時間」,「ブランドに対する態度」,「ブランド再生」,「購買意図」など,実に多岐にわたっており,これら1つ1つの音楽要素とその影響を受ける結果との間の因果関係に関して,実証研究が盛んに行われてきた。Allan(2007)は,広告音楽は効果的であろうが,その効果は極めて「複雑」である,と述べて,自身のレビューを締めくくっているほどである。
本論文は,これらまとまりがつかないほど膨大で多様な広告音楽研究を整序するに際して,それらが依拠している理論基盤に着目し,広告音楽研究を,3つのカテゴリー,すなわち,「古典的条件付け理論を援用した研究」(第II節),「精緻化見込みモデル(Petty & Cacioppo, 1986)を援用した研究)(第III節),および,「処理流暢性(Schwarz, 2004)を援用した研究」(第IV節)に分類することにする。そして,カテゴリー別に広告音楽研究をレビューした後に,今後の広告音楽研究の方向性や課題の提示(第V節)を行う。
古典的条件付け(classical conditioning)とは,パブロフが犬の実験で発見した「学習」に関する概念として知られており,それを受けると体が自然にある反応を起こすような刺激A(無条件刺激US:食べ物)と,その反応とは本来は無関係であるような刺激B(条件刺激CS:ベルの音)の対呈示によって,2つの刺激が条件付けられると反応(条件反射CR:唾液)を起こすということを指す。広告に関連するパブロフの古典的条件付けは通常,消費者が肯定的に反応するような音楽,有名人,色などの刺激との結びつきを通じて,広告された製品や条件付けられた刺激に対する肯定的な態度が形成される可能性を示唆している(cf. Allan, 2007)。
先述の広告音楽研究の先駆,Gorn(1982)は,被験者に対して,ライトブルーのペンまたはベージュのペンの写真をスライドに投影しつつ,好きな音楽または嫌いな音楽を1分間再生した後,音楽を評価させたり,参加の謝礼としてライトブルーのペンとベージュのペンのいずれかを選択させたりした。その結果,好きな音楽を聴かされた参加者の79%が,画面に表示された色のペンを選んだのに対して,嫌いな音楽を聴かされた参加者のうち,画面に表示された色のペンを選んだのは,わずか30%であった。興味深いことに,そのペンを選択した理由として,ペンの投影中に聴かされた音楽の好き嫌いを挙げた参加者は,わずか2.5%しかいなかった。
ところが,このGornの実験結果を,多くの追随研究が再現できなかったと報告したため,盛んな論争が展開された(Allen & Madden, 1985; Alpert & Alpert, 1990; Kellaris & Cox, 1989; Pitt & Abratt, 1988)。例えば,Kellaris and Cox(1989)は,それまでの研究における矛盾した結果を指摘しつつ,Gornの実験を踏襲して視聴者の反応を測定した結果,3つの実験において,音楽の効果は非有意だったと報告した。
より最近では,条件付けの役割を支持している研究も行われている。Redker and Gibson(2009)は,それまでの研究が,製品の写真をスライドに投影しつつ背景で音楽を流すという形式で行われるのが一般的であった(cf. Gorn, 1982; Groenland & Schoormans, 1994; Kellaris & Cox, 1989)のに対して,製品と音楽のより現実的な組み合わせを用いて研究を行った。具体的には,テキスト,商品画像,ロゴ,および音楽から構成されたルートビールの広告を,ウェブを通じて参加者に提示した結果,カントリーミュージックが好きな参加者にとって,カントリーミュージックの背景音楽がより好意的なブランド態度をもたらすということを見出した。なお,彼らが測定したブランド態度は,明示的な(意識的に示された)態度と暗黙的な(ブランド名を比較するタスクでの反応時間によって測定された)態度の2種類であり,広告が影響を与えていたのは,その両方であった。実験の最後に,彼らは,実験参加者に対して,参加謝礼としてルートビールのボトルを選択させた。その結果,明示的態度によっても,ブランドの選択が首尾よく予測できたが,暗黙的態度を追加的に考慮に入れると,予測力が大幅に改善した。
また,Vermeulen and Beukeboom(2016)もGorn(1982)の実験の再現に取り組んだ。彼らは,クロスモーダルな条件付け(視覚的刺激に対する音楽刺激の影響)がたった一度の露出を通じて消費者の行動を効果的に変容させ,しかも大半の消費者がこの効果に気付いていないというGorn(1982)の知見は,技術革新に伴って多様なチャネル(例えば,YouTube,ソーシャルネットワーク,ビデオバナー,ゲーム内広告など)を通じてマルチモーダルな広告を行われるようになった現代において,重要な示唆であると指摘している。なぜならば,メディアの多様化のせいで広告主が消費者に繰り返しアプローチすることが難しくなっていることに加えて,消費者がしつこい説得の試みにますます抵抗するようになったという現状において,このような効果は特に注目されるからである。Vermeulen and Beukeboomはまた,オンラインマーケティングでは,感情的反応(例えば,製品に対する好意的な態度)ではなく,直接的な行動的反応(例えば,オンライン購入)を引き起こすことが広告目的と見なされることが多いため,広告音楽は効果的なマーケティング手段として提案されるということにも言及している。彼らは,Gorn(1982)の実験の条件付け手続きや音楽刺激などに対するそれまでの批判を検討し,それらに反論するための3つの再現実験を実施した。その結果,低関与型商品に対しては(弱い)有意な音楽の条件付け効果が見られた一方,高関与型商品に対しては効果が見られなかった。そこで彼らは,低関与型商品を扱う企業は,広告音楽をパーソナライズすることによって,広告効果を向上できそうであるから,オンラインで個々のリスナーの好みの音楽を把握しているSpotifyやiTunesなどのプラットフォームと提携を結ぶことを考えるべきであろうと提言している。
「精緻化見込みモデル(ELM: Elaboration Likelihood Model)」は,説得的メッセージが周辺的経路または中心的経路のいずれかを通じて態度を変える過程を描写した,二重経路モデルである。このモデルは,過去数十年にわたって,広告研究に援用されてきた。個人(広告研究の文脈においては,広告に露出した消費者)は,メッセージの中心的な論拠(論理的で説得力のある訴求)に対する情報処理動機付けと情報処理能力の両方を有する場合,より多くの認知的努力を支払う傾向を示す。これは中心的経路と呼ばれ,メッセージに高い関与を示し論拠を評価する個人が利用する情報処理経路である。もしメッセージの中心的な論拠が強固である場合には,個人は製品に対して好ましい態度を形成する。論拠が薄弱である場合には,好ましくない態度しか形成されない。他方,情報精緻化のための動機付けまたは能力のいずれかが不足している場合,このモデルによれば,個人は,中心的な論拠に対して少ない認知的努力しか支払わない。代わりに,メッセージの出所が魅力的な人物であるか,また,背景音楽が好きかどうかといった,考えることを必要としない手掛かりを活用する。これは周辺的経路と呼ばれ,低関与な消費者が利用する経路である。しかし,そのような低関与消費者であっても,周辺的経路を利用して,態度形成を行いうるというのである。
Shevy and Hung(2013)によれば,ELMの枠組みの範囲内で広告音楽が果たす役割は,主に2つあると考えられる。第1の役割は,広告音楽が,精緻化の動機付けと能力を増減させ,消費者を中心的経路による情報処理に導いたり周辺的経路による情報処理に導いたりする,ということに関連している。一方,第2の役割は,広告音楽が,中心的経路または周辺的経路のいずれかを通じて処理される情報の提供を強化する,ということに関連している。
第1の役割について,例えば,Park and Young(1986)は,馴染みがありお気に入りの楽曲が広告音楽として起用されると,消費者は,製品特性に関する広告メッセージに対する認知的努力の動機付けと能力が存在しているにもかかわらず,低関与経路が活性化されるため,その音楽自体にのみ注意を払い,広告メッセージには注意を払わなくなると主張した。しかし,その後,Kellaris, Cox, and Cox(1993)は,広告音楽と広告メッセージの一致度が高い場合,消費者は,音楽に注意を払った結果として,ブランド名とメッセージ内容の記憶を向上させるという,異なる主張を展開した。
第2の役割について,広告音楽は,潜在的な消費者が中心的経路または周辺的経路を使用するように導くだけでなく,それぞれの経路内で情報として処理される。これは,「情報としての感情(affect as Information)」,すなわち,人々は自分の感情状態を判断や評価の手掛かりとなる情報基盤として用いる,という仮説にも関連する(Schwartz, 1990)。例えば,Macinnis and Park(1991)は,広告音楽の「メッセージ適合性」と「体験連想性(指標性)」が消費者態度に与える影響を,低関与消費者と高関与消費者の間の広告処理における差異に焦点を合わせて検討した。彼らによれば,メッセージ適合性,すなわち,広告音楽が広告メッセージと適合している程度が高い場合,高関与消費者および低関与消費者の両方においてポジティブな感情が喚起され,それに伴って製品への態度が向上する。一方,音楽のメッセージ適合性が低い場合,低関与消費者が,周辺的経路処理に伴って,ネガティブな感情を経験するのに対して,高関与消費者は,メッセージへの注意を強化し,中心的経路処理を行うため,ネガティブな感情を経験しない,と彼らは主張した。
前節冒頭で触れたように,情報処理パラダイムにおける説得研究としての広告研究において,態度変容の二重経路を描写した「精緻化見込みモデル」が,長年,中心的な役割を果たしてきた。しかし,「精緻化見込みモデル」が,意識的な情報処理について描写してきたのに対して,2000年頃より,無意識的な情報処理に関する研究が,盛んに行われるようになってきた。この無意識的な情報処理に影響を与える要因の1つとして,多くの研究者が注目しているのが,「処理流暢性(processing fluency)」という概念である(Ariely & Norton, 2009)。
処理流暢性は,個人が経験する情報処理の容易さの主観的水準である(Schwarz, 2004)。多くの研究が,処理流暢性の向上によってもたらされる肯定的な評価を論じている(Alter & Oppenheimer, 2009)。他方,処理流暢性の水準には,多くの要因が影響を与えると指摘されている(Schwarz, Jalbert, Noah, & Zhang, 2021)。例えば,図形と背景の対比(Reber, Winkielman, & Schwarz, 1998),手書きと印刷フォントの可読性(Greifeneder, Alt, Bottenberg, Seele, Zelt, & Wagener, 2010; Song & Schwarz, 2008)や,音声プレゼンテーションの明瞭さ(Newman & Schwarz, 2018)などの視覚的・聴覚的情報刺激が,処理流暢性の決定要因として識別されてきた。また,情報刺激がどれだけ流暢に処理できるかは,知覚する個人にかかわる変数,例えば,消費者が事前に接触した情報の性質(Labroo & Lee, 2006)や,文化的な専門知識(Oyserman, 2019)などの影響をも受けるという。このテーマに関して,実証的知見をまとめたレビュー論文が,早くも数多く出版されており,このことからも研究関心の高さが伺い知ることができる(Alter & Oppenheimer, 2009; Labroo & Pocheptsova, 2016; Okuhara, Ishikawa, Okada, Kato, & Kiuchi, 2017; Reber & Greifeneder, 2017; Schwarz et al., 2021; Weingarten & Hutchinson, 2018)。
処理流暢性に関する初期の議論は,この概念が単純接触効果,すなわち,刺激への反復接触がその刺激に対する好意度を高める現象を初端として開発されてきた経緯があるために,反復接触に伴う流暢性の向上について展開された(Janiszewski & Meyvis, 2001)。これに関連して,広告音楽研究ではないものの,音楽研究の分野において,例えば,Nunes, Ordanini, and Valsesia(2015)は,1958年から2012年までのBillboard Hot 100のシングルチャートのデータを使用して,ランキング1位を獲得した曲は90位以内にランクインしなかった曲より歌詞の反復が多く,かつ,その中でも歌詞の反復が多い曲ほど1位に到達するまでの期間が短いということを見出すことによって,楽曲中で歌詞がより反復的な曲ほど処理流暢性が高く,その結果,音楽市場での成功につながるに相違ないと指摘している。
Sunaga(2018)は,解釈レベル理論と処理流暢性の関係に着目し,広告音楽の周波数が消費者の知覚と意思決定に与える影響を分析した。解釈レベル理論に基づくと,抽象的で全体的な便益に関する訴求が高次解釈の消費者に適合する一方,具体的で詳細な属性に基づく訴求が低次解釈の消費者に適合している(Liberman & Trope, 1998; Liberman, Trope, & Wakslak, 2007)。この適合によって処理流暢性が向上し,説得効果が高まるという(Hernandez, Wright, & Rodrigues, 2015)。Sunagaは,低周波数(高周波数)の音楽が抽象的な(具体的な)表現を持つ製品と一致し,心理的な距離を遠く(近く)させる広告メッセージと一致するということ,さらに,この一致が,処理流暢性の向上を媒介して,広告や製品に対する消費者の好ましい評価につながるということを主張した。
ところが,数多くの研究が,必ずしも流暢な情報が非流暢な情報より消費者の評価を好ましいものにするとは限らないことを報告している。彼らは,処理の難しさを経験すること,すなわち非流暢性に直面した消費者は,刺激を新奇なものと知覚し,革新性は新奇さの概念と関連しているため,その結果として,消費者はそれらの製品をより革新的であると知覚する傾向がある,と主張した(Labroo & Pocheptsova, 2016; Song & Schwarz, 2009; Sung, Vanman, & Hartley, 2022)。このことを踏まえて,Zoghaib, Luffarelli, and Feiereisen(2023)は,非流暢性と革新性への知覚の関係を,聴覚刺激研究の領域において初めて取り扱った。彼らによれば,西洋音楽の2つの主要な特徴は,「輪郭(contour)」と「調性(tonality)」であり,この2つの特徴が革新性と関連する音楽知覚に影響を与えるという。一方の「輪郭」は,音楽の一連の特定のメロディの形状を示し,知覚的には,規則的対非規則的,または反復的対非反復的といった言葉で表現される。他方の「調性」は,作曲パターンとして機能する7つの音符の集合体を指し,知覚的には,安定対不安定,調和的対不調和的といった言葉で表現される。広告主が広告音楽の輪郭を不規則なものにし,調性を不安定なものにすることによって,広告音楽の流暢性を低めることが,広告対象ブランドを革新的なイメージを有するブランドとして消費者に知覚させることに帰着し,ひいては,消費者のブランド評価を向上させることができるという。
広告音楽は,広告の非言語的手掛かりとして,消費者の反応に影響を与える重要な広告構成要素である。しかし,広告音楽効果のモデル化は,依然として大きな課題である。事実,既存モデルはしばしば矛盾する主張を含意している。これは,広告音楽に対する消費者の反応が,音楽の特徴,リスナー,聴取の状況,およびリスナーの情報処理方略などの間の複雑な相互作用の結果の影響を受けているからであると考えられるであろう。本論文は,これら消費者個人の要因や,マーケティング情報の要因ではなく,研究者達が依拠している理論基盤を切り口に代表的な研究をレビューしてきた。本論文のレビューを踏まえて考えるならば,今後の研究の方向性が2つ挙げられる。
第1に,第2節で紹介したVermeulen and Beukeboom(2016)が指摘したとおり,オンラインマーケティングの環境下での広告音楽の効果について部分的に考察が行われたが,大半の研究は,マス広告を想定した上で限定的にしか展開されてこなかった。テレビ広告やラジオ広告では,番組視聴の延長戦上で,広告音楽が視聴者に聴かれることが大前提として想定されてきたが,インターネット広告では,広告音楽がインターネット情報閲覧者に必ずしも聴かれるとはかぎらない。なぜなら,彼らの閲覧中の情報は,スピーカーをミュートにしたままでも取得可能である場合があるからである。インターネット広告がますます存在感を示す現代においては,インターネット広告の音楽が,マス広告の音楽と違って,どのように視聴あるいは知覚されているか,どのような効果が予測できるか,探究する必要があるであろう。
第2に,第3節で紹介した広告音楽研究の理論基盤,すなわち,「精緻化見込みモデル」は,長年情報処理パラダイムにおいて中心的な役割を果たしてきたが,このモデルが主眼を置いてこなかった,無意識的な情報処理プロセスの解明が,最近,処理流暢性という概念をキーワードとして展開されるようになってきた。しかし,第4節で紹介したとおり,その試みは,まだ始まったばかりであり,反復接触による流暢性,消費者情報処理方略(解釈レベル)との適合による流暢性,非流暢性による影響といったトピックに限定されている。今後,広告音楽の研究において,流暢性の向上にどのような要因間の適合が見られるか,流暢性の向上によってどんな評価が高められるか,探究する必要があるであろう。
本論は,JSPS科研費21K20158の助成のもとで行われた研究の成果の一部である。記して感謝いたしたい。
小野 雅琴(おの まこと)
明治大学国際日本学部専任講師。慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程・博士課程修了。博士(商学)。株式会社博報堂にて,ストラテジックプランニングディレクター,上席研究員等を経て2021年より現職。専門は広告論など。