Quarterly Journal of Marketing
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Marketing Case
Designing the Post-Purchase Customer Journey:
Patagonia’s Circular Economy Initiatives
Hironori Iwasaki
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2024 Volume 43 Issue 3 Pages 76-84

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Abstract

サステナビリティへの取組みの中で,資源を使用した後も循環させ再び資源として活用する循環型経済であるサーキュラーエコノミー(CE)に注目が集まっている。本論では,いち早くCEを前提としたビジネスとマーケティングを確立したパタゴニアのケーススタディを行う。本論では,サービスデザインの領域で発展し,近年ではマーケティング研究の中でも参照されているカスタマージャーニーを用いて,カスタマージャーニーの中でも特に購入後ステージにおけるメンテナンス・修理,リユース,リファービッシュ,リサイクルに注目して分析を行う。パタゴニアは,顧客とのダイレクト接点を活用したマーケティング変革を行うと同時に,購入後ステージにおける使用後の製品に関わる顧客体験をCEに適応する形でデザインしたことがわかった。

Translated Abstract

Among sustainability efforts, there is increasing attention on the circular economy (CE), in which resources are recycled after use and then reused as resources. This paper presents a case study of Patagonia, which was one of the first companies to establish business and marketing based on a CE model. The analysis uses the customer journey, which has developed in the field of service design and has been referenced in marketing research in recent years. This approach focuses on maintenance and repair, reuse, refurbishment, and recycling in the post-purchase stage of the customer journey. We found that Patagonia has designed the customer experience related to its products after use in the post-purchase stage in a way that adapts to the CE model, while at the same time transforming its marketing through direct channels with its customers.

Patagoniaの店頭における使用済み製品の回収コーナー(Patagonia Palo Alto)

出典:筆者撮影

I. はじめに:サーキュラーエコノミーとビジネスの転換

持続可能な社会・経済の実現のための課題の一つとして循環経済・サーキュラーエコノミー(以下CE)が注目されている。これまで資源を消費し廃棄してきた直線的な消費(linear consumption)から,資源を使用した後も循環させ再び資源として活用する循環型の経済(circular economy)への移行が期待されている(EMAF, 2013)。CEではシステムの外から資源が持ち込まれ,システムの外に廃棄されるのではなく,一つの閉じたループ(closed loop)の中で資源と製品が循環することが前提となる(Mihelcic et al., 2003)。

CEの実現は,新規資源の取得と既存資源の廃棄を最小化することによる環境負荷の低減だけではなく,経済や社会に対してもインパクトをもたらすものとしての特徴を持つ。経済的な側面では,資源取得や廃棄に関わるコストの低減やグリーン市場の活性化,社会的責任を果たすビジネスとしての投資機会の拡大などが期待される。社会的側面としては,新しい雇用の拡大,シェアリングエコノミーによるコミュニティの形成や参加型社会の実現などが期待される(Korhonen, Honkasalo, & Seppälä, 2018)。

一方で,CEの実現に逆行する企業の行動は厳しく監視され,時には大きな批判につながっている。2018年7月,イギリスのバーバリーが前年に2,860万ポンドもの売れ残り商品を処分にしていたことが明らかになった。過去5年間に遡ると廃棄された商品の金額は9,000万ポンドにもなることがわかった(BBC, 2018)。このことがメディアや消費者から大きな批判を受けることになった。この批判を受けて,バーバリーは2018年9月に今後売れ残りの廃棄を行わないことを発表した。バーバリーが売れ残り商品を廃棄処分にしていたのは,値下げして商品を販売することでブランド価値が下がることを懸念したものであったが,顧客や社会がサステナビリティを重視する観点から,こうした考え方は許されなくなっていること象徴する出来事であった。

このように,CEの重要性が高まることは企業のビジネスのあり方に大きな影響を与えている。将来に渡り顧客とのエンゲージメントを構築するためには,企業はCEを前提としたビジネスとマーケティングへの変革に取り組む必要がある。本論では,このような環境下においていち早くサステナビリティと,CEを前提としたビジネスとマーケティングを確立したパタゴニアのケーススタディを行う。

II. サーキュラーエコノミーとビジネス

CEがビジネスの前提となるとCEに特有のビジネスモデルと顧客体験の変革が重要になる。CEは閉じたループの中で循環するシステムである。そのため,使用後の製品を新たな資源としてもう一度ループに戻すという点が,ビジネスモデルの構築上重要になる。また,顧客体験もそれに付随して,使用後の製品をループに戻す体験設計を新たに行う必要がある。

Linder and Williander(2015)はCEにおけるビジネスモデルの特徴をcircular business model(CBM)として概念化し,製品使用後の経済価値を活用するものだと定義している。また,資源と製品の閉じたループの中でリサクル(recycling),再生産(remanufacturing),リユース(reuse),リファービッシュ(refurbishment),リノベーション(renovation),修理(repair)などを含むものであるとしている。Lüdeke-Freund, Gold, and Bocken(2019)はCEのビジネスモデルを,修理とメンテナンス(repair and maintenance),リユースと再流通(reuse and redistribution),リファービッシュと再生産(refurbishment and remanufacturing),リサイクル(recycle),カスケードと用途転用(cascading and repurposing),生物化学原料の抽出(extraction of biochemical feedstock)の6つの要素に整理している。このように,CEのビジネスにおいては,製品使用の後工程に新たな価値創造が行われていることがわかる。

顧客のサステナビリティ意識の高まりを踏まえたマーケティングのフレームワークであるWhite, Habib, and Hardisty(2019)が提唱する「SHIFT」の中では,習慣の形成(Habit Formation)が議論されている。サステナブルな行動は1回だけのものではなく,継続的な新しい行動の形成を必要とする。CEにおいても同様に,これまでの行動をCEの閉じたループに適した新しい習慣に置き換えていく必要がある。

Daae, Chamberlin, and Boks(2018)は,CEにおける顧客の行動変容のデザインにおいて,メンテナンス,リユース,リファービッシュ,リサイクルを目的とすることを議論している。CEではこうした要素をどのように取り込み,新たな顧客体験設計を行うかが重要になる。

本論では,これらの先行する議論を踏まえて,CEのビジネスと顧客体験の要素として,メンテナンス・修理,リユース,リファービッシュ,リサイクルに注目して,ケーススタディの対象であるパタゴニアのCEに関する取組みを分析する。

III. 購入後のカスタマージャーニーの重要性

本論では,体験デザインのフレームワークとしてカスタマージャーニーを用いる。カスタマージャーニーは顧客の体験設計を行うためのツールとして主にサービスデザインの領域で用いられてきた(Stickdorn & Schneider, 2012)。近年,顧客体験が重要なマーケティング課題となる中で,マーケティング研究の中でも用いられるようになっている(Lemon & Verhoef, 2016)。

Lemon and Verhoef(2016)はカスタマージャーニーを,購入前ステージ(prepurchase stage),購入ステージ(purchase stage),購入後ステージ(postpurchase stage)の3つに分類している。これまで見てきたように,CEの顧客体験では,メンテナンス・修理,リユース,リファービッシュなどいずれも購入後の体験要素を組み込む必要がある。CEの顧客体験設計ではLemon and Verhoef(2016)が示す購入後ステージのカスタマージャーニーが重要になる。

一方,Lemon and Verhoef(2016)が想定する購入後ステージのカスタマージャーニーは,製品使用を通じた顧客ロイヤリティの形成が主な構成要素となっていて,閉じたループを前提としたカスタマージャーニーは想定されていない。唯一,サービスリクエストが関連する項目として掲げられているが,ほとんど議論されていない。

以上を踏まえて,本論ではCEにおいてその重要性が高まる購入後のカスタマージャーニーの可能性について,パタゴニアの事例を通じて検討する。

IV. パタゴニアの概要

パタゴニアはアメリカのカリフォルニア州ベンチュラに本社があるアウトドア用品ブランドだ。1938年生まれのイヴォン・シュイナードが1973年に設立し,現在は50カ国近い国々で製品を販売するグローバルブランドに成長した(Chouinard, 2016)。

パタゴニアの主な製品はフリースやダウンジャケットのようなアウトドアアパレルが中心だ。これらに加えて,バックパックなどのバッグ製品や寝袋などのアウトドア製品も扱っている。近年はプロビジョンズというブランド名で食品製品にも力を入れている。

1. パーパスドリブンな企業

パタゴニアは社会的責任を果たすことに積極的な企業として知られている。近年企業や組織の社会的存在意義という文脈でパーパスという概念に注目が集まっている。サステナビリティの課題やZ世代と呼ばれる社会的意識が高い若年層の台頭,ESG(環境,社会,ガバナンス)投資と言われるような投資家の変化に伴って,パーパスを重視する企業が増えている。パタゴニアは以前より企業の社会的存在意義に戦略的に取り組むパーパスドリブンな企業のパイオニアの一つでもある(Chouinard & Stanley, 2013)。

パタゴニアは,近年社会的責任を果たす企業としてのスタンスを近年さらに明確にしている。その一環として2019年に自社のミッションステートメントを変更した。それまで掲げていたミッションステートメントである「最高の商品を作り,環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして,ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし,解決に向けて実行する(Build the best product, cause no unnecessary harm, use business to inspire and implement solutions to the environmental crisis.)」を,「私たちは,故郷である地球を救うためにビジネスを営む(We’re In Business To Save Our Home Planet.)」に変更した。以前のバージョンのものでも,ビジネスによって環境危機の解決に向けて実行することが明記されていたが,新しいミッションステートメントでは,ビジネスを行うことと地球を救うことの主客が逆転し,地球を救う手段としてビジネスがあるというスタンスを明確にした。

2. コミュニケーションと販売のダイレクトチャネル化

パーパスドリブンな活動とともに近年パタゴニアがマーケティングの取組みとして力を入れてきたのが,自社メディアによる顧客とのコミュニケーションと販売のダイレクトチャネル化だ。

パタゴニアは,自社WEBサイト上の記事コンテンツを拡充してきた。パタゴニアのWEBサイトには「アクティビズム」や「ストーリー」というタブがあり,パタゴニアのパーパスドリブンな活動に関する記事が展開されている。これによって,顧客はパタゴニアが行っている自然環境の保護・回復のための様々な取組みに関する情報を直接知ることができる。

パタゴニアは近年自社ECの拡充にも注力している。パタゴニアのWEBサイトのショップのタブは,商品情報紹介と商品の販売が一体となった構成になっている。あえてオンラインストアという名称は使わずに,商品情報の提供と販売が自然な導線でつながったシームレスなサイトである。顧客は商品情報の閲覧から直接ECでの購入に移ることができる。

パタゴニアは直営店の数も着実に増やしている。現在日本では北海道から福岡に至るまで20店を超える直営店が存在する。東京や大阪などの大都市圏の他,鎌倉や白馬など環境志向が高いパタゴニアの顧客を意識した場所への出店も特徴的だ。直営店とオンラインストアのいわゆるオムニチャネル化も進んでいる。顧客はオンラインストアからそれぞれの店舗の在庫情報を直接確認することができる。

以上のように,パタゴニアはコミュニケーションと販売の両側面において顧客とのダイレクト接点化を進めてきた。その結果パタゴニアは顧客のカスタマージャーニーを購入前ステージから購入ステージに至るまで横断的に把握することができるようになっている。

3. パーパスとダイレクトチャネルの相乗効果

パーパスドリブンな企業であることと顧客とのダイレクト接点を持つことは,相互に補完しながら現在のパタゴニアの成長に貢献している。パーパスドリブンなメッセージを直接顧客に伝えることで,ブランドと顧客のエンゲージメントが高まる。エンゲージメントの高さがブランドプレミアムやリピート率に反映し,ビジネスに好循環をもたらしている。

次節以降で取り上げるパタゴニアのCEへの取組みもパーパスドリブンな企業活動の一環として顧客とのダイレクト接点を活用しながら展開されている。CEに関する情報をWEBサイトや店頭で発信し,リペアやリセース,リファービッシュ製品の販売などをWEBサイトとオンラインストアで展開している。パーパスドリブンであることと顧客とのダイレクト接点がエンゲージメントとビジネスに寄与する最新の形がCEへの取組みとして表出している。

V. パタゴニアのCEへの取組み

パタゴニアはグローバルブランドの中でもいち早くCEに取り組んだ企業の一つだ。本論でケーススタディとして取り上げるパタゴニアの取組みはいずれもまだ他のブランドが追随できない先進性とスケールを持っている。本節では,パタゴニアのCEの取組みを,CEにおける顧客の行動変容のデザインにおいて重要とされるメンテナンス,リユース,リファービッシュ,リサイクル(Daae et al., 2018)の視点で概観する。

1. WORN WEAR

パタゴニアはCEに関するメンテナンス・修理,リユース,リファービッシュ,リサイクルなどの一連の取組みをWORN WEARというブランドのもと展開している。各国ごとに取組みの内容は少しずつ異なるが,メインのWEBサイトとは異なる「wornwear.patagonia.com」というサイトのもとでWORN WEARとしての統一されたブランドコミュニケーションを行っている。

パタゴニアのWEBサイトでは,メインのコンテンツから分離するかたちで,WORN WEARの他,食品ブランドのpatagonia PROVISIONS,政治アクティビズムのPatagonia Action Worksなどの取組みに独自のサイトが設けられている。これらのブランドとともにWORN WEARはパタゴニアのサブブランドとして位置づけられていることがわかる。

WORN WEARを直訳すると着古した服という意味だ。WORN WEARでは「新品よりもずっといい(Better Than New Gear)」というキャッチコピーが使われている。新品の製品を販売することがビジネスの主軸にあるパタゴニアとしては一見矛盾したようなメッセージだが,「故郷である地球を救うためにビジネスを営む」というパタゴニアのミッションを念頭に置くと決して矛盾したものではないことがわかる。パタゴニアにとって自然環境の保護・回復が目的であり,そのためにパタゴニアは新製品を販売すると同時に,一つの製品がより長く使われるためにメンテナンス・修理やリユース,リファービッシュ,リサイクルなどの取組みにも注力する。

WORN WEARのサイトで提供されるのは,国によって少しずつ異なるが以下のようなものだ。1)メンテナンス・修理に関する情報,2)製品のリサイクルに関する情報提供,3)リセール商品の販売,4)リファービッシュ製品であるReCraftedコレクションの販売,5)動画や記事を通じたWORN WEARのコンセプトのコミュニケーションなどである。

WORN WEARのサイトでは,WORN WEARのコンセプトを体現する記事や動画,イベントなどの告知が行われている。こうしたコミュニケーションを通じて,製品を可能な限り長く使ってほしいというパタゴニアの思想がユーザーに伝わっている。環境保護やCEに関心を持つユーザーは,こうした思想に触れることでパタゴニアとのエンゲージメントをさらに強固なものにしている。

2. メーカーでのメンテナンス・修理

パタゴニアは長年製品のメンテナンス・修理に注力してきた。ユーザーに製品をできるだけ長く使ってもらうために,壊れないように製品の品質を上げると同時に,壊れてしまった製品の修理体制の確立に努めてきた。

パタゴニアがまず取り組んでいるのは,長持ちする製品づくりだ。パタゴニアには創業以来,最高の製品をつくるという企業風土がある。製品づくりの方針の中でも,耐久性が高く,修理可能な製品をつくるということが明示されている(Chouinard, 2016)。製品設計と製造の段階から耐久性が高い製品づくりが意識されることで,長期間のユーザーの使用に耐えられる製品となる。修理可能な製品についても,製品設計時点からの配慮が必要だ。コストを無闇に削減するのではなく,修理可能性が担保されるよう必要な箇所にはコストをかけた製品設計を行っている。その結果,後述するユーザー自身がセルフで修理できることにつながっている。

パタゴニアは,アメリカのネバダ州リノの配送センター内に併設される北米最大規模と言われるアパレル修理センターを持っている。ここでは40名を超えるスタッフが所属し,年間5万点程度の修理に対応している(Patagonia, 2018a)。修理センターでは熟練の修理技術者が日夜修理に対応している。平均的な修理時間は一つのアイテムあたり約1時間半かかり,持ち主には10営業日ほどの期間で返送している。日本のパタゴニアにも修理センターがある。パタゴニアの直営店もある鎌倉にある修理センターでは年間1万4,000件ほどの修理に対応している(Patagonia, 2018b)。パタゴニアのWEBサイトには「修理サービス」というページがあり,修理の受付に関する詳細情報が提供されている。修理はリペアサービスに直接送付する方法の他に,直営店に持ち込む方法がある。WEBサイトでは送付先や送料,修理費用,納期などの情報が提供されている。

3. 使用後の製品のリサイクル・回収

パタゴニアはリユースとリファービッシュ,およびリサイクルを推進するために,店頭やWEBなどのダイレクトチャネルを通じた使用後の製品の回収を行っている。

パタゴニアの直営店にはWORN WEARのブランドロゴがついた回収ボックスが設置されている。回収ボックスには,製品の寿命が尽き修理不能になったものはパタゴニアがリサイクルするという旨が記載されている。カスタマーサービスのWEBサイトでも,「使い古されてついに使用不可能になったものならば回収する」との記載があり,可能な限り長く製品を使って欲しいというパタゴニアの思想が表れている(Patagonia, 2022)。

アメリカでは製品の回収をさらに促進するために「Trade-In」という使用後の製品の買取りを行っている。こちらは使用後のパタゴニア製品の中でも一定の状態のものを回収の対象としている。ユーザーは回収の対価として,直営店やオンラインストアで使えるストアクレジットを受け取る仕組みだ。ユーザーは回収してほしい品物をパタゴニアに直接送付するか,直営店に持ち込むことで製品の査定を受け,ストアクレジットと交換する。アメリカのパタゴニアのTrade-Inのページでは,Trade-Inによって製品の寿命を延長することの意義として,カーボンフットプリントの削減や廃棄物発生の抑制,CEへの貢献を掲げている。

ユーザーにとってメーカーが使用後の自社製品を回収してくれるのは無責任な廃棄を避けることができる嬉しい体験だ。使われなくなった衣類の行き先はフリマアプリや,自治体などの回収ボックスなどがあるが,どれも使用後の体験としては不十分なものだ。できるだけ製品を長く使うというパタゴニアの考え方に共感するユーザーは修理を重ねてボロボロになるまで製品を使うだろう。そんなユーザーにとってフリマアプリは使用後の製品の行き先にはなりにくい。自治体などの回収ボックスの選択肢もあるが,その先責任をもった処理がなされているか確かめる術は少ない。パタゴニアは回収した製品を後述するリユースやリファービッシュ,リサイクルに活用している。その活動は様々な形でユーザーの目に触れる形で展開されており,ユーザーは自分が使用していた製品もこのような経路で次のステップがあることを実感することができる。

4. ユーザーによるメンテナンス・修理

パタゴニアが自社による修理に加えて近年注力しているのが,ユーザー自身による修理だ。そのため,パタゴニアは,ユーザーが自分で製品の修理を行うための情報提供を積極的に行っている。

パタゴニアが最初に始めたのは,ユーザーによる様々な製品の修理情報の投稿が集められたサイトiFixitとの提携である。iFixitはアメリカのカリフォルニア州に本社を置くスタートアップ企業だ。2003年の創業以来ユーザーによる製品の修理情報の提供と,修理パーツや修理ツールの販売を手掛けてきた。iFixitに掲載されている修理情報の多くはメーカー非公式の修理情報であるが,パタゴニアはこのiFixitをパートナーとして公式の製品修理情報を提供している。

パタゴニアはiFixitの他にも,類似の修理情報を自社のWEBサイトでも提供している。WORN WEARのページの中にあるリペアのタブでは,iFixit同様に,アウターからボトムス,トップス,バッグ,ファスナーといったカテゴリー別の修理情報が提供されている。このページでは「皆様のお手持ちのパタゴニアのギアを修理することを強くお勧めします。またそれはパタゴニアの製品保証を無効にするものではありません。」と明記されている。ユーザーが自身の手で修理した製品であっても,パタゴニアはメーカーによるメンテナンスや修理に対応する姿勢を明確にしているのだ。

メーカーがユーザー自身の手による修理を許容し,促すということはかなりの英断だと言える。通常のメーカーは,企業が想定しない修理や改変をユーザーが加えることで,企業が意図した通りの製品性能が発揮されなくなることを懸念し,ユーザーに修理や改変を促すことは少ない。パタゴニアがパートナーシップを組むiFixitに掲載されている他社製品の修理情報の多くはメーカー非公式のものだ。パタゴニアは,ユーザーにできるだけ長く製品を使い続けてもらいたいという考えのもと,ユーザーが手軽に修理できるよう公式の修理情報を提供している。

5. リセール商品の販売

パタゴニアはWORN WEARのWEBサイトにおいて,使用済み製品のリセールを行っている。日本では販売されていないが,アメリカのWORN WEARのサイトには,「SHOP」というタブがあり,ジャケット・ベストやフリース,シャツ,セーター,パンツ,バッグなどの広範囲に渡るラインナップのリセール商品が扱われている。

リセール商品であるため,商品のラインナップやサイズ展開は様々だ。価格も商品の状態によって変動する。よりよい状態の「Excellent condition」から少し状態が落ちる「Good condition」までの状態のバリエーションがある。製品紹介のページには,製造年と参考価格として新品で購入した際の価格が提示されている。探している商品やサイズが見つからなかった時のために,希望する商品が入荷した際に通知を送ってもらうこともできる。

6. リファービッシュ

リファービッシュ(refurbish)とは製品を再整備することで再価値化することを指す。最初の製品の状態に近いかたちに整備することから,最初の製品の状態から大きく形を変えた再価値化まで幅広い概念である。リファービッシュという言葉は日本ではあまり馴染みがないが,形を変えた再価値化ではアップサイクルと呼ばれる領域とも近い。

パタゴニアでは,ReCraftedという製品ラインナップでリファービッシュに取り組んでいる。ReCraftedは,回収したものの単独の製品としてリセールするにはダメージが大きすぎる製品を,分解して素材化し,パッチワーク状につなぎ合わせてまったく新しい製品にしたものだ。

ReCraftedコレクションには,ジャケットやベスト,Tシャツ,バッグなどの製品がラインナップされている。そのプロダクトデザインはとても繊細だ。通常のパタゴニア製品とは異なる見た目でありながら,パタゴニア製品を分解したものを素材としているためパタゴニアらしさを残っている。ユーズド製品を分解したものをパッチワークしてつくったことがひと目でわかるデザインにもなっている。一方,通常の製品と異なりパッチワークの素材の状態はユーズドであるため,状態が様々だ。その状態の揺らぎにも耐えられるデザインになっていなければならない。規格が決まったものを大量に生産する通常の製品とはまったく異なるデザインと製造の結果生まれるイノベーティブな製品だ。

ReCraftedコレクションはWORN WEARのコンセプトを表す象徴的な製品である。ユーザーに対して,極限まで製品を使い切るとはどういうことか,パタゴニアはそこにどのように向き合っているかを示す製品だ。ユーザーはこうした試みを目にし,製品を手に取ることでパタゴニアとのCEに関連するエンゲージメントを強めている。

VI. 購入後のカスタマージャーニーの考察

以上のパタゴニアのWORN WEARを中心としたCE関連の取組みを踏まえた上で,カスタマージャーニーの視点でCEを念頭においたビジネスの顧客体験を分析する(図1)。

図1

パタゴニアのサーキュラーエコノミーを前提としたカスタマージャーニー

出典:筆者作成

パタゴニアのケーススタディで明らかになったように,パタゴニアは近年パーパス経営とダイレクト接点化の相乗効果で成長を拡大してきた。従来の広告等のマス媒体によるマーケティングコミュニケーションを起点に,多店舗展開する小売店で販売するというモデルから,顧客とのダイレクト接点を活用したマーケティングへの変革を行った。そのため,直営店と自社のオンラインストアによる販売を強化し,顧客のアカウント作成を促進,これらの顧客に販促とブランドコミュニケーションを一体化したメールニュースでのコミュニケーションを行っている。

こうしたダイレクト接点を活用したブランドビジネスはパタゴニアだけではなく,AppleやNIKEなどのブランドにも浸透し,いわゆるD2C(Direct To Consumer)型のアプローチとして知られている。一方,カスタマージャーニーの視点でこれらのモデルを見ると,ダイレクト接点型であっても使用後の製品に対する対応はほとんど見られず,基本的に製品は廃棄されてしまうだけであった。

先行研究が明らかにするようにCEを念頭においたビジネスにおいては購入後ステージのカスタマージャーニーにおいて,メンテナンス,リユース,リファービッシュ,リサイクルなどの顧客体験をデザインすることが重要だ。パタゴニアは購入後ステージのカスタマージャーニーにおいて,これらの顧客体験を整備しつつあることがわかった。

パタゴニアは,購入後ステージの顧客体験として,メーカーでのメンテナンス・修理,ユーザーによるメンテナンス・修理,および使用後製品の回収・リサイクルというステップを整備した。また回収・リサイクルを通じて集めた使用後製品を活用して,状態がよいものはリセール商品として販売,状態がよくないものは象徴的な商品としてReCraftedコレクションとして販売している。さらに,一連の購入後ステージプロセスをWORN WEARというサブブランドをつくり,専用サイトをオウンドメディア化し,顧客とのコミュニケーションとエンゲージメントの形成を行っている。

パタゴニアは,ダイレクト接点のメリットを活用し,購入後ステージにおける使用後の製品に関わる顧客体験をCEに適応する形で新たにデザインした。メンテナンス,リユース,リファービッシュ,リサイクルといった要素を組合せたCE適応型のカスタマージャーニーは多くのブランドの参考になるだろう。

岩嵜 博論(いわさき ひろのり)

武蔵野美術大学造形構想学部クリエイティブイノベーション学科教授。専門は,ストラテジックデザイン,ビジネスデザイン。イリノイ工科大学Institute of Design修士課程修了,京都大学経営管理大学院博士後期課程修了,博士(経営科学)。

References
 
© 2024 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
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