Japan Marketing Journal
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Peer-Reviewed Article
Effect of Advertising on Employee Turnover Intention:
Evidence Based on a Survey of Full-Time Employees of Listed Companies in Japan
Takumi KatoRyosuke IkedaMasaki Koizumi
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2024 Volume 43 Issue 4 Pages 73-85

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Abstract

インターナルマーケティング(IM)は,従業員を顧客として捉え,社内施策に焦点が置かれる。しかし,消費者向け広告は,従業員が仕事の社会的影響を認識したり,意識改革の機会となる。ビジネスではこのような活動が見られるが,研究としては知見が乏しい。本研究は,IMの文献で議論されてきた9つの要因(能力獲得,賃金,ワークライフバランス,上司との信頼関係,人材の多様性,オフィス設備,社員食堂,先端技術,パーパス)に加えて,本研究の仮説である広告を含めた10要因を対象とし,満足と転職意向への影響を明らかにした。日本における10業界(自動車,電機,医療機器,食料品,不動産,IT,金融,小売,サービス,行政)の正規従業員5,000人を対象にオンライン調査を実施し,共分散構造分析を適用した。その結果,広告は満足には効果が検出されず,転職意向で有意な正の効果が見られた。さらに,企業としては規模の小さい組織,従業員属性としては若い世代ほど,転職意向が高まりやすいと確認された。この結果は,広告を通じた社内コミュニケーションを図る際,転職意向が高まらないよう配慮が必要であると警鐘を鳴らしている。

Translated Abstract

Since internal marketing (IM) treats employees as customers, the focus has naturally been on internal measures. However, consumer-oriented advertising provides an opportunity for employees to recognize the social impact of their work and change their mindset. Such activities can be seen in business, but knowledge based on academic research is scarce. Therefore, this study examined the effects on job satisfaction and turnover intention by targeting ten factors, including advertising and nine factors covered in existing IM literature (capability acquisition, wages, work-life balance, relationship with superiors, diversity of human resources, office facilities, cafeteria, advanced technology, and purpose). An online survey of 5,000 full-time employees across ten industries (automotives, electronics, medical equipment, food, real estate, information technology, finance, retail, service, and government) was conducted in Japan. Advertisement had no effect on satisfaction, but had a significant positive effect on turnover intention. Furthermore, we found that the smaller the size of the company and the younger the employees, the more likely the employees are to change jobs. This result indicates the need to take care not to increase the desire to change jobs when promoting internal communication through advertisements.

I. はじめに

インターナルマーケティング(IM)は,従業員を内部顧客として見なし,彼らのニーズを満たす社内商品と定義されている(Berry, 1981)。IMの主な受益者である従業員は,その受益を商品・サービスに連鎖させ,最終的には顧客と組織に還元する(Rafiq & Ahmed, 2000)。基本的にIMは,消費者向けのマーケティングの施策・考え方を従業員に適用する活動である(Kanyurhi & Akonkwa, 2016)。例えば,研修を社内商品として従業員に提供し,満足度が高まるように設計する(Qaisar & Muhamad, 2021)。IMで扱う対象の施策は,賃金(Panigyrakis & Theodoridis, 2009),ワークライフバランス(Chen & Tang, 2021),上司との関係(Wieseke, Ahearne, Lam, & Van Dick, 2009),人材の多様性(Bairstow & Skinner, 2007),職場環境(Mitchell, 1992),福利厚生(Tang, Chang, Wang, & Lai, 2020),先端技術(Collins & Payne, 1991),パーパス(Dalgic, 1998; Hashimoto, 2018)と多様に広がっている。

上記のとおり,当然ながらIMでは従業員向けの施策に焦点が当てられてきた。しかし,消費者向けの施策であっても,従業員態度に与える影響を考慮すべきである。例を挙げると,消費者向けの広告は,従業員が自身の仕事の社会的影響を認識したり,意識改革の機会となる。Toyotaがテレビ広告に出稿している「トヨタイムズ」は,従業員の意識改革の意図が含まれる(Nikkei XTrend, 2020)。このようにビジネスでは消費者向けの広告を通じて社内へのコミュニケーションを図る活動があるものの,学術研究としてはこの知見が乏しい。

そこで,本研究のリサーチクエスチョンは,「消費者向けの積極的な広告は従業員態度に貢献するIMの施策となるか?」である。IMの文脈における既存文献で議論されてきた9つの要因(能力獲得,賃金,ワークライフバランス,上司との信頼関係,人材の多様性,オフィス設備,社員食堂,先端技術,パーパス)に加えて,本研究の仮説である広告を含めた10要因を対象とし,仕事の満足と転職意向に対する影響を明らかにした。主要な要因を網羅的に評価することで,広告の効果を過大評価せず,精緻な検証を可能にした。日本における10業界(自動車,電機,医療機器,食料品,不動産,IT,金融,小売,サービス,行政)の正規従業員各500人,計5,000人を対象にオンライン調査を実施した。浜松市の観光促進(Nikkei, 2021)など,近年は行政も広告を出稿することは一般的であるため,結果の一般化のために本研究の対象に含めた。マーケティング調査では,単一項目よりも複数項目で聴取する方がモデルの推定精度が高い(Diamantopoulos, Sarstedt, Fuchs, Wilczynski, & Kaiser, 2012)。さらに,観測変数だけではなく,複数項目で観測した変数から抽出した因子を用いて因果構造を推定できる共分散構造分析(Shidoji, 2008)をここでは採用した。組織の規模によって従業員態度の要因は変化するため(Kato, Yamamoto, Miyaji, Katsuki, & Kataoka, 2022),ここでは東京証券取引所(東証)に上場する1,000人以上の組織規模に限定した。網羅的な評価によって優先順位が明確化されたことで,実務者は人事制度を効果的に設計することが可能になる。

II. 先行研究と仮説の導出

1. IMの既存文献で扱われてきた主な従業員態度の要因

能力の獲得:従業員が能力を獲得する教育や労働環境はIMの重要な1つの手段である(Qaisar & Muhamad, 2021)。職場での研修に対する認識は,仕事の満足度を高めるだけでなく,職場のストレスを和らげる効果を持つ(Sesen & Ertan, 2021)。特に大企業では,年収や役職よりも,専門知識の獲得できる環境が重視される(Kato et al., 2022)。

適切な賃金:賃金はIMで配慮されるべき要素である(Panigyrakis & Theodoridis, 2009)。賃金は従業員にとって大きな魅力であり,離職意向を引き下げる(Liu, Zhu, Wu, & Mao, 2019)。昇進やインセンティブなどの報酬も効果的要素である(Koo, Yu, Chua, Lee, & Han, 2020)。

ワークライフバランス:柔軟な働き方はIMの要素の1つである(Chen & Tang, 2021)。作業負荷は頻繁に発生するストレスの原因であり(Bautista et al., 2020),ワークライフバランスは満足度と正の相関がある(Mas-Machuca, Berbegal-Mirabent, & Alegre, 2016)。

上司との信頼関係:従業員は,組織との関係とは別に,上司との関係を築いている(Stinglhamber, Cremer, & Mercken, 2006)。そのため,IMを実践するにあたって,リーダーの役割は大きく,組織の一体感を醸成する必要がある(Wieseke et al., 2009)。上司の好意的な支援から生まれる信頼は,仕事の不満と離職率の関係を弱める(Modaresnezhad, Andrews, Mesmer‐Magnus, Viswesvaran, & Deshpande, 2021)。

人材の多様性:商品・サービスを利用することで自らのアイデンティティを示す消費者と同様に,従業員を顧客として扱うIMでは仕事の消費を通じて自らのアイデンティティを形成する必要があり,人材の多様性が重要になる(Bairstow & Skinner, 2007)。ただし,現実に目を向けると,多様性の推進活動は活発化しているものの,暗黙の偏見と微妙な差別が依然として蔓延している(Murrar, Campbell, & Brauer, 2020)。

オフィスの設備:IMは,従業員のモチベーションを高める活動であり,その手段として職場環境の設計は重要である(Mitchell, 1992)。オフィスの優れた設備は,従業員にとって重要な意味を持つことが古くから意識されている(Spreckelmeyer, 1993)。オフィス環境は,仕事の満足度だけでなく,健康状態にまで影響する(Danielsson & Bodin, 2008)。

社員食堂の質:社員食堂は職場環境を魅力的にする福利厚生の一環であり(Zhao & Stiles, 2023),福利厚生は従業員の幸福に直接関連するIMの要素でもある(Tang et al., 2020)。アメリカのIT企業を中心に注目されてきたが,日本でも健康機器メーカーのタニタの社員食堂は,その質の高さから,一般向けに加えて,他社の食堂にまで展開している(Nikkei, 2013)。

先端技術の導入:職場環境は,オフィス設備や社食などのハードのウェア面だけでなく,新しい技術などのソフトウェアの面も考慮すべきである。企業経営の視点では先端技術の競争力への貢献は議論の余地がないほど明白であるが,従業員の視点では反対の意味を持つ。実際,IMの文脈で,新技術導入による従業員のストレスは古くから議論されている(Collins & Payne, 1991)。人工知能やロボットが採用されると一部の従業員は職を失うリスクがある。特に,2022年11月に発表されたChatGPTをはじめとする人工知能の急速な発展は,人間の仕事を代替することが懸念されている(Agrawal, Gans, & Goldfarb, 2022)。

パーパスの明確さ:パーパスの類似した概念・呼称に,フィロソフィー,ミッション,ビジョン,クレド,カンパニーウェイなどがある(Collins & Porras, 2008)。基本的には,組織のコアコンピテンシーや,経営陣が支持する価値観を明確に示したものである(Balmer, 1995)。パーパスは,外部に対するイメージの構築よりも,組織内での従業員の動機付ける(Klemm, Sanderson, & Luffman, 1991)。IMでは,自社の情報を広め,従業員のコミットメントを生み出す必要があり,その手段としてパーパスが貢献する(Dalgic, 1998; Hashimoto, 2018)。

2. 広告が従業員態度に与える影響

IMは従業員が対象であるが,消費者向けの施策である広告でも従業員向けの効果を考慮すべきである。従業員は広告の「第2の視聴者」と呼ばれ,広告の内容を視聴・評価している(Gilly & Wolfinbarger, 1998)。従業員の視点では,広告は以下の2つの効果を生む可能性がある。1つ目は,仕事の満足度を向上する効果である。自身の仕事の社会的影響の認識は,満足度に大きな影響を与える(Hu, Wang, Lan, & Wu, 2022; Peng et al., 2020)。メディアを通じて,自身が勤める企業や担当する商品を目にすることで,仕事の意義を感じやすくなる可能性がある。その一方で,広告は,経営者から従業員に期待する行動のメッセージでもある(Acito & Ford, 1980)。広告の主張内容と自身の業務が一致しない場合,従業員は混乱し,不満やストレスを感じる懸念がある(Acito & Ford, 1980)。よって,従業員が広告の内容と実態の一致性を認識することが大切であるため,広告に登場する従業員の描写の正確さは有効性に影響する(Celsi & Gilly, 2010)。

2つ目は,転職市場においても,その企業や商品の認知度を高める効果である。既存文献では,企業の視点から,優れたスキルと知識を持つ従業員を採用するための「雇用主のブランディング」として広告の効果が議論されてきた(Berthon, Ewing, & Hah, 2005; Mishra & Kumar, 2019)。つまり,認知度の高い企業は効率的に人材を集めることができる。これを従業員の視点に転換し,「被雇用者(転職者)のブランディング」として広告の効果を検討した。転職の際に最も苦労することは「自己アピールの明確化」である(En Japan, 2018)。転職前の実務経験が転職後の報酬や満足度に影響することが明らかにされていることから(Ouchi, 2007),自己アピールしやすい経歴を有することは転職にとって重要である。従業員は広告の「第2の視聴者」と上記で述べたが,その従業員は転職希望者でもあり,採用担当者でもある。よって,消費者向け広告を通じて,勤務企業や担当商品の知名度が転職市場で向上すると,自己アピールに活かしやすくなる結果,転職意向を高める可能性に着目した。

上記を踏まえて,本研究では以下の仮説を導出した。

H1-1. 積極的な広告は仕事の満足に正の影響を与える。

H1-2. 積極的な広告は転職意向に正の影響を与える。

さらに,広告による人材流出という副作用について,従業員や企業の属性による効果の変動を推察した。1つ目は,年齢である。日本では若い世代ほど転職は活発であり,10代から59代までは概ね単調に転職する割合が減少する(Ministry of Health, Labour & Welfare, 2021)。さらに,Z世代は,就職活動の時点から将来の転職を意識している傾向がある(Nikkei, 2023)。2つ目は,転職回数である。日本の雇用の流動性の低さは度々指摘されている。転職回数の平均値は,インドネシア1.64回,タイ1.54回,アメリカ1.16回,中国1.09回と比較して,日本は0.87回と少なく,何度も転職することに否定的な意識がある(Cabinet Office, Government of Japan, 2013)。この文化的背景から,転職経験が少ない人ほど自社の広告を転職のアピールに活かすことを想起しにくいと推察される。3つ目は,組織の規模である。組織が大きく,著名度の高い企業であれば,広告の量に関係なく,アピールをしやすいだろう。よって,規模の小さな会社ほど,転職者にとって広告は魅力的になる可能性がある。以上より,以下の仮説を導出した。本研究の仮説モデルを図1に示す。

図1

仮説モデル

H2-1. 若い世代ほど,積極的な広告の転職意向に対する正の影響は大きくなる。

H2-2. 転職回数が多い人ほど,積極的な広告の転職意向に対する正の影響は大きくなる。

H2-3. 小さな規模の組織ほど,積極的な広告の転職意向に対する正の影響は大きくなる。

III. 調査・検証方法

2023年3月1日から5日にかけて,日本における10業界(自動車,電機,医療機器,食料品,不動産,IT,金融,小売,サービス,行政)の正規従業員各500人,計5,000人を対象にオンライン調査を実施した。対象者条件は,(a)20–60代,(b)対象の10業界,(c)正規従業員,(d)(行政を除外して)東証の上場,(e)組織規模1,000人以上,の5つである。調査は,株式会社マクロミルのパネルに対して配信した。回答者の属性と勤める企業の属性の分布を表1に示す。設問は,表2に示すとおり,既存文献に基づいて設定し,本研究の仮説部分は独自に設定した。選択肢はすべて5段階尺度である(1=まったく当てはまらない,5=とても当てはまる)。図2に示すとおり,業界別の従業員態度を見ると,行政の満足が最も高く,転職意向が低い。一方,サービス・金融はそれと反対の傾向にある。また,図3に示すとおり,広告量に対する認識(表2のNo. 30)は,食料品・金融が高く,医療機器・行政が低い。

表1

回答者属性の分布

表2

設問一覧

図2

業界別の満足と転職意向

図3

業界別の広告量の認識

(注)エラーバー:標準偏差

2のNo. 3–32の観測変数に因子分析を行い,因子を抽出した。因子回転にはプロマックス回転を採用した。その因子構造に基づいて,共分散構造分析を適用した。交互作用を含まないModel 1に加え,広告との交互作用として,年齢(1=20代,…,5=60代)のModel 2,転職回数(0=0回,1=1回,2=2回以上)のModel 3,組織規模(1=1,000–4,999人,2=5,000–9,999人,3=10,000人–)のModel 4の4つ構築した。なお,交互作用を検証する際は,多重共線性を避けるために中心化した。また,交互作用が検出された場合,その詳細を把握するために,積極的な広告因子と各項目の単純傾斜分析を実施した。分析環境はRである。

IV. 結果と考察

1. 結果

固有値が1以上の因子数は10であるため,当該数に決定した。表3に示す因子分析の結果を見ると,要因ごとに因子が抽出されており,図1の仮説モデルと合致している。クロンバックのα係数は概ね0.8以上,AVE(average variance extracted)は0.5以上になっており,妥当性を確認した。因子間の相関は表4に示す。この因子構造を用いて共分散構造分析を適用した結果を表5に示す。モデルの適合性は,CFI (comparative fit index)=0.976, GFI (goodness of fit index)=0.957, AGFI (Adjusted goodness of fit index)=0.943, SRMR (standardized root mean square residual)=0.043, RMSEA (root mean square error of approximation)=0.039と良好な値を示した。満足に対して5%水準で有意な正の影響は,能力の獲得が最も大きく,次いで賃金,ワークライフバランス,上司との関係,パーパス,社員食堂となっている。多様性と先端技術は負の影響である。転職意向を低減させる効果は,満足が最も大きい。転職意向を高めてしまう要因は,先進技術と広告である。

表3

因子分析の結果

表4

因子間の相関

表5

SEMの結果(Model 1)

次に,交互作用を含めたモデルのうち,仮説に関連する部分を抜粋した結果を表6に示す。広告と年齢は有意な負の交互作用を示した。つまり,若い世代ほど,積極的な広告の認識は転職意向を高める。同様に,広告と組織規模も有意な負の交互作用であり,組織規模が小さいほど,広告量の認識が転職意向に寄与している。広告と転職回数は正の相乗効果の傾向が見られるが,p値=0.087と5%水準では棄却された。図4に示すとおり,単純傾斜分析の結果によると,高い年齢の従業員には広告は転職意向に負の傾向が見られる。企業規模はいずれも転職意向を高めているが,その効果は規模が小さいほど顕著である。以上より,H1-2,H2-1,H2-3は支持され,H1-1,H2-2は不支持となった。

表6

SEMの結果(Model 2, Model 3, Model 4の抜粋)

図4

単純傾斜分析の結果(左:年齢,右:組織規模)

既存文献と同様に,能力開発(Qaisar & Muhamad, 2021),賃金(Panigyrakis & Theodoridis, 2009),ワークライフバランス(Chen & Tang, 2021; Panigyrakis & Theodoridis, 2009),上司との関係(Wieseke et al., 2009),福利厚生(Tang et al., 2020),先端技術(Collins & Payne, 1991),パーパス(Dalgic, 1998; Hashimoto, 2018)は,満足に正の効果が確認された。多様性は,暗黙の偏見と微妙な差別が依然として蔓延しているという指摘のとおり(Murrar et al., 2020),本研究でも負の効果となった。職場環境は従業員態度に効果的と主張されてきたが(Danielsson, & Bodin, 2008; Mitchell, 1992; Spreckelmeyer, 1993),本研究では主要な要因を網羅したために職場環境が過大評価されず,効果が限定的になった。また,H1-1が不支持となった理由は,従業員視点からの広告内容と実態の一致(Acito & Ford, 1980; Celsi & Gilly, 2010)という広告の質を考慮していないためと推察できる。例えば,McDonald’sの質の高い接客を消費者にアピールする広告で認知が広がった「スマイル0円」サービスは,現場の従業員の心理的負担を高める懸念を踏まえ,直近では「スマイルあげない」へと訴求を転換している(AdverTimes, 2023)。このように,従業員が望む働き方に合致させる内容が従業員満足度には重要であろう。一方,転職に向けた外部へのアピール材料としては,社会的な知名度を高める広告の量が重要となる。

2. 理論的貢献と実務的示唆

IMでは従業員向けの施策が中心だが,広告という消費者向けの施策を通じて,従業員態度に影響を与える活動がビジネスでは見られる。本研究はIMの手段としての広告に着目した結果,満足よりも転職意向への効果が大きいことを明らかにした。その効果が顕著になる条件として,企業属性としては小規模,従業員属性としては若い世代であることも示した。消費者の意思決定における企業ブランドの役割はマーケティングの文献に詳しく記載されているものの,人事・労働の側面への応用の議論が乏しい(Banerjee, Saini, & Kalyanaram, 2020)。その中で,人事面で広告の効果を論じた既存文献は,企業視点の採用の効果に限定されてきた(Berthon et al., 2005; Mishra & Kumar, 2019)。本研究は,従業員視点の転職意向に拡張し,IMの広告に関する知見を補完した。

実務的示唆としては,広告の効果を検討する際,従業員流出という副作用まで検討すべきである。広告は,従業員満足に対しては効果が検出されない一方で,転職意向では有意な正の効果が明らかになった。従業員属性としては若い世代ほど,企業属性としては規模の小さい組織ほど,転職意向が高まりやすい傾向が見られた。ビジネスでは従業員態度に影響を与える目的で,消費者向け広告を出稿するIMの施策が見られる。本研究は,その実践にあたって,従業員の転職意向が高まらないように慎重な設計が必要であることを訴えている。

3. 本研究の限界と今後の研究課題

本研究には主に3つの限界がある。1つ目は,本研究は10業界を網羅しているとはいえ,日本に限定された結果であり,結論の一般化には限界がある。2つ目は,広告の質に関する測定が不十分な懸念がある。本研究では,広告の量,著名人の起用,メッセージの一貫性という項目を測定したが,質を考慮すると満足への効果が現れる可能性がある。3つ目は,目的変数と説明変数を単一の回答者に聴取しているため,因果関係が過度に強調されてしまうコモン・メソッド・バイアスの懸念がある。ただし,第一因子が分散の過半数以上を説明する場合に当該バイアスの懸念が高い(Podsakoff & Organ, 1986)。本研究は興味の対象を過剰に評価しないよう主要な要因を網羅的に評価したため,表4の累積因子寄与率に示すとおり上記基準には該当しない。今後,より精緻に検証する方法としては,転職実績などの行動データを目的変数に利用することなどが挙げられる(Jordan & Troth, 2020)。以上のとおり,対象国の拡張,広告の量と質の測定,行動データによる評価は,今後の課題である。

加藤 拓巳(かとう たくみ)

博士(経営学)。明治大学商学部専任講師。慶應義塾大学理工学部管理工学科,筑波大学ビジネス科学研究科修士・博士課程修了。三菱電機やHonda等を経て現職。実務では商品企画とブランドマネジメント,研究ではマーケティング戦略や消費者行動に従事。

池田 亮介(いけだ りょうすけ)

修士(工学)。東京理科大学理工学部経営工学科,理工学研究科修士課程修了。生産現場のIoT化によるデータ活用業務を経て現在AI技術を用いた新規事業開発に従事。

小泉 昌紀(こいずみ まさき)

修士(工学)。慶應義塾大学理工学部管理工学科,理工学研究科修士課程修了。日本工業大学専門職大学院客員教員,中小企業診断士。日本電気株式会社において海外事業責任者,ベンチャー設立を経て,AI技術を用いた新規事業開発に従事。

References
 
© 2024 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
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