Quarterly Journal of Marketing
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Review Article / Invited Peer-Reviewed Article
Customer Responses Following Service Failures:
Review and Future Research Agenda
Yuehong Zhao
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2024 Volume 43 Issue 4 Pages 64-72

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Abstract

優れたサービス企業であっても,サービスの提供過程で失敗を回避することは難しい。サービス失敗とは,提供されたサービスが顧客の期待を下回ることを指す。そのような失敗が引き起こす様々な顧客の反応には,サービス提供者に対する直接的または間接的な不満の伝達からネガティブなクチコミまで多岐にわたる。これらの反応は総称して「顧客苦情行動」と呼ばれる。本論文は認知―感情アプローチに焦点を当て,顧客苦情行動に関する2つの重要な先行文献群を包括する。第一の文献群は顧客苦情行動の概念の発展に焦点を当て,その多面的な性質を明らかにする。第二の文献群は認知,感情,個人の属性,および状況要因を含む顧客苦情行動の先行要因を検討する。これらの先行文献群を体系的に整理することで,本論文は顧客苦情行動の理論的発展を明らかにし,その研究課題を特定する。特に,本論文は将来の研究に向けて3つの異なる方向性を提案し,学問的な探求を進展させ,サービス環境における顧客苦情行動の複雑さに関する理解を深めることを目指す。

Translated Abstract

Avoiding failures in the service delivery process is challenging, even for outstanding service companies. Service failure refers to the situation where the provided service falls short of customer expectations. Customer responses to such failures range from direct or indirect expression of dissatisfaction to negative word-of-mouth. These responses are collectively referred to as “customer complaining behavior”. With a focus on the cognition-emotion approach, this paper synthesizes two crucial bodies of prior literature on customer complaining behavior. The first concentrates on the conceptual development of this behavior, revealing its multifaceted nature. The second examines the antecedents of customer complaining behavior, considering cognitive, emotional, personality, and situational factors. By systematically organizing these bodies of prior research, this paper elucidates the theoretical advances in understanding customer complaining behavior and identifies research gaps. In particular, the paper proposes three directions for future research to advance scholarly inquiry and deepen understanding of the complexity of customer complaining behavior in service environments.

I. はじめに

本研究の目的は,サービス失敗後の顧客反応に関する文献をレビューすることによって,既存研究の限界を明らかにし,この領域における将来の研究課題を明らかにすることである。サービス失敗(service failure)とは,企業が提供するサービスが顧客の期待を下回り,顧客の不満が生じる状況を指す(Zeithaml, Parasuraman, & Berry, 1990)。例えば,レストランでの待ち時間が予想以上に長すぎることや,従業員に無礼に扱われることのような,顧客の不満を引き起こすことがサービス失敗に該当する。優れたサービス企業や小売企業であっても,サービスの提供過程において失敗を避けることは難しいと言える(Balaji, Roy, & Quazi, 2017)。特に,ホテル(Sann, Lai, & Liaw, 2020),レストラン(Loo, Khoo-Lattimore, & Boo, 2021),航空業(Petzer, De Meyer, Svari, & Svensson, 2012)および銀行(Tosun & Yanar Gürce, 2022)では,サービス失敗がよく見られる。

サービス失敗を経験した顧客はサービス失敗に対処するために,多様な反応を示す。例えば,顧客はソーシャルメディアを通してサービス失敗の体験を拡散し,企業に大きな損害を与えることがある(Verhagen, Nauta, & Feldberg, 2013)。一方,一部の顧客は直接サービス提供者に苦情を伝え,賠償を求めることもある(Anderson & Galinsky, 2006)。また,企業との関係を終結し,他の企業に切り替える顧客もいる(Strizhakova, Tsarenko, & Ruth, 2012)。このような多様な反応は,顧客苦情行動(customer complaining behavior;以下,CCB)と総称されている。

サービス失敗の場合,顧客の不満を軽減し,彼らのCCBに応えるためのサービス・リカバリー戦略が,企業にとって重要な課題となっている。顧客の不満を軽減し,サービス・リカバリー戦略を実施する前提として,企業側が顧客の不満を認識した上で,顧客が特定のCCBを選択する理由を把握することが必要である。しかし,サービス失敗とCCBの領域において,既存のレビュー論文(e.g., Istanbulluoglu, Leek, & Szmigin, 2017)はCCBの概念に焦点を当てていた。一方,特定のCCBを引き起こす先行要因およびCCBに至るまでのメカニズムを整理したものはほとんどない。本論文は,CCBの概念的発展をはじめ,CCBの先行要因およびメカニズムを含む文献をレビューし,サービス失敗とCCBの領域における限界を明らかにし,将来の研究課題を明確にすることを目的としている。

本論文は以下の通り構成されている。まず第II節では,これまでの研究を概観し,CCBの概念の発展を整理する。次に第III節では,CCBの先行要因およびメカニズムに関する文献を整理する。最後に第IV節では,CCBの領域における研究課題を特定し,今後の研究の方向性を検討する。

II. 顧客苦情行動の概念の発展

CCBとは,消費経験のあらゆる部分に関する不満に対する顧客の反応である(Istanbulluoglu et al., 2017, p. 1113)。CCBは50年近く研究されており,多くの研究成果が生まれてきた(e.g., Crié, 2003; Day & Landon, 1977; Hirschman, 1970; Singh, 1988)。

Hirschman(1970)はサービス失敗後のCCBを類型化するために,「退出―発言―ロイヤリティ・モデル(exit-voice-loyalty model)」を提示した。サービス失敗に直面したときに顧客が示す3つの異なる反応を提案した初期のCCBの概念的研究である。退出とは,不満を抱いた顧客がサービス提供者との関係を絶ち,製品やサービスを購入しなくなることを指す。発言とは,不満を持つ顧客がサービス提供者に直接不満を表明することである。彼らはフィードバックを提供するため,企業が失敗を是正する機会を提供するかもしれない。最後に,ロイヤリティは第三の選択肢であり,不満を経験した顧客が,不満があるにもかかわらずサービス提供者を支持し続けることを意味する。

Day and Landon(1977)は,CCBが企業によって観察可能かどうかを最初に議論し,CCBを公共の場での行動と私的行動に分類した。公共の場での行動には,企業に是正を求める,補償を得るために法的措置をとる,第三者に苦情を言うなどの行動が含まれる。私的行動には,取引を中止したり,友人や家族に警告したりすることが含まれる。これらはいずれも,顧客がとる行動的対応とみなされる。さらに,顧客はサービス失敗を経験した後,いかなる行動も取らないという無行動反応(no-action response)を示すこともある。

Singh(1988)は,これまでの分類研究が概念的であると批判した。彼は実証研究を通じて「CCBが向けられる対象」の基準に従ってCCBを区別した。CCBの対象は3つのタイプがある。第一のCCBの対象は,顧客の社会的集団の外部にあり,サービス失敗に直接的に関係する(例えば,小売業者)。第二のCCBの対象は,法的機関や新聞のような,顧客の社会的集団の外部にあり,サービス失敗とは直接関与しないものである。第三のCCBの対象は,顧客の社会的集団の内部にあり,サービス失敗には直接関係しない(例えば,親族や友人)。

Crié(2003)は以下の3つの次元でCCBへの理解を深めた。第一に,不満を持つ顧客はサービス失敗に対し単一の行動をとるだけでなく,同時に複数の行動をとる可能性が高いため,顧客の多様な反応を表現するには「行動」よりも「反応」という用語の方が適切である。第二に,Singh(1988)と同様にCrié(2003, p. 61)ではCCBの対象,つまり,反応が向けられる主体が特定されている。公的対象には,販売者,製造者,消費者関連機関,法的機関などが含まれる。一方,私的対象には,家族,友人,親戚が含まれる。第三に,前述の2つの次元の強さに応じて,反応は無活動(inactivity)から法的措置まで様々であり,その動機も不満を表明するため,あるいは是正を求め,補償を得るためなど多岐にわたる。Crié(2003)によると,無活動は顧客が失敗の原因を自己に帰属する場合における反応である。

Istanbulluoglu et al.(2017, p. 1113)は,上記の研究を統合し,CCBを「消費経験のあらゆる部分に関する不満に対する顧客の反応であり,行動的および/または非行動的な不満行動を包含する可能性がある」ものと定義した。Istanbulluoglu et al.(2017)が考案した分類には,惰性(inertia),退出,ネガティブなクチコミ,ネガティブなクチコミを伴う退出,企業への公の苦情(public complaint),第三者への公の苦情,公の苦情を伴う退出の7種類の顧客反応が含まれている。この分類には,苦情行動に加えて,企業にとってのこれらの反応の可視性(企業に対する情報提供の量),および苦情の対象者という2つの基準も含まれている。総じてIstanbulluoglu et al.(2017)は,これまでの概念を統合し,CCBの総合的な分類を構築した。

以上のCCBの領域の研究成果に加え,顧客復讐行動(customer revenge behavior)はCCBに由来しているため(Huefner & Hunt, 2000),本論文は顧客復讐行動をCCBの一種として捉え(Grégoire, Laufer, & Tripp, 2010),既存のCCBの概念に加え,顧客復讐行動の文献を含む顧客のサービス失敗後の反応に関してここで検討する。顧客復讐行動とは,「企業によって引き起こされたと認識された損害に対して,顧客が企業に損害を与える」ことを指す(Grégoire et al., 2010)。他のCCBに比べ,顧客復讐行動はより能動的で仕返しの意図が強い。顧客復讐行動はしばしばサービス・リカバリーと二重逸脱(double deviation)の文脈で研究されている。二重逸脱は,サービス・リカバリーの失敗を意味する。サービスの提供過程において,顧客の不満を引き起こすものは全て,サービス失敗となるため,本論文は二重逸脱をサービス失敗として捉え,それに関連する顧客復讐行動に関する文献もレビューの範囲に入れ,より包括的にサービス失敗後の顧客反応を整理する。顧客復讐行動により良く対応するために,Grégoire et al.(2010)は顧客復讐行動を直接的なものと間接的なものに区別することを提案した。前者は「面と向かって(face-to-face)」の一連の行動である一方,後者は「企業の目の届かないところ(behind a firm’s back)」で行われる復讐行動である。直接的復讐は企業側が意識することができるのに対して,間接的復讐は企業側が意識しにくいため,コントロールできる可能性が低い。間接的復讐とは,「企業の境界線の外で行われる復讐行動」である。

CCB分野の研究者たちの努力により,CCBの概念は単純な退出―発言―ロイヤリティ・モデルから,包括的なモデルへと徐々に拡大してきた。以上を踏まえると,サービス失敗後の顧客対処行動であるCCBは,単なる「行動(action)」だけではなく,復讐行動や惰性を含み,顧客のサービス失敗に対処するための一連の「反応(response)」と捉えるべきである。では,なぜ顧客はある特定のCCBを選択しているのか,その一連の反応の発生の仕組みを解く先行要因に関して,第III節で検討する。

III. 顧客苦情行動の先行要因

認知―感情アプローチ(図1)は,サービス失敗後の顧客反応のメカニズムを説明する最も一般的なアプローチである。Stephens and Gwinner(1998)は,評価理論(appraisal theory)と顧客の感情を引き合わせ,全体的な認知―感情アプローチを提案した。CCB研究分野における既存の研究潮流,いわゆる,CCBの概念的研究と,認知的要因,感情的要因,個人の属性,環境的要因のようなCCBの先行要因に関する研究は,CCBの領域においての相対的な位置付けに関して,この認知―感情アプローチの中に統合することができる。

図1

認知―感情アプローチ

出典:Stephens & Gwinner, 1998, p. 174, Figure 1を元に筆者作成

1. 顧客苦情行動の先行要因としての認知的評価

認知的評価(cognitive appraisal)とは,ある出来事とその様々な側面を,幸福感(well-being)にとっての重要性に関して分類するプロセスを指す(Lazarus & Folkman, 1984, p. 31)。Lazarus and Folkman(1984)は認知的評価を2つの側面で議論している。一次評価(primary appraisal)は,顧客がサービス自体を評価するプロセスを指し,二次評価(secondary appraisal)は,顧客が対処の可能性を評価するプロセスである。何が問題となっているかについての一次評価と,対処方法についての二次評価は,ストレスの程度と感情的反応の強さと質(または内容)を形成する上で相互に作用する。

Lazarus and Folkman(1984)は,一次評価が次の3種類の結果をもたらす可能性を示唆した。それは無関係(irrelevant),と無害または肯定的(benign-positive),過大なストレス(stressful)である。無関係な評価とは,個人が何かに徐々に適応し,それ以上反応しなくなることと理解できる。無害または肯定的評価とは,ある出来事が肯定的に捉えられ,自分の幸福を保護または促進すると認識されることである。過大なストレスの評価には,危害や損失,脅威,挑戦が含まれる。

サービス失敗の場合,サービス自体への一次評価が過大なストレスを引き起こすため,その状況に対処するために何かをしなければならない。その場合,二次評価(何をすべきか,何ができるかを評価すること)が行われる(Lazarus & Folkman, 1984)。二次評価には,サービス失敗に対して,どのようなCCBに価値があるか,あるCCBが目標を達成する確率,個人があるCCBを使える可能性などが含まれる。また,認知的評価の研究では,一般的に見られる二次評価の要素がいくつか挙げられている。以下では,公正性感知(justice perception),責任帰属(blame attribution),対処可能性(coping potential),将来への期待(future expectancy)という4つの認知的評価を説明する(Grégoire et al., 2010; Stephens & Gwinner, 1998)。

公正性感知は,公正理論(justice theory)に基づく認知的評価であり,3つの次元で顧客のサービス失敗の場における公正の感知が議論されている。それは分配的公正(Adams, 1965),手続き的公正(Thibaut & Walker, 1975),相互作用的公正(Bies & Moag, 1986)である。分配的公正は結果的公正とも呼ばれ,インプットとアウトプットの間の公正(顧客が認識するサービスの成果や報酬に関する公正)であり,手続き的公正は成果を分配するプロセスにおける手続きの公正(サービスの提供過程における企業の方針)であり,相互作用的公正はサービスを提供するプロセスにおける対人的処遇の公正(サービスの提供過程を通じて顧客がどのように扱われたか)である。サービス失敗が生じた場合に,顧客が不公正を感じると,ネガティブな感情が引き起こされ,復讐のような能動的なCCBをとる傾向にある(Grégoire & Fisher, 2008)。また,分配的不公正の感知に比べ,相互作用的不公正の感知はより顧客の復讐行動を引き起こす可能性が高い(Bechwati & Morrin, 2003)。

原因帰属理論(attribution theory)に基づく責任帰属はCCB研究分野における重要な先行要因である。原因帰属理論によると,ある失敗または成功に対して,人々はその原因を探究する傾向にある(Weiner, 1985)。責任帰属とは,顧客がサービス失敗の原因について企業に責任があると認識する度合いを指す(Grégoire et al., 2010; Weiner, 2000)。サービス失敗の場合,責任帰属の違いは,顧客のネガティブな感情(Tronvoll, 2011),ネガティブなクチコミおよび発言をする意図(Bonifield & Cole, 2007)に影響を及ぼすことが既存の実証研究によって明らかにされてきた。具体的には,サービス提供者にサービス失敗の責任を帰属する場合,顧客の怒り(anger)と欲求不満(frustration)が引き起こされる一方,その失敗の責任を顧客自身に帰属させる場合は,顧客の恥ずかしさ(shame)や悲しみ(sadness)が引き起こされる傾向にある(Tronvoll, 2011)。また,サービス提供者に責任を帰属することは,怒りに媒介され,顧客復讐行動に正の影響を与える(Grégoire et al., 2010)。

対処可能性とは,ある対処行動をとる自分の能力の見込みである(Lazarus, 1991)。これは,Lazarus(1991)の研究では「感情に焦点を当てた対処可能性」と「問題に焦点を当てた対処可能性」に分けられる。前者は,ある出来事に心理的に適応できる見込み,いわば,害または脅威的な結果が生み出す感情状態(emotional state)を調整できる可能性を反映している。認知―感情アプローチでは,認知は感情の必要条件として扱われるが,認知と感情の関係は注目に値する。両者は一方向的な関係ではなく,相互作用している。一方,後者はその出来事を管理するために,個人が直接的にその状況に対処する能力に関する見込みである。顧客は自分がある対処行動を実行する能力を持つと評価すると,それを実行する可能性が高い。

将来への期待とは,状況が将来良くなるか悪くなるかに対する認識を指す(Lazarus, 1991)。原因帰属理論の安定性の次元に関連している(Stephen & Gwinner, 1998)。具体的には,失敗の原因を一時的なものよりも安定的なものに帰する場合,顧客は今後も同じような失敗が起きると考え,再購買意図が低くなる。

2. 顧客苦情行動の先行要因としての感情

Stephens and Gwinner(1998)の認知―感情アプローチに従えば,感情は認知的評価の結果とみなすことができる。さらに,感情はCCBの先行要因として,それがCCBに及ぼす影響も多く研究されてきた。マーケティング研究において,感情は顧客の経験と行動を理解するための中心的な要素として注目されている。Tronvoll(2011)は,顧客は特定の出来事に対して異なる評価を下すかもしれないが,似たような評価パターンが通常同じ感情を生み出すと示唆している。

Westbrook and Oliver(1991)は,感情が顧客の満足度に与える影響を明らかにしようと試み,悲しみのような状況に左右される感情は,怒りよりも極端なレベルの不満につながらないことを示唆した。Nyer(1997)は,ネガティブなクチコミや発言のような購入後の行動に対する怒りの影響を調査した。Raghunathan and Pham(1999)は,不安(anxious)と悲しみが顧客のリスク認知に与える影響を調査し,悲しみを感じている人は高リスク高リターンの選択肢を好むのに対し,不安を感じている人は低リスク低リターンの選択肢を選ぶことを明らかにした。Gelbrich(2010)は,無力感の程度が高い場合,怒りが執念深いネガティブなクチコミを引き起こす可能性が高まるのに対して,無力感の程度が低い場合,怒りが執念深い苦情を引き起こす可能性が高まることを示した。Wan(2013)は,困惑(embarrassment)が集団主義者と個人主義者のCCBに与える影響が異なることを示した。具体的に,集団主義者は,困惑させるような失敗では苦情を伝える傾向にある。また,集団主義者は,困惑させる失敗でもそうではない失敗でも,退出行動とネガティブなクチコミを選択する傾向が強い。Luo and Mattila(2020)は,CCBに対する個別の感情効果を検討し,特定のネガティブな感情が特定のタイプのサービス失敗によって誘発され,異なる反応をもたらすことを実証した。具体的に,中国の顧客は,過程の失敗の後,より高いレベルの怒りと失望(disappointment)を感じ,苦情を伝え,他のサービス提供者に切り替える可能性が高い。一方,米国の顧客は,結果の失敗の後に,より高いレベルの失望を感じるだけで,黙って他のサービス提供者に切り替える傾向にある。

3. 顧客苦情行動の先行要因としての個人の属性および環境的要因

Stephens and Gwinner(1998)によると,サービス失敗の場合において,個人の属性(personal attributes)および環境的要因(situational factors)が顧客の認知的評価や感情に影響を与え,さらにCCBに影響する。CCB分野では求償傾向(redress-seeking propensity),利他主義(altruism),互恵性(reciprocity),感情的知性(emotional intelligence)のような個人の属性がCCBに与える影響が議論されてきた。

求償傾向とは,自分の権利のために直接争うかどうかの傾向として定義される(Richins, 1983)。Chebat, Davidow, and Codjovi(2005)の研究では,サービス失敗における認知的評価と顧客の感情との関係において,求償傾向が非常に強い調整効果を持つことを示した。

Do, Rahman, and Robinson(2019)は,個人の信念としての利他主義と互恵性が,認知的評価とCCBに影響すると主張している。利他主義は,他者を助ける一般的な傾向を指す性格特性である(Mowen & Sujan, 2005)。従って,利他的な顧客は,クチコミを提供することによって他の顧客を助ける傾向があり,発言行動とネガティブなクチコミの両方に正の影響を与える(Do et al., 2019)。互恵性は正義に対する知覚であり,他者が自分にしてくれることと同じことを自分も他者にすべきであるという考えを指す(Tedeschi, Lindskold, & Rosenfeld, 1985)。サービス失敗の場合では,互恵性の信念を持つ顧客は,サービス提供者と戦うためにネガティブな行動をとる動機付けを持つ(Do et al., 2019)。感情的知性とは,感情を知覚し,理解し,促進し,管理する個人の能力と定義される。感情的知性の高い個人は,自分の気分や感情状態を調整することで,主観的幸福を維持する能力が高い(Mayer & Salovey, 1997)。Tsarenko and Strizhakova(2013)は,感情的知性がサービス失敗に遭遇した顧客の不満に間接的に影響することを明らかにした。

個人的要因以外に,環境的要因がサービス失敗後の顧客反応に及ぼす影響も多く研究されてきた。例えば,サービス提供者の評判(reputation of the service provider),他者の存在,サービス失敗の重大性(severity)がCCBに与える影響に関して研究されてきた。

サービス提供者の評判はネガティブなクチコミをする意図に負の影響を与える。サービス提供者の評判が高い場合,顧客はサービス提供者ではなく,自分自身に失敗の責任を帰する可能性がある(Lau & Ng, 2001)。Lau and Ng(2001)は,他者といる顧客は,一人でいる顧客よりもネガティブなクチコミを行う可能性が高いことを確認している。Swanson and Hsu(2011)は,サービス失敗の重大性の認知が顧客の反応に及ぼす影響を調べ,顧客によって認知された失敗の重大性が大きければ大きいほど,そのサービス失敗を起こした組織を利用しないように他者へ警告をする意図が大きくなることを示唆している。同様にGrégoire et al.(2010)は,サービス失敗の重大性の調整効果を検討し,顧客が知覚した企業の貪欲さ(認知的要因)が怒りと復讐願望(感情的要因)の強い先行要因であることや,知覚した企業の貪欲さは不公正の感知と企業への責任帰属(認知的要因),失敗の重大性の感知によって増加することを示している。

IV. 将来の研究

本節では,既存研究に残された課題と今後の研究の方向性について議論する。

第一に,CCB 領域において,行動の対象が企業か,第三者か,顧客のネットワーク内の人々かによって,CCBが類型化されてきたが,顧客の発言行動や復讐行動が企業に向けて行われる際に,その対象は組織であるか,従業員であるかに関してはほとんど研究されていない。特に既存研究で行われた発言行動をする意図の測定では,苦情の対象が従業員と組織のどちらなのかを区別していない。しかし,サービス品質管理の文献が明らかにしたように,サービス失敗は,提供されたサービスが顧客の期待を下回ることによって現れる差異で引き起こされる(Zeithaml et al., 1990)。そのような差異が,マネジメントの戦略策定および実施に無理がある場合や,従業員がサービス提供内容を理解していない,または要求されたようにサービスを提供できないことに起因している場合がある。つまり,サービス失敗を引き起こす要因については,組織による要因と従業員による要因を分けて検討する必要がある。顧客がフロントラインの従業員に苦情を伝える動機と彼らが企業または組織に苦情を伝える動機は必ずしも一致するものではないと考えられる。例えば,問題を解決するために消費時点で従業員に苦情を言う顧客もいれば,消費後にメールや電話で企業に苦情を伝えたり,失敗したサービスを提供した従業員に謝罪を要求したりする顧客もいる。そのため,顧客の発言行動の対象を区別し,なぜ顧客が特定の対象に苦情を伝えるのか,特定の対象に苦情を伝えることで,顧客が何を求めているのかを明らかにする必要があると思われる。

第二に,認知的評価がCCBに及ぼす影響に関する研究の中では,公正性感知と責任帰属に関する研究が多くなされてきたが,それ以外の認知的評価の影響を検証する実証研究はほとんどない。将来の研究は公正性感知と責任帰属以外の認知的要素が特定のCCBに及ぼす影響を検討する必要がある。なぜなら,公正性感知と責任帰属の評価プロセスにおいては,顧客は過去(何が起こったのか)と現在(何が起こっているのか)の情報に基づいて認知的評価を下す。しかし実際には顧客は,ある行動をとるかどうかを決める前に,その行動の結果を予測する傾向にあるため,将来志向(future orientation)の認知的評価を考慮することで,より顧客の反応を説明することができると思われる。将来への期待に加え,前事実思考(pre-factual thinking)が将来志向の側面と持っている。前事実思考とは,「もし私が行動Xをとれば,結果Yにつながるだろう」というような,将来起こりうる(あるいは起こらない)行動と結果の連関に関する条件付き命題である(Epstude, Scholl, & Roese, 2016)。このような将来志向の認知がCCBに及ぼす影響を明らかにすることによって,既存研究が補完されることが期待される。

第三に,感情がCCBに及ぼす影響に関して,既存研究では怒りや欲求不満を中心に分析が行われていた。しかし,それ以外の感情がサービス失敗後のCCBに与える影響に関する研究は僅かである(e.g., Wan, 2013)。例えば,恐怖(fear)や恥ずかしさなども失敗に直面した際によく見られる感情である。それらのネガティブな感情がサービス失敗後のCCBにどのような影響を与えるのかを明らかにすることで消費者行動分野における感情の役割をさらに解明することが期待される。

CCBの概念と先行要因,そのメカニズムに関して長年研究され,多くの研究成果が生まれたため,それらの研究潮流を包括的に整理することが必要となる。本論文は認知―感情アプローチに基づいて既存研究をレビューし,3つの研究の方向性を提示した。

謝辞

一橋大学・上原渉先生には,本誌へのご招待をいただきました。ここに記して,感謝の意を申し上げます。

趙 悦紅(ちょ えつこう)

2018年6月,華北理工大学鉱業工程学部卒業,2021年4月,一橋大学大学院経営管理研究科修士課程入学,現在,同大学大学院経営管理研究科博士後期課程在籍。専門はマーケティング,消費者行動。

References
 
© 2024 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
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