Quarterly Journal of Marketing
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Marketing Case
Sustained Delivery of Medical Services to Large Numbers of Patients:
Internal Marketing of Japanese Red Cross Tokushima Hospital
Kazuma KawakamiKenji Tomita
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2024 Volume 44 Issue 1 Pages 86-95

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Abstract

医療機関の経営を取り巻く環境は厳しい。医療政策や患者の動向を注視しながら,限られた医療資源を効果的かつ効率的に使用することが求められ,苦慮する医療機関も多い。徳島赤十字病院は,短い入院日数の実現と新入院患者の獲得により,治療を必要とする多くの患者に医療サービスを提供している。自院のスタッフに患者志向を動機づけるインターナル・マーケティングに留まらず,サービス・プロセスが効果的かつ効率的に実施できるように,サービス環境(人工物,制度,仕組み等)を整えていた。また,インターナル・マーケティングを病院「内」に限定するのではなく,病院「外」の地域医療機関や救急隊,時には顧客である患者にも拡張し,自院だけでなく地域協働によるサービス向上に取り組んでいる。徳島赤十字病院の取り組みは,医療業界だけでなく,他の業界にも重要な示唆を与えてくれる事例である。

Translated Abstract

Management of medical centers operates in a difficult environment in which limited medical resources must be used effectively and efficiently while paying attention to medical policies and trends of patients. Many medical centers struggle with these issues. Japanese Red Cross Tokushima Hospital provides medical services to a large number of patients in need of treatment by achieving short hospitalization stays and admitting new inpatients. Internal marketing that motivates staff to be patient-oriented and a service environment (artifacts, systems, structure, etc.) are used such that service processes can be implemented effectively and efficiently. Internal marketing is not limited to “inside” the hospital, but is extended to “outside” the hospital, such as local medical centers, ambulance teams, and patients as customers. In addition to improvement of services within the hospital, this approach improves services through regional cooperation. The case of Japanese Red Cross Tokushima Hospital has important implications for the medical industry and for other industries.

徳島赤十字病院の外観

出典:徳島赤十字病院より提供。

I. はじめに

企業は商品やサービスによる差別化に日々精進し,厳しい競争を繰り広げている。医療サービスも例外ではなく,日本では終戦後,次第に医療機関の乱立が問題化していった。医療サービスは,医療政策の動向(DPC/PDPS1)の導入,平均在院日数の短縮等)や医療資源(医師・看護師等),医療の消費者である患者の動向等を考慮する必要がある。

急性期病院における在院日数の短縮とは,入院期間の短縮を意味し,退院患者が増えれば,その分入院ベッドに空きが生じる。すぐに新しい入院患者(以下,新入院患者)が入れば,空きベッドは埋まるが,DPC/PDPSを算定する急性期病院では新入院患者数が退院患者数に追いつかず,空きベッドが増加する傾向にある(=病床利用率の低下)。急性期医療を志向する病院間の患者獲得競争において,情報発信やアメニティの充実,高額医療機器の導入に取り組む様子が伺えるが,それらの取り組みは医療サービスにおける競争優位を獲得する源泉となるのだろうか。

また,地域医療連携に関する担当部門の設置や院内スタッフに対する地域医療連携への理解促進,共に地域医療を担う開業医への訪問や情報誌の発行等,新入院患者の獲得を意図した地域医療連携の定番化した取り組みが存在するものの,病院間で経営状況に差が生じている。本稿では,短い入院日数の実現と新入院患者の獲得により,高度な治療を必要とする患者に医療サービスを提供し,自院だけでなく地域協働による医療サービスの向上に取り組む,徳島赤十字病院のケースを紹介する。

II. 徳島赤十字病院について

徳島赤十字病院は,徳島県の南部医療圏に属する小松島市にある405床の急性期病院である(病院概要は表1を参照)。集中治療室(ICU)を有する等,高度先進医療と三次救急を担う高度救命救急センターとしての機能を活かして,地域医療機関との協働により高い病床稼働率と短い平均在院日数を実現し,断らない医療を掲げて地域医療に貢献している。

表1

病院概要

出典:Japanese Red Cross Tokushima Hospital(2023)より引用。

同院が位置する小松島市は南部医療圏に属しているが,小松島市は徳島県東部医療圏の徳島市と隣接しており,患者の流出入も多く,行政区域に限定した議論は必ずしも適当ではない。小松島市は高齢化による医療需要の増加を人口減少の影響が上回り,すでに医療需要はピーク・アウトしており,徳島市も2025年から2030年頃を境にピーク・アウトし,今後は介護需要が増加する予測である(Japan Medical Association, n. d.)。また,隣接する徳島市には徳島大学病院や徳島県立中央病院等の急性期病院が位置しており,同院を取り巻く環境は厳しい。

III. 医療サービスを高める取り組み

1. 個室と2人部屋を標準とした入院病棟の設計

入院適用患者(予定入院や緊急入院等)の入室や退院,入院中の転棟2)等,病院が有する病床を効率的に運用することを病床管理(以下,ベッド・コントロール)と言う。ベッド・コントロールでは,原則として男性と女性を同部屋に混合できないという制約がある。図1で示した4人部屋を標準とする病棟の場合,4人の性別構成を考慮する必要がある。また,患者の病態(認知症がある等)や,医療安全の観点から,移動前後のベッド位置も併せて考慮する必要があり,これらの制約条件下でベッド・コントロールを行うことは難しい業務である。

図1

病室の標準構造が4人部屋と2人部屋でのベッド・コントロール比較

出典:筆者作成3)

1の例では,1人目の男性新入院患者①を受け入れる時に問題は生じないが,2人目の男性新入院患者②のベッド・コントロールにおいて,A病棟(循環器科)で男部屋を作ることができないので,普段は循環器系疾患を看護していないB病棟(外科)で患者を受入れることになる。この時,命を扱う仕事に従事する看護師にとって,受入に対する不安や抵抗感が生じる。

3人目のベッド・コントロールでは,2つの病棟で,男部屋が不足する。次の手段として,A病棟の女性入院患者2人をB病棟の女性部屋に移し,A病棟にできた空室を男性部屋として使用し,3人目の男性新入院患者③を入れ,2人目の男性新入院患者②を本来のA病棟(循環器科)に移す。ベッド・コントロールを行う担当看護師長は,各病棟間との調整を強いられ,当該病棟の看護スタッフは患者への説明と,ベッドの移動や清掃等の業務を強いられる。

しかし,徳島赤十字病院は全405床の約半数を個室に,残りを2人部屋に設計した病棟にすることで,性別や病態等にも対応しやすい構造になっている。図1に示すように,2人部屋が標準であれば,ベッド・コントロールが容易になることがわかる(実際は,個室と2人部屋を組み合わせた病棟である)。先述した看護師の労力や受入に伴う不安の軽減,感染症の対応にも適しており,病院全体として入院患者を受入れやすく,ベッド・コントロールが円滑に行える環境を整えている。

実は,個室と2人部屋を標準設計とした理由は,患者視点に立った発想からの設計であった。プライバシー保護という時代の要請と,今後数十年先に患者となる年齢層は,小さい頃から家庭で一人部屋を与えられており,患者の潜在的なニーズに適応していくために,大人数部屋ではなく,個室と2人部屋を標準にした。

2. 動機づけや調整機能を担う「場」

徳島赤十字病院では毎朝,経営情報等を共有するミーティングを病院幹部だけでなく,診療部,看護部,事務部門等の各部署で設けている。ミーティングは多ければ良いと一概に言えないが,病院の経営情報や方針を共有し,時には職員の行動にまで落とし込むことができる「場」があることは,医療の専門職集団である医療機関にとっては重要になる。

(1) 医局ミーティング

同院の医局ミーティングは,全医師が参加対象であり,前日の新入院・退院患者数や救急搬送受入件数に加え,前日に生じた問題事項等も情報共有する。地域の医療機能分化を進めるにあたり,医局ミーティングという「場」が上手く機能した。当時の病院長は医局ミーティングで,医師たちに医療機能分化の意義や,病院のビジョン,夢を語っていた。また,歴代の病院長は,紹介医への返書と言われる診療情報提供書の作成が徹底されていない時には,該当する医師へ丁寧に指導した後,医局ミーティングで全医師に対して返書の重要性を説いていた。

病院経営の変革時に,抵抗する医師への説得や説明責任を,経営に携わる事務部門へ押し付けると,事務部門が疲弊する。同院は,医師に対して経営情報を伝達するだけでなく,ビジョンや方針を医師の行動にまで落とし込んでいる。専門職の医師を動機づけることができ,医師から医師への指導の「場」が毎朝設定されていることの意義は大きい。

(2) 看護部ミーティング

新入院患者が多く,在院日数が短い,病床(ベッド)が高回転する徳島赤十字病院にとって,ベッド・コントロールは経営に直結する業務の一つであり,実際にベッド・コントロール業務を行う看護部の力量が試される。一般的な急性期病院では,「午前退院・午後入院」になっており,翌日の午後入院のために,前日から予約ベッドとして空床ベッドを確保しておきたいという心理が働く場合が多い。

しかし,当然ながら空床があると,ベッドの稼働率は下がるので,経営の収支を考えると望ましいことではない。同院では翌日午後の入院予定ベッドを,救急(緊急)入院患者の受入に使用しているので,翌朝各病棟間でのベッド調整が必要になる。看護部では毎朝9時30分から看護師長ミーティングを実施し,入退院情報と各病棟に空床が何床あるか,個室や男女部屋の情報を含めて情報共有する。

ミーティング前には,各病棟間でベッド・コントロールの調整が行われており,患者の病態等の理由で,病棟間で調整できなかった部分を,朝のミーティングで調整する。もし,朝のミーティングで調整できない場合は,その後,時間の間隔をあけて再ミーティングを行い,最終的には予定入院の患者を全て受け入れることを可能にしている。日中における患者の出入りは,16時に各病棟の空床情報を全て把握し,夜間のベッド・コントロールを担当する当直の看護師長に情報を繋ぐ。

3. 臨床看護師研修制度

高回転のベッド・コントロールを実現する仕組みは他にもある。臨床看護師研修制度は,新卒1年目の看護師が研修看護師として,1つの病棟で経験を積むのではなく,最初の1年間は,複数の病棟と集中治療室,救命救急センター,手術室をローテーションする研修制度である。この制度により「断らない医療」という現場実践を通して,徳島赤十字病院の医療・看護を教育することができる。

多くの急性期病院におけるベッド・コントロールのボトルネックは,院内で患者を転棟させる時に,転棟先の病棟に多様な症例を受け入れる体制が整っていないことである。例えば,人工呼吸器を着けた患者を看護する経験が不足する病棟が,該当する患者を受入れることは心理的な不安が生じる。主診療科以外の患者を普段から看護していないので,看護師にとっては大きなストレスを感じるかもしれない。

こうして受入可能な病棟が限定されると,例えば集中治療室での治療を終え,一般病棟で看護できるはずの患者を転棟することができず,ベッド・コントロールに「渋滞」が発生する。集中治療室に空きがなくなると,入院適用となる救急患者が入院できなくなるので,「断らない医療」の実現が難しくなる。

臨床看護師研修制度により,人工呼吸器を着けた患者や複数の診療領域に跨る患者を,新人看護師の時に積極的に経験しておくことで,受入れにかかる抵抗感やストレスを軽減している。また,同院の本制度は約20年前から導入されており,当時の新人看護師が看護師長や看護係長となって,普段からベッド・コントロールの調整を行っている。早期導入による経験の蓄積が,見えざる資産となって,サービス・プロセスを向上させている。

4. 効果的な地域医療連携の仕組み

(1) 核となる後方連携病院の存在

徳島赤十字病院は,核となる後方連携病院4)を持つことの重要性を指摘する。治療の継続を高いレベルで維持できる後方連携病院を多く有することは理想であるが,急性期病院側の都合に合わせて,患者を受入れてくれる後方連携病院は少ないので,核となる病院を1つないし2つ持つことが重要となる。

患者の転院調整は,基本的に後方連携病院の空床状況や,受入する病院で対応できる症例か否か等,受入する後方連携病院の状況に左右される。一方で,転院調整が円滑にできると,急性期病院側の新入院患者を受入れるベッド・コントロールにもゆとりができるので,他の後方連携病院への転院調整で,受入側の都合を尊重し易くなり,全体的に地域医療機関での連携を円滑に進めることができる。急性期病院の都合も優先し,受入患者数が多い後方連携病院を有することは,高回転のベッド・コントロールを実現する上で必要条件となる。

(2) 紹介医に対する丁寧な返事

徳島赤十字病院では,紹介医への返書である診療情報提供書において,紹介してもらった患者の検査結果や治療経過等を,わかりやすく記述することを徹底している。医師は広範囲に及ぶ医学知識を有したプロフェッショナルではあるが,近年は診療領域の専門化も進み,特定の診療科では当然とされる表現や知識は,異なる診療科の医師に必ず理解されるとは限らない。

例えば,CT等で撮影した検査画像から所見を得る読影業務において,普段から多くの症例を取り扱う放射線科医と他の診療科医では,読影する労力が大きく異なる。CT撮影の読影結果を丁寧に記述することで,紹介医が読影する負担を軽減させている。これは同院が過去に開業医から収集したニーズに応えた結果である。患者の視点で考えた場合,同院を退院後も,かかりつけ医での通院が継続する場合も多い。患者にとっての通院は,医療サービス・プロセスの一部であり,プロセス全体の効率化を意識した取組みである。

(3) 地域医療機関への診療支援

徳島赤十字病院における地域医療連携の仕組みに連携医療機関先への診療支援がある。診療支援とは,同院の医師が地域の医療機関(クリニックや中小病院等)に出向き,外来患者の診察を行う支援であるが,この診療支援が顔の見える連携を作り出している。多くの急性期病院では,地域医療連携を強化する取り組みとして,地域医療機関へ年に1回程度,病院長や副院長が訪問することはよくある。しかし,年に1回程度で,かつ滞在時間が長くても20分の訪問で,関係性を構築・維持することはできるのだろうか。

一方で,診療支援は開業医や医療機関で働くスタッフと,時間をかけて密な関係を構築する場として適している。たわいも無い会話の中で,同院に対する要望や連携に対する意見を,医師自らが収集できる。また,診療支援先の患者に,高度医療や精密検査,あるいは入院が必要と判断した場合は,徳島赤十字病院への紹介もしやすく,新入院患者の獲得にも繋がっている。患者は紹介先(徳島赤十字病院)の医師と直接顔を合わせていることになるので,安心して次の治療に進むことができる。

(4) 信条の役割

一度断ってしまうと地域医療連携における信頼関係に歪みが生じかねず,「断らない医療」を徹底し続けることは言葉以上に困難を伴う。かかりつけ医等の前方連携病院からの入院依頼を断らない,入院が必要な患者に対して入院待機期間を長くしないことは重要である。同院のスタッフは共通して「断らない医療」という信条を念頭に置いている。高度急性期医療を掲げる同院は,地域医療の「最後の砦」であり,断ってしまうと同院の存在意義や地域の医療機関との信頼関係を棄損することを理解している。

紹介医の視点でみると,高度な治療や検査が必要な患者を紹介するだけでなく,何らかの事情で紹介元の医療機関で診療を継続できない患者もいる。救急隊の視点で考えれば,逼迫した救命現場で,傷病者の搬送先を迅速に探すことができるかが重要であり,搬送候補先から傷病者の搬送受入を断られることは大きな負担になる。同院は,地域の医療機関からの患者受入要請は断らない,救急隊からの搬送依頼は断らないことを長年に渡って継続している。目標として掲げるだけでなく,スタッフにおける他社利益の行動にまで落とし込んだ信条による効果が,地域における同院の存在意義を再起させ,救急隊や地域との信頼関係を強化し続けている。

また,高度急性期の医療を終えると,患者を必ず紹介医に返すこと(逆紹介)に加えて,徳島赤十字病院を初診で受けた患者(救急外来受診の患者等)を開業医へ積極的に紹介することで,多くの患者を地域の医療機関に供給している。多くの患者に医療サービスを提供する同院にとっても積極的な逆紹介は,医師の業務に一定のゆとりが生まれることになり,高度で専門的な医療サービスを必要な患者に提供することができる。

5. 救急隊との関係強化

高度急性期医療を提供する徳島赤十字病院は,救急搬送患者も多く受け入れることになる。患者の救命において救急隊と連携を密にすることは,救命率の向上を図る上でも極めて重要である。経営の視点からも,救急搬送患者は重症患者が比較的に多く,入院患者の獲得に繋がる。救急搬送患者を多く受け入れるには,通報者からの119番通報を救急隊が感知した時に,同院を第一搬送候補に考えてもらえるかが鍵になる。

同院では,消防署を定年退職した人材をドクター・カー5)の運転手として再雇用している。ドクター・カーにおける緊急走行は,停止(赤)信号への進入等の危険を伴い,運転技術と経験が重要になる。運行のリスク管理として,緊急走行に長けた人材を再雇用しているが,その副次的効果として,救急隊との連絡調整や関係性がより良好になった。普段から同じ職場で顔を合わせていた関係なので,救急隊からの些細な要望や情報を拾いやすい。また,救急隊と症例検討会を毎月実施することで,救命に関する互いの知識や要望を共有し,知識と技能を相互に向上させながら,信頼関係を醸成している。

また,ドクター・カーの運用にあたっては,オーバー・トリアージ6)であっても構わないので,救急隊が同院へ躊躇なく連絡を入れる取り決めになっている。救急隊のオーバー・トリアージに不満を言わないこと,結果として患者が軽傷であれば良かったと考える風土が同院にはある。一刻を争う救命の現場で,救急隊がオーバー・トリアージではないかと疑問を抱き,患者へ迅速に適切な医療が提供できなければ本末転倒である。救命の本質を見失わず,救急隊と真の連携を構築し,地域の救急医療を支えている。

6. 患者文化の醸成

「徳島赤十字病院は紹介状(診療情報提供書)を持っていないと受診できない」,「徳島赤十字病院では長く入院できない」という文化が,同院が属する医療圏の患者には根付いている。この患者文化とも言うべきものを「地域性」という説明のみで片付けるのは些か誤解を招く。同院は20年以上も前から,高度急性期医療に特化することを選択し,紹介状なしで来院する初診患者(軽症患者)の受診抑制や,再診患者を地域の開業医に外部化するために,当時は外来窓口で患者との論争が毎日あった。

従来の診療体制を大きく変更するものであり,患者の一部に不満を表出する人が出ることは避けては通れなかった。これを円滑に解決する「魔法の手」はなく,根気よく繰り返し説明を行い,理解を求めるしか方法はなかった。近年は,医療政策において医療機能の分化や,一定規模の病院を受診する際は初診時選定療養費7)が発生する等,患者への理解を促しやすい医療政策の後押しがある。しかし,当時はその後押しもなく,当時の病院長を含む幹部の未来を見据えた戦略で実行していた。

患者と向き合いながら根気よく説明を繰り返すという,窓口で患者対応する職員を筆頭に大変な苦労があった。その近道のない長く続いた苦労が,地域の患者文化を徐々に醸成し,地域医療機関同士の棲み分けが形成されていった。

当時に限定すれば,医療サービスの受け手である患者のニーズとは一致せず,短期的には相互作用によって不満足を発生させている。しかし,全国的にも高齢化に伴う医療・介護需要の拡大,生産年齢人口の減少による医師や看護師といった医療資源の減少を踏まえると,長期的な視点に立ち,医療サービスの持続的な提供を考え,必要な意思決定をしている。

IV. 考察

徳島赤十字病院の取り組みは,サービス・マーケティングにおけるインターナル・マーケティングの視点で考察することができる。Grönroos(2015)は,サービスにおけるマーケティングを「組織の機能やプロセスに顧客志向を浸透させ,価値提案を通じてプロミスを作り上げること,そのプロセスから形成された個々人の期待の充足を可能にすること,そして顧客の価値創造プロセスに対するサポートを通じて期待を充足することに適応する」と説明している。

2は,サービス・マーケティングの議論を理解することに役立つサービス・マーケティング・トライアングルである。企業,顧客,価値をサポートする資源の3つの交点から成る三角形の辺には各々マーケティングが存在し,「企業―価値をサポートする資源」間をインターナル・マーケティングとしている。インターナル・マーケティングとは,誓約のイネーブリングであり,価値をサポートする資源の開発と言える。締結された誓約から形成された顧客期待の充足を可能にするためのプロセスであり,顧客志向の従業員を獲得・育成するだけでなく,システムや技術,その他の物理的な有形物等も顧客志向の仕様によって開発される必要がある(Grönroos, 2015)。

図2

サービス・マーケティング・トライアングル

出典:Grönroos, 2015, p. 58

医療サービスにおける患者の価値創造を促進するには,インタラクティブ・マーケティングの質を高めることが重要である。医療機関を含む多くのサービス企業では,ほとんどの従業員がパート・タイム・マーケター8)としてマーケティングに関与している(Grönroos, 1978)。相互作用の質を高めるには,医療スタッフ等のパート・タイム・マーケターに対して,患者志向を動機づけ,知識・技能の向上や情報の伝達を適切に行うことはもとより,医療スタッフが患者との直接的な相互作用プロセス(治療や看護等)を効果的に行えるよう,医療施設等のサービス環境を整えるインターナル・マーケティングも重要である。

徳島赤十字病院は,施設環境の整備や,仕組みや制度によるインターナル・マーケティングを通して,医療スタッフと患者のサービス・プロセスをサポートしている。入院病棟における個室及び2人部屋の標準化は,人工物によるサービス・プロセスのサポートである。1960年代頃から家庭において,子供の一人部屋が徐々に一般化していき,現患者層の大部分,そして将来の患者層になる年代の大半は,プライバシーが保たれる一人部屋を日常的に与えられて生活してきた。

しかし,病気になって入院適用になった途端,病気という不安の最中に,複数人部屋という共同生活を強いられる。療養環境は治療に大きく影響するので,患者ストレスを軽減できる環境を整備することは,サービス・プロセスを効果的に行う上で極めて重要である。

また,同院は患者志向を動機づける「場」としての医局ミーティングや臨床看護師研修制度,「断らない医療」という信条を医療スタッフの行動にまで落とし込む等,ハード面とソフト面において複数の仕組みを組み合わせたインターナル・マーケティングが重要であることを示唆してくれる。

そして,徳島赤十字病院は地域の医療機関や救急隊,患者を含めたプレイヤーとの協働・共進化を図り,患者における価値の創造(早期の治癒や社会復帰,QOL向上等)をサポートしている。現代の医療サービスにおいて,自院の力だけで多くの患者に医療サービスを提供し続けることは不可能である。医療サービスの受け手である患者の全体的なサービス・プロセスを考えた場合,あくまで同院が提供する医療はプロセスの一部に過ぎない。地域医療機関や救急隊との関係性を強化しながら,サービス・プロセスの向上に努めている。

サービス・マーケティング・トライアングルにおける「価値をサポートする資源」には患者(顧客)も含まれる。同院は医療機能分化について,患者との論争がありながらも,懇切丁寧かつ根気良く説明し,理解を得てきたことで患者文化を醸成してきた。苦労がありながらも長年醸成してきた地域に根付く患者文化が,現在において,後方連携病院への転院調整や,医療スタッフと患者との相互作用等を円滑にしている。

患者は自院との相互作用による価値創造だけでなく,地域プレイヤーとも相互作用し価値を創造しており,インターナル・マーケティングの対象を自院スタッフだけでなく,地域の医療機関や救急隊,時には患者(地域住民)にも拡張して取り組む徳島赤十字病院の事例から得る示唆は多い。

V. むすび

本稿では,徳島赤十字病院の取り組みを紹介したのちに,インターナル・マーケティングの枠組みから考察した。患者志向を動機づけるインターナル・マーケティングに留まらず,サービス・プロセスが効果的かつ効率的に実施できるように,サービス環境を整えていた。また,インターナル・マーケティングを病院「内」に限定するのではなく,病院「外」の地域医療機関や救急隊,時には顧客である患者にも拡張している。

病院側の視点ではこれらのプレイヤーは病院の「外」にいる存在である。しかし,患者の視点で捉えると,①病気を患ってクリニックを受診(または救急搬送),②徳島赤十字病院での治療,③地域のクリニックに通院(または後方連携病院に転院しリハビリ)といった3つ(の工程)すべてが医療サービスであり,医療サービス全体のプロセスに関わるプレイヤーは「内」,つまりインターナル・マーケティングの対象として考えることが適している。徳島赤十字病院の取り組みは,医療業界だけでなく,他の業界にも重要な示唆を与えてくれる事例である。

1)  包括医療費支払い制度(Diagnosis Procedure Combination/Per-Diem Payment System)の略称。

2)  ある病棟に入院している患者を,院内の別の病棟に移すこと。

3)  実際のベッド・コントロールは多様な視点や意図から行われるので,この限りではない。図1の例では,A・B病棟以外の別病棟を想定していないが,3人目のベッド・コントロールでA・B以外の別病棟に入室させることも考えられる。

4)  高度急性期医療を終えた後の治療を行う転院先の病院を主に指す。徳島赤十字病院を基準とした場合,基準病院に患者を紹介する病院を「前方連携病院」,基準病院がリハビリ等のために患者を紹介する(転院を受け入れる)病院を「後方連携病院」という。

5)  人工呼吸器等の医療機械を搭載し,医師・看護師等が同乗して現場へ直接出動する緊急自動車の一種。

6)  救急隊が搬送する患者の病状を実態よりも重く評価すること。

7)  他の医療機関からの紹介ではなく200床以上の病院(病床数は一般病床の数)を受診した患者について,初診料とは別に,特別の料金を徴収できる。

8)  Gummesson(1991)は,マーケティング部門をフル・タイム・マーケターとして位置付けた上で,現場で顧客と直接相互作用するスタッフをパート・タイム・マーケターとした。フル・タイム・マーケターは相互作用が行われる場には居合わせず,マーケティングの限られた範囲でしか対応できないこと等から,パート・タイム・マーケターの重要性を指摘している。

謝辞

本研究に協力頂いた徳島赤十字病院の秋田敏男氏,坂本陽一氏,藤田雄人氏をはじめ,同院関係者の皆様に深く感謝する。

川上 和真(かわかみ かずま)

同志社大学大学院ビジネス研究科修士課程を修了(MBA)。現在,同大学商学研究科博士後期課程に在籍。専門はサービス・マーケティング。

冨田 健司(とみた けんじ)

同志社大学商学部教授。厚生労働省医療用医薬品の流通改善に関する懇談会委員,厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会委員,厚生労働省薬局・薬剤師の機能強化等に関する検討会構成員など。

References
 
© 2024 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
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