Quarterly Journal of Marketing
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Book Review
Onzo, N. and Sakashita, M. (Eds.). (2023). The Power of Marketing. Yuhikaku. (In Japanese)
Akinori Ono
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2024 Volume 44 Issue 2 Pages 190-192

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I. 本書の概要

本書『マーケティングの力』は,マーケティング学科領域における数々の概念・理論枠組みに関する解説書である。『社会学の力』(Tomoeda et al., 2017, 2023)という既刊書籍の姉妹本のような位置づけで刊行されている。本書には,2名の編者,64名の著者が携わり,89項目の概念や理論枠組みについての解説が,それぞれ数ページを費やしながらオムニバス形式で行われている。

その序文において編者が論ずることには,本書は,教科書と原著論文の中間のような形態をとっており,両者を橋渡しする存在となることを期待されている。より具体的に言うと,一方において,大学講義用の教科書は,マーケティング総論ないし各論を1学期間にわたって講義する時のために設計されており,その点での良書はすでに数多く出版されている。しかし,教科書は,これから本格的な学術論文を自ら執筆しようと志す学徒が,先端的な研究成果を吸収する目的で使用するようには設計されておらず,その内容は物足りない。他方において,原著論文は,すでに大学院を修了して読みこなすスキルを持つ場合に限ってしか有効ではない。これからという学徒には,無数の論文を選び読もうとしても,初めて知る概念や理論枠組みについて事前知識を身につけておかなくては難解すぎて,検索することも読解することも難しい。

その点,早慶2名の編者が選定した89項目の概念や理論枠組みについて定義を紹介し,代表的な既存研究の展開を概説した本書『マーケティングの力』は,その名の示唆するとおり,中級クラスのマーケティング学徒にとって大きな「力」となることが期待されるであろう。

II. 本書の構成・その1:「戦略枠組みの力」

本書が概説する89項目は,6つの章のいずれかに分類されている。第1の章は,「戦略枠組みの力」と題する章である。このような章が巻頭に据えられるのは,マーケティング戦略論の代表的な教科書である,コトラー・他の『マーケティング・マネジメント』(Kotler et al., 2021)の監訳者である,本書第1編者らしい選択であろう。

本章において紹介されるのは,「市場志向」,「競争と戦略」,「ポジショニング」,「製品ライフサイクル」,「先発優位性」,「マス・カスタマイゼーション」,「価値競争」,「サービス・ドミナント・ロジック」,「プロフィット・チェーンとサービス・リカバリー」,「サービス品質」,「生産財(産業財)マーケティング」,「カスタマー・リレーションシップ」,「ユーザーイノベーション」,「顧客経験」,「デザイン」,「デ・マーケティング」,「企業の社会的責任(CSR)」,「ソーシャル・マーケティング」,「エコロジカル・マーケティング」,「カスタマー・アドボカシー」,「プラットフォーム」,「クラウド・ソーシング」,および「マーケティング・アジリティ」の23項目である。

およそ50年前の初版からコトラーが『マーケティング・マネジメント』において取り扱ってきた概念や理論枠組み,あるいは,その後の改訂によって追加された概念や理論枠組みのうち,代表的なものが厳選されており,読者が同教科書と併せて読むと,これらの概念や理論枠組みについて深堀りしてみたいという意欲が湧いてくることであろう。

III. 本書の構成・その2:「顧客理解の力」

第2の章は,「顧客理解の力」と題する章である。マーケティング戦略と対を成すのは消費者行動であろう。これに焦点を合わせたのが本章であり,そこで紹介されるのは,「購買意思決定モデル」,「関与」,「(消費者の)感情と認知」,「情報過負荷」,「顧客満足」,「認知的不協和理論」,「プロスペクト理論」,「準拠集団」,「支払意思額(WTP)」,「バラエティ・シーキング」,「期待-不一致モデル」,「決定回避」,「制御焦点理論」,「解釈レベル理論」,「顧客エンゲージメント」,「センサリー・マーケティング」,「処理流暢性」,「クロスモーダル対応」,「消費文化理論」,「顕示的消費」,「快楽消費」,「エシカル消費(倫理的消費)」,および「リキッド消費」の23項目である。

編者が序文で述べておられるとおり,この章には,とりわけ,概念より理論枠組みに類する項目が多く含まれており,概念については,ベーシックな概念から,流行中の新概念まで,幅広く含まれているという印象を与える章である。その背景として,マーケティングという学科領域において,消費者行動論がとりわけ盛んに研究されている分野であるということが関連しているのであろう。

IV. 本書の構成・その3:「ブランドの力」

第3の章は,「ブランドの力」と題する章である。ブランドないしブランディングは,1990年代に流行したトピックであり,現在も実務家や研究者を魅了するトピックである。この章で紹介されるのは,そのようなトピックに関する学術研究が生み出してきた「ブランド・エクイティ」,「ブランド・ロイヤルティ」,「ブランド・アタッチメント」,「ブランド・パーソナリティ」,「ブランド・リレーションシップ」,「ブランド・カテゴライゼーション」,「ブランド拡張」,「ブランド・コミュニティ」,「ブランド・オーセンティシティ」,「地域ブランディング」,および「カントリー・オブ・オリジン」の11項目である。

V. 本書の構成・その4:「コミュニケーションの力」

第4の章は,「コミュニケーションの力」と題する章である。コミュニケーションといえば,マーケティング・ミックスの4Pで言うと,プロモーション(promotion)である。4Pの前半2つのPとして位置づけられる製品(product)および価格(price)という2種類の交換価値物の交換を促進するという重要な役割を演じる,後半2つのPのうちの1つである。この章で紹介されるのは,そのような重要なカテゴリーに関わる,「統合型マーケティング・コミュニケーション(IMC)」,「精緻化見込みモデル」,「単純接触効果」,「フレーミング効果」,「オウンド・メディア」,「クチコミ」,「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)」,「ソーシャルメディア・マーケティング」,「インフルエンサー・マーケティング」,「ダイナミック・プライシング」,「ユーザー生成コンテンツ(UGC)」,および「ゲーミフィケーション」の12項目である。

VI. 本書の構成・その5:「マーケティング・チャネルの力」

第5の章は,「マーケティング・チャネルの力」と題する章である。マーケティング・チャネルは,マーケティング・ミックスの4Pで言うと,最後のPであるプレイス(place)である。この章で紹介されるのは,プレイスないしチャネルという,マーケティングにとって重要なカテゴリーに関わる,「マーケティング・チャネル・マネジメント」,「品揃え」,「商圏」,「小売業態」,「取引費用」,「延期-投機モデル」,「協調的関係論」,「パワー・コンフリクト論」,「サプライチェーン・マネジメント(SCM)」,「eコマース(EC)」,および「オムニチャネル」の12項目である。

VII. 本書の構成・その6:「データ分析の力」

第6の章は,「データ分析の力」と題する章である。データ分析は,マーケティング実務家が,マーケットの実態を把握するために,頻繁に実施する営みであるわけであるが,マーケティング研究者もまた,マーケティング現象を理解ないし解釈するために,頻繁に実施する営みである。この章で紹介されるのは,そのような研究者が実施する主要な分析に関わる,「マーケティング効果測定」,「共分散構造分析」,「媒介分析」,「階層線形モデリング」,「テキスト・マイニング」,「メタ分析」,「参与観察」,「データ・サイエンス」,および「人工知能(AI)」の9項目である。

VIII. 評者の考える本書の意義

本書は,学問領域としてのマーケティングに関する大学学部レベルの知識を修得した読者が,自らの研究トピックを一つ設定してそれを掘り下げて研究しようとするのに先立って,それまで基礎知識を身に着けることができていなかった概念や理論枠組みの存在を認識し,どの研究トピックを掘り下げるかを思案するためのきっかけを与えてくれるであろう。さらに,大学学部の高学年生や大学院進学者がこれから初めて学術研究に着手しようとする時だけでなく,マーケティング実務家が学術の古典や最新動向を知りたいと考えた時にも,その最初の一冊として手に取る価値のある書籍であるとも指摘することができよう。

ただし,本書が取り扱うことのできた項目数は,89項目もの数を誇るとはいえ,それでもなお網羅的とは言いえないし,また,1項目当りのページ数は,著書の紙面制限の都合上,数ページに限られてしまっている。それゆえ,本書の読者には,本書の各項目において執筆された内容に感銘を受けながら読了するというより,むしろ,その内容が不完備である点に不満や疑問を抱くような読み方を勧めたい。そして,そうした不満や疑問を糧として,興味を抱いた項目に係る学術論文を渉猟して,本誌『マーケティングジャーナル』誌に掲載されている「レビュー論文」のような,特定の概念や理論枠組みについて深耕した既存研究レビューを推進してほしい。さらに,その上で,それらの既存研究のアイディアを凌駕するような新しいアイディアを案出し,同誌に掲載された「受賞論文」あるいは「特集論文」や「投稿査読論文」,「投稿査読レター論文」のような,原著研究を推進してほしい。そのような研究活動へと読者を手引きしてくれるという点において,評者は本書を良書と評したい。

References
  • Kotler, P., Keller, K. L., & Chemev, A. (2021). Marketing management, 16th Edition. Pearson Education.(恩藏直人(監訳)(2022).『マーケティング・マネジメント〔原書16版〕』丸善出版)
  • Tomoeda, T., Hama, H., & Yamada, M. (Eds.). (2017). Sociology: Concepts and propositions. Yuhikaku.(友枝敏雄・浜日出夫・山田真茂留(編)(2017).『社会学の力―最重要概念・命題集』有斐閣)(In Japanese)
  • Tomoeda, T., Hama, H., & Yamada, M. (Eds.). (2023). Sociology: Concepts and propositions: Revised Edition. Yuhikaku.(友枝敏雄・浜日出夫・山田真茂留(編)(2023).『社会学の力―最重要概念・命題集 改訂版』有斐閣)(In Japanese)
 
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