2025 Volume 45 Issue 4 Pages 301-311
本研究では人事部門に所属する実務家に2時点のインターネット調査を実施し,人事業務における生成AIの活用実態を明らかにした。実態を把握するために先行研究に基づいてピープルアナリスティクスだけでなく,人事部門が生成AIをどの程度活用しているのかを把握するための項目を作成した。分析の結果,第一に,人事部門にとって生成AIは今のところ「味方」であり,高業績ワークシステム(HPWS)の補完的な機能やHR-Lineの関係性を向上させることで組織成果に寄与しており,生成AIがHPWSの「運用」部分を担っていることを指摘する。第二に,生成AI支援型のHRMは,新しいタイプのHPWSになりうる可能性があり,別のHPWSへの変換プロセスの研究となりうることを示す。他方で,人事部門の持つ生成AIの知識は脆弱であり,且つ一部の大手や先進的な企業を除き生成AIの活用は進んでおらず,見通しについても懐疑的で生成AIが全面的に切り替わることは想定していないことが判明した。
In this study, an internet survey was conducted as a two-wave survey among practitioners in human resources (HR) departments to determine the actual use of generative AI in HR work. To this end, items were developed to ascertain the extent to which HR departments utilize generative AI and people analytics based on previous research. The results of the analysis indicated the following findings. First, to date, generative AI is an “ally” for HR departments, since it contributes to organizational outcomes by improving the complementary functions of the High Performance Work System (HPWS) and HR-Line connection. Thus, generative AI plays an “operational” role in the HPWS. Second, we found that generative AI-aided HRM (GAIA-HRM) has the potential to become a new type of HPWS and can serve as a case study of the process of transformation to this HPWS. However, knowledge of generative AI in HR departments was found to be weak, and use of generative AI has not progressed, except in some large and advanced companies. HR departments are skeptical about the prospects and do not envisage a total switchover to generative AI.
人事界隈で昔から流布している言説の1つに「人事の3K」がある。「人事の3K」とは,「経験・勘・コツ」を指し,人事業務がいかに属人的な知識に依存しているのかを象徴的に示す言葉である。学術的なタームで言えば企業特殊的な人的資本(firm specific skills)が高い仕事であるとされる。しかし,他方で人事業務は企業横断的に通用するスキルも多い業務であり,自らの高い専門性で企業を渡り歩く人事のプロフェッショナルも少なからず存在する。この事例からも分かるように人事の持つ専門性は,企業特殊的な人的資本と業界横断的な人的資本が混在しており,生成AIをはじめとするIT技術の発展により人事業務の効率化が進み,人事の持つ人的資本の質や企業特殊的資本と一般的人的資本との構成割合が変化する可能性がある。実際に「戦略人事」として人事部門が経営に寄与するためには,一部の労務管理や福利厚生業務の自動化や,配置や処遇について生成AIが過去の履歴に基づく提案を行うことで人事担当者がより創造的な業務に時間を割くことが期待されている。
本稿では2時点で収集したインターネット調査により大きく3点を明らかにする。第一に,人事業務について生成AIがどの程度進展しているのかを人事担当者に尋ね実態を把握する。生成AIが人的資源管理(Human Resource Management,以下HRM)に与える影響を扱った研究は増加傾向にあるものの,実証研究数は多くない。本稿では,Masunaga and Takahashi(2024)の項目を土台に生成AIも含めた現在の人事業務の実情に合わせて質問票を作成し検討する。第二に,戦略的人的資源管理(Strategic Human Resource Management,以下SHRM)の水平適合(Horizontal fit)の概念を用いて生成AIや自動化のインパクトを確認する。HRMでは,Huselid(1995)以降,HRMのインパクトを検討するにあたり個別の人事施策の効果を検討するのではなく,勤務先の企業に導入されている人事施策を束(HR Bundle)として捉える研究が主流となっている。人事機能が一部生成AIや機械学習等により自動化されるということは,従来から存在しているあるタイプの人事施策の束にAI支援型のHRM(GenAI-Aided HRM,GAIAHRM)が一部混在することになり,既存の人事施策との束の一貫性が損なわれることが予想される。
高業績ワークシステム(High Performance Work Systems,以下HPWS)という高い業績を生み出すHRMとHRM機能に生成AIを取り入れることは,正のシナジー効果を生むのではなく,負のシナジー効果を生み出す可能性もありうる。こうしたことを踏まえ企業のHPWSは,一貫性のない人事施策の束を企業が展開することで従属変数に負の影響を与えるか否かを定量的に確認する。第三は,生成AIと人的資本の形成およびHRとラインとの関係性に与える影響を明らかにすることである。人的資本経営では,企業の人的資本を高めることが求められており,経済産業省は,女性管理職比率や男女の賃金格差など他社と比較可能な指標のほかにも,自社の競争優位性を示す独自指標の開示を求めている。人的資本経営の動きの中で人事部門は,人事施策と経営戦略との連動をはかることや動的な人材ポートフォリオの構築やDE&Iを通じて組織力を高める役割が重視されつつある。生成AIが進展すれば,これまでの「管理のエキスパート」「従業員のチャンピオン」(Ulrich, 1996/1997)といった人事部門の役割比率が下がり,相対的に他の戦略的な役割に時間を費やすことができるであろう。本研究はこうした実務的な要請にも対応すべく行われるものである。
なお,本研究における生成AIとは,膨大なデータに基づいてテキスト,画像,音声,合成データなどの新しいコンテンツを生成することに特化したAIのサブセットある(Nyberg et al., 2025; SHRM, 2023)。HRMの文脈で言うと,職務記述書の作成,履歴書のスクリーニング,従業員とのコミュニケーション,研修資料の作成などの業務を自動化・支援する技術をさす。生成AIと類似した概念にピープルアナリティクス(PA)という概念があるが,PAは,組織の複数の領域から収集したデジタルデータを活用し,メンバーの行動のさまざまな側面を反映させる計算技術を指す。アルゴリズム技術を用いてデータからパターンを分析し,意思決定者に組織のリソース,プロセス,人材および組織成果に関する詳細な情報を提供することである(Huselid, 2018)。
生成AIとHRMに関する研究は,相対的に理論的な研究は多く,実証研究はまだ少ない。海外では,システマティック・レビューや包括的なレビュー(Nyberg et al., 2025)も登場し始めており,概念的な整理がなされている。例えば,Basu et al.(2023)は,100本の論文について整理を行った結果,実証研究を,(1)組織成果に関連するものと(2)企業がAIを実装することへの従業員の反応(生活への脅威,失業への不安等)(Miroshnichenko, 2018)に関するものの2つに大別している。意思決定に機械の支援を得ることは,人間の認知的限界を補完しよりよい意思決定を行うことできるとされている(Lawler & Elliot, 1993)。他にもNyberg et al.は,CHROサミットの内容をブラッシュアップさせて人事機能ごとの研究課題を整理している。
国内の研究は圧倒的に少ないが,注目すべき研究としてMasunaga and Takahashi(2024)がある。Masunaga and Takahashi(2024)は,インターネット調査により人事業務の代替・補完可能性について検討しており,824名を対象に22項目の人事業務について技術受容モデル(Technology Acceptance Model, TAM)に基づいて識別・予測・実行の3つの機能をそれぞれ5点尺度(1点:決して代替されない~5点:必ず代替される)で測定している。Masunaga and Takahashi(2024)では,3つの機能の合成変数が用いられており,テキストデータによる質的な分析の検討も併せて人事部門は,情報処理・管理にかかわる業務と対人的業務に生成AIが発揮されることが期待されていると述べている。
しかし,Masunaga and Takahashi(2024)のデータ収集年が2020年であり,本文中の限界でも述べられているようにChatGPTやその他のアプリケーションが登場する前の内容であり,22項目も人事業務(機能)としては正しいものの,生成AIの活躍の場としては実態を捉えているとは言い難い。
2. AI支援型のHRM(GenAI-aided HRM)は新しいタイプのHPWSなのか,それとも運用なのかSHRMの研究では,企業に導入されている人事施策を単独で捉え,モチベーションや職務満足といった個人変数への影響を見るというよりも,人事施策を束(HR Bundle)として捉え,人事施策の束が個人変数だけでなく,組織成果にも影響を与えることを前提に研究がなされてきた(Wright & Boswell, 2002)。その結果,水平適合と呼ばれるシナジーを生じさせるような様々な人事施策の組み合わせが提案されてきた。例えば,Walton(1985/1985)では,X理論の人間観に基づく人事管理を行うコントロール型とY理論に基づく人事管理を行うハイ・コミットメント型HRMという類型を提示することで人事管理の中でも特定の人事施策を組み合わせることでより大きな成果が得られることが提唱された。その後,Su et al.(2018)は,中国企業を対象にハイ・コミットメント型のHRMとコントロール型HRMのハイブリット型は,財務的成果が高いことが明らかにした。日本では2000年代に議論されている成果主義に関する補完的な施策が水平適合の議論に該当する。成果主義に関する研究である程度の合意が取れている議論は,成果給単独では従業員のモラールや意欲を高めることは限定的であり,手続きの公正性を担保するような苦情処理,考課者訓練,目標管理制度などが成果給と同時に導入されることで成果給が機能するとされる(Morishima, 1996)。
なお,水平適合に対して特定の組織構造や戦略との適合(fit)を検討する垂直適合の研究群もある。垂直適合は,Porterの一般戦略やMiles and Snowの戦略類型に対応する形で戦略を有効に機能させる人事施策が存在することを前提とする。本研究では生成AIの実態把握と人事部門へのインパクトを検討するため,今回は水平適合にフォーカスする。
ただ,一口に適合と言っても人事施策のみの組み合わせとは限らない。人事機能の意思決定の一貫性(Shimanuki, 2015)や人事方針と人事施策というHRM内部の一貫性の問題もある(Nishioka, 2016)。Shimanuki(2015)では,内部育成方針と分権化の交互作用項は,収益性と新製品の開発の両方に有意な正の影響を示したのに対し,組織業績給と分権化の交互作用項が収益性と新製品の開発の両方に有意な負の影響を示した。この結果から人事施策には施策に応じて認知限界や情報の粘着性の観点から人事施策に応じた適切な意思決定レベルがあることを見出している。また,Nishioka(2016)でも,成果主義方針と人材育成施策の交互作用項が企業成長に有意な負の影響を与えており,メッセージの一貫性の重要性が指摘されている。
先行研究を踏まえると,生成AIをベースとしたHRM(以下,GAIAHRM)は,2つの解釈が可能である。1つは,GAIAHRMがHPWSのバリエーションとしてハイ・コミットメント型やコントロール型などのように別の人事施策の束であるという考え方である(Vrontis et al., 2023)。Vrontis et al.(2023)は,13,136件の経営学分野の論文からHRM分野でAIやロボティクス,その他の先進技術を研究した45件の論文を分析した。その結果,AIは従業員を管理し,企業業績を向上させるための「新たな方法」となりうると指摘する。この考え方に立てば,生成AIの導入は一つの企業の中に複数の人事施策の束を併存させることになり,本来のシナジーは期待できないであろう。よって生成AIは,HPWSが成果変数に与える影響を低減させるであろう。
もう1つは,生成AIを「運用」の束と考える場合である。この場合,GAIAHRMは,HPWSという人事施策の束を効率的に機能させるために存在すると考える。HPWSという仕掛けを生成AIが運用により上手く動かすという立場ならば,生成AIは,HPWSが成果変数に与える正の影響をさらに強める(調整効果を有する)ことが予想される。
本研究では,後者の立場を取り,生成AIはHPWSをより上手く機能させるための手段の集合体であると考える。なぜなら生成AIは,これまでのプログラミングと異なり,データと答えを投入し,そこから(これまで経験・勘・コツでは気が付かなかった)ルールを導出することにより,効率性を高めることが目的だからである。
以上を踏まえ,本研究の仮説を構築する。まず,Jiang et al.(2012)のHPWSのメタ分析によりHPWSは,人的資本を高める。さらに,生成AIがHPWSの運用面で効率性を高め,正の調整効果を有することが予想されることからH1を導出する。
H1 HPWSが人的資本に与える正の影響を生成AIの活用度が強める
Park et al.(2023)は,HPWSの研究では従業員のウェルビーングが軽視されていたと指摘し,HPWSも従業員のAMO(A:Ability,M:MotivationおよびO:Opportunity)を高めることで成果に結びつける能力増強型と,成果強制型のHPWSの2つの経路があるという。本研究で用いるHPWSは,従業員への能力開発ややる気を引き出すことで組織成果を高める能力増強型である。また,従属変数であるHR-Lineの関係性とは,人事部門と現場が規範を共有したり,知識を理解していることを示す概念である。HR-Lineの関係性を用いたのは,第一に,生成AIにより業務の効率化が進み,過去の記録に基づく配置や処遇が行われるようになると公平感が高まり,両者の関係が改善されることが予想されるからである。第二に,Kim et al.(2018)によれば,HR-Lineの関係性が最終的に離職率低減につながることが示されており人手不足の中において重要な先行要因となるからである。
H2 HPWSがHR-Lineの関係性に与える正の影響を,生成AIの活用度が強める
次に生成AIがHR-Lineの関係性に与える影響について検討する。生成AIは,過去のデータや結果から法則性(ルール)を見出し,業務を半自動化もしくは完全自動化する。そのため人事部門が日々従事する業務の拘束時間が減少すれば,より多くの時間をHRBP(Business Partner)として意見を提案したり,現場に時間を割くことが可能になるであろう。よって仮説3を導出する。以上の枠組みをまとめたのが図1である。

本研究の分析枠組み
H3 生成AIの活用度は,HR-Lineの関係性に正の影響を与える
インターネット調査会社に2回にわたり調査票を展開し回答を得たものを分析対象とした。1回目(以下,T1)は,2025年3月11日~3月17日に行われ,2回目(以下,T2)は,2025年3月26日~3月31日に行われた。サンプル対象は,25歳~59歳の会社員で現企業に勤続3年以上の者で,人事・総務部門で勤務する者とした。T1では226名から回答を得て,その後のT2では,T1の226名のうち,214名から回答を得た(回答率94.7%)。
また,本研究は,インターネット調査のため同一企業に所属している者が回答している可能性がある。そこでNishimura and Shimanuki(2020)に倣い,ChatGPTを用いて(1)外資系企業,(2)本社が海外,(3)国内本社は日本国内のうち東京・大阪以外である,(4)純粋持ち株会社,(5)企業グループのうち,関連会社・子会社,(6)上場企業である,(7)経団連の加盟企業,(8)労働組合がある,(9)人事事担当の取締役がいる,(10)企業規模,(11)業種の11項目の全ての条件に合致するサンプルを抽出した。11項目に合致が見られた場合,同一企業の可能性を勘案し,役職が高い方を残し,他を除外した。役職ランクが同じ場合は,勤続年数が長い者をサンプルに残した。また,T1からT2の間に人事異動が生じたり,雇用形態が変わった者,勤務地が変更になった者などを除外した結果,最終的には186名が分析対象となった(回答率=86.9%)。典型的な回答者を確認すると,回答者は,勤続年数が18.8年で1,000人以上の規模の製造業に勤務する人事部門の従業員であると想定できる。
2. 使用変数 (1) 従属変数:HR-Lineの関係性(T2)Kim et al.(2018)で使用されている14項目について確証的因子分析を行い,1因子にまとまることを確認したうえで用いた。具体的には「人事担当者の事業に関する知見を広げるために,人事部門と事業部門の間でローテーションを実施している」,「人事部門の空席は,事業部門の候補者により充足している」,「人事担当者は,事業部門と協力する方法についての知識を共有している」などであり,1点(全く当てはまらない)~5点(非常に当てはまる)の5点尺度で総和の平均を用いた(Mean=2.44, S.D.=0.96 α=0.97)。
(2) 独立変数:高業績ワークシステム(HPWS)(T1)HPWSは,Takeuchi et al.(2007)で用いられた21項目のうち20項目を使用した1)。Takeuchi et al.(2007)の尺度は,それまでのHPWSの研究(Huselid, 1995; Snell & Dean, 1992)に基づいて作成されており,その後の追試でも用いられている変数であること(Morinaga, 2023; Nishimura, 2024),また彼らの研究が日本企業を対象に行われたものであり,本研究とも整合的と判断したからである。20項目は,厳密には採用・報酬・育成・公正性などに細分化できるが,本研究の目的は,生成AIとの交互作用項を検討することを通じてHPWSとの関係性を明らかにすることであるため,20項目の総和の平均をHPWS変数として扱った(Mean=2.89, S.D.=0.94 α=0.97)。
(3) 媒介変数:人的資本(T1)人的資本は,Raffiee and Coff(2016)の1項目について選択肢をアレンジして用いた。具体的には,「同業他社に転職したとしたら,あなたの現在の知識やスキルは,どの程度会社固有のものだと思いますか。」という教示文を提示し,「1点:転職先でもそのまま使える知識やスキルが大半である」~「5点:転職先でもそのまま使える知識やスキルは,ほぼない(大半が会社固有の知識やスキルである)」である。したがって,この尺度の得点が小さいほど,汎用性が高い一般的人的資本を有することを意味し,点数が大きいほど企業特殊的人的資本を保有していることを意味する(Mean=3.11, S.D.=1.30)。経済学では,企業が従業員に汎用性の高いスキルに投資をしてしまうと,もし当該従業員が離職をした場合に投資した費用が無駄になるため,企業が従業員に投資をするスキルは,自社固有のスキルであるとされる。他方で,経営学では,「働きがいのある会社」®,人材輩出企業など他社でも通用する人材を輩出するという評判も人材確保の点で重要であり,必ずしも自社で通用する企業特殊的能力のみに投資するとは限らない。本研究では,人的資本を当該企業にのみ通用する企業特殊的能力のみならず,業界や職種に特有のスキルも含むものとして扱う。
(4) 調整変数:生成AIの利用度(T1)生成AIの活用度は,Masunaga and Takahashi(2024)で用いられている項目をベースに2025年時点で生成AIの活用が進んでいると思われる項目の洗い出しを行った。特にMasunaga and Takahashi(2024)が自認しているように,ChatGPTが登場してからの人事業務のインパクトを捉える必要がある。そこで人事業務について生成AIの活用が先進的な取り組みをしていると定評のある製造業A社ならびにB社の人事部長にMasunaga and Takahashi(2024)の項目を確認してもらい,質問項目の改廃を行った。設問は,全30項目で「1:全く利用していない/会社に制度がない」~「3:半分程度利用している」~「5:全て利用している」の5点尺度である。分析の際には30項目の総和の平均を用いた(Mean=2.01, S.D.=0.99 α=0.99)。
(5) コントロール変数(T1)コントロール変数には,従業員1,000人以上ダミー(1,000名以上=1,それ以外=0),製造業ダミー(製造業=1,それ以外=0),勤続月数は,[回答者の勤続年数×12カ月+月数]により算出した。使用変数の平均値や標準偏差,相関関係はAppendixの通りである。
生成AIの導入度合いについて表1を見ると,3点を超える項目はなく,全面的に人事業務が生成AIに置き変わっている現状は見られない。生成AIの導入が進んでいる上位3項目を見ると,1位は,「人事評価を実施すること」で2.23,2位が「適性検査の結果を個人ごとに評価すること」で2.15であった。3位は,同ポイントで「人事情報の収集や整理に活用すること」および「人事評価に関わるデータ・情報を個人の配置に活用すること」で共に2.13であった。

生成AIの利用状況
規模別に見ると,規模が大きくなるにつれてスコアが大きくなるものの,スコアが最も大きいのは,従業員規模が1,000人以上から5,000人未満の場合であり,5,000人以上になるとスコアが低下傾向にある。
製造業とそれ以外の産業で見ると,全体的な傾向としては,製造業の方が製造業以外の業種よりもスコアが高い。特に両者の差が大きい項目は,「インターンシップの説明会の参加者を個人ごとに予約・出欠管理をすること」(差=0.25),「報酬・税金に関してリーガルチェックとして活用すること」(差=0.23),他は「ワークショップ内で即座に意見を整理・集約すること」「チャットボットの活用(日常的な勤怠や労務の手続きに関するFAQをチャット対応すること)」「人事担当者が現場からの質問に対して解答の検索エンジンとして活用すること」の3項目がいずれも差が0.20であった。製造業で最も多いのは,「適性検査の結果を個人ごとに評価すること」「OJTや研修の実施状況を個人ごとに把握すること」「人事評価を実施すること」でいずれも2.21であった。
次に生成AIにより現在担当の業務が5年以内に置き変わる可能性について尋ねた(表2)。回答者が複数の人事機能を兼務している可能性があるため,サンプル総数である186名よりも多い。全体傾向として一部置き換わる可能性があると考えている回答が46.2%と最も多いが,全くないという回答も41.4%存在しており,人事部門は生成AIについてあまり脅威に感じていないことが窺える。

担当業務が5年以内に生成AIに置き変わる可能性
1)現在の担当業務について複数回答で尋ねているため,合計数はサンプル数よりも多い
2)空白はゼロを示し,見やすさのために消去している
3)最下段の平均は,度数分布に基づく集計であり,人事機能(No 1–13)の平均値ではない
H1からH3の3つの仮説を検討するために重回帰分析を実施した。まず,Model1にてAI活用度の交互作用項は人的資本に有意な影響を与えておらず,H1は棄却された。他方で,Model4を見るとHPWSとAI活用度の交互作用項は10%水準ではあるものの負の方向に有意傾向が確認できる。そこで単純傾斜分析により傾向を確認すると(図2),AIの活用度が低い場合に交互作用効果が認められ,HR-Lineの関係性のスコアがより向上する。ただし,AI活用度が高い群ではHPWSとの交互作用効果は限定的であり,統計的な有意差は認められなかった。このように高群と低群でサンプルを分けて検討した際に一方のグループのみに統計的な有意差が確認されたことから全体サンプルとして10%水準で有意傾向となったのであろう。さらに,H2は表3のModel4で符号が負であることおよび図2の単純傾斜分析により棄却された。

人的資本およびHR-Lineの関係性を従属変数とした重回帰分析
** p<.01, * p<.05, + p<.10

HPWSと生成AIとの交互作用効果
H3は,AI活用度のHR-Lineの関係性における主効果である。Model3およびModel4にてAI活用度がいずれも正の方に有意であることからH3は支持された。仮説ではないものの興味深い結果としてModel1においてHPWSが人的資本において負の方向に有意である点が挙げられる。人的資本尺度は,点数が高いほど企業特殊的なスキルや能力を磨き上げることを意味するため,符号が負であるということは,一般的人的資本を高めることを意味する。HPWSのメタ分析(Jiang et al., 2012)ではHPWSの下位概念は,AMO理論に基づき能力・動機付け・機会を高める人事施策群により構成されることから,企業特性の如何にかかわらず人的資本を高めたのは先行研究と整合的である。なお,いずれのModelにおいてもVIFは2を超えておらず,多重共線性は生じていないことを確認している。
本研究では,生成AIの登場により人事部門の行動にどのような影響を与えるのかを検討すべく大きく3つの問いを立てた。1つは,人事業務について生成AIがどの程度進展しているのかという点,2つ目は,生成AIは,新しいタイプのHPWSなのか,それともHPWSを上手く機能させるための運用の一種なのか,という点,3つ目は,生成AIが人的資本やHR-Lineの関係性の形成もしくは向上に与える影響を検討することであった。分析にあたって3つの仮説を立てて検討した結果,H1およびH2は棄却,H3は支持された。順を追って検討する。
まず,表1および表2より人事部門は巷で思われているほど人事業務が生成AIに代替されるとは考えておらず,どこかで「経験・勘・コツが大事」,「ヒトの問題は心の問題だからインタフェース(対面)で理解し合える」など「対岸の火事」であるのかもしれない。さらに表1の中でも企業規模別の割合を見ると,1,000人以上-5,000人未満で生成AIのスコアが他の企業規模に比べると高く,5,000人を超えるとまた生成AIの活用度のスコアは低下する。これは生成AIを導入することによる費用対効果が1,000人以上-5,000人未満の企業で最大化するからであると考えられる。言い換えると5,000人を超えるような大企業の場合,既に構築されているシステムを継続することへの慣性,もしくはスイッチングコストが強く機能しているのかもしれない。他にも人数が多い企業は生成AIの力を借りずとも社内人材の労働力でカバーできるとも考えられる。反対に中小企業では,SaaS(Software as a Service)のように必要な時にスポット的に人事機能をレンタルして,永続的な仕組みとして有していないためにスコアが低い理由なのかもしれない。ただし,生成AIに投入するデータセットが少ない場合,不正確で偏った意思決定になり,かえって従業員から否定的な反応になるという指摘(Merendino et al., 2018)もある。
生成AIは,新しいタイプのHPWSなのか,それとも従来のHPWSを上手くこなすための運用の一部なのか,主効果を確認すると,(1)Model2,Model3,およびModel4よりHPWSが正の方向に有意であることからAI活用度に関係なくHR-Lineの関係性が高まる。図2より(2)HPWSが低い場合,AI活用が進むとHR-Lineの関係性が顕著に高まる(0.84ポイント上昇)。反対に,(3)HPWSが高い場合は,すでにHR-Lineの関係性の水準値が高いため,AI活用による交互作用効果は限定的である。以上のことを踏まえ,本研究の結果からは,生成AIは,新しいタイプのHPWSではなく,HPWSを補完する運用の一部であると言える。なぜなら有意傾向であるとはいえ,HPWSと交互作用効果が一部認められること,HPWSが整っていない(−1 S.D.)状況下でAI活用度が高いと,HR-Lineの関係性のスコアを顕著に押し上げるからである。単純傾斜分析の結果,AI活用度が高い群では交互作用項が負の係数が統計的に有意傾向にあり(β=−.185, p<.10),AI活用度が低い群でも負の係数が統計的に有意傾向にあり(β=−.156, p<.10),両者のHR-Lineの関係性のスコアは1%水準で有意差が見られた。
次に生成AIとHPWSとの関係性およびHR-Lineの関係性について検討する。GAIAHRMは,表3のModel3およびModel4よりHR-Lineの関係性に正の影響を与えており,H3が支持されたことからHRMにおけるAIの活用度が高まるほど,HR-Lineの関係性が良好になると言える。生成AIが活用されることで人事業務に時間的に余裕ができるようになり,ラインとの協業がしやすくなることや,生成AIにより人事担当者の経験則(経験・勘・コツ)に依存する割合が低下し,人事部門とライン(現場)とのローテーションが行いやすくなることなどが挙げられるだろう。
本研究では人事部門に携わる実務家にインターネット調査を実施し,人事業務における生成AIの実態を明らかにした。タイトルに即して問いに答えるとしたら,人事部門にとって生成AIは今のところ「味方」であり,HPWSの補完的な機能やHR-Lineの関係性を向上させることで組織成果に寄与する。他方で,人事部門の持つ生成AIの知識は脆弱であり,且つ一部の大手や先進的な企業を除き生成AIの活用は進んでおらず(表1),見通しについても懐疑的で生成AIが全面的に切り替わる世界線も想定していない(表2)。
この結果について企業の人事部長やHRテック導入を啓蒙している団体関係者は,「発想力の欠如」および「推進力の欠如」を指摘する。「発想力の欠如」は,生成AIの利便性は理解しつつも,それを人事業務にどのように活かせばよいのか分からないことを指す。もう1つの「推進力の欠如」は,生成AIをHRMに活かすための旗振り役となる元システムエンジニアなどが不在で人事部門内に生成AIやHRテックが広まらないことを指す。したがって,マーケティング部門への実践的な示唆として「発想力の欠如」と「推進力の欠如」の対応する取組みを人事部門に訴求することが挙げられよう。
本稿には上記のような実態把握に貢献はあるが,次の理論的貢献もある。第1に,生成AIがHPWSとどの様な関係性にあるのかを明らかにした点である。交互作用項の結果は10%水準で有意傾向に留まるものの,ある一定の条件下ではHPWSの補完的関係にあることを明らかにした。第2に,生成AIが成果変数に与える影響を検討した点である。人事業務で生成AIが期待されているのは,いわゆるルーティン業務(契約書の確認,労働時間管理等)や時間のかかる業務(配置,処遇の原案等)に従事する時間を相対的に減少させ,HRBP(ビジネスパートナー)として現場を支援したり,経営層を人事の面からサポートするなど戦略的な側面に時間を割くようにすることである。その意味で本研究で用いたHR-Lineの関係性(Kim et al., 2018)に生成AIの活用度が寄与することを示したことも貢献として挙げることができる。第3に人事業務における生成AIの調査項目についてMasunaga and Takahashi(2024)を発展させた点である。人事業務の生成AI活用で先進的な企業の人事部長2名に調査項目の確認をしてもらい,項目をアップグレードした点も貢献である。
また,本研究を別の角度から捉えると,全く異なる研究テーマが浮かび上がる。生成AIを題材に既存のHRM(もしくはHPWS)が生成AIに代替されるプロセスを研究するものである。生成AIの目的が業務効率化を前提とするならば運用の話である。しかし,最終的に意思決定は人間が行うにしても,立案も生成AIが行うようになると,ある時点で既存のHPWSに生成AIが混在し,一時的にシナジーが発揮されづらくなる。さらに時間が進むことで生成AIがGAIAHRMとしてHPWSの亜種として変化するという人事制度の変化の仕方や関わるプレイヤーの役割など明らかになるだろう。その意味で生成AIの受容を従属変数とする組織変革の研究もありえる。
他方で本研究には改善点も多い。第一に,サンプルの少なさが挙げられよう。大規模なサンプルで同じ調査項目で測定した場合に同様の結果が得られるのか追試が必要である。第二に,AI活用度の細分化がある。今回は30項目を1項目としているが,個別項目を分析することでどの取り組みが成果変数に正(負)の影響を与えるのかを検討する必要がある。
本研究は,(1)科学研究費補助金 基盤研究(B)(日本学術振興会,研究番号:20H01536),(2)基盤研究(C)(日本学術振興会,研究番号:24K05018),(3)2025年度しのはら財団(一般財団法人 篠原欣子記念財団)および(4)2021年度第52回倉田奨励金(公益財団法人日立財団)から研究助成を受けています。ご支援に感謝すると共にかかる責任は全て筆者に帰するものである。
本研究の根拠データの利活用を希望する読者は,用途の詳細を明記の上,著者にEメールにて請求されたい。
1)除外した1項目は「人事権は現場への権限委譲がなされている」である。一口に人事権と言ってもShimanuki(2015)にあるように人事機能ごとに意思決定者が異なる方が良いという指摘がある。そのためこの設問の回答が3点に偏る可能性が高く,設問から削除した。

記述統計と相関マトリクス
** p<.01, * p<.05, + p<.10
西村 孝史(にしむら たかし)
株式会社日立製作所にて人事業務に従事後,2005年に同社を退職し大学院に進学。2008年一橋大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(商学,一橋大学)。徳島大学,東京理科大学,東京都立大学勤務を経て2025年より現大学に勤務。専門は人的資源管理論。