2020 Volume 1 Issue 1 Pages 76-84
慢性的な人材不足の中,従業員のモチベーション向上は重要な事業課題となっている。特に多くの労働力を非正規従業員に依存している飲食・宿泊などの店舗系チェーンにおいて課題は一層深刻である。しかしながら,目の前の集客やコスト削減など当面業績を追いかけながら,この課題に取り組むことは容易ではない。そこで,本研究では,従業員の働くモチベーションを向上させることで業績成果に結びつける店舗経営の手法をモデル化した。具体的には人間関係と給与処遇という2つの要因が働くモチベーションに与える影響,およびそれがサービス行動や業績に与える影響を示した。さらに,飲食チェーン3社の非正規従業員へのアンケート調査を実施し共分散構造分析を行うことで同モデルを検証した。結果,飲食産業の非正規従業員においても働くモチベーションがサービス行動や業績に影響を与えること,働くモチベーションには労働条件よりも人間関係の影響が大きいこと,および労働条件と人間関係は相互に影響するという結果を示した。最後に,同産業に携わる役席者にモデルを提示し,得られたフィードバックを参考に考察を行った。
Work motivation has become an important issue. due to changes in the economic environment, such as the decreased labor force in Japan. The domestic labor market, especially the food and beverage industry, continues to be characterized by the dominance of job-seekers, due to the human labor shortage. In this study, we modeled a store management method for non-regular employees in restaurant chains, which enhances work motivation to achieve business results. Specifically, the model showed the influence of two factors, wages and human relations, on service behaviors and business performance. Furthermore, the model was verified by administering a questionnaire survey to non-regular employees of the three restaurants and the data analyzed with covariance structure analysis. As a result, the authors have three findings. First, work motivation for non-regular employees in the restaurant chains affects service behavior and performance. Second, working motivations are influenced more by human relationships than working conditions. Third, the recognition that working conditions and human relationships interact with each other. The model was presented to the manager of a restaurant, and a discussion was engaged with reference to the feedback.
昨今,国内の労働人口が減少する中,慢性的な人材不足が多くの企業における事業推進上のボトルネックとなっている。就業希望者から見れば「売手市場」になっている現在,企業は顧客のみならず就業者からも選ばれる経営を目指す必要がある。特に労働集約型で多くの人員を必要とする飲食産業では,機械化等による効率化を図りながらも,抜本的解決には至っていない。
本研究では,飲食産業における非正規従業員の働くモチベーションとその結果が従業員のサービス行動や業績に与える影響を踏まえ,従業員を起点とした店舗経営のメカニズムを可視化するモデルを作る。これまで,褒章や制度など従業員のモチベーションに影響を与える外的要因と業績等の結果指標との関係について多くの研究がなされてきた。しかし,個々の要因と結果指標との関係について論じたものが多く,例えば,労働条件に対する認識と,職場の人間関係に対する認識がどのように影響し合うのかといった要因同士の相互関係については論じられていない。
これらを明らかにする意義は2点ある,1点目は,人事施策は一般的に投資対効果が見え難く,単にコストと捉えられることが多いため,非正規従業員比率が多く入れ替わりの激しい飲食産業においては人事施策への投資をし難い。しかし,この投資対効果を測定できれば経営が投資し易くなる。2点目は,多くの飲食チェーンにおいて,接客行動が標準化され詳細にマニュアルに落とし込まれている。一方で対人マネジメントに関しては管理職任せになっているケースが多く,店長等の管理職の力量による業績差が大きい。どのような施策が従業員の行動促進,業績向上に寄与するのかをモデル化することで,管理職が店舗運営を行う際の指針になる。
本研究の具体的な手法としては,働くモチベーション,金銭・非金銭的報酬などの外的要因,サービス行動,業績実感の4つの関係をモデル化し,飲食産業チェーンの3社の従業員よりアンケート調査を行い,共分散構造分析によってモデルの検証を行った。
なお,「モチベーション」という言葉については「行動を直接喚起する力」(Hayashi, 2014)。「何かをしようとする意志であり,その行動ができることが条件づけとなって,何らかの欲求を満たそうとすること」(Robbins, 2009)などの定義があるが,いずれも行動との因果において説明されている。本研究では従業員のモチベーションの対象となる行動が経営から見て望ましいサービス行動に結び付き,業績向上に寄与する必要があるという前提に立ち,「働くモチベーション」と表記する。
本研究における,店舗経営モデル作りの参考となった先行研究について整理をする。まず,Heskett, Schlesinger, and Earl(1997)は「サービスプロフィットチェーン」を提唱し,従業員への投資が業績に与える影響について実証研究を行っている。本研究のモデルもこれを参考とし,従業員が受ける外的要因がサービス行動,業績へとつながるという前提に立っている。また,外的要因が従業員の行動や業績に影響を与えている研究を(1)金銭的報酬に関するものと(2)非金銭的報酬に関するものに分けて以下に整理する。
1. 金銭的報酬に関する先行研究古くはTaylor(1911)の実験に遡る。同氏はコンサルタントとしての知見を活かして「科学的管理法」を提唱した。標準作業量を定義し,賃金制度結びつけることで生産性を高めようとした。従業員の裁量を排除し,合理化を進める手法として批判を受けることとなったが,今日の組織研究にも大きな影響を与えた。金銭とモチベーションとの関係は今日においても議論されている。例えば,Teck-Hong and Waheed(2011)は中国における180名の女性向けアパレル店の従業員調査を通じて給与と従業員満足度の相関が強いことを示している。また,Hitka and Balazova(2015)はスロバキアの土木作業員60名の従業員アンケートを通じて,勤続年数,教育レベルに関わらず金銭的報酬が最もモチベーションに影響をすることを証明している。一方で,金銭的報酬がモチベーションに無条件で影響するという訳ではなく,その限界について多くの研究から指摘をされている。例えば,Kahneman and Deaton(2010)は米国1,000名の従業員調査により所得水準と幸福度には相関があるが,一定水準(年収7.5万ドル)を超えた段階から飽和状態になるとしている。
2. 非金銭的報酬に関する先行研究他方,人間が金銭のみで働く訳ではないとする,非金銭的報酬の考えも古くから議論されている。Maslow(1943)は人間の欲求を「生理的欲求」「安全の欲求」「社会的欲求」「承認の欲求」「自己実現の欲求」の5段階(Maslow’s hierarchy of needs)に分け,各欲求階層が満たされることによって高次の階層を求めるようになると説明している。各段階の順番についての妥当性については批判があるものの,欲求を段階に分けて論じるマズローの着眼点は今日に至るまで多くの研究の参考とされた。Alderfer(1969)はマズローのモデルを修正して「ERGモデル」を提唱し,人間にとって基本的な存在(Existence),人間関係にかかわる関係(Relatedness),人間らしく生きたい成長(Growth)の欲求が存在するとした。3つの欲求が他の欲求と併存するとした点は興味深い。Herzberg(1959/2003)は職務態度に影響を与える従業員の意識について16の調査項目を掲げ,従業員満足に繋がる「動機づけ要因」,不満足に繋がる「維持要因」に分類した(二要因論)。これらは古典的な研究ではあるが今日においても多くの研究者が参考にしている。昨今では,Sun, Aryee, and Law(2007)が教育,褒章および会合への参加などの人事施策がホテル従業員の自発的な行動に影響し,組織の生産性に寄与すると論じるなど,各地で研究が行われている。
上記1.2.の先行研究では,金銭的報酬,非金銭的報酬の影響を証明するものであり,総論としてはどちらの要因も働くモチベーションや行動に影響していると言える。しかし,金銭的報酬と非金銭的報酬がお互いの影響も加味した研究は少なく,特に飲食産業の非正規従業員という特徴ある条件において新たな経営モデルを作ることには価値がある。
本研究では,飲食産業において,非正規従業員の働くモチベーションを高めるとともに,モチベーションの向上がサービス行動,業績に寄与するという店舗経営成功のメカニズムをモデル化した。その上で同産業の従業員に対するアンケート調査を行い,モデルを統計的に検証した。
1. モデルの設計モデルの設計にあたり,以下(1)~(4)について定義,設定を行った。
(1) 働くモチベーション前述のとおり,モチベーションの対象となる行動が経営から見て望ましいサービス行動に結び付き,業績向上に寄与する必要があるという前提を置いている。本研究におけるモデルでは,現在の仕事に満足していること(従業員満足度),辞めずに仕事を続けること(従業員継続度),の2つから構成されるものとした。
(2) 外的要因Recruit Career(2007)の「退職理由に関する調査」では,上司,労働条件,人間関係,給与といった項目が上位に名を連ねている(表1)。先行研究の章でも述べた通り,金銭的な報酬,非金銭的報酬の2つの要因を併せて検討することに意義があるため,本研究では外的要因を人間関係(上司のリーダーシップ,同僚との関係性),および労働条件(労働負荷,給与処遇)に分類して項目設計を行った。
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店舗経営において,働くモチベーションの向上だけでは経営が成り立たない。働くモチベーションが顧客満足に繋がる「サービス行動」に結びつき,業績に影響を与えてこそ,人事施策への投資する意義を持てる。そこで,働くモチベーションがサービス行動に繋がり,サービス行動が業績に繋がるメカニズムを店舗経営モデルに取り入れた。サービス行動は居酒屋チェーンのミステリーショッパーでの評価項目やマニュアル等に記載されている事項から顧客満足に影響をし,かつ回答者自身が判断可能な5項目(顧客への声掛け,挨拶,笑顔,声の大きさ,対応スピード)を抽出した。
(4) 業績実感最後に,現在の店舗の業績は良いのか?(現在業績),あるいはこれから良くなるのか?(将来業績)について従業員の実感値を結果指標として項目に組み込んだ。店舗業績は,同じ商圏に競合店ができるだけで大きく影響を受け,従業員も短期間に入れ替わりをするため,どの要因が影響を与えているのかを観測し難い。そこで,本研究では従業員の認識している現在の業績および将来の予測によって,従業員の中の業績向上に対する手応えを測定した。
2. 店舗経営モデルの構築前述の項目設計を踏まえて,外的要因が働くモチベーションに影響を与え,働くモチベーションがサービス行動,業績実感に影響を与えるという店舗経営のメカニズムをモデル化した(図1)。
店舗経営モデル
本モデルにおいて観測変数となる部分を調査項目として,従業員アンケート調査を行った(調査概要については表2,設問についてはAppendix表3参照)。
調査概要
飲食チェーンでのアンケート調査とモデルの検証にあたり,以下の仮説を立てた。
仮説1:飲食産業の非正規従業員においても働くモチベーションがサービス行動や業績に影響を与える
仮説2:働くモチベーションには労働条件よりも人間関係の影響が大きい
仮説3:労働条件に対する認識と人間関係に対する認識はお互いに影響をし合う
仮説1については,飲食産業の非正規従業員は一般にマニュアル化された定型業務に従事し,昇進昇格などの機会も少ない。それでも,店舗によってスタッフの行動や業績の違いがあることからも働くモチベーションには差があり,サービスレベルや業績に影響すると想定できる。
仮説2については,飲食産業は限られた空間で他のメンバーと長時間密度の濃い協力を行う必要がある。一方,給与処遇はある程度は納得したうえで入店の意思決定をしている前提に立てば,人間関係が働くモチベーションに与える影響が労働条件よりも大きい。
仮説3については,退職理由や従業員満足に対して各要因それぞれの影響だけでなく,時給が高ければ多少の人間関係の不満を軽減させ,逆に人間関係が良ければ多少の時給の低さに対する不満を軽減させる等,外的要因の認識が相互に影響し合うとした。
飲食チェーン3社の非正規従業員に対してアンケートを実施したところ,876件の回答を集めることができた。このアンケート結果を前出の店舗経営モデルに当てはめ,共分散構造分析を行った(図2)。結果,モデル適合度は許容範囲であった(GFI .920, AGFI .881, CFI .909, RMSEA .091)。働くモチベーションのサービス行動に対する因子負荷量,およびサービス行動の業績実感に対する因子負荷量のいずれも有意であり仮説1の非正規従業員においても働くモチベーションがサービス行動や業績に影響を与えることを支持する結果となった。
店舗経営モデル(共分散構造分析の結果)
また,働くモチベーションに影響を与える二大要因として想定した労働条件,人間関係について,働くモチベーションに対する因子負荷量は人間関係がより大きいという結果となり,仮説2の働くモチベーションには労働条件よりも人間関係の影響が大きいことを支持する結果となった。
さらに,労働条件,人間関係の2つの外的要因についての回答者の分布を集計した。前者は上司のリーダーシップおよび同僚との関係,後者は労働負荷および給与処遇の2項目により構成されているため,それぞれ5段階のリッカート方式により得られた評価結果の平均値を求め,2つの外的要因の評価点を2軸にとり回答者数を集計した(図3)。2つの外的要因の評価点を2軸にとり回答者数を集計した(図3)。結果,2つの外的要因にはやや相関(r=.41)が見られ,「人間関係の評価が低いが,労働条件の評価が高い回答者」が存在していないことが分かった。労働条件と人間関係の間に相互作用があると考えられるため,両者に共分散の関係を加えたモデルを再設計したところ,図4のとおり,人間関係と労働条件の2要因の関係は有意であり,モデル適合度は2つの要因が独立した前出のモデルと比較して向上した(GFI .942, AGFI .913, CFI .942, RMSEA .073)。このことから仮説3の労働条件に対する認識と人間関係に対する認識はお互いに影響をし合うことを支持する結果が得られた。
労働条件,人間関係の評価(平均値)における回答者の分布
店舗経営モデル 修正後(人間関係と労働条件の間に共分散の関係を追加)
上記調査・分析により仮説1,2,3それぞれを支持する結果が得られた。仮説1において,飲食産業の非正規社員においても働くモチベーションや業績に影響を与えることは,パート,アルバイトスタッフであっても人事施策を行う意義があることを示すものである。また,仮説2において,働くモチベーションに対して労働条件よりも人間関係の影響が大きいことは,限られた空間で限られたメンバーでの共同作業を必要とする飲食業界においては職場内のコミュニケーションが極めて重要な要素になることを確認することになった。
仮説3について,労働条件に対する認識と人間関係に対する認識が互いに影響し合うことは,単一の施策だけでは非正規従業員の働くモチベーションの向上を効果的に行うことができないことを示唆している。ただし,労働条件と人間関係の相関については2通りの解釈が可能である。1つ目は労働条件が低いと人間関係が向上しない。つまりある程度の生活の保障がなければ,人間関係を大事にする余力などない状況である。2つ目は職場の人間関係の良し悪しが労働条件の評価に影響を与える。つまり,人間関係が良ければ,多少の給与水準や仕事の大変さは気にならなくなるが,人間関係が悪いと,労働条件が不満として不満が噴出しすいという状況である。
上記の人間関係と労働条件の相互作用について,現場実態を探るべく,飲食産業の人材管理を行っている役席者にモデルの説明とともにインタビューを行った。「退職者にインタビューをすると,納得して入った労働条件なのに不平不満の声が挙がる。しかし,実態はやりがいを失ったり人間関係が悪くなったりした際に組織に対する不信感が生まれ,結果として退職に繋がる。」という話を得ることができた。人間関係が悪いと労働条件が不満として意識されやすいという因果を示す内容になっている。もちろん,労働条件が良ければ,多少の人間関係は耐えることができるという逆の論理も成り立つため,1件のインタビュー内容だけで結論づけることはできない。しかし,今後,このインタビューと同様の裏付けを多く獲得することができれば,人間関係を向上させることによって,働くモチベーションを高めるとともに,労働条件に対する不満の回避が可能であることを示すことができる。そうであるならば,時給を上げ,営業時間の短縮など仕事の量を制限して労働負荷を抑制するよりも,マネジャー教育や職場のコミュニケーションを高めて業績向上を目指すという選択肢を経営に提案できることになる。
本研究では,飲食産業において,働くモチベーションがサービス行動,業績に影響を与えるという店舗経営モデルを設定し,飲食チェーン3社の従業員アンケート調査より統計的な検証を行った。結果として,飲食産業の非正規従業員においても働くモチベーションがサービス行動や業績に影響を与えること,働くモチベーションには労働条件よりも人間関係の影響が大きいこと,および労働条件に対する認識と人間関係に対する認識はお互いに影響をし合うという3つの仮説を支持する結果が得られた。
しかしながら,本研究はあくまで大手飲食チェーン3社での分析に過ぎず,個人経営や業態の違いによっても差異がある可能性もある。本研究をより普遍的な原則として示すためには他産業も含めた追加調査が必要である。また,研究手法として利用したアンケート調査はあくまで従業員の主観によるデータである。本モデルの妥当性をさらに証明していくためには,サービス行動や業績が外部観察や実数値のような客観的なデータと併せて検証をしていくことが必要になる。
本論文の執筆にあたり,アンケート調査やインタビューに快くご協力を頂いた飲食産業3社の経営,店舗スタッフの皆様に心より感謝申し上げる。
従業員アンケートの設問
※回答結果は「全くあてはまらない(1点)」「あまりあてはまらない(2点)」「どちらともいえない(3点)」「ややあてはまる(4点)」「かなりあてはまる(5点)」で得点化した。