2022 Volume 3 Issue 1 Pages 20-27
本研究の目的は,社内のデザイン組織の活動や成果を共通的な視点で定量的に評価できる手法を開発することを通じて,デザイン経営における「デザイン価値の可視化」問題を明らかにし,デザイン資源の有効活用に寄与することである。そこで,本研究は実務的な視点から,日本大手企業4社のデザイン組織を対象に,プロジェクト単位で合計465名の社内他部門の中間管理層によるデザイン組織へのパフォーマンス評価を求めて,社内デザイン組織は事業へ貢献する主な要素を「商品開発力」・「情報の提供」・「ブランドの一貫性」・「アウトプットの速度」および「コスト」,という五つの要素に抽出することができた。その上,重回帰分析を用いて,それがデザイン組織への満足度に与える影響性を考慮し検証したところ,各社には社内デザイン組織への評価あるいは求めるポイントは異なることがわかった。分析結果を受けて,各企業におけるデザイン組織のパフォーマンスを定量的に評価する指標が策定できることを示唆した。
The impact of dominant design on innovative performance and the introduction of Design Driven Innovation are examples of the wide recognition of the strategic and crucial roles of design in boosting a firm’s competitiveness. This role has been changing and evolving beyond traditional design. However, despite this trend, it has been pointed out that the potential of design resources, including in-house designers, is often not sufficiently utilized in Japanese enterprises. It is reasonable to assume that this issue stems from visualization of design values. Therefore, the aim of this study is to develop and verify standard key performance indicators that can evaluate the activities and outcomes of in-house design teams quantitatively. This may contribute to effective utilization of design resources. In the study, 465 managers from four large Japanese enterprises responded to a survey of multisource assessment of the performance of in-house designer teams. Principal component analysis revealed five important factors: product development capabilities, provision of information, brand consistency, output speed, and costs of evaluation of the performance of the design department. Multiple regression analysis indicated that the emphasis on KPIs for design departments differs among enterprises.
日本では,1950年代後半から輸出品デザイン法の制定やグッドデザイン賞の創立などのデザイン政策を打ち出し,デザイン力の向上を目的とした様々な取り組みを展開し始め,推進してきた。その後,2000年代に入ってから,「戦略的デザイン活用研究会」の設置と『競争力強化に向けた40の提言』の公表はデザインの役割を戦略的な位置付けに昇格させ,デザインの重要性への再認識を促した。さらに,経済産業省・特許庁は2018年に画期的な『デザイン宣言』を発表し,デザインをブランド構築とイノベーションに資する重要な経営資源として捉え直し,「デザイン経営」を企業の競争力を強化するための経営手法として使いこなし,適切なマネジメントを実施していく重要性を訴えている。要するに,国では,従来からデザインの重要性を認識しており,産業界への浸透や企業競争力の強化に寄与することを期待しデザイン政策を推進している。
このような状況の中,経済産業省が公表した調査結果によると,デザインが事業運営や売上に貢献していると回答している企業は8割超などの結果が示され,企業におけるデザインの重要性は高まっていると捉えられる(Ministry of Economy, Trade and Industry, 2016)。また,同書では,企業はデザインの役割はブランドの構築や外観での付加価値の向上など,多様な役割の変化と拡大を期待していることが提示された。それに伴い,デザイン部門の役割も変化していると言及した。それに,特許庁による報告書では,産業世代の交代にもかかわらず,デザインの川上化のようにデザインが果たす役割は拡大しており,企業経営における重要性が増していることが言及された(Japan Patent office, 2018)。同書ではデザイン重視の26社を調査した結果,デザイン風土の社内浸透や経営に近いデザイン組織の位置付けなど重要性は認識されていると示した。
ところが,日本では「デザイン」に対する理解と認識は欧米に比べ狭義であり,企業においてインハウスデザイナーを含めたデザイン資源が活用されていないのが現状である(Ministry of Economy, Trade and Industry, 2014)。それに加え,世界の有力企業が戦略の中心にデザインを据えている中,日本では全体的にデザイン経営を導入している企業は限定的で,グローバル競争での弱点になっているという指摘も存在する(Japan Patent office, 2018)。それに,デザイン経営の導入が遅れている原因に関して,全社的な意識の不統一や経営陣の理解不足およびデザインの効果が定量化できない問題などが取り上げられている(Ministry of Economy, Trade and Industry, & Japan Patent office, 2018)。総じて,日本企業全体が「デザイン」を資源として扱い,デザイン経営の必要性を認識できることは問題視されている。その課題を解決するために,デザインの価値を可視化することが必要である。
そこで,企業経営におけるデザイン価値の可視化問題にあたって,様々な試みが行われている。例えば,製造業におけるデザインを重視する企業とそうではない企業の収益率の比較研究(Walsh & Roy, 1985);企業の財務業績とデザインの関係性に関する調査(Benedict, Hugo, Garen, & Fabricio, 2018)などが挙げられる。ところが,デザインの価値に対する客観的な評価指標の必要性は従来から唱えられてきたにもかかわらず,統一された説得力のある評価指標はまだ存在しないと指摘された(Washida, 2014)。特に,企業の社内デザイン組織の活動評価に対する標準化された評価基準は検証されていないと見られる。
では,なぜ社内デザイン組織の活動を定量的に評価すべきなのかという疑問が浮かぶかもしれない。その原因は主に三つある。まず,日本におけるデザインを取り巻く環境として,フリーランスデザイナーと比べてインハウスデザイナーが占める割合が多い。要するに,インハウスデザイナー制度が普及しているものの,社内のデザイン組織は他の職能部門(例:営業部門)と比べて組織活動の成果が量的に評価しにくいため,デザイン価値の可視化の課題が従来から存在する。そして,社内デザイン組織の活動評価が実現しにくいことは,企業経営におけるデザイン人材の確保やデザイン機能の事業貢献度の明示に影響を及ぼす。それに加え,デザイン経営を促進するために,デザイン組織の活動を共通的な視点で評価し定量化できる手法の開発が必要とされる。
したがって,本研究の中心課題としては,社内のデザイン組織の活動と成果を如何に定量的に評価し,デザイン機能が企業経営に与える貢献度を如何に可視化にするかということである。その上,本研究では,社内のデザイン組織の活動や成果を共通的な視点で定量的に評価できる手法を開発することを通じて,デザイン経営における「デザイン価値の可視化」問題を明らかにし,デザイン資源の有効活用に寄与することを目指す。
「デザイン経営」の定義が示したデザインをイノベーションに資する経営資源という捉え方のように,企業経営におけるデザインの重要性はUtterback(1994),Utterback et al.(2006)の「ドミナント・デザイン」理論から窺える。
Abernathy(1978)とAbernathy and Utterback(1978)に提起されて以来,ドミナント・デザイン論はイノベーション研究の中核モデルの一つとして脚光を浴びており,様々な産業界においてドミナント・デザインの存在や影響が検証されてきた。先行研究によると,「ドミナント・デザイン」とは,技術的な可能性と市場選択の相互作用によって生まれるものであり(Utterback, 1994),4年連続して50%以上の市場シェアを獲得したデザイン(Anderson & Tushman, 1990)のことを指しおり,かつある製品カテゴリーにおいて製品提供者はその製品を投入する際に,それに従わないと市場に受け入れられないデザイン方式である(Abernathy, 1978; Christensen, Suarez, & Utterback, 1998; Suarez & Utterback, 1995; Utterback & Suarez, 1993)。それに,代表的な提唱者であるUtterback(1994)によると,ドミナント・デザインは必ずしも技術決定論に従うような科学的ないし技術的に最先端的(技術パフォーマンスがいい)なものではなく,市場での利害関係者の相互作用によって生み出されるものである(Anderson & Tushman, 1990; Utterback, 1994)。また,それは技術的,社会的,政治的な要素によって生まれた妥協的なものであり,各個人や組織または組織に関係するネットワークが形成するものであると理解されている(Anderson & Tushman, 1990)。
他方,ドミナント・デザインが現れると,急進的なプロダクト・イノベーションの発生頻度は低くなる一方で,既存製品の改良をはかる漸進的なプロダクト・イノベーションや生産プロセスの改善や精緻化をはかる漸進的なプロセス・イノベーションの発生頻度が高まる(Abernathy & Utterback, 1978)。また,それの出現に伴い,規模の経済が作用するようになる。さらに,当該製品にネットワーク外部性が動く際に,その影響性はより一層大きくなり,競争者の数は著しく減る結果になると指摘されている(Suarez & Utterback, 1993)。それに加えて,ドミナント・デザインの出現は新技術を採用して大量生産することの前提条件であり,ただ単にイノベーションが普及する方法だけではないとその重要性が強調されている(Anderson & Tushman, 1990)。そのため,ドミナント・デザインは技術の進化において重要な分岐点であり,その出現は技術的な不確実性を解消できると捉えられる。
そこで,ドミナント・デザイン論が示しているのは,デザインは技術進化と市場競争に関連する重要な経営要素であり,場合によっていいデザインの創出は優れた新技術によって得た効果と比べてより企業に競争優位性をもたらすことができるということだと考えられる。
2. デザイン・ドリブン・イノベーションドミナント・デザイン論と同様に,デザインをイノベーションの生起を促進できる資源と見なす理論として,Verganti(2009, 2016)が提唱する「デザイン・ドリブン・イノベーション」(design-driven innovation)が挙げられる。この理論において,Verganti(2009, 2016)はデザインがイノベーションに与える独自の貢献を強調して焦点を絞り,デザインの定義を「モノに意味を与えるものである」(design as making sense of things)としている。この定義に従うと,デザインは意味を刷新し,意味は市場での差別化をもたらすことや企業の競争優位を生み出すことにつながるため,デザインは競争において極めて重要であると明らかにされた。さらに,Verganti(2009)はデザインによる意味のイノベーションがあらゆる産業において競争を決定づける不可欠な要素であると強調した。
その上,Verganti(2009, 2011)は意味のイノベーションを漸進的な次元と急進的な次元という二つの次元から成り立つものであると示した。その中,急進的な意味のイノベーション(radical innovation of meanings)はデザインで創り出された新しい意味によって駆り立てられるイノベーションであり,企業は製品が有する意味や製品言語に画期的革新を施すことによって,消費者に新しいビジョンを提供するプロセスであると捉えられる。これこそが,Verganti(2009, 2011, 2016)が唱える「デザイン・ドリブン・イノベーション」(design-driven innovation)もしくは「デザイン・プッシュ」(design push)である。
これで,Verganti(2009, 2011)はイノベーションを「パフォーマンス」(技術)と「意味」(製品言語)という二つの軸を用いて整理し,上記のデザイン・ドリブン・イノベーションに加えて,市場やユーザーによって駆動される「マーケット・プル・イノベーション」と技術によって駆動される「テクノロジー・プッシュ・イノベーション」という三つのイノベーション戦略をモデル化した。その中,前者はデザインのプロセスにおいてデザイナーによって創出されたものとされるゆえ,新しい意味はイノベーションの源泉であると理解できる。言い換えると,デザインという行為もしくは活動はイノベーションの源泉であり,イノベーションの創出を左右できると考えられる。それに,Verganti(2009)は任天堂が開発したWiiゲーム機の事例を取り上げて,「技術のエピファニー」(technology epiphany)の存在を提示し,技術とデザインの関係について言及した。そこで,デザインの価値または役割は産業発展の初期段階にとどまらず,画期的な技術が出現した時にも重要であると明示された。
総じて,デザイン・ドリブン・イノベーションの本質としては,デザインは企業や産業にとって技術の躍進と同様な影響力を持つ決定的な資源であり,従来の捉え方を見直し,より重要な戦略的位置付けに昇格させるべきだと考えられる。
3. その他の企業経営におけるデザインの役割およびデザイン導入の効果Hayes(1990)は四つの側面から企業経営におけるデザインの役割を論じた。いわゆる,生産コストの低減や商品の品質や信頼性の向上および商品開発リードタイムの短縮を促進できる「競争力を強化する」(facilitator)役割;②市場シェアの増加やブランドの構築などに優位性を転換できる「差別化の要素」(differentiator)とする役割;商品開発における各職能部門間の統合を促す「統合」(integrator)の役割;および④企業のイメージ,価値観やブランドなどの「情報を伝達する」(communicator)役割である。
日本企業でのデザイン経営の取り組みにあたって,Nakamura(2007)は日本自動車産業におけるデザインの歴史を概観し,日産自動車の実例を取り上げながら,経営トップによるデザインへの積極的な取り組み(例えば,専門的なデザイン責任者の設置またはデザインへの投資など)の必要性とデザイン機能がもたらすブランド一貫性やブランド構築への貢献などを提示し,経営資源としてのデザインの重要性を示唆している。その他,Odajima(2007)はNTT社の事例を提示しながら,デザインが企業のアイデンティティ戦略あるいはブランド力構築の実現にあたって果たす役割を言及している。
いずれにせよ,今までの研究ではデザインが企業経営に寄与する重要な資源であることには整合していると窺える。ところが,数多くの研究は商品のデザインそれ自体がもたらす貢献または価値を議論しており,社内のデザイン組織およびその貢献を対象とする研究はあまりされていないと見える。なお,デザイン組織を評価する際には主に消費者を調査対象者とする場合が多く,それはデザイン組織へのパフォーマンス評価においてわずかの一部に過ぎない考えられる。したがって,本研究では,社内のデザイン組織に焦点を絞り,多面的・複合的な視点で社内デザイン組織の活動や成果を考察し,定量的かつ標準的な評価基準があるかどうかを探索したい。
本研究においては,実務的な視点から大きい会社でのデザイン部門のパフォーマンスをプロジェクト単位で会社の他部署に評価を求めることによって,デザイン部門の社内位置付けとデザイン機能の貢献度を検証する。
上記の先行研究と参加企業の実務経験を踏まえて,本研究では概ね「デザインによる商品の価値向上への貢献」を代表とする7つの側面から質問項目を設定し,5件法を用いてデザイン部門の活動・成果に対して満足度評価を求める。さらに,社内デザイン部門の業務に対して総合満足度評価も5件法で求めた。
2. 調査対象とデータ収集本研究では,上述の質問項目を用いた上で,過去一年間に社内のデザイン部門と共同に業務を行った他部署に対して,行われた業務・案件の活動実績に基づき,デザイン部門への評価を求めることとする。なお,本研究においては該当する社内の他部署の部署長・部門長,いわゆる中間管理層を被験者として調査を実施した。
中間管理層を選定した理由は概ね三つある。まず,本研究は実務経験に基づいて社内のデザイン部門のパフォーマンスを評価することを目的として設定している。すなわち,実務をベースとした本研究ではデザイン部門という社内の組織に対する一般的なイメージではなく,実際に協働活動を実施した他の事業部からの評価を求めたいため,事業部のリーダーとしての中間管理層たちは現場の仕事に精通しながらも経営者目線で事業または業務の進捗や状況を把握できる役目であり,彼らに評価を求めるのは適切である。それに,各部門に所属する一般従業員ではなく,部門長をはじめとする中間管理層を選定したもう一つの理由は,本研究で最終的な評価対象はデザイン部門を中心とする部門間の関係ということにある。それゆえ,業務遂行や成果評価などを含めた部門管理を統括する役割を担う中間管理層は部門の代表としてデザイン部門への評価をすべきである。それに加えて,本研究では業務や事業に携わった部門と部門間の評価に焦点を絞っており,協働活動に参加したデザイナーへの評価,いわゆる個人に対する評価ではないように設定しているため,業務や事業の全体像を把握している中間管理層に評価してもらうことは妥当であると見られる。
その上で,本研究では日本国内の大手企業4社に社内アンケート調査の実施を依頼した。2020年10月から2021年2月にかけてデータ収集を行った結果,A社が134件,B社が136件,C社が115件,D社が80件で合計465件の有効回答を集めた。
3. 分析手法収集したデータに基づいて,社内デザイン組織のアウトプットへの評価に関する7つの質問項目に対して探索的因子分析を実施した。因子分析の結果をもとに,デザイン組織の評価にあたって高い説明力を持つ要素を抽出する。その上,導出された要素を説明変数にし,社内デザイン組織への総合満足度評価を従属変数として重回帰分析を実施し,社内デザイン組織の貢献と社内他部門による満足度評価との関係性を検証した。分析にはSPSS Statistics 26を用いた。
因子分析の結果
因子分析の結果により,[Q1_3]・[Q1_1]・[Q1_2]を因子I,[Q1_4]を因子II,[Q1_5]を因子III,[Q1_6]を因子IV,[Q1_7]を因子Vに抽出することができる。また,それぞれの要素を「商品開発力」(因子I),「情報の提供」(因子II),「ブランドの一貫性」(因子III),「アウトプットの速度」(因子IV)および「コスト」(因子V)と名付けた。
その上,上記の五つの要素,いわゆるデザイン組織パフォーマンスを評価する指標が如何にデザイン組織への社内満足度に影響を及ぼすのかを重回帰分析で検証したところ,調査対象者の4社から総合的に見ると「商品開発力」(β=0.478, p<.001)と「コスト」(β=0.150, p<.01)という二つの要素は最も重要であることが判明した(表2)。さらに,参加4社の企業ごとの差異を検証するために,導出された5つの要素に基づいて重回帰分析を行った。結果を表3に示す。
重回帰分析の結果(四社総合)
従属変数:当該期間の活動に対する総合的な満足度評価
* p<.05, ** p<.01, *** p<.001
重回帰分析の結果(四社総合)
従属変数:当該期間の活動に対する総合的な満足度評価
* p<.05, ** p<.01, *** p<.001
本研究では,社内のデザイン組織を対象に,社内他部門の中間管理層によるデザイン組織への満足度評価を求めて,社内デザイン組織は事業へ貢献する主な要素を抽出した上で,それがデザイン組織への満足度に与える影響性を考慮し検証した。分析結果を受けて,各企業におけるデザイン組織のパフォーマンスを定量的に評価する指標が策定できると結論づけられる。
上節の分析結果を見ると,導出された5つの要素の中で,調査対象者の四社は共に「商品開発力」と「コスト」を重視するにもかかわらず,各社には偏りが存在すると見られる。B社では「コスト」を最も重視するに対して,A社とC社では「商品開発力」に最も重きを置くと捉えられる。それに,A社においては「商品開発力」と「アウトプットの速度」が重視されるに対して,B社では「コスト」と「情報の提供」が最も重視されることが見られる。その一方で,C社では「商品開発力」「コスト」にとどまらず,「情報の提供」も重んじるため,C社は調査対象社4社の中で,最も総合的かつ全面的に社内デザイン組織の貢献する要素を捉える会社であると考えられる。ところが,C社の調査結果により,「ブランドの一貫性」は満足度評価に負の影響を与えることが検証されたゆえ,C社においては「ブランドの一貫性」に抵抗感があると捉えられる。それに加え,D社では「商品開発力」のみに重きを置き,4社の中で一つの影響要素に専念する唯一の会社であると見られる。言い換えれば,D社では「商品開発力」が何よりも優先されると考えられる。
概して言えば,社内デザイン組織への評価あるいは求めるポイントは企業ごとに異なるが,共通するところが存在すると考えられる。要するに,導出された5要素の全てが社内デザイン組織への満足度評価に影響を及ぼすことではなく,四社では満足度評価に影響する共通要素は「商品開発力」と「コスト」である。したがって,組織構造や規模に関わらず,各企業におけるデザイン組織のパフォーマンスを共通的な指標で評価できると考えられる。
また,社内デザイン組織が事業に貢献する五つの要素の中で,「ブランドの一貫性」より「商品開発力」や「コスト」への期待が高いという結果を踏まえて,社内デザイン組織に求める貢献には「ブランドの一貫性」の重要性は認識されているものの,実際にそれを肝要な評価基準として社内のデザイン部を評価している会社はなかったと見受けられる。要するに,日本企業のデザイン部はブランドに対して評価も期待もされておらず,ブランドの一貫性は企業経営において重要性を持つことが理解されているとはいうものの,実際にはそれが求められず重視されていないと考察できる。一方,ブランド一貫性に関して,社内のデザイン組織は全然貢献できていないというニュアンスを汲み取れる。さらに,本研究の調査委対象社は各業界において強いデザイン部門を持つ代表とする企業であるため,インハウスデザイナー制度を特徴とする日本企業は全体的にこの傾向を持つのであろうと考察できる。
その一方,本研究のインプリケーションは三つある。まず,企業経営において,自社のデザイン組織のパフォーマンスを高めること,または最終的に企業パフォーマンスを向上させることを目指す場合,本研究はある意味で企業が取り組んでいくべき方向性を明らかにした。また,KPI測定の結果を用いて競合他社と比較することによって,自社の足りないところを洗い出すことまたは優位性をさらに強化することができるよう,企業戦略の見直しが可能になる。最後に,KPIに基づいてデザイン組織への満足度を高めることで,社内におけるデザイン価値の可視化とデザイン経営の浸透は実現可能となり,企業競争力の強化を促進できると考えられる。
本研究には,多くの課題が残されているが,ここでは主な2点を指摘する。1つ目は,重回帰分析結果の精度についてである。総合4社の決定係数(R2=0.425, p<.001))の説明力は高いとは言い難いものの,有意性検定に関して良い結果を示したゆえ,分析結果の妥当性に関しては一定の成果を収めたと見受けられる。この結果の原因については4社別の重回帰分析の結果を踏まえて考察できる。要するに,調査対象社の4社においては社内デザイン組織に求めるポイントは企業ごとに大きく異なるため,総合的に判断する際には精度が下がるということである。よって,経営体質違いの多様な企業をもっと増やせば,重回帰分析の精度が上がっていくと予想できる。
2つ目は測定尺度である。本研究では先行研究と企業の実務経験に基づいて社内デザイン組織のアウトプットをまとめた上で検証を行った。ところが,社内デザイン組織またはデザインが企業経営に貢献できるところは決してこの7つの側面に限らず,それ以外にもあるだろうと考えられる。それゆえ,今後は他にも活かせる指標を網羅し,検証に取り入れようと考えている。さらに,網羅性と安定性を備えたKPIを用いて社内デザイン組織への評価に対して事業部ごとにどのような差異があるのかを検証していきたいと考えている。