2023 Volume 4 Issue 1 Pages 11-17
今回本稿では,職員(組織成員)のクリエイティブな活動が,組織の成果にもたらす効果をブルデューの理論概念を援用して検討する。すなわち,個々人の特定の趣向や行動様式(=ハビトゥス)は個々人でなく集団として共有され,その方向性を示すこと(Bourdieu, 1980/1988)また,どのような趣味をもつかによって,人はみな自分自身の「界」をつくり差異化を果たそうとする(Bourdieu, 1979a/1990; Crossley, 2001/2012; Kataoka, 2019)ことである(ハビトゥス概念・界概念)。生活者3,000名を対象とした調査(2021年6月)で回帰モデルを用いた分析の結果,正解率は64.9%を示し,かつ「趣味の楽器演奏」の経験があると,業務上の達成実感は2.3倍(最低でも1.6倍,最大の場合3.3倍)であることがわかった。世帯年収や15歳時の出身家庭における蔵書数も説明力を持っていたが趣味よりは影響が小さく,年齢はさほど説明力をもたなかった。これらにより経済資本や出身階層の文化資本よりも,後から身につけた趣味が相対的に強い影響を及ぼすことを示した。
This essay draws on Pierre Bourdieu’s theoretical concepts to examine how an organization’s performance is impacted by the creative activities of employees (organization members). According to the concepts of habitus and field, an individual’s specific way of thinking and acting (i.e. habitus) stems from a commonly shared system within a group, rather than being unique to that individual, but by expressing this disposition (Bourdieu, 1980/1988) and developing specific hobbies, the individual attempts to create their own “field” to differentiate themselves from others (Bourdieu, 1979a/1990; Crossley, 2001/2012; Kataoka, 2019). A regression analysis of a survey of 3,000 consumers (June 2021) found with an accuracy rate of 64.9% that the experience of “performing a musical instrument as a hobby” resulted in a 2.3-fold increase in the sense of accomplishment in one’s job (with results ranging from 1.6-fold to 3.3-fold). While this outcome can be partially explained by factors such as annual household income or the number of books present in the family home at the age of fifteen, these factors had less influence on the outcome compared to hobbies. Age had little explanatory power. This analysis demonstrated that hobbies adopted later in life had relatively more impact than economic capital or cultural capital on class of origin.
マーケティングについて考える際,消費行動に視野を向ける視点同様に,その行為を行う企業自体の行動について検討することも必要である。また適切な表現かどうかは議論があるものの,経営側が雇用している人員(組織成員)に対して働きかける行為をインサイド・マーケティングという表現によって譬える例もある。本稿は企業を構成する組織成員の意識について考察し,その行動について検討するものである。
ブルデューは「様々な文化的慣習行動が第一に学歴資本に,また二次的には出身階層に極めて密接な関係で結び付けられる」などとした表現で文化資本の意味を示した(Bourdieu, 1979a/1990)。今回本稿では,そうした「文化資本」に着眼し,職員(組織成員)のクリエイティブな活動が,組織成果にもたらす影響を,ブルデューの「ハビトゥス」概念(Bourdieu, 1980/1988)を援用して示す。すなわち特定の趣向や行動様式(=ハビトゥス)は個々人でなく集団として共有され,その方向性を示すとの前提から,逆に個々人の意識をとらえていくことで集団の行動傾向が推定でき,組織自体の成果を把握する間接指標としても検討できるものとする。
またブルデューや後続の研究者らは「ハビトゥス」は「界」という特定の社会空間――テレビ界,科学界などのような「界」で終わる社会空間がとらえやすいが,これこれの理由でほかの人(たち)と自分(たち)は違う,というような言い方で実際にはもっと小さな「界」を私たちは複数つくりだしている――との相互関係で作用する,という。そして「文化資本」「経済資本」など様々な「資本」は,「ハビトゥス」や「界」の中で相対的に価値づけられるものとする(Bourdieu, 1980/1988)
注目すべきは,ブルデューらが,慎重に言葉を選びながらも,《どのような趣味をもつかによって,人はみな自分自身の「界」をつくり差異化を果たそうとする》,と結局結論付けていることである(Crossley, 2001/2012; Kataoka, 2019)。たしかに,このように考えてみると趣味は,内容の点でも,強要されてやるものでないという理由の点でも,クリエイティブな活動の一つとしてとらえられ,また「文化資本」そのものであるといえよう。それゆえ趣味を通じて,以上の実態がみえてくると考えても大きな間違いではないだろう。
個別の検討に入る前に議論の基準点を示しておく。最近専門家の間でもさかんに議論されているように(たとえば2022年の関東社会学会大会における検討部会「新しい調査法と社会調査教育」など),「数値にかかわる相関関係は,どこまでもそれ自体は相関を示すものでしかなく,因果性とは基本的に理論概念(に基づくもの)であり,事象と事象の間についての理論のもとではじめて因果関係が定立できるもの」(Seiyama, 2022(上記における講演), 2004)である。
かように本稿は,「ハビトゥス」という理論概念のもとで「個々人の集合意識は組織の方向性を示唆するものだ」という前提を置き,また「界」という理論概念のもとで,「個々人の趣味を通じてみえてくるクリエイティブな活動を検討すると,個々人の差異化の意識を問うことができる」,という分析視点を据えたものとする。
2. 目的変数・説明変数の設定組織成員の自己認識として,具体的に「自分は高いクオリティの仕事ができている」「今の所属部門は,他部門・他部署から魅力的に思われている」「得意先や顧客の満足度は高く,良好な関係を築いている」といった業務成果への意識をとりあげ,目的変数として設定する。むろん,これらはあくまで被験者個人のものだが,先述したハビトゥス概念を援用し《これらの意識は集団としての性格にも影響を及ぼす》ということを前提とする。
次に説明変数として取り上げ,趣味についてみていく。
ブルデューは多岐にわたる文化資本論において「趣味は階級を刻印する」という象徴的な表現を用いた(Kataoka, 2019)。すなわち,好み(«goux»)こそは個々の生活者が自らを特定の階級(「界」)に位置づけようとする「象徴闘争」の現われであり,その好みが現れるのは趣味に他ならない,というものである。この「象徴闘争」は「高等教育界,あるいは科学界,ホッケー界,テレビ界のような,他と区別できる社会空間で,プレイヤーが特定のゴールや目的を追い求めるゲームが行われる」(Crossly, 2001/2012, pp. 188–189)としばしば表現されるような社会空間を自ら作り出す際に行われるものである。端的に言えば,自分が他人と違う,ということを何かしらの趣味によってつくりだすことを,人はみな好んでしている,ということである。
そこで筆者は片岡が示した生活者の趣味行動をいくつか発展させ,26の趣味として位置づけ,説明変数として採用し,実際に説明力が見いだせるかを確認するものとした。具体的には「あなたは以下に挙げることを,過去1年間に行いましたか。あてはまるものをすべて選んでください」として,回答を求めた。これらはいずれも強要されてのものではなく個々人が主体的に行うものであるため,以降は「獲得型文化資本」とする。
合わせて文化資本には,個々人が学び取るものだけでなく育った環境によるもの,すなわち所与のものも加えることとし,このような関心に際して社会調査で用いることの多い「あなたが15歳のころ(中学3年生のとき),あなたのお宅には本がどのくらいありましたか。同居している家族が持っている本を含めて,家じゅうの本の合計をお答えください。雑誌,新聞,教科書,漫画・コミックは含めないでお答えください」という設問を選択式できいた。これは以降「所与の文化資本」とする。
加えて,対比的な検討を行うため,対象者の経済資本を示す世帯年収,本人背景としての年齢,も同時に使用する。ここで本人の年収でなく,世帯年収とする意図は,生活者に対するインタビューなどでしばしば「主人は高給取りだから自分はほどほどで楽しいことを会社でしたい」とか「うちは共稼ぎでやってるから,稼ぎ自体よりやりがいやワークライフバランスを重視したい」など,所得水準の認識を本人でなく世帯単位で持っていることが示されることが多いためである。また獲得型の文化資本として学歴も問われることが多いので加える。
3. 実査の手法以上についての調査は,筆者が2021年6月に調査会社のインターネットパネル登録者(回答は日本全国の勤労者3,000名 20歳以上上限なし)に対し定量的に実施した。
一連の集計結果を,表1に示す。なお表中では略したが年齢は平均値44.14,中央値43,分散200.81,標準偏差14.17,最小値20,最大値88であった。
分析に使用する目的変数・説明変数の集計表
分析に使用する目的変数・説明変数の集計表(つづき)
続いて検討の結果を表2に示す。また目的変数「自分は高いクオリティの仕事ができている」「今の所属部門は,他部門・他部署から魅力的に思われている」「得意先や顧客の満足度は高く,良好な関係を築いている」について,「あてはまる,ややあてはまる,あまりあてはまらない,あてはまらない」の4つから選択式で回答を得た。これに対し,分析効率を高める目的で3つの設問に対する回答傾向を縮約するため主成分分析を行ったところ,第一主成分のみで全体の分散に対し74.3%の説明力を得た。成分行列をみても「自分は高いクオリティの仕事ができている0.874,今の所属部門は,他部門・他部署から魅力的に思われている 0.848,得意先や顧客の満足度は高く,良好な関係を築いている 0.864」と係数の方向が一定のため,これら3つの設問は,内容が異なるもののデータが持っている情報という意味での回答傾向はほぼ同一であったことと判断し,合成値として縮約する。具体的には第一主成分スコアをもとに再度中央値以上(すなわち肯定的評価のもの)を1,未満(否定的評価のもの)を0としてカテゴリ変数に変換した。
ロジスティック回帰モデルの結果・5%水準で有意な変数のオッズ比一覧
以上,二値で表現される目的変数に対し,上記での説明変数を投入しロジスティック回帰分析を実施した結果をみていく。回帰モデルの正解率は64.9%を示し,今回のような目的変数=説明変数との組み合わせが取集できればこの割合程度では正解に至る判定力があることを示す。またVIFは1.374と2未満であり,基準とされる10を大きく下回ることから,説明変数間に多重共線性は発生せずこのまま個々の要素のオッズ比を見ることで分析を続けてよい,と判断できる。
3. 回帰分析を通じた検討図1でも示す通り,獲得型文化資本のうち「趣味の楽器演奏」がもっともオッズ比が高くほかの条件が一定であれば,この趣味の経験があると,業務上の達成実感は2.3倍(最低でも1.6倍,最大の場合3.3倍)となることを示す。ただ信頼区間には「スポーツ観戦」「友人を自宅に招いて食事」との間に重なりがあるので,これら三つの趣味群は,実質的にはほぼ同様の説明力を有すると考えられよう。
説明変数の一覧(5%水準で有意なもの)
他方,所与の文化資本(15歳時家庭の蔵書数)や,経済資本(世帯年収)は有意な水準で説明力を有するものの,相対的には先述の獲得型文化資本よりも弱い。また信頼区間の重なりをみると,先に見た三つの趣味群(獲得型文化資本)との重なりは全くないか,あってもわずかであり,別の影響因子であることを示唆する。また何の趣味も持たない場合はオッズ比が1を切り否定的な見解となりやすいことを示唆する。年齢についてはやや弱めであるか,ほぼこの組み合わせでは影響力を発揮しない。
なおここでの「楽器演奏」とは,声楽を含むが,たとえば弦楽器なのか邦楽など伝統芸能のそれなのか限定していないので,当然ながらこの項目をもって《ハイカルチャー》の代名詞とすることはできない。一方で,「カラオケ」が同様の説明力をもっていないので,何らかの楽器を使用する演奏行為は,そうでないものと違う意味を持っているということは考えられるし,先ほどの楽器演奏には声楽を含んでいるので,同じ歌でもコーラスとカラオケでは趣味としての位置づけが違っているということも推察される。
「ハビトゥス」「界」の理論概念に基づいて調査結果を分析すると,今回調査対象者についてみる限り,業務成果への自己認識は,獲得型文化資本としての趣味の一部によって説明できる。このことはブルデューのハビトゥス概念を参照する範囲で,かつ「界」概念を参照して検討すると,これらはデータ上に見える単なる偶然の相関ではなく,所属成員の趣味,すなわちクリエイティブな活動が,組織の成果を示す間接指標として用いられうる。
最後に,ブルデューの文化資本論をめぐる議論でよく取りざたされる点について触れておく。今回の結果を見ると,所与の文化資本や経済資本も,一定の影響力を示唆する――すなわち一定程度良い(良くない)家庭環境に育ち,世帯年収も高め(低め)である方が,業務成果への自己認識が高め(低め)であり,つまりそうした成員の集まる組織は成果が高め(低め)となることを示唆する――その点でブルデュー(Bourdieu, 1979a/1990)の指摘と乖離していない。しかし,それ以上に,獲得型文化資本の方が高い説明力がある。つまり後天的に身につけた態度の方が要因として強いことを示す。これは,必ずしも所与の家庭環境や,現在の世帯年収のみが業務成果への自己認識ひいては組織成果への決定要因となるわけではないことを示したものである。
2. 本稿の限界と今後の展望調査指標における年収については,検討の中で述べたように世帯年収を採用する積極的意図があったものの,さらに本人年収も検討するとより立体的な把握ができることは事実であるだろう。また趣味という場合ハイカルチャー・ローカルチャーという区分のどちらが,どのように作用機序を持ちうるのかについては,今回の議論では明確化できなかった。何より冒頭から述べているように,――この点が最も大きな限界と言える――本稿はブルデューの「ハビトゥス・界」という理論概念のもとに検討したものであり,その枠組みの外ではまた違う議論(反証)が当然ある。
以上の点が本稿の限界であり,将来の課題として示しておく。
なお組織成果を考える際,その成員の自己認識によって代替する試みには,本稿の狙いとして検討したこと以外に,実は筆者固有の事情もある。企業の成果を可視化できる指標は利益率・売上目標達成・年率成長など多くあり,通常そうしたものを用いる方が理解を早めるだろう。しかし筆者の場合,勤務先の服務規定により,個別団体の事例を取り上げて公開研究の形で判断を加えることは,事例自体が開示されているものであっても原則としてできない。このため,やむを得ず代替手法として組織成員の意識を取り上げているという事情もある。この点については解決法が今のところないためこれについても限界として示しておく。