2023 Volume 4 Issue 1 Pages 18-24
企業内にイノベーションに貢献するリードユーザーが存在し,その企業内リードユーザーが発案した製品のアイデア評価や,市場での製品パフォーマンスが高いことが明らかになっている。本研究では,企業内リードユーザーの資質を持った小売店舗販売員が,新製品開発において,どのようにイノベーションに貢献しているかを明らかにすることを目的とする。小売店舗販売員は,顧客接点から様々な情報を持ち,企業のイノベーション・プロセスに貢献ができると考えられる。その企業内リードユーザーの特徴を持った小売店舗販売員を活用した新製品開発のケーススタディを行なった。グラウンデッド・セオリー・アプローチで分析した結果,企業内リードユーザーの特性を持つ小売店舗販売員は,個人要因としてのリードユーザー特性を活用し,文脈要因としての企画開発部門との共創を通じて,顧客要因としての自身のニーズと顧客ニーズの融合することにより,新製品開発に貢献していることが確認された。
It is clear that there are lead users who contribute to innovation inside a company, and that the products conceived by these lead users inside the firm have high idea evaluation and product performance in the marketplace. The purpose of this study is to clarify how retail store salespersons with the qualities of lead users inside the firm contribute to innovation in new product development. Retail store salespersons can contribute to the innovation process of the firm by obtaining a variety of information from customer contact points. A case study of new product development was conducted among retail salespersons with the characteristics of lead users inside the firm. An analysis using the grounded theory approach showed that these salespersons contribute to new product development by utilizing their lead user characteristics as an individual factor, through co-creation with the planning and development department as a contextual factor, and by integrating their own needs and customer needs as a customer factor.
企業外のユーザーがイノベーションを起こすことが,ユーザーイノベーション研究において明らかになっている(von Hippel, 1976)。一方で,企業内のリードユーザーの資質を持つ人材を有効活用して,成果を出している事例が学術的にも,実務的にも報告されている(Schweisfurth, 2012; Watanabe, 2022)。その企業内リードユーザーは,リードユーザーと従業員の二つの側面を持つ(Schweisfurth, 2017)。リードユーザーの特徴である先進性と高便益期待からなるリードユーザーネス(Franke, von Hippel, & Schreier, 2006)が,企業内リードユーザー発案製品のアイデア評価に正の影響を与えることが明らかになっているが(Schweisfurth, 2017),企業内リードユーザーのもうひとつの特徴である従業員であることが,新製品のアイデアや製品パフォーマンスに具体的にどのような影響を及ぼしているかが明示されていない。さらに,企業内リードユーザーは職種を問わず企業内に存在するが,企画開発職ではない企業内リードユーザーがどのように新製品開発に貢献しているかが明らかになっていない。特に,小売店舗販売員は日々の業務において顧客接点を多く持ち,様々な暗黙知を所持する。その小売店舗販売員を活用し,イノベーションを起こすことは企業にとって重要なことである。そこで本研究では,企業内リードユーザーを活用した新製品開発プロセスを通して,企業内リードユーザーの資質を持った小売店舗販売員が,新製品開発において,どのようにイノベーションに貢献しているかを明示する。
リードユーザーの特性を持ち,イノベーションを起こす従業員を「企業内リードユーザー」と呼ぶ。企業内リードユーザーは,先進性と高便益期待からなるリードユーザーネスで判別されるリードユーザー特性が通常の従業員より高く,企画開発,マーケティング,販売,管理部門と職種を問わず企業内に存在する(Schweisfurth & Raasch, 2015)。企業内リードユーザーのアイデアは,企業外のリードユーザーのアイデアよりは価値が低いが,通常の従業員やユーザーのアイデアより価値が高いことが提示されている(Schweisfurth, 2017)。さらに,企業内リードユーザー活用のメリットとして,企業内に存在するため探索しやすく,情報漏洩リスクが少ないことが示唆されている(Schweisfurth, 2017)。
2. 従業員の創造性とイノベーションに影響を与える要因それでは次に,企業内リードユーザーの特徴の一つである企業に所属する従業員であることが,創造性やイノベーションにどのような影響を与えるかを確認する。
従業員の創造性を促進,または阻害する要因に関して,多数の研究が展開されており(Oldham & Cummings, 1996),個人の性格,職務を通じて有する専門知識など個人要因によるものと,上司との関係や周辺環境などの文脈的要因によるものに分類される(Shalley, Zhou, & Oldham, 2004)。以下,順を追って見ていく。
まず,従業員自身の特性に焦点を当てた個人要因は,性格的要因と関連する領域の専門知識などがある(Amabile, 1983; Shalley & Gilson, 2004)。性格的要因には,創造的思考力(Amabile, 1988)やパーソナリティの5因子モデル(Five Factor Model)(Costa & McCrae, 1992)を用いた研究がなされており,5因子の一つである経験に対する解放性のスコアが高い人は,新製品アイデアを持つ確率が有意に高いことが明らかになっている(Stock, von Hippel, & Gillert, 2016)。関連する領域の専門知識は,創造的なアイデアを生み出すとされる(Amabile, 1988)が,専門知識に依存する場合に柔軟性が失われることや(Dane, 2010),企業内の専門知識への依存によるマイナス面も指摘されている(Poetz & Schreier, 2012)。
文脈的要因は従業員個人の特性や能力ではなく,従業員が働く状況や環境などであり,内発的動機付けへの影響を通じて,創造性を高めることが明らかになっている(Shalley et al., 2004)。その内発的動機付けの先行要因として,職務特性,職場環境,上司や同僚との関係性などが挙げられる。すなわち,従業員の創造性を促進し,有用なアイデア創出につなげるには,高い創造的思考力と一定程度の関連する領域の専門知識を持った個人を選び,その個人を内発的に動機付けるマネジメントを行う必要があると考えられる。
3. 顧客接点によるイノベーションと創造性への影響小売業,サービス業ともに,顧客接点から顧客の潜在的なニーズを発見し,顧客の問題を効果的に解決するフロントライン従業員の創造性を活用していくことは,企業が競争優位性を築くための鍵となる(Coelho, Augusto, & Lages, 2011)。このフロントライン従業員の創造性に関して,前述の個人要因や職場環境などの文脈的要因以外に,顧客との接点から生じる顧客要因が提示されている(Bowen, 2016)。特に小売業の販売員やサービス業のフロントライン従業員は,企業と顧客をつなぐ接点であり,顧客から情報を直接収集することができ,企業内において顧客ニーズを最も把握している(Lages & Piercy, 2012)。その顧客要因は創造性の研究において,多様な情報や異なる視点が入ることにより,創造的なアイデアが増加することから,組織の外部に存在する顧客との接触が多く,顧客から情報を吸収するフロントライン従業員の創造性に影響を及ぼすことが明らかになっている(Madjar & Ortiz-Walters, 2008)。
以上のように,企業内リードユーザーに関する研究,従業員の創造性やイノベーションに関する研究など多数の研究が蓄積され,アイデア発案段階においてアイデア評価や創造性に影響を及ぼす先行要因の研究はなされているが,実際の新製品開発において製品化していくプロセスや,企画開発職ではない企業内リードユーザーに着目した研究が少ない。特に顧客接点を持ち,顧客のニーズを認識している小売店舗販売員を活用することは重要である。そこで本研究では,企業内リードユーザーのアイデアに影響を及ぼす要因について,実際の新製品開発の事例を通して企画開発職ではない小売企業の店舗販売員に焦点を当て,個人要因,文脈的要因,顧客要因という枠組みを用いて探索的に分析を行う。
本研究では,企業内リードユーザーの資質を持った小売店舗販売員が発案した製品のアイデア評価に影響を与える要因と,製品化段階でどのようにイノベーションに貢献しているかを考察する。その研究課題を解決するために,ケーススタディを行う。ケーススタディは,企業内リードユーザーのような新しく,未解明な部分の多い現象に適し(Miles & Huberman, 1994),理論の検証ではなく理論の構築が目的となる(Eisenhardt & Graebner, 2007)ため,本研究の目的とも合致する。
1. サンプルとデータ収集調査対象として,企業内リードユーザーと共創による製品開発を行い,成果につながっていることから,アパレル小売業である株式会社ユナイテッドアローズのグリーンレーベルリラクシングを調査対象とした。同ブランドでは,リードユーザーの資質を持った店舗販売員のアイデアをもとにした製品開発を行なって成果を出している。
この店舗従業員のアイデアをもとにした製品開発は,「共創プロジェクト」と呼ばれ2019年から継続的に実施されている。以下に,共創プロジェクトの流れを記す。まず企画開発部門においてプロジェクトチームが立ち上がり,プロジェクトの目的を明確化した上で,展開を行う時期やアイテムなどの概要を決定する。次に,店舗販売員に向けてアイデア募集を行い,アイデアを収集する。このアイデアは,自身のニーズから発想するという取り決めがある。集まったアイデアを,新規性・ユーザー価値・市場性の3項目でプロジェクトメンバーが採点を行い,製品化するアイデアを決定する。さらに,採用されたアイデアの発案者に加えて,プロジェクトリーダーが企業内リードユーザーの特性を有すると判断し,似寄りのアイデアを発案した店舗販売員2~3名と商品開発部門のプロジェクトメンバーにてプロジェクトチームを作る。その後,3~4回のミーティングにおいて,アイデアの精査・デザイン決定・仕様決定に関してプロジェクトリーダーのファシリテーションのもとで,アイデア発案者が最終決定権を持ちながら,アイデア発案チームと企画開発部門の共創で進めていく。また,販売プランや販売促進施策などもプロジェクトチームで検討し,販売へ繋げていく取り組みも行っている。
データ収集は2021年12月から2022年6月にかけて行った。個人の視点とプロセス全体を捉えるために2019年,2021年,2022年の計3回の共創の取り組みに参加した店舗販売員合計16名(男性3名,女性13名,男女ともにアイデア発案者の販売員とプロジェクトリーダーが選抜した販売員を含む),に対して,半構造化されたインタビューを最短15分,最長45分(平均22分)対面にて実施した。質問項目に関しては,大きくは三つのパートに分けられる。まず,個人要因として,アイデア発案に関連する個人のファッションに対する関与度や考え方である。次に,文脈的要因としての,新製品開発や共創に関してである。最後に,顧客要因として,顧客接点に関する質問を行った。さらに,2022年に行われた共創プロジェクトにおいて実際に行われた6回(平均3.7時間)のミーティングに同席し,観察を行ったものを記録にとり,データ分析中に使用した。
2. 分析方法データ分析は,インタビューしたデータをもとにグラウンデッド・セオリー・アプローチ(Grounded Theory Approach)を用いた。手順は,録音したデータをインタビュー終了後,可能な限り早くテキスト化し,以下に記した3段階のコーディング(Gioia, Corley, & Hamilton, 2013; Strauss & Corbin, 1990)を行なった。
・オープン・コーディング:テキスト化したインタビューデータを切片化し,プロパティとディメンジョンをもとに,ラベル名をつける。その類似ラベルをまとめてカテゴリーを作成し,カテゴリーに名前をつける。もとのデータ,プロパティとディメンジョン,ラベル名と照らし合わせて,カテゴリー名が適切かどうかを検討する。
・アクシャル(軸足)・コーディング:オープン・コーディングで策定したカテゴリーの関連性の高いものをまとめて,構造化し,整理する。
・セレクティブ(選択的)・コーディング:アクシャル(軸足)・コーディングで作成したカテゴリー同士間の関連性を確認し,カテゴリーをまとめて抽象化した概念を作成する。
データ分析には,質的データ分析ソフトウェアのNvivoを使用した。
分析方法で記した手順でコーディングを行い,関連性の高いものをまとめて概念を作成した(表1)。店舗販売員の企業内リードユーザー発案製品に影響を与える要因として,個人要因のリードユーザー特性,文脈的要因として共創プロセス,顧客要因として自身のニーズと顧客ニーズの融合が影響を与えていることが分かった。特に,小売店舗販売員として顧客要因に関する言及が多く,影響が大きいと考えられる。以下,確認された要因を順番に見ていく。
コーディング結果
ファイル:該当するコードを言及した人数
レファレンス:該当するコードのデータ数
1. リードユーザー特性(個人要因)今回の事例では,ファッションに対する高い関与度やトレンド情報の能動的な取り込みなど先進性につながる側面と,自身の既存製品に対する不満を解決したいという意識や,企画開発への興味関心などを満たすことで自身にプラスになるという高便益期待の側面が確認された。
「(ファッション情報を取得する)手段はSNSが多いですが,趣味でもあって,息抜きでもあって,仕事でもあります。日々,ファッションに関して意識しているのでトレンド情報を取得しようとするというよりも,自分の中に自然と入ってくる感覚が強いです。」
「商品開発に携わりたいという目標があって,商品が開発される過程を知ることができたことは大きかった。」
次に,共創プロセスは二つの側面が存在する。まず,企画開発部門から専門知識や技術的な部分のサポートを受けるなど,企業内リードユーザーと企画開発部門との共創である。次に,その共創プロセスにより,企業内リードユーザーの通常の販売業務へのモチベーションにプラスの影響となることである。
(1) 企画開発部門との共創企画開発職ではない企業内リードユーザーが発案したアイデアを製品として具現化していくためには,デザイナーなどの企画開発職のサポートが必須である。
「デザイナーの方がすごく話を聞いていただき,自分も(企画開発に関して)そんなに詳しいわけではないので,そこにアドバイスいただき,自分達がイメージしやすいようにしてもらえた。」
「自分だけでこういうものが作りたいと進めると,多分全然違うものができてしまい,自分が想像しているものが,作れていないだろうなと思いました。」
企画開発職ではない企業内リードユーザーは,新製品開発のプロセスにおいて企画開発職と良好なコミュニケーションを取りながら,専門技術などの的確なサポートを受けている。そのサポートがアイデアを具現化していく中で,精度の高い製品開発につながっている。
(2) 共創プロジェクト参加によるモチベーション向上共創プロジェクトを通して,製品開発プロセスを学習することや,共創プロジェクトのチームで連携をすることで,企業内リードユーザーの通常の販売業務へのモチベーションを高める効果も確認された。
「商品部や他店(の販売員)と関われることができて刺激を受けたことと,日々お客様のお声を収集していることの重要さを再認識することができた。」
企業内リードユーザーによる新製品開発プロセスにおいて,顧客ニーズを踏まえて,それらを先進性の高い自身のニーズと融合していく必要がある。その顧客ニーズは,実際の顧客接点を持つ店舗販売員が認識している。店舗販売員は,通常業務である接客により取得した顧客ニーズを新製品開発に活かしている。
(1) 顧客接点からの情報収集小売店舗販売員リードユーザーは,企業内において最も多くの顧客接点を持っている(Sharma, Levy, & Kumar, 2000)。その顧客接点から,定量的にデータに現れない定性的な顧客ニーズを把握し,それらを新製品開発プロセスにおいて反映させている。
「服に関する感想ではなく,どこに着ていくか?とか何に合わせるか?というのはお客様とお話ししないと分からない。お客様がどういう洋服をお持ちかなどは接客から得られていた。」
「接客していてお客様が着ていただいて良いことはすぐにわかるけど,ご購入されなかった際の懸念されているポイントが(製品開発に)活かせる。お客様が試着されて戻される際に,『どこが気になりましたか?今後に役立てたいので』と聞くようにしている。売れているものは分かるが,売れていないものはお客様目線で情報を持っていた方が良い。」
顧客接点から得られる情報はデザインや素材などの外観上のものではなく,顧客が製品を使用するシーンや用途,購入に至らなかった要因などである。
(2) 自身のニーズと顧客ニーズの差異認識企業内リードユーザーは,リードユーザーとしての先進性のある自身のニーズと一般的なユーザーのニーズとの乖離を認識している。企業内リードユーザーとしての先進性という特徴から,一般的なユーザーよりも早くニーズに直面するという時間軸の差と,ターゲットとする客層が求めるデザイン性との差の二つの差が存在する。その差異を共創による新製品開発プロセスを通して埋めていく。
「(共創プロジェクトにおいて)イメージ的には自分達が着たいというのがあって,そこからお客様へ販売していくために(デザインなどを)変えていった。ちょうど中間くらいのバランスになった。自分達だけが着るものであれば,もう少し攻めたデザインでも良かったけど,今の(完成した)商品の方が安心して販売していける。」
「感度と言うかどちらかと言うと,私たちが着たいなと思う商品はちょっと一歩先というものが多いと思います。」
調査を通して,企業内リードユーザーの資質を持った小売店舗販売員が,新製品開発において,どのようにイノベーションに貢献しているかが浮かび上がった。分析の結果,まず,新製品開発のアイデア発案段階において,個人要因のリードユーザー特性と顧客要因の自身のニーズと顧客ニーズの融合が影響を及ぼしている可能性がある。自身の先進性の高いニーズを,企業に所属し商業的に価値の高い製品に変換していくことを,実際の顧客接点からのニーズ取得により行い,そのニーズに対するソリューションも顧客ベースで考案していると考えられる。次に,発案したアイデアを製品化していく過程においては,文脈的要因としての共創プロセスが影響を与えている。企画開発職ではない企業内リードユーザーは,企画開発職から専門知識や技術知識などのサポートを受けながら製品化へ向けてアイデアを精査している。つまり,企画開発職であるデザイナーとアイデア発案におけるリソースが異なり,実際の製品開発においては自身に不足するリソースを他者から補っている可能性があるということである(図1)。
企業内リードユーザーである小売店舗販売員との共創
出典:筆者作成
本研究の学術的な貢献として,定性研究を通じて企業内リードユーザー研究を拡張し,企業内リードユーザー研究と従業員の創造性に関する研究を接続したことが挙げられる。実務的な貢献として,企業で実際に行われている企業内リードユーザー法から,企業にいる従業員を有効活用し,イノベーションへ繋げる方法を提示したことである。
一方では,本研究の限界としてシングルケースであることが挙げられる。企業内に存在する企業内リードユーザーを活用して,製品開発を行っている希少な事例であり,重要な現象を探索することからシングルケースとした(Eisenhardt & Graebner, 2007)が,企業内リードユーザーを活用した事例に関して,他の業種や小売販売員ではない他の職種に関する研究を行い,理論を一般化していく必要がある。