2023 Volume 4 Issue 1 Pages 33-41
本研究では量り売り型食品小売業における顧客の文脈価値を明らかにし,量り売り型小売店の価値共創プロセスをサービス・ドミナント・ロジックの視点を援用し探索的に調査した。対象店舗でのフィールド調査と顧客インタビューを通じて,「来店の準備をする」「量る」といったこれまでのセルフサービス業態では見られない特徴的な行動による価値創出の機会が明らかになった。さらに,M-GTAを用いて顧客の文脈価値の把握を行なった結果,店舗において店員と顧客の交流がなくとも量り売りに関する背景知識や文脈などの情報を顧客が認識しており,店舗側が用意する量り売りシステムに能動的に顧客が参加することで「社会貢献に関する価値」「自己影響力に関する価値」「理想的な暮らしに関する価値」という文脈価値が創出できることが分かった。以上の分析をもとに量り売り型小売店での価値共創プロセスの把握を行い,食品小売業においてこれまで価値共創の優位性が低いとされてきたセルフサービス業態における価値共創の可能性を明示するとともに,小売業の新しいあり方を示唆することを目指した。
The aim of this study is to examine the potential of value co-creation in the self-service food retail business, which has been suggested to be low in exploratory research at Zero-waste bulk shops. This suggests the need for a new model for the food retail business beyond traditional norms in Japan. In this study, we conducted exploratory research on the value co-creation process of a Zero-Waste bulk shop from the viewpoint of service-dominant logic. Through field research and user interviews, the study revealed the opportunity of value co-creation based on customers’ characteristic purchase behaviors, such as ‘prepare to visit stores’ and ‘measure an amount,’ which have not been seen in traditional self-service retail businesses to date. The results of analysis using M-GTA to clarify the customers’ value proposition revealed three important factors: ‘values regarding contribution to society’, ‘values regarding self-influence’ and ‘values regarding an ideal lifestyle,’ based on the premise that customers comprehend the background information or context of Zero-waste bulk shops without intervention from store staff and actively engage in the system of a bulk shop.
近年,大量生産・大量消費からサーキュラーエコノミーへの配慮といった社会全体の消費スタイルの傾向の変化に伴い食品小売業に新しい動きが見られている。そのうちの一つが量り売り型小売店である。量り売り型小売店とは顧客自らが全ての商品を量り購入ができる新たな小売形態であり欧州を中心にここ数年店舗数は増加傾向1)である。2020年には大手コンビニエンスストアチェーンのローソンが量り売りを開始する2)など今後も市場規模は拡大する予測である。背景には環境配慮など社会全体の意識変化に沿う形態であり,必要な分だけ好きに購入できることから顧客側のコスト削減など顧客ニーズに即している点が挙げられる。さらに,脱炭素化への対応が急務で求められる中,環境負荷削減の取り組みへ市民参画を促す機会として,今後更なる進展が期待されている。また,現状量り売り型小売店ではこれまでのセルフサービス業態では見られなかった顧客行動が発生しており,従来の食品小売業のカテゴリーとは異なる新たな買い物スタイルの兆しが見えている。
そこで,本研究では食品小売業のセルフサービス業態の中でも量り売り型小売店に着目をして価値共創プロセスの把握を目指した。量り売り型小売店における顧客行動の実態と価値共創プロセスの把握を通じて,食品小売業における「価値共創」マーケティングの議論の進展に寄与するとともに食品小売業の新しいあり方を示唆することを目指す。
小売業においてサービス化の議論が活発になる2000年代以降,企業が決めた商品(グッズ)の価値に対して顧客が対価を支払う等価交換による「交換価値」を主とするグッズ・ドミナント・ロジック(以下G-Dロジック)の考え方に対し,「価値共創」を中核概念とするS-Dロジックが重要であるという議論が盛んになっている(Vargo & Lusch, 2004)。G-Dロジックにおいて顧客は価値の享受者に過ぎず企業が一方的に生み出した価値を享受するだけの存在と捉えられる一方,S-Dロジックでは顧客は価値創造の中心的役割を担う存在として位置づけられ,企業と顧客の相互作用を通じて価値は生み出されるとされている(Vargo & Lusch, 2004)。
価値共創の対象となるのは「使用価値」あるいは「文脈価値」であり,使用価値は価値の対象を使用するプロセスで発生する価値であり,文脈価値は使用価値をより広く捉え,ある主体者が目的の達成のために利用するあらゆるものとして表現されるリソース(resource)の関係的な性質(resourceness)によって決定される顧客側の知覚価値であるとされている(Vargo, Maglio, & Akaka, 2008)。
2. 食品小売業における価値共創の研究これまでの小売業における価値共創の議論はLe Meunier-FitzHugh, Baumann, Palmer, and Wilson(2011)による住宅販売業を対象とした価値共創研究など,家具や旅行といった購入時に顧客の目的や目標が明確なカテゴリーを対象とした内容が多い。Hara(2018)は,国内サービスにおける価値創出プロセスを整理し,サービス提供側の価値提供形態が明示的か暗示的か,顧客のニーズが明示的か暗示的かという観点から提供側と顧客の相互作用をモデル化している。ここでは,鮨屋や料亭,茶の湯などを例としてサービス提供側か顧客側どちらかが暗示的な場合において切磋琢磨した価値共創3)が可能である一方で,提供サービスと顧客ニーズの双方が明示的な場合,効率的プロセスを求めるが故にコモディティ化しており価値は棄損されやすいと指摘している(Hara, 2018)。この象限の例としてファストフードなどのフランチャイズ事業などを示している(Kobayashi, Hara, & Yamauchi, 2014)。食品小売業におけるセルフサービス業態も同様の象限に該当するだろう。
さらに,Fujioka(2012)は,多数の事例研究を通じて顧客接点の場設定ができても顧客側の現場で相互作用を推進できる運営力がなければ価値共創プロセスにおいて顧客の文脈価値の生成支援は難しいと指摘している。
以上のように,店員と顧客の直接的な交流がない食品小売業のセルフサービス業態は価値共創の優位性が低いとされ研究の対象として注目されてこなかった。しかし,量り売り型小売店といった新しい形態が見られる中,この領域の価値共創に関する議論の余地は残されており,人を介さない場合の価値共創プロセスを明らかにすることで食品小売業の価値共創研究に貢献することが重要となる。
本研究では量り売り型食品小売業における顧客の文脈価値を明らかにした上で,実店舗を要する量り売り型小売店の価値共創プロセスを探索的に明らかにする。
上述の先行研究を踏まえ,本研究では顧客側の視点から店舗来店前・中・後の顧客行動に着目し,一連の価値共創プロセスを把握することを目的とする。
2. 調査方法と調査結果 (1) 研究方法本研究では,事例研究を採用した。株式会社斗々屋を対象としてフィールド調査を行い,過去一年間に国内二拠点に展開する斗々屋国分寺店あるいは斗々屋京都店を訪問した12名の顧客に対してインタビューを行った。なお本研究では半構造化インタビューを採用し,あらかじめ複数の基本質問を用意した。対象ユーザーは過去1年間に斗々屋国分寺店あるいは京都店を訪問した12名であり2022年4月から6月の2ヶ月間対面とオンラインで約40分~1時間程度実施した。インタビューの事前依頼として,顧客の購買行動の要素となる「アクションカード」なるものを時系列順に並べること。さらに,当時の心情変化をアクションに沿って記述することを依頼した。本研究では,行動に対する対象者の心情を理解することを目的としムードメーターを採用した。ムードメーターは,心情変化を上下で表す手法であり,各ポイントにおける変化の要因と当時の心情をヒアリングすることで対象者の価値観の移り変わりを確認できる手法である(Iwasaki, 2016)。インタビューは,事前質問の回答を踏まえ気になるアクションおよび心情を深掘る形式で進めた。
(2) 調査対象株式会社斗々屋は「国内初のゼロ・ウェイスト・スーパー」をストアコンセプトとして2022年8月現在,京都店と国分寺店を展開している4)。食料品や日用品など数百種類の商品全てを量り売りで購入することが可能である。さらに,RFIDタグなど先端技術を国内でいち早くから導入する点で量り売りとしては同形態である従来の精肉店や青果店とは一線を画し,新たな買い物体験を創出している。さらに,量り売り型小売店の新規開業を試みる人々に対しオンライン講座を主催するなど積極的な開業支援を行っており,実際に受講者が新規開業するケースも国内で広がっているなど国内の量り売り型小売店を牽引する事例と言える。
(3) 調査結果:「斗々屋京都店・国分寺店」を事例にここでは斗々屋京都店あるいは国分寺店における顧客の購買プロセスにおける具体的なアクションを各カテゴリーに記述し量り売り型小売店特有のアクションについて特記する。商品は一種類ずつ瓶やコンテナに詰められており,顧客自らがトングなどを使用して量ることが出来る。持参した容器あるいは店舗内で販売している麻袋などを使用することもでき,デポジットシステムとして使用した瓶を返却したら預かり金が返ってくる仕組みもある。特記事項として,インタビュー対象のうち事前に訪問を決めていた被験者に関しては,SNSで情報を得た上で全員が事前に容器を準備してから店舗へ赴いており,通常のスーパー訪問時とは異なる「来店準備をする」という顧客行動が発生していた(表1)。
ユーザーインタビュー結果
出典:調査を元に筆者作成
3. 分析方法と分析結果 (1) 分析手法各カテゴリーに顧客アクションを分類した調査結果を元に,さらに顧客の購買プロセスを構造的に捉え通常のスーパーでの購買行動との違いを明らかにするためカスタマージャーニーマップの記述様式を採用した。Takeyama(2012)はカスタマージャーニマップとはサービスデザインにおける視覚的記述手法の最も基本的な記述様式であり,顧客の視座から情緒的,物質的,手続き的な視点においてサービス全体のプロセスを把握し記述することが可能であると述べている。この点で,本研究ではカスタマージャーニーマップの記述様式を用い,Takeyama(2012)で記述されている構成要素を参考にカスタマージャーニーマップを作成した。
顧客の文脈価値の分析にはKinoshita(2003)による修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(Modified Grounded Theory Approach,以下M-GTA)を採用した。M-GTAとはGlaser and Strauss(1967)によって開発されたグラウンテッド・アプローチ(Grounded Theory Approach:以下GTA)をより実践しやすいよう改善した手法である。GTAがデータを切片化し概念を抽出する一方で,M-GTAではデータの切片化を行わず分析者の解釈を重要視しながら分析ワークシートと呼ばれるフォーマットを使用して分析を行う。データから直接概念を生成することで文脈やプロセスの解釈を行う過程において有効な概念を生成できる点で,本研究ではM-GTAを用いた。
(2) 購買プロセスの分析結果分析の結果,量り売り型店舗における特徴的な顧客行動として,来店前では容器を準備するなどの「来店準備をする」,来店中の「量る」行為が見られた。また「量り売りシステムを理解する」ために「店員と会話する」「他の顧客と会話する」行為が通常のスーパーでの購買プロセスと比較してより頻繁に行われていた。来店後は来店中の「量る」行為や「店員と会話する」行為をもとに「食べる・使用する」ことに対して顧客側で意味づけがなされ価値が創造されていることも分かった(図1)。
量り売り型店舗における顧客の購買プロセス
出典:調査結果をもとに筆者作成
(3) 文脈価値の分析結果M-GTAによる分析はKinoshita(2003)が提唱する手順に沿って実施をした。まず,データ化したインタビュー内容を元に分析テーマに関する概念を生成した(Kinoshita, 2003)。さらに生成された概念同士の関係を来店前・中・後に沿って検討し,関係性が強い概念ごとにカテゴリーを形成した(図3)。全体を俯瞰し最終的にカテゴリーによって構築された全体自体が理論的に飽和したと判断された時点で分析終了とした。
分析の結果,来店前・中・後で合計8つのカテゴリー24つの概念が生成された(表2)。一連のプロセスを整理し俯瞰してみると「商品に関する期待や感情」,「量り売り自体の購入行動に関する期待や感情」「量り売り購入によって得られる効果への期待や感情」によって文脈価値の概念が整理できることが分かった(図2)。
来店前・中・後について生成されたカテゴリー・概念・定義
出典:調査結果をもとに筆者作成
量り売り型店舗における文脈価値の概念整理
出典:調査結果をもとに筆者作成
さらにこれらの概念を整理すると,創出される文脈価値は人の介在有無によって分類できることが分かった。本研究の意義である,人を介さない場合の文脈価値について記述をすると「社会貢献に関する価値」「自己影響力に関する価値」「理想的な暮らしに関する価値」という文脈価値が創出されていた。「社会貢献に関する価値」に該当する概念としては「社会貢献をしていると実感している。」こと,「自己影響力に関する価値」の例としては,「自分の行動が店舗に反映されている。」こと,「理想的な暮らしに関する価値」に関しては「購入した商品に対して愛着が高まる。」という概念が該当する(表3)。
来店前の顧客条件と来店中と来店後に創造される文脈価値
出典:調査結果をもとに筆者作成
以上の分析結果を元に,量り売り型小売店での来店前から来店後の一連の購買行動における概念を整理すると,来店前後の繋がりの中で「交換価値」に加えて,「文脈価値」が創出されていることが分かった。ここでは文脈価値に焦点を当て議論する。
本研究における意義としては人を介さずとも小売実店舗において文脈価値の創造が行われていることが判明した点である。先述した通り,文脈価値は顧客によって定義される知覚価値であり,来店前後の顧客の文脈に依存する。量り売り型小売店で人を介さず価値共創を行う場合,顧客が来店前に自身の「理想の暮らしのあり方」を思い描き,「店舗が用意した量り売りシステムに参加する意欲がある」ことが重要である。また,量り売り小売店の背景知識や文脈それに関わる解釈などのコンテクストつまり情報をあらかじめ顧客が認識していることで,人を介さずとも来店中および来店後に「社会貢献に関する価値」「自己影響力に関する価値」「理想的な暮らしに関する価値」という価値が共創できることが分かった(表3)。さらに,「店舗が用意した量り売りシステムに参加する意欲がある」顧客は来店前に「容器を準備」し来店中に「持参した容器を使用し」来店後に「購入した商品を使用」するなど,小売実店舗における直接人を介さない場合の価値共創プロセスが明らかになった(図3)。
量り売り型店舗における購買行動と価値共創プロセス
出典:筆者作成
本研究では株式会社斗々屋を対象に量り売り型小売業における顧客の文脈価値を確認し,実店舗を要する量り売り型小売店での価値共創プロセスを明らかにした。量り売り型小売店では,量り売りに関する背景知識や文脈などの情報を顧客が認識しており,店舗側が用意する量り売りシステムに能動的に顧客が参加することで人を介さない場合でも「社会貢献に関する価値」「自己影響力に関する価値」「理想的な暮らしに関する価値」という文脈価値が共創できることが分かった。さらに,量り売り型小売店では従来の購入行動にはない「来店準備をする」「量る」といった特徴的な行動が明らかになったことで新たな量り売り型店舗における価値共創プロセスが明らかになった。以上のことから,これまで価値共創の優位性は低いとされてきた食品小売業のセルフサービス業態においても価値共創は可能であり今後の議論の発展の余地があることが示唆できる。
ただ,本研究はあくまでも顧客側の視点からの考察であり,文脈価値の形成条件となる「来店準備をする」行動を促す具体的な店舗型の取り組みについては議論の余地が残されている。今後は店舗側が顧客の購入プロセスにいかに介入できるかが論点となり,量り売り型店舗に限らずセルフサービス業態において価値共創が実践されている場を対象とした研究の引き続きの蓄積が必要である。また,大量生産・大量消費から循環型の消費スタイルへの変換が求められる今,今後は小売業のセルフサービス業態において価値共創の対象となる文脈価値の具体的内容について議論を重ねる必要があるだろう。