2025 Volume 6 Issue 1 Pages 52-58
本研究では,組織の内部からブランド価値の創造をもたらす視点として,ブランド価値の創造を支える従業員ベースのブランド・エクイティ・モデルの有効性を検証した。先行研究をもとに従業員ベースのブランド・エクイティを(1)インターナル・ブランドマネジメント力,(2)従業員のブランド知識による効果,(3)従業員ブランド・エクイティによる自己強化効果と規定したうえで,企業に勤める正社員300名に質問票調査を行った。自社のブランド力の評価を被説明変数とし,主成分分析により得られた「ブランド・アンバサダー」と「ブランド・セントリックな組織デザイン」の2因子を説明変数として重回帰分析を行ったところ,自社のブランド力の評価に正の影響を与えることがわかり,有効なモデルの構造を定量的に検証し,更新することができた。
This study examines the effectiveness of the employee-based brand equity model in supporting the creation of brand value from an internal organizational perspective. Based on previous research, employee-based brand equity was defined as (1) internal brand management capabilities, (2) the effect of employees’ brand knowledge, and (3) the self-reinforcing effect of employee brand equity. A survey was conducted among 300 full-time employees of various companies. Using the evaluation of the company’s brand strength as the dependent variable, multiple regression analysis was performed with two factors, “brand ambassadors” and “brand-centric organizational design,” derived from principal component analysis as independent variables. The results revealed a positive impact on the evaluation of the company’s brand strength, allowing for a quantitative verification and update of the effective model structure.
無形資産を構成する一つであるブランドは,企業活動およびマーケティング活動の結果として顧客をはじめとするステークホルダーに知覚されるものであるが,ステークホルダーとの長期的な関係性構築の観点で重要であると考える。そこで,長期的に企業がブランド価値を創造するために,組織の内部からブランド価値の創造をもたらす視点として従業員に焦点を当て,ブランド価値の創造に有効な構成要因を検証する。
これまでのブランド・エクイティに関する議論は,顧客ベース,財務ベースが主流であったが,近年のブランド研究では,第三の視点として,従業員ベースのブランド・エクイティ(EBBE: Employee Based Brand Equity)に関する研究も進み始めている。
King and Grace(2009)によればブランド・エクイティと価値創造のプロセスでは,組織内部の従業員ベースのブランド・エクイティが価値創造の起点になる。ブランドオーナーの一翼を担う従業員において,ブランド独自の価値を生み出すための基盤をより強化することで,顧客にとっての独自価値の創出が促進される。そして,実際に顧客がそのブランド体験を経ることで顧客ベースのブランド・エクイティが形成されていく。顧客ベースのブランド・エクイティの向上は競争優位性にもつながることから,ひいては企業の財務ベースのブランド・エクイティへの貢献が期待される。このように価値創造のプロセスとして,体系的にブランド・エクイティを整理することは実務において意義深いと考える。
一方で,既存のブランド・エクイティ研究は消費者,財務ベースが中心であり,特に日本においては従業員ベースのブランド・エクイティに関する研究は見当たらない。インターナル・ブランディングの観点では国内外で研究蓄積が見られ,インターナル・ブランディングの最終的な結果としてブランド・エクイティが位置づけられるとされる(Poulis & Wisker, 2016)。しかし,従業員ベースのブランド・エクイティの先行研究(King & Grace, 2009)と比較すると,インターナル・ブランドマネジメントは構成要素の一つでしかなく,ブランド・エクイティ向上に向けた価値創造のプロセスとしては包括的ではないと考える。
2. 従業員ベースのブランド・エクイティの構成要素では従業員ベースのブランド・エクイティは何によって形成されるのか。King and Grace(2009)は(1)インターナル・ブランドマネジメント力,(2)従業員のブランド知識による効果,(3)従業員ベースのブランド・エクイティによる自己強化効果を挙げている。
まず,(1)インターナル・ブランドマネジメント力は,従業員が適切なブランド知識を持ち,ブランド・プロミスを実現できるようにすることと捉えられている。従業員自身がブランド・プロミスを体現できるかどうかの鍵は,ブランド知識である。従業員にブランド知識がなければ,組織が望むような行動を取ることも,ブランドに関連した意思決定をすることもできないためである。また,暗黙知を共有することは組織の成功の前提条件ではあるが,かえって複数の解釈を生む可能性がある。したがって,従業員のブランド知識として適切に現れるように,組織的にノウハウの共有を可能にする手段を考える必要がある。
その手段として,「企業が,従業員のニーズやウォンツを理解すること(情報生成)」「ブランド・アイデンティティと従業員の役割や責任との関連性を示す情報を提供すること(知識の普及)」「従業員が組織との対話を受容する程度(開放性)」「組織が従業員を人間のように扱うこと(Human factor)」の4つをKing and Grace(2009)は指摘している。
次に,(2)従業員のブランド知識による効果は,インターナル・ブランドマネジメント力が発揮される前提であり,従業員の役割の明確化とブランドへのコミットメントの高まりにつながると考えられる。従業員がブランド・プロミスの実現に真摯に取り組むためには,従業員のコミットメントのレベルも,従業員ベースのブランド・エクイティを実現するための重要な前提条件と考えられている。その実現手段として「役割の明確化」「ブランド・コミットメント」が想定されている。
最後に,(3)従業員ベースのブランド・エクイティによる自己強化効果は,主としてインターナル・ブランドマネジメントの成果を特定し測定することにより発生する。このような測定は,取り組み自体の成功のレベルを示すだけでなく,サービス・プロフィット・チェーンの最初のリンク(すなわち,従業員)が,後続のリンク(すなわち,顧客満足と利益実現)を維持するのに十分強力であるかどうかを組織にフィードバックすることになる。具体的な構成要素として「ブランドを体現する行動」「従業員の長期的な所属意欲」「従業員の満足度」「従業員によるポジティブな口コミの創出」が想定されている。
3. 研究上のギャップと仮説以上の構成要素はいずれもKing and Grace(2009)が理論を元に主張するものであり,その後の同人らによる研究(King & Grace, 2010; King et al., 2012)では構成要素の妥当性を実証研究しているが,それがブランド価値創造に寄与するかまでは実証されていない。近年になり計測法についての提案がなされてはいるものの(例えばBaca & Reshidi, 2023)実証はされていない。そこで本研究では従業員ベースのブランド・エクイティ・モデルが実在するのかを実証する。
具体的な仮説は以下である。
仮説a.インターナル・ブランドマネジメント力(経営層のブランド経営志向,ブランドの社員教育,組織風土(Openness, Human factor)により構成)が自社のブランド評価へ正の影響を与える
仮説b.従業員のブランド知識による効果(自身の役割の明確化,ブランドに対するコミットメントの度合い)は,自社のブランド評価へ正の影響を与える
仮説c.従業員ベースのブランド・エクイティによる自己強化効果(ブランドを体現する行動,従業員の長期的な所属意欲,従業員によるポジティブな口コミの創出)は,自社のブランド評価へ正の影響を与える
仮説d.従業員ベースのブランド・エクイティの各構成要素は,自社のブランド評価へ正の影響を与える
なお,King and Grace(2009)にある「従業員満足度」は待遇や人事評価など様々な変数が入ることと,「長期的な所属意欲」と意味合いが近しいため本研究からは除いた。
第一のステップとして,先行研究の従業員ベースのブランド・エクイティについて,そのモデルの有効性を検証する(Model 1)。これが有効である場合,第二のステップとしてブランド価値を高める要素を特定する(Model 2)。モデルが有効でなかった場合は,自社のブランド評価を高めるモデルを特定することとする(同)。
2. サンプルとデータの収集方法従業員規模300名以上の企業に勤める正社員300名に対し,2023年12月にWeb型式で質問票調査を実施した。本分析の目的はブランド力を高める組織構成員(従業員)のコンピテンシーを測定することであるため,役職に関しては経営者・役員を除き,年齢は25歳~49歳と絞り込みを行った。回答は男性190名,女性110名から得られた。
変数の測定で使用した質問票の項目は,King and Grace(2010)が検証した因子に紐づく質問項目を元に自身の経験より一部を追加・改変した。なお,本研究では,各設問に対する回答者の肯定的および否定的な傾向の差異を明確にし,結果の解釈性を高めるために,7段階のリッカート尺度を採用した。
3. 測定尺度 (1) 被説明変数Model1,Model2ともに7段階のリッカート尺度で計測した「自社のブランド評価」を被説明変数に設定した。
(2) 説明変数説明変数は,2つのモデルで異なる。Model1では,仮説で規定した従業員ベースのブランド・エクイティを構成する3指標として,(1)インターナル・ブランドマネジメント力,(2)従業員のブランド知識による効果,(3)従業員ベースのブランド・エクイティによる自己強化効果を説明変数とする。各指標は,それら構成する因子を尺度として使用する。
Model2では,3指標の尺度を構成する,個別因子の有効性を推定する。それぞれ独立した説明変数と仮定し,ブランド力の高い評価に有意な影響があるかを検証し,正の影響がある場合は従業員ベースのブランド・エクイティを構成する因子として判断する。
使用する変数の一覧は,表1のとおりである。

使用する変数の一覧
出典:筆者作成
回帰分析の結果は表2のとおりである。分散拡大係数(VIF)は一部の概念間で4を超える係数となり,全体でもModel 1で3.53,Model 2で3.9であった。

重回帰分析結果
仮説a「インターナル・ブランドマネジメント力は,自社のブランド評価を高める」,仮説b「従業員のブランド知識による効果は,自社のブランド評価を高める」については1%水準で正の影響を与え,仮説は支持された。仮説c「従業員ベースのブランド・エクイティによる自己強化効果は,自社のブランド評価を高める」について有意差は確認されず,仮説は支持されなかった。
(2) [Model 2]従業員ベースのブランド・エクイティ 各因子の影響インターナル・ブランドマネジメント力の指標については,「ブランド経営志向」「組織風土(Openness)」で1%の有意水準で,「ブランドの社内教育」は5%の有意水準で正の影響を与えている。一方で,「組織風土(Openness)」は1%水準で負の影響を与えている。
従業員ベースのブランド・エクイティによる自己強化効果は,「役割の明確化」が1%水準で正の影響を与えている。
2. 追加分析:主成分分析による探索的因子分析先行研究による当初のモデルでは変数間の多重共線性が疑われる。各変数に独立性を持たせるために,調査票の質問項目の段階で主成分分析(PCA)による探索的因子分析を行った。バリマックス回転をかけた後の数値から,2個の共通因子となるFactor1,Factor2が抽出された。それぞれ「ブランド・アンバサダー」「ブランド・セントリックな組織デザイン」と解釈できる。個々の因子負荷量は表3,および表4のとおりである。

「ブランド・アンバサダー」因子負荷量に対応する質問項目一覧

「ブランド・セントリックな組織デザイン」因子負荷量に対応する質問項目一覧
上記で抽出した2つの独立した因子を使用し,改めて重回帰分析を実施した。結果として,VIFの値は1.00となり,多重共線性の問題は解消された。重回帰分析の結果では,Factor1「ブランド・アンバサダー」と,Factor2「ブランド・セントリックな組織デザイン」ともに,1%の有意水準でブランド力の高さに正の影響を与えていることが明らかとなった。
これらの結果より,従業員ベースのブランド・エクイティのモデルについては,主成分分析後のモデルにおいて有効性が検証された。主成分分析(PCA)後の重回帰分析結果は,表5のとおりである。

主成分分析(PCA)後の重回帰分析結果
本分析の目的は,組織内部からブランド価値を創造する重要なアクターである従業員に焦点をあて,従業員ベースのブランド・エクイティ・モデルの有効性を実証分析し,ブランド力を高める要素を明らかにすることであった。
先行論文のモデルは,多重共線性が疑われた。そのため,新たに質問表の項目を基に主成分分析(PCA)を行い,独立した2つの因子を特定した。それぞれの因子「ブランド・アンバサダー」と「ブランド・セントリックな組織デザイン」を説明変数とし,重回帰分析で検証した結果,それぞれ1%の有意水準でブランド力を高める効果が確認された。
特に,「ブランド・アンバサダー(係数0.7392,p<0.0001)」は1単位増加すると,ブランド力の高さが平均で0.7392単位増加する結果となった。一方で,「ブランド・セントリックな組織デザイン」(係数1.1619,p<0.0001)」は,1単位増加すると,ブランド力の高さが平均で1.1619単位増加する。つまり,どちらも強い正の影響がみられるが,同時に実施した場合は「ブランド・アンバサダー」という個の存在よりもさらに,「ブランド・セントリックな組織デザイン」という組織文化があることの方が,より企業のブランド力の高さへ貢献することが,統計的にも明らかになった。
2. モデルの更新本研究の結果を踏まえ,従業員ベースのブランド・エクイティのモデルを表6のように更新する。また,ブランド・エクイティの価値創造プロセスに関しても,表7のとおり更新する。

従業員ベースのブランド・エクイティ・モデルの更新
出典:筆者作成

ブランド・エクイティの価値創造プロセス
出典:King and Grace(2009)を基に筆者作成
本研究の貢献としては,以下が挙げられる。まず,実質的にどのような要素がブランド価値の創造に影響を与えるかを統計的な有意差をもって明らかにした点である。いかにして無形資産であるブランド価値の創造を果たすのかに関する実証研究は多くない。ブランド価値の創造につながる組織内部のコンピテンシーを,定量的に明らかにした点は研究蓄積に貢献できると考える。
次に,ブランド・エクイティに関して既存の理論を拡張させた点である。本研究では日本での研究が新しい従業員ベースのブランド・エクイティについて,モデルの有効性の定量的な検証と更新を試みた。統計的な処理のもと,独立した説明変数となる因子を用いてモデルの更新を行い,ブランド・エクイティに関する多面的な議論につなげ文献を強化した。
2. 実務へのインプリケーション長期的にステークホルダーと関係構築を図るために,ブランド3つのブランド・エクイティ(従業員ベースのブランド・エクイティ,顧客ベースのブランド・エクイティ,財務ベースのブランド・エクイティ)を高めていくことが重要である。特に,ブランドオーナーのアクターの一人である従業員ベースのブランド・エクイティについては,ブランド・セントリックな組織デザインを企業経営・マーケティング組織に取り込み,ブランド・アンバサダーとなる従業員の存在の両方を確立させることが重要となる。
また,従業員ベースのブランド・エクイティを実証的に検証したモデルの更新では,ブランド・アンバサダーという個の存在が構成要素として挙げられたが,彼らは肯定的に自分の関わるブランドについて話す点において影響力が高いことが統計的に明らかになった。つまり,組織の構成員が自分たちのブランドを語りたくなるような,ブランドに込められた想いや未来の姿,ブランドストーリーを示していくことが重要と考えられる。そのためのブランド・セントリックな組織デザインに磨きをかけていくことができれば,ブランド力は高まっていくことが期待できる。
本研究は,早稲田大学大学院経営管理研究科における修士論文の成果です。本研究の遂行にあたり,多くの方々からご指導とご支援を賜りましたことに深く感謝申し上げます。
主査の平野正雄教授には,研究計画にはじまり意義ある示唆に向けて多大なるご助言とご支援をいただきました。副査の内田和成名誉教授には,研究における独自性ある視点の重要性について,また竹内規彦教授には,人材と組織に関する課題をエビデンスに基づいて論じる視点や手法について貴重なご助言を賜りました。
論文執筆の作法や統計分析の手法に関しては,一橋大学大学院経営管理研究科の吉岡(小林)徹准教授より多くの示唆とご支援をいただきました。また,平野ゼミの甲斐氏をはじめ,ゼミ生の皆様との活発な議論を通じて,研究の深化に向けた貴重なご助言をいただきました。この場を借りて,心より感謝を申し上げます。