2025 Volume 6 Issue 2 Pages 82-88
本研究は,チャットボットの会話表現における反復表現が消費者心理にいかなる影響を与えるか,実証実験を通じて検討したものである。消費者の入力に対して返答されるチャットボットの反復表現に着目し,それを「Copy表現(繰り返し)」と「Paraphrase表現(言い換え)」の2つに定義し,消費者の共感や態度への影響を分析している。2つの実験の結果,Paraphrase表現はCopy表現と比較して,より高い共感を喚起し,肯定的な態度形成を促進することが明らかとなった。この効果は,チャットボットに対する擬人化の知覚を媒介とするものであり,反復表現の操作が人間らしさを高めることを示した。本研究の意義は,反復表現というシンプルな言語操作が消費者心理に与える影響を初めて実証的に示した点にある。理論的には,反復表現の概念をチャットボット研究に導入し,その心理的効果のメカニズムを解明した。実務的には,高い汎用性と実装容易性を備えた設計知見を提供したことにおいて貢献するものである。
This study empirically investigates how repetitive expressions in chatbot conversational responses influence consumer psychology. Focusing on the chatbot’s repetitive expressions in response to user inputs, two types of repetition were defined: Copy expressions and Paraphrase expressions. We then analyzed how these variations affect consumer empathy and attitudes. Across two experiments, results revealed that Paraphrase expressions elicited greater empathy and fostered more favorable attitudes toward the chatbot compared to Copy expressions. This effect was mediated by the perception of anthropomorphism, indicating the manipulation of repetitive expressions enhances the chatbot’s perceived human-likeness. The significance of this research lies in its empirical demonstration of how a simple linguistic manipulation - repetitive expression - can shape consumer psychological responses. Theoretically, the study introduces the concept of repetition into chatbot research and explores the underlying psychological mechanisms. Practically, the findings offer highly generalizable and easily implementable design insights for the development of more effective chatbot interactions.
電子商取引の拡大に伴い,企業は新たな課題に直面している。オンライン環境では顧客が24時間のサービスアクセスと即座の問題解決を期待する一方,企業は限られたリソースで高水準の顧客サービスを維持する必要がある。従来の人的対応では,対応コストが事業収益を圧迫する為,企業は限られたリソースでより効率的かつ持続的に消費者満足を実現することが重要な課題となっている。
このような背景から,チャットボットが注目されている。チャットボットは事前に設定したプログラムに基づき24時間体制で即時応答を提供するため,人件費を抑制しながら,顧客の待機時間短縮と一貫した対応品質を実現できる。加えて,同時多数対応によるスケーラビリティ,人的対応の補完・代替による省力化,応答品質の一貫性といった特徴により,コスト効率とサービス品質の両立を支えている。
一方で,チャットボットに対する消費者の根強い懐疑心も指摘されている。消費者はチャットボットを必ずしも好意的に受け入れるとは限らず,その導入に心理的抵抗を示す傾向がある(Dietvorst et al., 2014)。この抵抗の一因として,チャットボットなどアルゴリズムベースのシステムに対し「自分の独自性を軽視されるのではないか」という認識が挙げられる。人間には自己の独自性を確認し,他者と差別化したいという基本的欲求があり,その欲求が満たされないとテクノロジーへの拒否感につながり得る(Fromkin & Snyder, 1980; Longoni et al., 2019)。実際こうした認識はチャットボット受容を阻害する要因となりうる。
これらの課題に対処するため,従来の消費者行動分野では,いかにチャットボットを円滑に導入するかを検討してきた。しかしながら,Chaves and Gerosa(2021)が指摘するように,先行研究の多くは特定の文脈に限定されることや,或いは企業イメージへの影響が大きいことから,汎用的な適用には限界があるという課題を内包している。本研究はこの課題認識に基づき,チャットボットの会話表現に着目することで,業種や製品カテゴリーを超えて適用可能な消費者受容向上のアプローチ構築と,その基礎的メカニズムの解明を目的とする。
本研究が注目するのは,チャットボットとの対話において用いられる「反復表現」である。反復表現とは,コミュニケーションの中で相手の発話内容や意図を再確認するために,同じ語句や類似した言葉を繰り返して用いる言語的手法の一種である。このような反復的な表現は,人間同士のコミュニケーションにおいても相互理解や共感形成に効果的であると指摘されているが,消費者が非人間的存在であるチャットボットとの対話においても同様に機能するかについては十分に明らかになっていない。そこで本研究は,チャットボットの反復表現が消費者の心理に与える影響を,マーケティングや消費者行動の視点から体系的に検証し,その有効性を評価することを目的とする。つまり本研究課題は,チャットボットの反復表現が消費者心理にいかなる影響を与え,そのメカニズムを明らかにすることにある。
Pezenka et al.(2024)は,チャットボットの社会的行動や人間らしさといった社会的手かりには,主に3つの手掛かりが存在する。それは,視覚的手がかり(例:人間の外観を示す),アイデンティティの手がかり(例:人間のような名前を与える),そして会話的手がかり(例:人間の言語を模倣したもの)である(Go & Sundar, 2019; Y. Zhang et al., 2024)。
中でも会話的手掛かりは,チャットボットが主にテキストベースのオンラインコミュニケーションを行う性質上,会話の質や文脈に即した適切な表現が顧客満足度に直接的な影響を及ぼす重要な要素となる。そのため,多くの研究者がチャットボットの会話表現を社会的手掛かりとして注目し,その効果を検証している(Li & Wang, 2023)。これはチャットボットの設計において,特に会話的手掛かりの重要性を強調するものである。
2.チャットボットの擬人化先行研究によれば,人間は声や表情といった人間的特徴を持つ非人間的存在に対して,自然に人間的属性を認識する傾向にある。実際に,チャットボットに人間的特徴を付与することで,利用者の人間性知覚を効果的に喚起できることが確認されている(Epley et al., 2007; Sundar, 2008)。先行研究では,チャットボットへの人間的な外見や名前の付与が,消費者の肯定的態度を引き出すことが示されている(Cyr et al., 2009)。
この中でも特に,人間のような特徴を持つ会話表現および会話スタイルのデザインに関する研究が,研究者らで注目されている(Araujo, 2018; Ghose & Barua, 2013; Sundar et al., 2015)。実際に関連する研究として,対話のインタラクティビティを高めることで,チャットボットの人間らしさが向上し,人間同士のコミュニケーションに近い印象を与えることも明らかになっている(Sundar, 2008; Sundar et al., 2015)。
3.チャットボットの会話表現近年の研究において,チャットボットの会話表現が消費者の認識および行動に与える影響は,主に二つのアプローチから検討されている。すなわち,感情表現に着目したアプローチと,応答におけるインタラクションスタイルに注目したアプローチである。
感情表現に関する研究では,チャットボットの感情表出が消費者の人間性知覚や社会性認識に重要な影響を与えることが明らかになっている。J. Zhu et al.(2023)は,チャットボットの感情表現が消費者の社会性認識と人間性知覚を促進し,肯定的な態度形成につながることを示した。インタラクションスタイルに関する研究においては,チャットボットの回答内容や対話構成の特性が焦点になっている。例えばY. Zhu et al.(2023)は,チャットボットの具体的な応答が顧客の共感を高め,サービス満足度の向上につながることを示した。
これらの知見は,チャットボットの会話表現が消費者態度に直接的な影響を及ぼすことを示しており,ひいては,効果的なチャットボット設計において会話表現が極めて重要な構成要素であることを示唆している。
4.反復表現 (1) 反復表現の効果反復表現は,日常の会話において非常に高い頻度で使われ,言語学的な観点から多様な機能を持つことが明らかになっている。Tannen(1990)の研究では,単語,文,パターンの反復が会話の中で重要な役割を果たすことが指摘されており,特に親密な関係性における会話では,反復の頻度が顕著に高まる傾向が観察されている。
一方で,これらの知見は人間同士の対等な相互理解を前提としたコミュニケーション理論に基づいている。間同士の対話では,両者が同等の認知能力と感情的理解力を持つことが前提となるが,チャットボットとの対話では,利用者は相手が「理解」ではなく「処理」を行っていることを認識しており,同じ知見が人間とAI間の対話にも当てはまるかについては十分に検証されていない(Chaves & Gerosa, 2021)。本研究はこのギャップに着目しつつ,反復表現の心理学的知見をチャットボット文脈に拡張することで独自の貢献を提供を図る。
(2) 反復表現の定義反復表現の操作的定義については,先行研究において複数の参考になるアプローチが示されている。Tannen(2007)は反復を,単語そのものの繰り返しに加え,同義語の使用によるコロケーションの再現としてより広く捉えている。一方,Sidtis and Wolf(2015)はより具体的な基準を設定し,反復表現の成立条件として,最低1つの自由形態素(名詞,動詞,形容詞,副詞など)を含み,形態素が内容の50%以上が含まれることを要件とした。
Sidtis and Wolf(2015)は更に,反復表現を2つの主要なカテゴリーに分類している。「同一反復(Identical Repetition)」と「変更された反復(Altered Repetition)」だ。同一反復は,形態素の100%が完全に一致するケースを指す。変更された反復は,形態素の一致が100%未満のケースを指す。この分類は,Merritt(1994)が提唱した「変更された反復は完全な反復と全く新しい発話の中間に位置するもの」という概念的枠組みとも整合性がある。
本論文では,これらの先行研究の知見と日本語が持つ言語的特性を総合的に踏まえ,反復表現を「会話において,特定の単語,フレーズ,文,または節が同義的に繰り返される言語的現象」と定義する。また,この基本定義を踏まえ,Sidtis and Wolf(2015)の分類枠組みを発展させる形で,反復表現をCopy条件とParaphrase条件の2条件に分類する。
Copy条件では,元の発話との完全な一致を特徴とし,相手が用いた名詞と動詞を同一の表現形式で返答に用いる。この条件は,Sidtis and Wolf(2015)の同一反復の概念を実験的な文脈に適用したものである。Paraphrase条件は,Sidtis and Wolf(2015)の変更された反復の概念を実験デザインに適合させた形である。元の発話からの部分的な変更を特徴とし,相手が用いた名詞と動詞を直接的には使用せず,同義語による表現を基礎とした返答を行う。
この2条件による分類は,反復表現の異なる様相を体系的に検討することを可能にする。Copy条件は形式的な一致性に焦点を当て,Paraphrase条件は意味的な等価性を重視している。この分類により,反復表現が持つ多様な機能と効果を,より精緻な分析を可能とする。
5. 仮説構築本章の議論に基づき,チャットボットの反復表現においては,Paraphrase表現がCopy表現と比較して,より高い共感を喚起すると予測する。Paraphrase表現は,消費者の発話を表層的に繰り返すのではなく,意味内容を解釈し再構成する言語処理を伴うことから,相手の意図や感情が適切に理解・受容されたという印象を強化する(Tannen, 2007)。こうした再構成的応答は,共感の認知的基盤として機能することが示されている(Lou et al., 2021)。このことから,Paraphrase表現はユーザーに「理解されている」という感覚を生起させ,結果として共感を高めると考えられる。
H1:反復表現において,Paraphrase表現はCopy表現よりも高い共感を喚起する。
H1の効果は,単に言語的操作による反復表現の効果ではなく,消費者の心理的メカニズムを通じて効果を発揮すると考えられる。具体的には,消費者はチャットボットの高度な処理を示すParaphrase表現に対して,より人間らしい属性を付与する。この擬人化知覚が,機械的存在に対して反復表現のもたらす親密な関係性における共感を喚起させる。
H2:H1の効果は,知覚される擬人化によって媒介される。
実験1では主に二つの目的を設定している。第一に,パイロットとして,反復表現の存在自体が消費者の共感に対して有意な影響を及ぼすかを検証することである。第二に,H1の検証である。実験では被験者を3つの条件(反復表現無し条件,Paraphrase条件,Copy条件)にランダムに割り当て,反復表現が与える影響を検証した。調査は質問紙による被験者間実験計画として実施され,クラウドワークスを通じて270名の被験者を募集した。
実験1の設計においては,チャットボットを利用したトーク画面を画像として作成し,これを被験者に10秒間提示する方法を採用した(図1参照)。
実験1における刺激
シナリオは,消費者による返品時の問い合わせ場面である。具体的には,消費者がオンラインで購入した商品に傷があり,返品を希望する際の問い合わせという文脈を設定した。なお,特定の製品カテゴリーとの連想を避けるため,架空の店舗名を使用している。
刺激の条件分けにおいては,消費者が提示する同一のメッセージに対して,チャットボットの返答を操作する方法を採用した。例えば,消費者が「商品に傷があり」というメッセージを送信した場合,反復表現無し条件では特に反復を行わずに対応を進める。一方,Paraphrase条件では「商品が不良品」という言い換えを行い,Copy条件では「商品に傷があり」という表現をそのまま繰り返す。シナリオ内でこのような反復の違いによる操作を3回のメッセージのやり取りにおいて繰り返し実施することで,刺激の操作を行った。
測定尺度は,共感をLou et al.(2021)の研究を参考に2項目を,リッカート7段階尺度(1:「全くそう思わない」–7:「非常にそう思う」)で測定した。
(2) 実験結果分析対象については,アテンションチェックにおいて不適切な回答をした33名を除外し,最終的に237名のデータを分析対象とした(回答有効率:88%;女性:59%;平均年齢:42.8歳)。3条件のサンプルサイズは,反復表現無し条件が76名,Paraphrase条件が79名,Copy条件が81名という形になった。測定尺度の信頼性は,共感(α=.913)であった。
パイロット分析として反復表現の有無による効果を比較した。t分析の結果,反復表現有り条件(n=160; M=3.934; SD=1.684)は,反復表現無し条件(n=76; M=2.908; SD=1.559)と比較して有意に高い共感を示した(p<.001; Cohen’s d=1.645)。この結果により,反復表現の存在が共感に有意な影響を及ぼすことを示された。
さらに,H1の検証として,反復表現が存在する条件の中で,ParaphraseとCopyの2条件間の比較分析を実施した。t分析の結果,Paraphrase条件(n=79; M=4.177; SD=1.655)は,Copy条件(n=81; M=3.698; SD=1.690)と比較して10%水準で有意に高い共感を示した(p=.072, Cohen’s d=1.672)。この結果により,Paraphrase表現がCopy表現よりも高い共感を生み出すことが確認され,H1が支持された。
2.実験2 (1) 実験設計実験2では主に2つの目的を設定した。第一の目的はH2の検証であり,第二の目的は異なるシナリオを用いることでより刺激の差異を精緻化させ結果の堅牢性を確保することである。実験2では被験者をParaphrase条件とCopy条件の2条件にランダムに割り当てて質問紙による検証を行った。被験者はクラウドワークスを通じて370名を募集した。
実験2のシナリオとしては,消費者のホテル予約に関する問い合わせを採用した。具体的には,消費者が複数の希望を述べ,それに対してチャットボットが回答するという文脈を設定した。業種の特定が必要なコンテキストであることから,「サンプルホテル」という架空の店舗名を使用している(図2参照)。
実験2における刺激
刺激の条件分けは実験1と同様の方法を採用し,消費者の同一メッセージに対するチャットボットの返答を操作した。例えば,消費者が「観光で滞在する予定なのですが,部屋から良い景色が見えるホテル」という希望を述べた場合,Paraphrase条件では「観光中に楽しめる,眺めの美しいお部屋をお探しですね」と言い換えて反復する。一方,Copy条件では「観光で滞在される際に,部屋から良い景色が見えるホテルをお探しですね」と同様の表現を用いて反復する。このような操作を3往復のメッセージで実施し,実験1と比較して反復の分量を増やすことで,条件間の差異をより明確にした。また,刺激の提示時間を10秒から20秒に延長し,被験者が内容をより詳細に把握できるようにした。
測定尺度としては,実験1で使用した共感のほか,Bartneck et al.(2009)を参考に擬人化を5項目で測定している。
(2) 実験結果調査の分析対象は,全体の回答者からアテンションチェックで脱落した66名を除いた304名となった(回答有効率:82%;女性:57%;平均年齢:42.1歳)。実験条件別のサンプルサイズは,Paraphrase条件が147名,Copy条件が157名となった。測定尺度の信頼性は,共感(α=.867),擬人化(α=.899)であった。
最初にH1の再検証を実施した結果,両条件間で統計的に有意な差が確認された。Paraphrase条件の共感(n=147; M=5.711; SD=1.189)は,Copy条件(n=157; M=5.268; SD=1.184)と比較して有意に高い値を示した(p=.001, Cohen’s d=1.19)。この結果から,Paraphrase表現がCopy表現と比較してより共感を引き出すというH1が再度支持された。
続いてH2の検証に移行した。H2では,Paraphrase表現がCopy表現よりも高い共感を生み出す過程において,知覚される擬人化が媒介役割を果たすという仮説を立てている。この検証のため,Process Model 4(Hayes, 2017)を用いて媒介分析を実施し,その詳細な結果は図4-3に示した通りとなった。分析結果から,Paraphrase表現は知覚される擬人化に対して有意な正の効果を持つことが判明した(b=0.6418, SE=0.1372, 95% CI [0.3718, 0.9118], p<.001)。さらに,この知覚される擬人化は共感に対しても有意な正の効果を示した(b=0.6232, SE=0.1439, 95% CI [0.3400, 0.9063], p<.001)。
加えて擬人化に対する分析では,Paraphrase表現が擬人化を介して共感を高めるという間接効果も統計的に有意な結果となった(b=0.3415, BootSE=0.0894, 95% CI [0.1826, 0.5302])。この間接効果の95%信頼区間が0を含んでいないという点から,H2の仮説を強く支持するものとなった。一方で,直接効果については有意な結果は得られなかった(b=0.1018, SE=0.1224, 95% CI [−0.1390, 0.3427], n.s.)。全体効果(b=0.4434, SE=0.1362, 95% CI [0.1754, 0.7114], p=0.0013)は有意であったものの,この効果の大部分は擬人化による媒介効果によってもたらされたことが明らかとなった。
ここまでの一連の分析結果により,Paraphrase表現がCopy表現と比較して高い共感を生み出すメカニズムにおいて,知覚される擬人化が重要な役割を果たしていることを示している。これは当初の研究仮説を支持する結果となっている。
本研究では,チャットボットの反復表現が消費者の共感に及ぼす影響を多角的に検証した。実験1の結果から,反復表現の存在自体が利用者の共感を有意に高めることが示され,特にParaphrase表現がCopy表現と比較してより強い肯定的効果を持つことが確認された。さらに実験2では,Paraphrase表現が共感を高める理由として,知覚される擬人化が媒介役割を果たすことを明らかにし,単なる機械的な反復ではなく,相手の発話意図を汲んだ柔軟な言い換えが人間らしさを演出し,結果として共感を引き出すメカニズムが示された。
本研究の実務的貢献として,チャットボットの消費者受容を高める汎用性の高い手法を提示した点が挙げられる。従来のチャットボット研究では,特定の文脈に限定された設計手法やアバターの視覚的要素(Jones et al., 2022),あるいは感情表現(Sheehan et al., 2024; J. Zhang et al., 2024)など,特定の文脈若しくはチャットボットのイメージに焦点が当てられており,汎用的な適用には制約があった。本研究で検証した「言い換え」に基づく反復表現は,二つの異なる文脈において一貫した効果を示したことから,業種横断的な適用可能性を示唆する。ただし,真の汎用性の確立には,より多様な業種・文脈での検証が必要であり,本研究はその第一歩として基礎的メカニズムの解明に寄与したと位置づけられる。
理論的貢献として,本研究は反復表現に関する対人コミュニケーションの知見(Tannen, 1987, 2007)をチャットボットとの対話という新たな文脈に適用し,その効果を体系的に検証した。これはアルゴリズムベースのチャットボットとの対話における社会的反応メカニズムを明らかにしたものであり,消費者行動・マーケティング研究に新たな視座を提供する。従来,人間同士の会話では反復が親密性形成に有効であると示されてきたが,本研究によりこの手法がAIとの対話でも利用者の共感を高める有効な手段となりうることが実証された。さらに,Paraphrase表現が単なる模倣ではなく利用者の発話内容を再構成する高度な処理として知覚されることで擬人化と共感を喚起しうることを示し,チャットボットによる消費者との信頼関係構築に資する知見を提供している。
本研究では,Copy表現とParaphrase表現を実験的に比較することで,単なる模倣ではなく高次の意味理解として受け取られるParaphraseの効果を定量的に検証した。実験結果は,Paraphrase表現がユーザー発話の内容を再現しつつ再構成する高度な処理と認識され,それにより利用者の共感を引き出し負の感情を緩和することを示している。これらの成果は,従来の言語模倣技法から一歩踏み込んで,チャットボット応答設計における言い換えの有効性を明示した点で新規性が高い。視覚的・音声的な擬人化表現とは異なり,シンプルなテキスト操作であっても消費者心理に大きな影響を与えうることを実証的に示したことは,チャットボット設計における重要な知見である。すなわち,本研究の理論的意義は,既存の心理学の知見をチャットボット研究における消費者心理のメカニズム理解深化に向けて再構成し,チャットボットの表現が消費者心理に及ぼす影響を定量的に解明することで,チャットボット利用における消費者行動論の拡張に寄与した点にある。
最後に,本研究の限界を述べたい。第一に,反復表現のうちParaphrase表現とCopy表現に限定して検討を行ったが,実際の対話における反復はより多様な文脈から生じており,本研究ではそれら細かい分類を十分に考慮できていない。例えば,対話の長さや応答速度,感情表現など,他の会話的要素との相互作用を考慮した包括的な分析は今後の課題である。第二に,共感や態度といった心理指標は一時点での評価にとどまっており,反復表現が顧客価値や購買意向といった長期的成果に及ぼす影響についての実証は今後の研究によって補完される必要がある。