Middle East Review
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Financial and Economic Reforms in Saudi Arabia: ‘Vision 2030’and ‘NTP 2020’
Sadashi FUKUDA
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2017 Volume 4 Pages 61-71

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Translated Abstract

The rapid decline in Saudi Arabia’s oil revenue has forced its economy into depression. While the government maintained its expenditure at a high level in 2014 and 2015 to prevent a decline, the economy gradually ran into depression. The government issued a treasury bond to domestic banks in July 2015 to finance its deficit and prevent a rapid decrease in the foreign reserves of the Saudi Arabian Monetary Agency (SAMA, the central bank). The government continued its issuance.

The government realised that the oil prices would not recover to their earlier high levels of more than $100 per barrel. Therefore, towards the end of 2015, it took certain steps to reform its financial structure, cutting its energy subsidies and trying to increase its revenue. During the same time, Mohammad bin Salman, the deputy crown prince, started conceiving fundamental financial and economic reforms. On April 25, he announced ‘Vision 2030’. On May 7, he restructured the ministries and reshuffled the cabinet, creating a super ministry, i.e. the Ministry of Energy, Industry, and Mineral Resources. The super ministry with a non-royal minister will be the key ministry to implement the reforms.

The vision expressed an idea of reforms. The details of reforms were not announced in the vision. The Saudi Arabian government had tried to reform its economy and financial structure in some decades. However, it never obtained the desired results, which shows the difficulties encountered in implementing reforms. The idea of reforms showed in ‘Vision 2030’ seems to have several difficulties to implement.

On June 6, the Saudi Arabian cabinet approved the National Transformation Program (NTP) 2020, a detailed plan for the next five years, pertaining to the overall ‘Vision 2030’. Notably, NTP has made no mention of the IPO of Saudi Aramco. Obtaining a good result within five years seems difficult. Nevertheless, the implementation of NTP may contribute towards strengthening the power of the deputy crown prince.

サウジアラビアは世界トップレベルの産油国で、世界最大の石油の輸出国である。その動向は世界の石油マーケットのみならず、世界の経済にも大きな影響を与える。本稿では、2014年夏以降に原油価格が暴落しその後も低価格が続くなかで、サウジアラビア政府が財政と経済の面でどのような対応をしてきたかを検証する。また、今年の4月末には「ビジョン2030」を発表し、5月7日には省庁の再編と内閣改造を実施し「ビジョン2030」の実施体制を整えている。本稿ではその最新の動きについても検討したい。

なお、5月10日に当初の原稿を記してから、サウジアラビアの状況にも新たな展開が見られるので、追記として、「国家変革計画2020(NTP)」とその評価を最後に追加した。

1. 油価下落の影響と対応

原油価格が大幅に下落するなかで、サウジアラビアの経済が悪化してきている。サウジアラビアの経済の動きをマクロ的に見ると、2015年7月にIMFが2015年のサウジ経済の成長率見通しを4月発表の3.0%から0.2%引き下げて2.8%とし、2016年の見通しについては0.3%引き下げて2.4%としたように、2014年以降、サウジアラビアの経済は徐々に悪化してきた。

国際的な各格付け機関によるサウジアラビア政府の信用格付けを見ると、S&P、MOODY’S、FITCHともに、2014年夏以降にサウジアラビアの格付けを引き下げている(表1参照)。また、代表的な各国情勢の調査機関である英EIUによるサウジアラビアのリスク分析を見ても、2015年以降マクロ経済のリスクが急速に高まるなど(図1参照)、全般的に経済が悪化へ向かっていることが見て取れる。

(表1)サウジアラビアの格付け

出所: Reuters News

(図1)サウジアラビア:リスクの推移(4月まで)

(出所:EIUのデータより作成、100=most risky)

ミクロ的に見ても、表の「サウジアラビア企業の四半期業績」が示しているように(表2参照)、企業業績の悪化が続いている。過当競争にあえぐ構造不況産業の通信事業者や油価下落で収益が減少した石油化学産業に加えて、銀行などの金融機関まで業績が悪化してきている。他のGCC諸国でも同様な傾向が見られる。

表2 上場企業の2015年の四半期業績報告

(出所: Reuters News)

しかし、IMFの成長率見通しの数字に示されているように、石油収入が急激かつ大幅に減少した割には、経済の悪化のスピードは緩やかであった。その背景の説明から始めたい。

サウジアラビアの経済は政府の財政支出を軸にして動いている。2014年の油価暴落以前は、政府の歳入の80-90%は石油収入で占められてきた。2014年夏以降原油価格が大幅に下落するなかで、油価下落前の2013年には2,900億ドルあったサウジアラビアの石油輸出収入は、油価下落後の2015年には1,400億ドルになり、1,500億ドルも減少している。2年間で石油収入は半額以下となったのである。しかし、経済のほうは、石油収入が半減したにもかかわらず、歩調を合わせて急激に悪化することはなかった。

2000年代に入り高値で推移した原油価格の恩恵を受けて、サウジアラビアの財政は毎年黒字を計上するようになり、その黒字額は次第に積み上がり、2013年末段階で約4,500億ドルの財政上の累積黒字額を保有するまでになっていた。サウジアラビアの2013年度の国家予算が2,200億ドルなので、年間予算の2倍以上の財政上の貯金(累積黒字額)があったわけである。

原油価格の暴落に直面したサウジ政府は、その貯金を取り崩して国庫からの歳出に充て、2014年度と2015年度は高水準の歳出を維持した。決算で見ると、2014年度の歳出は2,933億ドル、2015年度は2,600億ドルで、いずれも下落前の2013年度の歳出2,466億ドルを上回っている。高水準の歳出が維持されたおかげで、油価が暴落し石油収入が半額以下になったものの、経済が急激に悪化することはなかったのである。

しかし、歳入が急減するなかで開発関連の大型プロジェクトなどの見直しが行われ、また、原油価格の大幅下落が経済に心理的な影響を与え、経済の流れは徐々に悪化していき、この節の初めの部分で述べたように、現在では大きな影響が現れるようになっている。

原油価格が回復しないなかで2015年末に発表された2016年度予算では、歳出の総額は2,240億ドルであった。その金額は、表面上は、2015年度予算における歳出の2,293億ドル、2014年度の同歳出の2,280億ドルと比べてもあまり減少していない。しかし、歳出の内訳をみると、2016年度予算では軍事費(内訳不明)が前年度比で16%増加したため、前年度予算と比べて、開発やインフラなどの整備に充てられる予算は大幅に削減されている。

政府歳出が経済で占めてきた大きな位置を考えると、2016年度予算での歳出の削減にともなって、今後、経済はさらに悪化していく可能性が高いと考えられる。予算と同時にガソリンや水・電気料金の値上げも発表されたが、そのことも経済に悪影響を与えよう。

2. 外貨準備への影響とその対策・・・為替問題

前述のように、サウジアラビア政府は2013年末の段階で約4,500億ドルの財政上の貯金(累積黒字額)を保有していた。しかし、サウジアラビア国内にはその資産の運用先がほとんどなく、また、アブダビ、カタル、クウェートのように巨大な政府系投資ファンドを持っていなかったため、サウジ政府の資金の多くはSAMA(サウジ中央銀行)に預託されアメリカの財務省証券(米国債)を中心にして海外で運用されてきた。SAMAの統計によると、SAMAは2014年に約7,300億ドルの外貨準備を保有していた。同年にSAMAの保有した資金の過半数は政府機関からの預託金で占められていた。SAMAの外貨準備統計には政府から預託された運用資金が含まれており、統計で示された約7,300億ドルの外貨準備の3-4割は実質的にはサウジ政府の持っていた海外貯金(累積黒字額)で占められていたと考えられる。

石油収入が急減するなかで、サウジ政府は海外貯金(累積黒字額)を取り崩して、財政の不足分に充ててきた。この取り崩しと対外石油販売収入の落込みによりSAMAの外貨準備は大きく減少し、7,300億ドルあった外貨準備は2016年に入ると6,000億ドルを切り、4月末には5807億ドルになっている(図2参照)。図2からも見て取れるように、SAMAは米国債などの外国証券の手持ちを減らし現金・預金に移している。リヤル防衛や財政赤字の穴埋めなどの急な資金需要に機動的に対応するためであろう。いずれにしても、外貨準備の総額は減少し、今後も減少が続くものと考えられる。

(図2)サウジアラビアの外貨準備

(出所:SAMA月報)

外貨準備は、通貨当局が為替介入に用いるもので、為替の安定・維持のために重要な役割を果たしている。外貨準備が大きく減少すると通貨リヤルの買支えに用いるドル資金が減少し、リヤルが不安定になる。サウジアラビアは1986年以来ドルとの為替レートを固定し、1ドル=3.75リヤルの固定レートを維持してきた(ドル・ペグ)。このドル・ペグは、大部分の消費財・資本財を輸入に頼っているサウジアラビアにとっては物価安定のベースとなっており、ドル・ペグが崩れリヤルが大幅に切り下げられるようなことがあると、インフレ高進などで、内政不安定化の大きな要因となる。また、GCC諸国のなかでの経済統合を進めるうえでも、為替の安定は重要である。ドル・ペグの維持は、サウジアラビアにとって極めて重要なのである。外貨準備が減少して行き原油価格の上昇の見込みもないなかで、通貨リヤルに対する売り圧力が強まって行く。油価下落後の2014年10月には、早くも通貨リヤルに対する売りが強まりSAMAが買い支える場面もあった。その後もリヤルの動揺は続き、2015年8月には、リヤルは先物市場で急落し1年物のリヤル/ドルのフォワードは12年ぶりの安値をつけている。サウジアラビアの外貨準備には多額の資金が残っておりドル・ペグが崩れるような状態ではなかったが、投機筋などの動きが強まったのを受けて、サウジ政府は早めに手を打ち、外貨準備の減少のペースを落とす方策を取り始めた。

サウジ政府は2015年7月に国債の発行に踏み切った。国債の発行で歳入を増やし、海外資産の取り崩し額を少なくしようとの目論見であった。国債の発行は財政困難を緩和する目的があったが、外貨準備減少への対策の意味も大きかったのである。サウジ政府はその後も国債を発行し、2015年には980億リヤル(261.3億ドル)を発行している。国債は国内の銀行向けに売られてきたが、国債発行によって銀行の流動性が吸い上げられ金利が上昇する悪影響が現れたため、2016年には海外向けの販売を開始するとされる。早ければラマダーン明けの夏には海外向けの国債の販売がはじまろう。また、2016年に入って海外の銀行からの100億ドルの借入交渉を進めているように、海外の銀行からの借入も増加していくものと考えられる。

3. 抜本的な財政・経済改革へ・・・「ビジョン2030」

原油価格が低迷している現状が続けば、財政上の貯金もいずれ底をつく。さらなる対策が必要である。国債の発行に続き、2015年末にサウジ政府は財政の構造改革を打ち出し、歳出の削減と歳入の増加のための対策を発表した。歳出削減の柱はエネルギー関連の補助金の削減であった。補助金の削減に伴ってガソリン代、水料金、電気料金が引き上げられ、経済と国民生活に大きな影響を与えることとなった。それらの料金については、以後5年間をかけてさらに見直しを進める方針も示された。その他の不要な歳出の削減も進めるとされている。同時に発表された新年度の予算では軍事費は増額されたが、その他の歳出は大幅に絞られた内容となっていた。

歳入の増加策では、タバコやソフトドリンクなど健康上問題のある商品に対し課徴金を課すことや各種料金の見直しを進めること、また、飛行場などの国営事業の民営化を進め、歳入を増やす方針が示された。2018年には消費税に当たるVATを導入することも発表された。VATの導入は歳入の改善に寄与しよう。

そうした財政への対応とともに、抜本的な対策も検討が進められていた。原油価格の下落ではアメリカでのシェールオイルの開発が大きな原因となっていたが、シェールオイルや深海油田など非在来型の原油は、原油価格の暴落にもかかわらず、大きく減少することもなく生産が続いていた。そうしたなかで、原油価格は当面は回復しないとの認識が強まっており、抜本的な財政・経済対策を取る必要性に迫られていたからである。石油収入に依存しない財政と経済へと舵を切ろうとする模索が始まっていたのであった。

ムハンマド副皇太子を中心にして検討が進められ、アメリカのコンサルタントなどの助けも借りながらプランが策定された。ムハンマド副皇太子によって4月25日に発表された「ビジョン2030」である。「ビジョン2030」は、一言でいえば、石油収入に依存しない経済を実現するための理念を表明したものであり、具体的な方策についてはあまり述べられていない。改革を実現するための踏み込んだ具体案については、5月末ないしは6月初めまでには明らかにするとされている。

その「ビジョン2030」では、大きな方針として、活気のある社会、繁栄する経済、野心的な国家の実現を目指して改革を行い、経済の多角化を進め石油に依存しない経済を作り出すとされている。その方策の柱は、国有石油会社のサウジ・アラムコの株を政府投資ファンド(the Public Investment Fund 、PIF)に移し、世界最大の政府投資ファンドを作り、その収益で豊かな財政を実現することである。

その他にも、軍需産業を含め工業化を進め、中小企業の育成を図り、アジア・アフリカ・ヨーロッパに近い地の利を生かして貿易を進める。メッカ・メディナのイスラームの聖地への巡礼者を将来的に3,000万人に増加させる、文化遺産を含めた観光開発も進める。政府部門の民営化を推進し、民間部門が経済で大きな役割を果たすようにする。教育の改革を進め、産業の強化に役立つ人材を育てる、女性の能力の開発を進め、さらに、文化やエンターテインメント関係事業を開発強化するなど、「ビジョン2030」のなかでは多様で意欲的な改革方針が示されている。

サウジ・アラムコの株を政府の投資ファンドに移す件は、「ビジョン2030」のなかでは具体案と手順は示されていない。具体案の発表を待つ必要があるが、ムハンマド副皇太子が別の機会にサウジ・アラムコの株を上場(IPO)する方針を示していたことと合わせると、IPOによって得られた資金を運用することが中心になるかと思われる。IPOは全株ではなく最大でも5%とのことである。サウジ・アラムコの会社としての価値は2兆ドルを上回り、最大で数兆ドルに達する可能性があるとの推定もある。その5%以下であっても相当な金額に上るはずで、上場して得た資金の運用によって財政困難問題は大きく緩和されるとの説明もされていた。サウジ・アラムコの株を担保にして資金調達することも考えられよう。もっとも、上場して得た資金の運用がうまくいくかどうかなど、不透明な部分も多くあり、今後発表されるはずの具体案を見て検討する必要がある。いずれにせよ、石油に依存しない経済を作り出す方針の下では、石油担当省とサウジ・アラムコの果たす役割が極めて重要になる。

サウジアラビア政府は5月7日に内閣改造と省庁の再編を行った。その目玉は、石油・鉱物資源省を再編しエネルギー・工業・鉱物資源省とし、新たに保健大臣(サウジ・アラムコ会長兼務)のアル・ファーリハをエネルギー・工業・鉱物資源大臣に任命したことである。その他にも、水電気省の解体、商工省の商業投資省への転換、農業省の環境・水・農業省への転換、ハッジ巡礼省のハッジ巡礼・オムラ巡礼省への再編などがあった。

同時に、その他の大臣などの政府要職の人事も行われた。エネルギー・工業・鉱物資源大臣以外で注目されるのは、SAMA総裁の交替、教育評価委員会委員長にアル・アイバーンが国務相兼任で任命されたこと、イギリス大手銀行のHSBC銀行の中東・北アフリカ担当責任者であったアル・トワイジリーが経済企画副大臣に任命されたことである。その人事の狙いは、1か月以内に具体的な改革案が発表された時に、その改革案を速やかかつ確実に実施するための体制を整備することにあると思われる。

「ビジョン2030」で実現しようとしている新しい財政・経済では、エネルギー・工業・鉱物資源大臣が重要な役割を果たす。その大臣にムハンマド副皇太子に近い人物を据えて、副皇太子の影響力を確保した上で、エネルギー・経済政策の舵取りを続けようとの目論見が見られる。為替安定のカギを握るSAMA総裁、サウジ・アラムコの株上場に際しての国際的金融機関との交渉においてカギとなる役割を担う経済企画副大臣、産業向けの人材を育成する新しい教育政策で重要な役割を果たす教育評価委員会委員長にも適材を配置したのである。

おわりに

大臣などの人事には、現在のサウジ王政指導部の考えが示されている。サルマーン国王・ムハンマド副皇太子の体制になってからの人事の特徴は、非王族で能力のある人材を政府の要職に登用することである。昨年のサウード外相(国王の甥で有力王族)の退任と非王族のジュベイルの外相への登用、今回のアル・ファーリハのエネルギー・工業・鉱物資源大臣への登用、昨年からのアル・アイバーンの国務相などの要職への登用などがそれにあたる。31歳と年若いムハンマド副皇太子にとって、政権要職にいる王族は煙たい存在である。政権要職に非王族を登用することで、ムハンマド副皇太子の発言力を強め権力基盤を強化しようとする思惑が透けて見える。権力基盤の強化の先にはムハンマド副皇太子の将来の国王即位への道も見えてこよう。今年で81歳になるナイミ石油鉱物資源大臣の退任など、目障りな古株を新しい人材に置き換えていく流れも続いている。

「ビジョン2030」では、極めて野心的な方針を打ち出している。しかし、野心的な方針ゆえに危うさも潜んでいる。産業向けの人材を育成するための教育の近代化改革、社会での活躍を目指した女性の能力開発、エンターテインメントや文化の育成、観光資源としてのイスラーム以前の文化遺産の開発など、それらが本当に進められた時、保守的なワッハーブ派の宗教界は黙っているのだろうか。例えば、イスラーム以前の文化は、ジャーヒリーヤ時代(無明時代)としてイスラームが否定してきたものである。保守的なワッハーブ派の宗教界のなかには、教育改革や女性の社会進出、映画館などのエンターテインメント関係施設の建設に反対する声も強い。近代化のためにはイスラームと距離を置いた改革が必要かもしれないが、王政の正統性を揺るがすことにもなりかねない。

「ビジョン2030」に示された改革案を見ていると、かつてのシャーの時代のイランでの白色革命(世俗化志向の政治・経済・社会改革)と共通性があるように思われる。ワッハーブ派の支持を失えば、サウジアラビアの王政は存立の基盤を失うことなる。サウジアラビアの将来への懸念が強まろう。

(2016年5月10日脱稿)

「国家変革計画2020(NTP)」とその評価

(当初の原稿を記してから時間が経過し、サウジアラビアの状況にも新たな展開が見られるので、以下の部分を追記する。)

サウジアラビアの閣議は今年6月6日に「国家変革計画2020(National Transformation Program; NTP)」を承認した。NTPは、4月に発表された「ビジョン2030」を受けて作成されたものであり、2020年までに達成する目標について踏み込んだ内容を示したものである。PDF版では110ページにわたる長文の文章である。そのNTPの内容についてはすでに様々なメディアで報道されているので、ここではその概要を紹介し、現段階での評価について述べる。

「ビジョン2030」は、石油に依存しない財政と経済を実現することを目的とした長期計画であった。それを受けたNTPの中では、その前半で2020年までに実現する目標などについての方針が記され、後半部分では各省庁の取組みについて省庁ごとに記している。

主要な点としては、非石油分野の経済を発展させ、政府歳入における非石油収入を今後5年間かけて増やし、2015年の1,635億リヤル(436億ドル)から2020年には5,300億リヤル(1,410億ドル)へと3倍に増加させるとしている。財政改革では、政府の歳出を抑制し、水と電気への補助金を2,000億リヤル(533億ドル)削減、また、政府部門での給与支払いを抑制し、予算に占める人件費の割合を現在の45%から2020年には40%に落とす方針を示している。歳入については、VATの導入と、甘味飲料やタバコなどに対し一種の税(付加料)を課すなどで歳入を増やすとしている。

脱石油を進めるために民間経済を強化し、民間部門の育成で非政府部門において45万の雇用機会を創造するとしている。これまで政府の直轄下にあった主要な現業部門については民営化を進めるとし、発電所、水・淡水化機関、郵便事業などの民営化を進める方針を示している。

以上がNTPの要点である。NTPに基づいた取り組みがこれから開始されることになるが、その実現には難しいと思われる点がいくつもある。例えば、非石油分野の育成については、これまでサウジアラビア政府が長年にわたり取り組んできたが実績が上がっていないものであり、2020年という限られた期間内でどこまで達成できるか疑問である。

財政改革に関しては、VATの導入、水道・電気料金の値上げは国民にとっては痛みを伴うものである。また、歳出の削減は国家の役割を縮小させサービスを低下させることを意味している。これまで、石油経済の恩恵を受けてきた国民の反発も予想される。ある程度の財政改革は進めると思われるが、財政のバランスの実現は困難であると思われる。NTPの中では、GDPに占める政府負債の率は現在の7.7%から2020年には30%に増加するとしている。つまり、サウジ政府も、財政バランスの実現は困難であると見ており、財政赤字が続くことを前提に借入金で財政赤字の穴埋めを行う方針を示している。財政赤字の抜本的解決は将来に持ち越した形となっている。

「ビジョン2030」の柱は、サウジ・アラムコの株の上場で資金を作り、その資金を運用することで財政収入を増やすことにあった。しかし、今回発表されたNTPの中では、サウジ・アラムコの株に関しては一切触れられていない。サウジ・アラムコの株の上場については政府内での検討が続いているものと思われるが、NTPでは「ビジョン2030」の肝心の柱についての言及がなく、インパクトに欠ける内容となっている。どのような形でサウジ・アラムコの株の上場が実現されるか、ムハンマド副皇太子の手腕と力量が試されよう。

国家変革計画2020(NTP)は、今後のサウジアラビアの財政と経済に大きな影響を与えると考えられるが、同時にサウジアラビアの権力構造にも大きな変化をもたらすものと考えられる。NTPの内容を実施・監督するために、サウジアラビア政府は経済・開発評議会の中にムハンマド副皇太子を長とする戦略委員会と監督室を設置した。そのことはNTPの実施を進める中で、ムハンマド副皇太子の政府省庁に対する権限がいっそう強まることを意味している。もっとも、NTPの中では各省庁の取組みが記されているものの、NTPの対象からは外れている省庁もある。外務省、国家警備隊省、国防省、イスラーム問題省である。したがって、NTPは政府を全面的にカバーしたものではないものの、NTP実施によってムハンマド副皇太子の権限がさらに強まるのは確実である。

ムハンマド副皇太子は6月13日からアメリカを訪問し、長期間の訪米中にはオバマ大統領をはじめとした米政府要人と相次いで会談し、カルフォルニアではフェイスブックのザッカーバーグ会長などIT関係の企業の首脳などとも会談をしている。「ビジョン2030」とNTPを実施する上では、アメリカとの協力が重要であるとの認識に基づくものであろう。とりわけ、IT関係のアメリカ企業のサウジアラビアへの投資が実現すれば、若者たちの支持を集めよう。「ビジョン2030」とNTPが成功するかどうかは、アメリカとの協力関係がカギを握るものと思われる。

(追記部分2016年6月23日脱稿)

 
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