2018 Volume 5 Pages 109-120
The number of U.S. soldiers in Afghanistan and Iraq had been reduced greatly under Barak Obama’s rebalancing strategy in Asia. During the same period, the number of U.S. soldiers in GCC states has been also reduced. There had been 35,953 U.S. soldiers in GCC states in 2011. This number was reduced to 16,311 in 2016, less than half of what it had been in 2011. The main reason for the drop was the reduction in the number of U.S. soldiers on U.S. military bases in GCC states who engaged and supported U.S. operations in Afghanistan and Iraq. While the number of U.S. soldiers was reduced, the U.S. maintained its military capability to ensure security for the GCC states, even strengthening its military power on U.S. bases in the UAE and Bahrain.
Washington has strong interests in fighting terrorism in the Middle East: providing security for Israel, and securing a stable supply of crude oil to the United States and other Western countries. As the U.S. military presence in the Gulf region has contributed greatly to securing those interests, Washington intends to maintain its military presence in the Gulf region.
Russia interfered in Syria in September 2015. However, Russia does not have military interests in the Gulf region, but economic interests such as arms sales and oil concessions. Russian influence without a military presence in the Gulf region is thereby limited.
アメリカのオバマ政権は2011年から2012年にかけて政権首脳や大統領が発表した論文や演説の中で、リバランスないしはピボットと呼ばれるアジア太平洋地域を重視する政策を打ち出した。リバランス政策によって中東地域からもアジア太平洋地域へのアメリカ軍の再配置が進められることになった。
リバランス政策が発表されてから6年が経過しているが、その間に中東地域ではアメリカ軍のプレゼンスの縮小が進められた。アメリカ軍のプレゼンスの変化は中東地域、とりわけ、アメリカ軍のプレゼンスが安全保障の大きな部分を占めてきたサウジアラビアをはじめとしたGCC諸国の安全保障に大きな影響を及ぼすものである。本稿では、まずリバランス政策の下での湾岸地域におけるアメリカ軍縮小の実態とその影響について明らかにし、つづいて2017年に発足したトランプ政権の下でのプレゼンスの変化についても検討する。
リバランス政策が進められた時期にはロシアの中東への関与も強まっている。「アラブの春」の激動に揺さぶられていた中東諸国では域内・域外から軍事支援や干渉を受けることが多かったが、とりわけ目立ったのがロシアの動きである。反政府勢力との間で激しい内戦が続きイスラーム過激派IS(「イスラーム国」)が勢力を拡大したシリアでは、ロシアがアサド政権側に立って軍事介入した。中東地域ではロシアの存在感と影響力が強まっているが、その湾岸地域への影響についても検討したい。
イラクとシリアではISの2大拠点であったモスルとラッカが陥落するなど最悪の混乱の時代は過ぎようとしているが、シリアやイラクを含めた中東地域が安定するまでには長い年月がかかるものと思われる。中東地域はまだ変化の渦中にあり安全保障をめぐる環境も今後大きく変化する可能性はあるものの、現段階でのアメリカやロシアなどの中東の安全保障への関与を検討し、今後の湾岸地域の安全保障体制について考える手がかりとしたい。
リバランス政策が進められた時期に、湾岸地域ではアメリカ軍のプレゼンスにどのような変化が起きていたのであろうか。その点から見ていこう。
最も大きな変化は、湾岸地域とその周辺に駐留したアメリカ軍の兵員数が減少したことである。アメリカの軍事人員データセンターの統計に基づくと、2011年にはイラク、アフガニスタン、GCC諸国で合計14万6,805人のアメリカ兵が存在したが、その数はオバマ政権末期の2016年には2万9,964人になり、約5分の1に減少している。グラフ1(アメリカ軍駐留兵数の推移-イラク・アフガニスタン・GCC諸国-)にも示したように、とりわけ大きかったのは、アフガニスタンとイラクで駐留アメリカ軍の兵員数が激減したことである1。オバマ政権の下でアフガニスタンとイラクでアメリカ軍の大幅な縮小が進んだことが示されている。
出所:米Defense Manpower Data Centerのデータより作成
グラフ1にも示したように、GCC諸国でもアメリカ軍の兵員数は減少している。GCC諸国のアメリカ軍の兵員数は2011年に3万5,953人であったが、2016年には1万6,311人になり、オバマ政権の下で5年間に約2万人減少し半分以下になっている。
そのGCC諸国でのアメリカ軍の減少について詳しく見てみると、アフガニスタンとイラクでのアメリカ軍の減少に連動した部分が大きかったことが理解される。グラフ2(アメリカ軍駐留兵数の推移・GCC諸国)にも示したように、GCC諸国ではカタルとクウェートでアメリカの駐留兵数が大きく減少している。
出所:米Defense Manpower Data Centerのデータより作成
カタルでは、アメリカはアル・ウダイド空軍基地に空軍兵力を展開し、それはアフガニスタンやイラクもカバーする空軍の拠点基地としての役割も果たしてきた。グラフ1と、グラフ2、グラフ3(GCC諸国での空軍駐留兵数の推移)とを比較すると、カタルに駐留するアメリカ兵の数はアフガニスタンとイラクでのアメリカ兵の減少数にほぼ連動して減少しているのが見て取れる。2011年に1万1,812人いたカタルのアメリカ兵は、アフガニスタンとイラクからの撤退が進んだ2012年に6,865人に急減し、その後は緩やかに減少し2016年に3,216人になっている。減少の主要な要因は、カタル駐留軍の主力である空軍兵力が2011年の9,677人から、2012年に5,424人へと大きく減少し、2016年に2,835人になったことである(グラフ3参照)。
出所:米Defense Manpower Data Centerのデータより作成
また、クウェートに駐留するアメリカ兵の数は2011年には1万6,881人であったが、2012年に1万0,006人に減少し、2016年には5,818人になっている。クウェートでの減少の内訳をみると、駐留したアメリカ陸軍の兵員数が2011年の1万2,645人から、2012年に7,710人になり、2016年には3,673人になったことが減少の主要な要因となっている。アメリカはクウェートをイラクにおけるアメリカ軍の活動を支援する後方基地として用いてきたが、イラクからのアメリカ兵の撤退にともなってクウェートでのアメリカ兵が陸軍を中心に減少したのである。
それらのことは、GCC諸国でのアメリカ軍の減少の相当部分は、アフガニスタンとイラクでのアメリカ軍の減少に連動したものであることを示している。
一方で、グラフ2に示したように、アメリカはバハレーンとアラブ首長国連邦では兵力を増強している。アメリカはバハレーンに第5艦隊の司令部を置き、空母を配置し海軍の航空兵力も維持しているが、バハレーンでのアメリカ兵の数は2011年の4,623人から2016年には5,370人に増強されている。アメリカ海軍の兵員数が2011年の3,781人から2016年には4,315人に増強されたことが大きく影響している2。アラブ首長国連邦では空軍兵力が強化されている。アラブ首長国連邦での空軍兵力は2011年の1,539人から2015年に2,231人になり、2016年には1,180人に一時減少したものの、翌2017年には2,046人に戻っている。
以上の事からは、アメリカはオバマ政権のリバランス政策の下でイラクとアフガニスタンでの兵力を大幅に削減したものの、GCC諸国に関しては、アフガニスタンとイラクでの減少に連動した部分を取り除くと、実質的には、アメリカ軍の戦力には大きな変化はなかったと見て良いであろう。シリアとイラクでISなどのイスラーム過激派が拠点を確保し勢力を拡大していたことに対応して、アメリカは2014年8月からイラクでの空爆を開始し、翌9月からはシリアで空爆を開始している。シリアとイラク、そしてアフガニスタンなどでの作戦の必要性があり、GCC諸国ではある程度の空軍戦力を維持する必要があったことも、アメリカ軍の減少をとどめたものと考えられる。
リバランス政策によるアメリカのプレゼンスの変化によって、GCC諸国の安全保障にはどのような影響があったのであろうか。すでに述べたように、アメリカはGCC諸国では空軍と海軍に関しては一定の戦力水準を維持してきており、安全保障の観点からは、全体的な駐留数は減少したものの、GCC諸国の安全保障に必要な質は維持されてきたと考えられる。GCC諸国でのアメリカ空軍や海軍の基地は維持されており、装備の備蓄も行われている。必要な時が来れば、短期間での兵力の増強は容易であろう。リバランス政策による変化は、GCC諸国の安全保障に深刻な影響を及ぼすには至っていないと考えられる。
トランプ政権発足後の2017年6月にアメリカの国防総省はアフガニスタンへの兵員増派の方針を打ち出し、実際にも、2017年9月の統計を見ると湾岸地域周辺でのアメリカ軍のプレゼンスは増加している(グラフ1、グラフ2参照)。しかしこのことは、オバマ政権の時代に段階的に縮小したが、治安情勢が悪化し、その対応のためにトランプ政権になって増派したことによるものである。今後のアフガニスタンやシリア、イラクでの情勢に左右される部分も大きいものとは思われるものの、湾岸地域周辺でのアメリカの兵力が今後大幅に増加していく可能性は少ないと思われる。
一方で、原油余りなど湾岸地域の重要性を押し下げるような反対の要因も存在している。トランプ政権の時代になってアメリカの中東での軍事的プレゼンスはどのように変化するのであろうか。
アメリカの対中東政策決定過程では決定に影響を与えるいくつかの大きな要素が存在し、それらはアメリカの外交や安全保障政策に大きな影響を与えてきた。対イラン、対サウジアラビアなどの2国間関係を別にすると、中東全体では、重視される主要な要素としては、1990年代までは、①湾岸地域からアメリカと西側諸国への原油の安定供給の確保、②イスラエルの安全保障と存立の確保、③ソ連の影響力拡大に対する対応が挙げられる。
それらの要素の重要性・プライオリティは時代によって変化してきた。1991年のソ連の崩壊により③ソ連の影響力拡大に対する対応が姿を消し、代わって、2001年の9.11同時多発テロ後には、イスラーム過激派・テロ勢力への対策が重視されるようになった。その後も、中東の激動の中でIS(「イスラーム国」)などのイスラーム過激派が勢力を拡大し、イスラーム過激派・テロ勢力への対策の重要性は大きく高まった。
原油の安定供給の確保に関しては、近年のアメリカでのシェール革命による増産でアメリカが原油の輸出国へと変化し(グラフ4(アメリカの原油生産量の推移)とグラフ5(アメリカからの原油輸出量の推移3)を参照)、また、供給過剰による価格の下落と原油のダブつきによって世界の原油市場が買い手市場になっていることで、安定供給の面では湾岸地域の重要性は低下している。実際に、2010年代に国内の生産量が急増する中でアメリカの湾岸地域からの原油の輸入量は減少しつつあり、とりわけサウジアラビアからの輸入の減少が著しい(グラフ6(アメリカ:湾岸地域からの原油輸入量4)を参照)。
(出所:EIAデータより作成)
(出所:EIAデータより作成)
出所:EIAデータより作成
そうした状況の変化を受けて現在のトランプ政権においては、①テロ対策、②イスラエルの安全保障と存立の確保、そして③アメリカと西側諸国への原油の安定供給が重視される形に変化していると考えられる。
これらの要素は今後どのように変化していくのであろうか。テロ対策に関しては、モスルやラッカなどのISの拠点が陥落しISの勢力は峠を越し弱まっていくものと考えられる。長期的には中東地域は安定化の方向へ向かい、それにともなってイスラーム過激派の勢力も弱まっていくものと考えられる。そうした状況が生まれれば、現在、最も重視されている①テロ勢力への対策はその重要性を弱めていこう。しかし、ISやアル・カーイダ系のテロ組織の鎮圧にはしばらく時間がかかり、また、アフガニスタンでの治安の回復も難しく時間がかかろう。トランプ政権は2018年1月に発表した2018年の国家防衛戦略(National Defense Strategy)の中で、ISはテログループとして存続しているが中東ではテロリストの安全地帯を許さない、とテロ勢力に対する厳しい対決姿勢を維持している5。当面、テロ対策はアメリカの対中東政策で重要な位置を占め続けるものと考えられる。
イスラエルの安全保障と存立の確保に関しては、シリアの混乱でアサド政権が弱体化し、レバノンのビズボッラーもシリアへの介入で忙しい。ガザのハマースも抑え込まれている。アラブ諸国の連帯が崩れイスラエルへの圧力も弱まっている。このようにイスラエルを脅かす要素は弱まっているが、中東の不安定性は続いており、イスラエルの安全保障と存立を確実なものにするためにもアメリカ軍のプレゼンスは引き続き必要であろう。アメリカの2018年国家防衛戦略の中で、イランは中東の安定に対する最大の挑戦勢力であると記されているように、トランプ政権のイランに対する警戒も強い6。イランはイスラエルを敵視しアメリカとも対立しており、イランへの対応のためにも軍事的なプレゼンスの維持が必要となっている。トランプ政権のイスラエル重視の姿勢も、GCC諸国でのアメリカ軍のプレゼンスを後押ししよう。
原油の安定供給における湾岸地域の重要性は今後どのようになるのであろうか。グラフ4とグラフ5に示したように、シェール革命によりアメリカでの原油生産が増加し、輸出も増加する流れが続いている。しかし、今後もシェール・オイルの生産が増え続けるかどうかについては、原油価格次第のところがあり不透明である。シェール革命によって原油の安定供給の重要性は低下したとはいえ、エネルギー源としての原油やガスの需要は続いており、世界最大のエネルギー源の供給地域としての湾岸地域の重要性は今後も続いていくものと考えられる。
以上のことを総合すると、長期的な動向は別にして、ここ1、2年に関しては、アメリカは湾岸地域に展開している軍事力を現在に近い水準で維持していく可能性が高いと考えられる。
また、湾岸地域におけるアメリカの空軍戦力は、インド洋のジエゴガルシア島のアメリカ軍の拠点基地とつながっており、ロシアや中国を軍事的に牽制するアメリカのグローバル戦略の一部を成している。グローバル戦略の観点からも、アメリカはGCC諸国ではある程度の空軍戦力を維持しようとするものと考えられる。さらに、アメリカ・トルコ関係が悪化しアメリカによるトルコの空軍基地の使用が制約されていることも、GCC諸国におけるプレゼンスの重要性を高めている。
カタルのアル・ウダイド空軍基地は湾岸地域でのアメリカの空軍戦力の要となっているが、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、バハレーン、エジプトは2017年6月にカタルと断交し、その影響を受けている。断交は、アメリカの空軍運用に大きな支障を及ぼしているため、アメリカは湾岸地域での空軍戦力の再配置を検討するかもしれないが、GCC諸国での空軍戦力は全体としては当面は維持されるであろう。
ロシアは、アサド政権を支援するために2015年9月にシリアでの空爆を開始し、シリアの内戦に軍事介入した。空爆では、ISも攻撃したものの、主なターゲットはIS以外の反アサド勢力であり、その空爆開始でシリアの内戦は大きく流れを変えた。
ロシアのシリアへの軍事介入の狙いには、歴史的にロシアとつながりのあったアサド政権を支援するとともに、ロシア軍がシリアのタルトース港などで持っていた権益を守ることがあったと考えられる。さらに、中東で存在感を示すことで、ウクライナ問題で受けていた国際的制裁を牽制する狙いもあったものと思われる。2011年にシリアで抗議行動が始まり内戦状態に発展していく中で、ロシアは国連安保理でのシリア情勢をめぐる議論や採決でアサド政権寄りの姿勢を続けてきたが、オバマ政権がリバランス政策を進めているのを好機と見てシリアへの協力を一段と進め、ロシアは軍事介入に踏み切ったのである。
サウジアラビアの安全保障の観点からは、今後、ロシアが湾岸地域などのアラビア半島周辺地域で軍事的な影響力を強めるようなことがあるかどうかが懸念される点である。しかし、2015年9月以降のシリアへの軍事介入はシリアとの2国間関係に基づく要素が強く、ロシアは地中海沿岸地域では軍事的プレゼンスを強める可能性はあると思われるが、当面、アラビア半島周辺地域での軍事的プレゼンスにはつながらないものと考えられる。これまでのロシアの対中東政策や中東関与の流れから見ても、ロシアがアラビア半島周辺地域に進出する可能性は低いと思われる。
ロシアの対中東政策についてロシア人の研究者たちは、ロシアの中東における関心は兵器の販売と原油・天然ガス利権の獲得、そしてロシア正教の保護が中心となっていると説明している7。また2017年1月19日付のFinancial Times紙は8、ロシアの中東への関心として、イスラーム過激派のロシアへの影響力拡大の阻止、ロシア製兵器の市場確保、ロシア企業による投資機会を挙げている。ロシア企業の投資機会にはロシアの石油・ガス企業による原油・天然ガス利権の獲得が含まれるであろう。これらの点は、今後の湾岸・アラビア半島地域でのロシアの動きを考えるうえで、大きなヒントを与えてくれるものである。
中東への兵器の販売に関しては、ロシアは長年にわたりシリア、イラク、エジプト、イランなどに対し航空機やミサイル、戦車、軍艦、潜水艦などをはじめとした多様な兵器を売却し、多額の売却代金を得てきた。中東地域は歴史的にロシアの兵器産業にとって巨大なマーケットであったのである。ロシアは中東への兵器の売却を続けており、2016年にはアメリカやイスラエルの反対で止まっていたイランに対する地対空ミサイル・システム(S300)の引き渡しを開始している。2017年に限って見てみても、2017年2月にはアラブ首長国連邦との間で対戦車ミサイルなど総額15億英ポンドの兵器売却交渉を進め、4月には戦闘機(Su-35)の売却交渉をしていることが報道されている。同年8月にはトルコとの間で最新鋭地対空ミサイル・システム(S400)の売却で合意している。同じ8月には、エジプトへの15機の攻撃ヘリコプター(15 Ka-52 Alligator、全体では46機を計画)の売却を決め、10月にサウジアラビアとの間で最新鋭地対空ミサイル・システム(S400)の売却で合意している。このように、ロシアは、親米国も含めた中東の多くの国に対し兵器の売却を続け、多額の経済的利益を得てきたのである。
原油・天然ガス資源の獲得に関しては、ロシアの関心は主には湾岸地域に向けられてきた。2004年にはロシアのルークオイル社はサウジアラビアでガス田の開発権を取得し、2億ドルを投資する計画で開発を進めたもののガス田の発見には至らずに失敗している。イラクではサッダーム・フセイン大統領の時代にロシア最大の石油会社ロスネフチ社が油田の開発を進めていた。イラク戦争後のイラクの油田権益の開放に際しては、ロシアのルークオイル社が西クルナ油田での権益の85%を獲得している。ルークオイル社は2014年に西クルナ油田で12万b/dで生産を開始し120万b/dの生産を目指している。イラクの西部地域では、現在、ロシアのガスプロム社がバドラ油田で原油とガスの生産を進めている。2017年10月には、ロスネフチ社はクルド自治政府と5カ所の油田開発で合意している。イランでは、イラン核合意後の外資への油田開発開放の流れの中で、2017年1月にロシアのガスプロム社とルークオイル社が開発への入札権を取得している。このようにロシアは湾岸地域を中心にして大きな石油利権を取得しつつあるのである。
ロシア正教の保護と権益の維持に関しては、プーチン政権にとっては、内政と対外政策を進める上でロシア正教との関係が重要である。ロシア正教会とロシア政府にとっては聖地エルサレムとその周辺は重要で関心の高い場所である。2012年6月にヨルダンのヨルダン川沿いの場所にロシア正教会の施設(Pilgrims House)がオープンした時にはプーチン大統領が開所式に出席しているように9、プーチン大統領にとってロシア正教への配慮は国内対策の上で重要な意味を持っているのである。
また、ロシアはロシア国内や中央アジア地域でのイスラーム過激派の問題を抱えている。チェチェンなどでのイスラーム主義者との紛争を経て、ロシア政府は中東でのイスラーム過激派の動きに敏感になっている。近年でも、ISが支配領域を拡大する中でロシアからは多数の過激派がシリアやイラクにわたっており10、イスラーム過激派の影響力の拡大阻止も重要な関心事項である。
以上のロシアの中東への関心の内で湾岸地域に関しては、ロシアの関心は兵器の販売や石油・ガス利権の取得などの経済的なものが中心となっている。そのことも含めて判断すると、ロシアはシリアでは軍事介入をしたものの、アラビア半島周辺地域に関しては軍事的なプレゼンスを追及するとは思えない。ロシアは、長期的な視点に立ってエジプトなどの地中海沿岸諸国との関係を強めていく可能性はあると思われるが、アラビア半島周辺地域で軍事的なプレゼンスを展開する可能性は少ないであろう。経済的な権益を守るために軍事力を配置することはないであろうし、また、ロシアにはその能力も余裕もないであろう。イランとトルコに関しても、ロシアと対立してきた歴史的な関係もあり、ロシアが今以上に軍事的な影響力を拡大する可能性は少ないと考えられる。
リバランス政策によって中東でのアメリカの軍事的プレゼンスは量的には大きく減少した。アフガニスタンやイラクでのアメリカ軍の兵力数が劇的に減少し、それに連動してGCC諸国に駐留したアメリカ軍の数も減少した。しかし、アメリカの航空戦力など、GCC諸国の安全保障を守るのに必要な水準は維持されてきた。また、ロシアは2015年にシリア内戦に軍事介入したが、ロシアが湾岸地域やアラビア半島周辺地域で軍事的プレゼンスを強化する兆しはない。湾岸地域ではサウジアラビアとイランの対立が続いているが、湾岸地域の安全保障が動揺し不安定化することはないであろう。
しかし、長期的に見ると、安全保障をめぐり様々な変化が起こり、安全保障をめぐる状況は変化していくものと予想される。アメリカにとっては、テロ勢力への対策の必要性が弱くなり、湾岸原油への依存もさらに低下する可能性がある。オバマ政権のリバランス政策はアメリカのGCC諸国への軍事的コミットメントが強固で不変ではないことを示し、アメリカへの信頼を損ねた。サウジアラビアなどはアメリカの将来のコミットメントに対する懸念を強めている。
サウジアラビアのサルマーン国王は2017年10月にロシアを訪問しプーチン大統領と会談し、ロシアから最新鋭地対空ミサイル・システム(S400)を調達することを決めている。ムハンマド皇太子も2015年に副皇太子になって以来3回ロシアを訪問(2015年6月、2015年10月、2017年5月)している。将来の安全保障を確実にする目的もあり、ロシアとの関係を重視し強化しているものとみられる。サウジアラビアはミサイルや戦闘機などの兵器の調達を進め自らの防衛力を強化するとともに、外交面での対策も進めている。
中国とトルコが湾岸地域への関与を強めていることも将来の安全保障をめぐる状況を複雑にしそうである。中国は一帯一路構想の下で中東地域への経済的進出を進めており、中国と湾岸地域との経済関係は強まっている。現在のところ、中国の関心は湾岸地域からの原油の輸入と、中国製品の販売、工業団地への投資などにとどまっており、安全保障の面で中東情勢に積極的にかかわる姿勢は見せていない。しかし、2017年7月に紅海岸のジブチに軍事基地を開設しており、それは海賊対処活動や国連平和維持活動(PKO)への支援を目的としているとされるが、将来的には、中東での安全保障の面でのかかわりも徐々に強めていく可能性がある。中国の動向については注視する必要があろう。
一方で、アラビア半島周辺でのトルコの動きも目立っている。トルコは、伝統的に中東の政治から一歩距離を置く姿勢を保ち、隣接するシリアやイラクなどとの関係を除けば、中東の域内政治への関与は目立たなかった。しかし、2017年になると、トルコはカタルに軍事基地を建設しトルコ兵を配置し、ソマリアの紅海岸にもトルコ軍の施設を建設し、スーダンでも海軍・民間用のドックの建設計画を明らかにしている。エルドアン大統領の下でトルコはシリアへの介入姿勢を強めているが、ペルシャ湾岸や紅海岸などでも安全保障への関与を強めているのである。
もっとも、このトルコの動きの背景にはEU加盟が困難になったエルドアン大統領がアラブ地域で影響力を示すことで外交的失点をカバーし、そのことでトルコ国内での国民世論の支持をつなぎとめようとする狙いがあるものと思われる。国内向けのジェスチャーが中心で、ペルシャ湾岸や紅海岸への本格的な軍事的進出を計画しているとは思えない。そもそもトルコはオスマン帝国の時代にアラブ地域の多くの国を支配下に置いた歴史がある。トルコの関与あるいは介入はアラブ諸国では歓迎されないであろう。トルコがムスリム同胞団に近いこともエジプト、サウジアラビア、アラブ首長国連邦などのアラブ諸国との関係を難しくしている。中東でトルコが果たせる役割は限定的であろう。