2019 Volume 6 Pages 82-98
Since over a year now, Qatar has been cut off diplomatically and economically by Saudi Arabia, the United Arab Emirates, Bahrain, and Egypt. The blockade was announced after Emir Sheikh Tamim bin Hamad Al-Thani’s remarks on Qatar News Agency (QNA) in May 2017. The prolonged blockade is having a significant impact on Qatar and other GCC economies.
This paper argues that the blockade has had a tremendous impact on Qatar’s economy, in particular, the financial markets and banking sector. Using quarterly and monthly financial data of eight commercial banks in Qatar before and after the blockade, the paper examines how the structure of deposits and loans in the Qatar’s banking sector has changed during the ongoing crisis.
The results of this study reveal that immediately after the blockade began, due from banks abroad and non-resident deposits at Qatar’s banks declined. Subsequently, the Qatar Central Bank sold holdings of foreign securities and injected funds to shore up the domestic banking sector. In addition, due to the financial support by the Central Bank and Investment Authority, the performance of the commercial banks in Qatar has been on a recovery trend since the second half of 2017, and there have been outstanding differences between banks performance with credit risk exposures to Arab Quartet markets and other banks. Finally, this study finds that financial dependence on the government sector can act as a buffer against external shocks.
カタル国営通信(Qatar News Agency: QNA)が2017年5月下旬に行った、カタルのタミーム・ビン・ハマド・サーニー首長の発言に関する「フェイクニュース」報道1を直接的なきっかけとして、サウジアラビア・アラブ首長国連邦(以下UAE)・バハレーン・エジプトなどのアラブ諸国は、相次いでカタルとの外交関係断絶や格下げを発表すると同時に、カタルとの国境を封鎖しヒト・モノ・カネの移動の制限を行った。当初、サウジアラビア側は、これらの措置について「テロと過激主義の危険から国家の安全を守るため」と説明したが、カタル側は「事実の裏付けがなく」、「正当化できない」として反発した。
カタル封鎖の原因となった事実関係2については、依然としてすべてが明らかになっていないものの、実情として対カタル包囲網は構築されてしまっている3。ヒトの移動については6月5日の上記アラブ4か国(以下、カルテット諸国)による断交宣言の際にカタル外交団を国外追放したほか、サウジアラビアは、カタルにとって陸上唯一の国境(ブーサムラ)を封鎖した。また、カルテット諸国とドーハを結ぶ空路の直行便もすべて停止された。物資の空路および陸路移動もヒトの移動と同時に制限され、サウジアラビア・UAE・バハレーンでは、カタル船籍の船の寄港を禁止したため、カタルの商品貿易にも大きな障害となった。加えて、カタルの国内銀行は、カルテット諸国の銀行システムにアクセスすることを停止され、信用与信枠もキャンセルされた。
当初、カタルに対する経済制裁は、短期的に解決されるとの予測もあったが、2018年6月現在解決への進展はほぼ見られていない。封鎖直後には、カタルが物資の調達先をトルコ、イラン、モロッコなどに多様化し、利用できなくなったUAEの港を回避するためにオマーンのソハール港に航路をシフトするなど柔軟な対応を見せたため、カタル経済に与える影響は小規模なものであるとの見方もあった(The Economist4、2017年6月15日付)。しかしながら、6月23日にカルテット諸国から提出された13項目の対カタル要求に対しても、カタル側は交渉を試みたものの解決には至らなかった。カタルは、世界貿易機関(WTO)などに対してもサウジアラビア・UAE・バハレーンによる交通・通商経路遮断の中止を訴えるなど外交努力を続ける一方で、天然ガスの開発・生産を促進して財政収入の確保を図るなど包囲網に対応しようと国内外両面で対応を重ねてきた。12月5日には、クウェートでGCC諸国首脳会議が開催されたが、議長国クウェートのサバーハ首長以外に出席した首脳はカタルのタミーム首長のみでGCC諸国首脳が一堂に会することもなく、断交問題について何らの進展もなかった。2018年に入ってからも、1月にカタル軍用機がUAEの旅客機の進路を妨げたとして、UAEがカタルを非難するなど、カタルとカルテット諸国の間の関係悪化は長期化するとみられるようになった。
封鎖の長期化は、カタル経済および関係国経済にも大きな影響を与えつつある。カタルの貿易はカルテット諸国による封鎖命令後1ヶ月で40%低下し、周辺国へ貿易を依存するカタル経済の脆弱性を露呈した。たとえば、カタルの建設資材の約70%がサウジアラビアとUAE経由で搬入されており、封鎖以後、カタルは代替となる貿易路を開拓するために追加的な輸送コストを支払う必要があった。食糧価格についても7月には前年比4.5%上昇した。観光部門にも大きな影響があり、6月の来訪者数は前年同月比で40%減少し、GCCからの訪問者の数は70%以上減少した(Financial Times5、2017年9月13日付)。
本稿では、カタル封鎖がカタル経済とくに銀行部門に与えた影響について分析を試みたい。カルテット諸国による経済封鎖が、カタル経済にどのような影響を与えるかについては多角的な分析が必要であるが、本稿では国内経済のファイナンス面、特に銀行部門への影響と封鎖に対する対応について整理したい。具体的には、封鎖前後の銀行の四半期・月次財務データを用いて、カタル銀行部門の預金や貸出の構造がどのように変化したかに着目しつつ封鎖の影響について検証する。
以下、第1節では、封鎖以後、カタルの銀行市場がどのような影響を受け、それに対してカタル中央銀行などの金融当局が、どのような対応を行ったかについて整理する。第2節では、カタルの商業銀行8行の四半期データを用いて、封鎖とその後の金融当局の対応の影響について分析を行う。最後に、本稿の結論をまとめ、カタル銀行業が今後直面する経営課題について述べる。
カタル断交を含む近年の中東地域の混乱は、GCC諸国経済の見通しに悪影響を与えている。国際通貨基金(IMF)の世界経済見通し(2018年4月発表)によると、多くのGCC諸国で2017年の実質経済成長率は減速するとみられている(表1)。断交が行われる前年(2016年)と比較するとサウジアラビア、クウェート、オマーンの成長率の減速が特に著しい。
(注)色枠内はIMFによる推計値。
(出所)IMF, World Economic Outlook Database, April 2018より筆者作成。
IMFによるGCC諸国の成長見通し[IMF 2017]によると、カタルの見通しは断交後にも関わらず相対的に好調と見られている。これは、断交後に新しい貿易ルートを迅速に確立したために経済的な悪影響は一時的なものに過ぎず、カタル銀行の海外預金の減少に対してもカタルの金融当局が適切に流動性の注入を行ったことがマクロ経済統計の改善につながったと説明している。しかしながら、GCC諸国の中で相対的に断交後の経済減速が軽微と見られるカタルについても、2010年代前半の高成長期(特に2010年と2011年)と比較すると、2017年と2018年の成長率は3%前後に大きく落ち込むことが予想されている。
カタル断交は、GCC諸国企業の資金調達環境にも影響を与えている。カルテット諸国がカタルに対して断交宣言を行なった6月4-10日の週を境に、GCC諸国の株式市場の週次平均株価がどのように変化したかを示したものが図1である。各株価市場の総合株価の週次平均を計算し、6月4-10日の週の平均値を100としてデータを調整した。その結果、断交対象国であるカタルの総合株価(QE General Index)が大きく落ち込んでいる一方で、カルテット諸国の一角のサウジアラビア(Tadawul All Share Index)、UAE(アブダビ:ADX Indexおよびドバイ:DFM Index)の平均株価が増価している。なお、同じくカルテット諸国のバハレーン(Bahrain All Share Index)、断交とその後の経済封鎖に積極的に関与してないクウェート(Kuwait Main Market Index)とオマーン(MSM 30 Index)については、断交宣言後に顕著な株価の増価も見られなかった。少なくとも投資家は、短期的にはカタルに対する断交宣言とその後の経済封鎖を、カタル市場にとってのマイナス材料として、またサウジアラビアとUAEの市場にとってはプラス材料としてみていたと考えられる6。
(注)本図で掲載したGCC諸国株式市場の総合株価指数は、以下の通りである;バハレーン全指数(Bahrain All Share Index)、クウェート主要市場指数(Kuwait Main Market Index)、マスカット証券取引所指数(MSM 30 Index)、カタル証券取引所指数(QE Index)、サウジアラビア・タダウル全株式指数(Tadawul All Share Index)、UAE:アブダビ総合指数(ADX General Index)およびドバイ金融市場総合指数(DFM General Index)。各市場の総合指数の日次終値を週平均値として求め、断交が宣言された2017年6月4-10日の平均値を100として表した。
(出所)各株式市場のデータから筆者作成。
カタル封鎖直後から金融部門とりわけ銀行部門への悪影響について、各種メディアでの報道や調査会社によるレポート発表が相次いだ。格付会社Moody’sは2017年9月のレポートの中で、サウジ・UAE・バハレーンは協調してカタルの銀行の預金を引き揚げており、カタル銀行業にとって直接的な打撃となったと報告した。同社のレポートによると6-7月にカタルの金融システムから約300億ドルの資金が流出したとされる(Financial Times、2017年9月13日付)。カタル中央銀行の報告書によると、国内商業銀行の非居住者の預金残高は2017年5月末の507億ドルから7月末に75億ドル減少(14.9%減)し431億ドルになった。海外負債(非居住者の預金、海外銀行預金、外国証券を含む)は同時期に1294億ドルから1066億ドルになり227億ドル流出(17.6%減少)していた。また、商業銀行の海外資産(現金、海外銀行貸出、海外投資を含む)も同期間に735億ドルから682億ドルまで53億ドル(7.2%減)目減りしている[Qatar Central Bank 2017]。
カルテット諸国は、カタル銀行に対する規制と監視を強化している。サウジアラビア・UAE・バハレーンの中央銀行は、監督下にある国内銀行に対して、カタルの顧客へのエクスポージャーを明らかにするよう要請した。銀行は、資産の流入と流出に関する情報と、株式、債券、スワップ、銀行間資金、および保管業務の詳細を中央銀行と共有するよう求められている(Bloomberg7、2017年6月7日付)。
カタルの商業銀行は、封鎖後のこうした経営環境の変化を受けて、信用状態に関する評価が低下しつつある。米国格付会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)は、2017年6月7日にカタル政府の長期債務格付けを「AA-」に1段階引き下げたと発表した。それを反映する形で、カタルの商業銀行各行の長期格付けも相次いで引き下げられた。S&Pは、カタル国立銀行(Qatar National Bank:以下QNB)の長期格付けをA+からAに引き下げ、QNB、カタル商業銀行(Commercial Bank of Qatar:CBQ)、ドーハ銀行(Doha Bank)、カタル・イスラミック銀行(Qatar Islamic Bank:QIB)の短期格付け見通しを「ネガティヴ」に引き下げた。ムーディーズ(Moody’s)も同様に、国内銀行景況と資金調達環境の悪化を理由にカタル商業銀行各行の長期格付け見通しを「安定」から「ネガティヴ」に引き下げた8。
(3) カタル中央銀行の対応カタルの金融当局の対応の焦点は、まず、国内金融システムの健全性を国内外にアピールすること、そして、資金不足に陥った金融機関に対しては迅速に資金を供給することにあった(Gulf Times9、2017年11月29日付)。封鎖開始直後、カタルのアブドゥッラー(Sheikh Abdullah bin Saud Al-Thani)中央銀行総裁は、国内銀行の健全性と国内外取引が支障なく行われていることを訴えた(Gulf Times10、2017年6月12日付)。その後、総裁は米国メディア(CNBC)のインタビューの中でも、中央銀行とカタル投資庁(Qatar Investment Authority: QIA)はそれぞれ400億ドルと3000億ドルの外貨準備を保有しており(図2)、カタルの銀行システムは堅実性と頑健性が担保されていることをアピールした(Gulf Times 11、2017年10月17日付)。
(出所)Central Bank of Qatar, Monthly Monetary Bulletin
また、非居住者の預金引き上げやカルテット諸国金融機関との取引の混乱に対応するため、中央銀行から国内金融機関向けに支援が行われた。Financial Timesは、Moody’sの報告書を引用して、カタルは、近隣諸国の禁輸措置の影響を和らげるため、3400億ドルの準備金のうち約385億ドル(GDP比で約23%)を費やしたと報じた。また、周辺諸国在住のカタル銀行預金者が預金を回収したため、カタルは6-7月間に約300億ドルもの資本流出を被ったと報じた(Financial Times12、2017年9月13日付)。さらに、カタル投資庁も、封鎖の影響を緩和するために海外資産のうち200億ドル以上を本国に戻したと言われる。カタルのシャリーフ・アル=エマーディー(Ali Shareef Al-Emadi)財務大臣は、カタル投資庁の資金が「バッファ」となり銀行システムに流動性を供給するために使われていたと語った(Financial Times13、2017年10月18日付)。
カタル中央銀行のバランスシートを観察すると、中央銀行による国内銀行部門に対する資金供給は、主に、中央銀行が保有する外国証券を売却することによって行われたことがわかる14。2017年6月以降11月末までに、外国証券を187億ドル売却して、その大部分を国内銀行への資金201億ドルに充てたと考えられる(表2)。IMFなど国際機関の準備金も外貨準備として計上されるが、封鎖前後で大きな変化は見られなかった。同期間に取り崩した外国証券187億ドルによる外貨準備の目減り分を外貨建て流動資産121億ドルの積み増しなどで一部を相殺した結果、外貨準備合計は封鎖後6か月間で88億ドル減少したことになる(図2)。中央銀行の定義によると、外貨準備合計(国際準備および外貨流動性、international reserves and foreign currency liquidity)には、以下の項目が含まれる;①金、②外国銀行残高、③IMF準備金および特別引出権(SDR)、④その他外貨建て流動資産、である。2017年5月末時点で外貨準備合計額は457億ドル保有されており、外国銀行残高は110億ドル(外貨準備合計額の24%)、その他外貨建て流動資産が105億ドル(同22%)であった。しかし、外貨準備合計額は2017年5月末の457億ドルから11月末時点には369億ドルに減少し(19%減少)15、そのうち外国銀行残高は86億ドル(外貨準備合計額の23%)、その他外貨建て流動資産が227億ドル(同61%)となった。
(注1)国際機関準備金は、IMF準備金、IMF特別引出権(SDR)、AMF持ち分からなる。
(注2)その他資産には、金、政府向け信用が含まれる。
(出所)カタル中央銀行、月次金融報告書2017年11月より筆者作成。
この中央銀行による国内商業銀行に対する支援は、中央銀行法第85条「中央銀行は、例外的な状況において、金融機関の流動性をサポートする必要がある場合、資本金および準備金の50%を超えない範囲で、当該金融機関に対して貸付を行うことができる」に沿ったものであった。この意味で、中央銀行は、カタル封鎖により資金繰りが困難に陥った国内商業銀行に対する「最後の貸し手(lender of last resort)」機能あるいは「銀行の銀行」としての役割を果たしていたと言える。同時に、カタル・リヤルの為替レートを維持するために、貨幣量を調節する管理機能も適切に機能していた。
カタル封鎖以後の国内銀行市場全体については、カタルの金融当局の積極的な介入もあって、これまでのところ大きな混乱は報告されていない。カタルの銀行部門に関するマクロの財務統計によると、商業銀行の資産総額は2015年以降拡大傾向にあり(図3)、封鎖による影響は軽微であったと言える。商業銀行が保有する資産額は、封鎖前後でも増加傾向にあった。2017年5月末時点での国内商業銀行の総資産額は3607億ドル(うち国内資産は2737億ドル、海外資産は735億ドル)であったが、7月末までに29億ドル減少し3578億ドルに微減した(0.8%減)ものの、その後2017年11月末時点で3660億ドル(うち国内資産は2909億ドル、海外資産は624億ドル)まで拡大している。封鎖後、商業銀行は海外銀行の預け金(due from banks abroad)を回収したことで海外資産が減少したが、国内信用の拡大を通じて国内資産が増加し、結果的に総資産額は回復に向かった。
(出所)カタル中央銀行,月次金融報告書2017年11月より筆者作成
しかしながら、カタル銀行部門に対する封鎖の影響は必ずしも一様ではない。カタルの商業銀行は、最大手のカタル国立銀行(QNB)を筆頭に、現在、計11行の国内銀行と、外国銀行7行16が営業を行っている。国内銀行11行のうちカタル証券取引所に上場している銀行は8行、イスラーム銀行は4行17である。本稿では、四半期の財務データなどを用いて封鎖前後のカタル銀行業の経営の変化を見るために、比較的財務情報を公開している上場銀行8行に対象を絞り分析をすることとした。
最大手のQNBとそれ以外の銀行では経営環境や財務構造、海外業務への依存度が異なるため、封鎖のショックに対する耐性も異なっていたと考えられる。QNBは、総資産2230億ドル、営業利益63億ドル(2017年末)の中東北アフリカ地域最大の金融機関であり、31か国以上で事業展開するメガバンクである(QNB 2017a)。カタル国内市場において、資産額で59%、預金額で71%、貸出額では64%のシェアを有する(2017年末時点)。QNBは、資金調達の56%、預金の49%を海外に依存しているが(2017年6月時点)、封鎖直後、預金の大幅な流出は起こっておらず、収益は拡大していると報じられていた(al-Jazeera18、2017年6月15日付)。また、QNBはUAEの国際商業銀行(Commercial Bank International)の40%株式を所有し、エジプトでも事業を展開(QNB Alahli: QNBが97.12%所有)するなど、カルテット諸国でも営業を行っていながら、封鎖以降も資産・預金・貸出いずれも堅調に拡大を続けていた(図4、図5)。これは、QNBの資金は海外依存度が高いものの、カルテット諸国の預金は預金額の4%に過ぎなかったため、少なくとも封鎖によるQNBの預金と資産への影響は軽微であったと考えられる(Bloomberg、2017年6月7日付)。
(注)イスラーム金融機関のQIB、マスラフ・アル・ラヤン(Masraf Al Rayan)、カタル国際イスラミック銀行(Qatar International Islamic Bank: QIIB)の預金は厳密には伝統的な金融機関のそれとは異なるため、顧客当座預金(customers’ current accounts)と非制限投資勘定(unrestricted investment accounts)の合計として表した。
(出所)各銀行の四半期財務報告書より筆者作成。
(出所)各銀行の四半期財務報告書より筆者作成。
封鎖によるダメージを受けたQIBなどの中規模銀行は、中央銀行による金融支援発表後、業績を回復しつつあるが、その回復速度は最大手QNBと比べると鈍かった。預金流出の影響が大きかったQIBでは、リヤル建て・ドル建ての譲渡性預金を発行することで預金基盤を強化したことも業績回復に貢献したと考えられる(Reuters19、2017年8月6日付)。2017年末のQIBの総資産は413億ドルで前年比7.5%増、国内第3位のカタル商業銀行(Commercial Bank of Qatar:CBQ)の総資産も380億ドルで6.2%の増加を示した。中規模銀行QIBとCBQの預金についても2017年12月末の預金額は、前年比でそれぞれ6.7%と9.5%増加しており堅調に回復しつつあるが、QNBの増加率よりも低かった(図4)。貸出額の増加率についても、封鎖後のQNBの増加率に比べると、中規模銀行特にQIBの増加率(2017年12月末で前年同期比4.5%)は低かった。国内第3位のCBQについては、ジョセフ・アブラハム(Joseph Abraham)CEOは、同行がUAEとサウジアラビアには限定的なエクスポージャーしか抱えていなかったことを理由に健全なバランスシートを保持していたと語った通り(Gulf Times20、2018年1月31日付)、他のGCC諸国のエクスポージャーの比率が高かったQIBとは対照的な業績となった。
封鎖後の預金と貸出の減少や伸び悩みは、多くの小規模銀行でも観察された。ハリージ商業銀行など小規模銀行の預金額は封鎖後に低下し、2017年3月末の水準にまで回復には至っていない(図4)。貸出額についても、ドーハ銀行(Doha Bank)、ハリージ商業銀行などの貸出額(2017年12月末)は2017年3月末の貸出額と比較しても5%以下の拡大に過ぎなかった(図5)。例外的に、8商業銀行のなかで最も資産規模の小さいカタル国際イスラミック銀行(Qatar International Islamic Bank:QIIB)は、封鎖直後の2017年6月に預金が落ち込むものの、その後預金も貸出も急増している。同行のCEOであるアブドゥルバシット氏(Abdulbasit Ahmed Abdulrahman Al-Shaibei)は、2017年の年次報告書の中でQIIBの順調な回復の原因は、海外市場よりも国内市場に預金と貸出を集中してきたことと、カタル政府が主導するインフラ計画や中小企業支援計画に注力してきたことにあったと説明している[QIIB 2017]。
(2) カタル商業銀行の信用リスク・エクスポージャーの変化カタルの商業銀行は、その経営基盤をどの程度カルテット諸国に置いていたのだろうか。ここでは、その傾向を推察するためにカタル銀行の信用リスク・エクスポージャー(credit risk exposures)21の地域的分布を見ることにする。各商業銀行はカルテット諸国それぞれに対する資産や貸出額の詳細を明らかにしていないため、カタル国内、カタル以外のGCC諸国、その他地域に対する信用リスク・エクスポージャーから、カタル商業銀行経営の対カルテット諸国依存を推察することにする。表3は2016-2017年における国内商業銀行8行のエクスポージャーの地域的および分野別分布とその変化率を表している。
地域別エクスポージャーによると、カタル銀行のリスク資産は、海外よりは国内に多く依存していたが、封鎖後に海外依存度はさらに低下したことがわかる。多くの商業銀行の2017年末のエクスポージャーの70%以上は国内資産で構成されており、海外依存度は相対的に低かった。積極的な海外展開の結果、海外資産が比較的多い最大手のQNBのリスク・エクスポージャーについても、2017年末時点の総額2156億ドルのうち、カタル国内資産は61%に対して、海外資産は39%に過ぎなかった[QNB 2017b]。国内資産への依存は、中小規模銀行(Ahli)やイスラーム銀行(QIB、Rayan、QIIB)でより強い傾向がみられた。また、2016年から2017年にかけて、国内依存度が上昇し海外依存度は低下していた。
(注)国内依存度、GCC依存度、政府依存度は、それぞれ信用リスク・エクスポージャー全体の金額に対する比率を示している。変化率は、2016年から2017年の各項目のエクスポージャー資産額の変化率を表している。
(出所)各銀行の年次報告書より筆者作成。
次に、中小規模銀行は、エクスポージャーの海外依存度は低いものの、GCC諸国に対する依存度が高かったと言える。ドーハ銀行やハリージ商業銀行の2016年のGCC諸国向けエクスポージャーは10%以上であり、他の商業銀行よりも高い水準であった。一方で、海外資産が相対的に多いQNBについては、2017年末時点の総額2156億ドルのうち、海外資産は39%、他のGCC諸国の資産は4%程度であり[QNB 2017b]、資産の海外依存度が高いながらも、相対的にGCC諸国向け資産が少ないという特徴がみられた。また、QNBを除くすべての商業銀行で、封鎖後にGCC諸国向けエクスポージャーが大きく縮小し、GCC諸国依存度も2016年から2017年にかけて低下した。GCC諸国向けの貸出や証券投資が困難になったことを反映していると考えられる。
GCC依存度と銀行業績の関係についても指摘しておきたい。ドーハ銀行やハリージ銀行のようなGCC依存度が高かった銀行では、預金と貸出額が大きく低下し、回復に至っていない傾向が見られた(図4、図5、表3)。QIBについても、2016年の資産の海外依存度が9.1%で中規模銀行中では低水準であるが、GCC諸国向けのエクスポ-ジャーは他の中規模銀行よりも高い(2016年に6.8%)。これらの中小規模銀行は、積極的に海外向けに貸出やファイナンスを行っていたが、その運用先は他のGCC諸国に集中しており今回のように地域内の危機に十分に対応できなかったと考えられる。これは、積極的に海外展開しながらもGCC諸国への依存度が低かったQNBの封鎖後の状況とは対照的であった。
最後に、商業銀行の融資やファイナンスの政府部門への傾倒が、今回のような外部ショックに対しては緩衝材として機能していた可能性がある。商業銀行は封鎖後に、政府向け融資などを通じてエクスポージャーを増加させていた。政府向けエクスポージャーは、2016年から2017年にかけてすべての商業銀行で増加しており、エクスポージャー総額に占める比率も拡大している。しかし、中小規模銀行の中でも、CBQやマスラフ・アル・ラヤン、QIIBのように封鎖後に政府向け融資を大きく増加できたグループと、ハリージ銀行のように政府向け融資を増加できなかったグループの2つに分けることができる。前者の政府向けエクスポージャーを拡大できた銀行グループの多くでは、貸出と預金を回復することができたと見ることができる。この傾向が最も強く見られたのは、前小節で指摘した最下位銀行QIIBである。QIIBは他行に比べて海外展開が進んでおらず、業務の中心を国内市場に置いており、同時に政府依存度が高く政府主導のプロジェクトに強く関与していた。このことが、封鎖のような外部ショックに対して強い経営基盤を有するに至ったと説明できる。一方で、海外依存度とGCC諸国依存度が高く、政府依存度を増加できなかったハリージ銀行では、預金と貸出に関して回復に至らなかったと考えられる。
本稿は、カタル封鎖がカタル銀行部門へどのような影響を与えたかを、月次あるいは四半期の財務データを用いて検証を試みた。その結果、以下のことが明らかになった。第一に、カタル封鎖直後、商業銀行の海外銀行預け金や非居住者の預金が急減した。第二に、その後、中央銀行が保有する外国証券を売却することなどによって国内商業銀行への資金供給が行われた。第三に、金融当局の資金支援によってカタルの商業銀行の業績は2017年後半以降回復傾向にあったが、カルテット諸国への多くのエクスポージャーを抱える銀行とそれ以外の銀行で差がみられた。第四に、商業銀行の融資やファイナンスの政府部門への傾倒が、外部ショックに対する緩衝材として機能していた可能性がある。
とはいえ、カタル国内銀行市場の展望は、必ずしも明るいとは言い難い。たとえば、QNBの貸出は2017年には12.3%の成長を見せたものの、2018年には7-9%に減速すると見られている。これは、封鎖による直接的な影響というよりは政府による新規インフラ支出が減速することによると予測されている(Reuters22、2018年1月18日付)。また、カタル国内銀行市場への封鎖の直接的な影響は軽微であったが、封鎖が長期化すればカタル銀行がカルテット諸国で展開していた事業を縮小する可能性が高い。たとえば、QNBはUAEで展開する国際商業銀行(CBI)の株式売却は否定したものの、ドーハ銀行は在UAE資産の売却を、カタル商業銀行はアブダビのユナイテッド・アラブ銀行(United Arab Bank)の株式の売却を検討中と報じられた(Reuters23、2017年10月11日付)。また、QNBはエジプトのQNB Alahiの株式の一部を売却することが検討されている(Reuters24、2018年2月18日付)。
カタル銀行業が今後業績を回復するために取りうる戦略としては、以下の2つを考えることができる。第一に、QNBのような資本力のある銀行は、小さなカタル国内よりも海外市場に事業を展開することである。その進出先あるいは事業拡大先として、当面はカルテット諸国(およびそれに協調する国々)以外の市場を選択することが予想される。第二に、国内インフラプロジェクトに依拠した経営から、国内外の富裕層向けビジネスなど収入源の多様化を図ることである。カタル経済の今後の安定的な成長のために頑健な金融・銀行システムは必要不可欠である。今回の封鎖という「災い」は、将来のカタル金融・銀行システムの育成のための好機あるいは「福」ととらえることもできよう。
(2018年6月19日脱稿)