Middle East Review
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【Politics of Iran】Iran: Foreingn Minister Zarif's Announcement of Retirement and Its Aftermath
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2019 Volume 6 Pages 12-16

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2月26日にモハンマド・ジャワード・ザリーフ外務大臣がイラン国内で使用の許可されているSNSのインスタグラムを使って辞意を表明し、世界中に衝撃が走った。それは単に中東の一国の外相の辞任という意味に留まらず、彼の退陣が2017年のトランプ政権の登場後不透明な状態の続く中東情勢の更なる不安定化の兆候を意味するからであり、現在のイランをめぐる国際関係がいかに危うい均衡のうえに辛うじて成立しているかを改めて実感させるエピソードであった。

ザリーフ外相の辞意表明とその帰結

ザリーフ外相は1960年生れ、米国のサンフランシスコ州立大学とデンバー大学で国際法を修めている。2002年から2007年までイランの国連代表を務め、その後はアーザード大学の副学長などの職に就いていた。2013年のハサン・ロウハーニー政権の発足当初から外相を務め、在日大使であったアッバース・アラーグチーを参謀役にして長期間かつ困難を極めたG5+1との核交渉を2015年7月にまで導いた立役者である。

ザリーフ外相のインスタグラムにおける辞意表明の文意は以下のとおり。「ハズラテ・ファーテメ1の生誕日に当たり、母の日、また女性の日をお祝い申し上げる。過去67ヶ月にわたるイラン国民の寛大さと関係諸氏の尊敬すべき勇気に感謝しつつ、在任中の至らぬ点、また今後職務を全う致しかねる点について心よりお詫び申し上げる。何卒ご自愛あらんことを2。」これと前後して正式の辞表がロウハーニー大統領に提出されたが大統領はこれを受理せず、結局ザリーフ外相の残留が決定的になったというのが事の経緯であった。

これは直前にシリアのバッシャール・アサド大統領がテヘランを(事前の公表なく)電撃訪問し、25日に最高指導者アリー・ハーメネイー師と会見したことが直接の端緒になった。ハーメネイー師との会見にはロウハーニー大統領のほか革命防衛隊のガーセム・ソレイマーニー司令長官が同席したが、ザリーフ外相の姿は見られず、これがイランの政治中枢における外務省の軽視として受け止められたという訳である。

もしザリーフ外相および外務省側のこの論理が正しい場合、イランの外交政策において従来の西側各国を含むG5+1との核交渉およびその後の展開において主導的な役割を果たしてきたザリーフ外相が、2018年初頭以降の米国のJCPOA離脱3の流れの中でイランの政策決定の周縁に追いやられたという事を意味していよう。そしてそれに代わりイランの外交政策に対する発言権を拡大しようとしているのが、ガーセム・ソレイマーニー司令長官に象徴される革命防衛隊(Revolutionary Guard Corps、RGC)であるという事になる。

ソレイマーニー司令長官のシリアにおける活動はバッシャール・アサド大統領の存続に大きく貢献した。とりわけ2012年の後半以降はダマスカスに司令部を置いた彼の指導するGRCコドゥス特殊部隊がヘズボッラーやシーア派民兵組織と連携してシリア政府側の軍事作戦の主力となった。その意味では今回の会見にイランのシリアにおける最大の功労者の一人であるソレイマーニー司令長官が同席したこと自体は全く不自然ではない。だがその席に外務大臣が招かれなかったという事が、イラン内政における外交と別次元での政治的な含意(この場合は外交政策における革命防衛隊の影響力の拡大)を読み取る余地を与えたと言いうる。

ロウハーニー大統領のイラク訪問

だがその後の現在までの展開をみると、逆にザリーフ外相および外務省のイランの外交分野における発言権がRGCのみならず国家安全保障評議会(Shoura-ye ali-ye amniyat-e melli)や最高指導者ハーメネイーの事務所などによってこれまで次第に浸食されてきており4、これにザリーフ個人への保守派議員からの攻撃も加わってザリーフの外交チームは権力機構の周辺部に追いやられるとの危機感を抱いていた。今回の辞意表明はこうした中での起死回生の妙手であった可能性がある。

それというのもこの辞意表明に対してはロウハーニー大統領が強い姿勢で受諾を拒否したのみならず、シリア大統領訪問の場に同席したソレイマーニー司令長官もザリーフ外相に留任を慫慂し、またこれまでとりわけ対イラク・シリア外交に発言力を持ってきたマフムード・ヴァーエズィー大統領府長官もザリーフ外相への協力を表明したことで、ザリーフ外相および外務省のイラン国内における権限がむしろこれまでよりも強化される結果となったからである。

おそらくその直接の結果が3月11日からのロウハーニー大統領の初のバグダード訪問と対イラク経済関係の強化の表明であり、なかんずくイラク訪問最終日となった13日のナジャフでの大アーヤトッラー・シースターニー師との会見であっただろう。同会見の写真にはシースターニー師、ロウハーニー大統領、ザリーフ外相と並んで上述のヴァーエズィー長官の姿も見られる。

この会見ではシースターニー師が「イラク国家の主権を尊重すること」の重要性を強調したとされるが、1979年の革命以前にホメイニー師が長期間滞在していたナジャフにある大アーヤトッラーのイラン国内での影響力は一面で最高指導者ハーメネイー師をも凌ぐものがあるとされ5、今回の訪問で同師との親密な関係をアピールしたザリーフ外相は国内の保守派・宗教勢力に対してもこれまで以上の発言力を確保したと見做すことができる。

ライースィーの司法府長官就任

だが他方で注目すべきことは、米トランプ政権による制裁強化の圧力が続くなかで改革派の影響が退潮し、イラン国内の政局が中長期的には保守強硬派の影響力が強化される方向にシフトしているという傾向は変わらないという点である。

それが最も明らかな形で示されたのが、3月5日に専門家会議(Majles-e khobregan)の副議長に選任され、その後8日に司法府長官に就任したエブラーヒーム・ライースィー師である。同師は2017年の大統領選挙にロウハーニー師の保守強硬派側の対抗馬として最高指導者ハーメネイー師の意向を受けて出馬し、マシュハドを基盤にして善戦し決選投票まで残った人物である。

ライースィーはハーメネイー師の高弟として非常に近い立場の人物であり、また発言からは欧米に対する反感も強いことが伺える。同師の大統領選での落選の理由が1988年のイラン・イラク戦争終戦後にモジャーヘディーネ・ハルクの捕虜数千人の一斉処刑を行ったことに同師が関わっていたことを示す音声テープが選挙中に公開された事であったとされる。

噂されていたセッディーグ・アルデシール・ラリジャニ師(司法府長官から現在は公益評議会議長に、国会議長アリー・ラリジャニの弟)ではなく同師が専門家会議副議長に就任したという事は、同会議が選出する最高指導者位の後継者に最も近い人物としてハーメネイー師自身がライースィー師を推していることが伺われ、今後のイラン内政にも少なからぬ影響を与えうる。外交的にはライースィーが次期の最高指導者になった場合、米国との関係正常化の可能性はさらに遠のくという可能性が強まる。

イランが直面する外交上の試練

イランは現在外交的に極めて微妙かつ困難な時期を迎えている。昨2018年の5月に米トランプ政権が核合意(JCPOA)の離脱と対イラン経済制裁の強化を表明して以来、米国とは実質的な「経済戦争」の状態が続いている6。だが現状で米国の対イラン強硬策を明確に支持しているのはイスラエル、サウジアラビア、UAEなど数カ国に留まっており、これが経済制裁の効果を決定的に減殺する結果となっている。

他方で上述の2月25日のバッシャール・アサド大統領のテヘラン訪問は、2011年末以来のシリア内戦の結果として現政府側が実質的に勝利を収めたことの内外へのアピールの意味を持っている。これはシリアと国境を挟んで対峙するイスラエル側からみると同国に敵対的なアサド政権の存続に加えて域内最大の仮想敵国であるイランが永続的に軍を駐留させることを意味しており、イスラエル国家の安全保障にとっての脅威の拡大に他ならない。イスラエルがこれまでシリア側のイラン軍施設を中心に数百回のミサイル攻撃を続けているのはこの為であるが、現状でイスラエルがイラン側との決定的な軍事衝突を望んでいる訳でもない。

中東域内でイランとの対決姿勢を強めているもう一つの国がサウジアラビアであるが、米トランプ政権が11月に対イラン制裁強化を実施した直後からカショギ殺害事件が浮上したことで、サウジの統治体制に対する国際的な信用は急落し、同国を軸としたイラン包囲網の形成は実質的に実現不可能になった。

現在サルマン国王の庇護のもとでサウジアラビアの実質的最高権力者になっているムハンマド・ビン・サルマン(MBS)はこうした中で2月半ばからインド・パキスタン・中国を訪問、特にパキスタンでは200億ドルの経済協力を約束し、そのうちの半分はグワーダル港開発に向けると報じられた。次に訪れた中国は言うまでもなく一帯一路政策の一つの要としてグワーダル港開発を強力に推進してきた当事国である。

これはイランが米トランプ政権の対イラン制裁強化による経済的な苦境に活路を見出すべくインドなどの協力で進めているチャーバハール港および周辺のモクラーン地域の開発に対する楔の意味を持っている。またパキスタンのイムラン・ハーン首相もこれに同調してカシミール問題の深刻化によるインドとの対立激化を回避しつつ、対湾岸諸国関係ではイランからサウジアラビアへと外交的軸足を移す姿勢を明確に示している。

結びに

イランは米国との厳しい対立関係を強いられる中で、外交的に新たな活路を見出しつつあり、またそれはある程度の経済的な実効性を伴っている。特にイラクおよびシリア方面では周辺国との軋轢を抱えつつもイランは両国との友好関係を進展させた。また安全保障上の緊張が高まっている湾岸地域からの海上交易路の回避を図るなかでイランにとって唯一の可能な選択肢であるチャーバハール港の開発は、上述のようにサウジアラビアの介入の兆候はあるものの、インドへの配慮から米国の制裁対象からは除外対象となっている。

国連安全保障理事会の常任理事国としてJCPOAの当事国であるロシア・中国が米国離脱後の実質的な対イラン合意の後見役を果たす中で、EUの中核国である独・仏・英がイランとの取引の決裁のための新方式INSTEX7を立ち上げたことは、これが実質的にどの程度有効に機能するかに不明な点はあるものの、米トランプ政権の対イラン強硬策に対する国際社会の判断を明確に象徴している。イランとしてはネット上での新たな取引方式を導入するなどあらゆる手段を用いて米国の経済制裁に対抗していく以外にはない。

こうしたイランを取巻く不安定かつ先行きの不透明な国際環境の中で、イラン国内における外務省の地位は日本などとは比較にならないほど大きなものがある。2月25日アサド大統領のテヘラン訪問を契機にしたザリーフ外相の辞意表明とその後の展開は、イランが現在直面している国内外の課題と変化の方向性を図らずも明らかにすることとなった。少なくとも現時点で米トランプ政権が期待しているような形でイランが核問題での全面的な見直しの交渉に積極的に応じてくる可能性は皆無であるということだけは明白であろうと思われる。

(2019年3月17日脱稿)

新領域研究センター 鈴木均

本文の注
1  ハズラテ・ファーテメHazrat-e Fatemeh Zahraは預言者ムハンマドの娘であり、第4代カリフ(初代エマーム)アリーの母親。2019年は2月26日がその生誕日に当たる。ザリーフ外相は敢えてこの日を選んでファーテメの肖像画をインスタグラムの自らの辞意表明の背景に使用し、その政治的立場をアピールしたとも考えられる。

2  https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5470734,00.html(2019年3月16日アクセス)

3  イラン核合意はイランとG5+1(国連安保理の常任理事国とドイツ)との間で長期間にわたる交渉の末2015年7月に合意に至ったが、2016年11月に当選した米トランプ大統領は選挙中からこの合意を激しく批判していた。

4  Mohammad Ali Shabani, “’Iran has one foreign minister’: How Zarif is turning claimed weakness into strength,” al-Monitor, February 26, 2019. https://www.al-monitor.com/pulse/originals/2019/02/iran-zarif-resignation-vaezi-rouhani-khamenei-hardliners.html(2019年3月16日アクセス)

5  Anon., “Rouhani leverages Sistani visit to maneuver on Iran's regional policy,” March 13, 2019. https://www.al-monitor.com/pulse/originals/2019/03/iran-iraq-rouhani-tour-sistani-historic-meeting-irgc-region.html?utm_campaign=20190314&utm_source=sailthru&utm_medium=email&utm_term=Daily%20Newsletter(2019年3月16日アクセス)

6  米国務省のブライアン・フック対イラン政策担当官によると、イランは昨2018年11月制裁発動以来、原油取引の禁止により100億ドルの損失を出しているという。https://www.reuters.com/article/us-ceraweek-energy-iran/us-says-iran-has-lost-10-billion-in-oil-revenue-due-to-sanctions-idUSKBN1QU21X(2019年3月14日アクセス)

7  INSTEXは欧州企業が米国の制裁を回避してイランとの取引きを行うためのユーロ建ての新たな決裁方式であるが、詳細については未だ未確定な部分があり、これを実際に利用する企業がどの程度あるのかについても明らかではない。

 
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