Middle East Review
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The Murder of Ghasem Soleimani and the Increased Tensions of US-Iran Relations
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2020 Volume 7 Pages 20-23

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今年の1月3日、イラン・イスラーム共和国の革命防衛隊コドゥス特殊精鋭部隊の総司令官でありイラン国内最高の外交戦略家として最高指導者アリー・ハーメネイー師の絶大な信頼を得ていたガーセム・ソレイマーニー(62歳)が外交使節として隣国のイラクを訪問していた最中に米国のドローン機による爆撃で暗殺された。

ガーセム・ソレイマーニー司令官は、イランの革命後に創設された革命防衛隊のコドゥス特殊部隊の司令長官であり、1979年のイラン革命から8年間に及んだイラン・イラク戦争という現代史の本流の中で出てきたイランで最も傑出した軍人であった。その意味では10月に同じく米国がイラク領内で殺害したIS(いわゆる「イスラーム国」)の指導者バグダーディや2011年5月にオバマ政権下の米国が殺害したウサーマ・ビン・ラーディンの先例とは全く事情が異なっている。同氏について革命防衛隊(IRGC)というイランの国家的な軍隊組織に奉職する軍人として内外からの毀誉褒貶があるのは当然であるが、シリアのアサド体制をロシアと連携する形で崩壊の危機から「救い」、クルド武装勢力と連携してISを崩壊にまで追い込んだのは卓越した戦略による主要な軍功であると考えられる。

この暗殺は既に報道されているようにドナルド・トランプ大統領の最終決定により実施されたものであるが、その決定にはマイク・ポンペオ国務長官の強力な進言があったと伝えられている。またソレイマーニー司令官暗殺の計画は今回が最初のことではない1

米国のソレイマーニー暗殺にいたる経緯

米国・イラン関係はこれまで周知のように2016年11月の米国大統領選挙によるトランプ大統領の就任以来、前任のオバマ時代の外交交渉による核合意の達成という関係改善への動きから一転してJCPOAからの単独での離脱を当初から表明、これにより両国関係は緊張化の一途を辿ってきた。それでもトランプ政権の当初には良識派とされたレックス・ティラーソン国務長官の働きによって米国政権内の議論にある程度の抑制が働いていたと言うことができる。

だが2018年3月にティラーソン国務長官が解任され、米国上院の審議を経て4月26日に対イラン強硬派で前CIA長官のマイク・ポンペオが国務長官に就任、またその少し前にG.W.ブッシュ時代に米国国連大使として対イラク戦争を強力に支持し、以前からイランの武装的反体制組織モジャーヘディーネ・ハルクとの強い関係を有するジョン・ボルトンが大統領補佐官(安全保障担当)に任命されると、トランプ政権の対イラン政策は実質的に強硬な姿勢へと大きく転換した。

トランプ政権はまず以前からの持論であったJCPOAからの離脱を表明、11月までに対イラン経済制裁を段階的に強化して日本を含む国際社会に米国の制裁への同調を余儀なくさせた。これによってイランと米国の関係は一挙に緊張の度合いを深めることとなった。

なお2018年5月にポンペオ国務長官がヘリテージ財団で行った講演の中でトランプ政権による対イラン要求として掲げた12項目は、その後現在までの米国の対イラン政策の基本的な発想を示すものであるので以下にその要点を掲げる。

(1)イランの核軍事利用の永続的かつ完全な放棄、(2)ウラン濃縮作業の完全放棄と重水炉施設の閉鎖、(3)国内のすべての核施設の完全な査察容認、(4)弾道ミサイル開発の停止および核搭載可能ミサイルの放棄、(5)拘束されているすべての米国市民および関係者の解放、(6)中東のあらゆるテロリストグループへの支援の停止、(7)イラク政府の主権を尊重し、シーア派勢力の武装解除と国への統合を認めること、(8)フーシー派への軍事支援を止め、イエメン和平に協力すること、(9)イランの指揮下にあるシリア国内のすべての武装勢力の撤退、(10)ターリバーンなどすべてのテロリスト集団への支援の停止とアルカイダとの関係解消、(11)革命防衛隊コドゥス部隊のテロリスト武装勢力への支援の停止、(12)イスラエル・サウジアラビア・UAEなど米国の同盟国への威嚇的言動の停止。

これらの項目の中には明らかな情勢の誤認も含まれており((10)など)、またイランの現体制をどのような形であれ承認する限り明らかに実施不可能な要求が含まれているが、他方で今回のソレイマーニー暗殺の論理的な根拠と考えられる項目も複数存在する。

なおポンペオ国務長官自身の対イラン政策の全体像についてはForeign Affairs誌において論考のかたちで公表されている2。とりわけ同論考の中で「今日ではイランほど無法な国家は他に存在しない」と断定し、「コドゥス部隊を率いるガーセム・ソレイマーニーや革命防衛隊のトップを始めとするイラン指導部は自らの暴力と腐敗のつらい結果を受け止めねばならない」としている。また「我々(米国政府)は戦争は求めない。だが緊張の亢進はイラン側にとって利益にならないことを我々は痛みをもって明言しなければならない。イスラーム共和国は軍事的に決して我が米国と対抗し得るものではない。そして我々はイランの指導者にこの事を知らしめることを恐れない」としており、この議論は今回のソレイマーニー暗殺に直接繋がる論理である。

その後イランは米国による経済制裁の強化により実質的に国際的な原油市場から除外される状況が続いている。これはイラン国内経済と市民生活のあらゆる部門に深刻な影響を与え続けており、しかも米国側がトランプ政権の発足後この制裁状態を強化・継続し続けることによって、イラン経済はあたかも真綿で首を締められるかの如く、イラン通貨の下落から始まって日々の市民生活・国家財政にいたるまで次第に危機的な状態に近づいていると言わなければならない。

米・イ間の対立と日本の外交

こうした中で、米国との同盟関係を外交の基軸としつつイランとの「伝統的な」友好関係を革命後も一貫して維持してきた日本の動きが、イランおよび湾岸周辺地域をめぐる事態の推移に無視できぬ影響を与えるようになっている。まず2019年5月12日にサウジ船籍のタンカー等計4隻がホルムズ海峡のフジャイラ沿岸で何者かに攻撃されたことで米国を中心にイランへの非難が強まる中、5月16日にザリーフ外務大臣が急きょ来日、かねて懸案だった安倍首相の訪イを要請した。それを受けて、安倍首相が日本の首相として6月12日実に41年振りにテヘランを訪問、ロウハーニー大統領および翌日にはハーメネイー最高指導者とも面会して「イランは核兵器開発の意志を持たない」との基本的な立場を確認した。

これは13日にホルムズ海峡近海で日本国籍のタンカーが何者かによる攻撃を受けたことで水を差された形となったものの、イラン周辺域内の一時的な緊張緩和のために一定の外交的成果があったと評価できるだろう。だがこのオマーン湾でのタンカー攻撃についてイラン側は米国とイスラエルが関与したとみており、1週間後の6月20日に米国のRQ-4ドローン偵察機を「イラン領空内で」撃破した。これに対して米軍側は直ちにイランへの報復攻撃を準備、トランプ大統領は翌21日の攻撃直前に攻撃の停止を指示したとTwitterなどで自ら語っている。

こうした一触即発の状況下、9月14日の未明にサウジアラビアのアブカーイクとクライスにあるサウジ・アラムコの石油施設が主にイラン発と見られるドローン攻撃で大破し(当初はイエメンのフーシー派が声明)、これが却ってサウジ側の外交姿勢の変化を導いたことでイラン側にとって顕著な軍事的成果となったと考えられる。他方でこの頃を契機にイランを周辺の域内各国の政治バランスがさらなる変調をきたし始めた。

その一つが10月頃からのイラク・レバノン方面でのイランおよびヒズブッラーの影響力に抗議する民衆デモの頻発であり、さらにイラン国内では11月14日の夜半に突如発表されたガソリン価格の値上げとその後のインターネットの封鎖、そしてイラン当局による若者を中心にした3百人~千人規模の抗議者の殺害と数千人に及ぶ逮捕・拉致であった。

CNNなどの報道によればイラン国内のネット環境は21日まで遮断された状態が続き、その後22日(金)の日付が変わる頃(日本時間)になってロイター電等が「ネットが回復を始めた」と報道している。米国との「経済戦争」が背景にあるとはいえ、イランでこのような広範かつ計画的な反体制勢力の制圧が実行されたのは近年で初めてのことである。

だが私見によれば正にこのタイミングこそ、米国にとっては対イラン政策の唯一最大の分岐点であり得たと考えている。すなわちもしトランプ大統領自身が度々発言しているようにイランの現体制との交渉を真剣に望んでいるのであれば、米国による極めて厳しい経済制裁発動の結果としてその影響が国家財政の危機にまで及んでいることを疑いもなく示しているガソリン価格値上げ発表のシグナルを正しく評価し、これを機に制裁条項の一部解除を条件として核開発に関するイラン側との二国間交渉に入るという可能性はこの時点で十分にあったものと考えられるのである。

だがその後の急展開の中で、米国トランプ政権にとって絶好のチャンスは永遠に失われたと言わなければならない。こうした事態の急展開の直後にアラーグチー外交補佐官が急きょ来日し、12月20日にロウハーニー大統領が現職のイラン大統領として19年ぶりに訪日を果たしたが、米国側でこの機会を捉えてイラン側と交渉に入ろうとの動きは全く伝えられなかった。そしてその後のイラク・キルクークの爆撃による米国籍とされる2名の建設関係者の死者発生を理由とする米軍によるイラクおよびシリアの空爆(合計50人以上を殺傷)、イラク人抗議者による在バグダード米国大使館での抗議騒動、さらにガーセム・ソレイマーニー司令官の暗殺と1月8日のイランによる報復爆撃へと事態はエスカレートするのである。

ソレイマーニー暗殺の影響と展望

米国・イラン関係が極度の緊張に至っている中で、トランプ政権が存続する限り両国間の直接的なコンタクトの可能性が全くなくなってしまったことは事実である。それを端的に象徴しているのがソレイマーニーが暗殺された1月3日以後、8日の報復攻撃までの数日間にイランおよびイラクの全国各地で大々的に行われた葬儀の様子である。

その規模と熱狂の激しさはイランでは1989年のホメイニー師の葬儀に匹敵するものであり、単にイランやイラクの政府当局がプロパガンダのために動員したものとは到底言えない一つの社会現象となった。これはいわばイラン革命の当時に盛んに語られた「カルバラー・パラダイム」のスイッチが入ってしまったことを意味している3

イスラーム教シーア派の社会的・文化的な道徳律の中には邪悪な圧政者によってカルバラーの地で非業の死を遂げたエマーム・ホセインを嘆き悲しむという激しい共同的感情の型が深く埋め込まれている。トランプ大統領はソレイマーニーの暗殺を指揮したことで自らこのスイッチを入れてしまった。このため彼は理論的にはイラン・イラクのシーア派国民すべてにとってホセインを殺したヤズィードにも比すべき「最も憎むべき邪悪な敵」に一夜にして転じてしまったのである。それ故、例えばトランプ大統領が現状でイランやイラクの土地を踏もうとした場合に何が起こるかは、想像を絶するものがある。

こうした中でイランが域内のパワーバランスの流動化の中でいつでも再び核開発に入るという選択肢を真剣に検討するようになったことは疑いもなく、これがEU主要国および英国との間で維持が困難になっているJCPOAの行く末とも相まって、国際政治に与えるインパクトの大きさは極めて大きいと言わなければならない。

(2020年2月3日脱稿)

地域研究センター 鈴木均

本文の注
1  Al-Jazeeraは2019年10月4日付でソレイマーニー司令官の出身地ケルマーンの実家近くのモスクで具体的な暗殺計画があったがイラン当局側が阻止したと報じた。“Iran says it foiled plot to kill Major General Qassem Soleimani,” al-Jazeera, 2019.10.4. [https://www.aljazeera.com/news/2019/10/iran-foiled-plot-kill-major-general-qassem-soleimani-191003151306433.html](2020年2月2日アクセス)なおイスラエルは以前からソレイマーニー司令官の「殲滅(uproot)」のための作戦の存在を公言している。

2  Michael R.Pompeo, “Confronting Iran: The Trump Administration’s Strategy,” Foreign Affairs, Nov./Dec. 2018.

3  カルバラー・パラダイムについての代表的な議論は: Michael M. J. Fisher, Iran: From Religious Dispute to Revolution, Cambridge, Massachusetts: Harvard University Press, 1980. また革命の直前には以下の研究書が上梓されている: Mahmoud Ayoub, Redemptive Suffering in Islām: A Study of the Devotional Aspects of ‘Āshūrā’ in Twelver Shī‛ism, Hague: Mouton Publishers, 1978.

 
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