2019 Volume 2019 Issue 2 Pages 57-62
センチュウ抵抗性ダイズ品種「スズマル R」と反復親の「スズマル」の遺伝的背景の同質性確認のため,全ゲノムリシーケンスを行い,塩基配列を比較した.その結果,「スズマル R」に残存する「スズマル」以外のゲノム断片は,シストセンチュウ抵抗性遺伝子を含む 3 箇所と,第 5 染色体末端の 3.6 Mb の小さな断片のみであることがわかった.第 5 染色体の断片は,当初導入が試みられていたダイズわい化病抵抗性遺伝子(Rsdv1)領域に近接していた.この断片は,選抜の最終段階で不良形質発現のため Rsdv1 を「スズマル」型に戻した際に近隣領域に残った導入断片であると考えられた.本研究により,全ゲノムシーケンスによる配列比較により「スズマル」と「スズマル R」の遺伝的背景の高い同質性を明らかにした.全ゲノムリシーケンス解析は,遺伝的背景を詳細に比較可能にする強力なツールであり,DNA マーカーでは検出が困難な小さな導入断片まで特定することで,より精密なピンポイント育種に貢献できると考えられる.
「スズマル R」は, ダイズシストセンチュウ(soybean cyst nematode,以下SCN)に抵抗性を付与するため,北海道立総合研究機構農業研究本部中央農業試験場(以下,道総研中央農試)において,SCN 抵抗性遺伝子 rhg1,rhg2,および Rhg4 領域を「スズマル」に導入するために,SCN 抵抗性系統「中交 1900F1」を母,「スズマル」を花粉親とした F1 に,「スズマル」を反復親(母)として DNA マーカーで SCN 抵抗性遺伝子型を選抜しながら 6 回連続戻し交配を行って育成された(黒崎ら 2017).「スズマル R」は,rhg1,rhg2,および Rhg4 を持ち,北海道の大豆栽培地帯に分布する SCN レース 1 および 3 に対して抵抗性極強であることから,SCN による被害リスクは「スズマル」に比べて格段に低い.また,農業特性および納豆加工適性は「スズマル」とほぼ同等であることが確かめられている.
「スズマル R」の遺伝的背景は,「スズマル」に 6 回戻し交配していることから理論上 99.2% が「スズマル」に置換されていると考えられる.さらに,SCN 抵抗性系統供与親「中交 1900F1」は系譜上に「スズマル」を親として持っており,遺伝的背景の 1/4 は「スズマル」であるため(黒崎ら 2017),「スズマル R」の遺伝的背景は 99.6% が「スズマル」に置換されていると考えられる. ダイズのゲノムサイズは約 1 Gb であることから(Schmutz et al., 2010),「スズマル R」の「スズマル」に置換されていないゲノム断片領域は総計で 4 Mb 程度と推定されるが,一般的に遺伝的背景の調査で用いられる高密度マーカーによるジェノタイピング手法では,このような小さな残存領域すべてを確認することは困難である.本研究では,ゲノムレベルで遺伝的背景の同質性を確認するために,「スズマル」および「スズマル R」の全ゲノムリシーケンスを実施し,配列比較を行うことで DNA マーカーによって選抜された SCN 抵抗性遺伝子以外のゲノム断片が「スズマル」にどの程度残存しているか調査した.
「スズマル R」育成時,rhg1,rhg2,および Rhg4 抵抗性遺伝子の供与親として利用されたスズヒメ(rhg1,rhg2,Rhg4:レース 1 抵抗性),ゲデンシラズ(rhg1g,rhg2g:レース 3 抵抗性)の各抵抗性遺伝子型を区別する DNA マーカーとして,1 抵抗性につき 3 つのプライマーを混合し PCR を行うことで PCR 産物のサイズの違いから遺伝子型を判定できる共優性マーカーを作成し(Table 1),rhg1,rhg2, および Rhg4 を選抜した.(PCR 条件は Supplementary information 参照)Rsdv1 抵抗性については,初期世代から Sat_217 および Satt211(Yamashita et al., 2013)を用いて「中交 1900F1」型を選抜し,BC6F6 および BC6F7 世代において Rsdv1 マーカー(山下ら,未発表)を用いて「スズマル」型を選抜した.
「スズマル」および「スズマル R」から DNA を抽出し,150 bp ペアエンドで HiSeq X による全ゲノムシーケンスを実施し,ダイズ参照ゲノム配列(Gmax275[v2.0])にリードをマッピングし,各種フィルタリングおよび多型検出を行なった(解析の詳細はSupplementary information 参照).両品種間でホモ多型が見られる合計 12,277 サイトを解析に使用した.反復親の「スズマル」と「スズマル R」の違いをゲノム断片レベルで検出するために,スライディングウィンドウ解析(ウィンドウサイズ 500 kbp,スライドサイズ 100 kbp)を行い,多型数が連続して検出される領域を「スズマル」ではない「中交 1900F1」由来の導入ゲノム断片と判定した. 導入ゲノム断片と DNA マーカーの位置関係を明らかにするために,「スズマル R」の育成時に用いた全マーカーの塩基配列を用いて参照配列(Gmax189[v1.1] および Gmax275[v2.0])上の物理位置を超絶高速ゲノム配列検索(GGGenome : https://gggenome.dbcls.jp/)を用いて明らかにした(Table 1Supplementary information ).

「スズマル」および「スズマル 」について得られた全ゲノム配列を比較したところ,両品種間に多型が見られたサイトは 9968 箇所(SNP:6820 箇所 InDel:3148 箇所)であった(Supplementary information Table S2).そのうち 3653 箇所は,1~数塩基レベルの変異を網羅的に収載したデータベースdbSNP に登録されていない多型であった.SCN 抵抗性供与親である「中交 1900F1」(黒崎ら 2017)はすでに存在せず,ゲノム配列が不明であるため,スライディングウィンドウ解析によりゲノム上の多型分布を調査することで「スズマル」と「スズマルR」の違いを検出することを試みた.その結果,第 5,8,11,18 染色体の 4 箇所の領域で両品種間の多型が検出された領域が連続しており(Figure 1),これらの 4 領域は「中交 1900F1」に由来する「スズマル」とは異なるゲノム断片であると考えられた.「スズマル R」は,育成時に BC6F1 からBC6F3 世代で DNA マーカーを用いて抵抗性系統を選抜したのち,BC6F4 世代で各染色体に配置した 167 個の SSR マーカー(単純反復配列多型:simple sequence repeat marker,以下 SSR マーカー)を用いて遺伝的背景の調査と選抜を行なっている(Supplementary information Table S1,黒崎ら 2017).Figure 1 にそれらマーカーの物理位置を示す.選抜に用いたマーカーは,染色体あたり 5 から 20 個(平均 8.4 個)で,物理地図上では染色体の比較的末端側にしかマーカーがない染色体も複数あるが,今回の配列レベルの比較によって,マーカーが配置されていない「スズマル R」のゲノム領域に,「スズマル」とは異なるゲノム断片はほぼ存在しないことが確認できた.マーカー間の物理距離が大きく空いた領域は,組み換え頻度が非常に低いペリセントロメアと呼ばれるヘテロクロマチン構造を持つ領域(Lin et al. 2005,Walling et al. 2005)と一致しており,ペリセントロメア近傍のマーカーを使用することで,「スズマル R」育成においてペリセントロメアを含む大きなゲノム領域を選抜できていたと考えられる.

次に,「スズマル R」の育成時に DNA マーカーを用いて導入した 3 つの SCN 抵抗性遺伝子のゲノム領域について確認した.「中交 1900 F1」に由来すると考えられる導入ゲノム断片の 4 箇所のうち,第 8,11,18 染色体で検出された断片はそれぞれ,Rhg4,rhg2 および rhg1 領域(Caldwell et al. 1960, Matson et al. 1965, Meksem et al. 2001)を含んでいた(Figure 2A-C).第 8 染色体の約 1.5 Mb の導入ゲノム断片は,Rhg4 抵抗性領域を挟む Satt315 および Sat_215 のマーカー間(Chr08:6.8-9.2 Mb)で検出された(Figure 2A).第 11 染色体の約 2.4 Mb の導入ゲノム断片は,rhg2 抵抗性マーカーから約 470 kb 離れた場所に位置する Satt359 から染色体末端(Chr11:32.4-34.8 Mb)に検出された(Figure 2B).第 18 染色体上の約 6 Mb の導入ゲノム断片は,rhg1 抵抗性遺伝子を挟む Sat_210 から Sat_315 を含む染色体末端(Chr18:1.6-5.4 Mb)に検出された(Figure 2C).いずれの SCN 抵抗性領域も DNA マーカーで選抜された「中交 1900F1」に由来すると考えられる抵抗性遺伝子を含む 1 から 6 Mb 程 度のゲノム断片が「スズマル R」に導入されていることを確認できた.
SCN 抵抗性遺伝子を含まない領域としては,唯一第 5 染色体に 3.9 Mb(Chr05:37.6-41.6 Mb)のゲノム断片が検出された.この領域は,ダイズわい化病抵抗性遺伝子(Rsdv1)の非常に近傍に位置していた(Figure 2D).「スズマル R」が選抜された組合せは,SCN 抵抗性とダイズわい化病抵抗性の両抵抗性を育種目標としていた.そのため,その育成過程において,初期世代から BC6F2 までの間,SCN 抵抗性領域の選抜と同時に「中交 1900F1」の Rsdv1 領域も選抜対象とし,Rsdv1 を含む第 5 染色体の断片がヘテロ型の個体が選抜された(未発表).しかしながら,後代の試験で Rsdv1 を持つ系統に不良形質が見られたため,Rsdv1 マーカー(山下ら,未発表)を用いて Rsdv1 を「スズマル」(感受性)型に固定し「スズマル R」は育成された(Figure 2D).今回検出された Rsdv1 に近接した断片は,固定の際に Rsdv1 近傍で組換えが起きたことで「中交 1900F1」型に固定した断片であると考えられた.

以上の結果は,染色体あたり 5 から 20 マーカーを用いて背景選抜することで,「スズマル R」の遺伝的背景を反復親の「スズマル」の遺伝的背景に置き換えることができたことを示している.ダイズは染色体数が 20 本ある上に,ペリセントロメア領域が非常に大きい特徴があるため,導入遺伝子の座乗位置によっては目的遺伝子を含む小さなゲノム領域のみを導入することは困難である.しかしながら,ダイズのピンポイント育種は,戻し交配を 5 回以上繰り返し,その途中に背景選抜を含む DNA マーカー選抜を実施後,数世代に渡る形質調査と選抜により,戻し交配親とほぼ同等の性質が得られることが知られている(羽鹿ら 2016,2019,高橋ら 2017).今回の「スズマル」と「スズマル R」の全ゲノムシーケンスによる比較解析によっても,戻し交配と DNA マーカー選抜により,ピンポイント育種はほぼ達成できているということが確認できた.今後,ピンポイント育種とそれに伴う不良形質の発現について,選抜の最終段階に全ゲノムシーケンスによる詳細なジェノタイピングを行うことで,農業形質および不良形質の原因となるゲノム領域や変異を実際の育種過程で捉えることができると期待でき,より高精度なピンポイント育種やピラミディング育種を実現する精密育種(precision breeding)が可能になると期待される.
dbSNP:[ブラウザ]https://www.ncbi.nlm.nih.gov/snp/ および[FTPサイト]ftp://ftp.ncbi.nih.gov/snp/organisms/archive/soybean_3847/( dbSNP は 2018 年 4 月 19 日からヒトの情報に特化しためアーカイブのみ存在.
現在は EBI のEuropean Variation Archive[EVA]から最新データを取得可能:[ブラウザ]https://www.ebi.ac.uk/eva/)
Supplementary information: https://github.com/DEMETER298/Suzumaru_vs_Suzumaru-R
本研究は農林水産省「革新的技術開発・緊急展開事業」先導プロジェクト(水田作)「海外遺伝資源等を活用した極多収大豆育種素材の開発 A1(- 8)」の助成を受けて実施した.解析は農業・食品産業技術総合研究機構高度解析センターの高速演算システムを利用して行った.
全ての著者は開示すべき利益相反はない.