Journal of the NARO Research and Development
Online ISSN : 2434-9909
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ISSN-L : 2434-9895
Original Paper
New Japanese Pear Cultivar ‘Rinka’
Toshihiro SAITO Yutaka SAWAMURAKazuo KOTOBUKINorio TAKADAToshio HIRABAYASHIAkihiko SATOMoriyuki SHODASogo NISHIOOsamu TERAIHidenori KATOToyohide NISHIBATAYoshiki KASHIMURANoriyuki ONOUEKatsuyuki SUZUKIMakoto UCHIDA
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2020 Volume 2020 Issue 3 Pages 1-8

Details
Abstract

‘ 凜夏’は,1996 年に 269-21(‘ 豊水’ × ‘ おさ二十世紀’)と‘ あきあかり’を交雑し,育成した実生から選抜した早生のニホンナシ品種である.2007 年からナシ第 8 回系統適応性検定試験に供試し,2013 年 2 月の果樹系統適応性・特性検定試験成績検討会で新品種候補にふさわしいとの合意が得られ,2015 年 3 月 3 日に第 23912 号として種苗法に基づき品種登録された.‘ 幸水’と比較して,樹勢は同程度,短果枝の着生はより多く,えき花芽の着生はやや劣る.開花期は‘ 幸水’よりやや早い.S 遺伝子型は S1S3 で,いずれの主要品種とも和合性を示す.成熟期は‘幸水’に近い.黒斑病抵抗性で,黒星病にはり病性である.結実後適度に生理落果する自家摘果性を有し,摘果時期である満開 30 日後における果そう内幼果数が‘ 幸水’より少ない.果実の大きさは 448 g 程度で‘ 幸水’より大きい.果肉は硬度が 4.5 ポンド,糖度は 12.3% 程度,pH は 4.8 程度で,食味は‘ 幸水’と同程度である.全国で栽培可能である.特に鹿児島県等の‘ 幸水’での花芽枯死が発生しやすい地域で,開花異常の発生が少ないことから,当該地域での普及が期待される.

緒 言

ニホンナシ栽培において,近年,気候変動に伴う休眠期の高温等により,西南暖地を始め各地で,主要品種‘ 幸水’等で花芽の枯死等の生育異常が増加しており,特に鹿児島県では多発する年がある(Ito et al.,2018).また,‘ 幸水’は短果枝の着生,維持がしにくい品種であるため,短果枝が着生しやすく,より栽培しやすい品種が求められている.さらに,ニホンナシ栽培では果実肥大促進や連年の安定生産を目的とした摘果作業が必須であるが,特に満開 30 日後を目安に果そう内果実を 1 果に減らす予備摘果の作業時間は,受粉作業とあわせると全体の 20%以上を占め(農林水産省 2009),しかも短期間に実施する必要があることから労働負荷が高い.これに対し,結実した果実が満開 30 日後までに適度に生理落果する,自家摘果性を有する品種はその省力化に貢献することが期待できる(Saito et al., 1999).

そこで,開花異常の発生が少なく,短果枝が安定して着生し,自家摘果性を有するとともに,‘ 幸水’と同程度に食味良好な‘ 凜夏’を育成したので,育成の経緯と特性の概要について報告する.

育成経過

果実品質および栽培性がともに優れる早生品種の育成を目的として,1996 年に 269-21(‘ 豊水’ב おさ二十世紀’)と‘ あきあかり’の交雑を行った.得られた実生を1年間苗圃で養成し,1998 年に選抜圃場に定植した.個体番号は 424-26 である.大果で食味が良好であったため,2006 年に一次選抜した.2007 年より開始されたナシ第 8 回系統適応性検定試験にナシ筑波55 号の系統名で供試し,福島県,福岡県など全国 38 カ所の公立試験研究機関でその特性を検討した.その結果,‘ 幸水’とほぼ同時期に成熟し,大果で食味が良好で,さらに鹿児島県においては‘ 幸水’等の主要品種で多発している花芽枯死の発生が少ない系統としての特性が明らかになり,平成 24 年度果樹系統適応性・特性検定試験成績検討会(落葉果樹)で新品種候補にふさわしいとの合意が得られ,平成 24 年度果樹試験研究推進会議において新品種候補とすることが決定された.2013 年 7 月 26 日に‘ 凜夏’と命名して種苗法に基づき品種登録を出願し,2015 年 3 月 3 日に第 23912 号として登録された.本品種の系統図を Fig.1 に,本品種の樹姿および果実の写真を Fig.2Fig.3 にそれぞれ示した.なお,本品種の親子関係については,「SSR マーカーによるナシの品種識別技術」(独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構果樹研究所・独立行政法人種苗管理センター,2007)中の 17 種類の SSR マーカーを用いて矛盾が無いことを確認した.

農研機構以外の系統適応性検定試験の参加場所および本品種の育成担当者は以下のとおりである.

系統適応性検定試験参加場所(試験開始時の名称):青森県農林総合研究センターりんご試験場県南果樹研究センター,宮城県農業・園芸総合研究所,秋田県農林水産技術センター果樹試験場天王分場,山形県庄内総合支庁農業技術普及課産地研究室,福島県農業総合センター果樹研究所,茨城県農業総合センター園芸研究所,栃木県農業試験場,群馬県農業技術センター,埼玉県農林総合研究センター園芸研究所,千葉県農業総合研究センター,東京都農林総合研究センター,神奈川県農業技術センター,長野県南信農業試験場,新潟県農業総合研究所園芸研究センター,富山県農業技術センター果樹試験場,石川県農業総合研究センター,福井県農業試験場,静岡県農林技術研究所果樹研究センター,愛知県農業総合試験場,岐阜県農業技術センター,三重県科学技術振興センター農業研究部,滋賀県農業技術振興センター栽培研究部花き・果樹分場,京都府丹後農業研究所,兵庫県立農林水産技術総合センター北部農業技術センター,鳥取県園芸試験場,島根県農業技術センター,広島県立総合技術研究所農業技術センター果樹研究部,山口県農林総合技術センター,徳島県立農林水産総合技術支援センター果樹研究所県北分場,愛媛県立果樹試験場,高知県農業技術センター果樹試験場,福岡県農業総合試験場,佐賀県果樹試験場,長崎県果樹試験場,熊本県農業研究センター果樹研究所,大分県農林水産研究センター果樹研究所,宮崎県総合農業試験場,鹿児島県農業開発総合センター果樹部北薩分場.

なお,青森県農林総合研究センターりんご試験場県南果樹研究センターは平成 22 年度をもって試験を中止した.

育成担当者:壽和夫(1996 年 4 月~ 2004 年 3 月),寺井理治(1996 年 4 月~ 1998 年 3 月),齋藤寿広(1996 年 4 月~ 2004 年 3 月,2008 年 4 月~ 2013 年 3 月),西端豊英(1996 年 8 月~ 1997 年 12 月),正田守幸(1998 年 4 月~ 2002 年 3 月),樫村芳記(1998 年 6 月~ 1999 年 3 月),澤村豊(2000 年 4 月~ 2010 年 3 月),高田教臣(2002 年 8 月~ 2013 年 3 月),平林利郎(2004 年 4 月~ 2008年 3 月),佐藤明彦(2004 年 4 月~ 2008 年 3 月),西尾聡悟(2008 年 4 月~ 2013 年 3 月),尾上典之(2011 年 4 月~ 2012 年 3 月),加藤秀憲(2012 年 4 月~ 2013 年 3月),鈴木勝征(1996 年 4 月~ 2004 年 3 月),内田誠(2004 年 4 月~ 2006 年 3 月)

特性の概要

1.育成地での成績に基づく特性

農研機構において 2011-2017 の 7 年間,2017 年に 11 年生の複製樹 2 樹を用い,同樹齢の‘ 幸水’を対照として,育成系統適応性検定試験・特性検定試験調査方法に従って特性を調査した.また,自家摘果性については,2012 と2013 年に本品種と幸水各 1 樹から任意に選んだ短果枝の 15 花そうを供試し,満開時に人工受粉した条件で満開 30 日後の果そう内幼果数で評価した.これらの中で主要な樹体,結実特性および果実特性をそれぞれ Table 1 および Table 2 に示した.連続的変異を示す形質については,対照品種との比較を,各年の平均値を反復とした対応のあるt 検定により行った.検定には,開花日については 4 月 1 日からの日数,収穫日は 8 月 1 日からの日数,果実重は常用対数変換した値,それ以外の形質については測定値をそれぞれ用いた.S 遺伝子型の判定は PCR-RFLP 法(Ishimizu et al.,1999)によって行った.

1)樹性および生理,生態的特性

樹勢は‘ 幸水’と比較して同程度かやや強い(Table 1).枝は黒褐色を呈し,発生量は‘ 幸水’と同程度か若干少なく,毛じの密度は粗い.幼葉は褐色を呈し,毛じの量は中程度である.成葉は卵形で,葉柄は短く,葉柄比(葉柄長/ 葉身長)は小さい.つぼみの色は淡桃で,花弁の大きさは中程度,卵形を呈し,数は 5-6 枚以下である.やくの色は淡紅色で,花粉を有する.開花期は遅く,平均値は 4 月 18 日で,‘ 幸水’とほぼ同時期である.自家不和合性であり,S遺伝子型は S1S3で,現在の主要品種とはいずれも異なり,交雑和合性を示す.短果枝の着生は‘ 幸水’と比較して多く,えき花芽の着生は同程度である.収穫期は 8 月中旬~下旬で‘ 幸水’と近い時期である.満開 30 日後の果そう内幼果数は 2.8 で‘ 幸水’より有意に少なく,自家摘果性を有する.黒斑病には抵抗性で,黒星病に対してはり病性であるが,通常の防除で問題は認められない.また,特に問題となる虫害も見られない.

2)果実特性

果実の大きさは 500 g 前後となり,‘ 幸水’より大きい(Table 2).果実はそろいが良く,円形を呈する.果皮は黄褐色を呈し,やや大きな果点が粗く分布し,果面は滑らかである.果柄は中程度の長さで,やや細く,肉梗はない.果芯は中程度の大きさで心室数の多少は中程度である.果肉は白く,果肉硬度は 4.2 ポンドで‘ 幸水’より軟らかく,肉質は密であり,果肉切り口の褐変の強弱は中程度である.果汁糖度は 12.9%で‘ 幸水’と同程度,果汁酸度は pH 4.7 で‘ 幸水’より低く酸味を感じる.渋味はなく,果汁は多い.種子は中程度の大きさで,卵形で,数は少ない.果実の日持ち性は‘ 幸水’と比較してやや長い.軽微な芯腐れ,みつ症状が年によってみられる.

2.系統適応性検定試験の結果

2007 年から農研機構を含む全国 39 カ所の試験研究機関で実施された,ナシ第 8 回系統適応性検定試験での各場所における樹体・結実特性及び生態的特性を Table 3 に,果実品質等に関する特性を Table 4 に示した.なお,試験を中止した青森県からは成績が得られなかったため,両表は 38 場所の成績からなっている.接ぎ木苗の初結実年次がほとんどの場所で 2010 年であったため,十分な果実数を用いた調査が可能であった 2011 年と 2012 年における平均値を示した.ただし,収量は 2012 年単年の成績とした.また,自家摘果性については,2013 年に本品種と対照品種各 1 樹から任意に選んだ短果枝の 15 花そうを供試し,慣行の受粉条件で満開 30 日後の果そう内幼果数で評価した.連続的変異を示す形質については,‘ 幸水’ との比較を品種と場所を要因とする二元配置の分散分析により行った.対照品種に欠測値のある形質については,Type II の平方和(中澤,2007)を算出した(Table 5).検定には,開花日については 4 月 1 日からの日数,収穫日は 8 月 1 日からの日数,果実重は常用対数変換した値を,それ以外の形質については測定値をそれぞれ用いた.

樹勢は「弱」から「強」まで評価が分かれたが,「中」と評価した場所が最も多く,‘ 幸水’とほぼ同程度であると考えられた(Table 3).枝の発生密度は「少」から「多」まで評価が分かれ,「中」と評価した場所が最も多かったが,少ないと評価した場所も少なくなかったことから,‘ 幸水’よりやや少ないと考えられた.開花中央日は東北地方および新潟県で 5 月上旬,九州および四国地方の一部で 4 月上旬であったが,それ以外の場所では 4 月中下旬であり,全国平均は 4 月 20 日で,‘ 幸水’より 2 日有意に早かった(Table 5).短果枝の着生はほとんどの場所が「中」以上と評価しており,‘ 幸水’と比較して多いと考えられる.えき花芽の着生はほとんどの場所で「中」以下とする場所が多く,‘ 幸水’よりやや少ないと考えられる.2012 年の収量について,同一樹齢での値を比較すると,‘ 幸水’の平均値が 10.9 kg であるのに対し 13.9 kg であったが,その差は有意ではなかった(Table 5).収穫中央日は 8 月5 日~ 9 月22 日まで変異が見られ,全国平均値は 8 月 25 日で‘ 幸水’より 2 日有意に遅かった.満開30 日後の果そう内幼果数は調査したいずれの場所においても‘ 幸水’より少なく,1.5 ~ 6.3 の範囲にあって,場所による変異は見られるものの,平均値は 3.1 で,‘ 幸水’の平均値 4.4 より有意に少なかった(Table 5).

平均果実重は 307 ~ 616 g の範囲にあり,2 場所を除いて‘ 幸水’より大きく,全国平均は 448 g で‘ 幸水’より有意に大きかった(Table 4Table 5).果実のそろいは「中」から「良」の範囲内で評価した場所がほとんどであった.果実の形は大部分の場所で円ないし扁円と評価された.果肉硬度 は2.9 ~ 6.6 ポンドの範囲にあり,全国平均は 4.5 ポンドで,‘ 幸水’の 5.4 ポンドより有意に低かった(Table 5).果汁糖度は 11.2 ~ 13.7%の範囲にあり,全国平均は 12.3%で,‘ 幸水’の12.6% に対して有意に低かった.果汁pH は 4.4 ~ 5.5 の範囲にあり,全国平均が 4.8 で‘ 幸水’の 5.3 より有意に低かった.果実の日持ち性は 5 日から 2 週間以上との評価まで分かれたが,7 日あるいはそれ以上で‘ 幸水’よりやや長いと評価する場所が多かった.心腐れ症状は多くの場所で発生が認められなかったが,1 場所で年によって発生が多く,4 場所でわずかに発生した.一方みつ症は,比較的冷涼な 3 場所で多発生したが,それ以外の地域での発生は軽度であった.

鹿児島県(薩摩川内市)において,花芽の枯死率が‘ 幸水’では短果枝,えき花芽ともに, 30%以上であったのに対し,本品種の発生率はいずれも 10% 以下であった(Table 6).このことから,本品種は花芽枯死の発生が少なく,鹿児島県において安定生産が可能であると評価された.

3.適応地域及び栽培上の留意点

系統適応性検定試験の結果から,比較的冷涼な地域では場所によってみつ症の発生が報告されているが,果実肥大や糖度等の点では問題が無く,西日本では肉質が優れ食味が優れるとの評価が多かったことなどから,全国での栽培が可能と考えられる.特に‘ 幸水’等で年によっては花芽枯死が多発し,安定生産が困難となりつつある鹿児島県において,本品種では発生が少ないことから早期の普及が期待される.また,結実から摘果の目安時期である満開後 30 日までの生理落果により果そう内幼果数が少なくなる自家摘果性を有し,‘ 幸水’よりも有意に少なかった. 幼果数には場所間で多少の変異がみられるものの,多くの場所で 4.0 以下であり,摘果作業の省力化に寄与することが期待できる.

一方,数日間冷蔵貯蔵によって果実内の維管束部分が褐変する症状が報告されている.この症状は収穫時期には発生が少ないこと,果皮色の黄化が進んだ果実で発生が多く,貯蔵温度が低いほど発生が多いことが明らかになっている(鹿児島県農業開発総合センター,2018).これらのことから,適期収穫を心がけるとともに,25 ℃程度での貯蔵が望ましいと考えられるが,本障害の軽減策については,今後更なる検討が必要である. みつ症が多発する事例と裂果の発生がそれぞれ数県でみられた.その発生要因等について今後検討が必要である.

謝辞

本品種の育成にあたり,系統適応性検定試験を担当された関係公立試験研究機関の各位ならびに多年にわたり実生育成,特性調査などにご協力を寄せられた歴代の職員,研修生諸氏に心から謝意を表します.

利益相反の有無

すべての著者は開示すべき利益相反はない.

引用文献
 
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