2021 Volume 2021 Issue 6 Pages 21-29
「ほしみのり」は,良食味,縞葉枯病抵抗性の「関東 209 号(さとじまん)」と良質,良食味の「越南 171 号」の交雑後代より育成された,早生,良食味品種である.育成地(農研機構谷和原水田圃場(茨城県つくばみらい市))における「ほしみのり」の特徴は以下の通りである.出穂期,成熟期はともに“やや早” に属し,「朝の光」よりやや早い.「朝の光」と比較して,稈長,穂長は長く,穂数は少ない.草型は“穂重型” である.収量は,「朝の光」に対して,晩植・標肥区で 19%,早植・標肥区 で 8% 多い.炊飯米の食味は「コシヒカリ」並の良食味である.玄米の外観品質は“中の上”,高温登熟性は“やや弱” である.いもち病真性抵抗性遺伝子 Pia を持つと推定され,圃場抵抗性は,葉いもちが“中”,穂いもちが“やや弱” である.縞葉枯病抵抗性遺伝子Stvb-i を持ち,縞葉枯病には“抵抗性” で,白葉枯病抵抗性は“中”である.穂発芽性は “難” である.以上の特性から,「ほしみのり」は,北関東を中心とした麦あと晩植地帯向けの品種として,普及・活用が期待される.
近年,日本国内のコメの3割程度は中食および外食で消費されている(米穀安定供給確保支援機構 2020)が,作付けされる品種は「コシヒカリ」に代表されるいわゆるブランド品種に偏っている.中食・外食等の業務用途の需要に応えるためには,一定水準の食味・品質を有したコメを低価格で供給する必要性が高まっており,多収・良食味品種の普及に期待がかかっている.特に北関東地域(茨城県,栃木県および群馬県)は,東京などの大消費地に近接することから中食・外食関連の食品製造・加工工場が多く,輸送コストがかからない業務用米の生産地として注目されている.同地域においては,稲を作付けした田の面積 14.7 万 ha のうち 1.1 万 ha で二毛作が行われており(農林水産省 2016),麦あと晩植栽培に適した品種に対する要望が強い.前作の麦およびイネ科雑草が縞葉枯病ウイルスを媒介するヒメトビウンカの越冬場所となるため,稲麦二毛作地帯では縞葉枯病の発生が大きな問題となる.2010 年から 7 ~ 8 万 ha 台で推移していた全国の縞葉枯病発生面積は,2017,2018 年には 10 万 ha 超と増加しており(日本植物防疫協会 2015,2019),全国的にも縞葉枯病抵抗性品種育成に対する期待が高まっている.
2005 年に品種登録された「さとじまん」は,主力品種「コシヒカリ」との作期分散が可能な中生熟期で,縞葉枯病抵抗性を持つ極良食味品種である(佐藤ら 2013).また,「さとじまん」を花粉親として育成された「ほしじるし」は,極良食味性と縞葉枯病抵抗性にあわせて,多収性が付与された(佐藤ら 2019).これら 2 品種は,麦あと晩植栽培にも適する品種であるが,熟期が“中~やや晩”とやや遅く,登熟晩限の早い地帯への適性が十分ではない.また,関東の麦あと晩植地帯には,用水の供給期限が早いため熟期の遅い品種の栽培が困難な地域が存在する.これらの状況を踏まえて,「さとじまん」や「ほしじるし」の晩植栽培が難しい地域に対応可能な早生熟期で,縞葉枯病抵抗性を持つ北関東の麦あと晩植栽培向き業務用米品種の開発を行い,水稲新品種「ほしみのり」を育成した.
「ほしみのり」は,北関東の晩植栽培地帯での栽培を想定し,短い生育期間でも安定して成熟できる早生で,かつ多収,良食味,良質の縞葉枯病抵抗性品種を育成することを目標として,良食味,縞葉枯病抵抗性の「関東 209 号(さとじまん)」と良質,良食味の「越南 171 号」の交雑後代より育成された品種である(図 1).
2002 年に作物研究所(稲育種研究室・多用途稲育種研究室)において人工交配を行った.同年冬季に温室内で F1 世代を養成,2003 年に F2 世代を苗代放置栽培で養成し,同年 F3 世代を温室内で集団養成した.2004 年に F4 世代で個体選抜,2005 年(F5 世代)に単独系統選抜を行い,以後系統育種法にて選抜・固定をはかってきた.2006 年(F6 世代)より「和 1209」の系統番号で生産力検定試験及び特性検定試験を行い,2007 年(F7 世代)からは系統適応性検定試験に供試した.2009 年(F9 世代)には「関東 244 号」の地方系統名を付し,関係府県に配付を開始した.これらの試験により優良性が認められたため,2013 年(F13 世代)に品種登録出願し(第 28280 号),2015 年 6 月に「ほしみのり」として品種登録された(第 24362 号).なお,「ほしみのり」は,輝く米粒がよく実ることをイメージして命名した.
1)形態的特性
「ほしみのり」の特性を,熟期の近い「朝の光」(香村ら 1987),「コシヒカリ」と比較して述べる.「ほしみのり」の形態的特性を表 1に示す.「ほしみのり」の苗丈は「朝の光」よりも長く「コシヒカリ」より短い“やや長” で,苗の葉色は「朝の光」より淡く「コシヒカリ」並の“中”,葉身角度は「朝の光」並の“中” である.分げつ期の草丈は「朝の光」よりも長く「コシヒカリ」並の“やや長”で,葉色,葉幅は「朝の光」並の“中”,葉身角度は「朝の光」より立つ“やや立” である.止葉は“やや長”,“やや立” である.稈の太さは“中” で,稈の剛柔は“やや剛”である.芒の多少は“稀” であり,長さは“短”,分布は“先端のみ” である.ふ先色は“白” で,穎色は“黄白”,粒着密度は“中” である.
「ほしみのり」の稈長は「朝の光」より長く,「コシヒカリ」より短い“中” である(表 2,写真 1,写真 2).穂長は「朝の光」,「コシヒカリ」より長い“やや長” である.穂数は「朝の光」より少ない“やや少” で,草型は“穂重型” である.
2)出穂および成熟
育成地(農研機構谷和原水田圃場,茨城県つくばみらい市)における晩植・標肥栽培では,「ほしみのり」の出穂期は「朝の光」より 2 日早く,「コシヒカリ」より 1 日遅い.また成熟期は「朝の光」より 2 日早く,「コシヒカリ」より 4 日遅い.早植栽培,湛水直播栽培においても,出穂期は「朝の光」より 2 ~ 3 日早く,成熟期は並~ 3 日早い.温暖地東部では出穂期,成熟期ともに「コシヒカリ」級の“やや早” に属する.
3)収量
晩植・標肥栽培における「ほしみのり」の精玄米収量は 523 kg/10 a であり,「朝の光」より 19% 多い.また,早植・標肥栽培における「ほしみのり」の精玄米収量は 609 kg/10 a であり,「朝の光」より 8% 多い.しかし,早植・多肥栽培における「ほしみのり」の精玄米収量は 606 kg/10 a と標肥栽培とほぼ変わらず,「朝の光」よりもやや劣る.湛水直播栽培では,「朝の光」より 11% 多い.玄米千粒重は,移植栽培,直播栽培ともに「朝の光」より 1.5 ~ 1.7 g 重く,「コシヒカリ」より 2.2 ~ 2.5 g 重い,22.5 ~ 23.8 g である.
4)玄米外観品質,玄米形状および食味
「ほしみのり」の玄米外観品質は,晩植および湛水直播栽培では「朝の光」よりやや劣り,早植栽培では「朝の光」並である.「コシヒカリ」よりは総じてやや良く,「朝の光」および「コシヒカリ」並の“中の上” に分類される.
玄米の長さは「朝の光」並の“短”,幅は「朝の光」よりも広い“やや広” であり,粒大は「朝の光」より“やや大”である(表 3,写真 3).粒形は“長円形” に分類される.粒厚は「朝の光」「コシヒカリ」より厚く,2.0 mm を超える粒が 7 割以上を占める(表 4).
「ほしみのり」のアミロースおよびタンパク質含有率は「朝の光」よりやや低く,「コシヒカリ」並である(表 5).炊飯米の食味官能試験における総合評価値は,晩植・標肥栽培では早植・標肥栽培の「コシヒカリ」よりやや劣るが,晩植・標肥栽培の「コシヒカリ」よりやや優る(表 6).早植・標肥栽培では「コシヒカリ」並である.
5)病害抵抗性および障害耐性
「ほしみのり」の病害抵抗性および障害耐性を表 7 に示した.「ほしみのり」のいもち病真性抵抗性遺伝子型は,“Pia” と推定される.「ほしみのり」の葉いもち圃場抵抗性は“中”,穂いもち圃場抵抗性は“やや弱” と判定される.「ほしみのり」は縞葉枯病に“抵抗性” である.また,「ほしみのり」の白葉枯病抵抗性は“中”,紋枯病抵抗性は “中”と判定される.4-HPPD 阻害型除草剤に対しては“抵抗性”である.
「ほしみのり」の耐倒伏性は「朝の光」よりやや弱い“やや強” と判定される.「ほしみのり」の高温登熟性は「コシヒカリ」よりやや弱い“やや弱”と判定される.また,「ほしみのり」の穂発芽性は“難”,障害型耐冷性は “やや強”と判定される.
各試験の育成地における耕種概要は表 3,配布先の耕種概要は表 4 に示した.標準品種として「キタワセソバ」,比較品種として「レラノカオリ」を供試した.生産力検定試験は元肥として高度化成 S-644 を 3 kg/a(窒素,リン酸,カリそれぞれ 0.18,0.72,0.42 kg/a)とし(以下,これを標肥条件とする),播種期を 5 月下旬(早播),6 月上旬(標播)および 6 月下旬(晩播)の 3 作期にそれぞれ 4 反復の試験区を設けた.成熟期に草丈などの調査後に収穫し,乾燥舎内において 35℃で 10 日前後乾燥し,子実重などの収量関連形質および容積重などの品質特性を調査した.また,「キタミツキ」の栽培特性を明らかにするために播種密度試験および施肥試験を実施した.播種密度試験には 100 粒/ m2,150 粒/ m2 および 200 粒/ m2 の 3 処理を設け,元肥多肥区(以下,多肥区と表記)は元肥として窒素を標肥区の 2 倍(窒素 0.36 kg/a となるよう硫安を追加)とした.これらの栽培試験は 3 反復とした.すべての試験地の製粉試験は北農研で実施した.各種篩を用いて粒径選別を行い子実の粒径分布を調査した.選別した子実をインペラ式脱皮機による脱皮の後,石臼による全粒製粉を行った.得られた粉と供試した子実の重量比から製粉歩留りを算出し,粉をルチン,色彩値および食味などの品質評価に供試した.固定度調査は,2013 年の生産力検定試験の標播区(4 反復)において,1 試験区から 20 個体を連続的に調査し(極端な生育不良や折損個体は除外),合計 80 個体の平均値,標準偏差および変異係数を算出した.
奨励品種決定調査における「ほしみのり」と対照品種の形質を比較した(図 2).対照品種と比較して,「ほしみのり」の穂数はやや少ないが,平均収量は 609 kg/10 a で 12%多く,千粒重が 1.8 g 重い.玄米外観品質は対照品種並であるが,倒伏程度がやや大きい.特に北関東地域においては,平均収量は 681 kg/10 a で対照品種に比べて 14% 多収となった.配付先においては,収量性,縞葉枯病抵抗性および粒大が対照品種に対して有利な形質として評価される事例が多く,玄米の外観品質や高温耐性が不利な形質として評価される事例が多かった(図 3).
現地試験の成績を表 8 に示した.麦あと晩植栽培の結果,現地の主力品種「あさひの夢」または「とちぎの星」および「コシヒカリ」と同等またはやや上回る収量,品質を示した.
「ほしみのり」の長所として,極良食味であること,縞葉枯病抵抗性であることに加えて,早生で多収であることが挙げられる.奨励品種決定調査においては,45 回中 30 回の試験で収量が「ほしみのり」の有利形質として評価された.育成地における晩植・標肥栽培による調査の結果,「朝の光」に比べて,「ほしみのり」の穂数は 3% 少ないが,千粒重は 1.7 g 重く,19% 多収となっていた.育成地の早植・標肥栽培や奨励品種決定調査においても穂数,千粒重,収量には同様の傾向が認められたことから,「ほしみのり」の収量性には粒大が大きく寄与していることが推定された.その一方で,育成地の移植・多肥栽培では,「朝の光」と比べて,「ほしみのり」の穂数は 18% 少なく,倒伏および屑米がやや多く発生し,千粒重は 1.7 g 重いものの,収量は 3% 少なくなった.「ほしみのり」の栽培にあたっては,極端な多肥条件を避けるとともに,穂数を確保することが重要である.
「ほしみのり」の穂いもち圃場抵抗性は「さとじまん」並の“やや弱” と評価された.「さとじまん」は穂いもち圃場抵抗性遺伝子 Pb1 を保有すると推定される(佐藤ら 2013)にもかかわらず, 穂いもち圃場抵抗性は“やや弱”である.その原因として,Pb1 による穂いもち圃場抵抗性には少なくとも 4 つの量的形質遺伝子座(QTL)が関与し,そのうち 3 つの QTL は穂いもち圃場抵抗性を低下させる効果をもつことが報告されている(Inoue et al. 2017).「ほしみのり」も「さとじまん」と同様に Pb1 を保有すると推定されるが,その穂いもち圃場抵抗性にはこれらの QTL が影響を及ぼしている可能性が高い.
近年の地球温暖化傾向に伴い高温登熟性の向上が求められているが,「ほしみのり」の高温登熟性は“やや弱”と十分ではない.奨励品種決定調査では「ほしみのり」の玄米外観品質が不利形質として 11 件挙げられたが,そのうち,高温年であった 2010 年における指摘が 7 件を占め,同年には基白や腹白等の玄米外観品質に関する不利形質も多く挙げられたことから,「ほしみのり」の 高温登熟性が不十分であることを反映していると考えられる.表 2 に示した育成地における生育・収量調査において,出穂後 20 日間の気温は早植標肥栽培では 26.8℃であったのに対して,晩植栽培では 24.8℃であり,玄米外観品質は早植標肥栽培の 4.7 に対して,晩植栽培では 4.2 に向上していた.「ほしみのり」の導入にあたっては,登熟時に高温に遭遇する可能性の低い作期を選定することが望ましい.
現地試験産米の実需者評価において,「ほしみのり」の精米は「千粒重が重い」,「味度値が高い」と評価されており,「「ほしみのり」は,「コシヒカリ」のように品種名を前面に出した商品に利用される品種ではないが,良食味米を比較的低価格で供給できる点で現行品種よりもメリットがある」とのコメントを得ている.また,生産者からは「「ほしみのり」は現行品種に比べて栽培しやすい」との評価を受けた.良食味で良好な収量性を示す「ほしみのり」の普及が晩植栽培産米の商品価値向上に貢献し,晩植栽培の維持・拡大,さらには農地利用効率の向上につながることが期待される.
「ほしみのり」は関東・北陸以西の地域で栽培可能であるが,縞葉枯病抵抗性をもち,収量,食味が優れるため,とくに北関東の麦あと晩植地帯での栽培が期待される.多肥条件では倒伏する恐れがあるため極端な多肥は避ける.「ほしみのり」のいもち病抵抗性はやや弱いため,いもち病の防除を徹底する.高温登熟性がやや弱いため,登熟期に高温に遭遇する可能性の高い作期は避ける.
本品種の病害抵抗性,障害耐性の特性検定試験および奨励品種決定調査を実施していただいた府県および農研機構の関係者のご協力に感謝する.また,本品種の育成にあたり,圃場管理にご尽力いただいた技術支援部谷和原第 1 および観音台第 1 業務科の各位に謝意を表する.
すべての著者は開示すべき利益相反はない.